[[←>帰らぬやつらを胸に(3)]] ARE YOU READY!! I'M LADY!! 歌を歌おう ひとつひとつ 笑顔と涙は夢になるENTERTAINMENT ◆◆◆◆◆◆◆◆ すべて血でできた疑似的な生き物に、アドレナリンというものが分泌されるのかは分からないけれど。 3人だけのライブステージは、全員の集中が最大限にまで研がれていた。 2人のアイドルは、歌い続けることによるゾーンの突入によって。 サーヴァント・メロウリンクは、最後の令呪が未だに適用されている結果の、コンディションの高まりによって。 メロウリンク・アリティの霊基質量はサーヴァントとしては下の下も良いところ。 しかしそれは同時に、燃費が恐ろしく良いことも意味していた。 数多有る手傷の回復に魔力を割いても、存在するために要する魔力そのものが軽ければ、その分は釣りがくる。 その分の魔力はすべて、令呪の字義通りであるところの『敵連合の偶像を倒す』ための好機の確保に費やされていた。 ライフルにより大小さまざまな出血は流させたが、やはり決定打には心もとないというのが交戦を続けての実感。 ならば、摩美々の協力によりもたらされた消耗から『隙』を抉じ開けての一撃必殺に踏み切るしかない。 そう腹を括り、念話で『遺品』を持ち出すことを、摩美々に依頼しかけた時だった。 ――「「さぁ Wow oh oh」」 ――「「次の革命」」 ――「「目撃しなよ」」 いまひとたび、曲のサビを迎えようとしていた会場に。 アイの姿をした偶像に差し出されるように、拡声器が滑り込んだのは。 「しまっ――――!!」 真っ先に何が起こるか察したのは。 先刻も、空気密度を利用した音波の調整を図ろうとしていたメロウリンクだった。 摩美々に耳を塞ぎ蹲れと訴えかける。 しかし、その『大反響』は、念話で空気を介さずに声を届けるよりもなお速かった。 大量の粉塵を散布された火種たらけの場所に、火の一滴を落としたように。 鉄筋コンクリート造りの地下通路をドームの天井のように揺るがす、音波の大爆発が響き渡った。 手始めに起こったのは、ぼんと小火でも爆発させるような拡声器そのものの崩壊。 全力で発声すればサーヴァントの肉体でさえずたずたにして四方を音波破壊する衝撃波が、拡声器によって『絶妙の手加減』を抜かれたのだ。 まず最大限の発生が全方位を蹂躙すると同時に、その反響音が終わらない跳弾のように無限に繰り返された。 アイドルを送り届けるための狂弾舞踏会ならぬ、アイドルを送り出すための歌声流星群舞踏会(イルミネーションスターズ・ディスコ)。 全員の悲鳴でさえ、死の歌声の暴風雨はかき消した。 自動改札はなぎ倒された。 垂れ下がっていた吊り看板はことごとく落ちた。 壁の掲示物は、その額ごと日々が入って崩れた。 天井の照明は全て破裂し、光源は離れた廊下から届く微光のみとなった。 しん、と反響が引くまでに、たっぷり数秒はかかった。 広場の中央に変わらず呆然と立っていたのは、偶像のホーミーズだった。 それはある意味で当然。 どんなに音響爆発が絶大であろうとも、『自分が拡声器を使って叫んだ声』によって失聴する偶像はいない。 「ぐぅ……」 そのアイと向き合い対峙していたメロウリンク・アリティは、音波に鎌鼬のごとく全身を裂かれていた。 令呪の回復を受ける直前の襤褸のような状態と、大きく変わらないような多数の裂傷。 ひとつだけ、悪い意味で大きく変わっていたのは、その両眼だった。 正面から衝撃波を浴びてしまった結果、眼球ごと何回も斬りつけられたように潰れている。 四つん這いのような姿勢で、顔が真紅に染まった状態で、摩美々の安否を問う念話を送りながら呻いていた。 「………………」 [[田中摩美々]]は、そのうめき声でさえもあげる余裕さえなかった。 音響爆発にさえも耐えきった太い支柱に隠れていたおかげで、直接的な衝撃波や飛散物は当たらずに済んだけれど。 地下通路を何重にも反響した音波の余波は、障害物の陰に隠れていた彼女でさえも打ち据えるものだったから。 全身打撲の痛みに腹部をおさえて転がり、常人には耐えきれない膨大なデジベルの音波を受けて失聴状態。 意識はあれども、かろうじてメロウリンクの姿は見えども、もう世界から声と歌は聴こえない。 その惨状にも関わらず、アイがとどめを刺すことを優先しなかったのは。 その惨状を作った者を見つめていたからだった。 