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第八話『ロールアウト・鉄槌』」(2008/10/14 (火) 14:00:22) の最新版変更点

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83 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:43:59 ID:M7IGTwYl 第八話『ロールアウト・鉄槌』 「ここが、トウキョウか……」 金髪の少女はきょろきょろと周囲を見渡す。 人、人、人。そして、人。 どこを見ても人ばかり。人口密度の高さは数値では知っていたが、これほどのものとは。頭ではなく感覚が悲鳴をあげそうだ。 「(これでは、誰が敵かもわからんな。急な発砲に対処しきれるか……)」 日本において発砲の可能性など無視してもかまわないほどに小さなものなのだが、彼女の育った環境ではその常識は通用しない。 銃の所持が許可されていた場所で育ったという意味もある、しかし、彼女の場合は大いに『使用する場面』で育った。 「(高いビルばかりだ。空が隠されている)」 こんな所で暮らす人々は、さぞ湿っぽいやつらなのだろうと思い、周囲の人間達を観察する。 思い通り。 どいつもこいつも、目に光が灯っていなかった。強い意志、未来への希望、そんなもん、ゴミほどにも思っていない連中ばかり。 一日一日を『戦場』などと嘯いて、本当の戦いも知らずにただ社会の波に飲まれていく。 金髪の少女に言わせれば、それらは人間というよりもむしろクラゲだった。骨がない。 もちろん、夢や希望をもつ若者たちの姿もいくつか見受けられる。楽しそうに今を生きている。 いつかかなえたい夢があるから、未来があるから。そのために努力し、今を生きている。前に進んでいる。 ――だがそれは、夢という言葉そのものに呪われただけだ。 金髪の少女は落胆した。 この街の人間は、誰一人『覚悟』を決めていない。前に進むために傷付いていく覚悟を。 夢や希望や、未来や真実、正義。そんな口当たりや耳に心地がよい言葉の魔力に吸い込まれているだけだ。世界の本当の姿を見ていない。 綺麗な言葉で自分自身を飾っても、それはただのメッキだ。ちょっと雨が降れば、はがれていく。 本当に強くなる道は、自らのこころの中にしか眠っていない。誰かに与えられるものではない。 「(こんなに弱い人間ばかりの場所に、本当に『コントラクター』がいるのか……?)」 疑いすら持つ。 しかし、この情報は教団関係の確かな筋から手に入れたものであったし、それに――。 「(キョウトで会ったあの『ワイヤード』も、トウキョウに来ている……)」 そう。 ――十年前、教団が始めて捕獲、分析に成功したワイヤード『西又 イロリ』が、この東京に。 84 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:44:30 ID:M7IGTwYl 「3ゲーム先取でいいよね、ナギちゃん」 「かまわん。こい、イロリ」 ナギとイロリ、二人の闘気がコート上でぶつかり、拮抗していた。どちらも引く様子はない。完全に互角だ。 千歳はこの状況に素直に驚かざるを得なかった。 昔知っていたイロリからなにも変わらないどころか、さらにパワーをあげていること。 そして―― 「ラブ・ラブ・サーブ!!」 「ふん、ハエが止まるぞ」 ――ナギが本気になっている所を初めて見た。 ナギは軽々と数回のステップで波動球に追いつき、ラケットをコンパクトに振り切った。 その細腕で返せるのかとみな疑問だったが、ナギは右腕を全く伸ばさずに左手で支えながら身体全体を半回転させることによって見事にレシーブした。 しかし、その珠のスピードはもちろん遅い。やまなりのチャンスボールとしてイロリのコートに返った。 イロリは目を光らせ、前進しつつジャンプする。 「いただきだよ!」 スマッシュ。 200キロを超えているのではないだろうかと思われる強力なボールがナギのコート、右奥のラインギリギリに向かって高速で飛来した。 ナギは逆側の前に出ている。間に合うわけがない。 ――と、誰もが思った。 「ふっ!」 ナギが息を吐き、走り出す姿勢になる。 そして、その場にいる全員が目を疑った。 「(瞬間移動!?)」 ナギは走り出す姿勢をとったとほぼ同時にコートの真反対を襲っていた高速のボールを追い越し、逆に待ち構える体勢をとっていた。 イロリの目をもってしても、瞬間移動にしか思えなかった。 「がら空きだ」 イロリは前に出ていた。さらに、今しがたスマッシュから着地したところである。 その頭上を、悠々とナギが打ったボールが通過した。素人らしい、コントロールのために威力を捨てた軽い珠である。 「お前のスマッシュが速過ぎたな。それに、ジャンプも高すぎた。