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あたしが殺した(前編)

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あたしが殺した(前編) ◆CUPf/QTby2


一刻も早く、人の気配に触れたかった。
ゲームに乗っていても構わない。殺意を向けられても構わない。
相手が人間ならば、顔見知りならば、クラスメイトならば、
出来ることは自分にもある。けれども、この森は手に負えない。
自然の前では、自分は無力だ。いや、無力だと思ってしまう。

一歩足を踏みしめるたびに、枯れ枝が乾いた音を立てる。
視界が悪い。枝葉が天を覆い隠し、星明りすらも遮ろうとする。
がさり、と近くで音がする。獣か、蛇か、虫けらか風か、
それとも己の踏みしめたものが離れた何かに繋がっていたか。
がさり、と再び音がする。誰もいないはずの場所から、這うような音。

獣だったらどうしよう。毒蛇だったらどうしよう。気持ちの悪い虫だったら。
逃げ足には自信がある。持久力にも自信がある。
しかし、視界が悪すぎる。足場も悪く、障害物にも事欠かない。
恐怖に屈して走り出せば、怪我を負う可能性のほうが高くなる。

 ――大丈夫。落ち着きを失ったら、出来る対処も出来なくなるわ。
 冷静に考えて。さっきの校舎。この島には、少なくとも学校がある。
 つまり、それなりに文明と共存している場所だってこと。だから……。

大丈夫。どうにかなる。そう自分に言い聞かせ、
不動院凛華(ふどういん・りんか/女子十六番)は前進する。
それでも恐怖は忍び寄る。周囲のすべてが不安を生む。
何度も怯え、足を止め、ようやく視界が開けたとき、
凛華はその場にへたり込んだ。

そう、たとえそこが、ゴーストタウンであったとしても――
町並みは暗く沈んでいても、その形には人の営みの痕跡がある。
凛華の見知った世界がある。だから凛華は安堵した。
大丈夫、どうにかなる。その言葉にようやく根拠が宿ったような気がして。

ふと視線を感じ、顔を上げると、同じクラスの女生徒が
住宅の外壁に背をもたせかけ、力なくこちらを見やっていた。
有栖川桜(ありすがわ・さくら/女子二番)。負傷しているのだと分かる。
右腕に何かが刺さっており、鮮血が流れ落ちている。
誰かに襲われたのだろうか。それとも返り討ちに遭ったのだろうか。
どちらにせよ、手当てをしなければ。自分には、それが出来るのだから。

凛華は桜に歩み寄る。桜の身体が強張るのが分かる。

「大丈夫。危害を加えるつもりはないわ」

凛華は両手を軽く挙げ、丸腰であることをアピールする。
桜は何も答えない。その強い視線からは、警戒心が見て取れる。

凛華はふと、思い出す。
両親の経営する動物病院、そこに運ばれてきた傷だらけの犬。
人間から虐待を受けた犬の様子に、今の桜はどこか似ている。

 ――誰かに襲われた可能性が高そうね。それも、一方的に。

彼女を休ませなければ、と思った。
怪我の手当ても必要だが、心の休息も不可欠だ。
一歩、また一歩、凛華は桜に歩み寄る。

「有栖川さん、歩ける?」
「……うん」
「近くに診療所があるようだけど……、そこに向かうのはあとね。
 手近な家に入って、そこで応急処置をしましょう」

          □ ■ □

誰かが点したその部屋の明かりが、暗いカーテンから漏れている。
黄色がかった淡い光は、そこに獲物が潜伏していることを物語っていた。

なんて迂闊なんだろう、取り締まらなければ、罰を下さなければ。
嵐崎・キャラハン・蘭子(らんざき・-・らんこ/女子二十番)は
唇の端を吊り上げて一歩、また一歩、着実にその住宅との距離を縮める。

 ――そこにいるのは桜なの? 随分と無用心じゃない。
 そんなことしてたらママが怒り出しちゃうわ。ほぉら、こんな風に!

