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Versprechung第1章―1― - (2008/08/25 (月) 12:09:24) のソース

108 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:47:27 ID:85365FQ6 
                       第1章 
                       ―1― 
「あぁ~だるい~」 
 N県警捜査一課にあるデスクの一角で背伸びをする女性が一人。 
彼女以外の捜査員は現在外に出ている。故にこんなことを言っても誰にも聞かれないのでまったく問題はない。 
つい最近あった市長銃撃事件の捜査に出かけてるのだ。ところが彼女だけは―否もう一人いるのだが、その捜査からははずされていた。 
まず第一に彼女はまだ若かった。この課に配備されてからまだ二年目。しかし成果は誰よりも挙げていた。 
彼女自身正義感がとても強く。、悪即逮捕の姿勢を貫いてるからだろう。 
そのことが今回の外された件にも関わってることは否定は出来ないだろう。 
女はでしゃばるな―そういった雰囲気になりつつあるのは彼女自身で感じ取っていた。 
 そういうわけで彼女にとって今回の件で捜査から外されたのまでは想定内であった。 
名目としては、他の事件が起きたときへの対応する人員が必要だから、とのことだった。 
「にしても、こんな大変なときにわざわざ事件起こすような馬鹿は居ないわよねぇ…」 
明らかに他の捜査員より暇である。ここまでも想定内である。今までの資料整理できる暇があるかなぁなんてことも考えていたものである。 
 ところが大きく彼女の想定を逸脱することが起こった。他の刑事が捜査に出ている間に起こった事件に対応するためにコンビを組んでくれという申し出があったのだが、そしてそのコンビニなった刑事が… 
「はぁ…」 
思い出したくもないような人物であった。考えたくも無いような人物であった。 
その人物は今席をはずしている。今までにあった事件の資料を読み漁るのが彼の日課らしい。そろそろその日課を終えて戻ってくる頃だろうか… 
「どうして私がこんな人と…」 
このことは彼女にとって大きな痛手である。いままで積み上げた実績が台無しになるかもしれない…彼女はそこまで考えていた。 
彼女にそこまで考えさせるような人物とはいったいどのような人物なのか。 
彼女がコンビを組めといわれた刑事―その刑事は課内では厄介者としてあまり好まれてはいない人物であった。 
能力はたしかである。洞察力に優れ、行動力もある。だからこそ厄介なのである。 
無駄に捜査をかき回す、自分とかかわりの無い事件まで首を突っ込む… 
しかも自分の担当の事件がつまらない事件だと判断したらとことん手を抜く。あげく 
「俺は面白い事件にしか興味はねぇ」 
とのたまう始末。今回の銃撃事件も犯人が挙がった時点で興味をなくしたらしく、課長に自ら外してくれといったらしい。課長としても無駄に動かれるよりは都合がいいらしい。しかし一人にしておくのは問題でもある。一人にしてなにやら変なことをされては元も子もない。 
要するに彼女は監視役になったのだ。任命された日を思い出すと今でも忌々しいという気持ちで一杯になる。何でこんなことに… 
彼女は今でも1時間ごとに心の中でそういってる。 
そう、辞令を言い渡された昨日からずっと… 


109 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:50:14 ID:85365FQ6 
さかのぼること、N市長銃撃事件の翌日―つまり昨日の事。 
「お呼びでしょうか、課長」 
彼女、松代直子は他の刑事がばたばたとあわただしく動き回ってる中、課長に呼び出されて課長のデスクの下へといった。 
「いやねぇ、今回の事件犯人が取り押さえられたといっても裏がまったくわからなくてねぇ…刑事を総動員しようと思うんだ。 
何せ市長が銃撃されたんだからねぇ。でもそうなるとこの間に誰もいなくなってしまって他に何か起こったとき対処が出来ない。 
だから君には捜査には加わらず、そういった事件の対応をしてもらおうと思ってね」 
課長は何かを言いにくそうに彼女言った。裏で何か言いたいことがあるように彼女には見えた。 
「わかりましたが、どうして私が?」 
彼女は何事も無いかのよう無く聴いた。 
その口調が何の感情も無く事務的なものであったのが、課長をさらに狼狽させた。もしや全てを見透かされてるのでは?という不安に駆らせるものだったからだ。 
これに明確にむっとしたもの、いらっとしたものなら対処もしやすい。 
なだめすかせばいいし、なにより一般的な反応であるという安心感がある。でも、彼女の反応は違う。 
なにかわかっていたような反応…予定調和、でもとりあえず理由は聞いとくか…そんな反応だった 
 課長は、どう答えるべきか迷った。正直に言うべきか、別の理由で逃げるか。 
どちらが波風がより立たないか。 
なにより、彼女にとってベストなのか。 
つまるところ言い換えれば彼にとて何がベストなのかで迷っていたのだが、そこには突っ込みを入れないでおこう。 
 結局彼が選択したのは正直には言わないことだった。彼女にはあえて言わないほうが良いだろうという判断だった。 
「うん、ほら女性関係の事件があったりしたとき、女性刑事がいたほうが対応しやすいだろう? 
この課で、女性刑事は君だけだ。となるとね…君が優秀なのは知っている。だからこの判断は心苦しい。だが全体を見たときにベターな選択肢は君を残すということだったんだ。理解してくれないか?」 
課長の言葉は一般の人からすると十分な言葉だ。彼女の事をフォローしながら理由を述べてる。しかし、彼女には違った。 
 彼女はもともと嗅覚のようなもの、身体的なものではなく、勘のようなものといった意味での嗅覚ではあるが、そのようなものが優れていた。 
女だからとかいう議論はさておき、とにかく優れてた。外れることもままあるが、当たる確立は一般的なそれよりは高い。 
そういったわけで課長の今の言葉には何か裏があるなと、彼女はまったく根拠はないものの瞬間的に思ってしまった。 
 そもそも彼女が見透かしたかのように発言したのも偶然である。 
確かに彼女はここ最近課の男刑事の自分への視線がおかしいいなとは感じていた。だが確信があったわけではない。 
それでもその疑念が発言に意図せずとも表れたのは事実である。そしてそれが、課長に対して図らずもプレッシャーを与えたことも。 
 彼女の次の言葉も、決して確信があって発言したわけではない。だが、他人からみれば十分驚くような言葉であった。 


