課題(クエスト):"皮下医院"院長――[[皮下真]]の暗殺。並びに彼の擁する研究設備の簒奪 課題(クエスト):ガムテープの殺し屋集団──"割れた子供達(グラス・チルドレン)"殲滅作戦 ◆◆◆ 緊急速報。 ゲストルームでさてこの二つのどっちがいいだろうと意見を交わし始めた若いマスター二人を見守っていた[[ジェームズ・モリアーティ]]は、四ツ橋からのたった一言で社長室に立ち戻っていた。 口頭で用件を伝える前にともかく社長室までと呼び付けられるのは珍しいと、事態の急変を予感しながら階上へと一人で上がる。 緊張感をみなぎらせた人員が複数集っている場面に特有の、嗅ぎなれたきな臭さがその階層にはあった。 時代が変わってもこの匂いは変わらないらしいと、懐かしさに口元の皺を緩めながら社長室に踏み入る。 待ち構えていたのは、複数台の情報端末と、引き締まった面持ちの四ツ橋力也と、それぞれ所属部署をまったく異にする複数名の社員たちだった。 ある情報源(ソース)はFeel Good Inc.から。ある風聞(ニュース)は集瑛社から。中にはスーツを汗やそれ以外の染みでくたびれさせたまま到着したといった様子の、『新宿方面帰り』のただの営業社員までいる。 一同の口から共通して語られたのは、新宿区において『災害』に相当する事件が起こったということのみ。 そこから先は一人一人が情報端末ごしに、あるいは口頭で、己でも半信半疑といった様子のままに社長席に座した『M』へと語り尽くす時間だった。 報道情報のまとめ。 目撃した現場近辺の感想。 SNSで飛び交う重軽傷者で済んだ幸運者達からの速報。 空撮写真や、『破壊される前の監視カメラ』に残っていた映像の断片のデータ。 それら以外にも、地上の具体的な被害者数の推定や巻き込まれた企業のリストアップ、道路交通への影響や気象情報の観点からの見解に至るまで。 それらが『四ツ橋の手にひとたび認可された報告書』としてではなく、真偽のつかない情報の羅列そのままに届けられる。 すなわち、とうてい即座にはまとめきれない、真偽のほどもつかみきれないまま速度を優先してMに届けるしかないと判断された事案を意味していた。 「いやいやこれは……思ったより気が早い輩がいたらしい」 報告を終えた社員を四ツ橋も含めて退出願い、全ての情報を咀嚼しきり、デマと真実を頭脳によって選り分けた先で、老いた蜘蛛は深々と息を吐いた。 予想していた事。予想できなかった事。 その二つの情報が混成された事案であるが故に、四ツ橋にはいったん前者の顔を見せて『続報の収集に励んでほしい』と送り出したのだ。 一時間前には同じ社長室で『今のうちに試練を』などと語っていたものだが、まさに『今のうち』を限りなく短縮するほど好戦的な輩が、しびれを切らしたらしい。 引き起こされた結末は、『新宿の大動脈にあたる交通路を抱え込んだ直系約数百メートルほどの土地がふたつ、瓦礫と、炭と、肉片の山に変わった』というもの。 報道ではそれらの原因については『異常気象によって齎された突発型ハリケーンと地震の同時発生ではないか』『某国の新兵器による白昼堂々のテロリズムではないか』『新宿アルタ前に悪魔がいたという流言は集団幻覚ではないか』と未だに実態と乖離した仮説が交錯していた。 街頭映像にかろうじて捉えられていた竜鱗の影を見て『やはり板橋区を炎上させた龍は実在したのか』と番組進行人の驚愕するくだりのみが、どうにか実態の一端を掴んでいたと言える。 戦争を起こした陣営の一方は明らかであった。 東京都上空の異常気象の中心点を割り出したところ、座標の真下は皮下病院であったのだから。 しかも全てが終わった後の皮下病院一帯は『巨大な角』に潰されているというトドメ付きで。 また、対立するもう一方の陣営の正体も、情報を紐解けば明らかであった。 一連の災害における、もう一か所の開戦地――最初に炎熱の光線が天高くまで伸びた座標――はちょうど新宿御苑の只中、峰津院財閥の実質的な私有地であったのだから。 まさに私有地であるが故に御苑内での戦闘風景を抑えられなかったことが残念ではあったが、御苑内の貯水池の水が全て干からび、御苑そのものの景色も枯れた庭園へと一変するソニックブームと別個の被害までが生まれている以上、そこもまた直接の戦地になったことは疑いない。 災害の原因と、それを起こしたサーヴァントの姿は情報が出回った。 引き起こした当事者(マスター)の陣営は、双方ともに特定されている。 新宿近辺に配置されていた監視の目、デトラネットの息がかかった設備や機材、社員の数々が犠牲になったことはたいへん遺憾であったが、致命ではない。 ではどこが思惑の埒外だったのかと言えば、その最たるものはここまで規格外のサーヴァントを擁していたとは思わなかった、ということ。 確かに彼らの陣営は、相当な強者、優勝候補に相当する実力を持っているのだろうとは考えられていた。 しかしそれはあくまで『マスターが擁する組織力と権力と実行力』から推定される強さだった。 一般に知られている『表の顔』から伝わる人格を鑑みるに、相当のやり手であり実力も伴っている、だとか。 これだけ目立つ組織を露わにして小動(こゆるぎ)もしていないのだから、荒事にも相当の自信があるのだろう、だとか。 東京の都市伝説にまで昇華されている『龍』のような真偽たどれない怪物の主君も、あるいは彼らであるのかもしれない、など。 そういった断片情報から察せられる程度の戦力しか、彼らは今まで明らかになってこなかったのだ。 こればかりは界聖杯において、これまで双方のサーヴァントが『一方的な圧勝』には終始しない、正しく実力が披露される戦闘をする機会に恵まれてこなかったために、予測しようもない事象ではあったのだが。 では、その二大勢力の激突において。 どちらの勝利と言えるか判定をつけるとすれば、おそらく[[峰津院大和]]の方だろう。 峰津院のサーヴァントの負傷度合いにもよるが、少なくとも彼の勢力に確認された明確な被害は新宿御苑という幾つかある領地の一つを潰されたことに留まり、資産と配下をほぼ損耗なしに戦闘を乗り切っている。 