*DOUBT ◆hhzYiwxC1. コイントスと言う行為を、何か神聖な行為と位置付けている者は、決して少なくはない。 そして白崎篠一郎は、長谷川沙羅の問いかけに、どう答えるかを悩んだ。 彼女は銃を持っているし、自分の銃はデイパックの中。 自分はそこまで器用ではない。 確実にもたつき、撃ち負けるだろう。 「こう言うときにこそ、ですね」 「変な動きをしないで。何か変なことしたら撃つわよ」 「そう構えないでくださいよ。中に自販機があるからコーヒーを買うだけです」 「ですが……コーヒーを飲む前の余興と言っては難ですが…………賭けませんか? このコインに」 白崎の掌の上には、一枚の百円玉。 それ自体には何の変哲もないコインだ。 「何を賭けろって言うの?」 沙羅は、一時的に銃を下し、未だ警戒の視線を曇らせず白崎を見つめる。 「僕が表を出したらこのお金でジュースを奢ります。ですがもし、裏が出たなら」 「長谷川さんの下着を見せてください」 「……ハァ!?」 思わず気の抜けた声を上げてしまった。 「何言ってるの? アナタ馬鹿?」 羞恥心はなかった。 もともと白崎篠一郎を含めたクラス中の男子を男性として見ていなかったからかもしれないが、セクハラまがいの言葉も、ただの狂言にすら聞こえる。 「簡単な事です。もし負けたとしても、スカートを捲るだけで済むんですから」 「だからって普通こんなことしないでしょ。やっぱりおかしいわよ白崎君」 「おかしいのは長谷川さんの方ですよ。何でこの状況下でそのポーカーフェイスを貫徹できるのですか?」 沙羅は答えられなかった。 「それとこれとは関係な…」 「そうですよ。またそうやって話をそらす」 「またって……あなたは私の何を知ってるの」 「知りません? 全く知りませんよ。ですがさっきの倉沢さんの言動から大体予想はつく」 「あなたは彼女に疑われている。利用するんなら利用するだけ利用して切り捨てるべきですよ」 「どうせアナタはクラスメイトから信頼を勝ち取ってはいない。こんなにも信頼がモノを言うゲームの中に放り込まれたアナタは、本当に不幸だ。アカの他人に囲まれて…」 「黙って」 沙羅は、白崎の言葉に紛れもない憤りを抱いていた。 だが、いつもと同じだ。声を荒げられない。 羞恥心からではない。沁みついて、性格そのものと化してしまったそれ。 「冷静ですね。怖いぐらいに冷静だ。その仮面の下は一体どうなってるんでしょうね」 「黙って」 「本当に強情な方ですね。その仮面はどうやったら外れるんですか?顔を剥がないと無理なんでしょうか……」 「黙れ!!」 叫ぶ事自体が、何十年かぶりだった。 もともと内向的な性格で、友達ができず、結果趣味に走り感情育成を怠った。 ひょっとしたら、真に無垢な時にしか、豊かな表情を表に出した事がなかったのかも…… 「いい顔じゃないですか。長谷川さん。その顔の方が可愛いですよ?」 「煽ててるつもりなの?」 沙羅の、あの表情は、一瞬のものであったがそれを白崎篠一郎は知っている。 ひょっとしたら、彼だけかもしれない。宝物のような表情。 「賭けは……また今度にしましょう。とりあえずジュースは奢ります。何がいいですか?」 「…………」 「黙っていては分かりませんよ。お任せと見なしますがいいですか?」 そう言って白崎篠一郎は、映画館の中へと姿を消して行った。 ---- 自分は、決して悲しみを抱いていないわけではない。 ラトは勿論、仲販遥や麻倉美意子。 いずれも自分を、通常のクラスメイトと変わりなく接してくれた友人だ。 朽樹良子や、鬼崎喜佳も名前を呼ばれる事はなかったが、死んでいないかどうか心配で気が気ではない。 だが、その焦燥も表に現れ出でることはない。 何度この性格を呪っただろう。 自分から友達を作るチャンスを奪い続けたこの性格を。 「100円自販機もまだ実在したんですね」 最近地方に行かないとあまり見かけない100円自販機を珍しく思いつつ、白崎は先ほど賭けに用いる予定だった100円を投入する。 そうして購入するのはオレンジジュース。 出てきたジュースを手に取ると、そのまま白崎は入り口に戻る。 