「Stella-rium(前編)」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

Stella-rium(前編) - (2022/05/14 (土) 22:13:13) のソース

[[←>prismatic Fate]]


 誰もが言葉を失った。
 その光景を前にしてすぐさま言葉を紡げなど無理難題にも程がある。
 何しろ彼らは今しがた、超弩級の災禍を切り抜けたばかりなのだ。
 [[ベルゼバブ]]。かの四皇達にすら並ぶ武力と危険度を秘めたランサーのサーヴァント。
 あれの襲来を283プロダクションに連なる彼らが切り抜けられたのは奇跡と言って差し支えない。
 [[アシュレイ・ホライゾン]]の内で燃ゆる煌翼がかつての片翼との約定を反故にして外の世界へ流出しなければ。
 人類が触れるには熱すぎると忌まれた烈奏の焔が無ければ、犯罪卿の策が活きることもなかった。
 機甲猟兵の銃弾が[[ベルゼバブ]]の額を射抜くこともきっとなかった。
 しかしヘリオスの働きのみではきっと[[ベルゼバブ]]を鎮め切れなかったろう。
 だからあれは誰もが力を尽くした結果の、まさに紙一重の勝利だったのだ。
 一回限りの奇跡。
 仮に[[ベルゼバブ]]と再び相見えることがあればまず通じないだろう会心の連携。
 現代のスラングで言うならば初見殺しとも言えるか。
 兎に角。
 彼らはそれだけの奇跡的な噛み合いの末に、どうにか[[ベルゼバブ]]を撃退する偉業を成し遂げたのだ。
 彼ら彼女らの誰もがそのことを我が事として理解しており。
 だからこそ誰もが言葉を失った。
 それ程までに深い"致命"が今、丑三つ時の夜風にその身を晒しながら立ち尽くしていたからだ。
「………………」
 赤き髪は修羅の如く。
 体を走る入墨は罪人の如く。
 放出する闘気は拳士の如く。
 醸し出す殺気は――悪鬼の如く。
 [[ベルゼバブ]]の去った戦場に降り立った彼は幾つもの形を併せ持っていた。
「…は……はぁ?」
 最初に声をあげたのは七草にちかだった。
 日常を日常たらしめるものを失ったにちかではない。
 アイドルの夢に破れながらこの世界に辿り着き、界奏の彼を召喚した方の七草にちかだ。
「な…なんですか? まさかですけど……この期に及んで新手が来たとか、そういうわけじゃないですよね……?」
 瞳に揺らめくは彼を上弦の参たらしめる文字。
 瞳に文字が浮かんでいる、その奇妙さに意識を留めることすら叶わないだけの意味を彼が此処に立っているという事実は孕んでいた。
 [[ベルゼバブ]]の暴虐とヘリオスの燃焼が続く最中には確かに存在しなかったサーヴァント。
 戦いの終わりと共にそれが姿を現した意味を思えば、そんな些末なことにまで意識を飛ばせる訳もなく。
「無理でしょ、そんなの…みんなこんなにボロボロなんですよ? ライダーさんも、みんな――」
「…現実逃避してる暇があったら逃げる準備しとく方がいいと思いますよー。もうひとりの私」
 信じられないというような口振りで笑うにちか。
 そうするしかない彼女に声をかけたのは、奇しくも気絶から目覚めたもう一人の七草にちかだった。
 どうやら新手のサーヴァントの襲来が眠りに落ちていた彼女の意識を浮上させたらしい。
 [[田中摩美々]]の方はまだ眠りの中にある所を見るに、元々失神の程度が浅かったのか。
「それともあれが、世間話でもしに来たように見えます?」
「…っ」
 そう言われてしまえば最初に動揺を示したにちかも押し黙るしかなかった。
 凡夫も凡夫、凡庸も凡庸である所の彼女ですら疑いの余地なく信じられる程の敵意。
 否、それを遥かに凌駕し置き去った…戦意。
 戦いの世界を知らない一般人にでさえ理解出来る程濃密にそういうものを撒き散らしながら、その修羅はそこに居た。


「――こんな姿で悪いな。おまえも知っているだろうが…今しがた戦いが終わったばかりなんだ」
 他の誰が言うよりも早く動き前に出たのは[[アシュレイ・ホライゾン]]だった。
 それもその筈だ。
 ウィリアムは論外としてメロウリンクも真っ当な戦力を有したサーヴァントと正面から向き合うには戦力面の劣りが目立つ。
 [[星奈ひかる]]はその点をカバーできるように思えるが、彼女は彼女で交渉沙汰の経験に乏しい。
 よってこの場における最適の役者は最も疲労を蓄積させているアシュレイとなり。
「おまえがどんな立場を取っているかは知らない。
 しかしおまえさえ良ければ話を聞かせてもらえないだろうか。
 もしかしたら俺達がおまえ達に対してできる譲歩もあるかもしれない」
「黙れ」
 アシュレイの言葉は。
