<br> 吉日市警察署。<br> その名の通り、吉日市の治安維持組織の中枢である。<br> 比較的新しい7階建ての無骨な鉄筋コンクリートづくりで、<br> 屋上からは、近所の小学生が考え、応募した中から選ばれた、<br> 『変態を消して、明るい吉日市』という太平洋戦争チックな<br> スローガンがプリントされた垂れ幕が下がっている。<br> そこの5階留置所、第三独房に二つの人影があった。<br> ひとつは少年だった、年の頃は15、6歳ぐらいだろうか。<br> 整った顔立ちと、短めの黒髪をもつこの少年は、独房の端で<br> 10年間、想い焦がれた女の子に、きっぱりとふられたときのような、<br> 絶望とあきらめの混じった表情をしていた。<br> それもそのはずだ、彼が身につけているのは、<br> 両腕に銀のバングル、以上。<br> 彼の今の状態を表す日本語は多々あるがそのなかでも、<br> 全裸、または、すっぽんぽんが妥当だろう。<br> 留置所に入っている、全裸の少年、誰がどうみても、立派な変態である。<br> 体育座りをして膝に顔を埋めているため、きわどい部分はかろうじて見えない。<br> もうひとつは、白のタキシードにシルクハットに、赤いネクタイという、<br> 少々、風変わりな格好をした壮年の紳士だった。<br> 感心したように、独房の隅でふさぎこんでいる、暗い顔の少年に話しかけていた。<br> 「いやはや、親子二代で大儀を果たすとは、敬服するしかありませんな」<br> それに対して、全裸の少年は沈黙を続けていた。<br> 「この冬の寒空の中、そうそうできることでありません、本当に立派になられて」<br> 「からかうのもいい加減にしろ、ドクトル」<br> 少年がドスの効いた声色で釘を刺した。<br> 紳士が咳払いをひとつし<br> 「失敬、少々興奮しましてな」<br> と、言った。<br> 「はあ、何でこんなめに」<br> 少年が嘆息し、<br> 「我々の崇高な嗜好は、一般人には理解されないことが多いのですよ」<br> 紳士が真面目に告げた。<br> 少年はまたひとつ大きなため息をついて、<br> 「常人の健全な思考は変態には理解できないようだな」<br> と、吐き捨て、<br> 「ええ、そうですよ」<br> 紳士が優しく笑った。<br> 「むっ?」<br> 紳士が何かを察したように<br> 「誰か来たようです、また合いましょう、裸王児」<br> と、告げ、暗闇にかき消えた。<br> 「だれが、裸王児だ!」<br> 少年が反論しようと立ち上がったところに、<br> <br> 「おい、川平、面会だ」<br> 看守の警官がいった。<br> 少年があわてて股間を手で隠した。<br> 檻の前に立ったのは、<br> 白髪をオールバックに固めた長身の男、特命霊的捜査官の仮名史郎と、<br> 艶やかな黒髪を持つ、セミショートカットの少女だった、年頃は獄中の少年と同程度、<br> ミニスカートの下から、ひょっこりと覗く、ふさふさのしっぽが、しょぼんとたれていた。<br> 少女が目を潤ませながら、少年を見やり言った。<br> 「ああ、清明さま、おいたわしや」<br> 清明と呼ばれた少年は、深い、ため息をつきながら言った。<br> 「みやこ、おまえが好いてくれるのはうれしいが、寝起きを襲うのは感心しない」<br> みやこと呼ばれた少女は、嗚咽に言葉を濁らせながらいった。<br> 「はい、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしのせいで清明さまに恥をかかせてしまって」<br> みやこは泣きながらしゃくりあげている。<br> 「どうしてこのようなことになったのだね?」<br> 仮名史郎が尋ねた。<br> 「そっ、それは・・・・・・」<br> みやこがモジモジしながら説明を始めた。<br> その日の朝。<br> 紅葉を終えた落ち葉が、木枯らしに吹かれる、肌寒い晩秋の早朝。<br> 吉日市の郊外にたたずむ、木造二階建ての一軒家に、清明とみやこは住んでいた。<br> それは、一階が和風、二階が洋風の作りになっていて、もとは二世帯住宅を想定されて造られたのか、各階にそれぞれトイレとキッチンがある。<br> なかなかの広さを持つ庭には、乗用車が二台は入る、大きなガレージが建っている。<br> 物静かな家の中、二階に向かう階段を、みやこは鼻歌を歌いながら、上機嫌で登っていた。