110 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:53:17 ID:85365FQ6 
まぁいいですが。別に何かあるのならいいですが、そういった理由ならいいですよ。まったく問題はありません。そういった理由ならね。」 
 課の空気が少し冷たくなった。男どもの動きが一瞬止まった。顔が引きつったものもいた。思考が完全にストップしかけたものもいた。 
 だが一瞬は一瞬だ。寒気が走ったのは事実だが、直接的なことを彼女が言ったわけではない。彼らはすぐに冷静さを取り戻し仕事を再開した。ただ一人を除いて。 
 課長は冷静さを完全には取り戻せずにいた。別になんてこと無い一言である。そう普通の。 
だが彼女の今までの言動、しぐさ、口調…今日だけじゃない。いままで嫌というほどプレッシャーを浴び続けてきた課長には、正直もう堪えられなかった。 
 さらにいうなら実言うと課長、彼女に言ってないことがもう一つある。それはもう一つの辞令。 
このこともいわないといけないのか思うと、今すぐこの部屋の窓から飛び降りたい気分になってきていた。 
それほど彼女のだすプレッシャーはすさまじかった。 
 彼女といえばそんな課長の様子の変化を敏感に嗅ぎ取っていた。 
「これは何かあるわ…」 
 もはや彼女のなかで疑惑は確信にいたっていた。こんなこと考えたって、どうしようもないことは彼女にはわかっている。 
辞令を淡々と受けて仕事を確実にこなせばいいだけの話。 
 だが課長の変化は明らかすぎた。何かを隠している。誰もがそう思うような急変だった。 
うつむき加減で声は小さくなり、さっきの自分の言葉に対してなにか言っている。しかし聞き取れるのはあ~とかう~とか、 
歯切れの悪い言葉というよりは、どうにかしてやり過ごすための言葉を考え中という感じの声だけだった。 
「課長…」 
「…何だね」 
「何かおっしゃりたいことがあるのなら、言ってしまったほうがよろしいのでは?そのほうがすっきりなさいますし、後々楽になりますよ。後々ね」 
 彼女は思い切っり口調を丁寧にしかし冷たくしてみた。これは意図的なものである。 
課長にさらなるプレッシャーをかけるための、意図的な口調の変化。 
 このことがとどめになったのか課長は観念したかのように「後で、話がある、誰もいないときに来なさい」とだけつぶやいた。 
その姿は、警察の上のほうに立つ人間とは思えないほど、惨めで、小さいものだった。 
 このように彼女のプレッシャーは上司すらもひれ伏すほどすさまじい。 
課の男供からは影でまだ新人なのに、将来はお局様なんていわれている。 
刑事なのにお局様だなんて…彼女はこの呼称を一番嫌っている。仕事が出来ないのに偉ぶってる…そういう印象があるからだ。 
さてこんな風に言われてるわけだが、実績を上げている以上、誰も文句は言えない。 
このことが彼女が課のなかで疎まれている原因のひとつだと彼女は思っている。 
 課長は二人で会う場所に近くの喫茶店で指定してきた。少し歩いて川のほうに出るとある喫茶店。 
警察内より、そっちのほうが彼にとって都合がいいのだろう。断る理由は無い。 
彼女は「わかりました」と一言だけ告げて自分の席に戻った。 
 戻るときも姿勢は崩さず、綺麗に、優雅に歩く。歩くたびに彼女の長い髪が揺れる。華麗に、しかし威厳深く。 
芝居をするなら徹底的に。彼女の課長落し作戦とも言うべき芝居はここに一つの結果を見た。彼女はそう確信して内心でガッツポーズをした。 


111 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:57:06 ID:85365FQ6 
 仕事もひと段落した頃、課長に指定されていた時間が近づいてきたので彼女は喫茶店に向かうことにした。 
横断歩道をわたり少しするともう川沿いだ。この川は石橋群で有名である。川沿いには観光客が休めるよう店も多い。 
今回呼ばれた喫茶店もその中のひとつである。 
とはいっても雑誌で取り上げられるような店ではなく、小さく、静かな、地元の店といった趣の店である。 
 珈琲がとても美味しい店でもある。彼女は別の警察署勤務からN県警の現在の課に所属になってからは、かなりの頻度でこの店に通っている。他の刑事には賛否両論の店だが、自分は少なくともN市1、いや日本でいちばん美味しい店だと思っている。 
だいたい人の好みなんて違うんだから、自分がここは日本一だと思えばその時点で日本一の店なのよ、と彼女は思っているので、 
否のほうの意見はまったく耳に入っていない。ただし、自分でこの店は美味しいと触れ込むことも無い。 
ただただ通うだけであるし、世間には知られたくないとさえ思っている。彼女だけの専用の店になればいいのにとまでは思っていないようだが。 
 課長もこの店のファンの一人であるようだ。実際店で会うこともよくある。その時は、なるべくにこやかにすごすようにしている。 
にこやかに、にこやかに。 
逆にそれが課長には不気味に写ってるとも知らず、今日も喫茶店についったときからにこやかモードのスイッチを押していた。 
 しばらくすると課長が喫茶店に入ってきた。 
課長は別にはげてるわけでもなく、中年太りが激しいわけでもなく、眼鏡かけてるわけでもなく、 
そこらへんにいる人とは違い少し筋肉質な体をもつ刑事としては理想的な人であった。柔道の有段者であり、抜群の判断力も備えている。 
だが彼女に押されてることからもわかるとおり人がよすぎるのが弱点である。 
そのため、抜群の判断力も宝の持ち腐れとなっている。が、仕事で鬼になったときの指示出しは完璧である。 
いつもそうであればと思う人は多いが課長の人の良さで得をしていることも多いので誰も口には出さない。 
さてその鬼モードになったときの課長だが、判断にいっぺんの迷いも無く、それでいて的確な指示を出来る頼れる上司である。 
しかしそれ以外となると、他人優先が強く出すぎてしまいうまく判断できなくなってしまう。 
 彼はそれゆえどうにも頼りない印象を他の課の刑事にもたれてしまっていた。彼女はそのことについて赴任当初かに気づいていた。 
いや、気づいてたというより自然と感じていたというべきか。 
 彼女が今回強気に出たのもそんな感触を持っていた故であり、決して怒りからではなかった。 
だがやはり半分は天然での行動であり、後付でこうすればうまく行くだろうと考えるのが彼女である。 
今回も最初のほうには課長を軽く脅すなんてことは考えてなかった。あくまで後付である。 
 しかし彼女はそんなことはすっかり忘れている。最初から考えていたと思っている。 
彼女は常に自信に満ち溢れているように見えるらしいが、このような思考体系が自信があるように見えるゆえんだろう。 
実際のところはそこまで彼女は自信があるわけではない。むしろ強がりなほうだろう。 
彼女は常に気を張っている。男だらけの職場で負けないように、職場で気を緩めることは無い。 
服装にも気を使っている。他人に文句は言わせない。言われたくないから、言わせない。事実言われたことはない。 
この点に置いては彼女は自信を持っている。 
 しばらくすると課長が店に入ってきた。小さな店だが場所を知らせるように手を振る。課長はすぐに気づきこっちに向かってきた。 
「すまんね。こがんとこに呼び出して。」 


112 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:58:52 ID:85365FQ6 
 課長は部下と二人だけになると方言がひどくなる。普段課にいるときはそんなことも無い。しかし課をはなれると、とたんに方言だらけになる。 
他の同僚に聞いてもそうらしいので、普段は意識して使わないようにしているのだろう。 
「それで、課長、お話と言うのは?」 
「まぁまぁ、まずは落ち着かんね。コーヒーもまだたのんどらん。店員さーん。コーヒー、ホットで。」 
彼女は気がはやっていた。課長がコーヒーを頼む時間さえもったいないような気がしていた。 
 辞令に不満があるわけではなかった。だが、何か不穏な空気を一度感じてしまった時点で、 
彼女のなかの何かがうずき続けていた。この不穏な空気をどうにかしろと。早く、一刻も早く、と。 
「うん、今回の件だが…結論から言ってしまえば、君をおろさざるを得なかった、というこ…」 
「どういうことです!?」 
「人の話ば落ち着いて聞かんね…うんまぁでもさえぎられたとはいえ結論はわかってくれたと思う」 
「だからどういうことかと聞いてるんです!」 
「落ち着かんね。ここは署じゃなかとやけん。周りのお客さんとかびっくりしとるたい」 
 彼女が課長に言われまわりを見渡すと周りのお客さんがびくびくしながら彼女達のほうを 
見ていた。 
 彼女はかなり取り乱していた。自分でもらしくないなと感じていた。深呼吸。息を整え、落ち着きを取り戻す。 
「それで、なぜ、私を外さざるを得なかったと?」 
「このごろ休みとっとる?」 
「え…と…」 
彼女は考えてみた。そういえば、最近は課の管轄外であるような事件にも手を出していた。 
主に女性警官が手がけてる物には積極的に手を貸していた。そのため毎日残業。休みなんて確かにここ最近とってなかったような気がする。 
「取ってない気が…します」 
「やろう?ここ最近よう働いとったけん、心配しとっとさ。いつか倒れんやろかと。」 
「心配要りません。私はまだ20代。十分若いです。体力もみなぎっています。お心遣いはありがたいのですが…」 
「本人は大丈夫って言っても実際はどうやろか?まぁここらで一度小休止してみんね。 
この事件、市長が撃たれてる犯人が捕まってるとはいえ、背後関係をつかむのには結構な労力がかかるだろう 
。そがんとの捜査入れたら、また疲れがたまってしまう。もしかしたら今までとは比にならないね。 
やけん、上司としては絶対に入れられん。そういうことだ。」 
課長の言葉一つ一つには重みがあり彼女は何も言い返せなくなった。 
「そうですか…残念です」 
「言いたいことはわかるさ。このごろ男にあんまりいい目で見られとらんけんその圧力の合ったと思っとるとやろ」 