「田中……」 [[田中一]]は。 運の引きが、もっとも悪かった――ように受け取れる有り様だった。 よりによって付近にある掲示物でもっとも重かったものを。 地下鉄の時刻と行き先を表示する電光掲示板を、腹に抱えるよう受けていた。 腹部からは周囲一帯が水たまりと化すほどの血液を流し、良くて失神、悪くて意識不明となっている。 大丈夫かと駆け寄ろうにも、その耳からこぼれでたできあいの耳栓が、覚悟してのことだったと雄弁に伝えてきて。 ただ、田中の意図を読み解くこと。 それだけの為に、十秒弱もの時間が費やされた。 「……色々言いたいことはあるけど、どうしてなのかは今は聞かないよ。 私もさすがに、創造主(パパ)のために時間をかけてられないことは分かるから」 しかし、ようやくその時間も終わる。 くるりと、己のすべきことを理解した敵連合の偶像が、メロウリンクに向き直る。 「楽しくなかったって言ったらウソだけど、私も『殺せ』って言われたことは忘れてないからね」 それは、いよいよ逃げ回ることができなくなった機甲猟兵へと。 とどめの崩壊音波がこれから炸裂することを意味していた。 その上でなお、メロウリンクは足掻くことを選んでいた。 がこんと鈍い音を立てて、手探りでライフル弾をパイルバンカー用の炸薬弾へと換装。 狙わなければ打てないライフルから、突撃して接射の乾坤一滴を穿つ最後の武装へと。 「無駄だと思うよ。その眼で私の居場所を割り出せても、歌があなたを吹き飛ばす方が早いから」 当たらなければ意味がない以前に、当たる攻撃だとしても音速の早撃ちには敵わない。 ずいぶん粘りに粘った傭兵の戦場も、だから今度こそ万策は尽きる。 あなたの偶像(アイドル)は糧になったけど、さようなら。 ファンの覚悟に応えるために今すぐ殺す。 「そうだな……」 内臓から黒い粘性のある体内出血を吐き出しながら。 メロウリンクは踏み潰されて肺がどうにかなった後のように、濁った声を出した。 マスターも、サーヴァントも瀕死の様相を呈した上でもう令呪は尽きた。 助けの手などあるはずもなく、光明を見出す余地などありはしない。 「お前たちが、あの子に手をださなければ、アイツの死因に関わらなければ、そうなっていたよ」 帰って来ない者達を、胸に刻んでさえいなければ。 帰らぬ者を胸に刻んだ上で彼女を倒せという、絶対の後押しさえなければ。 「あの子?」 敵連合という陣営として殺した者であれば数多いが、果たして誰のことを言っているやらと。 アイがおうむ返しに問うている間に、田中摩美々はうずくまったまま、手荷物の鞄を開けていた。 念話で合図されたように、蒼白な顔ながらも、そこからタオルにくるまれた包みを取り出す。 なぜか、申し訳なさそうに顔をゆがめた上で、包みをメロウリンクへとすべらせた。 タオルの摩擦で地下通路のタイルを滑った包みは、メロウリンクの手元に届く。 すぐさま彼は、その包みを解いた。 「え――――?」 残酷なものなどに心動かされないホーミーズではあったが。 そこから出てきたものには、言葉を失った。 あまりに予想外が過ぎて。 切り落とされた、少女の右手だった。 右手首から先を、極めて荒々しい武器によって切断した痕跡がまだ新しい。 そして手の甲には、血液とは異なる赤色をした紋様が刻まれていた。 数十分前まではたしかに切り札になり得た、令呪の残骸。 これは。 『田中が撃ったマスター』の、『死柄木(パパ)が殺したサーヴァントの』令呪だろうかと、アイは惑う。 その、理解こそが。 その令呪は『敵連合が倒した主従の遺産である』という認識ひとつが。 最後の因果が廻るためのトリガーとなったことにも気付かずに。 【条件:復讐対象に、犠牲者の遺品を見せるなどして復讐の対象であることを知らしめること】 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 田中摩美々は、七草にちかの身体の一部だったものを、その場に放置するのがしのびなかった。 だから、恋鐘からもらった着替えと手荷物の中から、もっとも清潔な布でそれをくるんで、持ち運ぶことを選択した。 その時点では、摩美々がそれを持ち運んだ理由はただそれだけだった。 地下通路に駆け付ける道中の念話で、【七草にちかの右手はどうなった】と問われた時には、首をかしげていた。 