<br> 手に持ったおぼんには、湯気たつコーヒーが二つと、クリームが入った小瓶が乗っている。<br> 階段をのぼってすぐのところから、フローリングの廊下が奥まで続いている。<br> みやこはトテトテと歩き、二つ目のドアの前で立ち止まった。<br> 『清明の部屋』と、書かれたボードがドアに掛かっている。<br> みやこは、ドアをノックして、間延びした声で聞いた。<br> 「清明さま~、おきていますか~」<br> 返事はない、中はいたって静かなものだ。<br> 「入りますよ~」<br> みやこはドアを開け、主人の部屋に足を踏み入れた。<br> おぼんをテーブルに置いて、カーテンを引き、窓を開け放つ。<br> 秋晴れの青空。<br> 朝の陽光と、静謐な空気が部屋に入り込んでくる。<br> 「さあ、朝ですよ、おきてください、休日だからって、いつまでも寝過ごしてちゃ駄目ですよ」<br> みやこはそういって、傍らを見やった。<br> 折りたたみ式のベットのうえで、みやこの主人、川平清明は暖かそうな毛布に身をくるみ、<br> 規則正しい寝息を立てている。<br> <br> 窓から吹き込んでくる木枯らしに、部屋の気温が少しずつ下がり始めているのに関わらず、<br> 清明は安らかに寝入っていた。<br> 「もう、おねぼうさんなんだから」<br> そういいながら、みやこはベットの端に腰掛け、、自分のいとしいご主人様の寝顔を眺める。<br> 犬神ごころをくすぐる少し幼い顔立ち、細身ながらたくましい身体、すらりと伸びた手足、普段は頼りないが、誰かが苦しいとき、必ずそばにいてくれる存在、みやこにとって、すべてがお気に入りだ。<br> 思わず、頬にキスする。<br> 清明が、ううんと、一瞬、眉をしかめたが、また寝顔にもどる。<br> 悦に入り、もう一度、今度は唇に。<br> そして、清明の寝癖の付いた黒髪を、手で梳き、愛撫する。<br> みやこは、もう、ご満悦だった。<br> やがて、みやこは、なんとなく、犬神学校で習った、<br> 犬神の本懐とやらを思い帰していた。<br> 其の一、犬神は破邪顕正を旨とし、主人に仕え、人々に害を与える魑魅魍魎と戦うこと。<br> 其の二、犬神は主人に忠誠を誓い、主人の身の回りの世話をすること。<br> ここまでは、おおむね、あっている、しかし。<br> 其の三、犬神は主人に添い遂げ、子を成すこと。<br> これは、大きな曲解であるが、とうの本人は、信じて疑わない。<br> それも無理はない、清明の母親は、犬神であり、父は、現役の犬神使いである。<br> さらに、犬神使いの家元、川平家の総元締めである、川平の宗家は二人の子を、成しており、いずれも母親は犬神である。<br> そんなわけで、みやこは契約の儀を、婚約だと思っている。<br> 三つめの、本懐を果たすために、みやこは日々、努力していた。<br> このあいだは、いいトコまで行ったのに、駄目だった・・・・・・<br> 清明の首筋に鼻を当て、クンクン、匂いをかいでいると、<br> 心臓がトクトクして、微妙なところが、熱くなってくる。<br> 今日は、いけるかも。<br> みやこは、毛布を、そっと、めくり、<br> したの方にある、モコモコを確認した。<br> よし、いける。<br> 「清明さま、失礼しま~す♪」<br> 喜々として、清明の布団の中に、もぐりこんだ。<br> ベットがギシギシと軋む音が、殷殷と続く。<br> ・・・・・・・・・・・・・描写割愛。<br> 体操の一種、<br> 絶対に。<br> 少し後、清明が、やっと覚醒して、<br> ふたりで、いいトコまで、いったとき。<br> 鈴が鳴るような、高い音がしたと同時に、<br> 清明は、着衣だけを残して、忽然と姿を消していた。<br> 独り、のこされた、みやこは、<br> なんだか、悲しいやら、悔しいやらで、<br> 胸が、いっぱいに、なっていた、だから、<br> 「ど~して、いつもこ~なるの~~~~~~!!!」<br> 力一杯、叫んだ。<br> その悲痛な叫び声は、何度も、何度も、谺し、リフレインして、<br> 辺り一面を、覆い尽くていった。<br> 天井裏から、成り行きを見守っていたドクトルが、大音量に耳をしかめ。<br> 明け方に、みやこが庭に撒いた、米粒をついばんでいた、<br> すずめたちが、驚き、一斉に飛び立つ。<br> 上空の、雲の上で寝ていた、仙人が、何事かと、跳ね起き、辺りを見回して。