◆◇◆◇ 景色の向こう側。 果てなき蒼い空を背負い。 二つの流星が、衝突を繰り返していた。 閃光と爆炎を絶えず迸らせながら、鎬を削り合う。 渋谷区から始まる熾烈な交戦は、佳境へと突入していた。 躍動する戦いの最中に、戦場は隣接する目黒区へと移っていた。 それぞれのマスターを喪った二騎のアーチャーは、互いが互いを足止めしながら死力を尽くしていた。 目黒区の高層ビル、その屋上にて。 桜の花びらが舞い続ける中。 二つの影が、彼らを遠目から眺めていた。 夜桜の化身、[[皮下真]]。 鬼ヶ島のライダー、[[カイドウ]]。 戦線から離脱した主従は、二騎の交戦を傍観する。 ―――潮時だな。あいつらはじきに死ぬ。 皮下は、淡々とそう結論付ける。 雷霆と機凱。2騎のサーヴァントは、今も熾烈な衝突を続けている。 マスターという魔力の供給源を喪い、度重なる攻防の果てに満身創痍となっている。 彼らの存在はもう長くない。消滅の瀬戸際に立たされている。 そんな中で相手の最後の足掻きを防ぐべく、共に足止めをしている形となっている。 皮下は、[[カイドウ]]と念話で打ち合わせ。 そしてすぐさま決断した。 この場は離脱するべきである、と。 ―――“じきに『方舟』の連中が来る”。 ―――“俺達は、俺達の決着を付けに行く”。 ―――“アーチャー。後は任せるよ”。 皮下は機凱のアーチャーにそう伝えて、戦線から離脱した。 それはつまり、実質的な“捨て駒”の宣言だった。 放っておいても死ぬお前達の相手をしている暇はない、後は好きにやってくれ。 皮下はそうして、死へと向かいつつある者達を突き放した。 死地に立たされているアーチャーには、最早それを意に介する余裕すら無く。 去りゆく皮下達を前にして、彼女が何を思ったのか―――皮下は知る由もなかったし、興味もなかった。 ―――[[リップ]]・トリスタン。[[松坂さとう]]。 ―――見事なもんだったよ。 ―――桜の一欠片くらいは、手向けてやるさ。 “誰か”のために魂を捧げて。 “誰か”のために命を燃やす。 やはり“愛”というものは、人を狂わせる。 そして―――何処までも、その身を懸けるに値する。 万花の領域へと至った皮下は、それを改めて噛み締める。 此処まで“同盟相手”として組み続けてきた[[リップ]]も、己に答えを与えた“敵”であるさとうも、最期まで見事なものだった。 ―――尤も、“それまで”だ。 残された彼らの従者にまで義理立てする気はない。 この乱戦の中、いずれ消え行く存在に目を向けている暇などない。 彼らがその存在を懸けて戦い抜いたように。 皮下達にも、臨まねばならない戦いが待ち受けている。 [[光月おでん]]の刃を継ぐ者。 そして、[[古手梨花]]とそのセイバー。 方舟に連なる者達と、じきに激突する。 二騎の英霊と万花繚乱へと至った皮下という三人を相手取っていた“蒼き雷霆”。 その奮戦は紛れもなく異常であり、修羅の如し強さを発揮していた。 死に花を咲かせている―――それ故に、最後の灯火としての大立ち回りを演じている。 これ以上相手をしていれば、無駄な労力を削られることになる。 やがて訪れる決戦に向けて、体力と魔力を温存するべきである。 皮下と[[カイドウ]]は念話によってそのことを共有し、そして判断した。 「―――総督」 そうして皮下は、呟く。 桜の花弁が、笑みと共に舞う。 「存分に暴れさせてやる」 傍らにて気迫を放つ青龍を、横目で見ながら。 夜桜の化身は、不敵に嗤う。 「今度こそ、取り逃がさせねぇよ」 皮下は、悟っていた。 [[カイドウ]]は、二度に渡って“宿敵との因縁”を取り逃がしている。 “[[光月おでん]]”。ワノ国に散り、そしてこの世界で再び散った、無頼の侠客(おとこ)。 最強の海賊は、この侍との望むべき決着をついぞ果たせなかった。 華々しき結末は、常に横槍によって阻まれる。 男は、皮肉な運命を呪い―――そして“大看板”の激励によって再起した。 取り零し続けてきた宿縁。 されど、天運は再び男に道を示す。 世界最強の海賊を、決戦へと導き。 彼もまた、己の運命に決着を付けんと望む。 「……ああ。もう、逃がしやしねえ」 故に“百獣の青龍”は、そう応えた。 今度こそ、全身全霊を持ってケリを付ける。 その為にも、此処で消耗を強いられる訳にはいかないのだ。 そしてそれは、皮下にとっても同じだった。 ――――分かるよ。 ――――お前も、来るんだろ。 ――――なあ。“つぼみ”。 この身に宿る、“夜桜”の血脈。 やがて来る決着を待ち受けるように。 静かな鼓動を、打ち続けている。 “怪僧(リンボ)”と“邪神”の禍々しい気配は、ぷつりと消え失せた。 汚濁のような混沌が、この舞台から消滅した。 そして、この身と共鳴する“夜桜の気配”は今もなお健在である。 その意識は―――紛れもなく、こちらへと向けられている。 ―――“あいつ”が、憑いている。 ―――[[古手梨花]]。想像以上だったよ。 ―――お前は“夜桜の宿命”へと踏み込んだ。 皮下は理解する。 [[古手梨花]]は、因縁にケリを付けた。 彼女は己の命を燃やし、最後の戦場を見据えている。 親友とのケリを付けた“その先”の戦いを、察知している。 夜桜つぼみの写身と化した[[古手梨花]]を一目見た時から、[[皮下真]]は悟っていた。 最早、[[古手梨花]]との対峙は必然となった。 そして[[光月おでん]]との因縁もまた、此処に。 夜桜の化身と、龍桜の鬼神。 二人の修羅は、それぞれの因縁を見据える。 決戦は近い。勝利の時は、近い。 その果てに掴み取るものは、ただ一つ。 万物の願望器――――界聖杯だ。 「――勝ちに行くぞ、皮下」 「――勝とうぜ、[[カイドウ]]」 夏の嵐が吹き荒れて。 忌まわしき“夜桜前線”が迫る。 【目黒区(渋谷区・品川区付近)→???/二日目・午前】 【[[皮下真]]@夜桜さんちの大作戦】 [状態]:万花繚乱 [令呪]:残り一画 [装備]:? [道具]:? [所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有) [思考・状況] 基本方針:つぼみの夢を叶える。 0:行くぜ、“奇跡の魔女”。 1:綺麗だよ、クソガキが。 [備考] ※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。 ※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。 ※ハクジャから[[田中摩美々]]、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。 ※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。 ※複数の可能性の器の中途喪失とともに聖杯戦争が破綻する情報を得ました。 ※キングに持たせた監視カメラから、沙都子と梨花の因縁について大体把握しました。結構ドン引きしています。主に前者に ※『万花繚乱』を習得しました。 夜桜つぼみの血を掌握したことにより、以前までと比べてあらゆる能力値が格段に向上しています。 作中で夜桜百が用いた空間からの消失および出現能力、神秘及び特定の性質を有さない物理攻撃に対する完全な耐性も獲得したようです。 "再生"の開花の他者適用が可能かどうかは後の話にお任せします。 【ライダー([[カイドウ]])@ONE PIECE】 [状態]:孤軍の王、胴体に斬傷(不可治)、全身にダメージ(小)、霊基再生 [装備]:八斎戒 [道具]: [所持金]: [思考・状況] 基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。 0:皆殺し 1:ケリを付けてやる。 [備考] ※火災のキング、疫災のクイーンの魂を喰らい可能な限りで霊基を再生させました。 なお、これを以って百獣海賊団の配下は全滅した事になります。 ◆◇◆◇ 愛を見失った鳥達は。 寂しさに惑い、地にひれ伏すも。 それが本能とでもいうかのように。 再び、はばたく。 澄みきった蒼い空は。 降り注ぐ雨のように。 鳥達を、融かしていく。 それでも。 飛び立つ鳥達は目指す。 己の愛のよすがへと。 ◆◇◆◇ ――――閃光が、迸る。 ――――市街地の上空に。 ――――雷鳴が、轟いた。 “蒼き雷霆(アームドブルー)”。 二つの雷撃鱗が、真正面から激突する。 鎬を削り合う雷球と雷球。 衝撃と摩擦と共に雷電が弾けて、烈しく拡散する。 四方に飛び散る電撃が、周囲の建造物を抉るように破壊していく。 反発し合う力が、幾度となく衝突を繰り返す。 共に空中を飛び交い。互いに高速で機動しながら。 二騎の英霊は、死闘を繰り広げていた。 雷霆のアーチャー、ガンヴォルト。 機凱のアーチャー、[[シュヴィ・ドーラ]]。 ふたつの蒼雷が、宙を駆け抜ける。 雷光と発火炎が、次々に炸裂する。 『一方通行』。『制御違反』。 圧倒的な高速機動を繰り返すシュヴィ。 しかしガンヴォルトは凄まじい瞬発力によって、敵の動きへと追従を繰り返す。 全身の肉体を電流によってブーストさせ、シュヴィの奇襲に対しても『解析』と『微弱な電磁波』による察知で完璧な対応を取り続ける。 幾ら不意を突くことを狙おうと、限界まで突破した霊基の前では意味を成さない。 これは、紛れもない神話の戦い。 小細工。小手先。もはや意味など無い。 残されたものは、真正面からの激突だ。 二人は、何かを託された。 二人は、何かを受け継いだ。 去っていった者の遺志を背負い。 英傑はただ、我武者羅に立ち続ける。 この場からの撤退。 戦線からの離脱。 回復への専念。 最優先すべき合理的行動。 シュヴィの思考回路に浮かび上がる選択肢。 死線の狭間で、その実現を模索し。 しかしそれが無意味であることを、彼女はすぐに理解してしまった。 ガンヴォルトもまた、退くことはない。 ヒーリングヴォルトによる生体電流の活性化。 ブーストヴォルトによる“第七波動”の加速。 荒療治のような治癒と補給を繰り返し、己の中の限界を引き出し続ける。 この場からの離脱は、考慮しない。 考慮する余裕などない。 そう、無駄だ。 もう、不可能なのだ。 二人の戦いは、幕引きへと向かっている。 ここを離脱することで、相手に“最後の一手”を打たせないためにも。 互いが互いを、死力を尽くして食い止めていた。 それは今もなお二人が戦い抜いている、唯一の合理的な理由だった。 理解できる。 “自分”も。 “相手”も。 先は長くはない。 悟っていた。気付いていた。 ガンヴォルトも、シュヴィも。 既に、己と敵の現状を理解していた。 共鳴と解析を繰り返した二人には、互いの霊基の状況が視えていた。 肉体の多大な負荷。 魔力の膨大な消耗。 霊核の致命的な損傷。 瀕死の瀬戸際。満身創痍。 二人の道筋に、終焉が待ち受けている。 