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啓太とうまのりっ! - (2006/10/16 (月) 01:40:47) のソース

<h4><b>啓太とうまのりっ!</b></h4>
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 とある昼下がり、今や住み慣れた我が家と化した河川敷のテントへと珍客が訪れて来ていた。<br>

 いや、客と言ってもいいものなのか、甚だ疑問ではあるものの、<br>

この家の主人たる川平啓太その人に会うためにここへ来た以上、客と呼んで然るべきなのであろう。<br>

 だがしかし、相手は言葉が通じない。と言うか話せない。<br>

 単純に、純粋に、言葉そのものを持っていないのだ。<br>
 それもそのはず、その相手、即ち客は、テレビでは頻繁に見かけるものの、実物を拝むためには特定の場所へと赴かなければならない存在。<br>

 無論モノノケではないが、寧ろ赤ペンや鉛筆を耳にさして新聞を真剣に読み耽る様なオジ様方にとってはアイドルであり、<br>

時に福の神や貧乏神だったりする存在。<br>
 数える時の単位が人でもなければ匹でもなく、一頭分の力が工業で単位として用いられている存在。<br>

 もうメンド臭くなったので一言で言えば、馬、だ。<br>
 あのヒヒーンと鳴いてパカパカと蹄を鳴らす草食動物が、今まさにこの瞬間、川平啓太の目の前に悠然と立っているのだ。<br>

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「あー、えっと、せんだん。こいつはいったい?」<br>
 馬を連れて来た張本人、川平薫の犬神、序列一位のせんだん。<br>

 時代がかった古めかしい、もとい、高貴で気品溢れる出で立ちの、典型的なお嬢様といった雰囲気の犬神である。<br>

「お忘れになられたのですか?」<br>
「ん? 俺、なんかお前と約束してたっけか?」<br>
 いったい何の話だろう? 顎に手を当て思案する。<br>
「以前仰っていたじゃありませんか。御自分は馬並みだから一度お相手したい、と。<br>

ですから、愛馬のアンダルシアを連れて参ったのです」<br>
「はあ?」<br>
 お堅いイメージの強いせんだんが、よもやその様な言葉を口走ろうとは。<br>

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。<br>
「本当にお忘れになられているのですね。てっきり楽しみにしてらっしゃると思いましたのに」<br>

 せんだんが呆れた表情を見せるのを目の当たりにして、<br>

啓太は煩悩だらけのスーパーコンピュータ的なものをフル回転させる。<br>

 そして、ぽん、と、軽く手を打ち、<br>
「あぁー、思い出したよ。そんなこと言ったな、そういや」<br>

「思い出されましたか」<br>
 ようやく思い出した。<br>
 以前せんだんが差し入れに来てくれた時に、どんな話の流れだったかまでは覚えていないが、言ったのだ。<br>

 俺のは馬並みだ、と。続けて、一度相手(比べっこ)をしたい、と。<br>

 啓太自身はいつものセクハラジョークのつもりだったのだが、どうやらせんだんには、違った意味で取られていたようだ。<br>

 道理でビンタされなかったワケだ。と、その時を振り返ってしみじみ思う。<br>

「それで、どうなさいますか?」<br>
「ん? 何がだ?」<br>
 何をどうなされと言うのか。啓太には皆目検討もつかないこともなかった。<br>

 見ると、せんだんが扇子で口元を隠している。心なしか、目がやけにニヤついているように感じる。<br>

 まさか、馬とヤれってんじゃ。いくらなんでもそりゃ無い。分かっていても、何故だか妙な不安に駆られる。<br>

 アンダルシアって名前からして牝っぽいし。<br>
「それでは啓太様、こちらへいらして下さい」<br>
 せんだんが自分の隣、馬の横へ来るように促した。<br>
「そ、そんで? 俺はいったいどうすれば?」<br>
 指示に従い隣に行ってから、恐る恐る尋ねる。<br>
「まずは私が手本をお見せします。それをよくご覧になっていて下さいませ」<br>

「て、手本っ? (ま、まさかせんだんが馬とあんなことやこんなことをっ!)」<br>

 啓太の煩悩が目を覚ました。<br>
 既に啓太の頭の中ではせんだんは素っ裸になっており、馬並みどころか、<br>

本当に馬のソレ(って、牝じゃなかったのか)がぶち込まれているのを妄想する。<br>

「け、啓太様? お顔が崩れていらっしゃいますよ?」<br>
「ハッ! ス、スマン(色んな意味でっ)!」<br>
 呆れ気味に指摘され、大仰に手を合わせて謝る。<br>
「い、いえ、別にそこまでなさらなくても宜しいのですが」<br>