<br> 近くの、川を流れていた、河童が、くけけと鳴いた。<br> しばらくして、叫び終えた、みやこは、清明を捜して、町中を、駆けずり回った。<br> <br> <br> 先ほど、駅前の商店街で、全裸の少年を補導した、勤続三十年になるベテラン警官は、ノートパソコンに今日の記録を打ち込んでいた。<br> 机には様々な報告書や資料が散乱し、吸い殻があふれ出さんばかりにねじ込まれた灰皿と、妻と娘が写った家族の写真が置かれていた。<br> ふと、タイプをしていた手を休め、画面から目を離し、目頭を押さえ、乾いた目玉に涙で潤いを与える。<br> 画面に目を戻しキーボードを打つ、そうして今日、補導した少年の報告書を打ち始める。 名前は川平清明。<br> 「うん?、川平?」<br> 警官は何か気になった様子で、ワープロソフトを最小化して、下の方に保留する。<br> インターネットに接続して、警視庁が管理する警察官専用の個人情報データバンクにアクセスする、個人認証するための、パスワード入力ウインドウが現れた。<br> 警官はウインドウにIDと、六文字ほど米印を入力して、サイトに入った。<br> 検索エンジンに川平清明と入力する。アクセス中と画面に表示され、さほど時を待たず、それと思われる人物のリストがあがる。<br> 同名の人物が三人ほどいたが、名前の横に簡易的な情報があったため、補導した少年と同じ生年月日の人を選び、リンク先をクリックした。<br> 少年の個人情報が一瞬で表示される。<br> それは、住所、氏名、年齢、電話番号、血液型、過去の犯罪歴、血縁関係、などが顔写真付きで書かれていて、そういう情報を使って商売している人には、喉から手が出るほど欲しい代物だった。<br> 警官が少年の両親の欄を見る。そこに書かれていたのは、<br> 父・川平啓太、母・川平ようこ。<br> それを見て警官は驚嘆した。<br> 「あの川平かっ!」<br> 川平啓太。警官は彼を十数年前、何度となく逮捕した。<br> 罪状は全裸でのストリーキング。<br> ここ十年、見ないと思ったら、あいつも身を固めて所帯をもったか~、時が経つのは速いなぁ、うんうん。と、警官が少し、しみじみした。だが、<br> 「息子に継がせたのか・・・」<br> 頭を抱えた。定年退職も目前だというのにもう一波乱ありそうだ。<br> <br> 「まったく、川平ってのは、変態の家元なのか」<br> 警官が吐き捨てた。<br> <br> 同時刻。<br> 「ハックションっ!」<br> 川平家の本家の一室で、川平宗家は、大きなくしゃみをひとつした。<br> ちなみに川平家は変態の家元ではない、由緒正しき犬神使いの家元である。<br> 洗濯物にアイロンをかけていた、割烹着姿の少女、なでしこが、<br> 宗家に駆け寄り、<br> 「あらあら、お風邪ですか?」<br> といい、取り出したハンカチで鼻を拭う。<br> 「大丈夫だよ、なでしこ」<br> 宗家が微笑んで言った。<br> 「なにか、温かい物でも、お持ちしましょうか?」<br> 「ああ、ありがとう、頼むよ」<br> 「では」<br> なでしこが淑やかな物腰で台所に向かう。<br> 宗家はそれを見送り、手元の書類に目を戻した、そして。<br> 「これは、一騒動ありそうだね・・・」<br> 意味深につぶやいた。<br> <br> 留置所の独房。<br> 「シクシク・・・なんでだよ~、仮名さ~ん、出してくれよ~」<br> 川平清明はすすり泣いていた、その理由は、<br> みやこの話を聞いた仮名史郎は顔を赤くして、<br> しばらくそこで反省してなさい!、と言って出て行ってしまったからだ。<br> みやこも、お召し物を取って参ります、と告げて、家に戻ったきりまだ帰ってこない。<br> 今は晩秋、とても寒い、全裸では身が持たない。<br> 清明が悲痛な声で助けを呼ぶ。<br> 「ううっ、誰か~、看守さ~ん」<br> 返事は帰ってこない、その代わりに、天井から嘲笑うような声がした。<br> 「くすくす、お兄ちゃん、惨めだね~」<br> そして、天井付近の影から、人が現れ、牢獄の床に降り立った。<br> 「ひさしぶりだね、お兄ちゃん」<br> 「くっ、葛葉っ!」<br> 清明の実妹、葛葉である。<br> 腰まで伸びた漆黒の髪。妖艶な美貌に不敵な笑みを浮かべている。<br> 清明は最近、表情や立ち姿が、母親に似てきたなと思う。