対して皮下ははっきりと、社会的な本拠地であり信用の土台である皮下病院を失い、『目下行方不明』というレッテルも付けられている。 そしておそらく、皮下側の被害はそれだけに留まらないだろうとモリアーティは踏んでいた。 (なぜなら、新宿に齎された被害が、あまりに『少なすぎる』) 被害が少なすぎる、などという感想だけ取れば、誰もが『そんなまさか』と反論するだろう。 ほぼほぼ一瞬――建造物の倒壊等による巻き込まれも含めれば被害にかかった時間は数分から数十分は加算されるだろうが、それでも短時間の顕現と、移動に伴う風圧と激突だけで殺害した人数として、数千人を少ないと評するのは過少評価どころではない。 だがそれは、あくまで『時間に比して殺害した人数』だけを見た場合の多寡である。 まさか峰津院と皮下のサーヴァントは、地上に出現してからより早く新宿上空に駆け上がるべく競争を行い、その後たった一回の打ち合いを演じるためだけに霊体化を解いて姿を現したというのか。 そんなはずはない。 明らかに双方のサーヴァントが取った行動は、『ある程度の時間を継続していた戦闘の、ほんの1ターンだけを切り取った行為』としか見えない。 つまり、『二体のサーヴァントは、初めから現実の新宿と隔離された結界、あるいは異空間の中で戦闘を行っていたが、その隔離空間をあの刹那においては維持できなくなり姿を現してしまった』と解釈するのが妥当なのだ。 (戦闘開始から戦闘終結までを都内で行っていたとしたら、下手すれば周辺の区ごと更地になっていてもおかしくはなかっただろうね) 双方が本格的な戦闘を行った余波で消し飛ばされた人数として見れば、数千人は『少なすぎる』。 では、被害人数をその程度に抑え込むことができた原因――二体の巨獣を社会から隠匿させた上で暴れさせていた『結界』とは、果たしてどちらの陣営の能力に由来するのか。 これについては、皮下陣営の宝具である可能性、峰津院陣営の宝具である可能性はそれぞれ7:3程度だと見ていた。 なぜなら峰津院陣営はこれまで目立った動きを見せていなかったが、皮下陣営の『龍』はこれまで結界・空間跳躍の手段を携えていなければ説明のつかない行動を繰り返していたからだ。 この地に『龍』の姿を取ることができるサーヴァントが他にもいるというのでない限り、皮下陣営のサーヴァントは板橋区に出現し、予選のうちから都市伝説としても噂の種になっていた『龍』と同一存在と見て間違いない。 『龍』の噂のもっとも不可解な点は、『龍が出現した』『龍が破壊活動を行った』という流言だけが先行しながら、『龍はどこから出現し、どこに消えた』という追跡のかなった試しがない点にあった。 人の姿に変じて身を隠すといった小技を有している可能性も否定しきれなかったが、マスターである皮下も『龍の姿を取って他の主従を潰す派手なパフォーマンス』を予選から看過していることから、いざとなれば龍の姿そのものを丸ごと隠匿するアテがあると見た方が自然だ。 つまり、峰津院との激突においても、最初に異空間を展開してサーヴァントを引きずり込んだのは皮下陣営の『龍』の方……という見立てが7割。 それを戦闘終結まで維持しておけなかった事実があることの意味は、絞られる。 (皮下陣営は、それまで龍の秘匿に成功していた『結界』ないし『拠点』の性能を持つ宝具を峰津院に相当に損壊させられた) ともなれば、皮下陣営の擁していた資産、研究成果もこの度の戦闘で大きく減失してしまったことだろう。 病院内に隠していたところで、結界型の拠点に移築していたところで、そのどちらも戦闘によって巻き添えを受けてしまったのだから。 故に、新宿での激突は皮下陣営の失ったものがより大きい。 これが新宿で起こった激突に対する蜘蛛としての見解だった。 (では、これを機に我々は課題(クエスト)の矛先を皮下院長一択へと絞り、とどめを刺すために動く方がたやすい……とは、単純に運ばないだろうねぇ) そして、この勝敗を受けてモリアーティの頭には懸念が一つ芽生えていた。 それは課題(クエスト)の前提そのものを揺るがしかねない、皮下陣営、グラス・チルドレン陣営の間に有り得るかもしれない、一つの未来だ。 だが、まずはそれについて結論を出すよりも、マスター達の様子見をすませなければいけない。 どのみち、『課題(クエスト)の標的がこんな事をやらかしたけど、黙っていました』ということにはできないのだから。 (どうやら私は、『新宿』という土地にはとことん振り回される宿痾があるらしい) 四ツ橋をも人払いさせた理由は、もう一つあった。 社長室を立ち去る前に窓の外から煙の上がる方向を見下ろし、しばし瞑目する。 かつて新宿のアーチャーを称したサーヴァントは、1999年の思い出があるホームグラウンドに、密かに哀悼の意だけは示す時間を作ろうとした。 ◆◆◆ 敵(ヴィラン)連合の頭脳にして導き手、モリアーティ教授による未来予想図はおおむね間違っていなかった。 遠からず東京には破滅と破壊が常在するようになり、その破滅を乗りこなすためには課題が必要となる。 だが、タイミングは悪かった。 まず、その災害はまさに『課題(クエスト)はこれだ』と提示されたのとほぼリアルタイムで発生していたということ。 そして、Mが離席している間に残された一同(死柄木、[[デンジ]]、しお)は誰ともなくテレビのスイッチを入れてしまい、番組がどこも『緊急報道』のテロップ付きで新宿上空の空撮映像を流しているところを視聴してしまったことだ。 「サーヴァントって、本気出せばこんなこともできるんだ。すごいねぇ」 「しれっと俺にもできて当たり前みたいに言うのマジでやめろ、な?」 まるで見慣れないニュースに対して感嘆が先行をする[[神戸しお]]をよそに、青少年二人は『何だこりゃ』という感想とともに硬直するしかなかった。 銃の悪魔。ギガントマキア。両者ともに同じだけの破壊活動を行えそうな存在について、身に覚えはあった。 だがそもそも、それは巨獣(ギガントマキア)が進行に伴ってすべての経路上を更地にしていくのとも脅威の種別が異なるのだ。 