 啓太の謝罪に別の意味が込めれているとはいざ知らず、恐縮する。<br>

「それでは始めますので、しっかりとご覧になっていて下さいませね?」<br>

「ちょ、ちょっと待ったぁ!」<br>
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 せんだんが馬を撫で、何かを始めようかとした瞬間、啓太がせんだんと馬との間に割って入った。<br>

「ど、どうなさったのですか? 突然」<br>
「い、いやだってよ、いくら犬神だからって、馬とってのはどうかと思うぞ?」<br>

「はあ? 何を。別におかしくは無いと思いますが。人間の方のほうが、よくなさっているではありませんか」<br>

「ん……まぁそういうヤツもいるにはいるだろうけどな。<br>

何もお前がすることはないだろうに。何なら、俺がしてやってもいいんだぜっ?」<br>

 指をわきわきと動かしながら鼻息を荒くする。鼻の下が盛大に伸びている。<br>

「は、はぁ。そう仰るのでしたら、お願いします」<br>
「うはあっ! マ、マジで言ってんのか?」<br>
 予想外のOKに、ついつい興奮する。てっきりビンタを喰らうかと思っていた。<br>

「はい。でも気をつけて下さいませね。下手をすれば落馬しかねませんから」<br>

「おうっ! 任せとけっ! こう見えても運動神経には……って……はぁ? そりゃいったいどーいう?」<br>

「どうも何も、啓太様が自分でなさると仰ったではありませんか。乗馬を」<br>

「じょ、乗馬?」<br>
 頭の中を巻き戻し、先ほどまでの会話を思い返す。<br>
「あー、なるほどね。うん……そうだな。<br>
俺がいっちょ華麗な乗馬を……見せてやりたいところだが、折角だから、二人乗りで教えてくれないか?」<br>

 ようやく自分が妙な妄想を引きずって、変な勘違いをしていたことに気付いた啓太は、<br>

 まるで最初から分かっていたと言わんばかりに息巻きつつも、おいしい状況を作り出すべく、狡猾にも提案をしてみせた。<br>

「二人乗り……ですか」<br>
「そう。せんだんがさっき言った通り、いくら俺でも初めてじゃ危ないだろうしな。ぜひ良かったら、こう、手取り足取り教えて貰えんものかと……でへへ」<br>

「またお顔が崩れていますよ」<br>
「おおっ、わりぃわりぃ」<br>
「はぁ」<br>
 盛大な溜息を吐く。<br>
「お言葉ですが啓太様。この鞍は一人用でして、二人で乗るには狭すぎます」<br>

「いやいや、それは寧ろ好都ご……ごふんげふん! い、いやぁ、いいんじゃないか? その方が教えやすいだろ?」<br>

「……。何かやましいことをお考えではありませんか?」<br>

「そそ、そんなことねぇって!」<br>
「……(じー)」<br>
「ぐ……か、考えてました」<br>
「はぁ」<br>
 またも盛大な溜息。<br>
「仕方ありませんね。一人でお乗せして怪我でもなされたら、薫様の犬神として一生の恥です。ご一緒致しましょう」<br>

 よっしゃ! と、啓太は心の中で軽くポーズをとった。<br>

「ではまず先に、啓太様からお乗り下さい」<br>
「おう」<br>
 手綱を受け取ると、啓太は鞍に手を掛け、次いで、鐙に足を掛けてよっと馬の背に跨った。<br>

「よし、じゃあ次はせんだん……って、そういやお前、その格好で乗るつもりなのか?」<br>

 啓太がせんだんの下半身、いつもの丈の長いスカートへと視線を向けながら尋ねる。<br>

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「そうですが」<br>
 何か問題でも? と言いたげな顔でせんだんが返す。<br>
 一般的に乗馬をする時といえば、長ズボンを着用と相場が決まっている。<br>

 キュロットスカートのように、乗馬用のスカートもあるにはあるが、そんなものを履くのは西部劇の世界だ。<br>

 何より、せんだんのスカートはひらひらとした、まるで童話の中のお姫様が履いていそうな代物なのだ。およそ乗馬向きとは言えない。<br>

「いや、別に何でも無いんだ」<br>
 本人が気にしていないのなら別にいいだろう。<br>
 他に誰かが見ている訳でもないし、余計なことを言って折角のチャンスを逃したくはない。<br>

