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彼女≠私 01 - (2010/09/10 (金) 21:53:59) のソース

662 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:10:42 ID:O+S73750 [2/8]

 椚田ミオリ。
 彼女はおかしなことをごくごく当たり前のようにやりのけてしまう一風変わったクラスメイトである。
 こう言ってしまうとまるで彼女が絵にかいたような暴走型少女であるように思われてしまいそうなのでひとつ断っておくと、
 椚田はそういうタイプの人間ではない。

 彼女は始終冷静で暴走しているところなど見たことがないし、何より他人に迷惑をかけない。
 かく言う僕も頼みごとひとつされたことがない程だ。
 それが己の信用感のなさによって招かれているものだとしたらさすがに認識を改めなければいけないが、それはないものとして話を進めよう。

 しかしまあ、おかしなことと言っても例をあげなければ伝わるものも伝わるまい。
 よってこの先は少しばかり彼女の代表的な珍行動を紹介したいと思う。
 僕としては珍というよりも謎というか秘密にまみれた黒いものを感じるのだけれど、その話はまた後ほど。

 まずは定期テストでどの教科でも平均点ピッタリ賞をとるというところである。
 当たり前だが、実際うちの学校にそんな賞はない。
 しかし、その点数が小数点第一位まで合っているともなれば、これはもう感心するしかないだろう。
 ピッタリ賞を作るべきだとすら思わされる。

 ちなみにそれを故意でやっているのか、本当に偶然偶々すべては運命の悪戯としてなされているのかは定かでない。
 まあ、故意でやっているとしか思えないけど。
 テストの点数見るたび「やったッ」とガッツポーズを決めているぐらいだから、そうなんだと思う。
 以前そんな点数を取るそして、平均点を予測するコツを聞いてみたところ、

「そうだなあ、ぴーんときてががーと書いたら当たるよ」

 と言われた。危ない電波をキャッチしていそうだ。
 他には何度席替えをしても僕の前に席を落ち着けていたり、
 クラスの皆にテストの山を予言したり(全部記号問題の記号だけを予言する。しかも外れがない)、
 僕の弁当と全く同じおかずを自分の弁当に入れてきたり、
 校内の窓ガラスのたたき割りならぬ雑巾がけをしたり、
 うっかり僕が忘れ物をしてしまったときに忘れ物そのものを持ってきてくれたり
 (僕の母親に頼まれるのだそうだ。ちなみに椚田の家は学校を挟んで真反対の方角にある)。
 
 ほら、おかしなことばかりだけど誰にも迷惑はかけてない。
 ひょっとするとテストを作った教師の意には反しているかもしれないが、椚田の予言はせいぜい3問程度なので出る点数のぶれは毎回10点弱である。
 教師本人も予想点数との差は誤差の範囲内だと思っているだろうし、問題はないだろう。
 そして僕自身に関することについては、どれだけ椚田が前に居座り続けようと僕は彼女のことが好きなのでむしろ歓迎している。
 おかずが同じだからと言って何か僕に不利益があるわけでもないし、忘れものに至ってはただただありがたい。
 よって僕も彼女を迷惑だなどと思ったことはない。

 つまり、椚田ミオリは確かにおかしな奴ではあるが、基本的には良い奴なのだ。
 だから僕も他のクラスメイトたちも、一クラスメイトとして彼女に接し、学校生活を共にしている。
 

663 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:11:20 ID:O+S73750 [3/8]

「……いや、絶対おかしいって」
「だから、おかしいことはおかしいって言ってるだろ」
「そうじゃない! そのくすきだ、さんだっけ? その人も十分おかしいけどお前もお前のクラスもおかしいんだよ!」
  
 バンと机を叩いて、特徴は眼鏡、あだ名はめがね、ハンドルネームはメガネな友人が叫んだ。
 
「くすきだじゃない、くぬぎだ」
「ああそうだったな……悪い。って違う! だから、そんな化け物許容すんなよっていうか普通にストーカーだろお前の!」
「うんまあそうだろうな」

 ところでめがね、改め雲井。
 ここは昼休みの教室などではなく普通のファミレスなのだから、あまり叫ぶとご退場を願われてしまう。

「落ち着けよ、椚田は過程はどうあれ結果的には良いことをしてるんだ」
「その過程を重要視しよう、それ絶対危ない橋渡ってるだろ。職員室のテスト保管してる棚とか漁ってるだろ」
「疑わしきは罰せず精神でいこう」
「残念だけど明らかな黒には適合しないんだ、ちなみにこれ常識な」
「全校の窓を雑巾がけなんて健気過ぎて涙出てくるだろ」
「俺はいっそ割ってくれと言いたい……何なんだよ雑巾がけって」

