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題名のない短編その九十三 - (2012/04/04 (水) 17:39:05) のソース

197 : ◆m6alMbiakc:2012/04/04(水) 04:07:05 ID:AxMYjeew  悪夢だと思いたかったが、三回目となった目覚めの景色は変わらず、無機質な部屋のままだった。置かれている物はベットとランプだけと変化は無く、僕も手錠でつながれている。何一つとして事態は好転していない。
 ここまで物がが少ないのも、彼女の計略ということくらいはわかっている。考えたくないが、彼女がいなくなれば餓死の前に、退屈のあまりに発狂してしまうだろう。情けない話だが、既に心まで掌握されてしまっている。
「それにしても暇だよなあ……」
 寝返りを打ってみる。そしてひとりごとを言ったことを強く後悔した。
「ふーん、そんなに暇なの?」
「え、えと……瀬川先輩、これは――」
「瀬川じゃなくて梢」
 すぐさま訂正が入り、墓穴どころか棺桶まで作ってしまったことを悟る。先輩の恨めしそうな視線に、ただ委縮するくらいしか今の僕には出来ない。これ以上機嫌を損ねるのは命にかかわる。
 何か言わないと、と口を開く直前、あきれたように先輩が肩をすくめた。さっきまでの不機嫌さが嘘のようだった。
「まあいいよ。外出もできないと、そりゃストレスもたまるわね」
 そう言って、僕をつないでいる手錠に手を伸ばす。しばらくの作業の後に、解錠の音が聞こえてきた。いままで手首にあった不快感が消えて、かわりに考えられないくらいの腕の軽さが僕に戻ってくる。
「え、これは?」
「一日くらいの外出ならいいわ。大概の事はどうにでもなるだろうし、ね」
 同じ年代の他人には、決して出せないような柔和な笑みを先輩が浮かべる。こうしてみるお嬢様というのは冗談ではないらしい。同時に彼女が言っている真意もすぐに理解できた。どんなにあがいてみても無駄だということだろう。
 でも諦めるわけにもいかない。
 じゃあご飯を作って待っているからね、といって先輩は退室する。腑に落ちない点もあるが先輩の好意と受け取ることにして、僕も監禁部屋を後にした。
「ひ、広い……。何でこんなに広いんだ」
 監禁部屋はどうやら屋敷の片隅にあるらしく、肝心の外につながる出口がなかなか見つからない。外の景色で判断しようにも、不自然なくらいに窓が無い。仕方なく勘を頼りに、この迷宮のような屋敷を進んでいく。
 しばらく歩くうちにロビーのような所にさしかかり、豪奢な造りの木製ドアが遠くに見えた。どうやら当たりらしい。小躍りしたい衝動を堪え、ドアに駆け寄る。
 ノブを捻り、ゆっくりと押す。抵抗もない。
「開いたっ!!」
 鍵がかかっている、というアクシデントもなく、あっけないほどにドアが開いた。ドアの隙間からさしこんでくる光は確かに太陽光で、薄暗い部屋に慣れた僕には眩しい。
 目が慣れる。次第に辺りの景色もはっきりと分かるようになった。

「え……」
 あたり一面、海だった。あと数歩踏み出せば、断崖絶壁から真っ逆さまだろう。
「エイプリルフール!!」
 後ろ、開いたままの玄関から、先輩が出てきて異常なくらいの力で抱きしめられる。
「自由になんて絶対にさせない。絶対に、ね」
「せんぱ――」
「この島、なかなか良いでしょう?」

 二人で骨をうずめるには。
 そうささやかれた直後、僕の意識は急速に遠のいていった。