放っておいても、彼らはじきに消滅する。 それでも、雷霆と機凱は激突を繰り返す。 何のために戦っている。 何のために立っている。 何を得て、何を亡くした。 幾ら問い掛けても、答えは見えてこない。 ただ、二人は。 まるで本能や使命に突き動かされるように。 自らの内にある何かを証明するかのように。 我武者羅にぶつかり、死闘を繰り広げていた。 これは、諦めなのか。 それとも、意地なのか。 最期の、存在証明なのか。 彼らを取り巻く視界は、余りにも鮮明だった。 蒼く迸る閃光が、極彩色に弾け飛ぶ。 現実。虚構。過去。現在。未来。 まるで全てが入り乱れるような錯覚すら抱く。 今、自分達は生きているのか。死んでいるのか。 それさえも、曖昧になりつつある。 幻想の中を浮遊するような感覚の中で、二人は跳躍と飛翔を繰り返す。 鮮烈な色彩の蒼空が。 二人の認識を、かろうじて現在(いま)に繋ぎ止める。 止め処無い激突と撃ち合いを繰り広げながら、ガンヴォルトの五感は極限まで先鋭化される。 歌が、聴こえる。 懐かしい、かつての歌が。 喪われたはずの、愛しき歌が。 これは、誰へ向けられたものなのだろう。 記憶の残響が、ガンヴォルトの脳裏を駆け抜ける。 聖者と同化し、消滅した“彼女”の魂。 己の中から再び喪われた声。 激闘の果てに、結局何も得られず。 “彼女”の面影を背負う少女を、ただ託すことしか出来なかった。 ああ。過去が、焼き付く。 けたたましく、反響を繰り返す。 立ちはだかる“白き鋼鉄の少年”。 彼を支える“慈しき歌”。 彼に歌いかける“謡精”。 己に寄り添うものは、何処にもいない。 孤独な囀りを、吐き出しながら。 ただ我武者羅に、足掻き続けて――――。 果てなき葛藤と残響。 歌は、今なお響き渡る。 雷霆と機凱。 ふたつの霊基が、二重唱を奏でる。 この歌は、誰が為に。 この戦場。この戦火。 機凱の弓兵との、最後の死闘。 その果てに得られるものは、何なのか。 奏でられる歌に、祝福は在るのか。 愛を歌った小鳥。 愛に己を捧げた砂糖菓子。 二人は、もうこの世界には居ない。 小鳥の騎士であることを誓った己は。 結局、彼女の祈りを貫くことは出来ず。 小鳥から託された砂糖菓子を守り続けた己は。 最後は、彼女の死を以て幕引きへと辿り着いた。 蒼き雷霆は、ただ生死の狭間を突き進む。 己の戦いとは、己がここに立つ意味とは、一体何だったのか。 繰り返される葛藤と自問の中で、歌は呪縛の如く流れ続ける。 まるで、あの時のように。 歌が、己の敵として苛むかのように。 この青空の下で、雷霆は果ても分からずに翔び続ける―――。 そんな思考を、引き裂くように。 空中での応酬の最中。 エネルギーの回復のために、電磁結界を解除した一瞬。 鋭い斬撃が、ガンヴォルトを襲った。 電磁結界(カゲロウ)による消費を避けるべく、反射的にその身を捻って回避行動を取る。 斬撃が頬を浅く裂いて―――血が流れる。 ヒーリングヴォルトで即座の治癒を試みる。 傷は塞がらない。傷が治らない。 『偽典・森空囁』とは、軌道が異なる。 同じ真空の刃でありながら、明らかに初手の動作と攻撃の性質が違っていた。 故にガンヴォルトは、対処が一手遅れた。 そのとき彼は、目を見開いた。 「【典開】」 蒼い空を背負い、機凱の少女が呟く。 その両足に―――甲冑のような装甲が纏われている。 まるで“古代の遺物”のような彫刻が掘られたそれを、雷霆は見据える。 その正体に気付くまでに、時間は掛からなかった。 小鳥の命を奪い、砂糖菓子を死に至らしめた、あの男の脚と同じ――――。 「『偽典・走刃脚(ブレイド・アポクリフェン)』」 走り抜ける、斬蹴。 