自身の背丈よりもはるかに長い物干し竿の端を両手で握り、
まるで薙刀を振るうように、遠心力を乗せた先端をガラス窓に叩き込む。
その一撃で、ガラスは砕けた。ガタリ、と頭上で何かが動く。
明かりの点った二階の部屋から、慌ただしい物音が聞こえてくる。
獲物が外敵の襲撃に、己の迂闊さに気付いたのだろう。
今更気付いても遅いのに。腹の底から笑いが込み上げる。

とはいえ、侵入経路はいまだ不完全。
ガラスを砕いた窓の枠組みは小さく、無理に潜り抜けようとすれば、
豊かな胸がつかえてしまうに違いない。

不意に、中学時代のことを思い出す。
『蘭子ちゃん、胸が大きくて羨ましい』――無邪気な笑顔で
そんなことを言ったクラスの女子を、蘭子は即座に叩きのめした。
お仕置きだ。罰だ。巨乳には巨乳の苦悩があることも知らず、
安易に羨ましいなどと口にするなんて。ママなら激怒するだろう。
だから、教育してあげたのだ。その子のママの代わりに、自分が。

いいことをした、と思っている。ママだって絶対、そうするはずだ。
なのに、思い出すと苛々する。何もかもすべてが気に入らない。
何でもいい、誰でもいい、壊したくて殺したくて仕方がない。

チアガールがバトンを回すように、蘭子は物干し竿を回転させる。
ステンレス製の棒に遠心力を乗せ、次々と窓ガラスに叩きつける。
ガタン、と再び頭上で鳴る。慌ただしい音が二階から聞こえる。
しかし、明かりは点ったまま。足音も物音も、
同じ場所を行き来するだけで、逃亡の気配はうかがえない。

パニックに陥っているのだろう。蘭子は声を上げて笑った。
無駄なのに。逃げられないのに。勝てないのに。生き残れないのに。
あたしがいるのはそこじゃないのに。見当はずれな動きばかり。
無駄なことをして無駄なことを思って無駄に身構えて無駄に抵抗して、
そういうの、ママは大ッ嫌いなのに。知らないなんて重罪、死刑。

大窓を叩き割りながら、蘭子は甲高い笑い声を上げた。

          □ ■ □

静寂の彼方から、風に乗って、何かの割れる音が聞こえた。
聞き覚えのある女生徒の笑い声が被さるように遠くで響く。

「くっ、嵐崎の奴……」

桜の双眸が、にわかに力を取り戻す。
暗がりを力なく眺めることしか出来なかった彼女の目が、窓の外に向く。

桜がいるのは、凛華に手を引かれるまま転がり込んだ住宅内の一室。
襲撃者を警戒して、明かりは一度も点していない。
つい今しがたまで、桜の心は無力感に覆われていた。
理不尽極まる蝶野の命令、役立てられない超能力、負傷による激痛、
そして、ろくに言葉を交わしたことのないクラスメイトから受ける手当て。
緊張した。沈黙が心にのしかかる。次第に自己嫌悪が強くなる。

それを破ったのが、蘭子だった。
蘭子の声を耳にした途端、心が活力を取り戻した。

 ――そうだ。弱腰になっちゃダメだ。出来ることを全力でやらなきゃ。

手当てを続ける凛華の指を退けるように、桜は無言で身じろぎする。
凛華が小声で桜を制する。その声は穏やかだが、芯の強さを感じさせる。

「有栖川さん、動かないで」
「嵐崎が暴れてるんだ。止めに行かなきゃ」
「だったらせめて、処置が終わってからにして」
「嵐崎の奴が、誰かを襲ってるんだ。あたしは助けに行きたい」
「気持ちは分かるけど、あと少しだけ我慢して。私も一緒に行くから」
「や、いい、ひとりで行く。あたし、嵐崎のことはよく知ってるから。
 早く止めなきゃ、誰かが殺されるかも知れない。
 怪我なんて気にしてる場合じゃないんだ、だから!」

痛む右腕をもう一方の手で庇いながら、桜は凛華から身を離す。

「有栖川さん、待って」

感情を抑えた凛華の声が、桜の背中に突き刺さる。
けれども桜は振り向かない。月明かりを頼りに暗い廊下を走る。
凛華の足音が追ってくる。踏み出すたびに、振動が傷の奥深くに響く。

 ――諦めちゃダメだ。あたしの体はちゃんと動くんだから。

そう自分に言い聞かせ、廊下を抜けて、再び外へ。

……桜は今、凛華に対して苦手意識を抱いていた。
性格が合わないわけではない。むしろ、好感を持てる方ですらある。

元々、桜は女子特有の粘着質なコミュニケーションが苦手だった。
一緒にトイレに行ったりだとか、相手の話に相槌を打ちまくるだとか、
そういう人付き合いの形に馴染めないものを感じていたのだ。
その点、凛華のパーソナリティは中性的で、自分に近いものがある。
もっとも親しい友人が男子生徒、という点も、ふたりの共通点と言えた。
また、生まれつき体が弱く、入院生活を送ることの多かった桜にとって、
負傷した腕を見ても取り乱すことなく手当てを買って出た凛華の姿は、
幼い頃より幾度となく自分を助けてくれた看護師を思わせ、心強い。