 交渉のため放たれた言葉はほんの一言で切って捨てられた。
 交渉の意思はないと示すにはそれだけで充分。
 だが鬼はそこに駄目押しを打ち込むように言葉を続けた。
「会話の余地はない。俺のマスターはそれを望んでいない」
 鬼の裡にあるのは奇しくも。
 アシュレイ達が退けた[[ベルゼバブ]]が主君から言い渡されていた命令と同じ意味を持つ志だった。
 話を聞くな。
 会話に応じるな。
 生産的な会話を交わすな。
 それが奴らの武器なのだから土俵に上がってやる理由は微塵もない。
 彼ら弱者に向き合う上での大原則を誰に言われるでもなく修羅の拳鬼は徹底していた。
 その理屈は至極単純。
 それでいて明快。
 "彼"の為の修羅たる己が耳を傾けるべき言葉など存在しない。
 それが…彼が、[[プロデューサー]]が殺すべきと見据えた者を支える手合いの言葉であるなら尚更だ。
「譲歩の余地は一切ない。疾く死ね」
「…お前が誰の手の者で。そいつは誰の為に戦っているのか……なんて聞いても、答えてはくれないよな」
 言うに及ばず。
 より強さを増した殺気を前にアシュレイは一筋の冷や汗を流す。
 だがその反応から読み取れたことも確かにあった。
 彼が無言を貫いたことの理由。
 それはきっと…この戦場に居合わせた者の存在にあったのだと。
 幾多の交渉の席に座り、あらゆる修羅場を経験してきたアシュレイには察せられた。
 以上を以ってアシュレイは「成程な」と独りごちる。
 追い討ちのように現れた彼の素性を推測する材料は十分すぎる程揃っている。
 ザッ、という足音。
 鬼の到着に数十秒遅れて戦場に援軍のチェス兵達が到着した。
 数は数十。
 一体一体は決して敵ではないが問題はこの数。
 誰もが這々の体である彼ら283プロダクション同盟の現状に対しけしかけられる戦力としてはあまりに危険と言わざるを得なかった。
「成程な。お前のマスターは"[[プロデューサー]]"か」
「っ」
 背後でアイドル達が息を呑む音が聞こえた。
 しかし彼女達に説明をしたり、その心を慮る言葉を紡いでいる余裕は生憎ない。
 その証拠にアシュレイの眼前で悪鬼の[[シルエット]]が陽炎のように揺らいだ。
 来る――そう理解し彼が剣を構えたのと衝撃が炸裂するのは殆ど同時のことだった。
「会話の余地はないと言った筈だ」
「は…ッ。どいつもこいつも釣れないな。少しくらい平和的に行かないか?」
 それは拳撃。
 が、受け止めたアシュレイは跳ね飛ばされるように後退するのを余儀なくされた。
 星辰奏者の身体能力も頑強さも一切用を成さない。
 その程度では踏み留まることの出来ない重厚な衝撃に腕が痺れる。
 先の[[ベルゼバブ]]程ではないが。
 この修羅、もとい拳鬼もまた伊達に英霊の座に召し上げられた存在ではないのだとアシュレイは呆れに近い諦観を抱きながら理解した。
 そんな彼を余所に[[猗窩座]]は改めて状況を。
 この場に居合わせた殺すべき獲物の数を確認する。
“サーヴァントは四体。内の二体は取るに足らないが…”
 [[猗窩座]]の眼差しが紅い眼の紳士と交錯した。
 機甲猟兵は戦闘能力でアシュレイとキュアスターに一歩劣るが、件の紳士が発する闘気は四体の中でも格段に弱い。
 あぁ成程。
 [[猗窩座]]は理解し眉を顰めた。
「そこか。"犯罪卿"」
 つまりアレが自分が最も優先して殺すべき男。
 此度の戦いの成否はアレを斃せるか否かにある。
 理解するや否や[[猗窩座]]の行動は速かった。
 鬼の脚力で地を蹴れば彼は初速から地を這う流星と化す。
「させないッ!」
「…!」
 [[猗窩座]]の武力に対し犯罪卿、[[ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ]]が抗える余地は皆目皆無だ。
 彼が懐に忍ばせている少量の麻薬(クーポン)を使ったとしても焼け石に水。
 数秒後には美丈夫の惨殺死体がぶち撒けられることになるのは見えている。
 だがそうはさせじと割り込む小さな影が一つ。
 キュアスター…[[星奈ひかる]]が毅然と[[猗窩座]]の進行上に立ちはだかり。
 十字に交差させた細腕で鬼の鉄拳を受け止め、彼が犯罪卿へ辿り着く為の道筋を防衛した。
“この人のパンチ…! 凄く重いのもそうだけど、それよりも……!”
 しかしキュアスターの表情は芳しくない。
 鉄面皮を貫く[[猗窩座]]の方が遥か優勢に見えた。
 目的を阻まれたのは彼の側であるというのに、だ。
 [[猗窩座]]の腕が。
 三本線の入れ墨で穢された辣腕が瞬間で音の速度をも超越。
 一筋の颶風(かぜ)となってキュアスターに襲い掛かった。
“それよりも、速すぎる…ッ!”