返球されるまでに着地できないとは」 「そんな……」 85 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:45:08 ID:M7IGTwYl イロリの驚愕は大きい。 テニスの技術や経験では絶対に勝っている。それは断言できる。 今回のラリー、イロリは200キロ以上の珠を二球打ち込んだ。大して、ナギは軽い珠を二球打っただけ。 フォームや球種、コントロールは絶対にイロリが勝っていた。 「(……それなのに、ナギちゃんに、圧倒された……? 『ワイヤード』の私が……?)」 ナギの瞬間移動は正直予想外だが、身体能力自体が問題なのではない。 ナギの精神力と、『闘いの感性』の強さに、イロリは圧倒されたのだ。 「おい、イロリ。お前、やっぱりまだ弱すぎるぞ」 「うん、私は、私は……ナギちゃんに、勝てな――」 「イロリー!!!」 二人の会話に、大声で割り込むものがいた。 「ちーちゃん……?」 千歳である。 「お前、いつからそんなに諦め早くなった?」 「でも、ナギちゃんは……ちーちゃんも、ナギちゃんのこと……」 「はぁー? 馬鹿がいうことは聞こえんね。俺は強い女の方が好みだがな」 千歳はわざと意地悪く、軽軽しく言う。 「相手がちょっと強いとすぐ諦める。昔からのお前の癖だ。……信じろよ、お前自信を。俺はお前を信じるぜ」 「ちーちゃん……!」 イロリの顔がみるみる明るくなる。 「うんっ! 私も、ちーちゃんが信じる私を信じる!」 「その意気だ……いっちゃん」 千歳がぐっと親指をたてると、イロリもにっこりと微笑んで親指を立てた。 「……ちーとーせー」 「千歳君、君ねぇ」 「鷹野……てめぇ」 「千歳さん、あなたという人は……」 クラスメイト達の目が凶暴に光っていることに、千歳は気付いた。 86 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:45:38 ID:M7IGTwYl 「な、なんだよお前ら」 クラスメイト達(主に男子)が爆発した。 「なんだとはなんだ! くそっ、お前ばっかり、お前ばっかり!!」 「ナギちゃんという子がいながら、あれほどの逸材を……お前マジ死刑!」 「いつの間にあんないい雰囲気になったんだよ! くそっ、まさか昨日いきなり一夜をともに……」 「千歳さんマジでいつか刺されますよ!」 ぶーぶーとうるさくまくし立てる。千歳は思わず耳を塞いだ。 「あーあー、キコエナーイ」 「でも、今回でよく学んだよ」 いつの間にか隣に彦馬が戻ってきていた。 「彦馬、お前生きて……」 「勝手に殺さないでよ! 親友じゃん!?」 「お前その座は早くもイロリに奪われたろうが」 「え、マジ!?」 「いや、安心しろ。お前は俺専用のパシリとして活躍してもらう」 「そんな~」 「嘘だっつの。それで、何を学んだって?」 「いや、今までは君のこと、ラッキーなだけの男だと思ってたんだけどね、それ、僕の思い上がりだったよ」 「はぁ?」 「千歳はやっぱり、凄いやつだってことさ」 「……さっぱりわからん」 87 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:46:09 ID:M7IGTwYl そうこうしているうちに、試合は進んでいた。 ゲームは、イロリが一ゲーム、ナギが二ゲームを取っていた。 「やっぱりナギちゃん、強いね。はじめて見たよ、本気なのは」 「俺もだ」 ナギの動きは明らかにイロリを圧倒していた。 瞬間移動かと思われたナギの動きは、何度か見て目が慣れてきてわかったが、素早いステップと重心の見事な移動による『縮地法』のようなものであると分かった。 これは武術の経験がある千歳にしかわからないことだったろうが、そろそろイロリにも見えていることだろう。 「そこっ!」 イロリの高速ショットがナギのコートを刺した。 イロリにさらに1ゲームカウントが追加される。並んだ。 「イロリも、ナギの動きに一球ごとに対応し始めてやがる。ナギの動きは速いが、テニスの地力の差が出始めたな」 「……千歳、なんか嬉しそうだね」 「そんなことねーよ」 「いや、嬉しそうだって。幼なじみとの距離が近まってくって感じてるみたいな」 「……そうかもな」 昔もこういうことが何度かあった。千歳は、少しずつだが確実に成長する力を持つイロリのバイタリティを尊敬していた。 今も、その力はイロリの中にある。千歳には嬉しいことだった。イロリがまたひとつ、近くに感じられる。 ……そして、30-40。ナギのマッチポイントとなった。 「残念だったな。次で勝たせてもらう」 「そうはいかないよ……ちーちゃんが、見てるんだから。私の、一番大切な人が……見てくれてるんだから。『誇り』に懸けて、無様な姿は見せられない」 「ふん、いくら言葉を重ねようが、それは『できなくては』意味がないぞ」 「なら、見せてあげるよ。