移動する巨大なサーヴァントと激突したというだけならまだしも、『衝撃波(ソニックブーム)』による被害らしいということはすなわち、移動のために押し潰したわけですらない、ただの進行に伴って肩で風を切って進んだその『そよぎ』の動作だけで。 周囲一帯を肉片に変えた規格外が、新宿に力のごく一端を見せたに過ぎないということ。 そんな彼らのところに再び訪れる、悪の親玉にして課題を与えた教師であるところの『M』。 告げられた『これは峰津院財閥のサーヴァントと皮下病院の院長のサーヴァントの激突ですよ』という分かりやすい解説。 つまり何か。 いかにも私がこの連合の頭目ですといった顔をしているこの爺さんは、アレができる実力を持った怪獣もどきの主従の一方を倒せという課題を出したところだったのか。 よし、痛い目を見せよう。 犬猿の仲だった二人の思いは、初めて完全一致をした。 「いや待って。私、最初から難易度EX(ベリーハード)だと言ったよネ? 騙したりしてないよネ?」 「『そうじゃないなんて言ってない』は詐欺師の常套句なんだよなァ……」 「その、参加は強制じゃないとも言ったよ、私?」 「おい、しわくちゃマスター。俺も『課題(クエスト)』思いついたわ。よりど真ん中を蹴った方が合格って[[ルール]]な!」 「待ってそれ痛いやつ! そこ狙うのやめて! いや、片方は神秘が無いとかじゃなく、気持ち的にとても痛い!」 「お~。どっかのジジイが決めたルールよりよっぽど分かりやすいなぁ」 「二人とも、子どもが見てる前でそんな宜しくないことを――」 「「その子どもに、ヴィラン名乗らせてんのは誰かな~」」 「あと腰のあたりが悪化を――」 「お邪魔しまーす」 外見は五十代相当の白髪の男性の腰元に2人の青年が脚を振り下ろそうとする残虐な絵図が描かれてようとした、まさに同じタイミングであった。 極道姿のライダーを伴った[[星野アイ]]が、再びゲストルームに姿を現したのは。 ◆◆◆ 「なんだ、明日のライブとやらに備えて早めのご就寝じゃなかったのか?」 「どのみちライブは中止になりそうでしょ? それに、そのライブ絡みの話で伝えといた方がいいことがあってね」 内線でMの取り次ぎを頼んだところゲストルームに向かったという連絡を受け、アイはその場にひょうひょうと、さもいるのが当然という存在感を維持しながら混ざる。 いきなり『[[櫻木真乃]]』というアイドルの名前を切り出しても死柄木たちからは『何の話だ』という顔をされるかもしれないが、かといって度々Mだけを呼びつけて個別で相談をするのも、露骨に取り入っているかのようで傍目からの印象がいいものではない。 ならば全員がいる場で話してしまった方がいいかとゲストルームのソファに座って、報告連絡相談(ホウレンソウ)をしますよと居座ることを選んだ。 あからさまにアイに対して下心ありありで甘い態度を取るしおのライダーがいるので、いきなり新情報を持ち込んでも邪見にはされないだろうなぁという計算もある。 「らいだーくん。ライブってなーに?」 「アイドルが皆の前で歌って踊ることじゃねーの?」 「それってテレビでやってることと、どう違うの?」 「あーっと……何でしたっけぇ?」 いきなり話の腰を折られたが、愛想よく子どもにも分かるように説明する。 ふんふんと頷いて『ライブ』とは何ぞやと理解していく女の子を見ているうちに、アイとしても言わずにいられないことがあった。 完全に雑談であることは承知で、念話でサーヴァントにだけは伝える。心持ちうずうずと。 ――どうしよ、殺島さん。うちの子達、やっぱり天才だと思う。 ――どうしても言いたかったんだな。まぁ、気持ちは共感(ワカ)るさ。 決して親バカだけでなく断言できる事だが、星野アイの大切な息子と娘は天才児だ。 思えば二人は、説明するまでもなくアイドルとは何なのか、ライブとは何たるかを飲み込んでいたし、初めて見たステージで超絶に可愛らしいヲタ芸まで披露していた。 とても保育園児とは思えない語彙で社長夫人、兼マネージャーのミヤコに叱咤激励をとばす光景など日常茶飯事だし、母親であるアイに対しては芸能活動に迷惑がかからないようにと出来過ぎなまでに聞き分けがいい。 社長夫妻の子どもという体をとって現場に連れられて来ることがあれば、「弊社のアイが大変お世話になっております」などと堂に入った大人顔負けの挨拶をする。 そんな二人の『成熟した子ども』に比べると、しおは『年相応の子ども』であるように見えた。 第一印象もそうだったが、とても『敵(ヴィラン)』の二つ名を冠するに足る才能を感じさせるところはなく、それがアイの中で疑問点として残り続けている。 「んで、なんでそのライブが俺らに関係してくるんだ?」 「うん、ライブで共演する予定だった子が、マスターだったから」 「話に緩急がつきすぎだろ」 「まぁ話を聴こうじゃないか弔君。東京に23組しかいないマスターが、また1人判明した。実にありがたいことじゃないか」 先ほどまでの弄られようがなかったかのように、Mは狡知の笑みをもって悠然と席を囲んでいた。 櫻木真乃に眼を付けていたアサシンと繋がっていた以上、とうに察しをつけていたのかもしれなかったが、それについては窺わせずにアイの口から発言を促している。 もしかして、こっちの立ち回りを知りたい意味もあったりするのかな。 そんな想像をめぐらしながらも、アイは今日の午前のうちから櫻木真乃に対して行ったアプローチと心証を一同に説明する。 いかにも脱出派に歩み寄りたい聖杯狙いの振りをして櫻木真乃と同盟を結び、その上でアサシンとも隠れて同盟していたくだりについて聞かせると、少年のライダーが真顔になって、「知ってた。恐い女じゃないはずがなかった。いつものパターンだった」と何やら呟き始めた。 「なんでさっき話さなかったんだよ。俺らに対する伏せ札にでもするつもりだったのか」 いざ敵連合に対して裏切りを決行する際に、連合の知らない伏兵として使う気だったのではないかと死柄木は勘繰った。 アイが反論するよりも先に、言い返したのは真顔から回復したライダーの少年だった。 