*bluff/lie ◆d6BHdrg3aY 澱んだ空気が辺りを漂い、一歩を踏み出すごとに積もった埃が舞い上がる。 廊下の壁の張り紙は悉く黄ばみ、その可読性を失って久しいことが見て取れた。 窓から差し込む月明かりが、古びた校舎にどこか侘びしげな雰囲気を与えている。 女子1番・麻倉美意子は、それらを注意深く観察しながら、静々と廊下を歩いていた。 時折、扉の前に差し掛かる度に僅かに立ち止まり、その都度、鼻の頭をぴくりと動かす。 それを何度か繰り返した後、やがて、麻倉は一つの扉の前で足を止めた。 「……見つけたわ」 吐く息ほどのささやかな声で呟くと、また静々と扉の傍へと寄る。 木枠を揺らして音を立てないよう、そっと扉に耳を当てて中の様子を窺う。 可能な限り己の息遣いをひそめて耳を澄まし、そのまま、胸の中で秒数を数える。 十数秒ほど待って何の物音もしないことを確認すると、麻倉は扉の取っ手へと手を掛けた。 典型的な横にスライドするタイプの教室扉は、経年劣化のためか、スムーズには動かず、ガタガタと音をたてて開く。 途端に、教室の中に封じ込められていた臭いが廊下へと噴き出して鼻を突いた。 麻倉にとっては幾度か経験のある、嗅ぎ慣れた鉄の臭い―――血の臭い。 教室へ足を踏み入れると、直ぐに、物言わなくなったクラスメイトの亡骸が目に入った。 ラトの死体は、彼が殺された時そのままに、血溜まりが広がる中に倒れている。 その変わり果てた姿を視界に入れたことで、麻倉の意識がそちらに集中した一瞬。 「動くな」 呼吸が一瞬止まった気さえした。 麻倉の首筋にあてられるひやりとした感触、反射的に全身の筋肉が強張る。 視線のみで己の首筋に添えられたものを確認すると、薄く鋭い金属の塊、日本刀が見て取れた。 自分の行動が迂闊だったのだと気が付いて、麻倉は胸の内で歯噛みする。 教室の中にばかり注意を払った為に、扉を開けた際の騒音に気付いて誰かが後方から来る可能性を失念していた。 「私としたことが……」 殺し合いの場ということを理解していなかったわけではない。 しかし、いきなりこれ程の危機的状況に陥るというのは、流石に予想外だった。 今の状況は、正しくまな板の上の鯉。相手に生殺与奪を握られているに等しい。 「一応聞いておこうか。麻倉、お前は”これ”に乗ってるか?」 「……あなたの言う”これ”というのが、この殺し合いのことなら、乗っていないわ」 麻倉は顔を半分ほど後ろに向け、背後に立つ相手を視界に入れる。 そこにあったのは、市松人形のような髪型をして緑ジャージを着た女子の姿。女子5番・貝町ト子の姿だ。 「まぁ、そう言うだろうな。なら次だ。お前、どうして此処に来ようと思った」 「どうしても何も、現場検証は事件を捜査する上での基本よ。例の禁止エリアとやらに指定されてしまったら調べられないでしょう? だから最初に此処に来たの」 「この悪趣味なイベントの主催者が、此処に残っている可能性は考えなかったのか?」 「此処に残るつもりなら、予め学校全体を禁止エリアにするでしょう。この殺し合いが始められた時にそういう説明はなかったから、此処にはもういないと予測出来たわ」 麻倉が答えると、少しの間、貝町は口を閉じる。発言に矛盾がないか考えているのだろう。 暫くの後、貝町は再び口を開いた。 「理由にはなってるか……次だ。お前が初めにいた場所は何処だ?」 「この学校の隣にある畑の中よ。より正確には、そこにあった納屋の中」 「それを証明できるか?」 「畑の中を歩いたから靴が土で汚れていると思うけど、それは証明になるかしら」 貝町の視線が鋭さを増した。 日本刀を掴んでいない方の腕が麻倉の頭へと伸び、その髪の毛を鷲掴みにする。 「ちょっと、痛いっ! 何するのよ!」 「うるさい黙れ。後、暴れるな。手元が狂う」 首のやわ肌を刃が切り裂くイメージが脳裏を過り、麻倉は慌てて動くのを止める。 麻倉が暴れなくなったところで、貝町の視線が麻倉の足元へと向けられる。 「……確かに汚れているな」 そう言うと、貝町は麻倉の髪を掴む腕を離した。 