もしも、その右手の狙撃がなかったとしたら。 [[死柄木弔]]は、界奏の発動を滅することが間に合わず、すでにして敗北を喫していたことだろう。 七草にちかはいざとなれば、方舟の長期的な展望よりも、[[アシュレイ・ホライゾン]]の安否を優先しただろうから。 方舟陣営の計画の安否は別としても、まず死柄木の敗北は避けられず、ある意味で田中一は、身命を捧げた魔王に勝利をもたらした。 しかし、その右手が撃ち落とされなければ。 アシュレイ・ホライゾンの唯一の遺品たりえる【令呪の残骸】は、この世界には生じなかった。 田中一とアイには、ライダー・アシュレイとの面識も、それどころか事前情報の一切も、知識の何もかも無かった。 これはアイツの持ち物だと何かを差し出されたところで、【ああ、仇の遺品だな】と認識することは困難だった。 そして、にちかの令呪がついた手を持ち運んでいるか、と。 そんな奇妙な、確認の念話を向けられた時点で。 リンボに復讐を果たしたことを経て宝具の強化条件を知っていた摩美々も、直感するところはあったのだろう。 メロウリンクは、にちかの右手をそっとしておくよりも、にちかの無念を晴らすことを優先し。 そして、にちかの右手の扱いよりも、にちか自身が安らかであることの方が今この時は重要だと、二人は認識を共有した。 だからなのだろう。 摩美々は自然な会話の流れで、ここに至る道程を舗装してくれた。 『……実は死柄木さんを倒してるって、言ったらどうします? 自分のマスターが右手を撃ち落とされて、治療真っ最中なだけかもしれませんよ?』 『へぇ? 俺が撃ったアイドルは、死柄木と戦ってた奴のマスターだったのか。いい事を聴いたな』 アイの前でその会話を聴かせたことで。 アイは『田中が右手を撃ったマスターのサーヴァントは、死柄木が倒している』という事実関係を認識した。 それは、とりもなおさず。 彼らが、その牙(パイルバンカー)の射程に入ったことを意味していた。 両眼は血に濡れ、眼球があったところとそうでない所の区別もつかなくなってしまったが。 顔の下半分に刻まれた『仲間の返り血を浴びたこと』を示す死化粧は、未だ顕在。 これは、『敵連合』という集団に対する、彼らの命は無価値ではなかったという証明である。 その機会を得たことで、メロウリンク・アリティの身体は瀕死のそれではない執念を獲得する。 アイの動揺は目撃できずとも、疑問の声と絶句により、メロウリンクは『条件の達成』を理解し。 その牙を突き立てるために、一陣の風となった。 だが、音の早さは風よりも速い。 それを理解した偶像のホーミーズが、颶風と化した叛逆の砂粒を、一声によって吹き飛ばそうとした時だった。 二つの条件を全て満たした事により、宝具『復讐者の死化粧』のランクがCに上昇。 『偶像のホーミーズを魂ごと貫く』ために、これまでの戦闘推移の全てが『因果』として舗装される。 「――――――!?」 アイの声が、突如として。 枯れたように、男のそれのように野太くなったように、変質した。 それまでの完璧な歌唱力が、天性の声帯が、歌を知らぬ人間のそれに替わったように。 まるで、不可逆の変身によって別人の声帯に置き換わったかのように。 それはそうだ、 アイが地下戦に移行した当初より削られてきた弾丸には、いくつも『メロウリンクの返り血』が付着している。 偶像のホーミーズである前に『血のホーミーズ』を原型としていた少女は、『[[星野アイ]]のそれではない血液』を取り込んでしまった。 本来、死柄木弔が再現しようとしていた『血の個性』は、スポイト数滴ほどの量でもしばし変身してしまうほどに凶悪なのだから。 別人の遺伝子情報が混入することが、『星野アイの歌の再現』に不調をきたす。 だから今までに刻んだ銃創のすべてが、この一撃のための布石として機能する。 この牙は確実に、『死柄木弔の写し身』たる存在を屠る。 その為の、疾走の道程において。 一瞬が無限に引きのばされる、走馬灯の最中において。 アイドルとそのマスターの仇を討つために、たしかにアイドルを殺す。 その事実を、メロウリンクは噛み締めて。 たとえ相手が敵連合の一員なのだとしても。 これはたしかに、ただの自己満足のための敵討ちだなと、実感を持った。 聖杯戦争において、逆襲のために、強者を引きずり落とす狼として牙を奮ったのは初めてではなかった。 