 防いだその筈だった。
 にも関わらず彼女は脇腹を貫いた衝撃に弾き飛ばされ地面を転がる。
「や…あぁあぁあああッ!」
 胸に抱く闘志は不屈。
 すぐさま跳ね起き再戦を挑むひかるも負けじと拳撃を繰り出す。
 一発二発ではない。
 拳雨打(ラッシュ)…プリキュアの超常的な身体能力に物を言わせた数任せの制圧攻撃。
 だがそれを受けても[[猗窩座]]の涼しい顔を崩すことは出来ず。
「餓鬼の拳だな――芯がない」
 [[猗窩座]]は小さく一蹴。
 そして刹那、キュアスターの矮躯が拳打の直撃を受けて吹き飛んだ。
「か…は、ッ」
 内臓が潰れた感触は幻痛に非ず。
 喀血を拭いながら立ち上がるキュアスターには、自分が彼に歯牙にも掛けられていないその理由がすぐ分かった。
“この人…強いんだ。私なんかよりずっとずっと……"戦う人"として強いんだ……!”
 それは他のどんな理屈より身も蓋もない答え。
 単純な年季と練度の違いに他ならない。
 プリキュアとして戦う上で、キュアスターは何かの武道を修めたり極めたりしてはいない。
 英霊としての力と潜在性なら彼女は[[猗窩座]]を上回りすらするだろうが、戦士としての習熟度で言えば彼の影を踏むのも難しい。
 一体どれだけの期間武を磨き続けてきたのか。
 何が彼をそこまでさせたのか。
 そんな場違いな疑問が浮かんでくる程の強さと完成度を相手にしたひかるは、己が思考から出し惜しみという観念を完全に排除する。
「アーチャーちゃん!」
「大丈夫です真乃さん! わたしのことより皆さんを!」
 真乃の心配する声に気丈に応じて。
 追撃の為迫る修羅へ拳を構えた。
 先程彼に言われた言葉が脳内をリフレインする。
 ――餓鬼の拳だな、芯がない。
 確かにそうだろう。
 認めるしかない。
 自分はどうしようもなく子供で。
 だから犯罪卿や境界線のようには上手くできなくて、そのせいで大切な人を何度も泣かせてしまった。
 だけど。
 それでも!
「どんなにあなたが強くたって…!」
 拳に宿るはイマジネーションの力。
 一人の少女を英雄に変えた輝きが感光する。
「わたしだって――負けられないんです!」
 [[猗窩座]]の眉が動いた。
 徒手で打ち合っていた時とは比べ物にならない魔力の高まりに気付いたのだろう。
 あの[[ベルゼバブ]]をして多少はできると称した一撃に、[[猗窩座]]も己の魔力を注ぎ込んだ魔拳で応じ――力と力が衝突し、爆ぜた。


 閃光が失せる。
 粉塵が晴れる。
 キュアスターは健在。
 五体満足のまま両の足で大地を踏み締めていた。
 一方の[[猗窩座]]は、その左腕を肩口諸共キュアスターとの激突で吹き飛ばされている。
 どちらが優勢であるかなど火を見るよりも明らかな局面の中で更に、[[猗窩座]]の足元から煌々と彼を炎が取り巻いた。
「すまない、ありがとうアーチャー。お陰で手っ取り早く鎮圧できた」
「いえ…先刻わたしは何もできませんでしたから! それより――」
「あぁ、まだ殺しちゃいない。こいつには幾つか聞きたいことがあるからな」
 星辰光の変質によってアシュレイの肉体的損傷は今や補われている。
 だが内部に刻まれた疲労やダメージについては未だ健在だ。
 満身創痍であることに変わりはない以上、キュアスターが[[猗窩座]]との正面戦闘を引き受けてくれたのは素直にありがたかった。
“俺達はあくまで目の前の窮地を一つ切り抜けただけだ。
 状況は鋼翼のランサーが乱入してくる前と何も変わっていないし、それどころか悪くなっている。
 その遅れの分をどうにか取り返さなくちゃな。そのためにもこの新手が胸襟を開いてくれるとありがたいんだが…”
 キュアスターによって重篤な損傷を与えられ。
 そこをアシュレイの星辰光による炎で取り囲まれた修羅。
 半ば無理矢理の形ではあるがテーブルに着かせることはできた。
 となれば後はどうにかして彼の座るテーブルを交渉のそれに変えることが肝要。
 さぁどう切り崩したものかと頭を捻り始めたアシュレイの目の前で、"それ"は起きた。
「これで捕らえたつもりか?」
 炎の檻の中から悠然と歩み出る[[猗窩座]]。
 その立ち姿を見て驚愕したのはアシュレイもキュアスターも全く同じだった。
「嘘…ッ」
 失った筈の左腕がゴボゴボと蠢くような音を立てながら再生していく。
 アシュレイの炎に触れたことで生まれた火傷も同じだ。
 自然治癒の範疇と限界を遥かに超えた高速再生(リジェネレイト)によって鬼は全ての損傷を破却する。
 刹那動いたのはキュアスターの方であった。
「ライダーさん!」
「…アーチャー!」
 疲弊した体に鞭を打って前に踏み出る。
 アシュレイと、そして[[猗窩座]]が狙う犯罪卿。
 その双方を背に庇うような位置に躍り出たキュアスターの意図は一つだ。
「この人の相手はわたしが引き受けます。だからライダーさんは…アサシンさんと皆を守ってあげてください」
「…分かった。確かにそれが合理的だな。
 俺の宝具(ちから)でなら、あの数の敵もある程度までなら一度に相手取れる」
 チェスの兵隊は単体では然程脅威ではない。
 しかし数を揃えているという一点においてはある意味[[猗窩座]]以上に厄介だ。
 点の戦いに長けたキュアスターが[[猗窩座]]の相手をし。
 面の戦いに長けたアシュレイが兵隊共の相手をするのは理に適っている。
「死ぬなよ。君が死んだら櫻木さんが悲しむ」
「えへへ…はい、もちろんです! ライダーさんこそどうかお気をつけて!」
 斯くして戦端は二分される。
 キュアスターと[[猗窩座]]。
 アシュレイとチェスの兵隊達。
 だがそれぞれの戦端が本格化する前に、声を張り上げた者があった。


「ま…待ってください! あなたは……あなたは、本当に私達の[[プロデューサー]]さんのサーヴァントなんですか!?」
 七草にちかだ。
 偶像であることを諦め。
 そしてもう一度立ち上がった少女が。
 震える声を無理に張り上げて問いかけていた。
 問いの相手は乱入者、修羅の拳鬼[[猗窩座]]。
 彼女は恐慌の只中にありながらも、アシュレイが[[猗窩座]]に向け溢した言葉を聞き届けていたのだ。
「だったら…っ。戦うよりも[[プロデューサー]]さんに今すぐ伝えてください!