頭を掴んだのは、視線を外した隙に奇襲される可能性を見て取ったからだ。 過剰反応と取れるかも知れないが、油断をした一瞬に命を落とすよりは余程良い。 「警戒されるのは判るけど、幾らなんでも酷いわね」 「ああ、悪かったな。それと、次の質問だが」 「ちょっと待って」 軽く謝って質問を続けようとした貝町の言葉を。麻倉が遮る。 「私もあなたに聞いておきたいことがあるのよ」 首元に日本刀が突き付けられている状況を思えば、決して安全な行為ではないが、これ以上話が長引くと、問いを切り出せなくなる可能性の方が高い。 貝町は少し考えるように沈黙した後、言ってみろ、と視線で麻倉に促す。 「先ずはあなたと同じことを聞かせてもらうけど、貝町さん、あなたは”これ”に乗っているのかしら?」 一瞬の間があく。 麻倉の言葉を受けて、貝町の表情に変化はない。 しかし、直ぐに貝町は頭を左右に振って否定の意を示した。 「此処での人殺しに免罪符が付くわけでなし。こんな催しに付き合って人を殺せば、人生を台無しするだけだ。私はそこまで馬鹿じゃない」 「そう、思ったとおりね」 判り切っていたかのように言う麻倉に、貝町は眉を顰める。 「お前、私が乗っていないのに気づいてたのか?」 貝町がそう尋ねると、麻倉は得心したように微笑んだ。 「あなたが初めに私に声をかけてきた時、僅かだけど、声に安堵の色が窺えたわ。予測するに、恐らくそれは自分以外の誰かに会えた事による安心。これから殺す相手を前に、安心するという人は余りいないわね」 「安心なんてした覚えはない」 「一瞬だったもの。自分で気付かないのも無理はないわ」 麻倉の言葉が納得いかないのか、貝町は渋い顔を見せる。 「後、あなたの質問は殺し合いに肯定的な人間のものにしては少しピントがズレていたのよ。全体的に声の調子も穏やかだったし」 「あれだけの会話で、そんなことが判るものか」 「観察力と注意力には自信があるの。そうでなければ、探偵なんて出来ないわ」 「………………」 黙りきってしまった貝町を見て、取り敢えず話術は成功のようだと見て取る。 探偵的に、本当はもう少し説明を加えたいところなのだが、余り語り過ぎるわけにもいかない。 実のところ、今の推理は貝町の性格を基にして予測を重ね、即興で作りあげた半ばハッタリ交じりの推理なので、言葉を重ね過ぎるとボロが出るのだ。 だが取り敢えず、自分の能力を見せ付けることで、ある程度の信頼と尊敬を得ることは成功したはずだ。 「それと、もう一つ聞いておきたいことがあるのだけど」 「何だ?」 「あなた、この首輪を外すことは出来ないの?」 麻倉たちのクラスの中で、最も工学知識に長けている人間をあげるとすれば、それは間違いなく貝町だろう。 それ故に、貝町に外せないとなると、首輪を外す作業はかなり難易度が高いということになる。 「生憎だが、構造が判らない物には手の出しようがないな」 「つまりは構造が判れば外せるということ?」 「それが私の知っている技術の範疇なら、何とか出来るかも知れないが……」 それを聞いて、麻倉は貝町との交渉が上手く行くことを確信した。 貝町は、かなり面倒な性格の持ち主だが、道理が判らない人間ではない。 お互いの技能を生かし合うことのメリットは理解してくれる筈だ。 「なら貝町さん。私とあなた、協力してみるのはどう?」 暫くの駆け引きの後、貝町は小さなため息を一つ吐いて、麻倉の首から日本刀の刃を退けた。 デイバッグの口に差し込んであった鞘へと日本刀を収め、その場にどっかと座り込む。 細かい取り決めなど何もない。お互いの利害が一致する限り、共に事件の解決に向けて動く。 二人の間に取り交わされたのは、たったそれだけの拙い協力の約束だ。 「一つだけ言っておく」 「あら、何かしら?」 「これ以降、私のことを勝手に分析するな。詮索もするな。もしすれば、即座に協力を取り消す」 貝町は不機嫌さを隠す様子もなく吐き捨てる。人格を分析されたのが、余程腹に据えかねたらしい。 