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似せ者第二話 ~偽りの兄~ - (2009/02/01 (日) 18:03:42) のソース

809 :似せ者  ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/01/07(水) 00:36:09 ID:J+afXyNs 
第二話 ~偽りの兄~ 

嘘も方便である。 
嘘が御方便になることもある。 
嘘が方便になるような状況。 
これはけっして御方便でない。 



「た、頼むから落ち着いてくれ!」 
俺は落ち着かない口調でなんとか言った。 
「兄さん?」 
藤堂優奈の抱きつく手は緩まない。 
とりあえず体を離して話をしないと。 
そう思い、名残惜しい気持ちを抑え、彼女の体を遠ざけた。 
「えーと、俺は君の兄さんじゃないんだけど…」 
「え?」 
「俺の名前は赤坂映太。クラスは1-C。陸上部所属。君の兄さんじゃないだろ?」 
彼女がきょとんと俺の話を聞いていく。 
徐々に彼女の顔から、涙も笑顔も引いていった。 
どうやら勘違いを悟ってくれたようだ。 
最初の自己紹介から聞いていなかったとなると、告白も最初からやり直しかな? 
「あ…、あ…」 
一瞬、彼女の嗚咽が漏れた。 
しかしすぐにいつも通りの藤堂優奈に戻る。 
「ごめんなさい、あまりに、本当に驚くほどに、私の兄に似ていたもので…、つい取り乱してしまいました。本当にすみません」 
「いやそれはいいんだけど…」 
「本当にすみません」 
本当に申し訳なさそうな顔だった。 
いつも通りの人間らしい表情。その表情には謝罪の意がしっかりとこもっている。 
さっきの表情とはまるで逆。今の彼女の顔にあるのは、単色の純粋な意思だけだ。 
「藤堂さんには兄さんがいるの?」 
「はい、いました。一年前に死にましたが…」 
「だから…、ごめん…」 
藤堂優奈には兄がいて、仲が良くて、でも死んでしまって…。 
そして、その兄に俺が似ていた。彼女はいきなり現れた俺に兄の面影を重ね、兄に対しての藤堂優奈になった。 
だいたいこんな感じであろう。 
「いえ、謝らなければいけないのはこちらの方です。赤坂くん、ですよね?すみませんでした」 
「あ、うん…」 
ここまで謝られると引かざるをえない。 
「えーと、それで、私に用があったんですよね?なんでしょうか?」 
「うん、俺、藤堂さんが…」 
俺は口を止めた。 
兄を失う悲しみ、か…。 

俺が妹を失った時、どれだけ悲しかったっけ? 
ずっとずっと泣いて。 
妹が生き返るように祈って。毎日、神社にお賽銭を捧げて。 
しばらく学校もズル休みして。 
姉さんがずっと側にいてくれて、慰めてくれて。 
でもすぐには立ち直れなくて。 
たまに妹が生き返る夢を見て。でも朝起きると、どこにも居なくて。 



810 :似せ者  ◆Tfj.6osZJM [sage] :2009/01/07(水) 00:39:30 ID:J+afXyNs 
死んだ人間は生き返らない。 
死んだ人間のコピーは居ない。 
では偽者は? 
彼女が今、一番必要としている存在は? 

今の彼女の顔には、用件が何なのか?告白かもしれない、そうしたらどうしよう、そんな事を気にする表情しか浮かんでいない。 
この状況なら誰もが浮かべるであろう表情。そして誰もが思うであろう気持ち。 
とても人間らしい姿。 
人間らしすぎる姿。 
俺が知る藤堂優奈らしい姿。 
でもさっきの俺を「兄さん」と言い、抱きついてきた時の彼女の表情は違った。 
全く人間らしくない、俺の知っている藤堂優奈らしくない。 
これ以上の表情があるのであろうか?というほどの感情が溢れ出ている表情。 
普通の人間が表現できる感情のキャパシティを越えた表情。 
彼女を、藤堂さんをそんな顔に出来るのは誰? 

それになにより… 
俺自身が藤堂さんの最高の笑顔が見たかった。 
人間らしくない、この世で最高の。 
ここで告白して、振られて、他人になってしまうくらいなら、いっそ… 

「俺、藤堂さんの兄になっちゃ駄目かな?」 
「え?」 
「嫌ならいいんだ。おこがましいことを言っているのは分かっている」 
「…」 
「藤堂さんの兄さんの偽者になれないかな。君のこと支えるから、出来るだけだけど…」 
少しの空白の時間が流れる。 
「出来るだけ…、ですか?」 
「え、あーいや、出来る以上に頑張るよ」 
「そんな言い回しまで兄さんにそっくりです」 
「あ、そうだった?」 
彼女は笑っていた。今まで俺が知っていた藤堂優奈らしくない笑顔で。 
「本当にいいんですか?」 
「もちろん!俺は藤堂さんのこと好きだから!」 
今日、二度目の告白だった。また顔が赤くなる。 
「嫌です」 
「え?」 
「兄さんは私の事を、藤堂さん、なんて呼びませんよね」 
くすっ。そう本当に聞こえてきそうなほどの無邪気な顔だ。 
「もう一度聞きますね?本当に私の兄になっていただけるんですか?」 
そう言う、彼女は本当に可愛くて… 
「もちろんだよ。俺は優奈のことが好きだから」 
俺は藤堂さん、いや、優奈の頭を優しく撫でながら言った。 
「私も兄さんのことが好きです」 
俺は優奈と生きていく。兄として。 
この笑顔をずっと見ていたい、そう思った。 
「じゃよろしくな!優奈!」 
「うん、今日はありがとう兄さん」 
校舎の時計をみると、もう五時間目開始の三分前になっていた。 
「悪い、俺、次の授業の教室遠いんだ。先行くな。授業頑張ろう」 
「はい、頑張りましょう」 
俺は幸せな気分で屋上を後にした。教室へと走る途中、笑みが浮かぶのを止められなかった。 

「また、よろしくお願いします、兄さん。もう二度と兄さんを失いません…」 
そう一人呟き、優奈も屋上を後にした。