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179 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:31:42 ID:BKFgU1gH 目が覚めると、見覚えのない天井にたじろいだ。周囲を囲む全てが白で、その不自然さに恐怖を覚えた。 しばらくぼんやりと辺りを見回して、ここが病室で、自分がベッドの上にいることを理解した。 そして、事故に遭ったことを思い出した。 母の目を、父の腕を思い出した。 ━━右目が、みえない。 震えた指先で右眼の位置にそっと触れると、ザラリと布の感触がした。包帯だ。 「あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁあ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」 叫びたくもないのに、声が出てきた。お腹の奥の方から、内臓を、喉を押し退けながら、黒くドロドロとした叫びが溢れてくる。 さながらFBIのように突入してきた看護士によって取り押さえられ、注射を打たれたことでまたもや私の意識は飛んだ。 180 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:32:14 ID:BKFgU1gH 次に目覚めたのは、朝日がゆっくりと昇り始めた時間帯で、明かりのない暗闇にぼんやりと浮かぶ白い部屋は、さっきとは違う恐怖があった。 頭が幾分か冷静になったのを確認してから、恐る恐る右目に触れた。 感触は変わらない。湧き上がる衝動を押さえつけて、深呼吸をした。 右目が見えない。その事実は、昨日まで何の不自由もなく生きてきた私にとって、この世の終わりとも言える程の絶望だった。 そう、何不自由なく生きてきたのだ。 母は私の相談を何でも、真摯に受け止めてくれた。時に笑い飛ばし、時に叱り、時に泣いてくれた。 父は母よりも、誰よりも大きな愛情を私に注いでくれた。風邪をひけば会社を休んで看病し、虐められれば肩を怒らせて乗り込んでいき、欲しいものがあれば何でも買ってくれた。 両親は私には過ぎるものだった。二人は私を宝物と言ってくれたが、むしろ逆で、私にとっての宝物が両親であった。 さらに、私にはもう一つ家族があった。少し変わり者だが、優しい伯父さんと伯母さん。いつも元気なお姉ちゃん。 そして、私を可愛がってくれるお兄ちゃん。 断言できる。私ほど恵まれた環境にいる人はいなかった。 今、かつての私ほど恵まれた環境にいる人はいない。 膝を抱えるように、自らを抱きしめるようにして座る。 もういないのだ。かつての私は、もういない。 見えるはずのない右眼に、あの惨事が映る。左眼を開けようが閉じようが、決して消えない光景。 「恐いよぉ・・・お母さん、お父さぁん・・・・」 左眼から、涙がボロボロと零れる。顔をシーツに埋める。 「助けて・・・お兄ちゃん・・・・」 ズドンッ、という重い音が病室に響く。刹那、あの惨事が目だけでなく、体全体に染み渡る。ひっ、と小さな悲鳴をあげ、より強く自分を抱きしめた。 「くるみ」 恐怖が霞む。何か暖かなものが、私の心を優しくノックしてきた。 「・・・お兄ちゃん?」顔を上げる。 顔を真っ赤に高揚させ、涙目で息を切らした、私が兄のように慕っている人物。 斎藤憲輔がいた。 181 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:33:07 ID:BKFgU1gH 状況は俺の予想より、遥か上空にあった。 俺の予想がツバメの低空飛行なら、現実はスペースシャトル。そもそも、ベクトルが違う。 くるみの病室に飛び込んだ後、くるみは大声で泣き叫びながら俺の胸に飛び込んできた。かろうじて受け止めたが、俺の頭は完全にフリーズしていた。 袖の長い病院服を着ているのでその下は分からないが、露出している手、首にはいくつかの痣があるのが見えた。何より、顔に巻かれた包帯に目が行ってしまう。 額から少しだけ上下した位置までの幅で、頭を一周する形で巻かれたものと、顔を斜めに突っ切っているものの二つだった。その内、後者のほうが問題だ。右目を完全に覆い隠している。 それが意味するのは、右目に怪我をしているということ。シンプルだ。シンプル故、最悪の事態を簡単に想像できる。 泣いているくるみに対して、何も出来ずに立ち尽くしていた。くるみは俺の体に顔を埋め、時折「お兄ちゃん」とか、「恐かったよぉ」と言いながら泣いている。 5分と経たずに、医者が来た。白髪混じりの初老の医者で、先ほど俺が押し退けた医者だ。 無理矢理に進入したことを咎められると思い身構えたが、医者は、状況を説明したいので部屋を用意しました、と懇切丁寧に言ってきた。 断る理由も必要もなく、俺は頷いた。部屋を出る医者について行こうとすると、くるみが俺のブレザーの裾を掴んだ。「・・・ヤダ」 医者の方を見やると、医者はゆっくりと首を横に振った。当然と言えば、当然かもしれないが、今のくるみには酷だ。 俺はくるみに対して向き直ると、強く抱きしめた。栄養が足りないのでは、と不安になるほどに身体は細く、背は低い。包帯がずれないように気を遣いながら、頭を撫でた。 「大丈夫、すぐに戻ってくるから」 「でも・・・」 「大丈夫、大丈夫だから」 繰り返し言い聞かせると、くるみは不安げな表情のまま、わかった、と言ってくれた。もう一度撫で、部屋を後にする。 「私は外で待ちます」 何度言ってもその返事しかしてくれないので、いい加減、俺が折れることにした。 彼は俺が高圧的だろうが低姿勢だろうが、『一緒に来てくれ』という言葉を聞き入れない。 「優しいのですね。