「お前、つっかかってんじゃねェよ。知り合った女がこっちを殺そうとしてくるぐらい、よくあることじゃねぇか」 「そりゃあお前に限ってはよくあるだろうな……」 こちらも計算込みで彼が同席する場を選んだとはいえ、ここまで露骨にかばってくれるのは何ともありがたい。 「別にわざと黙ってたつもりはないよ? もともと私とアサシンさん達の二重同盟だったから、何となくアサシンさん達より先に紹介するのは順番が違うかなと思ってただけ」 「ほらー」 アイから言質を取ったかのように死柄木に煽り顔を向ける『らいだー君』を見て、『ああ、この二人は基本こういう関係なんだな』とアイは完全に察した。 「で、今になって紹介したってことは、またここに連れてくるマスターが増えるって話か?」 「それが、さっき事情が変わってね」 らしくもなく、素顔を晒したことまでは、決して話に出さなかったけれど。 新宿の事変で何かを見た櫻木真乃が聖杯狙いを敵視するようになったという現況は語った。 新宿に赴いたライダーが目撃した、出どころ不明の『生ける屍になった[[NPC]]』についても、ついでに喋らせる。 「なんだ、半日もかけて付き合っておきながら怪しまれて離反されたって話じゃねぇか」 「手厳しいなぁ。これでも、他のマスター達の相手だって忙しかったんだよ? ほら、Mさんに有名にしてもらった[[神戸あさひ]]君とか」 ここまでSNS拡散されてしまえば、M以外の者にもとっく事情は通じているだろう。 そう思って名前を出したに過ぎなかったが、反応は思わぬところから出た。 「……あ、お兄ちゃんのことだ」 そう言ったのは、もっとも幼い連合員。 お兄ちゃん、という星野家でも耳馴染みのある単語がこの場で飛び出すなどと思わず、アイはまじまじと少女を凝視する。 そう、自己紹介の時はあまりの『幼い』という特徴に注目がいって流してしまったけれど。 少女はたしかに『神戸』しおと名乗っていた。 そして『神戸』という氏は、珍名というにはほど遠いにせよ、決して同じ街に一人は見つかるような類のありふれた苗字ではない。 そもそも、それ以前の問題として。 よく見たら、癖はあるけどふわふわ触り心地良さそうな猫毛とか、吊り目よりの大きな瞳とかにばっちり面影がある。 星野アイに去来した感想は、二つ。 一つは、(かわいそう)という憐憫。 我が子のためならズルくも悪にもなると言い切った身ではあったが、10歳にも満たぬ少女が兄との殺し合いを避けられない環境にあることを不憫だと思う感性まで失ったわけではない。 一つは、(面倒なことになったかも)と厄ネタを踏んだことへの舌打ち。 アイが予想した神戸しおの次なる台詞は、『お兄ちゃんがいるなら会いたい』という子どもらしい願望の発露だった。 もしかすると一足飛びに『お兄ちゃんが死んじゃうなら聖杯獲りたくない』とまで言い出すかもしれない。それが普通の子どもらしい反応だ、たぶん。 これからどうやって優勝候補の主従たちを倒すんだろうという相談をしようという時に、よその家の子達の兄妹愛のために同盟が揉めるのはごめんだった。 というかMさん、妹が同盟内にいるって分かってたのにSNS攻撃を決行したのか。 兄を陥れたことが妹にばれた時に、サーヴァントを使って暴れられるとかは警戒しなかったのかな。 アイがそこまで考えて困ったところで、しおは「そっか」と頷いた。 「お兄ちゃんを追い詰めてほしいって頼んできたの、アイさんだったんだね」 神戸あさひが敵連合に何をされたのかすでに知っていて、とても納得がいったという風に、ぱぁっと明るい顔をして。 まるで通行中に落としたモノを拾ってもらったかのように自然に、お礼を言った。 「お兄ちゃんがお世話になりましたっ。わたしの代わりにお兄ちゃんを追い詰めてくれてありがとう」 お世話になりました、だけなら『ああ、この子は事態をよく分かっていないんだな』と思った。 だが、代わりに追い詰めてくれてありがとう、とは。 アイやMがやらなければ、自分が神戸あさひを追い詰めていた。そう聞こえる。 「えっと……もしかして、お兄ちゃんと仲が悪いのかな?」 「ううん、フツーにお話するよ? でも、聖杯戦争って、みんな敵なんでしょう?」 なるほど、しおの言うことは聖杯戦争の道理として真っ当に適切だ。 だが、ただの幼い少女が即座に適応できて当たり前のことではない。 (アクアとルビーは、もうちょっと違ったんじゃないかな……?) 星野アイの大切な宝物は、息子と娘であり、兄と妹でもある二人だった。 幼児ばなれして頭が良く、時に親として心配になるほどひねた感性を持ったところのある双子だったけれど。 兄妹仲は親の眼から見ても良かったし、時々は息ぴったりと言っても良かった。 人並みに家族について語れるほど暖かい育ちとは無縁だったけれど、双子の子どもたちと過ごした数年間の時間が、果たして兄妹とはこういうもだろうかという違和感を抱かせる。 それは星野アイが初めて目の当たりにする、神戸しおの逸脱した側面だった。 「283プロダクションの、櫻木真乃」 めいめいに若者たちが好きなところに着目した後を締めくくるように、その場で最も渋い声が唱えた。 口の端にのぼった名前を舌の上で転がして味を見るような重みのある声に、満足げな笑みがにじんでいた。 「通話をした、ということは連絡先は交換しているのだね?」 「トーゼン。チェインも含めて登録してあるけど、欲しい?」 「会話の後でいただくとしよう。情報提供を感謝する」 敵連合の導き手は、騙し合いの巧者だ。 ことに演技の世界ではなく魑魅魍魎の世界にいた極道(ライダー)がそう諫言してくれたからには。 アイはMというサーヴァントを『通常の場合ならばこうだ』という人物眼だけで図ってはならないと覚悟していた。 それでもなお、アイはその時に覗き見えた『喜色』を、嘘でないと感じた。 (利用価値は無くなったことを話した後なのに、食いつきがいい……?) 課題(クエスト)の話を聴いた限り、敵連合はべつだん標的として狙う主従に事欠いている風でもなかった。 