<br> ふさふさのしっぽをふりふり。清明のていたらくを観察する。<br> 「また、しゅくちに失敗したんだ~、いや、暴発?」<br> くすくす。<br> 「連帯封印のせいだよ、おまえはなんともないのか?」<br> 「全然、絶好調♪」<br> 「ったく・・・」<br> 葛葉には、犬神の長、はけによる封印が施されている。<br> それは、葛葉の有り余る強大な霊力を、抑えるためのものであり、その封印は特殊で、<br> 清明と連帯的に結ばれている。清明は常に葛葉の封印の制御に、力を使っているため、霊力が不安定になり、ふとした拍子に、術が暴発してしまうことがある。<br> 「あ、そういえば、みやこちゃんとは、よろしくやってるの?」<br> ちらりと横目で清明を見やり。<br> 「まあ、その様子なら心配なさそうだけど」<br> と、大仰にうなずく。<br> 朝、清明とみやこがしていたことを、葛葉は見透かしているようだ。<br> 「ここ一ヶ月、いままで、どこに行ってたんだ?」<br> 清明が聞く。<br> 葛葉には前々から放浪癖があり、家には殆ど居着かない、両親は特に気にかけないから、一番心配しているのは、清明である。<br> 「おじいさまと一緒に、西の方に、ぶら~っとね」<br> 西の方。なんとも曖昧だなと、清明は思った、おじいちゃんも一緒となると、<br> 何をしてきたのか、怖くて聞けない。きっとすごい『ぶら~っと』だったんだろうな。<br> 独房の壁をスウっとすり抜けて、みやこが帰ってきた。<br> 彼女は大きめの紙袋を胸に抱えていた。<br> 「清明さま、お持ちしました」<br> と言って袋を清明にさしだす。<br> 「おお、でかした」<br> 清明は袋を受け取り、中に入っていた着衣一式を、素早く着込む。<br> 最後に、みやこお手製のちゃんちゃんこを羽織り、これも、みやこが気を利かせたのか、使い捨てカイロまであった、清明はその封を切り、揉む、暖かくなってきて、やっと生きた心地を取り戻した。<br> 「ところで、これからどうするの?、おとなしくここで反省してる?」<br> 葛葉が問い。<br> 「さあ、どうしようかな?」<br> 清明が、隣に寄り添った、みやこの頭をくしゃくしゃ撫でながら、曖昧な返事をした。<br> みやこはうれしそうにゴロゴロと、のどを鳴らしている。<br> 「脱獄しちゃう?」<br> ちょっと楽しそうに、葛葉が聞いた。<br> 「う~ん」<br> 清明が少し考えた。<br> 脱走したって、仮名さんが、何とかしてくれるよな、それに、<br> 「俺、今日、朝飯食べてないからな、腹減った」<br> そう言って、清明が白い歯を見せてニヤリと笑う。<br> 「そうこなくっちゃ」<br> くすくす笑って、葛葉が人差し指を唇に当てた<br> しゅくち。<br> りんっ、と鈴の鳴るような、清んだ高い音がして、<br> 三人はその場から掻き消えた。<br> <br> 河童橋。<br> 吉日市の北西に位置する全長二十メートルほどの石造りの橋である。籾川と呼ばれる比較的、澄んだ清流の上を市内と郊外を繋ぐ形で築かれていた。<br> その橋の下に一件、小屋が建っていた。<br> 木材で骨組みを組み、ベニヤ板で壁を張り、浸水防止に青いビニールシートで覆って、飛ばされないように、黄色と黒の色をした、ひもで括った粗末な物だ。<br> 「あ~あ、いい天気」<br> 小屋の中から、シートをかき分けて出てきたのは、ホームレスのおっさんではなく、<br> 可憐な少女だった。<br> 癖のあるウエーブのかかった、黄土色の髪をツインテールに結んでいる。<br> かなり小柄な体躯ながら、でるところはでている。かなりの美少女だ。<br> 河川敷の掘っ立て小屋に住んでるような、容姿ではない。<br> <br> <hr size="2" width="100%"> <dl> <dt>[清明 |06/11/16](2/<a href= "http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1157607636/756-761"><u>756-761</u></a>,<a href="http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1157607636/767-771"><u>767-771</u></a>)<br> </dt> </dl>