駆け抜ける、風刃。 ガンヴォルトが“小鳥”の想いを背負ったように。 [[シュヴィ・ドーラ]]にも、“彼”が着いている。 次の瞬間。 風を裂く音が、幾度となく響いた。 機凱の弓兵が、連続で脚を振るった。 雷霆のアーチャーへと、夥しい数の“死”が迫る。 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃――――。 数多に分裂して飛来する、鎌鼬の嵐。 無数の“三日月(クレセント)”が、拡散した。 雷撃鱗。そして、放電。 蒼き閃光が、宙を舞う。 瞬時に放たれた避雷針を介して、次々に雷撃が鎌鼬を撃ち抜いていく。 されど、その無数の攻撃は捌き切れず―――幾つかの斬撃が雷電の壁に到達し、掻き消されていく。 斬撃と雷撃。 その応酬が、繰り返される。 ――――再現できたのは、純粋な“治癒の阻害”のみ。 ――――敵からの攻撃を“治療行動”と見做して妨げることは出来ない。 [[シュヴィ・ドーラ]]は、己の“模倣”の結果をその場で分析する。 傷を受けた“蒼き雷霆”は、今もなお己との交戦を成立させている。 即ち“攻撃すら治療行為と見做される”という呪縛は機能していない。 恐らくは、急拵えの解析による機能不全か。 あるいは、魔導とは異なる原理の“権能”であるが故か。 されど、“治癒阻害”という要は忠実に再現されている。 ならば、十分――――不足はない。 ―――出力、加速。 ―――三重起動、実行。 ―――武装接続、結合。 ―――【典開・新約】。 「―――『森精・壊風走刃(ブレイドブレス・テンペスト)』」 斬撃は、三重に加速する。 “森精種”の操る、鎌鼬の魔術。 “鬼ヶ島のライダー”が放つ、鎌鼬の吐息。 “不治のマスター”が駆る、鎌鼬の蹴撃。 速度と手数の倍増。単純明快な暴威。 その全てが、蒼き雷霆へと襲い掛かる。 貫通。七連射。拡散。 数多の避雷針を使い分け、電撃を繰り出す。 決死の攻撃で、斬撃を撃ち落としていく。 それでも―――夥しい数の迅風は迎撃を掻い潜り、雷撃鱗の防御すらも引き裂いていく。 鎌鼬は、空を裂き。 周囲に飛散する死風が、街を断つ。 花火のように拡散し、降り注ぐ。 聳え立つビル、コンクリートで固められた道路。 並ぶ街路樹、放置された自動車――――それらが次々に、引き裂かれていく。 雷の防壁を突破し、幾つもの斬撃がガンヴォルトを襲う。 引き裂かれる皮膚。溢れ出る鮮血。 咄嗟にシールドヴォルトを発動し、僅かにでもダメージを軽減していく。 ヒーリングヴォルトは、やはり機能しない。 傷の治癒が、発動しない。 それは、呪いだった。 神から与えられし、忌まわしき力。 [[リップ]]・トリスタンという男が背負った、不条理の原罪。 彼が操る力にして、彼が恨み続けた、宿命の象徴。 ――――&ruby(UNREPAIR IMITATION GAME){不治・機巧心悸}―――― 「私が死ぬまで――――」 模倣されし“理を否定する力”。 神に授けられし“呪われた異能”。 「その傷は“治らない”」 愛に殉じた男は、逝った。 彼の力は、消滅を遂げた。 そして、今。 機械仕掛けの少女が、その権能を“再臨”させる。 [[シュヴィ・ドーラ]]が放つ攻撃。 その全てが、“不治の呪い”を帯びる。 「迸れッ―――“蒼き雷霆(アームドブルー)”!!!」 凄まじい手数を前にして。 ガンヴォルトの防御と対処は追い付かない。 その身を風刃で次々に裂かれ、削られていき。 負傷と消耗が襲い来る中、彼は迷わず詠唱を行う。 ―――天体の如く揺蕩え雷。 ―――是に到る総てを打ち払わん。 