炸裂弾の噴煙と、落下する薬莢を置き去りに、パイルバンカーを放つのは二度目でもあった。 しかし、ここまで己の自己満足に全てを振り絞ったのは今が初めてでもあった。 聖杯戦争のメロウリンクは、居場所を得た者であり、頼られる側だったから。 ――手を。握ってもらっても……いいですか 一か月のあいだ、居場所を与えてくれた少女との別れにおいても、彼は涙を見せなかった。 なぜならメロウリンクはもう、置いて行かないでくれと訴える子どもでも、『命令してくれ』と上官にすがる新兵でもなかったから。 自分が遺言を託される側であり、甘えて頼られる側なのだと自覚ができていた。 であれば、誓うのはリベンジであり、余計な感傷ではないのだと。 今だけは、方舟の守護者(サーヴァント)の一翼としての戦いではなかった。 余計な感傷を抱くことが、己に許される戦いだった。 家族同胞に次々と先立たれた、全盛期(あのころ)のメロウリンクに戻ることができた。 ただ一人この戦いを見守っている摩美々はこの感傷の理解者であり、もっと言えば耳も聴こえない状態だ。 ならば、その想いを放つすべは決まっていた。 メロウリンクは、吠えた。 勝利の雄たけびではなく。 ただ切なさを振り絞るために。 八つの盛り土に、ライフルの墓標。 それらを前に、八つの認識票を握りしめた時のように。 はぐれ者になったことに、どしゃぶりの涙を解き放って。 やり場のない重いをただ咆哮した、あの日のように。 今は、祈るよりただ声をあげるべきだと思ったから。 己はここにいると証明するために、あらんかぎりの声で叫んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ この一撃だけは、避けられない。 全てが示し合わせたように己の反撃を妨害し、偶像から≪声≫を奪った時。 ホーミーズのうちにある魂が感じ取ったのは、存在の危機と、意地のような『熱』だった。 ああ、これはやられたな、と思った。 そして、跳ねのけられないそれを、重いなと思った。 アイドルが、推されていた誰かのために歌い、積み上げた重み。 アイドルに照らされた者が戦い、その戦いにまた誰かが応えようと繋げられた重み。 出会ったばかりの頃は、何を言っているんだとしか思えなかったその温度と圧に。 いつしか、それに張り合い、挑もうとしていた偶像(アイ)である己を自覚した。 その熱が、まだ訴えていた。 破滅は避けられなくとも、このままでは終われない。 田中が無茶をして勝機を作ってくれたことが、無駄になってしまう。 彼が成した意図の全ては分からないけど、アイを応援しようとした事は確信できる。 田中(ファン)が、アイドルのためにがんばってくれたことを、無駄にはしたくなかった。 血のホーミーズは、既に偶像のホーミーズへと在り方を変えた。 しかし、『血のホーミーズ』としての力がまったく消えたわけではない。 ゼロ距離で瞬間的に命を刈り取られようとも、カウンターは生み出せる。 もともとの個性である血の操作を、偶像決戦の彼女はこれまで一切使わなかった。 初めは、血を固形化して殴るよりも、歌によって破壊する方が効率が良くなったから。 そして、途中からは、ホーミーズとしての性質が変わった事と、矜持にも似たこだわりで。 だからメロウリンクは、彼女が声を出せなくとも、なお『武装』を生やせることを、知らなかった。 熱に目覚める前の彼女であれば、発想として湧いてこなかった。 むしろ属性としての偶像らしく、『死に際に衣装が汚れるのは嫌だなぁ』ぐらいは思ったかもしれない。 しかし、『推しているファンが勝てよと言った』という事実が、それらの思考を押し流していく。 (アイドルは、ファンを『愛してる』ものだよね) 愛している人の為なら、汚れることだって許容できるものじゃないかと、思うから。 それは、仕事ではなく、ホーミーズの属性が有する役割、ロールのようなものだと思っていたけれど。 ――私達は……みんな、誰かに推されて生きてるんです。 演じているうちに偽物(ウソ)が本当になるなら。 それは何だか、とても悪くないことのように思えたから。 だから、アイは手のひらに血流を巡らせ、しかし悟られまいと、パイルバンカーそのものは受け入れた。 敵の攻撃をぎりぎりまで引き付けて、命と引き換えにしてでも確実に命を狩る、負けまいと食らいつくことを望んだ。 こうして。 