 私……決めたんです。もう一度アイドルを目指すって……やってみるって!」
 彼が本当に[[プロデューサー]]のサーヴァントだというのなら。
 自分がどうにかして[[プロデューサー]]の戦う意思を止められれば、此処で不要に戦う行為に意味はなくなる。
 にちかはそう考えた。
 けれどそれだけじゃない。
 今すぐにでも伝えてほしかった。
 石ころでしかなかった七草にちかを拾い上げて磨いてくれたあの人に。
 自分がもう一度羽ばたくと決めたことを伝えてほしかった。
 そして――止まってほしかった。
 だから叫んだ、恐怖に打ち勝って喉を動かした。
 その言葉を受けた[[猗窩座]]は眉をわずかに動かして。
 それから…言う。
「つまらん」
 それは返答ですらなかった。
 一蹴。
 七草にちかの振り絞った勇気を蹴散らす一言だった。
「は? いや、あの…」
「お前はよもや、自分が一声かければ奴が踏み止まるとでも思っているのか。
 だとすれば思い上がりも甚だしいな。随分寝惚けた凡俗だ」
 その言葉には嫌悪の色すら載っていたかもしれない。
 辛辣極まりない言葉の意味をにちかが理解し始める頃に。
 彼女の思考の歩幅に合わせることは一切せず、[[猗窩座]]は言い放った。
「七草にちか。お前が何を言った所であの男は止まらん」
「…ッ。なん、ですか――なんですか、それ。
 あなたが[[プロデューサー]]さんの、あの人の何を!」
「知っているさ。少なくともお前よりは」
 動悸ににちかは胸を抑えた。
 もうひとりのにちかはそんな自分をただ見つめていて。
 この一ヶ月間。
 初めて他者の命と未来を奪うことに目を向け煩悶し、されど自分の決めた道を決して違えなかった男の傍らに在り続けた鬼は――[[猗窩座]]は。
「分かったのなら黙って見ていろ。それがお前にできる最善の選択だ」
 何もするなと。
 ただそう言い放って構えを取った。
 臨戦態勢。
 戦闘態勢。
 足元に浮かび上がるは雪の結晶を思わす紋様。
 その上に鉄面皮のまま立ち、[[猗窩座]]は開戦の合図となる言葉を口にした。
「――術式展開」
「ま…待ってください! まだ……まだ話は――!」
 此処からはサーヴァントとサーヴァント。
 [[猗窩座]]と[[星奈ひかる]]、キュアスターの殺し合い。
 そこに人間が介入する余地など…まして魔術の心得もない、異能の一つも持たない凡が割り込む余地など微塵もなく。
 七草にちか及びその慟哭めいた声は只の背景と成り下がり。
 運命は彼女の存在を無視して更なる展開を開始した。

    ◆ ◆ ◆

 術式展開。
 破壊殺・羅針。
 [[猗窩座]]にとって先の打ち合いなどは児戯に等しい。
 何しろ先刻彼は鬼として過ごした悠久の時の中で得た異能の技巧。
 血鬼術と称されるそれを何一つ使っていなかったのだから。
「にちかさんに…なんであんな酷いことを言ったんですか」
 そんな[[猗窩座]]に臆することなく毅然と向き合い。
 キュアスターは彼がにちかに吐いた言葉を咎めていた。
「あなたが、もしにちかさんの…そしてわたしのマスターである真乃さんの。
 [[プロデューサー]]さんのサーヴァントだっていうのは――本当なんですか?」
「だったらどうする」
「あなた達は間違ってるって、そう言います」
 キュアスターは…[[星奈ひかる]]は。
 [[櫻木真乃]]にとって件の"[[プロデューサー]]"がどれだけ大きな意味を持つ存在だったかを知っている。
 なればこそ、[[猗窩座]]がにちかに放った言葉は無視できなかった。
 あの悲痛な叫びに宿った彼女の心を…想いに対して。
 あんな、まるで差し伸べられた手をはたき落とすような真似をすることは許せない。
 たとえ[[プロデューサー]]や目前の彼にどんな事情があったとしてもだ。
「叶えたい願い事があることも…それに向けて戦うことも否定しません。
 誰かが思い思いに描く明日を否定するのは冷たいことだって分かったから。
 でも……それでも。止まる気がないからって全ての声や想いを無碍にするなんて、あんまりすぎます」
 譲れない願いのために戦うことがズルいと非難されるべきことである筈はない。
 何故ならひかるは彼ら彼女らのことを何も知らないから。
 なのにまるで大上段に立ったように、上から目線で彼らの決めた道を否定するなんて傲慢が過ぎるというものだろう。
 だけど…それでも。
 進む足に縋りつく想いの全てを無碍にするというのなら、それは間違っていると[[星奈ひかる]]は声を大にしてそう叫ぶ。
「反吐の出るような綺麗事だ。
 まさに餓鬼の戯言だな。それ以上でも以下でもない」
「…だとしても!」
 キュアスター、前へ。
 [[猗窩座]]、受けて立つ。
 拳と拳の激突が衝撃波でアスファルトを捲れ上がらせ、草木と粉塵を巻き上げた。
「だとしても…わたしはあの人達の気持ちを無駄にしたくありません!