ナギちゃんが天地を砕く剛力を持っていても絶対に砕くことのできない、この『愛の心』を!!」 ボールを握り締め、イロリはナギに目を向けた。 「(……あいつ、なんという闘気だ)」 この闘いの中で、明らかにその力を増している。ナギともともと互角レベルのその精神の輝きは、もはやその域を越えようとしていた。 ナギという、現実の壁を、イロリの心が凌駕しようとしていた。 「この一球は、唯一無二の一球!!」 トスを上げる。 「いっけええええええええええ!!!!」 爆音。 88 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:46:47 ID:M7IGTwYl 空気が弾けとび、もはや摩擦で熱を持った空気の壁と衝撃波が観衆を襲う。 閃光の如く空間を切り裂くその一球は、ラケットから離れたとほぼ同時にナギのコートに突き刺さった。 「っ!?」 予想外のパワーに一瞬たじろぐが、縮地法により何とか追いつき、ラケットを当てる。 「(押し返される!? ならば……)」 完全な両手持ちに変え、強引に返した。ガットが破れなかったのはもはや奇跡である。 ロブ、だがイロリはスマッシュを打たず、地上で待ち構えた。 「まさか『ラブ・ラブ・サーブ・ダブルツインマークⅡセカンド』を返すとはね。さすがナギちゃん……」 落ちてきたボールをスライス回転をかけながらナギのコートに返球した。 「甘い!」 ここぞとばかりに、ナギが強打を放った。 かなりの強力なコースを通る。今までのイロリに対し打てば、必ず決まっていたコース。 ――終わった。 ナギが、観衆が、彦馬が、そう確信した。 だが、 「いや、まだだ」 千歳は違った。 そして、イロリも。 「まだっ!!」 ――イロリの姿が消えた。 ぱしゅ。 ナギの耳に、空気を切り裂く音がよぎる。 「……!?」 ボールはナギの後ろに転がっていた。 89 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:47:18 ID:M7IGTwYl 「これで……デュースだね」 「なっ……」 「ナギちゃんの瞬間移動、『欲しかった』からじっと見つめてたの。そしたらね……」 イロリは嬉しそうに話し出す。 「私にもできそうだったから、パクっちゃった。ごめんね」 ペロリと舌を出した。 誰もが、言葉を失った。千歳以外の、誰もが。 「技名は、考えたのかよ?」 昔、イロリはいろんなことに技名をつけて喜んでいたことを思い出し、のんきに質問した。 「うん、『ちーちゃんと追いかけっこして、おほほ、つかまえてみなさいー、とか言うときに使うステップ』略して、『オホーツク海ステップ』!」 「相変わらずだな、お前」 思わず千歳は笑ってしまった。 「まあ二人とも頑張れよ。別に勝とうが負けようが、俺は気にしないからさ。……楽しんでくれ」 「うん!」 「ああ、そのつもりだ」 イロリとナギが元気良く答え、デュースから試合を再開した。 二人とも、いい顔になっている。太陽の光に照らされて輝く、とても爽やかな表情だ。 生徒たちも触発され、無言状態から活気を取り戻しつつあった。 「おーし! あと一時間半は自由だ! この試合を見たい奴は残って、他は勝手に打ち合ってろ―! 男性教師は、『生徒の心に火がついた』という事実を敏感に感じ取り、そう宣言した。 生徒たちは歓声を上げ、ラケットとボールを持ち走り始めた。 90 :ワイヤード 第八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/13(月) 23:47:48 ID:M7IGTwYl 「あの、すみません先生……」 そのとき、一人の少女が教師におずおずと話し掛けた。 「日差しが強くて、気分が悪くなったので、休んできます」 「ああ、気を付けろよ。水分をちゃんと補給しとけ」 「すみません……あっ」 少女はバランスを崩し、とっさに教師の出した腕にささえられた。 「おい、大丈夫か? 誰かに支えてもらったほうが良いんじゃないのか?」 「じゃあ……千歳君がいます。千歳君にたのみます」 少女は、さもたまたま千歳が目に入ったかのように振る舞う。 「そうか。おーい鷹野。ちょっと人助け頼む」 「え……俺ですか……?」 「俺は監督してないとだめだからな。頼む」 「わかりました……」 そして、千歳は少女に肩を貸す。 「……ふふっ、やっと、二人きりになれますね」 「委員長……!? お前仮病を……!?」 「人聞きの悪いこと言わないで下さい。運動が苦手なのは事実ですし、身体も本当に弱いんですよ」 「てめぇ……」 「では、その辺りの木の陰で、『休憩』しましょう。千歳君……」 井上ミクは、狡猾な微笑みを千歳に向けた。

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