それなのに、新宿の街中で孤立している風であり、精神的にも衰弱している主従との糸を掴んだことに重きを置く理由が、星野アイの視界からは見えない。 「時に苺プロのライダー君。言動の端々や、『グラス・チルドレン』を返り討ちにした経緯の話も踏まえて察するに、君は『殺し屋を雇う側』――ヤクザ者の世界に通じているようだが」 「それがどうした?」 話題を逸らしたかったのか、あるいは『把握していないわけではない』と釘を刺したかったのか。 Mは追及する矛先を、星野アイの傍らに控えるライダーへと向けた。 「例えば、我々が今後『子どもたち』を相手にする際に取りえる試みの一つとして、面会を取り付けたり話を通したりすることは可能かネ?」 踏み込み。 それも、かなり具体的な行動を視野にいれた話題の転換だった。 加えて言えば、『子どもたち』を殲滅するという大目標を掲げた割にはいささか迂遠な行動選択にも聞こえる。 やはいというか、課題(クエスト)を振られた当事者たちも疑念の声をあげた。 「おい、殲滅するっつったのに交渉なんて悠長なことやってる場合なのか?」 「え? 何、アイさんも一緒にクエストしてくれんの? なら俺ァ、グラチルの方をやってもいいわ」 「いや、いくらか慎重に動く必要がでてきたのでね。あくまでアプローチの一つとして彼らがその手段を取れるかどうかの確認だよ」 顔を見合わせるアイとそのサーヴァント。 グラスチルドレンの長であるマスターへの感情と感傷は、先刻聞かされたばかりだ。 ライダーはとっくに、アイのためにかつての縁に決別することを選んでくれている。 故に、アイはその見解をライダーに一任する。 「断る。今のうちに叩きたいってんなら加勢(ツレ)もやぶさかじゃねぇが、アイツラと接点(ナシ)をつけるのは願い下げだ」 殺島の回答は強固だった。 組めないという見解はアイも知っていたが、篭絡、策謀の一環としての接触であれ会話の余地はないと言い切る。 「ふむ。関わりたくないのではなく話をしたくない、と。もしやアイ君とくだんの非行少年たちを関わらせたくないのかな?」 「そりゃあライブどころじゃなくなったとはいえ、アイドルに悪い交友(ムシ)はご法度だろ?」 そりゃあアイドルに荒事はごめんだろうなと少年達は頷いたり鼻を鳴らすなり当然の回答と見ていたようだったが、Mと殺島の間では互いにだけ分かる視線の火花が散った。 理由はそれ以外にもあるのだろう、という静かな探り入れと、『取り付く島もない』以外の態度を見せられないという撥ね付けの火花だった。 実の所、殺島が頑なになる理由はガムテが玄人(プロ)であるからという以外にもう一つあった。 こればかりは、アイにも語れない理由であり、この場でもアイがいるからこそ語れない理由だ。 確かに殺島はガムテに対して個人的厚意を持っているが……出会って間もない頃のガムテとその父親への心象は『無情(エゲツネェ)』の一言に尽きた。 父親の命を狙うことを至上命題にする息子と、息子を笑顔の一つもなく返り討ちにする父親。 詳しい事情を知らされてからは見方が変わったものの、人の親をやっていたことがある者からすれば、とても見ていられない二人だった。 そして『母親』である限り、間違いなく星野アイも似たように受け止める。 グラス・チルドレンという寄り合いは、『家庭に恵まれなかった子どもはこうなった』という経歴の集合体でもあるのだから。 子どもの為に生還を勝ち取ろうとしている母親に、彼らと関わらせること。 それは、『お前が失敗すればお前の子どもたちもこうなるぞ』という脅迫をたえず囁くような行為に等しい。 絶対に組めないというのみならず、星野アイをグラス・チルドレンに近づけること自体が過酷(キツイ)と殺島は見ていた。 「まぁ、こればかりは自発的な協力が前提だから仕方ない。敵対に忌避が無いと分かっただけでも良しとするよ」 老境のアーチャーが眼差しの射線を外すと、別の席に起こった異変を見とがめて「おや」と一声を漏らした。 なんだと全員が注目すると同時に、ぽすっと柔らかく空気のはずむような音がその位置から鳴る。 死柄木の呆れ声が、敢えて空気を読まない。 「おい、いいのかよ。親戚のおばさんが来るとかじゃなかったのか?」 「いや、寝かしてやれよ。叔母さんがこっちに来るなら、そん時に起こしゃいいだろ」 ソファーに横倒れになったまま寝息をたてる神戸しおを、デンジがソファーごとくるりと回して話し合いのノイズから隔離する。 すっかりこういう事には慣れている風に、どこかから子ども一人くらい覆えるようなタオルケットを持ってきてしおに被せた。 元よりデンジは生活習慣に細かい性質ではなかったけど、例えば子どもを深夜までテレビゲームに付き合わせるほど非常識でもなかった。 もっとそれ以前の生活を言うなら、[[松坂さとう]]は神戸しおが心身ともに安らかに暮らせるよう努めてきたし、その中には当然に『よく食べてよく眠ること』も含まれた。 時にはさとうの帰りを待つためだけに夜遅くまで起きていた日もあったけれど、日々しっかりとベッドで眠れるように計らわれてきた。 要するに神戸しおは、夜遅い時間になる前にきちんと眠る生活をしてきたのだ。 「まぁ、夜は長いからネ。常時起きていてもらうより、いざという時のために仮眠を摂ってもらうぐらいがいいだろう」 ちなみに、これまで松阪さとうの叔母との面会およびバーサーカーへのアポイントメントは引っ張られたままになっていた。 なぜかというと、松坂家のバーサーカーの新居として考えていた地下住宅が新宿区の新大久保にあったからだ。 いっそ人目に触れる都心の中央に近い方が日中の住居破壊による攻略を想定しにくいという四ツ橋らの気遣いが完全に裏目に出て、そこはとても住民が引っ越せるような土地ではなくなった。 これによりバーサーカーは日光を遮断する新居への移転を潰され、結果として引っ越し祝い、神戸しおとの面会、捜査協力への依頼なども含めた色々な連絡が宙に浮いている。 (いっそ、引っ越し先ではなく直接こちらに呼んでしまうか……) どのみちあのバーサーカーは、他の同盟者に伏せたままでは『なんでこんな厄ネタを今まで黙っていたんだ』とも言いだされかねない。 