113 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 18:59:49 ID:85365FQ6 
「!!」 
「わからんとでも思うとったと?まぁあそこまで言ってると、言われてるほうもさすがに怒りたくはなると思うが…」 
「課長は…課長はどう思ってるのですか?」 
「何を?」 
「その…私の事」 
「優秀な部下さ。確実に仕事をこなしてくれる頼りになる、ね。いい部下をもってると思ってるよ。これでもまだ一年目で若い。 
将来はうちの課のエースになってほしいって思ってる。他の連中も一緒さ」 
「じゃぁ…」 
「どうして影で何か言うのかって言いたかとやろうけど、まぁあれさ、敬意さ。」 
「敬意?」 
「そう、敬意。みんな驚いとっとさ。一年目でこがん結果ば出すとは思うとらんやったけん。 
おいたちも頑張らんばって思って自分の事を奮い立たせよっとさ」 
「わからないです…さっぱり」 
「わからんやろうね。でもこれが男ってもんよ。そこは耐えてほしい」 
「…でも」 
「あぁもうわからんとね?課の連中はあんたの事は信頼しとる。もう、この話は終わり。よか?」 
課長は厳しい口調で、でも顔は穏やかな笑顔で言った。彼女の完全に思い違いであり、負けである。そのことを彼女は自分自身で認めた。 
「はい、ありがとうございます。」 
まったくこの課長は頼りになるのかならないのかはっきりしてほしいと彼女は思った。でも今はため息ではなく笑みがこぼれる。 
苦笑い気味の笑いが、自然と。 
「何がおかしかと?」 
「課長って方言すごいですよねぇ、課では普通に標準語なのに」 
「あぁもう仕事中は方言はださんごと訓練しとるからね、でんとよ。 
でも普段はこのとおり。本当は普段も標準語にしたかとやけど、どがんしようもなかとさね。」 
課長も苦笑い気味に語った。 ふたりの少し抑え気味の笑い声が店内に響いた。 
「課長!本日はすいませんでした。ここら辺で帰ることに…」 
「あぁ~ちょっと待たんね」 
彼女は席から立ち上がろうとしたところで課長に呼び止められた。 
「何でしょうか?」 
「実言うと君にはまだ言ってないことが…う~ん」 
課長の署での何かあるような雰囲気が戻ってきていた。彼女は少し不安になった。 
さっきの話題以外に何か言いにくいことがあるとは想定外だったからだ。彼女は課長に尋ねてみた。 
「あの、はっきり言ってしまわれたほうが…こちらとしてもいいですし…」 
課長は本当に重たそうな口を開き答えた。 
「君にはパートナーがつくんだよ。正確に言うと今回の事件でもう一人刑事が外れる」 


114 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 19:01:20 ID:85365FQ6 
彼女はなぜ課長が重々しく言うのかわからなかった。ただだれかと組めというだけなのに。 
「あら。そうなんですか。誰なんですか?私と組む人は」 
「…怒らんよ」 
「怒りませんよ。何をそんなにビクビクしているのですか?」 
「じゃぁ言うよ。君は増田君と組んでもらう。2人で事件等が起きたら解決のために働いてもらうということだ。 
期間はとりあえず市長銃撃事件の捜査がある程度落ち着くまでだ。もう一度言うけどこれは辞令ね。」 
その名が、辞令が告げられた瞬間、彼女の中の時間が止まった。事態が飲み込めない。 
「私が…組むのは…増田君…? 
へぇ…っていったいどういうことですか!!!!!!!!!!!!!!」 
「…ほら怒った。だから言いとぉなかったっさ…」 
課長がぼやく。しかし彼女ははぼやけない。いったいなんであんな奴と組む羽目になってるのか。 
いったいどういうことなのか、彼女にはまったくわからなかった。増田君というのは署内一のトラブルメーカーで有名な男だった。 
そんな彼を押し付けられた…そう考えると彼女のなかで怒りが生まれてきていた。 
「お断りします!そのような辞令、受け取れません!」 
机を叩きながら彼女は激しく抗議する。 
「いやまぁそういわんで。貴重な体験だと思って…」 
「何が貴重なんですか!あんなのと組んでプラスになることなんてあると思うんですか!?プラスになることなんて、何もないでしょう!?」 
彼女の言葉は憤りと嫌悪にあふれていた。まるで、この世の終わりがきたかのような振る舞い。 
静かな喫茶店の中では異質な空気が2人の間では流れていた。 
「それはやってみないとわからんとじゃなかかなぁ。意外にうまく…」 
「行きません。万に一つもそういう可能性はありません。」 
彼女の拒否反応はすさまじいものだった。 
課長のなだめるための言葉を言ってしまう前からさえぎってばっさりと否定するほど素早い反応で、抗議している。 
まさにヒステリーとはこのことなのだろうかと課長は思った。だがどうしていいかはわからない。しかたなかうなんとかなだめようとすることにした。 
「いやまぁね。決め付けはいかんよ。決め付けは。彼だって一人の刑事だよ。とても仕事熱心な」 
「あれは仕事熱心とはいいません。ただ邪魔しているだけです。」 
だが彼女はきっぱりと言い放つ。課長も負けずに反論するが、その口調は人柄が出てか、穏やかなものであった。 
そのため彼女に圧倒されてるような印象になってしまう。 
「まぁ確かに邪魔になることは多いが…彼は彼なりに頑張っているとじゃなかと?」 
「無能な人間は動かないほうが有益です」 
冷たい直子。暖かい課長。二人の出すオーラはあまりにも相対するものであった。 