 それが子供の綺麗事だって言うんなら――わたしはずっと子供でいい!」
 キュアスターはアイドル達の想いのすべてを知っているわけではない。
 けれど知っていることは確かにあるのだ。
 彼女達の眩しさも健気さも、善良さも頑張りも。
 知っているし理解っているから[[猗窩座]]の言葉に揺らぎなどしない。
 輝く星々のように眩しくある彼女達のことを。
 先人として愛しているからこそ握る拳は崩れず、負けるわけにはいかなかった。
「あなたを倒して[[プロデューサー]]さんを引っ張り出します。
 それにさっきの暴言…やっぱり、一発ひっぱたかないと気が収まりませんから!」
 裂帛の気合を込めたキュアスターの拳。
 それを躱した[[猗窩座]]の頬に一筋の傷が走った。 
 流れ落ちた血が顎から滴るまでの内には修復が完了する。
 ひとえにその程度の掠り傷だったが…闘争の世界に身を置き研鑽に明け暮れた者として、彼女の闘志の程が理解できたのか。
「相分かった。大口を叩くだけのことはあるようだ」
 [[猗窩座]]は目前の闘気に対しての評価を改めつつ。
「ならば実演してみせろ。できるものなら」
 キュアスターの追撃を紙一重の距離まで引き付けながら、それでいて容易く躱し。
 そのカウンターに彼女の右頬へ己が鉄拳を打ち込み吹き飛ばした。
“ッ…! やっぱり凄く速いし、凄く重い……!”
 歯肉からの出血を口端から溢しながら吹き飛びつつ。
 どうにか地面に足を着いて致命的な隙までは晒さないキュアスター。
 そんな彼女の元に、容赦のない[[猗窩座]]の追撃がやって来る。
“息つく暇もないなぁ、やっぱり…!”
 破壊殺・空式。
 [[猗窩座]]の拳が目にも留まらぬ速度で重ねられ。
 その全てが、殴り飛ばされた副産物として距離を確保できた筈のキュアスターの元にまで到達していた。
 腕を盾代わりに受け止めるも伝わる衝撃は確実に彼女の肉体を痛め付けていく。
 これこそが[[猗窩座]]の異能。血鬼術、その片鱗。
 [[星奈ひかる]]が人間として過ごした何倍もの時間を生き、そしてその悉くを闘争と鍛錬に費やした修羅の武勇が今炸裂する。
「ッ、あ…!」
 連撃のどれ一つとして生易しいものはない。
 キュアスターの戦ってきたノットレイダーの中にもこれだけ痛く鋭い武を駆使する者はなかった。
 全撃を苦悶を漏らしながらも受け止めたキュアスター。
 だがその間合いには既に、彼女の奮戦と並行して距離を詰めていた[[猗窩座]]が居り。
 キュアスターが負わされたタイムロスの報いを貪る新たな必殺が間近で炸裂することになる。
 音速を遥か置き去る速度で放たれた貫手をしかし、キュアスターは紙一重で躱していた。
 それを可能としたのはまさに只の直感。
 今動かねば死ぬという本能的な部分が彼女へと促した行動の賜物。
「はぁ、はぁ、はぁ、は……ッ」
 脇腹の一部が抉り飛ばされようとも。
 [[猗窩座]]の貫手で心臓を吹き飛ばされる結果に比べればどれだけマシなことか。
 喘鳴めいた呼吸を繰り返すひかるの姿は誰がどう見ても劣勢。
 にも関わらずその瞳に宿る光は欠片程の翳りも見せることなく。
「弱いな。力だけは立派でも、それを振り回す技術が伴っていない」
 そんな彼女の反撃を事もなくいなしつつ。
 [[猗窩座]]は返しの蹴撃を放ち、キュアスターをまたしても吹き飛ばした。
 過ぎた力を振り回すだけの幼子の相手をするのは実に容易い。
 極限の熟練度と破壊殺・羅針による闘気探知を併せ持つ[[猗窩座]]であれば尚のことだ。
 彼女の反撃の全ては[[猗窩座]]の予測の範疇を出ず。
 であれば涙ぐましい奮戦を叩き潰すことなど酷く容易。
 底が浅い付け焼き刃の強さでは、数百年に渡り君臨を続けた上弦の参を揺るがせない。
