Slaves and Masters ◆CUPf/QTby2
本が好き。人と接するよりもずっと、僕は本を読むのが好き。
でも、「人が本を読むのは、自分の知らないことを知りたいからだよね」
って言われたときは、「え?」って思った。知らなかったんだ。
そういう解釈の方が、一般的で普遍的なんだってことを。
でも、「人が本を読むのは、自分の知らないことを知りたいからだよね」
って言われたときは、「え?」って思った。知らなかったんだ。
そういう解釈の方が、一般的で普遍的なんだってことを。
僕が読書を好むのは、そこに自分がいるからなんだ。
幼い頃からずっと、僕には違和感があった。疎外感があった。
その原因の根底にあるのは、僕自身のセクシャリティなんだと思う。
その原因の根底にあるのは、僕自身のセクシャリティなんだと思う。
僕は、生物学的には、両性具有ってことになっている。
僕の体は男性と女性、両方の機能を備えているから。
でも、容姿自体は女の子っぽい。黙っていれば、まず女子だと思われる。
そのくせ、頭の中は男子っぽい。僕は女の子に興味があるんだ。
僕の体は男性と女性、両方の機能を備えているから。
でも、容姿自体は女の子っぽい。黙っていれば、まず女子だと思われる。
そのくせ、頭の中は男子っぽい。僕は女の子に興味があるんだ。
自分は“みんな”と違う、“普通”じゃない、どこかおかしい――
幼い頃から、僕にはそんな自覚があった。そして、誰かと仲良くなれば、
相手もいずれ僕のそういう部分に気付くんだってことを学んだんだ。
幼い頃から、僕にはそんな自覚があった。そして、誰かと仲良くなれば、
相手もいずれ僕のそういう部分に気付くんだってことを学んだんだ。
だから僕は、人とのかかわりを避けている。
女の子に対する興味はあるけど、付き合いたいとは思わない。
だって怖いもん。僕の『おかしな部分』を知られるのが。
好きになった子が、仲良くなった子が、“普通”じゃない僕の姿を知って、
嫌な顔をしたり、去っていったりするのが。
そんなことを恐れながら人と付き合うのは疲れる。僕はひとりの方が楽なんだ。
女の子に対する興味はあるけど、付き合いたいとは思わない。
だって怖いもん。僕の『おかしな部分』を知られるのが。
好きになった子が、仲良くなった子が、“普通”じゃない僕の姿を知って、
嫌な顔をしたり、去っていったりするのが。
そんなことを恐れながら人と付き合うのは疲れる。僕はひとりの方が楽なんだ。
本を読んでいると、孤独感が紛れて安心する。
大衆小説、ラノベ、純文学、ノンフィクション、学術書――みんな好き。
だって、そこには僕がいるから。僕の心が書かれているから。
僕の思い、僕の感情、僕の悩み、僕の孤独、それらはとてもありふれたもので、
昔からずっと、様々な国の人が抱えていたものなんだって実感出来るから。
大衆小説、ラノベ、純文学、ノンフィクション、学術書――みんな好き。
だって、そこには僕がいるから。僕の心が書かれているから。
僕の思い、僕の感情、僕の悩み、僕の孤独、それらはとてもありふれたもので、
昔からずっと、様々な国の人が抱えていたものなんだって実感出来るから。
だから、僕は本が大好き。大人になったら、本を書きたい。
恋人は要らない、子孫も要らない、“普通の幸せ”は望まない、
その代わり、自分の書いた本を後の世に残したい。
恋人は要らない、子孫も要らない、“普通の幸せ”は望まない、
その代わり、自分の書いた本を後の世に残したい。
それが僕、三木清葉(みき・きよは/男子十九番)の夢だった。
…………
……
……
G-2エリア/モーテル客室内、午前1時――
しん、という音が聞こえるほど、辺りは静まり返っている。
つい数時間前にクラスメイトふたりが無残な死を遂げたばかりだなんて、
そして今はこの島で殺し合いが行なわれているなんて、嘘のようだ。
