誰かの見た夢

―――その日は生憎の雨だった。

「…………」

髪、目、着物。濃淡の差こそあれ、全てを赤で彩った彼女こと蛍火 燈華は、廃村に一人佇んでいた。

廃屋の軒下で雨宿りをしつつ雨天を見上げるその目には、常よりも少しだけ感情の色がうかがえる。
それは、憂鬱と苛立ち。

「……せっかくいい空が見られそうだったのに」

燈華は、空を見るのが好きだ。
白い雲の浮かぶ、青い空。あるいは瞬く星を抱いた夜空。

吸い込まれそうな高みに思いを馳せるあの時間が、燈華にとっては何よりの時間だ。
だから、それが出来ない雨や曇りの日は嫌いだ。

止むどころかますます強くなる雨脚に、目がすうっ、と細められる。

「……気分悪い。変な夢は見るし、いきなり雨には降られるし」

おぼろげな印象しか残っていないが、自分と同じく赤い色をした誰かの夢を見た。
もっとも、燈華にとってはさして興味を引くような夢ではなかったが。

他人など、皆同じ。妖怪も人間も変わりはない。理性と衝動と感情で動く、ただの生き物だ。
だから、燈華は他人に興味を持たない。持つ気がない。

空を飛びたい、といつも思っている。
この島の外に何があるのか、どんな景色が広がっているのか。
空の向こうに、空の果てにどんな世界が広がっているのか。

そこに行きたい、と小さい時から願っていた。

「……………………」

そんな想いをあざ笑うかのように、ついに雨は豪雨と化す。
ますます苛立ちを募らせる燈華だが、天候ばかりはどうしようもない。
ちょっと前までは朱雀関所の領域に天気を操る妖怪がいたが、城の人間に討ち取られて今はもういない。

その点に関してだけは、燈華は余計な事をしてくれた、とたまに思っている。
あの妖怪は雨が嫌いだった。だから、雨が降るとすぐにそれを晴らしていた。

そのせいで日照りが続き、村に悪影響が出たため、討ち取られたのはまあ仕方がないとは思う。
しかしそれを引いても、こういう大雨に見舞われた時は、やはりあの妖怪の力があれば、とも思ってしまう。

雨がなければ生きるのは困難だ、とは燈華もわかっているが、だとしても今は廻り合わせが悪かった。
数日前から空気がとても澄んで来ており、知り合いの予測では今日が最も空気の澄み渡る日だと聞いた。つまり、いつも以上に綺麗な空が見られる。

常の無表情を心からの笑顔で彩り、喜び勇んでいつもの廃村まで足を伸ばしたわけだが……結果はこの通り。
盛大な肩透かしとぬか喜びを食らった燈華の表情は、今や能面のような無表情と化していた。

「……………………………………………………」

燈華が空を見に来る以外、誰もいないこの廃村には、当然ながら喧騒や足音は全くない。
地面や屋根、木の葉を叩く雨の音と、遠くからかすかに響く獣か妖怪かの声だけが、燈華の耳に届いていた。

苛立ちをぶつける相手を持たない燈華は、着物と同じく彼岸花を描いた赤い唐傘を差し、雨の中に歩を進めた。
ばちばちと傘に雨がぶつかり、騒ぎ立てる。

「…………煩い」

強くなる一方の雨脚に、燈華はこの日、空を見ることを諦めた。
神ならぬこの身、そこらの妖怪なら簡単に負けはしないが、自然の力にはどうやっても逆らえない。
今日はもう帰ることにする。

「…………疲れた。帰る」

廃村の中をゆったりと歩む燈華の姿は、程なくして雨の帳の向こうに消えていった。




誰かの見た夢


(翌日は、快晴)
(澄み渡る空、突き抜ける青)
(赤くて綺麗な、笑顔の花が咲きました)

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最終更新:2014年08月14日 09:07