だが、警戒心の強い貝町が自分から武器を収めたということは、麻倉の能力をそれなりの信頼に値すると認めたということ。 そのことに若干の満足感を覚えつつ、麻倉は努めて平静を装って答えを返した。 「ええ、気を付けるわ」 ---- 麻倉美意子、この女はまずい。 改めてラトの周りから調査とやらを始めた麻倉の後ろ姿を見やりつつ、貝町は胸の内で呟いた。 これまでの会話を総合するに、麻倉は有能な人間かも知れないが、有能過ぎては自分が困る。 貝町には秘密があるのだ。どれ一つとっても、自分の将来を確実に破滅させるであろう秘密が。 貝町のクラスメイトである太田太郎丸忠信には、異常な性癖がある。 薬物、暴行、あらゆる手段で女を脅し、己の奴隷とすることを好む。奴隷収集癖とでも言うべき性癖。 貝町は、その犠牲者だった。 一年前、太田からの遊びの誘いを断ったがために目を付けられ、結果、今に至っている。 貝町とて、状況にただ甘んじたわけではない。幾度となく反抗を試みもした。 しかし、ほんの一週間薬物を与えられなくなるだけで、襲い来る禁断症状の前に、泣いて許しを乞うしかなかった。 あの時もそうだった。たった一人の友人を、"遊び"に誘いだせと太田に命令された時も、貝町は必死に抗った。 反抗して、抵抗して、そして負けたのだ。 貝町は、麻倉との会話の中で、少しだけ嘘を吐いている。 人生を台無しにしないために、殺し合いには乗らないと言った。 だが、貝町ト子という一人の少女の人生など、もうずっと前から台無しになっている。 ---- 「貝町さん、今何か言った?」 ラトの亡骸の周りで調査とやらをしていた麻倉が、貝町へ問いかける。 いつの間にか、口から言葉が洩れ出ていたのだと貝町は気が付いた。 「少し考え事をしていた。気にせずにお前はそっちを調べろ」 「そうなの? じゃあ、そうさせて貰うわ」 特に気になったというわけでもないのか。麻倉は直ぐに調査へと戻った。 その後ろ姿を見ながら、貝町は静かに考えを巡らせる。麻倉美意子、探偵の少女。 今は有用な存在だが、もし何かを切掛けとして自分の秘密に気付いてしまった時は―――視線は、傍らに置いた日本刀へと注がれて―――その時は、仕方がない。 結局のところ、自分が一番大事にしているのは自分なのだと、貝町は理解していた。 そうでなければ、あの日、自分が友人を傷付けることなどなかったのだから。 「………だから、許してくれとは言わんさ」 その言葉は、麻倉の背中に向けたものか、或いは、此処にいない誰かへと向けたものなのか。 余りにも細い吐息のようなその言葉は、誰の耳にも届くことなく、静かに消えていった。 【D‐4 校舎/一日目・深夜】 【女子1番:麻倉 美意子(あさくら-みいこ)】 【1:私(達) 2:あなた(達) 3:○○(名字さん付け)】 [状態]:健康 、髪型に若干の乱れ [装備]:なし [道具]:支給品一式×1、不明支給品×1 [思考・状況] 基本思考:事件を解決する 0: 現場の調査 1: 貝町と協力する [備考欄] 【女子5番:貝町 ト子(かいまち-とこ)】 【1:私(ら) 2:お前(ら) 3:○○(名字呼び捨て)】 [状態]:健康 [装備]:日本刀 [道具]:支給品一式×1 [思考・状況] 基本思考: 秘密を保ったまま脱出する 0: 麻倉の調査が終わるのを待つ 1: 麻倉と協力するが、秘密に気付いた場合は殺す 2: 禁断症状が出ない内に薬物を手に入れておきたい [備考欄] ※テトとは友人でした ※太田に対して、複雑な感情があるようです ※薬物中毒者です。どの程度で禁断症状が出るかは、後の書き手にお任せします *時系列順で読む Back:[[Deperted]] Next:[[I Don’t Want to Miss a Thing]] *投下順で読む Back:[[Deperted]] Next:[[パートナー]] |[[試合開始]]|麻倉美意子|[[I am Genocider]]| |&color(cyan){GAME START}|貝町ト子|[[I am Genocider]]| ----