しかし、だからこそ桜は引け目を感じる。
対等な友人として接したいのに、どうすればいいのかが分からない。
相手が自分にしてくれたこと、自分の心にもたらしたもの、
それと同じだけのものを、どうすれば相手に返せるのか、
それが分からなくて身動きが出来なくて、息が詰まりそうになる。

そんな桜にとって、蘭子の横暴は渡りに船だった。
今の自分に出来ることがあるとすれば、それは蘭子を止めること。
そうすることで凛華を守り、蘭子に襲われている誰かも守る。

それに、蘭子自身についてもそう。蘭子を危険視してはいるものの、
邪魔だと思っているわけでもなければ、別に殺したいわけでもない。
蘭子のやり方には到底賛同など出来ないし、擁護するつもりもないが、
暴力という形でしか他人とコミュニケーションを取ろうとしない
彼女の姿を見ていると、関わりを持たずにはいられないのだ。

桜にとってそれは、一種の仲間意識だったのかも知れない。

          □ ■ □

おっす! オラ八十島秋乃(やそじま・あきの/女子十九番)!
たまたま上がり込んだ民家の一室で、オラ、パソコンを見つけたぞ!
よーし、これでオラの支給品・USBフォルダも大活躍だ!

まずは部屋の電気を点けて、パソコンを起動……っと。
どんなデータが入ってんのか、オラもうわくわく。
その時、庭先ですんげー音がした。誰かがオラに戦いを挑んできたんだ。
……げげっ! その声は、嵐崎・キャラハン・蘭子!
こりゃ、すげぇ虐殺になりそうだぞ。



   次回、自作キャラでバトロワ2nd

   『八十島秋乃、最大の危機!』

   絶対見てくれよな!



 ――って、ちっがああああああああああああう!
 そんなこと考えてる場合じゃない! しっかりしろ、私の頭!

脳内番組の次回予告に登場するキャラクターの声を振り払い、
秋乃は意識を聴覚に向ける。

階下で床板が軋んでいるのが分かる。
襲撃者の足音がこちらに近付いてくるのが分かる。
ドスッと鈍い音がする。鈍器のようなものが壁に叩きつけられる音だ。
そして、蘭子の笑い声。破壊活動を満喫しながら、ゆっくりと、
しかし確実に、蘭子はこの部屋との距離を縮めていく。

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ――
みんな! オラに元気を分けてくれ!
脳裏ではついに本編が始まる。しかもクロスオーバー企画の特別編。
秋乃はシンクロ率120%で狭い室内を動き回る。
部屋中の家具を入り口付近に集め、バリケードを築いて襲撃者に備える。

おいおい、逃げちゃダメだ×3にシンクロしてる場合じゃないだろ、
ATフィールドを張ってる暇があるなら逃げろよ、ベランダから。
そんなツッコミを入れる者など、室内はおろか脳内にすらいない。

折り重なった家具の向こうから、階段を踏みしめる足音が聞こえる。
蘭子の笑い声が防壁を抜けて、こちらに近付いてくるのが分かる。
もっともっと、もっともっともっともっと守りを固めなければ、隠れなければ。
秋乃は窓辺に走り寄り、カーテンをさらに固く閉ざしてうずくまる。

ドン、と全身に衝撃が走る。一体何が起きたのだろう。
事態を把握出来ず、目を白黒させる秋乃の体に再び、ドン。
中でも特に、窓辺に接している部分に衝撃を感じる。
秋乃は気付く。ガラス戸が振動している。ガラスに何かが当たっている。
いや、違う。ベランダに誰かがいて、ガラスを外から叩いているのだ。

「あっははははははは、見ぃつけた!」

扉一枚隔てただけの場所で、蘭子が無邪気に笑っている。
バリケードの向こうで、ドアノブががちゃがちゃと音を立てる。
心臓が早鐘を打ち、口の中がからからに乾く。鍵はかけた。でも――