そう思い、この話はここで切り、<br>
「ほら、せんだん」<br>
 せんだんに手を差し伸べる。<br>
「ありがとうございます。ですが」<br>
 しかしせんだんは、申し訳無さそうにぺこりと頭を下げると、<br>

ふわっと宙に浮かび、啓太の背後、鞍の後方に位置する馬の腰辺りへと、横座りで腰を下ろした。<br>

「そっか。お前らも飛べるんだったな」<br>
 ようこやはけはともかく、薫の犬神達が飛んでいる姿は滅多に見かけない。<br>

 そのため啓太は、その事をすっかり失念していた。<br>
「つか、その乗り方」<br>
 両足を横に投げ出し、さながら中高生のカップルが自転車で二人乗りをしているかのような乗り方。<br>

 スカートであることを考えれば当然のことではあるのだが、先程一人で乗ろうとした時もこう乗るつもりだったのであろうか。<br>

 何にせよ、これは啓太にとっては実においしい。<br>
「そのままだと危ないだろ。俺の腰に腕回せよ」<br>
 紳士な言葉に聞こえるが、その真意はより密着すること。<br>

 あの川平啓太が、この絶好機を見逃すはずは無いのだ。<br>

「そうですね。それでは失礼致します」<br>
 せんだんが腕を回すと、啓太の背中にぽよんと柔らかな感触が当たる。<br>

 心が歓喜の声を上げる。<br>
「どうかなさいましたか?」<br>
「あぁいやいや! なんでもないっ! で、まずはどうりゃいいんだ?」<br>

 この好機に気取られては不味い。話題を戻して誤魔化す。<br>

「はい、まず手綱を少し緩め、次にお腹を少し押しやって下さい」<br>

「こうか」<br>
 言われた通りに実行すると、馬が前方へと歩き始めた。<br>

 そして馬上で揺らされ、せんだんの胸がむにむにと啓太の背中に押し付けられたり離れたり。<br>

 ブラはしているようだが、余程素材が薄くて滑らかなのか、ほぼダイレクトにその膨らみを感じることが出来る。<br>

 思わず前屈みになる啓太。<br>
「啓太様? 背筋を真っ直ぐに伸ばすのが、乗馬の基本ですのよ?」<br>

「あ、いや、でもだな」<br>
 俺の馬並みが。とは死んでも言えない。と言うか、言うと死にかねない。<br>

 とりあえず姿勢を正した。<br>
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 それにしても柔らかい。<br>
 ようこも含め、近しい犬神の中でも特別大きい方ではないが、<br>

それでも背中に神経を集中させて、全身全霊を以て記憶したくなるぐらいに、心地よい感覚だ。<br>

 もはや啓太の思考は、煩悩によって埋め尽くされてしまっていた。<br>

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 一方、啓太が背中の感触と自らの下腹部の下辺りを気にしているとも露知らず、せんだんはせんだんで、自らの考えに浸っていた。<br>

 それは啓太について。<br>
 最初は啓太のことを毛嫌いしていた。<br>
 いくら兄や主人が目を掛けているとは言え、かつて犬神を軽んじているかのような言動を取ったことに、いい気はしていなかった。<br>

 何故兄や主人が目を掛けているのか、理解し得なかった。<br>

 しかし今はどうだろう。<br>
 こうして啓太の、実際には決して大きいとは言えないけれど、大きいと思わせる温もりを持った背中にもたれ、愛馬の上で共に揺られている。<br>

 主人とさえ、こんなことをしたことは無かったと言うのに。<br>

 そしてもっとも驚くべきことは、この状況を幸せに感じている自分がいるということ。<br>

 もしかしたら私は……。<br>
「は! 啓太様! 前を!」<br>
「え? ぬわっ!」<br>
 二人揃って意識を余所へと飛ばしていると、気がつけば、馬は土手へと向かっていた。<br>

 咄嗟に手綱を引く。<br>
 すると馬が驚いて前足を上げ、二足立ちになってしまった。<br>

「きゃ!」<br>
 バランスを崩したせんだんが振り落とされる。<br>
「せんだん!」<br>
 手綱を放し、跳んだ。<br>
 せんだんを腕に抱き、衝突に備え地面に背を向ける。<br>
 そして、どすっと鈍い音を立てて、思いっ切り背中から激突した。<br>