 ため息をつきながらちらちらと周りの様子を気にした後、雲井は頭を抱え込んでしまった。
 こいつとこんな話をするのは一体何度目だろうか。高校へ入学し、雲井とクラスが離れてからはずっとこんな雰囲気だ。
 ちなみに椚田と出会ったのは小学生の頃で、雲井とは市立の中学校で友人関係になった。
 その中学校生活の中で椚田はどうしていたのかというと、私立中学校を受験し見事合格してしまったので全く知らない。
 とりあえず、この春に高校でばったり再会してから現在までの7ヶ月間でまたかなり親しくなった。今では毎日昼食を一緒にとる間柄である。

 なにやら突き刺さるような周囲客と店員の視線は気にしないことにし、
 氷でかなりかさ増しされているであろうアイスコーヒーに口をつけていると雲井がハッとしたように顔を上げた。

664 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:11:56 ID:O+S73750 [4/8]

「おい、さっきこれ以上にない自然な流れでその、椚田さんのことが、好きとか言わなかったか?」
「言ったな」
「友達として?」
「いや、異性として」
「…………お前、本当におかしいぞ」

 そんなストーカー女、好きになる奴いないだろ……。
 そう呟いた雲井は僕の顔色を窺うように目をいぶかしめ、苦い表情を作っていた。

「何でそんなに椚田を持ち出すんだよ」

 ただの興味本位でそう聞いてみると、雲井は口ごもるように黙った。
 雲井との間で椚田の話題が出始めたのは9月末に行われた体育祭の後だったと思う。
 彼女と屋上で昼食をとっていた現場を目撃されたのだ。

 最初のうちこそそれをネタにいじられているだけだったのだが、いつからか急に椚田に対して否定的な意見ばかりを言うようになっていた。
 あんな良い奴でも、嫌われたりするのか。世渡りというのはやはり難しいものらしい。

「あいつがお前に何かしたのか、変な噂でも飛び交ってるのか、訳が知りたいんだ」
「……別に何もされてないし噂もないけど、それがむしろ変で不気味なんだよ」

 妙に真剣な顔でそう言った雲井は、眼鏡をかけ直して何故か周囲を見渡し、こう言った。

「お前の話を聞く限り、その椚田さんっていうのはかなり凄い人なんだよな……それで噂にならないっていうのが、まずおかしいだろ」

 なあ、そう思わないか?
 悠一。

665 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:12:33 ID:O+S73750 [5/8]

 ***

 俺の友達である遠野悠一は、物静かで何事も達観しているような男である。
 別に嫌味というわけではなく、本当にそうとしか言い表せないのだ。自分の感情をあまり交えずに言葉を発し、行動し、表情を作る。
 だから、中学からの付き合いがあるとはいえ、俺もたまに悠一の言っているこれは本心ではないんじゃないかと疑ってしまうことがあった。
 そこが妙に頼もしく見えてしまったりするせいで、現在進行形あの男は女子からそこそこ人気を得ているというのがたまに苦々しい。
 加えて顔もいいからな、むしろこっちが重点かもしれないけどな。
 所詮世の中顔なのかと認識させられたのも悠一所為だった。

 とは言ったものの、実際話してみればなかなか面白い奴だと分かるし、
 向こうもとりあえずは友達認識をしてくれていそうなので、仲がこじれたということはない。

 ただ、最近は少し状況が違っていた。いや、本当は高校に入学した4月のあの日から違っていたのかもしれない。
 何の違和感も感じさせず、それは侵食していたのだ。悠一を、そして悠一のクラスメイトを、そして、実は、俺たちの学校にいる人間全てを。
 どれだけ危険なことをしようが笑顔で済ませられる日常を作り出し、どれだけ不可思議なことをしても問いただされず、
 どれだけ不気味なことをしても許容されて、またそれを平凡な日々だと認識させる、おかしな空気が俺達の学校には流れていた。

 その原因は何か、俺と悠一のやりとりを見ていたのならそれは誰もが答えられる、非常に簡単な問題だ。

 椚田ミオリ。

 おかしなことをおかしいと感じさせない。
 違和感を麻痺させる女、椚田ミオリこそがその原因である。

「あの子はそういう体質なんだよ」

 俺が椚田ミオリの存在に気付き、その異常性、むしろ悠一を含む周囲の反応が異常だと
 クラスメイトや部活の部員、教師たちに話しまわっていたときにそう言ったのは養護教諭の山名先生だった。