「児戯に付き合うつもりはない。終わらせるぞ、アーチャー」
 そんな絶望的なまでの実力差を示しながら。
 キュアスターがノットレイダーとの戦いの中で勝ち取った強さなど、所詮は付け焼き刃の児戯でしかなかったのだと突きつけながら。
 [[猗窩座]]は戦いを終わらせるべく走り拳を振るった。
 一口に振るったと言っても一発や二発の範疇には収まらない。
 三、四、五を超えて十――否々百に届くまで。
 繰り出される連撃、連撃連撃連撃連撃連撃――流星の如く。
 これを指して破壊殺・乱式。
 実体を超えて衝撃波の群れと化した嵐がこの戦いを締め括るべくキュアスターへ降り注ぎ。
 容赦も呵責もない詰みを突きつけられたキュアスターは目を瞑る。
 それは一見諦めを意味する仕草のようでありながら。
 しかし――握った拳に宿る力が緩むことはなく。
 カッと目を見開くなり、キュアスターは叫んだ。


「――まだですッ!」
 瞬間。
 瞠目するのは[[猗窩座]]の方だった。
 闘気を可視化し認識することのできる彼だからこそ理解できること。
 目前のキュアスターの放つ闘気の桁が、何の理屈もなく一段…否二段は跳ね上がった。
 まだだと放った言葉そのものに何らかの意味が宿ったかのように。
 そして。
 キュアスターの繰り出す剛拳は乱式の血鬼術を微塵の如くに粉砕する。
 そのまま前へ踏み込んだ彼女の一撃は[[猗窩座]]の体へ遮るもののないままに炸裂。
 彼の体を竹蜻蛉のように吹き飛ばし、先程までの雪辱を果たしてのけた。
「…面妖な力だ」
 立ち上がる[[猗窩座]]のキュアスターに対する認識は数秒前までのそれとは大きく異なっていた。
 つい数十秒前までの彼女は紛れもなく取るに足らない弱者だった。
 秘めたる力は大きくともそれを振るう才に欠けた、志だけは立派な木偶の餓鬼。
 だが今はどうだ。
 秘める力の大きさに適合できる水準まで、肉体の方が合わせてのけたかのように。
 [[猗窩座]]の眼と感覚から見て明らかな程に、キュアスターは強くなっていた。
“宝具か…はたまたスキルか。どちらにしろ厄介だ。過ぎた玩具を持った餓鬼だと言わざるを得ない”
 勿論そこには種がある。
 彼女は光の奴隷と呼ばれる人種に非ず。
 近いものはあったとしても、それとイコールでは決して結ばれない。
 眩く輝きながらも尖らない、誰かの痛みを見失わない。
 自分の輝きのために何かを犠牲にすることを見落とさない。
 軽んじることもない――[[星奈ひかる]]が、キュアスターが放つ光はひとえにそういうものであるから。
「わたしは、負けません」
 イマジネーション。
 それはキュアスターの霊基に宿る"無限"だ。
 [[星奈ひかる]]という少女が持つ、他の何人も及ばない程の圧倒的な想像力。
 ひかるが。
 キュアスターが望めば望む程。
 知りたいと思えば思う程。
 未知への欲望を募らせれば募らせる程、彼女はより強く輝く星になれる。
 まごうことなき規格外の力。
 ともすれば[[アシュレイ・ホライゾン]]の裡に眠る煌翼(ヘリオス)の特権たる限界突破にとて届き得る無尽の力が、キュアスターを[[猗窩座]]に届かせる。
 負けるわけにはいかない。
 だからこそ知りたい。
 目前の彼に勝つ方法を。
 彼から自分の大切なもの全てを守り未来に繋げるすべを。
 その想いはイマジネーションを掻き立て刺激する。
 結果、それは力として苦境のキュアスターの霊基に出力された。
 限界突破(オーバードライブ)――完了。
 一つ二つと限界を飛び越えたキュアスターが振るう拳が[[猗窩座]]に触れた途端。
 彼の体は小石のように吹き飛んで、足底が地面を擦った軌跡を数メートル分も刻んでようやく止まった。
「負けられないんです――わたしは、あの人の!
