禅院直哉。 日本という呪術界の最先端、その中でも頂点に立つ『禅院家』の嫡男である。 端麗な容姿を持つ美丈夫であり、呪霊という呪われた存在を祓う呪術師としての腕前はまさしくトップクラスの、まさしく選ばれた存在である。 一方で人間性においてはあまりにも偏った哲学性を持つ、現代社会において紡がれた価値観を持つ他者とは到底分かり合えない人間であることも事実であった。 「聖杯戦争、ねえ」 襟のない洋装の上に袴を纏う、大正ロマンあふれる時代錯誤な服装を纏った直哉はその薄い唇からポツリと言葉を漏らした。 今、直哉のいる自室は平屋建ての広い日本家屋の一室だった。 ロールプレイ、とでも言うのだろうか。 直哉は現実と地繋ぎとでもいうべき旧華族の一族の一員として、この見知らぬ儀式へと参加させられていた。 「まあ、もらえる言うんならもらっとこかな。 西洋の宝物も、うちの宝物庫に新しい『映え』が生まれるやろ」 万能の願望期、聖杯。 願えばすべてを叶える、夢幻のような存在。 それを争うために数多の術師が数多の英霊を使役して 「この文様は、まあ悪くないやん」 直哉は自身の左手の甲に刻まれた絡み合う蛇のような、あるいは自身の禅院の家紋のような呪紋、『令呪』を眺めながらつぶやく。 そして、僅かに目をつぶり、その令呪に辿っていく呪力の流れを感じ取る。 「これ自体が外付けのブースターみたいなもん……そのまま単純な力に変えてもええし、術式を強化してもええっていう万能な増幅器。気が利くやない、聖杯くんも」 同時に、その令呪一つで天才の仕事だと認識できる程度には直哉も天才であった。 この莫大な呪力はすべて『命令権』という性質を持っている。 「サーヴァントはみんな猛獣みたいなもんってことやねぇ」 これほどの精密な術式を構築しなければならないものが、英霊であるということがよくわかる。 それは子供が格闘技の試合を見る前の興奮に近いものだった。 そして、そのサーヴァントはすぐ近くにいる。 いや、正確に言えば近くに『現れ』ようとしていた。 「土蔵の方やな」 気配とでも言うものを感じ取って、直哉は重い腰をあげて足を動かしていく。 向かう先は直哉の家が所有している土蔵である。 「呪力の高まりが半端やないなぁ……」 ポツリと呟きながら、土蔵へと訪れた直哉。 鼻を指すカビ臭に僅かに眉をひそめながらも、その奥に眠る 呪力が発光しているのだ。 ありえない高まり、これも聖杯の奇跡の一つか。 「はてさて、どなたが出てくるんやろね。 名高き鬼切りの頼光さんか、俺らのご開祖様たる吉備真備さんか」 ニヤニヤしながら、その光の収束を感じとる 絡み合う蛇のような令呪が光り、そして、その光が暴発するように爆ぜた。 「~~~~っ!!!」 口角があがるほどの、呪力の高まり。 背筋がゾワゾワと蠢き立つ興奮。 英霊が現れた。 直哉はそれをたしかに感じ取り、その英霊がどれほどのものかと見定めんとまっすぐに光の奥を見つめる。 そして、光の中から、男の姿が現れ。 ────瞬間、光が消え失せ、直哉の視界には土蔵の床が広がっていた。 「……………………あ?」 直哉が自身の状態を認識するのに、たっぷり一分は必要としていた。 直哉は、平服をしていた。 光の中から現れる彼の者の足の指先がかろうじて見えるほどに頭を低くし。 己に他意はないと知らせるように指先を揃えて前へと差し出し。 その生命を奪われることすら了承するかのように急所であるうなじを曝け出す。 (なんや……これ……?) それは紛うことなく服従の姿勢。 生殺与奪の権を一方的に所有されることすら求める、屈服の証明であった。 だが、疑問を覚えても怒りは覚えない。 山よりも高いプライドを持つ直哉からすれば、その自身の感情にすら疑問を覚えるほどの異常事態であった。 「────面をあげよ」 その低い声が響いた時、直哉は己の肛門の括約筋が緩んだことを自覚した。 それは恐怖による擬死体験で筋肉が緩んだことである。 だあが、それ以上にかの声によって魂が震えてしまい、同性でありながらもその精を求めてしまったことによるありえない生殖反応によるものだった。 そして、そんな緩んだ肛門から奇跡的に排泄物をこぼさないまま、直哉はゆっくりとその顔を上げる。 「サーヴァント・アーチャー、吉備津彦命。麻呂を呼ぶ時の権力者の声に応じ、推算した次第である」 そこには、英雄が仁王立ちをしていた。 太い眉に鋭い瞳、頭と胴を結び首はまるで肩口からそのまま生えたのかと思うほどに太く、胸元の筋肉は大型トラックのタイヤもかくやというほどにパンパンに膨れ上がっている。 強さというものは、ただ立ち姿を目の当たりにするだけで感じ取れるということを、直哉はこの日初めて知った。 「吉備津、吉備津彦命……かの名高き、桃太郎卿ですか? あの、飛鳥の軍神の?」 