115 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 19:02:53 ID:85365FQ6 
「彼は有能だとおもうけどなぁ…まぁ性格面に問題あるのは否定しないが。」 
課長はあくまで穏やかな物言いである。まるでなだめるように、しかしうまくかわしながら反論する。 
しかしわずかな隙も彼女は見逃そうとしない。そこにほころびがあるかも?と思ったら迷わずに突っ込むのが直子の持ち味だ。 
だからこそ、他人が思いつかないような着想を得。事件の解決へと導くのだ。 
また引くのも速い。ここまで問題がさほど発生していないのも、未然に防ぎきってるからだ。 
彼女は流れを読むことを得意とするとも言われる。こと事件捜査においてはそうだ。 
ここぞというときの判断は課長以上のものがあるとも評判である。 
このときもそうだ。このまま課長を説得できる流れが来たと彼女は感づいた。 
「問題がある時点で、もはや有能とはいえません。有能な人間とは完璧でなければなりません。」 
この一言。意図は課長から譲歩を引き出すこと。そこを突いて一気に切り崩す。 
もっとも、今言ったことはただの彼女の持論であり、特にあいての事を考えていたわけではないのだが。 
だが課長も課長だ彼女の高圧的な言い方にもひるまずに課長は食いつく。 
「でもさ、それじゃ社会はうまく動かんとじゃなかと?」 
「なんでですか?」 
「完璧な人間なんてそういるわけじゃなかやろ?」 
「そうですが、なにか?」 
「君の理論ならば有能な人間しか働くな、ということになる。そうなると働ける人はとても少ない人数になるとじゃなか?そうなったらどがんすると?」 
「すこし意味が違います。私の理論ではそうなりません。」 
「じゃぁどがんなるとね?おいにはそがん風にしか聞こえんやったとやけど」 
課長の訛りはますます激しくなってきていた。 
「無能な人間も働きます。ただし、彼らは、多くの事を出来ません。だから与えられ役割もそれ相応なものになります。」 
ここまではまだ想定内。課長がここまで暗いついてくるとは思いもよらなかったが、だが反論は用意してある。 
否、彼女にとって反論の中身云々は本当はどうでもいい。要は相手を圧倒し、こちらのほうが少しでも正しいと思わせればよいのだ。 
その時点ですでに勝機は十分に見えている。あとは切り崩していくだけ。直子は課長の事だからこれで今回もうまく行くと思っていた。 
「果たしてそうかな?」 
ところが課長はなおも食いつく。まるで経験豊かな老人が若者に諭すように。実際彼女は若者であるのだが。課長は穏やかな口調で続ける。 
「有能か無能か評価を下すの誰かな? 
例えば仕事であれば上司、スポーツであれば監督、ファン…これはあくまで相手からみた視点での評価だろ? 
その人から見れば無能か有能かだけであり、その人の本質を表してるわけではない。」 
訛りが消えた。直子にとって初めての経験である。 
「えぇ、そうですわ。でもその人の一面を表すものではありますよね。」 
直子は苦しくなっていた。正直すぐにどうにでもなると高をくくってしまったのが間違いであった。なにも考えていなかった。 
このぐらいの質問、来ることぐらい想定できたはず。でも今回は…。ここから先はアドリブだ。 
だがそのうち脳がフル回転してきて、そのアドリブでも十分なものになるだろう。彼女はいまだわれに勝機はあり、と信じていた。 


116 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 19:06:27 ID:85365FQ6 
「そう一面を表すもの。でもそこには評価を下す人の恣意が加わることも加味しなければならない。」 
「しかし大多数から下された評価であれば?恣意などで大多数の意見を纏め上げることが出来るでしょうか?」 
彼女はとにかく質問攻めをすることにした。いつかは相手が答えに行き詰る。そのときを待って。だが課長は行き詰らない。 
まっすぐに、ぶれた形跡もみぜず、回答する。 
「出来る。君は郵政選挙というものを見ただろう?あれがまさにいい例だ。あの選挙は争点意図的に作られた選挙だ。 
そして見事に大衆はその争点のみを見てくれた。小泉純一郎の勝利でもあったが、あれはマスコミの勝利だ。 
まだ利用価値があるとおもわせたマスコミのな。あの時、いわゆる郵政造反組は悪役にされ、そして敗北したものもいた。 
悲劇のヒロインになり勝利したものもいた。マスコミが報じた姿がそのまま評価になる、そして結果に出る。 
誘導されたとは知らずにな。ま、所詮大衆の評価なんてそんなもんだ。簡単に誘導できる。」 
堂々とした立ち振る舞い。その姿は彼女を困惑させる。そのことを表すように、彼女の口調から徐々に威圧感がなくなってきている。 
だが彼女はめげない。 
「それは論点ずらしです。今自分が言いたいのは」 
「結局彼と組みたくないってことだろ?」 
図星だ。ここまでうまく論点ずらしをしていたのは彼女のほうだ。回りくどい口調で相手を困惑させる。 
そうして撹乱しといてうまく結論を誘導する。そうして立ち回ってきた。が見破られた。 
よりにもよって、普段は敏腕と称されるのが嘘に思えるほど昼行灯としていた課長にである。 
「わかりました。努力します。」 
彼女はあきらめた。これ以上何かをすることはもはや無意味であると考えたのだ。これ以上の悪あがきをする必要は無い。 
人がいないといったって、結局その状況が一ヶ月以上続く尾は考えにくいし。彼女は楽観的に考えることにした。 
どうせたいした事件も舞い込んでこないだろうし、とも思っていた。 
しかしよくよく考えると今日は課長にやられっぱなしだ。頭が回ってないのかな、とでも言い訳したいほどに。 
課長も普段からこんな風にしっかりしてればなと彼女は思う。でもそうだったらそうだったで課の雰囲気が変わってしまうだろうなとも。 
今の課がうまく回ってるのは課長が表では昼行灯のような状態でありながら裏ではきちんと処理をする、仕事人であるから。 
表ではそこまで厳しくないゆえ、課は非常にのんびりした雰囲気に普段は包まれる。 
だが裏ではこうしてしっかりと話をする。軽率なミスは許さないし、指示通り動かず失敗しようものならとんでもないことになる。 
成果を挙げれば別だが。それゆえ、のんびりとしているとはいえ事件になると空気が変わる。 
九州では優秀なほうの部類に入るといわれるこの課はこの課長あってのものなのだ。今日負けたことも考えれば普通の事。 
勝てると思った自分が甘すぎたのだ。 
優秀とはいえその腕を発揮する機会にはあまり恵まれない。この市では確かに凶悪な事件も起こる。だが年に1回程度だ。 
今回の事件が起こってすぐに、またとんでもない事件が来るとは思えない。今 
回楽観的に見れたのも軽い事件なら自分ひとりでも何とかやれるという読みがあったからだ。 
そう自分一人でやれる程度ならば、相棒なんていてもいなくても問題ない。 
むしろいないほうが都合が良い現状、むしろ一人でやれる状況のほうが歓迎である。 
市民の皆さんよ、ここぞとばかりに暴れないでくれと思うのは自分勝手だろうが、彼女は心からそう願った。だがしかし、 
「そうか。まぁ留守の間よろしく頼むよ。特にちょっと厄介な案件がきていてな…でも君がいるなら安心だ。市長銃撃のほうに全力をまわせるよ。」 
彼女の期待を打ち破るかのような声が喫茶店に響いた。 