生木を引き裂くような音を立て、衝撃が木製のドアを揺るがす。
蘭子が扉を蹴っている。笑いながら、罵りながら、何度も何度も蹴りつける。
その余波で、机の上に乗せた椅子が滑り落ちて床を揺るがす。
ドアは破られてなどいないのに、バリケードが先に崩れていく。

ドン、と背後でガラスが揺れる。誰かが再び戸を叩く。
恐怖で身体が動かない。声を出すことすらままならない。
二人の襲撃者に挟まれているのに、逃げ場がどこにも見つからない。
蘭子を阻む木製のドア、その上部に設けられた採光用の小さな窓、
そこに嵌った曇りガラスが、乾いた音を立てて砕け散る。
代わりに現れたのは見覚えのある赤毛、続いて蘭子の大きな目。
淡い色の瞳がきょろきょろと回り、秋乃を捉えて動きを止める。

「なぁんだ、桜じゃないんだ。ぶぅー、つまんないのー」

助かった。秋乃の胸に光が灯る。事情はまったく読めないが、
少なくとも自分は蘭子のターゲットからは外れていたらしい。
芽生えた希望に応えるように、蘭子が可愛らしくクスクスと笑う。

「そこで待っててね、秋乃。今行くから。すぐに終わらせてあげるから」

再びドアが衝撃に震える。積み上げられた家具が余波で軋む。
背後で誰かがガラス戸を叩く。何度も何度も何度も叩く。
もうダメだ、私は死ぬんだ、同じクラスの生徒に殺されるんだ、
やりたいこともいっぱいあるのに、会いたい人もいっぱいいるのに、
もう叶わないんだ、蝶野先生はどうしてこんなことをするの、
生徒の未来を犠牲にしてでもしなきゃいけないことって何なの、
先生はそんなに麓山さんのことが――その時だった。

「嵐崎! あたしと勝負しろ!」

離れた場所で、下の方で、有栖川桜の声がした。
蘭子の視線が自分から外れる。しかし、立ち去るには至らない。

「嵐崎! そこにいるんだろ! あたしと勝負しろ!」

蘭子はその場から動かない。背後で誰かがガラス戸を叩く。
まるで焦りを帯び始めたように、音は大きく、激しくなる。

「あたしと勝負出来ないのか? おまえ、ホントは怖いんだろ!」

舐めやがって。蘭子が憎々しげに吐き捨てた。
しかしその場からは動かない。桜の挑発はさらに続く。

「あたし、知ってるぞ。おまえがホントはすごい臆病者だってこと。
 臆病だからそうやって、すぐに暴力を振るって暴れて、
 必死になって自分を強く見せようとするんだ。違うか?」
「……桜、てめぇ……」

廊下で鈍い音が上がる。蘭子が怒りに任せて壁を蹴ったのだ。
そう、壁を。この部屋に通じるドアではなく、廊下の壁を。
それは彼女の殺意が秋乃から外れたことを意味していた。

「……ブッ殺してやる!」

蘭子の足音が遠ざかる。勢いよく階段を駆け下りるのが分かる。
ガラス戸を隔てたすぐそばから、見知った女生徒の声がする。

「お願い、ここを開けて! 私は不動院よ、あなたを助けに来たの!」

          □ ■ □

時は遡る――

桜が凛華に追いつかれるのは時間の問題だった。
運動部所属とはいえ幼い頃から病気がちで、怪我を負った身である桜と、
陸上部所属で長距離走を得意とする無傷の凛華。
ふたりのスタミナは、比較するまでもなかった。

とはいえ、凛華は桜を無理に連れ戻そうとはしなかった。
凛華もまた、蘭子とその相手のことが気がかりだったのかも知れない。
放心している桜に事情も聞かず、手当てを買って出たくらいだ、
死傷者が出かねない状況を見過ごすことなど出来ないのだろう。

簡易的な止血処置を行ないながら、蘭子の声に向かって歩く。
目指すべき場所はすぐに分かった。笑い声の聞こえる方角を見ると、
二階の一室に明かりの点った家があるのが遠目でも確認出来た。

近付くと、窓辺で人影が動いた。
その背格好は女子のように見えるが、誰なのかまでは判らない。
何をしているのだろう。蘭子の声と彼女の立てる物音は、一階から聞こえる。
ガラス戸を開けてベランダに出れば、塀を伝って逃げ出せるのに、
人影は右往左往するばかりで部屋から逃げ出そうとはしない。