 誰へ話しかけても、
 「それのどこがおかしいんだ」「まあ、椚田さんだしね」「つまり、君は何を言いたいんだい?」そんな答えしか返って来ず、
 全く俺の意は伝わっていないと、むしろ俺がおかしくなってしまったんじゃないかとすら思い始めていた。
 テストを作っている教師までそんなことを言うなんて、思ってもいなかったのだ。

 そんなことを続けているうちに担任は俺がどうにかなっていると思ったらしく、カウンセリングをかねている山名先生のところへ行かされた。
 どうせこの人も真に受けてくれないんだろうと思ってはいたが、どうしても望みが捨てられず考えていることをその先生に全て話した。
 そして返ってきた言葉が、

「あの子はそういう体質なんだよ」

 この言葉だったのだ。


666 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:13:11 ID:O+S73750 [6/8]

「私はミオリさんがその体質を利用して、テスト問題の答えを数問公言するなんて可愛らしいこと以上の悪事を働かないかどうか、監視しているんだ」

 どこかの非日常系学園小説に出てきそうな位置づけだろう?
 向かい側に座っている山名先生はそう言ってにっこり微笑んだ。が、そんなことをいきなり言われても俺には全く理解できなかった。

「君はあの子の体質に対する抗体をもっているから、現状が異常であることに気づけたんだ。
 ちなみに、抗体っていうのは生まれつきだから、あまり深く考えないでいいよ」

 そうきりだして、山名先生は椚田の体質についておおまかなことを教えてくれた。
 それはどれだけおかしなことをしたとしても、それをおかしいと認識されない体質で、
 効力は椚田ミオリ自身が操っているため正確には分からないが、少なくともこの校内には確実に広まっているということ。
 現在の目的は遠野悠一と平和に学校生活を送ることなので、あまり危険性はない、そう聞いた。
 
「あの子が本当にテストの答案をくすねているのか、何を思って全校の窓を掃除したのか……。
 そんなことは私の思考範囲外だからなんとも言えないけれどね」

 そう言って山名先生は苦笑した。

「君が遠野悠一の友人で、ミオリさんの過剰な愛情から離れさせたいなら私は君を止めはしない。
 しかし、おすすめもしない。だって、あの子は無害だろう?」
「無害でも、友達がこのままずるずる変な方向へ行ってしまうのは見てられません。下手すれば一生あのままなんですよね……あいつといる限り」
「まあ、そういうことになるかな。……変な方向ねえ、ふうん。君は随分友達想いだね」
「そいつのやり方が、嫌なんですよ」

 相手の感覚狂わせてまで、自分を受け入れてほしい。そんなのはただのエゴだ。
 結局その女は自分のことしか考えていない、おまけにストーカー行為を働くような奴はどうしたってろくでもない奴だ。

「ま、せいぜい頑張りなよ。話ぐらいならいつでも聞いてあげるから。ところで、今までの話しに質問はあるかい?」

 目を細めて和やかに笑った山名先生の言葉に、少し考えてから、 

「……あの、山名先生って本職は先生じゃないんですか?」

 実はかなり気になっていたことを聞いてみると、ああ、というような顔をされた。

「免許は持っているけど、本職ではない。今の監視だって、ミオリさんの両親に頼まれてやっていることだしね」

 ではその本職がなんなのかというと、というところまでは教えてもらえなかった。
 少し残念だと思いながらも、その日から悠一と話すたびになんとか椚田ミオリの異常性を訴えようとしたのだが、やっぱり効果はなかった。

 やり方を変える必要があるな……。
 ファミレスから帰って自室のベッドに寝転がりながらそう考え、次の策を練っている間に、俺は眠ってしまった。


667 名前:彼女≠私 01  ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/07(火) 17:13:52 ID:O+S73750 [7/8]

 ***

 椚田ミオリが憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 あの女がいなければ私は彼の傍にいられるのにあいつさえいなければ、あの女さえいなければ、私は彼に近づけるのにッ。
 早く消えて今すぐにでもこの世からいなくなってしまえ、
 そして彼の前に現れるな彼を騙しているだけの女に彼を渡してたまるか絶対に、絶対に絶対にッ。

 でも、あいつがいなくなればきっと彼はもう私のことなど見てくれない。
 ああああああどうしてこうなってしまったのだろうどうして私は、私はただ、悠一君が好きなだけだったのに。

 好きになって欲しかっただけなのに――――。