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ヤンデレ喫茶の事務所にて - (2008/08/21 (木) 22:42:02) の編集履歴(バックアップ)


381 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00:51:33 ID:oKsZ0FHK
 俺は、メイド喫茶の店長というものをやっている。

 店長という肩書きが引っ付いているが、実際店を回しているのは副店長で、
俺は椅子に座っているだけで、何も(と言っちゃなんだが)していないようなものだ。

 俺がやっていることは、モニタを見ることと、スイッチを押すことと、メールを見ることだけ。
 ひとつずつ説明していこう。

 まずはモニタについて説明する。

 モニタには、喫茶店の、内外の様子が映っている。
 つまり、仕掛けてある監視カメラの映像を見ているのだ。
 事務所の中に置いてあるモニタの数は6つ。
 
 喫茶店の入り口から路地を見渡すように一つ。
 店内に四つ置いてあるテーブルをそれぞれ監視するために、四つ。
 カウンター内にいる店員の頭上からカウンター席を望むように、一つ。
 いずれも、客が不審な行動をしていないかを監視するために設置されている。
 
 たとえば――入り口に一番近い位置にあるテーブルに座っている若い男。
 文庫本などを読みながら、注文の品が届くのを待っている。
 たった今、本を畳んでしおりを挟み、それをテーブルの上に置いた。
 大きく伸びをして、あくびをしている。
 誰にも見られていないと思っているのだろう。
 天井に顔を向けながら、顎が外れんばかりに口を開けている。
 しかし、監視カメラを見ている俺からは、男の口内がよくわかる。

 店員のメイドの一人が、トレイの上にカップを乗せて男のいるテーブルにやってきた。
 男はあくびをやめて、腕をテーブルの上に置いた。
 テーブルの上に置かれたカップを左手で持ち、唇をつけた。
 そして、ソーサーの上にカップをもどすと、また文庫本を手にとり読み始めた。
 店員はそのテーブルに背を向けて、立ち去った。

 男は文庫本片手に、カップの中にある液体をちびちびと飲んでいる。
 どうやら、まだこの男は10回目に達していないらしい。
 普段ならこの時点で眠気を催して、テーブルに突っ伏しているからだ。
 もしくは、店員がテーブルに近づいた時点でカップの中身を男にぶちまける。
 その後で、その男は店の奥に連れて行かれるはず――おや?



382 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/04/06(金) 00:51:43 ID:yLs1zJQn
ツンデレ喫茶が完全予約制のように、
ヤンデレ喫茶は選ばれた男性しか来られないんだろうな。
何も知らない人がやってきた場合、どうしていいかわからんもん。


383 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00:52:33 ID:oKsZ0FHK
 先ほどまでカウンター席に座っていたスーツ姿の男が立ち上がって、
店員に向かって何かを言っている。
 彼の前にいる店員は、ぺこぺこと何度も頭を下げている。
 監視カメラに併せて集音・録音用のマイクを設置したりはしていないのでよくわからないが、
男がジャケットを脱いでそれに顔を近づける様から考えるに、店員が粗相をしてしまったようだ。

 普通の店ならこの場で店長なりが登場するのだが、生憎俺はそんな面倒なことはしない。
 カウンターの前にいる男は店員に何か怒鳴っている。
 彼に向かって、店員が申し訳なさそうに頭を下げる。

 店員のメイドが何かを喋ってから、男の手をとった。
 店員は男を奥へ引っ張っていこうとするが、男はその手を振り払った。
 カウンターに背を向けて、男は喫茶店の入り口へ向かって歩いていく。
 
 ――どうやら、出番が来たようだ。
 数少ない俺の仕事の一つ。
 事務所の机の上を占領しているスイッチ類の操作。
 数にして、およそ……50ぐらいだろうか。
 ときどき無造作に増えているのでよく覚えていない。
 
 ともあれ、今回のような『10回お店に来たお客様へのサービス』を拒む、
入り口へ向かって今も歩き続けている男に対しては、『car-2』スイッチを使う。
 スイッチを押す。すると、カチッ、とあっけない音がした。
 
 店先を映し出している監視用モニタを見る。
 路地に停めてあるミニバンタイプの乗用車が動き出した。
 乗用車には、もちろん人が乗っている。
 運転ばかりは、ここにあるスイッチでは役不足というものだ。
 今のスイッチは、ただミニバンの運転手に合図を送るためだけのものだ。

 店の入り口と壁に張り付くように、ミニバンが停車する。
 それを確認したあと、店内の様子を監視カメラで観察すると、
スーツのジャケットを腕にかけた男が入り口のドアを開けようとしていた。
 喫茶店のドアは外開きになっているので、今のように外に車が停車していたら、もちろん開かない。

 男は扉に向かって怒鳴ったあと、先ほど粗相をしたメイドの元へと向かう。
 彼がジャケットを店員に手渡すと、店員が笑顔を浮かべたのが、俺からも良く見えた。
 店員のメイドが男の腕を掴むと、男はたたらを踏みながらそのままメイドの腕に引っ張られて、
カウンター横のドアをくぐっていった。
 
 ――さて、仕上げだ。
 
 手元の、『K-01』スイッチを人差し指で軽く押す。
 しかし、特に何が起こるわけでもなく、店内はいつもの静けさを保っていて、
店員のメイド達も普段の業務へとすでに戻っている。
 では、このスイッチがなんなのか、というと。