117 :Versprechung ◆UPiD9oBh4o [sage] :2007/09/20(木) 19:08:08 ID:85365FQ6 
声を出したのは課長である。 
課長は安堵しきった表情で彼女に伝えた。厄介な案件があると。 
彼女の時間が一瞬凍りついた。課長は何かの変な力が使えるのかと一瞬考えたほどだ。 
厄介な案件?なんですかそれは?彼女の頭の中は一気にクエスチョンマークに支配された。 
「課長…なんですか?その厄介な案件だというのは…」 
課長は彼女に尋ねられると、さっきまでの鮮烈な表情ではなく普段の少し弱気な、気のいい人の状態に戻り、少し言いにくそうに語った。 
「いやな…うちではちょっと忙しいから扱えない!ってつっぱねたんだが… 
向うは向うで、事件性がある、調べろってうるさいんだ。」 
彼女はたかに厄介な案件なんだろうなと感じた。人のいい課長が嫌がるのだ。よほどの事件に違いないとまで思っていた。 
「それで私達は何をすればいいのですか?」 
課長はしばし沈黙した後、簡潔に言い放った。 
「…人探しだ。」 
再び彼女の時間が止まった。 
「課長、いつから人探しがうちの仕事のなかに加えられたのですか?」 
「知らん。なんかどこも暇じゃないからうちは何人か残すよって言ったら押し付けてきたんだよ 
。まったくまだそれなりに若い子なんだからそのうち見つかると思うんだけどな。 
ほら、あるだろ?急に旅に出たり。自分探しのたび~なんか言っちゃって。」 
「ですよねぇ。で、どういう人なんですか?探すのは。」 
「ほい資料」 
課長に手渡されたのは捜索届けのコピーを含む数枚の資料だった。 
「大事にしとけよ?落としたらしゃれにならんから。」 
「…秀樹?」 
彼女の表情が一瞬にして曇った。 
「ん、知り合いか?」 
「え、えぇ幼馴染でして…でもまさか…」 
「ご近所さん?」 
「はい、結構近いですね。小学校も一緒でしたし。」 
「じゃぁなんで気づかんかったと?」 
「彼は今は一人暮らししてますから…でも…」 
彼女の言葉からは驚きと衝撃が混じった何かが感じられた。 
「へぇ。同じ市にすんどっとに一人暮らしね。まぁ親御さんも裕福かごたんけんよかとやろうけどさ。 
まぁとりあえずその彼、宮田秀樹が連絡もなしにいなくなったらしい。というわけで探してくれ」 
「探してくれって何の手がかりもなしに?」 
「手がかりはいつも用意されてるわけじゃないやろ。自分で探さなんばいかんとよ?言わんでもわかっとるやろうけど。 
まぁこういうのをやってくれというのも心苦しいが、まぁ数日たったらひょっと出てくるとも思うし気楽にやってよかよ。 
心情としては少し気楽にはなれんやろうけど。」 
課長は当初はそこまで真面目にはやてくれなくてもいい、と思っていた。人探し程度、軽めにやってもらって、 
本来やるべき課の仕事が空き次第、引き継いでもらえばいいや、と考えていた。 
しかしここで一つ誤算。行方不明者は彼女の知り合い、しかも幼馴染的な存在のようだあるということ。これは驚きの事実である。 
彼女の性格からしてこの事案、本気で取り掛かるだろう。 
他に本来この課がやるべき事件がこの期間で起きた場合彼女はどうするのだろうか?また自分達が市長銃撃から戻った後は…? 
本来やるべき課から引継ぎを求められた場合は…? 
課長は少し迷った。この人探しをやることをいまから不許可にするかどうかで。 
この事案は本来ならこの課がやることではない。ただ人がいるから頼んでみようか、と請け負っただけである。 
こちらで不許可にして、その請け負った先の課には暇じゃなかったと報告すれば済む話である。しかし、探し人は… 
「課長、やらせてください」 
課長の思考を断つように彼女が言う。 
「この馬鹿を、私が探して説教してやりますよ。どこ行ってたんだとね。人を心配させた代償はきっちり払ってもらいます。」 
彼女の言葉にはもう驚きや困惑の色はなく力強さにみなぎっていた。 



720 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:24:34 ID:pt9aC4SE ? 
このように喫茶店で決意したのが昨日のこと。 
そして今日から本格的に捜索を始めようというところだった。 
朝。初夏の清清しい空気が心地よい頃に彼女、直子は気合を入れて署に出てきた。 
課せられたのは幼馴染の捜索。直子は彼についてよく知っている。 
幼稚園の頃からいつも仲良くしていたグループの中の一人で、他のみんなと同様とても仲がよかった。 
今でも彼や、そのほか仲間達と直子はよく会う。彼は一人暮らしを始めたので今は近所ではないが、呼べば都合が合う限りはやってきてくれる。 
基本的に優しい。でも理屈っぽ過ぎる面があり少し頭が固いかなと思うときもある。でも悪いやつではないというのが彼女の評価である。 
さて、人物評はさておき、直子は今回の事案をどうするか考えることにした。が、いかんせん情報が不足している感が否めない。 
そもそも方針すらも固まっていない。仕方がない、まずは相棒に指定された増田と相談しよう、と直子は決めた。 
相談してどうなるかはわからないが、とりあえずはやってみなければわからない。きっと彼だって、言えばわかってくれる。 
明美はそう昨晩決心したので迷いはなかった。 
決意の表情で廊下を歩いてると直子は同僚の刑事に会った。 
「おはようさん~」 
「おはようございます」 
「いや~大変なことになったみたいだね」 
「何がですか」 
「いやほら、君の相棒の事…」 
「あぁ……」 
やはり言われた。直子は言われないとは思っていなかった。なので驚きは無い。 
「辞令ですから仕方ありません」 
「だよね~うん、速めに事件どうにかするから少しの間よろしく、ね」 
彼の”ね”、のニュアンスの中には哀願が含まれていた。彼はよく増田に難癖を吹っかけられてる。 
増田が言ってくることには一理あるので難癖とは言いがたいのだが時に想像をぶっ飛んだことを言うので困る人が大勢いる。 
それゆえ彼と関わることを嫌がる人は多い。彼の話をいちいち聞くのは疲れることなのである。 
時間も取られる。それでいて、真面目に聞かなければ不機嫌になる。不機嫌な彼はまったく仕事をしない。普段からしないのがさらにしなくなる。 
さらにいちいち邪魔をしてくる。「自分が必要だろう?」と言わせたがってるかのように。 
しかもあきらめない。普通の人ならならそんなふてくされた状態もそんな長続きはしない。 
だが彼はあきらめない。この執念は見習わなければと明美は思っている。他の点は別だが。 
さて増田はこのような人間なので誰も仕事以外では極力関わりたがらない。 
仕事させないわけにも行かないから仕事のときは仕方ないと割り切っている。だがなるべくなら自分と一緒にすることはないようにと願っている。 
そう思ってる同僚の刑事から見れば、今回は直子が彼のお守りをうけてくれたのだ。 
皆、直子にはある種の感謝の気持ちを持っていた。直子にとっては迷惑極まりないのだが。 