ですが、私になど気遣いは無用です」 優しい?気遣い? ━━違う、俺はただ・・・ 182 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:33:58 ID:BKFgU1gH 中に入り、扉を閉める。奥の壁が大きくガラスになっており、目覚め始めた街がよく見えた。部屋には大きな机と、それを囲むように配置された椅子があることから、会議室か何かだろう。 左の壁に沿って簡易的なキッチンのようなものがあり、蛇口とコンロがあるのが分かる。 ただ、会議室の備品まで白にする必要はなくないか?目がチカチカしてきた・・・。 「コーヒーでいいですかな?」俺は頷く。 コンロの近くのコーヒーメーカーを手に取ると、2つのコップに注ぎ始めた。「ありゃ、もう冷めてるよ。冷めたコーヒーは苦手かな?」 首を横に振る。段段イライラしてきた。 「そりゃあよかった、私は苦手だから遠慮するけどね」医者は声をあげて笑う。限界だ。 「っいい加減にしてくれ!あんたはふざける余裕があるかもしれないけど、こっちそんなもんはねぇんだよ!!」 全力で叫んだにも関わらず、医者は表情一つ変えずにコーヒーを差し出してきた。 「キミこそ、余裕を持ちたまえ」 頭の中で何かが弾け、手が出そうになった瞬間、医者は蛇口の方を指差した。「見なさい、いいから、見なさい」 訝りながらも、差す先を見ると、驚いた。 肩で息をしながら、顔を真っ赤に染め、血走らせた目は今にも泣き出しそうな、太めの眉を皺にしている男がこちらを睨んでいる。あ、俺か。 医者が先ほどより大きな声で笑い出した。俺は顔を抑えて、ため息を吐いた。鏡には、情けない男が一人映りつづけていた。 183 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:34:28 ID:BKFgU1gH 冷静になった頭に、彼は容赦なく事実を叩き込んでくる。 事故は、黒埼一家が車で移動中に起きた。国道を走っている途中、反対車線に乗り上げた大型のトラックが一家を襲った。 トラックは運転席へ、斜めに突撃してきた。ただぶつかっただけなら、もしかしたら誰も死なずに済んだかもしれない、救えたかもしれない、と医者は嘆いた。 国道は両側二車線で、高い位置にあるため、どちらの車線の外側にも壁が建てられていた。たまたま左側を走っていた叔父さんたちの車はトラックに押され、そのまま壁に挟まれた。壁が崩れなかったのは、不幸中の幸いと言える。 衝撃で運転席は潰れ、さらにこぼれた資材が天井を押し、天窓を割った。その破片がくるみの右眼に混入したのだと言う。 「治る可能性は?」目眩を堪え、机に手をついて何とか身体を支える。 「ゼロではありません」腕から力が抜け、机にもたれかかる。 ━━優しいのですね。 違う。 ━━気遣いは・・・ 違う、違うんだ。 おれは、ただ恐かった。一人でこの事実を受け止めなければいけないことが。 184 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:35:02 ID:BKFgU1gH 大丈夫ですか、と訊かれたので、平気です、と強がる。机に全力を込めて、立ち上がる。 医者は患者に希望を持たせるように表現する。不治の病に対し「時間がかかるけど、きっと治るよ」、薬の副作用に対し「お薬が利いてきた証拠だよ」。くるみの場合、希望を持たせても、ゼロではない、だ。 また立ち眩みがした。 「次に退院に関してですが、恐らく、あなたが考えているよりずっと早く出来ます」 「本当ですか?」 「ええ、ガラス片を取り除く手術自体は問題なく終わりました。他には目立った外傷がないので、精密検査の後、本人が望むなら通院を条件に何とかなります」 小さな、ほんの僅かな光が差したように感じた。「ありがとうございますっ」 「いやぁ、最初とえらい違いですなぁ」頭を下げると、笑いながらそんなことを言ってきた。こういう大人には敵わない。いろんな意味で。 くるみの病室に戻ろうとしたら、医者はまた鏡を指差した。さっきよりかはマシだが、未だに情けない男が立っている。 「顔を洗いなさい。そんな顔では、あの子が不安になりますぞ」 確かに。さっきのくるみの不安げな表情は、このせいだったのだろうか。 「ほらほら、王子様はシャキッとしなさい」顔を洗う俺の背が叩かれる。本当に、敵わない。 俺はどこか父を思い浮かべていた。 185 :Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/21(水) 22:35:45 ID:BKFgU1gH 病室は再び静寂に包まれた。明かりは点けていないので、相変わらず薄暗いし、右目は見えない。 それでも、私の心は色とりどりに飾りつけられている。 お兄ちゃんが来てくれた。それだけで、私の世界に太陽は昇った。 ━━あんなにやさしかったお母さんは死んでしまった。あんなに私を愛してくれたお父さんも死んでしまった。家族だと思っていた伯父さんと伯母さんは来てくれない。お姉ちゃんもだ。 ━━でも。 「お兄ちゃんは来てくれた・・・」 あんなに必死になって、来てくれた。 瞳は充血していた。その下にはうっすらと隈があった。制服だったから、もしかしたら知らせを聞いて、急いで飛んできたのかもしれない。 ━━うふふっ。 思わず声がこぼれた。 いつも私を可愛がってくれたお兄ちゃん。 いつも私を愛してくれたお兄ちゃん。 「大好き・・・大好きだよ、お兄ちゃん」 春のお日様に照らされたように身体が暖かくなってきた私は、無意識に、自らの最も熱い部分へと指を伸ばしていた。

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