「オレンジジュースでよかったですか?」 「別に頼んでなんて…」 「まあいいんです。では、賭けをもう一度やりませんか?」 「私に何を賭けろって言うの? ほしくもないオレンジジュースを求めて?」 「違いますよ? アナタはゲームを潰したいんでしょう?」 沙羅の表情が、今一度固く強張る。 「どう言うこと?」 「賭けに僕が勝てば。僕は長谷川さんのオレンジジュースを貰う。そして長谷川さんが勝てば」 「僕を利用する権利を得る」 「悪いけど私はアナタと行動を共にしたくない」 「ええ。僕は長谷川さんを煽りに煽ったし、おまけにセクハラ紛いの言葉を吐いた」 「ですが長谷川さん。考えても見てください。この島には明らかに不自然なところがあるでしょう?」 「どうして、人が利用することを想定した施設がこんなにも多いんでしょうかね?」 沙羅も、その言葉には妙に納得を抱いた。 そもそもこの島は無人島だ。 そのはずなのに民家がいくつも立ち並んでいたり、そもそも映画館なんて物が何であるんだ? 民家が廃屋で、この映画館が機能していないならば分かる。 だが、沙羅が見た限りでは民家は真新しい(彼女は直接中を見たわけではないが)上に、この映画館もまた然りだ 「………確かにそうね」 「そうでしょう? 特にこの映画館………パンフレットやポップコーンを売っている場所もある。もちろんチケット売り場もそうですし」 「人がいれば……すぐにでも機能できるような真新しさ…」 「そうです。まるで、シールのように貼り付けたような…………」 「じゃあ白崎君。このゲームの主催者はそれだけのことを為し得る財力と権力を持っているということ?」 「かもしれませんね。少なくとも若狭先生一人だけではないでしょう。ひょっとしたら彼はただの傀儡なのかも…………」 「……」 ラトの命を奪った若狭が傀儡であるとは信じられなかった。 だが、彼の今際の言葉。アレが妙だった。 主催は若狭だけであるというのは、確かにあまり信憑性を帯びないかもしれない。 裏がある。 だとしてもスイッチを押したのは若狭だ。もしも彼が本当に傀儡だとしても許せはしない。 真犯人がいるとしたら、そいつにも償ってほしいが… 「まあいいでしょう。とりあえず一つだけ提案させていただきますと………この映画館の中を調べてみませんか?」 「何かがあるのかも知れません」 沙羅の心も揺れる。 白崎の言葉は、決して理に叶わぬ妄言ではないからだ。 この場に置いては常識的な思考こそが理に叶わないのかも知れない。 それくらい突飛な思考の方が、理に叶っているかも知れない。 「悪いわね白崎君。少しだけ時間をくれるかしら」 そう言って沙羅は、徐にスカートのポケットから財布を取り出し、そこから500円を取り出した。 「コイントスですか?」 「ちょっと退いてくれるかしら。白崎君」 沙羅は、それだけ言うとその500円玉を上空に放り投げた。 そのフォームは明らかにコイントスのそれとは違う。文字通り放り投げると言う行為だ。 それは、空高く放り投げると言ったほうがよかった。 コイントスとは程遠い粗雑なフォーム 白崎には、目視だけでは長谷川沙羅の意図は掴めない。 これから何が起きるのか… と、ここで長谷川沙羅は少しだけしゃがみ、右手を眉間に添えて陽を遮った状態で、上空に銃を向けた。 その瞬間彼女の銃“ベレッタM92”は火を吹く。 間もなくして金属音が木霊する。 500円玉だ。銃弾が命中し、模様が半分ほど消し飛んでいる。 別の場所で何かが(恐らく銃弾だろう)何かに当たったような音がしたあとで、沙羅はその500円玉を拾い、出た目の裏面に目を通す。 「裏…………ね。仕方ないから探索をしましょうか」 「…………言葉も出ませんね」 白崎は、呆気に取られたような表情で沙羅を見つめる。 そうして、あの時彼女を襲撃しようなんて気を起こさなかった自分を、心から褒め称えた。 あんな離れ業を先ほど見せつけられた白崎は、沙羅と共に映画館の内部を調べに入った。(何故あんな芸当ができるのかは、おっかなくて聞けないが) さっきいった待合室も改めて調べたが、変わったものを見つけ出すことはできなかった。 