721 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:25:09 ID:pt9aC4SE ? 
直子は多くの人から感謝のよう言葉を言われながら課の部屋に入り、すぐに増田の姿を探した。 
直子も増田の評判をかなり耳にしていた。少しの間だけ仕事を一緒に組んだこともある。 
だが本当に直接組むのは始めてである。以前は8人組みのチームの一人としてだった。2人組みは始めてである。 
これから増田のことについて知ることが多くあるだろうなと感じた。 
ろくでもないことを知るかもしれないかもね、とも思ったが。 
というわけで期待値は0。もうどうにでもなれ、であった。 
ところが増田の姿が見えない。彼の机にもいないし、給湯室にも見えない。 
直子は増田を見つけ切れなかった。そもそも普段増田がどこにいるか知らなかった。今までは現場で合流することがほとんど。 
署内での行動にはまったく興味がなかった。そのため普段増田がどこにいるかなんて知らなかった。 
「課長~」 
直子は課長に尋ねてみることにした。課長なら知っているだろうというある種期待感をもって。 
「なんだい?そろそろ出ようかと思ってたんだが」 
「増田君、どこにいるかわかりませんか?」 
「あれ、知らないの?」 
「はい」 
「彼はこういうときは資料室にいるよ。今回の事件と類似した事件がないか調べてるんじゃないかな?たぶんないと思うけどねぇ…」 
課長は苦笑いしながら答えた。 
「資料室?」 
「そうそう、いままでの資料があるところ。よく事件が起こった後なんかは彼は行くんだよ、 
資料を読みにね。プロファイリングだ~なんていいながらね。今回もそんな感じじゃないかな? 
ただの失踪だと思うけどねぇ…」 
課長は終始苦笑いのまま語る。 
「わかりました。資料室に行ってみます」 
「よろしく頼むよ」 
「はい、課長たちもお気をつけて」 
「はは、もう今回のは犯人探しじゃないからねぇ…勝手に捕まってくれたし、正直気をつけることはないけどね。まぁ背後関係の洗い出しに全力を注ぐ感じかな。 
なるべく早く終わらせるよ」 
「えぇ、では」 
「うん、じゃあ」 
課長は捜査員として数人を連れて行き、今回捕まった犯人が所属しているという会の本部を捜索しに行った。 
他の刑事もそれぞれ外回り。課には直子と増田ぐらいしかいなくなった。その彼も資料室らしい。 


722 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:26:01 ID:pt9aC4SE ? 
とりあえずは増田を探しに行くことにした。 
資料室ってどこだったっけ?と一瞬疑問に思ったがすぐに確か3階に部屋があったと思いなおした。 
正式名は資料保管室。たまに資料を取りに行くことがあった。しかし、とてもかび臭い部屋であんなところには長くいられないと直子は思っていた 
。実際一度多くの調べ物が有った時に長時間はいらなければならなかったことがあり、 
そのときは長い時間いられずちょくちょく外にでながら調べ物をした記憶が直子にはあった。 
そんな部屋にあえての長時間滞在とは直子は増田がどうしているのか不思議に思いながら資料室を訪ねた。 
コンコン。 
資料室をノックする音が響く。 
「増田君、いる~?」 
直子はドアを開けてたずねる。資料室は3階の廊下の奥にある。日当たりはそこまでよくなく、それゆえにかび臭い。 
資料の保存には適してないとおもうんだけどなぁ…と直子はこの部屋に入るたび思う。 
「ん~」 
返事が聞こえた。誰も間違いようのないいつも現場で聞こえるけだるそうな声。増田の声が直子の耳に入った。 
「どこにいるの~」 
直子が大声で尋ねる。そうでもしないと聞こえないような気がして。 
「ここ~」 
資料室はそこまで広いわけではないが、資料が所狭し並んでるのでごみごみした感じがある。そんななかで声で場所を指定されてもわかるわけがない。 
「ここじゃわからない。何列の戸棚にいるの?」 
「え~っと……H。」 
Hは入り口からそこそこ遠い。そんなところでなにやってるんだと直子は思いながら彼がいるというH列の棚に向かった。そして直子がH列で見たものは― 
多くの資料に囲まれてうなっている若い男の姿だった。 
増田はまだ若い。歳から言えば彼女と同期かほぼ同じくらいのはず。 
彼のほうがこの課に来るのは早かったが、それ以外は特に違いはない。 
「もうこんなに資料を漁って……何してるの?」 
「……こういうときはまず過去に似たような事件が無いか探すんだ」 
課長の言ったとおり彼は過去に類似な事件が無いか探しているらしい。 
「事件……?」 
だが彼が指している事件がなんなのかまったく直子にはつかめていなかった。 
彼女が聞いているのは秀樹探しの件だけである。 
「まずは類似の事件を探る。そしてその事件の犯人の行動を探るんだ。」 
「はぁ」 


723 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:27:17 ID:pt9aC4SE ? 
「いくつかあたっていけば必ず共通した行動が見つかる。その行動を基本として探れば、犯人が見つかる可能性も高くなる。これは基本だ。」 
「それはあなたにとってでしょう?」 
「いやいや、基本だよ基本。誰にとってもな。しかしまあ今回の事件はちょっと不可解すぎる。 
資料探しにしてもまだまだかかりそうだ」 
「あの、だから事件と言うのは?」 
直子は聞けなかった疑問をようやくぶつけることにした。 
そこに彼の返答が狭い資料室に響いた。 
「決まってるじゃないか。失踪事件だよ君の幼馴染の。もしかしたら拉致事件かもだけど」 
「はぁ?」 
直子は驚いた。えっと拉致?秀樹の事? 
「ちょっとまって。もしかしたら拉致ってどういうことよ?あれはただ秀樹がふらっとどこかに出かけたんじゃないの?あいつ一人旅とか結構やってたし。」 
増田のいきなりの発想に直子の頭はどうにかなりそうだった。拉致?どうしてそういった結論に至れるの?彼女の疑問はそこに集約されていた。 
直子も一応彼の失踪についての資料は目を通している。 
だが部屋も片付いていて、むしろ出かけた後のようであると評価されていたと記憶している。 
「ふむ、君は彼の部屋を直接見たかい?」 
「いえ」 
「じゃぁ見にいったほうがいい。非常に面白かった」 
「えっと、話が見えないんだけど」 
「うん、じゃぁ結論から言おう。彼の部屋は俺には不自然に見えた。」 
「えっと結論から言われても……」 
直子はちんぷんかんぷんだった。不自然?資料にはそんなことは書いてなくてむしろ… 
「片付いていたんだ。だから気味が悪かった」 
やはり直子にはなにを言ってるのかわからない。 
「うんじゃぁたとえば…旅行に行くとする。男の一人暮らしがだよ?そこで準備するよねぇ…」 
「それがどうかしたの」 
「部屋が完璧すぎたんだ。掃除も完璧、リモコン類も完璧…ごみすらなかった。仮に旅行に行くとしたら帰ってきた後出すものもあっただろう。 
量的な問題から言えば男の一人暮らしでそんなに頻繁に出さなければならないほどごみがたまることは無い。」 
「だから?」 
「怪しい」 
「そんな、ミステリーみたいな」 
「ありえないとでも?この世で本当に確率0みたいな事象は存在するのかな?有るとしても俺達はその事象を見つけられる領域まで来てるのかな?」 
「意味がわかりません」 
「つまりまだまだ俺達は知らないことが多すぎるってことさ」 


724 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:28:03 ID:pt9aC4SE ? 
「それとこれとは関係ない気がしますが」 
「関係ないかもしれない。関係あるかもしれない。とにかく俺はこの事件なにか嫌な感じがする」 
「なら関わらなければいいじゃないですか。虫の知らせは大事ですよ~。」 
直子にとって見れば余計なことまで首をつっこんで自分の邪魔をしては欲しくなかった。 
だが増田にとってはそんなことは関係ないらしい。 
「何を言ってるんだ?虎穴にはいらずんば虎児を得ずって言うだろ?嫌な感じはするが俺にはもっと…そう楽しい感じもする。手伝ってもらうぜ、相棒さん♪」 
直子はこのとき理解した。 
増田には何を言っても駄目なのかな……と。 
「まずは~やっぱり現場から~っと♪」 
歌いながら出て行く増田を直子は苦笑いしながら追いかけた。 