加えて、敵連合の戦闘面における脆さを考えれば、現有戦力の最大利用は必須となる。 ひとつ協力を乞いがてら、新拠点が見つかるまでデトラネットに身をひそめることを提案するかと思案していた時だった。 ゲストルームに、Mを名指しで内線電話から連絡があった。 「なに、迎えが空振り? 松坂家が留守にしている?」 「マジで!?」とデンジだけが、敢えてでも何でもなく空気を読まずに嬉しそうな声をあげた。 【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夜】 【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】 [状態]:健康、睡眠中(熟睡では無いので何かあれば起きます) [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:数千円程度 [思考・状況]基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。 0:すぅ……。 1:さとちゃんの叔母さんに会いに行く。 2:アイさんとらいだーさん(殺島)とは仲良くしたい。でも呼び方がまぎらわしいかも。どうしようねえ。 3:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。 4:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。 5:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。 ※デトネラット経由で松坂([[鬼舞辻無惨]])とのコンタクトを取ります。松坂家の新居の用意も兼ねて車や人員などの手配もして貰う予定です。 アーチャー(モリアーティ)が他にどの程度のサポートを用意しているかは後のリレーにお任せします。 【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:数万円(しおよりも多い) [思考・状況]基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。 1:しおと共にあの女(さとうの叔母)とまた会う? 2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。 3:星野アイめちゃくちゃ可愛いじゃん……でも怖い……(割とよくある) 【[[死柄木弔]]@僕のヒーローアカデミア】 [状態]:健康 [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:数万円程度 [思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。 0:最初に潰す敵は―― 1:しおとの同盟は呑むが、最終的には“敵”として殺す。 2:ライダー(デンジ)は気に入らない。しおも災難だな。 3:星野アイとライダー(殺島)については現状は懐疑的。ただアーチャー(モリアーティ)の判断としてある程度は理解。 【ライダー([[殺島飛露鬼]])@忍者と極道】 [状態]:健康、魔力消費(小) [装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃 [道具]:なし [所持金]:なし [思考・状況] 基本方針:アイを帰るべき家へと送迎(おく)るため、聖杯戦争に勝ち残る。 1:アイの方針に従う。 2:M達との協力関係を重視。だが油断はしない。厄(ヤバ)くなれば殺す。 3:ガムテたちとは絶対に組めない。アイツは玄人(プロ)だからだ。 4:アヴェンジャー([[デッドプール]])についてはアサシンに一任。 [備考] ※アサシン([[伏黒甚爾]])から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。 【星野アイ@推しの子】 [状態]:健康 [令呪]:残り三画 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入) [思考・状況] 基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。 1:ガムテ君たちについては殺島の判断を信用。櫻木真乃についてはいったんMに任せる。 2:敵連合の一員として行動。ただし信用はしない。 3:あさひくん達は捨て置く。もう利用するには厄介なことになりすぎている。 [備考] ※櫻木真乃、[[紙越空魚]]、M(ジェームズ・モリアーティ)との連絡先を交換しています。 ※グラス・チルドレンの情報を既にM側に伝えているか(あるいは今後伝えるか)否かは後のリレーにお任せします。 ◆◆◆ さて、課題(みち)を選ぶのはマスター達だ。 試練を課した側として、その原則を冒すつもりはない だが、道程作りの為の露払いは行わねばならない。 再びの社長室。 社長専有のデスクに己の窓口となる携帯端末を鎮座させ、モリアーティはその液晶画面に己の黙考する顔を映していた。 その思索のアテは、『マスター達を二つのクエストの、どちらに挑ませるか』という事について、ではない 皮下院長と、グラス・チルドレンいずれかの討伐。 この二つのクエストは、近い将来に一つのクエストとしてまとまってしまう可能性がある。 新宿での激突は両陣営にとって、現実に及ぼした被害が『少なすぎる』戦闘ではあったが、まぎれもなく『本領を発揮させられた』戦闘でもあったとモリアーティは呼んでいる。 シンプルに暴力による生存競争をさせれば圧倒的優位(トップメタ)に君臨する者同士が、初めて『全力を出しても敗北するかもしれない』と認識させられる闘争に発展したのだ。 組織の長とは、圧倒的に駒が足りない時には戦力を欲する。 しかし、圧倒的優位に裏打ちされた慢心が脅かされた時にも、手駒が欲しいという渇望が強くなる。 