「ねえ白崎君さ」 「あなた確か暮員さんと付き合ってたわよね?」 長谷川沙羅は、棚の中から取り出した書類などを近くのデスクにまとめて置いた。 その行動の合い間の軽い質問だ。 「いえ? 彼女は親友です」 白崎は静かにそう答える。当たり前のように 「でも付き合ってるってクラス中で……」 「それはあり得ません。僕が彼女と吊り合うはずがないんですから」 「彼女は師であり、友であり、そして僕にとっての高嶺の花なんですよ」 その言葉からは、悲愴感がただただ漂っていた。 「すいません。少々気が動転しま……してしまいました」 白崎の焦りが、沙羅にはすぐ分かった。 ゆっくりとした喋り口調だったが、彼は舌を噛んだ。 白崎篠一郎は、まず確実に暮員未幸のことが好きだろう。 だけど、決して手を伸ばそうとはしないハナから諦めているような…そんな感じだ。 恋をした事がない沙羅にも、それくらいのことは分かる。 けれども彼が心の深部で抱く苦悩は、決して彼女には分からない。 「…………三階にも行ってみましょうか」 沙羅は無言でそれを承諾した。部屋を出て螺旋状の階段を上ると、ドアが開け放たれてフィルムなどが乱雑に散乱した映写室がそこにあった。 「誰かが……随分前にも来てたようですね?」 「そうみたいね」 やや気まずい空気が、その場にまどろんでいた。 その後の会話はなく、沙羅は散乱したフィルムや資料なんかを拾い集め始めた。 白崎も、部屋の奥に入って同様の行為を行う。 そんな折、彼は見つけるのであった。 既に生きてはいない森屋英太と仲販遥が見つけた、卜部悠の企画書。 「あ゙ぁ……」 見つけた瞬間、驚きもしたが沙羅の視線がこちらに向けられていない事を認識すると、その紙束を丸め、ジッパーを少しだけ開けたデイパックの中に突っ込んでおいた。 「………何もないですね。期待はずれだ」 そして白崎は、何事もなかったかのように沙羅にそう話しかけた。 長谷川沙羅が、飽く迄可能性として抱いていた一つの疑心は、少しだけ現実味を帯びてくる。 クラスメイトを疑うことは、できればしたくはないのだが、分校にいた時点で、あの場にいなかった3人のうちの誰かが、果たして50人近くの人間をここに気付かれることなく運べるだろうか? 暮員未幸。 大財閥の娘と言うから、必要な“財力”と“権力”は、確実に満たしているだろう。 そうなると…………この白崎篠一郎。 まさかとは思うが…… いや、飽く迄可能性だ。 今は少しでも、彼らを信じていたい。 だが… 【E‐5 映画館の中/一日目・午前】 【女子二十四番:長谷川沙羅】 【1:私(達) 2:あなた(達) 3:○○さん、○○くん(達)】 [状態]:良好 [装備]:ベレッタM92(13+1/15) [道具]:支給品一式、予備マガジン×3 [思考・状況] 基本思考:みんなを助ける、ラトの仇をとる 0:白崎篠一郎と共に映画館を探る 1:だが信用はしない 2:ほのかの事は半分諦め気味 ※日向有人がゲームに乗っているかもしれないと強い不信感を抱いています ※暮員未幸が主催関係者ではないのかと疑っています ※白崎篠一郎が何者かということも、疑っています 【男子十五番:白崎篠一郎(しらさき-じょういちろう)】 【1:僕(ら) 2:貴方(たち) 3:○○(名字さん付け)】 [状態]:右肩に裂傷(応急処置済み)、沙羅にやや不満 [装備]:なし [道具]:支給品一式、予備用38スペシャル弾(42/42) 、ボウイナイフ、S&W M10(2/6)、縫い針、卜部悠の企画書 [思考・状況] 基本思考:スタンスをコロコロ変える (現在のスタンスは不明) 0:長谷川沙羅と行動を共にする 1:暮員さんに会いたい。 2:由佳は……どこへ行ったんだ? まあいいが ※企画書を回収したことを沙羅に明かしていません ※黒幕が卜部、二階堂、テトであると認識しました *時系列順で読む Back:[[誤算]] Next:[[]] *投下順で読む Back:[[誤算]] Next:[[]] |[[Panic Theater]]|長谷川沙羅|| |[[Panic Theater]]|白崎篠一郎||