さて時と場所は変わって、この前日の夜、某所にて。 
宮田秀樹は焦っていた。 
(約束ってなんだ?俺はあいつと何か約束したか?思い出せない。最近会ったのがえ~と3月だから……でもあの時は……となるともっと前か?) 
秀樹は彼のことを監禁している彼女が指していた約束が何のことかいまだ思いだせていなかった。 
自分の解放条件であるのに思い出せない。思い出してしまえば、この状況からも脱出できる。 
そのことが彼をより焦らせた。早く解放されたいという思いが、思考の邪魔をしていた。 
と、そこに階段を降りてくる音が響いた。彼を監禁している張本人が食事を持ってきたようだ。 
もっとも彼の時間間隔はすでにおかしくなっている。ただ空腹だと感じていたのでそんな時間かなと思っただけである。 
ドアが開くと同時にカレーの匂いが部屋に立ち込めた。どうやら今回の食事はカレーらしい。 
「食事の時間よ」 
彼女のどこか冷たい声が響く。 
「腹が減ってたところだ、感謝するよ」 
「いーえ、これもあなたに”約束”を思い出してもらうため。どう?思い出した?」 
「いや、さっぱり」 
秀樹は手足は一応自由である。だが首輪と鎖によって行動は制限されている。 
首輪は鍵で開くようになっていて外すことはできない。その鍵は当然彼女が持っているわけだがどうやら持ち歩いているわけではないようだった。 
鎖も硬く、切れるようなものではない。そもそもそんな力は秀樹にはない。 
「そう……」 
彼女は至極残念そうに言った。 
「なぁ……その約束いつしたんだ……?それがわかれば思い出せると思うんだ。」 
秀樹はさっきからこのことばかりを考えていた。 


725 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:28:40 ID:pt9aC4SE ? 
内容云々よりもまずいつ約束をしたのか、なによりなぜ履行されてないのか。 
時期がわかれば内容も何故履行されなかったかもわかるかも、秀樹はそう考えていた。 
基本的に秀樹は約束は守る人間なので、履行されてないということは時期的に何か問題があったのかなと思った末の疑問だった。 
秀樹の中ではすでに予想は出来ていた。ただ確信がなかっただけだ。答え如何では一気に記憶のジグソーパズルが進むかもしれない。 
秀樹の期待は大きかった。ここまで約束を思い出すことに固執しているならば、きっと答えてくれると思ったから。 
「そうね…あれはまだ冬の残り香もあった3月の事だわ…」 
秀樹の読みどおり彼女は約束した時期を教えてくれた。 
最後に会ったのが3月。やはりあの時かと秀樹は確信した。 
しかし何を約束したのか思い出せない。酒も入ってたことだし勢いで言ってしまったのかもしれない。そうなると記憶にあるかどうかさえ不明瞭だ。 
だが……とりあえずは思い出すことにしようと決意した。 
早くここを出たいから。そう彼はとにかく自由を欲していた。窓もなく、食事は出るが行動の自由はない。 
彼女をどうにかすればいいのだろうが、彼女は武道の心得があり彼が少し抵抗したところで抑えこめられるのが落ちだった。 
もはや手段は思い出すか救出をまつしかなかった。 
「うん、ありがとう。頑張って思い出してみるよ」 
「そう……食べ終わったみたいね。また明日ね。何度も言うけど思い出してもらえればいいのよ、私は。だから……早く」 
「わかった。わかったから」 
「じゃあ……」 
ドアが開く。ドアの先は真っ暗でよくわからない。ドアが閉まった後に電気でもつけるのだろうか?彼は疑問に思ったがそんなことは今重要なことではなかった。 
空気が入れ替わる。この閉鎖的空間が開放される瞬間。 
秀樹にとってこの瞬間がたまらなく愛おしかった。 
だがその愛おしい瞬間はあくまで瞬間である。すぐに扉は閉ざされ、そして秀樹がいる部屋は完全に閉鎖される。その瞬間の絶望。 
愛おしさと、絶望の繰り返し。秀樹はどこまで自分がこの繰り返しに耐えられるか疑問に思いながらも床に就いた。 
もはや今が何時かすらわからない。ただ眠いから寝る。 
本能に従う生活にはやくも適応し始めた自分が秀樹は恐ろしかった。 
だが、それも仕方のないことのように思われた。ほかにすることもなく、一日中考えて、食べて、寝るだけ。 
情報も何も入ってこずただそうやって一日が過ぎていく。電気は消えない。常に明るい。異常だ。だが、その状態にすら慣れてきている。 
秀樹は日に日に自分を蝕んでいく不安と緊張 
にすでに押しつぶされそうになりながらも、今日も今日とて普段どおり襲い来る睡魔に身を委ねた。 


726 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:29:16 ID:pt9aC4SE ? 
彼女は月を見ていた。 
名月として称えられる秋ではなく初夏の、満月でもないありきたりな月を、物憂げな目で。その憂鬱の原因ははっきりしている。 
そう、さっきから彼女の脳内で渦巻いている疑問。何故?なぜ?why?とめどない”どうして”の理由は一つしかなかった。 
(どうして彼は思い出してくれないのかしら……) 
彼女も焦り始めていた。秀樹は”約束”を覚えているものと思っていたから。 
しかし彼は一向に思い出す気配がない。約束した季節を言っても思い出せないとなると本当におぼえてないのかもしれない。 
もし本当に覚えていなかったら彼女はどうすればいいか、次善策は考えてはいた。 
だがもう一度彼女は彼の口で言ってほしかった。彼女の願いはただそれだけなのだ。ほんの些細な、でも彼女にとっては大きな願い。 
その願いがかなわなくなる。それはそれで少し悲しいものが彼女にはあった。だがここで彼女の頭に一つの可能性が思い浮かんだ。 
(彼は本当は思い出してるんじゃない……?) 
彼女はこの突拍子も無い想像を最初は自嘲気味に考察してみた。 
だが段々とこの想像が実は当たってるんじゃないかと思えてきた。 
(どうして彼は思い出していたとして私にそのことを言えないでいるのかしら… 
いえない事情があるから……?そうかやっぱり……) 
彼女にはこの想像が正しいとするならば障害となっているであろう物に心当たりがあった。 
そう思うともうこの発想が事実としか思えなくなってしまう。彼女は自分を制御しようと試みる。 
次善策は用意してある。なのにそんな突発的な思考で今更…しかし彼女の思考はもはや制御できないところまで来ていた。 
陥落。彼女の脳は次の行動を一つだけ思い立った。そう本来なら考えたくもないような行動。でも彼女はその発想を受け入れた。否、受け入れたのではない。 
押し切られたのだ。もうその思考を止めるものはない。 
(そうね。やっぱり邪魔者は消さないと。) 
彼女は静かに、しかしながら強く決意した。 
消す―彼女が本来もっとも嫌う言葉。 
だが今の彼女にはもっとも自分を酔わせてくれそうな、甘く美しいすばらしい言葉。 
彼女がその言葉に身を任せ、決意をしたとき、ありきたりな月は魔性の月とかし、彼女の姿は弱々しいながらも妖しい月の光に照らされた外の世界の中で強く輝いていた。 
(そう、私はやるわ。私”達”の幸せのために。) 

思い込みがズレを生む。 
ズレは否応無しに大きくなる。 
そのズレを見逃せないものはズレを是正しようと決意する。 
その強い決意は運命を変える。 
運命が変われば世界も変わる。 
世界が変われば…何が変わる? 