 真乃さんの…[[プロデューサー]]さんの導いたアイドルの! サーヴァントだから……!!」
 眩しさで誰も彼もを焼き焦がしてしまう光ではなく。
 天から人を優しく見守り照らす星光のように。
 光は光で素晴らしいという真理の一片を体現しながら[[星奈ひかる]]は高らかに吠えた。
「…そうか」
 輝く戦士と相対するは修羅の鬼。
 地獄から這い出て英霊の座へと召し上げられた悪鬼羅刹。
 [[猗窩座]]は今令呪一画分のブーストを受けている。
 にも関わらずキュアスターのサーヴァントとしての出力は今優に[[猗窩座]]を超えていた。
 [[猗窩座]]は彼女の人となりについては何も知らないが、それでも理解できたことが一つ。
 キュアスターに際限はない。
 その想いと願いが活きている限り。
 心に燃やす灯火が消えぬ限り、彼女は永劫に輝き万人を照らし続ける星だ。
 その心を折ることも。
 彼女の諦めを望むことも、恐らくは全て徒労に終わるだろう。
「ならば来るがいい。その技も業も…全て尽くして」
 しかしそれは[[猗窩座]]も同じ。
 彼もまた折れなどしない。
 諦めなどしない。
 立ち続け拳を振るい続ける。
 死を以って解き放たれた悪鬼の定め。
 だというのに彼は今も鬼に倣い鬼で在り続ける。
 そうでなくては得られない勝利があると知っているからこそ修羅の拳は迷わない。
 人の身で鬼を目指した男のサーヴァント。
 その在り方が鬼以外であっていい筈などないのだから。
「死ねアーチャー。何処までも無意味に消えていけ」
「死にませんし、あなたのことも殺しません。それが…わたしの選んだ道ですから!」
 鬼たる禍星、鋭く。
 光たる稀星、強く。
 走る二つの力が。
 闘志が激突する。
 [[猗窩座]]の肉体は激突の衝撃に耐え切れず崩れたがそれで止まるならば鬼になった甲斐はない。
 負荷で崩れた箇所はすぐさま再生し、キュアスターとの継戦の上で一縷程の支障も齎しはしなかった。
“狙いが鋭い…! 全部、わたしの急所を狙っている……!”
 破壊殺・羅針。
 闘気探知の羅針盤。
 それは[[猗窩座]]に無比の精度を約束する。
 攻撃においても回避においてもだ。
 羅針が攻めに転用されれば必然、[[猗窩座]]の全撃はキュアスターの急所に自動で照準を合わせることとなる。
「はあぁあぁああぁッ――!」
 殺到する鋭撃の全てを押し破りながら。
 キュアスターが放つ剛拳が魔力的な破壊力を伴って[[猗窩座]]を襲う。
 さりとて[[猗窩座]]――不退転。
「破壊殺・脚式――」
 炸裂する衝撃波の全てを鬼の耐久力に物を言わせて無視。
 そのまま足を蹴り上げれば、キュアスターの痩身を襲うはこれまでの全てを彼方に置き去る程激しい衝撃。
「飛遊星千輪」
「ッ…ぐぅ、うううううううッ!」
 破壊殺・脚式。
 飛遊星千輪。
 螺旋を描きながら放たれる蹴撃にひかるは苦悶を漏らすが、その足は大地を離れない。
 人間ならば全身の骨という骨が余す所なく破壊されていても不思議ではない衝撃をその身一つで耐え抜いたキュアスター。
 彼女はしかし怖じ気付くでもなく拳を握り、裂帛の気合を載せた叫びと共に振るった。
「プリキュア――スター、パァァアアァァアアアアンチッ!!」
 星の光。
 イマジネーションの熱。
 その全てを載せた拳が振るわれる。
 それに際し[[猗窩座]]が振るうのもまた極致の火力。
 即ち――
「破壊殺・滅式」
 破壊する。
 殺す。
 滅ぼす。
 三重の殺意が秘められた一撃とプリキュアの輝きは正面切って激突し。
 やがて光が晴れた時、まだ二人の拳の応酬は続いていた。
 キュアスターの乾坤一擲は[[猗窩座]]を滅ぼし切るには至れず。
 [[猗窩座]]の滅式もまたキュアスターの輝きを消し切れなかった。
 火力と火力の鬩ぎ合いを経ても決着は着かず、ならば戦いは必然次の領域へと進んでいく。
 秒間数百にも及ぶ[[猗窩座]]の魔拳剛拳を出力任せに押し切りながら、それでいて反撃も繰り出すキュアスターの姿は見る者へ驚嘆を齎したろうが。
 それを最も間近の距離で敵に回している[[猗窩座]]は驚くでもなく正確に、彼女の繰り出す不条理に対応し続けていた。
“巫山戯た力だ。しかし…恐るべき力でもある”
 地獄へ落ちる前の[[猗窩座]]が見たなら青筋を浮かべすらしただろう。
 それ程までに理不尽な力だった。
 キュアスターのイマジネーション。
 己が輝きだけで数百年の研鑽をも塗り潰すその眩しさは、見ようによっては酷く悍ましくもあり。
“戦いの中で成長する。強くなる。死なない限りは戦い続けるという闘志の具現――”
 思い出したのは生前最期の戦い。
 死の淵に追い詰められて痣を発現し、途端に次元違いの力を発揮し始めた水の柱だった。
 窮地に立たされての限界突破。
 それを一度見た覚えがあったことが幸いしてか、[[猗窩座]]がキュアスターの天元突破に対応できるようになるまでは早かった。
「まだまだ…です! これくらいでなんて、倒れてあげません!」
「そうか」
 そして[[猗窩座]]は理解する。
 否、今更そんな大仰な話ではない。
 サーヴァントとして現界したその時から決まっていたことだ。
 たとえ目前にどのような理不尽が立ちはだかろうとも。
 悪鬼である己を焼き滅ぼす眩い光が射し込もうとも――
「だが殺す」
 己がすべきことは何も変わらない。
 殺す。
 ただ殺す。
 殺して喰らう。
 己の役割はそれだけであり。
 ならばこそそれだけは何が相手だろうと揺らがせはせぬと決めていた。
 輝きの限りを尽くすキュアスターの正拳。
 ならぬ星拳に腹を抉られるも――だからどうしたと[[猗窩座]]は躍動。
「言った筈だぞ。餓鬼の拳だ――芯がない」
「だったらッ!」
 繰り出す返しの一撃。
 破壊殺・脚式、流閃群光。
 使うのは片脚のみなれど、しかし限界までそれを駆動させることで繰り出す超絶の連撃。
 一撃一撃がキュアスターの矮躯を遥か彼方まで吹き飛ばす威力を含んでいながら…しかし。
「芯がなくてもいい…子供のままでもいい!