「然り」 震えながら問いかけた声に対し、アーチャーは応用に頷いて答えた。 吉備津彦命。 孝霊天皇が皇子にして四道将軍の一人、日本書紀において大和朝廷による日本列島の支配を強めた英雄的存在。 当然、そのような神話的記述とその基となった歴史的事実は直哉の知識の中にある。 だが、知識は知識に過ぎない。 今、サーヴァントという英雄の影法師を見て、直哉は初めてその『真実』を悟った。 「千年前の翁も────」 西征と東征という二つの征伐を見事に成し遂げた大和武尊。 龍神すらも蹂躙した大百足を打ち貫き新皇を名乗る荒ぶる神を平定した俵藤太。 大災害ヤマタノオロチの血を受け継ぐとされる大江山の酒呑童子の鬼斬りを成し遂げた源頼光。 東北の悪鬼羅刹のすべてを打ち祓い鬼の娘を娶ったとされる坂上田村麻呂。 陰陽術の開祖であるとされ、唐の国より牛頭天王を招いたとされる吉備真備。 剣と兵法を通じて世界の真実の扉を開いたとさえ言われる[[宮本武蔵]]。 六眼と無下限呪術の抱き合わせにより現代の呪術世界を一変させた五条悟。 この二千を越える歴史を持つ大和政権においてすら、数多の『伝説』と謳われる英雄が存在する。 「千年後の童も────」 それでも。 「『神州無敵』と問われて応える名は、お前が口にした我が名であろう」 ────最強を求められれば、日の本の民はその名を口にするだろう。 「おぉ……!」 「お前の口にしたように麻呂は軍神である。 故に、戦争と名のつくこの児戯においても敗北は許されぬ。 お前も麻呂を召喚したことの意味を正しく心得よ」 「ええ、もちろんです。そこは任せてくださいな、私もある程度は心得がありますんで」 あの坂田金時ですら『永遠の銀メダリスト』『揺るがないNo.2』へと抑えつけるその威光に、直哉は感動で震えていた。 それは聖杯戦争に対する勝利の確信ではなく、もっと純粋な感動の震えであった。 ただ、天下無双と呼ぶに相応しい英雄を目にできたことへの感動である。 (これは……エグいわ……!) 呪術師として幾多の戦線に立ち、そして数多の兵を見てきた直哉だからこそ確信する。 ゴール地点を、いつの間にか人々は忘れられていたのだ。 人間とは、この男に近づくために生まれてきたのだと。 呪術。 呪術とはすなわちこの男が持つ奇跡の御業を真似るために技を磨いているのだと。 天与呪縛のフィジカルギフテッド。 それは『呪力』というものを犠牲にしてこの男の肉体にようやく近づけるのだと。 すべての道はこの男に繋がっている。 それが、アーチャーの持つ強烈なカリスマ性によって描かれた幻想だと、直哉は気づかない。 ────あれほど蔑んでいた盲目な弱者と同じ立場に陥っていることに、直哉は気づいていないのだ。 「直哉よ」 「なんでしょうか」 直哉は少し訛りのあるイントネーションでアーチャーの言葉に応える。 上位者として振る舞うことになんの疑問も持っていないアーチャーと、上位者として生きていると認識しながらも今はただ従者のように侍る直哉。 格付けというものは、無意識に出来上がっていた。 「童を用意せよ」 「はぁ……女じゃなくて、ええんで?」 アーチャーの言葉に疑問を返す直哉。 溢れかえる精の臭いから、アーチャーが求めているものをうっすらと理解しているからだ。 それならば、見目麗しい童子よりも、それに秀でた女性のほうが『向いて』いるのではないか。 吐き気をもよおすことではあるが、禅院の家ならばそれは可能である。 商売女ですらない穢れなき乙女を捧げることだって出来るのだ。 「女は穢れ、なによりも麻呂の血を盗みでる可能性がある。 戦場の血肉や怨恨を押し付けるならばすべてを飲み込む性質のある女の方が向いておる。 だが、血肉を馴染ませ、精を安定させたい今の状態ならば童じゃ」 「ああ……なるほど、なるほど。高貴な血やと大変ですもんねぇ」 サーヴァントと呪霊は異なる。 呪力/魔力の無いものには視認できないという点では同じであるが、サーヴァントとは歴史の影法師であり呪霊とは現在進行系の災厄。 すなわち、サーヴァントは歴史を『生み出す』ことは出来ないが呪霊は『生み出す』ことが出来る。 故に、呪霊の子という呪われた存在が誕生することは(母体の特質性に左右されるが)あっても、サーヴァントの子という祝福された存在が誕生することは、まずない。 だが、アーチャーにとって自身の高貴なる血というものは穢されてはならない。 呪術師である禅院ならば、それすらも可能であると疑っているのだろう。 「幾らでも用意しましょ。ところで申し訳ありませんが、桃太郎卿のことは便宜上アーチャーと呼ばせていただきます」 「構わぬ。麻呂の姿を見ればその真名などひと目で看破されようが、それでも建前というものもあろう」 鷹揚に頷くアーチャーに対して、直哉は頬を緩める。 