「ライトニング、スフィア―――ッ!!!」 ガンヴォルトの周囲に展開された巨大な雷壁が、迫り来る鎌鼬を掻き消していく。 無数の雨霰の如く飛び交う斬撃が、雷の障壁によって相殺される。 世界は、今も尚。 鮮やかに、駆け抜けていく。 蒼き雷霆、ガンヴォルト。 彼の視界と認識は、嵐の如く荒れ狂う。 己を包む雷霆の閃光と、夥しい迅風の雨。 破壊と暴威の濁流の中に、彼は命を懸けて挑む。 自らの存在の全てを、この戦いで燃やしている。 少女達の残響が、幾度となく繰り返される。 ――――これでよかったのか。 ――――それで、よかったのか。 誓いと祈りの狭間で。 死線と奮戦の狭間で。 砂糖菓子を喪った時の想いが、反響する。 ――――何故、喪い続けたのか。 ――――何故、何も報われなかったのか。 ――――何故、彷徨い続けたのか。 ――――何故、守れなかった? 終わりのない、自問自答。 己の旅路への、拭えぬ疑念。 振り払った筈の迷いは、守るべき少女達を失った今。 過去の亡霊の如く、雷霆の魂へと擦り寄っていく。 蒼き雷霆。 その戦いは、伝説だった。 能力者と非能力者。 根深い断絶と、消えぬ対立。 混迷の世界を、彼は駆け抜けた。 たった一人の少女を、守り抜くために。 能力者の組織と、単身で争い続けた。 その果てに得られたものとは、何なのか。 ――――喪失と、孤独に過ぎなかった。 結局はこの手の内から、何かを取り零していくだけだった。 手を伸ばし、希望に焦がれ、やがて虚空へと堕ちていく。 ガンヴォルトの脳裏に、鼓膜に。 あの日の歌が、フラッシュバックする。 己を鼓舞する祈りが、木霊し続ける。 ああ、同じだ。 あの頃と、同じだった。 育ての親に等しい師を手に掛けて。 全てを失ったガンヴォルトに寄り添う“電子の謡精”。 彼にとってそれは、己の心を癒やす“救い”にはならなかった。 “彼女”を死なせた。そんな己の罪を突き付けられる、呪縛として背負ってしまった。 ――――何を間違った。 ――――それさえも、分からなかった。 ――――凍てつく世界を、転がっていた。 雷霆の葛藤。苦悩。虚無。 その隙間に割り込むように。 轟音が、響き渡った。 無数の鎌鼬を突き破るように放たれた、龍精の閃光。 一筋の流星の如く駆け抜けたそれは、ライトニングスフィアによる障壁さえも貫通した。 『偽典・焉龍哮(エンダーポクリフェン)』―――『対人特化』。 その出力を抑えて絞り、凝縮させ、貫通弾の如く放ったのだ。 通常時のような砲撃と比べれば、火力による制圧力は大きく劣るとは言え。 規模を一転まで集約させたことによる貫通力は、ガンヴォルトのスペシャルスキルをも突破してみせた。 咄嗟に電撃のエネルギーを全身に纏い、反射的な防御行動を取った。 しかしその衝撃まで相殺することは叶わず、ガンヴォルトの身体は大きく吹き飛ばされる。 そのまま彼は地に落ち、荒れ果てたコンクリートの道路を転がり。 それでも何とか受け身を取って、上空へと意識を集中させた。 ――――そして。 ――――その瞬間。 蒼き雷霆は、目を見開いた。 市街地。上空。蒼き色彩の果て。 宙に浮かぶ“機凱の少女”。 その魔力が、極限まで凝縮され。 まるで激流の如く、解き放たれていく。 そのとき、雷霆は悟った。 無数の鎌鼬による攻撃で、相手は“時間を稼いでいた”。 自らの宝具を解放するまでの猶予を、手繰り寄せていたのだ。 そして発動の準備を経て、“砲撃”によってガンヴォルトを吹き飛ばした。 敵と強引に距離を取り、己の切り札を最大火力で放つために。 ―――無数の鉄の蔓だった。 幼い少女を模した、機械の身体から。 “それ”は夥しく、激流の如く、溢れ出した。 混沌と渦巻く“魔力”が、そのカタチを構築していく。 彼女の機体に。彼女の背中に。 鋼鉄の翼が、創られていく。 それは、余りにも大きく。 余りにも、神々しく。 余りにも、眩く―――。 その姿を目の当たりにして。 蒼き雷霆の脳裏に浮かんだイメージ。 それは、“超新星”だった。 この世界に生まれ、降臨した、極小の天体。 奇跡によって形作られた、機械仕掛けの恒星。 その中心に取り込まれた少女は、神の如し威容を示していた。 鉄と鋼の機神―――“械翼のエクスマキナ”。 破滅の極星が、空に君臨していた。 ◆ 蒼い空が、果てしなく広がる。 “リク”が求め続けていた色が、視界を覆う。 その世界の美しさは、打ち拉がれる程に鮮明であるのに。 [[シュヴィ・ドーラ]]の“心”に訪れていたのは、あの戦乱の世界を覆っていたような“哀しみ”だった。 指揮体(ベフェール)の許可は、必要なかった。 これは己の宝具。己の神話。その具現なのだから。 自らの意思で、完全なる解放が行える。 英霊の座に眠る、全機凱種―――そのクラスタとの同期状態へと移行する。 [[リップ]]・トリスタン。 マスターの願いは、果たせなかった。 彼を喪ったとき、既に己の霊核は大きく損傷していた。 度重なる激戦による消耗に加えて。 雷霆のアーチャーが放った『グロリアスストライザー』による衝撃と損傷が、予想以上に深く刻み込まれていた。 故に、理解してしまった。 己が消滅するのは、時間の問題であると。 [[リップ]]の望みを貫くことは、叶わないと。 何かを託すことさえも、届かない。 シュヴィの思考回路が、ノイズを繰り返す。 亡きマスターへの後悔と呵責が、反響し続ける。 それでも尚、今は駆け抜けていくしかない。 蒼き雷霆は、最後まで立ちはだかった。 最早後が無いのは、きっと彼も同じなのだろう。 シュヴィはただ、それを理解して。 共鳴した記憶と感覚の中で、彼へと目を向ける。 歌が、聞こえる。 歌が、止まない。 慈しい祈りと、願いが。 反響を繰り返し、奏でられる。 そこに宿る想いを噛み締めて。 その歌の意味を悟って。 シュヴィは、答えに辿り着く。 ああ―――“この人”も。 哀しみを抱きながら。 “愛”を背負ってたんだ。 慈しい歌声(ねがい)は。 暖かな愛(いのり)は。 心と心を、結び付ける。 敵と味方。善と悪。 その断絶さえも、超越する。 しかし、それ故に。 シュヴィは、悟る。 譲る訳には行かない、と。 例えこの戦いが、此処で終わろうとも。 証明しなければならない、想いがある。 ここで朽ち果てることが、避けられないのなら。 己の存在を、最期の時まで懸けていきたい。 相手が、掛け替えなき愛を背負っているように。 どんな理屈を並び立てられようとも。 最早シュヴィを止める枷にはならない。 やがて、記憶回路が熱を帯びて。 彼女が体験した過去が、鮮明に浮かび上がる。 [[リップ]]。己を手繰り寄せたマスター。 “大切な誰か”のために悪人を演じようとした、不器用で慈しいひと。 そして、もうひとつ。 己の手を取って、永遠の愛を誓い。 自らに心を与えてくれた、“生涯の伴侶”。 彼の顔が、温もりが―――鮮やかに蘇った。 それだけで、十分だった。 己の身体と心が、満たされていく。 最期の瞬間。 例え惨めでも、虚しくとも。 最早、恐怖の一欠片も無かった。 少女は、全てを解き放つ。 ――――“対未知用戦闘アルゴリズム”。 ――――“起動する”。 ◆ 「これが……私の、最終勧告……」 神をも穿つ巨影の鉄翼が、顕現する。 天に浮かぶ超新星が、繚乱する。 