 ――右腕がこんな状態じゃなかったら……。

桜は無言で歯噛みする。
彼女の右手は今、使い物にならない状態だった。
物を握ることはおろか、指一本動かそうとしただけで、
耐えがたい激痛に見舞われる。凛華の見立てによれば、
骨にヒビが入っているかも知れないとのことだった。

桜は塀を、ベランダを見上げる。
体操部所属の彼女の運動能力でなら、簡単に辿り着ける場所だ。
しかし、それは腕に怪我をしていなければ、の話だった。
ベランダを睨みつける桜に、凛華が小声で話しかける。

「有栖川さん、ここで待ってて」
「何するつもりなんだ……」
「ベランダから助け出すわ。嵐崎さんが来る前に」
「そういうことなら、あたしも手伝う」
「いいの。私ひとりで大丈夫。有栖川さんはここにいて」

言い終わるや否や、凛華は塀に手をかけて、頭上より高く跳ね上がった。
猫のようにしなやかな身のこなしで、塀からベランダへと飛び移る。
凛華がガラス戸をノックすると、人影の全身がビクッと跳ねた。
しかし、それ以上は動かない。人影はカーテンを開けようとしない。
蘭子の声が移動する。階段を踏みしめる足音が聞こえる。
凛華はノックを繰り返す。けれども人影はカーテンを開けない。
蘭子に聞かれることを警戒してか、凛華は言葉を発しようとしない。

 ――クソッ、あたしに出来ることは何もないのか……?
 超能力も運動能力も役に立たない、しかも声も出せないとなると――

そこまで考えて、ひらめいた。
声を出せば、蘭子に気付かれる。
ならば、この状況を逆手に取ればいいのだ。

凛華に察知されぬよう、忍び足で玄関方面に回り込む。
扉を開けると、吹き抜けの玄関の向こうに螺旋階段が見えた。
この上に、蘭子がいる。何かを蹴りつける音と蘭子の笑い声が聞こえる。
姿の見えない宿敵に向かって桜は叫んだ。

「嵐崎! あたしと勝負しろ!」

          □ ■ □

「鍵がかかっているわ……」

玄関扉の取っ手から、凛華はそっと手を離す。
この家の中に、桜と蘭子がいる。助けに行かなければ、と思う。
「あたし、嵐崎のことはよく知ってるから」と桜は先ほど言っていたが、
あれほど挑発したあとだ、今の蘭子の凶暴性は
桜の手に負えないレベルまで達しているだろう。

現に、聞こえてくるのは蘭子の笑い声と、そして桜の悲鳴ばかり。
一刻も早く助けなければ。凛華は振り返り、秋乃に問う。

「八十島さんの支給品は?」
「あ、ああ、私……私、私は……」

秋乃は声を震わせながら、デイパックの中を覗き込む。
やがて、弾かれたように顔を上げ、隣家の二階を指差した。
さっきまで彼女のいた部屋だ。今も明かりが点いたままになっている。
あの部屋に支給品を置いてきてしまった、と言いたいのだろう。
秋乃は今にも泣き出しそうな顔で、縋るような目でこちらを見ている。
彼女の精神はまだ、恐慌状態から抜け出していないようだ。

 ――仕方ないわ。怖い思いをしたばかりだもの。

安全な場所で休息させたいと思う。しかし、ひとりにはさせられない。
秋乃の神経は今、きわめて過敏な状態にある。
つまり、何の害にもならないような些細な物事に過剰反応し、
誤った行動を取りかねない、ということだ。
なら、多少の危険が伴っても、目の届く場所に置いておく方がいい。

視線を落とすと、秋乃の膝がかすかに震えているのが見えた。
履いている靴は、軽い運動に適した歩き易そうなものだ。
ベランダから脱出したとき、秋乃は裸足のままだったが、
動けない彼女の代わりに凛華が玄関まで靴を取りに行ったのだった。

「……他の入り口を探すしかないわね。
 八十島さん、ゆっくりでいいから私について来て」

          □ ■ □



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GAME START 不動院凛華 022:あたしが殺した(後編)
019:汚れなき殺意 嵐崎・キャラハン・蘭子 022:あたしが殺した(後編)
014:ローリンガール 有栖川桜 022:あたしが殺した(後編)
014:ローリンガール 八十島秋乃 022:あたしが殺した(後編)

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