『独力で勝ちぬくことは思いのほか難しかった』と認識されてしまえば、では更なる戦力強化に勤しんでみようという余地が生まれてしまうのだ。 そして、そこに生まれる勧誘行為は、敵(ヴィラン)連合のように『マスターの悪としての将来性』に着目した観点からでは無いだろう。 重要視するのは単純な戦闘力、あるいは『資源』としての有用性だ。 あれほどの戦禍を単騎で引き起こす者同士の争いでは、もはや生半可なサーヴァントでは『その場にいるだけで精一杯』にしかならない事は自明の理。 魔力リソース、囮役などの駒としての隷属でもない限り、たいていの者では『どうかこれ以上暴れないでくれ』と震えあがる役しか務まらないからだ。 また、サーヴァントとの直接対峙を諦め、相手方のマスターの暗殺に全リソースをつぎ込むような策に全振りができるかどうかも怪しい。 あれだけの戦闘を行ったということは、逆説的に『マスターをあれだけの戦闘に巻き込んでも支障なかった』ということでもあるのだ。 震源地がそれぞれ『皮下病院』『新宿御苑』というお膝元であり、峰津院本社発のリムジンが新宿の病院方面に移動する映像も残存していたため、『サーヴァント同士がマスター不在の間に戦闘をした』という可能性はあらかじめ潰されている。 また、『新宿御苑での戦闘は、たまたま同時に始まった別のサーヴァントないし脱法超人同士の戦闘に過ぎなかった』と仮定し、『新宿上空の戦いと新宿御苑での異常現象がほぼ同時終了だったのは偶然である』という仮定が重ならない限り、『マスターの強さは並みであり、戦闘が行われている間だけ何らかの手段で安全地帯にいたのだろう』という反証も成立しない。 つまり双方の勢力は、おそらく主従ともに個体としてパーフェクトに強い。 彼らを相手にして『共通の敵を倒し終わったら改めて雌雄を決するけどいいですよ』という条件が引き出せる主従は、限られる。 では峰津院と皮下は、あれだけ全陣営から注目される戦闘を演じた上で、次にどの陣営に眼を付けるであろうか。 東京23区において、『存在を明らかにされた主従』なら複数の候補がいるだろう。 しかし誰からも『間違いなく強い戦闘力と資源を持っている主従』として認識されている存在は、ほぼ一択だ。 その一択に選ばれる主従は、『子ども達の殺し屋集団』という人的資源を持っている。 広範囲の組織的暗躍を行っても揺るがないだけの『戦闘力』があることを匂わせている。 白瀬咲耶の殺害に伴う東京湾埠頭の破壊をはじめ、予選期間の間に『サーヴァントの戦果』をうかがわせる爪痕を残している。 そのグラス・チルドレンと長のマスター、サーヴァントとの間に、同盟が成立するかどうかを仕掛け人の蜘蛛は検討する。 まず、グラス・チルドレンと峰津院が組む可能性。これは無いと見ていい。 まず相性からいっても、社会的ヒエラルキーの頂点と、社会からはぐれて殺し屋に墜ちた子どもたちの寄り合いだ。 集団としての性質の悪さもさることながらだし、そもそもグラス・チルドレンの予選期間における『知る人ぞ知る』マスター暗殺のための暗躍ぶりを踏まえてみれば、この都市で圧倒的に『目立つ』峰津院に、子ども達が一度も喧嘩を売らなかったとは考えにくい。 既に小競り合いが発生していることは前提に置いていいだろうし、その上で峰津院大和を世間に公表されている情報源からプロファイリングしただけでも、降りかかってきた火の粉に妥協と寛容を持って接するような人物でないことは明らかだ。 故に、峰津院とグラス・チルドレンは組まない。 その上で、現在の峰津院と皮下陣営が敵対しているとなれば、大きく盤面が動く可能性は一つだ。 それは、皮下陣営と、子どもたちの陣営が同盟すること。 双方の陣営とも、水面下から伝わってくる不穏な噂を拾い上げるだけでも相当な癖の強さを持った陣営であることは疑いない。 通常の平穏な東京であれば、モリアーティも両陣営が強く手を組むことを強く警戒視することはなかっただろう。 しかし、今現在においてより戦力の拡充を強く欲している陣営は、峰津院よりも皮下の方だとモリアーティは踏んでいた。 なぜなら新宿での激突は、皮下陣営の方にこそ甚大な被害をもたらしたのだからだ。 失われたものをできるだけ性急に補填し、叶うならば峰津院よりも優位にたった状態で全ての主従を薙ぎ払いたい。 それが皮下陣営としての本音だろう。 そもそも課題に対してどう向かい合うかは、死柄木たちが決める事だ。 標的の選定と、『戦い』そのものの方針については若者に任せたい。 そうでなければ経験として蓄積されない。 しかし、本当に危うくなった時に備えての『巣(セーフティネット)』の確保は蜘蛛の仕事であり、最低限の生還を担保できるように手を打つのは、送り出した側としての領分に当たる。 また、教授としては『予測外の災難』も含めて変数Xを育てる素材足りえると期待しているが、それでも最低限の『課題(クエスト)』としてのゲーム性は確保する必要がある。 ――早い話が、『どっちかクエストを選んだら二つとも待ち構えていました』はいくら何でも破綻しているし、そうはならないようにしたい。 なので、敵陣の戦力について探りを入れられるような交渉役がいるに越したことはないと思ったのだが。 グラス・チルドレンとの貴重な繋がりとなる、当の星野アイのライダーは、子ども達との接続を断固拒否した。 こうなっては、少なくとも『グラス・チルドレンに対して敵連合から揺さぶりをかけることによって強者同士の同盟を回避する』という手段は打てない。 そして、皮下陣営に対してはこちらは現状において接点を持たない。 接点を持つための社会的な口実(フック)となる、皮下病院が失われてしまったのは大きい。 現状、傘下企業に指示を出して皮下真の目撃情報や他の潜伏地候補を洗い出させてはいるのだが、『龍の姿を隠匿できる隔離手段』が全壊したと判断できない以上、そもそも23区のどこにもいない可能性もある。 (ふむ……こうなっては、禪院君への調査依頼を撤回して、討伐の為の下調べを頼むとするかな) モリアーティは、その決断を躊躇わなかった。 