「全武装……戦力、戦術を賭して……」 全弾。全火力。全てが“不治の呪縛”を伴う。 殲滅と破壊の天罰が、降臨した。 「貴方の闘争(ゲーム)を、終わらせる。 蒼き雷霆……“ガンヴォルト”」 そして、“記憶の共鳴”によって。 機巧の少女は、その名を知覚していた。 故に、彼女は告げる。 最後に送る餞別の如く、敵の名を口にする。 「―――『全典開(アーレス・レーゼン)』」 新たなる神話よ―――此処に滅びろ。 機凱のアーチャー、[[シュヴィ・ドーラ]]。 その伝説の象徴。具現化された奇跡。 鋼鉄の巨翼が、蒼き雷霆を見下ろした。 圧倒的なまでの兵装。 圧倒的なまでの火力。 圧倒的なまでの暴威。 その全てが、眼前の敵へと向けられる。 蒼い空を背負い。 巨影の翼は、そこに君臨する。 ガンヴォルトの心に訪れたものは。 恐怖でも、戦慄でも絶望でもなかった。 ガンヴォルトとシュヴィ。 あの霊地乱戦での接触を経て。 二人の記憶は、互いの霊基へと流入していた。 それぞれが経験した闘争。旅路。想い。 繰り返される解析の中で、その知覚へと至る。 ―――“この想い、心”。 混濁。同期。共鳴。 ―――“機械に生まれて、命を貰った”。 彼女の歩んだ道程が、逸話が。 ―――“その全てを、この251秒に賭ける”。 雷霆の脳裏を、鮮明に駆け抜ける。 死力を尽くし。 互いの身を削り合い。 消滅へと向かう瀬戸際まで。 存在の全てを懸けて、凌ぎ合った。 そんな相手に対して、奇妙な想いを抱いた。 これは、何なのだろう。 ガンヴォルトは、己の認識を省みる。 その威容は、ただの殺戮の具現ではなく。 何かを成し遂げて、未来へと託すための“意地”であると。 記憶が浮かび上がる中で、彼はそれを理解していた。 これだけの力を解き放ち。 彼女は、何を成そうとした。 そうまでして。 彼女は、何を望んだ。 ガンヴォルトは、記憶に問いかける。 瞬間。 ノイズが走り。 思考に割り込む。 映像。過去の事象。 解析の果て。 機凱の英霊、その核心。 蒼き雷霆は、其処へと至った。 少女が守り抜いた、一欠片。 それは愛の証明。愛の象徴。 婚約指輪(エンゲージリング)。 機凱の少女―――その根源の祈り。 雷霆の胸の内。 込み上げてくる感情の波。 彷徨い、足掻き、戦い続けて。 何かを得られたのかも、分からず。 大切なものを喪って、傷付きながら。 それでも前へと進んでいくことしか出来ない。 己の望み。己の願い。 蒼き雷霆は、青空の下。 その瞳を、苦悩の雨に霞ませる。 眼の前の少女は、違う道を歩んでいた。 例え己の心を差し出そうとも。 勝利のために、身も心も捨てたとしても。 その証だけは、決して手放さなかった。 大切な者との愛。 決して手放してはならない想い。 [[松坂さとう]]。[[飛騨しょうこ]]。 彼女達は、死にゆく時まで貫いた。 そして、機凱のアーチャーもまた。 最期の瞬間まで、祈りに殉じた。 この感情は――――いったい、何なのか。 ガンヴォルトの心が、混濁する。 反響する過去。己に寄り添うシアン。 命なき彼女に業を見出した、かつての自分自身。 擦れ違う心。擦れ違う想い。 その果てに支払うことになった代償。 やがて彼の胸中にある熱が、昂ぶりと共に零れ落ちる。 “雷霆”は、そんな己に気付いた。 “機凱”は、そんな彼に気付いた。 ◆ 「貴方は――――」 「ボクは――――」 ◆ 「―――泣いて、いるの?」 「―――泣いて、いるのか」 ◆ その意味を問うには。 もはや、遅すぎた。 相対した、二つの祈りは。 駆け抜けていくしかない。 破滅の流星が、解き放たれ。 蒼き雷霆が、吼えた。 ◆ [[→>空に歌えば]]