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触れられない優しさ - (2008/05/04 (日) 11:53:44) のソース

133 :触れられない優しさ :2008/05/03(土) 15:32:59 ID:ZfWXD8eZ 


――か、体が動かない。どうやら金縛りにあったらしい。また、か…… 
「こんばんはぁ、健ちゃん」 
僕の脳の中で甘ったるい女性の声が反響する。その声の主は、僕が愛した女性の声だ。名前を由梨という、二年前に事故死した彼女の。 
「ふふ、また来ちゃった」 
目を開けると、向日葵のように微笑む、生前のままの由梨の姿があった。透き通るような長い黒髪も、陶器のような白い肌も、睫の長いぱっちりとしたかわいらしい瞳も…… 
「健ちゃぁん……さっき、どこ行ってたの?」 
そして異常なまでの僕への独占欲も。全て生前のままの彼女だった。 


134 :触れられない優しさ :2008/05/03(土) 15:33:54 ID:ZfWXD8eZ 
「い、いや……別に」 
声が出せないので心の中で呟く。幽霊ってのは心の中まで覗けるのか、声が出せなくても会話はできた。 
「別にって……私に言えないことなの……?」 
悲しみとも怒りともつかない声が脳内に響く。聴覚を介せず、直接脳に語りかけてくる声からは逃れられない。 
「私には分かるよ。健ちゃん、女の家にいってきたんでしょ?」 
そう、確かに僕は今晩女の子の家に行ってきた。でも、別にやましいことをしてきたわけじゃない。言い訳はできないのは分かっているが、説明したところで、彼女が理解してくれるか怪しかった。 
「健ちゃん……私のこと嫌いになったの?忘れちゃったの?」 
由梨が僕の頬に手を伸ばす。だが、彼女の半透明の手は僕の体をすり抜ける。幽霊である彼女は、生きている僕の体に触れることはできないのだ。それでも彼女は幾度となく触れようとした。そしてその度にうなだれた。 
「嫌いにもなってないし忘れてもないけど……ごめん」 

「……なんで謝るの?」由梨は無表情で僕を見下ろしていた。見る者すべてを凍り付かせるような目で。それは、僕が由梨以外の女の子と話したりご飯を食べたりしたときの表情。 
そしてなまじ美しいだけに、恐ろしかった。