強者同士の同盟阻止、あるいは既に成立していた場合には、峰津院も含めた潰し合いへと誘導することも視野に入れねばならず、その下準備として。 皮下院長、およびグラス・チルドレンのマスターに対する所在地および現況の調査を再依頼する。 どのみち星野アイからも、禪院との関係についてとりなしを頼まれており、そのためのコンタクトを控えているところだった。 依頼を差し替えることになったいきさつが、内輪で開催した課題(クエスト)のためだと知れば良い顔をしないだろうが、『頭抜けた実力の二陣営が不可侵を取るなり手を組むなりするかもしれない』というリスクを持ち出せば、彼にとっても無視できる話ではなくなるはずだ。 また、今となってはそこに『標的がNPCの能力では捕捉できないところに身を置いているかもしれない』という懸念も加わっている。 こちらがそれと見込んだ拠点に乗り込んでも、もぬけの空だったところからの不意打ちを食らってしまえば手痛い。 もしもサーヴァントの仕掛けがそこにあるとすれば、NPCではそもそも感知や侵入を許さないシステムでもおかしくない。 故に、同盟者のサーヴァントに頼ることになるのは必然だった。 (もし手札が足りないようであれば、アイ君からもらった『連絡先』を使うことも視野に入れていいだろう) 当初に課題(クエスト)を提示した時点で『283プロダクションの裏側にいる黒幕』のことは捨て置くと決めていた。 だが、その陣営は現状で唯一『グラス・チルドレンおよび皮下陣営の双方から接点(ターゲッティング)を持たれている勢力』に該当する。 子ども達(グラス・チルドレン)から目を付けられていることは、夕方までの事務所周りの動きから判明している。 まして、昼間の火薬庫状態を乗り切っているのだから、子ども達の代表や、あるいはサーヴァントとの直接的な交渉、対面を果たしている公算も大きい。 また、皮下病院は283プロダクションのアイドル『[[幽谷霧子]]』の自宅でもあったことも把握している。 その彼女が病院の倒壊に巻き込まれて亡くなっていたような場合は烏有に帰す話ではあるのだが。 皮下としては、日中の283プロダクションの炎上も認識した上で、『資源』にすることも視野にいれた上で幽谷霧子をいったんは囲もうとするだろう。 つまり、彼らの動向の中に、標的もしくはその配下の出現情報が混ざってくる必然性は大きい。 (使うとすれば、タイミングは『その動きがある』と確信できた時点だな……) まずは禪院を呼び出すべく端末を手に取ろうとしたが、それを中断するものがあった。 モリアーティが起動させるよりも先に、端末そのものが着信を告げる音をたてて震え始めたのだ。 着信の電話番号として映っている数字列は、誰の番号とも登録されていないもの。 見ず知らずの他人が、モリアーティの私的な連絡先を知っている。 さて誰だろうと警戒半分、面白み半分で記憶をたどり、『そういえば直近でもこうやって急な来訪を受けた覚えがあったな』と既視感を抱く。 そのおかげで、心当たりが1件あったと気付いた。 ――そう言えば、連絡先を渡した相手がいたな。 【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夜】 【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】 [状態]:健康 [装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order [道具]:なし? [所持金]:なし [思考・状況]基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。 0:かかってきた通話([[田中一]]からの電話)を受け取る。 1:蜘蛛は卵を産み育てるもの。連合の戦力充実に注力。 2:禪院(伏黒甚爾)に『皮下院長およびグラス・チルドレンの拠点と現況調査』を打診。 3:禪院君とアイ君達の折衝を取り計らう。あわよくば彼も連合に加えたいところだがあくまでも慎重に。 4:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。 5:"もう一匹の蜘蛛”に対する警戒と興味。必要であれば『櫻木真乃との連絡先』を使う。 6:リンボと接触したマスター(田中一)を連合に勧誘したい。彼の飢えは連合(我々)向きだ。 [備考]※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。 ※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。 ※283プロダクションの陰に何者かが潜んでいることを確信しました。 ※アルターエゴ・リンボ([[蘆屋道満]])から"窮極の地獄界曼荼羅"の概要を聞きました。また彼の真名も知りました。 アラフィフ「これ先に知れて本当によかったなァ~…(クソデカ溜め息)」 **時系列順 Back:[[世界で一番の宝物]] Next:[[暗雲の中へ(前編)]] **投下順 Back:[[サイレントマジョリティー]] Next:[[暗雲の中へ(前編)]] |CENTER:←Back|CENTER:Character name|CENTER:Next→| |068:[[むすんで、つないで]]|CENTER:死柄木弔|084:[[ヴィランズ・グレイト・ストラテジー~タイプ・アサルト~]]| |~|CENTER:アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)|~| |~|CENTER:神戸しお|091:[[twinkle night/そして全ては、永遠に落ち続ける]]| |~|CENTER:ライダー(デンジ)|~| |076:[[ベイビー・スターダスト]]|CENTER:星野アイ|089:[[ブラック・ウィドワーズ(前編)]]| |~|CENTER:ライダー(殺島飛露鬼)|~|