メロウリンクが、想いと力の全てを乗せた一撃によって偶像の傑作(マスターピース)の魂を打ち砕くと同時に。 彼女もまたメロウリンクの霊核を真紅の杭打ちによって、穿たれながらでの執念を燃やし、貫いていた。 激突し、重なった双方の影から、銀色と緋色の牙が一振りずつ背から生えるように伸びる。 機甲猟兵の逆襲劇と、たった一人の凡夫が巻き込んだ逆襲劇に、いずれも幕が降ろされた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ ホーミーズを構成する魂の核が貫かれたことで 『星野アイの血液』だったものの結合が脆くなった。 ずるりと身体が崩れ、もとの血液に戻ろうとしているのをそのホーミーズは感じ取る。 『ねえ』 田中は大丈夫だろうかと思うも、そちらに首を向けることはできない。 胴体は脆くなり、パイルバンカーの軛からずるりと外れる。 死を体感するのは、他のすべての体験がそうであるように未知だった。 ナイフで刺されたことはあったけれど、星野アイのそれであるが故に感情を伴わない記憶だ。 『ねえ……みんな……』 そして、この世界で【星野アイ】が死んだ時の知識記憶もある。 どんな死の経過だったのか、最後に何をしゃべったのかは知っている。 ただ、何を想ってその言葉をしゃべったのかは分からないままだった。 でも、今なら分かる。 何故なら、同じ言葉が口から出かかっているからだ。 誰か、誰でもいいから、どうか私の手を、と……。 けれど田中がやってこないということは、できる者はいないということなのだろう。 たった今復讐を果たしたばかりの、同じく血だまりから消失の粒子を輝かせる弓兵については言うまでもない。 『誰でも、いいから……』 あの時誰も手を取らなかったことも、あの場にいた人達の優しさだったと思う。 私達はあなたを殺して夢を終わらせるけど、子どもの代わりに手を取るぐらいはしてあげよう、なんてそっちの方が残酷だ。 敵連合は名前の通り、いずれ決着をつけることが決まっていた、敵(ヴィラン)の寄り合いだったのだから。 あれは、きっと彼女たちなりの正しいお別れだったと、星野アイではない彼女もそう思う。 だから、仕方ないなと諦めるつもりだった。 「なんで……?」 殺そうとしたけど思いは受け取ってほしいなんて、ムシのいい事なのだからと、諦めていたのに。 田中摩美々が、血だまりに服が濡れるのもいとわずに。 傷ついたからだを引きずってきたことのみならず。 サーヴァントだけでなく、もう片方の手で。 偶像の少女の手を、掴んでいた。 「許したわけじゃ………ないです」 その言葉どおり、苦しそうな顔をしていたのに。 それでも、口の端だけで、笑おうとしていた。 「でも、手を取ってほしそうな……顔、してた。それだけです」 歌唱力もダンスも、私の方が上だと対バンを通して思っていたけれど。 その笑顔は、私には決して作れない笑顔だと思った。 偶像に矜持を持つ少女は、崩れそうな瞳に笑顔を焼き付けた。 生きざま。どう見えるか。装い(メイク)。表情。笑顔。 ダンスと、ボーカルに続いてアイドルが審査されるもう一つのレッスン科目……ビジュアル。 いいなぁ、と思った。 べつに敵連合よりも彼女たちの方がいい、という意味では無くて。 これができるアイドルになれていたなら、もっと敵連合(みんな)のアイドルとして究極になれただろうかと、そう思った。 地平線に、海は無い。 それは、アイ自身にも例外なく向けられた言葉だった。 どのみち偶像のホーミーズとしてのアイの寿命は、きっと長くないと思っていた。 ホーミーズは憑依先を変えてもこれまでの自我は残るけれど、ホーミーズとしての属性は変わる。 『星野アイの血液』という、この世界が消される時にまず一緒に消えそうなものを素体にした偶像のホーミーズは。 おそらく聖杯戦争が終われば、再現不可能の概念になるだろう、と。田中がそれを知っていたかは分からないけど。 でも、きらきら輝くアイドルに、その先があると分かったことで。 少しだけ、とても眩しい夢が最後にできた。 誰かが想いを継ぐのがこの世界なら。 『星野アイ』の気持ちを、彼女とかかわりのないアイが最後に共感したように。 いつかどこかの誰かが飛び立つための、羽根になるかもしれない。 地平線に海は無いけど……飛び立つ宙(ソラ)はある。 もともと、地平線と水平線に区別はない。 