 わたしはわたしのままで――あなたを、越えてみせる!」
「―――」
 彼女の体は動かない。
 限界に近いダメージを受けながら噴血程度で済ませている。
 鼻と口から血を流す姿は元の姿形の愛らしさも相俟って悲惨さを際立たせていたが。
 キュアスターをキュアスターたらしめるイマジネーションとプリキュアならではの善性は彼女を不屈であらせ続けもした。
 流閃群光の荒波もとい暴風の中にありながら立ち続けたキュアスター。
 その鉄拳が、[[猗窩座]]の顔面を殴り飛ばす。
 竹蜻蛉のように錐揉み回転しながら吹き飛ぶ拳鬼の[[シルエット]]。
「わたしはアーチャー…キュアスター!
 真乃さんの、真乃さん達の……あなたのマスターが育てたアイドルさん達の、サーヴァントです!」
 攻撃を受けた後で[[猗窩座]]は述懐する。
 今の一撃は避けられたのではないか。
 酷く直情的な、真っ直ぐ放たれたことしか取り柄のない稚拙な一撃。
 そんなものを躱すことくらい。
 修羅たる上弦の参にしてみれば造作もなかったのではないか。
 その疑問に対し[[猗窩座]]は明確な答えを用立てることは出来なかった。
 彼が今のキュアスターの一撃を食らってしまった理由はただ一つ。
 理屈や打算の一切を抜きにして。
 これを避けてはならぬと、そう思ったからだった。
「…驚いたな」
 その言葉はキュアスターに向けたものではない。
 他でもない[[猗窩座]]自身。
 攻撃を躱さぬ不合理を冒した自分自身に対しての言葉。
“まだ…そんなものが残っていたのか。
 何も守れず使命を見失い、挙句地獄で焼かれた燃え滓の体に”
 心底驚いた。
 そしてお笑いだ。
 そう[[猗窩座]]は思う。
 何たる贅肉。
 何たる不合理か。
 何をまともぶっているのだ俺は――自嘲を含めた笑いを溢さずにはいられなかった。
「見事だアーチャー。貴様の武…その輝き。
 幼く青い餓鬼のそれではあれど、屑星と切り捨てるには過ぎたものだと理解した」
 称賛の言葉に嘘はない。
 [[猗窩座]]が鬼でなければ。
 それ由来の英霊でなければ、彼は既にキュアスターに敗北している。
 その運命を捻じ曲げ此処に立てている理由はひとえに鬼の始祖…■■■■■の呪いの賜物でしかなく。
 [[猗窩座]]が、■■が積み上げた武と情念の極みは既にキュアスターに上回られていた。
 上弦の参たる[[猗窩座]]はキュアスターに敗れた。
 その事実を認めながら[[猗窩座]]は拳を握る。
「敬意を払ってこの拳で殺そう。
 お前の輝き、その闘気…闘志。全て――余さず喰らって踏み越える」
 此処に居るのは悪鬼ではない。
 今や名も思い出せない始祖に造られた上弦の参でもない。
 283プロダクションの[[プロデューサー]]に召喚されたサーヴァントとしての[[猗窩座]]だ。
 だからこそ彼は立ち続ける。
 イマジネーションの輝きに照らされながらも決して揺るがない。
 悪鬼ならば越えられていた。
 修羅ならば砕かれていた。
 だが――
「破壊殺・終式」
 此処に居るのはそのどちらでもない。
 一人の不器用で尚且つ愚かな男に召喚されたサーヴァントだ。
 ならば耐えられる。
 ならば立ち続けられる。
 ならば、屈せずにいられる。
「青銀乱残光」
 刮目せよ光の戦士。
 覚悟せよキュアスター。
 イマジネーションを糧に果てなく飛翔するプリキュアよ。
 あまねく宇宙の全てを照らす星の光と言えども。
 この想い、この情念だけは掻き消させぬと。
 確たる闘志を吠えながら、[[猗窩座]]という闇はキュアスターという光に向けて己が武勇の全力全開を解き放った。

    ◆ ◆ ◆

[[→>Stella-rium(後編)]]