727 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:30:11 ID:pt9aC4SE ? 
                                      くだらない幕間 

「はい、冒頭終わりだよ」 
奈津子の声が響く。もうお茶を何杯飲んだかわからない。 
ちょっとけだるい感じもする。もう夕方だ。腹も減ってきている。 
「とりあえず頭の中整理させてくれ。主人公は女刑事…えーと直子とか言うのだっけ?」 
「そうよ」 
「んでその幼馴染の秀樹ってのがさらわれてるんだが、まだ気づかれてない。とりあえず秀樹の事を探すために増田ってのと組んで…でまぁ次から動き始めるのか」 
「そうそう。次からはもっと急展開になるはずよ」 
奈津子は目を輝かせながら言った。確かに今回の話はほとんどが登場人物紹介に費やされてたきがする。ん… 
「まだ人物は登場するよな?幼馴染のグループのやつとか」 
「出てくるわよ。もう慎ちゃんそんなに焦らない♪」 
猫なで声で奈津子は言ってくる。何も焦ってはいないのだが。 
「文句を言っていいか」 
「どうぞ」 
「文法、表現がところどころおかしい気がするのだが?」 
「そんなの気にしたら負けよ」 
「途中から表記が変わってる気もするが」 
じとっとした目で奈津子がこちらを睨んできた。さすがに言い過ぎたか。やばい。 
「うん、でもまぁ奈津子が作った話だしな、最初からそんなにうまく表現できるわけでもないし段々うまくなると期待しておくよ」 
一応フォローを入れておく。一応だ。 
「うん!期待してて」 
俺の焦りをよそに奈津子はこの一言ですぐに笑顔に戻った。こうして考えると素直でとてもいい子に見えるかもしれない。 
だが実情は違う。あーちがうね。ただの気分屋さ。こうしてご機嫌とっとかないと大変なんだ。 
笑ってない顔は、可愛くないしな。そんな顔、見たくもないし。 
「そうそう、ヤンデレについての講釈だったな元のテーマは。今のところはその成分が薄めじゃないかえ?それらしきシーンも少ないし…」 
「そうね、中から見るんだったらその辺のアニメを見てればわかると思うわ。今回の話の肝はね…外から目線のヤンデレよ!」 
奈津子は指をびしっと突き出しながら高らかに言い放った。だが俺にはよくわからない。 
「外から目線?」 
「そう、外から見たときの怖さよ。理解できないからふりまわされる、勘違いを起こす。そんな話よ」 
言ってることが俺にはよくわからんが…まぁ要するにヤンデレな娘が起こす事件が外からはどう映るかということなんだろう。そうとしか読めない。 


728 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:30:46 ID:pt9aC4SE ? 
まぁこれから事件が起こってくるんだろう。話が進めば謎の女の正体も自ずとわかるはずさ。 
そんなに難しい話を用意しているとは思えんしな。しかし……腹減ったな。 
「そういえば慎ちゃんご飯どうする?」 
「ん、今それを考えてたところだ。そうだな…食ってから帰るかな明後日学校だし」 
「……そう帰っちゃうんだ」 
奈津子から心なしか暗いものが見えてくる…これはまずいのか、帰ったらまずいのか? 
「いやほら続きはさ、また今度聞くよ。一気に聴いたらよくわからなくなるし」 
「そう。それじゃとりあえずご飯作るね…」 
「お願いするぜ」 
「少し時間かかるから……」 
と言い残しキッチンに奈津子は向かった。時間がかかるというと煮物か何かか?と考えた瞬間俺の意識がグラっときた。なんだ……どうした俺……? 
と、奈津子が戻ってきてぽつりと言った…… 
「慎ちゃんがそう言うのわかってたから……ごめんね、ご飯は起きてから……」 
その言葉を聴いたっきり俺の記憶は途切れた。 
そして次に目を覚ましたのは夜の11時。最後に俺が確認した時間が夕方の7時くらいだから思いのほか意識を失ってた時間は短かったようだ。 
参ったな、これじゃ終電じゃないか…どうしよう。 
ってそんなことじゃなくて…場所は奈津子の部屋のままだな。ということはあの話みたいに拉致られけでもないようだ。 
当たり前だが。俺がいろいろと状況を確認しているそんなところに出来た料理をもって奈津子が部屋に入ってきた。 
とてもいい匂いがする。あいつ料理の腕上げたな……じゃなくて…… 
「あ、おはよう♪」 
「おはようじゃねぇよ…なにを混ぜた、どこに混ぜた」 
おそらく奈津子が何かを混ぜたのは間違いない。俺は確信を持ってたずねた。 
「眠剤を飲んでたお茶に」 
予想通り、睡眠導入剤を混ぜていた。 
「なんてことを…」 
「やっちゃったZE☆」 
舌をペロッと出してウインクしながらけろっと言い放った。ちくしょう可愛いじゃねぇか。 
「やっちゃったぜじゃない!やれやれ帰ってほしくないなら帰るなといえば…」 
「帰るじゃん、それでも」 
うぐ…反論できない…いやまぁしかたないか。今までそうやって逃げ回ってたわけだし。 
実際この睡眠導入剤も一度俺が帰るために使ったものがばれて没収されたものだった。 
自業自得。これほどこの言葉が似合う状況に出会うとは思ってもいなかった。それにしてもここまで帰らせようとしないとは夕食には相当の自信がるのだろう。 
「んで、なに作ったんだ?」 


729 :Versprechung [sage] :2008/08/18(月) 19:31:19 ID:pt9aC4SE ? 
「肉じゃが♪この日のために材料買っておいたんだ。でも慎ちゃん帰っちゃたらこんなに時間かけたのが駄目になっちゃうし……」 
この匂いの正体は肉じゃがだった。これまた家庭的なものを作ったもんだ。だがそれとこれとは別。言うべきことは言わねば。 
「だからって何も言わず睡眠薬かよ」 
「てへ♪」 
あーやっぱ可愛い。じゃなくて、さっさと食べないとな。 
「……はぁ……とりあえずうまいんだろ?冷めたらまずくなる食べるぞ」 
「うん」 
やれやれ。俺はいつまでこの笑顔に騙されることになるんだろうな。 
まぁいい。今のところ特に被害も受けてないしな。騙されるのも悪くはないさ。 
「ねぇ慎ちゃん」 
奈津子が輝いた目で聞いてきた。 
「慎ちゃんはなにかわかった?さっき頭の中整理してたでしょ?」 
「なんにも。登場人物も全部出てきていない。ヒントも出てきていない。現状、その拉致られた男の知り合い関係やらなんやら全部洗わないとだめだろうな。 
話の流れからして知り合いみたいだし。でも今はまだピースが少なすぎる」 
「だよねー」 
「じゃぁなんだ」 
奈津子の意図が読めなかった。俺の頭の中はさっき奈津子に言ったとおりだ。 
奈津子もそれを承知。ならなんで?と。 
「うん。慎ちゃんしっかり話し聞いてくれてるんだなーって」 
おれの至極当然な疑問に返ってきた答えはこれまた普通の答えだった。 
「当たり前だ。聞いてないとでも?」 
「ううん。でも……」 
「でも?」 
「嬉しい♪」 
そういって奈津子は抱きついてきた。 
「でね、続きがあるの、聞いてくれるよね?」 
「あーはいはい。聞くよ」 
生返事。さすがに寝起きなのでだるい。 
「だめ。やり直し」 
だが奈津子は許してくれなかった。仕方がない・ 
「奈津子様のありがたいお話をお聞かせいただきとうございます」 
「よろしい」 
そういうと奈津子は俺から離れて続きを話し始めた。 

さて今日は寝かせてくれるのかね、まったく。