 ――かいつまんで言えば、お客様へ向けた、当店のサービスです。



384 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00:53:48 ID:oKsZ0FHK
 最後に、メールについて。これが一番簡単な仕事だ。
 事務所においてあるPCに届くメールを見て、プリントアウトすることだけ。
 送り主は女の子ばかりだ。では、ついさっき届いたばかりのメールの内容を紹介するとしよう。

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タイトル:
 お店で働かせてください
本文:
 先日、A町の街頭でお会いした者です。
 名前は、T村K子です。年齢は19歳。大学生です。
 私と彼の近況を明記してください、とのことでしたので、以下に記します。

 私と彼は大学の同じサークルに所属しています。
 講堂でも、お互い隣同士の席になることがよくあります。
 いつも、彼のほうから私の隣に座ってくるんです。
 彼は、私のことが好きなんです。そうに決まっています。
 でも、一つ問題があります。
 
 彼の姉と名乗る人物が、私たちの仲を壊そうとしてくるんです。
 この間、私は彼のためにお弁当を作りました。
 腕によりをかけて、愛情をいっぱい、いっぱい込めました。
 お弁当を持って、昼食の時間に彼を探し出しました。
 そのとき、彼の隣には女が座っていました。
 私はあふれ出す怒りを押さえ込み、彼らの隣に偶然を装って近づきました。
 
 彼の隣に座っていた女、彼の姉の目といったら、もう、憎くてたまりません。
 『なによあんた』『私の弟に近づかないで』
 『あんたみたいな他所の女に弟は渡さないわ』という、独占欲が丸出しになっていたのです。
 
 私は彼に弁当を渡すことなく、その場を立ち去りました。
 大学から家に帰って、私は泣きました。
 せっかく作ったお弁当を彼に食べてもらえなかった。
 あの時、無理矢理にでも押し付けていけばよかった、と後悔しました。

 何時間も泣き続けて、泣きつかれて眠って、起きたときに私は決断しました。
 彼を、絶対に私のものにする、と。
 そのためには、彼をあの女の手の届かない場所に連れて行くことが一番だと考えました。
 あなたの言うとおりに、誰も知らない場所に監禁してしまえば、
 あの女もきっと彼を諦めるに違いありません。
 
 お願いです。私をあなたのお店で働かせてください。
 どうしても、私は彼が欲しいのです。
 彼も、私に監禁されることを望んでいるに決まっています。
 
 最後に、彼の名前と年齢を記します。
 O谷Tくん。19歳です。
 他にも必要な情報がありましたら、連絡をいただければお教えします。

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385 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00:54:56 ID:oKsZ0FHK
 事務所にあるPCに届くメールは、どれもこんな内容ばかりだ。
 決まって、メールを送ってくる相手は年頃の女の子だ。
 そして、男を手に入れるためにここで働きたい、ということが必ず書いてある。
 ちなみにメールに書かれている『あなた』というのは、俺のことではない。

 『オーナー』のことだ。
 『オーナー』が、どんな人物なのかとか、何歳なのかとか、俺は何一つ知らない。
 ただ、副店長の父親だということだけがわかっている。

 副店長は、18歳の女の子だ。
 身長は、160cmぐらい。
 スリーサイズは、俺の目測では93・60・89。カップはF。
 体重は、怖くて聞いていない。
 ただ、いつも俺の体に乗ってくるときにそれほどの重さを感じないから、
体型に合わせたぐらいのものだと思う。
 髪型はおかっぱで、メイド服と組み合わせるとかなりいい感じになる。
 彼女がいつも浮かべている微笑からは、幻想的というか、非現実的な印象を受ける。
 とはいえ、顔立ちがいいからいつもその笑顔を見ているだけで俺は癒されてしまう。

 副店長――春香は、俺の恋人でもある。
 俺たちの関係は、このメイド喫茶に俺がお客としてやってきたことから始まった。
 そのころから、春香は喫茶店でメイド服を着ていた。
 当時はまだ、副店長ではなかった。俺が店長になってから彼女も副店長になったからだ。
 
 一目見た時から、俺は春香に惚れてしまった。
 さきに挙げたように、周りにいるメイド達と比較しても際立つ魅力を放っていたからだ。
 あの頃の俺はまだ女を口説くことに慣れていなかったから、声をかけることができなかった。
 だから、春香に会うために俺は何度もこのメイド喫茶に足を運んだ。

 椅子に座ってコーヒーを注文して、しばらく待っていると春香がトレイにカップを乗せてやってくる。
 彼女が優雅な仕草でテーブルの上にカップを置く。
 ナプキンを敷いて、ミルクと、砂糖と、銀製のスプーンをその上に置く。
 春香は「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」と言って頭を下げる。
 きびすを返し、コツコツ、と小さな音を立てながら、俺のいるテーブルの前から居なくなる。

 その一連の動作と、彼女の微笑を見ているだけで、俺の胸は締め付けられた。
 ――春香が欲しい。
 ――俺のものにしたい。
 ――彼女を、抱きたい。
 メイド喫茶にあししげく通っていたころの俺は、いつもそう考えていて、
その考えがそのまま目に宿っていたのではないか、と今では思う。
 普通に考えれば、通報ものだ。

 ともあれ、10回メイド喫茶に通うことになったあの日。
 ――願いが、現実になった。