英語ではどちらもホライゾン(境界線)。空と地球との境界線という意味だから区別しない。 転じて人が挑める視野ぎりぎりとか、限界とか、前向きな意味だから曲名やバンド名に使う人も多い。 きっとこの世界には、私の知らない輝きがまだある。 それを夢想する。 始まる今日のステージ。 マイク。メイク。衣装。 ショータイム。トライ、チャレンジ! スターダム。光り光るスポットライト。 まぶしい輝き。まっすぐデビュー。 夢は叶うものだと、その私は信じてる。 さぁ、位置についてレッツゴー。 そう、私は女の子。私はアイドル。 いつかきっと全部手に入れる、私はそう欲張りなアイドル。 等身大で仲間(みんな)のこと、ちゃんと愛したいから。 この笑顔で、『愛してる』で、誰も彼も虜にしていく。 この瞳が。この言葉が。 偽物(ウソ)でもこれは、完全なアイ。 ――そう、行けばなれる。絶対に私がナンバーワン。 ――本物(カンペキ)かは分からないけど、究極のアイドル(アイドルマスター)に。 星(かがやき)の無い瞳に創られたunkwounだった少女は。 最期に、輝きの向こう側をその瞳に映したまま。 その瞳を、その姿を、血だまりへと還した。 &color(red){【偶像のホーミーズ 退場】} ◆◆◆◆◆◆◆◆ 『令呪二画分の支援、助かった』 最後になるだろう挨拶は。 あまりにも事務的な言葉選びで何だか湿っぽさを抜かれた。 それなりに付き合いがなかったら、素っ気ないとさえ思ってしまうほどに。 ――君は令呪二画を未だ保持している。 再契約の決め手に、メロウリンクは摩美々の持っていた令呪を挙げた。 あの時の、友人を差し置いて再契約相手として選ばれたことを気にしていた摩美々に。 メロウリンクは、彼なりに『君をマスターに選んだことは間違っていなかった』と言いたいんだろうな、と。 そこまで会話相手に補完を要求してくる不器用さに、あっちのにちかも、予選の一か月大変だったんだろうなと想像してしまう。 『こちらこそ。アサシンさんたちの為に令呪を使わせてもらえて、嬉しかったので』 その使い方は、摩美々としても悔いのないものだった。 残り二画のうちの一画は、東京タワーの地下で、杉並区の戦いのリベンジに。 彼のマスターと、彼女のサーヴァント、たがいにたった一人の相棒が失われる戦いになった戦場で、嘲弄していた獣を貫くために。 もう一画は、方舟の代表者たる英雄、アシュレイ・ホライゾンを筆頭名として。 散って言った仲間たちのすべてに、不器用な返報を果たすために。 敵討ちという行為の全てを、今の摩美々は肯定しないけれど。 それを楔として、彼と言うサーヴァントと繋がれたことを悪いとは思わない。 思い返せば、二人目の相棒になった彼とのつながりは。 互いに、替えのきかないただ一人のパートナーをなくした出来事に、共鳴するところから始まったのだから。 摩美々は、半日ほど彼にとってのにちかとともに過ごして、『なんだかアーチャーさんとは兄妹みたいだな』と思っていた。 きっと彼も、半日ほど摩美々とアサシンの関係を見て、同じような感想を抱いた上で、再契約したんじゃないかと思う。 『あなたマスターの方のにちかも、きっとよくやったって胸を張ってるんじゃないですかね?』 『あいつはアイドルのにちかを見てると言ったが、俺のことを見てるかは、どうだろうな……』 『今までにちかをずっと見守ってたなら、アーチャーさんのことだって一緒に見てたことになりますよね』 『あぁ、そういう考え方もあるのか……なんかそういう理屈ぽさは、君のサーヴァントに似てきてないか?』 『アーチャーさんも……兄貴分っぽくしてますけど、けっこう根は弟妹っていうか、若くて青い人ですよね』 周りが女の子のマスターばっかりになった時も照れてたし、と。 お互いに血まみれの会話で、和やかさも何もなかったけど。 最後に彼の『色』を見られたことは悪くなかった。 『これでも……何かを返せてたんなら、それだけは良しとするさ』 どうも昔から、女には怒られて世話を焼かれることの方が多かったんだよな、と。 最後の最後に摩美々とそう変わらない年頃の、小生意気さめいたものを見せて。 その青さは力尽きたというように俯き、できたばかりの血だまりへと影をかざしたのだった。 &color(red){【メロウリンク・アリティ@機甲猟兵メロウリンク 消滅】} [[→>帰らぬやつらを胸に(5)]]