「あいっててて」<br>
「だ、大丈夫ですかっ? 啓太様」<br>
 苦悶の表情を浮かべる啓太に対し、せんだんが心底心配そうに尋ねる。<br>

「あ、ああ、このくらい何とも……いてて」<br>
 どうやら腰を強打したようだ。自力では起き上がれない。<br>

「悪い。ちょっと肩貸してくれないか」<br>
「あ、はい」<br>
 啓太の肩へと腕を回し、引っ張り起こす。<br>
「ありがとう」<br>
 にっこりと微笑む。<br>
「い、いえ、そんな……私こそ、ご迷惑をお掛けしてしまって」<br>

「なあに、気にするなって。それより、コイツに悪いことしちまったな。無理に引っ張らなくても避けれただろうに」<br>

「そうですね。ですが、気付かなかった私のミスです。本当に申し訳ございません」「何言ってんだよ。お前のせいじゃねえって……てて」<br>

「や、やはり怪我をなさったのですかっ?」<br>
「いや、ちょっと腰を打っただけだ」<br>
「では、すぐにも整体師をっ」<br>
「そこまでしなくていいって。寝てりゃ直るからさ」<br>
「ですがっ」<br>
「いいから、とりあえずテントまで行くのを手伝ってくれよ」<br>

「は、はい」<br>
 ――<br>
「よっこらせっと……いてて」<br>
 せんだんに敷いてもらった布団の上に、ぼふっとうつ伏せに寝転がる。<br>

「やはり、整体師を連れてまいりましょう」<br>
「いやいいって」<br>
「ですが、それでは私の気が」<br>
「うーん、そうだなぁ。だったら、一個お願いしていいか?」<br>

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「ふふ~ん♪ 今日ははやく終わったな~。ケイタさびしがってるかなぁ」<br>

 すいっと軽やかに、ようこがテントの前に降り立つ。<br>
 最早説明など不要だろうが、敢えて説明しよう。<br>
 ようこは天地開闢医局へと行っていた。以上。<br>
「ふふ……いきなり入っておどかしちゃおう♪」<br>
 出入り口の前を立つ。<br>
 その時、<br>
「あっ! くっ! い、いいよっ! すげえ気持ちいい!」<br>

「ほ、本当ですか? 嬉しいです」<br>
「もっと……もっときつく」<br>
「は、はい……んっ」<br>
「うはっ! こ、これは、たまんねえ」<br>
 啓太ともう一人、聞き覚えのある声が聞こえた。<br>
 この声は薫のところの犬神、せんだんのものだ。<br>
 見れば、テントの横には白い馬もいる。<br>
 だがそんなことはどうでもいい。問題は中でいったい何をしているかだ。<br>

 セリフの内容から、せんだんが啓太に何かをしているのは分かる。<br>

 何をしているのかは分からない。分からないけど、なんだかとてもイライラする。<br>

 ケイタをだいじゃえんでぶっ飛ばしたい。<br>
 そんな思いに駆り立てられ、ようこはテントの中へと特攻する。<br>

「ケイタ! いったいナニしてるのよっ!」<br>
「よ、ようこっ?」<br>
 突然のようこの乱入、もとい帰宅に啓太とせんだんが驚きの表情を見せる。<br>

 しかし、ようこが注目したのはそんなことではない。<br>
 まだ真昼間だというのに敷かれた布団。<br>
 その上に寝そべる啓太。<br>
 そして、その上に跨っているせんだん。<br>
「あ、いや、こ、これは、その、違うんだ! 決してイヤらしいことしてたとかそんなんじゃないんだ!<br>

ちょっとマッサージをしてもらってただけなんだ! だから、な? その……だいじゃえんを仕舞ってくれぇぇ~~~!!」<br>

 問・答・無・用!<br>
 まさにそう言わんばかりに炸裂するだいじゃえん。<br>
 川平啓太を中心にして、今日も我が家は吹っ飛んだ。<br>
 ――<br>
 後日、薫の犬神達の手伝いの甲斐もあって、家は修復された。<br>

 ちなみにせんだんはあの時、巻き沿いを食う前に馬を連れて退散していた。<br>

 しかしあれ以降、ともはねやなでしこに負けないぐらいの頻度で啓太の元へと訪れている。<br>

 そんなせんだんの様子を、ともはね曰く、<br>
「最近のせんだん、前より楽しそう。前はもっと怖かったのに」<br>

 なでしこ曰く、<br>
「うふふ……せんだんもやっと、啓太様の素晴らしさに気が付いたようですね」<br>

 だそうである。<br>
<br>
 啓太とせんだん。今後二人の間に進展があるかどうかは分からない。<br>

 しかし、可能性はゼロでは無そうだ……。<br>
<br>
<br>
おしまい<br>
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<blockquote>[06/09/05-余所者-無印-885~890]<br></blockquote>