勝利への確信であり、同時に胸の高鳴りであった。 (まるで恋する乙女の気持ちやね) ふふ、と口内に隠すように直哉は笑った。 強烈な光に目がくらんでいることにも気づかずに、ただ勝利という甘い美酒にその香りだけで酩酊していた。 禅院直哉とは、つまるところ幸運と実力と知性に支えられた愚者の一人であることを、その姿がなによりも強烈に肯定していたのだった。 【クラス】 アーチャー 【真名】 吉備津彦命@衛府の七忍 【ステータス】 筋力A+ 耐久A 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具E~A++ 【属性】 秩序・善 【クラススキル】 対魔力:A 単独行動:B 【保有スキル】 神性:C+ 天照大神の血を引く万世一系の血を引く孝霊天皇皇子であり、自身も吉備の国で軍神として崇められているために、吉備津彦命は神性を所有する。 無窮の武錬:A+ ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。 心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。 神秘殺し:A+ 吉備の荒ぶる神である悪鬼温羅を殺した大和朝廷最強の神秘殺しと謳われた在り方がスキルとなったもの。 対神秘への特攻として働く。 神州無敵:A+ 日本一の代名詞である桃太郎の逸話と信仰により、吉備津彦命は日本を戦場とした際に大きなアドバンテージを得る。 また、日本をルーツとする存在に対しても上位者、支配者としての優位性を所有する。 【宝具】 『御伽仕立ノ財宝』 ランク:E~A++ 種別:対人~対城宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:100 吉備津彦命は時代の支配者より永遠の命を与えられた逸話を持ち、時代の裏の数々で為政者の意に従わぬ『まつろわぬ民』を誅殺してきた大和の守護者である。 その永遠の時と無限の争いの中で、『桃太郎伝説』や『瘤取りの翁』などの御伽草子に語られる伝説の道具の数々を所有しており、その逸話が宝具として吉備津彦命に付随している。 この宝具の真の恐ろしさは、数えきれない無数の道具を計り知れない戦闘IQによってその場に最も相応しいものを選び、天下無双と呼べる技量によって誰よりも扱うことが出来る吉備津彦命が所有しているという事実である。 【weapon】 魔剣・御伽仕立瘤取剣、魔弓・石女矢など宝具『御伽仕立ノ財宝』の中にある数々の武具。 【人物背景】 日本書紀においては紀元前の天皇であるとされている(歴史的研究においては西暦300年前後)孝霊天皇の皇子の一人。 かの有名な『桃太郎伝説』の基となった人物であり、四道将軍という大和朝廷による支配活動において山陽の平定を任された将軍であり、吉備国を支配した温羅を成敗したことから『飛鳥の世の軍神』と称される戦闘の天才。 時代の支配者より永遠の命を与えられた逸話を持ち、実際にそれぞれの時代の為政者に逆らうものを誅殺して回った大和朝廷の守護者である。 永遠とは不変であり、また守護者であるがゆえに保守としての一面も強く、それ故に選民思想とも呼ぶべき偏った思想を所有している。 また、貴き血を引く万世一系の皇子であるために尊大な言動を行う。 【サーヴァントとしての願い】 聖杯戦争に勝利する。 【マスター】 禅院直哉@呪術廻戦 【マスターとしての願い】 聖杯を手にする。願いというよりも貴重なものを欲する収集欲に近い。 【weapon】 暗器の刃物。 【能力・技能】 呪術師としての身体能力の向上とそれを活かす体術の他、特殊な異能である『投射呪法』を用いることが出来る。 ・『投射呪法』 自らの視界を画角として1秒間を24フレームに分割し、予め想定して作った動きをトレースする術。 動作のトレースは自動で行われ、想定して作られた動作自体が人間の限界を無視した動きであっても作った動作自体が過度に物理法則や軌道を無視していない限り自動でそのとおりに動くことが出来る。 デメリットとして、事前に作成した動作は変更できないため、カウンターなどの不測の事態に対応できないこと、不自然な動作を作った場合はうまく動けず自身がフリーズしてしまうというものがある。 【人物背景】 やや吊り目がちな整った顔立ちをした金髪の男性。 歴史に名高い『御三家』と呼ばれる禅院家の嫡男、呪術界の大物。 男尊女卑思想を始めとして旧時代的な価値観と、呪術師至上主義とも呼べる選民思想を持ち、さらに根本となる人格も褒められたものではない、独特の性格をしている。 そのために人望はないに等しいが、その実力は正しく評価されている。 【方針】 聖杯を手に入れる。