つい数時間前にクラスメイトふたりが無残な死を遂げたばかりだなんて、
そして今はこの島で殺し合いが行なわれているなんて、嘘のようだ。
馴染みのないモーテルの内装が、ますますそう錯覚させる。
自分は今、ひとりで見知らぬ土地を訪れているだけで、
自宅に戻ればまた、いつもどおりの学校生活が始まるのではないか。
最強堂も安佐蔵も、何事もなかったようにそこにいるのではないか。
そんな空想をつい、信じてしまいそうになる。
自分は今、ひとりで見知らぬ土地を訪れているだけで、
自宅に戻ればまた、いつもどおりの学校生活が始まるのではないか。
最強堂も安佐蔵も、何事もなかったようにそこにいるのではないか。
そんな空想をつい、信じてしまいそうになる。
けれども首に嵌った異物が彼に、清葉に現実を思い出させる。
最強堂を殺した爆薬入りのあの首輪が、自分の首を圧迫しているのが分かる。
空気の玉が詰まっているような違和感を喉の奥に感じるのは、
物理的な刺激のせいか、それとも恐怖による緊張のためか。
最強堂を殺した爆薬入りのあの首輪が、自分の首を圧迫しているのが分かる。
空気の玉が詰まっているような違和感を喉の奥に感じるのは、
物理的な刺激のせいか、それとも恐怖による緊張のためか。
明かりの消えた客室で、清葉は執筆に没頭する。
壊すことの出来ない現実に背を向け、自らの世界を創造する。
彼は、小説を書いていた。基本支給品の筆記具で。客室備え付けのメモ用紙に。
壊すことの出来ない現実に背を向け、自らの世界を創造する。
彼は、小説を書いていた。基本支給品の筆記具で。客室備え付けのメモ用紙に。
優勝出来るとは思わない。心身ともにヘタレだと自認しているから。
生還出来るとは思わない。誰かと協力し合えるほど器用ではないから。
生還出来るとは思わない。誰かと協力し合えるほど器用ではないから。
だから自分はここで死ぬ。清葉はそんな運命を受け入れていた。
とはいえ、何もせず黙ってそのときを待っていられるほど無気力ではない。
そもそも、そこまで自分を安く見積もっているわけでもない。
“普通”ではない自分の中にも普遍性が存在することを、彼は読書を通じて学んだ。
とはいえ、何もせず黙ってそのときを待っていられるほど無気力ではない。
そもそも、そこまで自分を安く見積もっているわけでもない。
“普通”ではない自分の中にも普遍性が存在することを、彼は読書を通じて学んだ。
大人になったら本を、後世に残る作品を書きたいと思っていた。
その夢はもう叶わない。そんな時間は、自分にはないから。
それでも最期の瞬間まで夢に、好きなものに寄り添っていたかった。
ゆえに、清葉は自分自身ではなく作品をこの世に遺すことを選んだ。
その夢はもう叶わない。そんな時間は、自分にはないから。
それでも最期の瞬間まで夢に、好きなものに寄り添っていたかった。
ゆえに、清葉は自分自身ではなく作品をこの世に遺すことを選んだ。
そうして、執筆開始から一時間が経った。
どうにもならない現実と、現実逃避ツールの一切を排した密閉空間。
逃げ場は自分の中にしかない。けれども自分の中になら、思う存分逃げ込める。
それは物書きにとって理想的な環境で、執筆は思いのほかはかどった。
しかし、一点だけ問題があり――
どうにもならない現実と、現実逃避ツールの一切を排した密閉空間。
逃げ場は自分の中にしかない。けれども自分の中になら、思う存分逃げ込める。
それは物書きにとって理想的な環境で、執筆は思いのほかはかどった。
しかし、一点だけ問題があり――
――ううぅ……、なんかムラムラしてきた。
彼が執筆していたのは、エロ小説だった。
――ううっ、なんでこんな内容になっちゃったんだろう……。
僕は私小説を書きたかったのに。私小説を書いていたはずなのに。
クラスのみんなの思い出を、小説として遺したかっただけなのに……。
なんでこんな、えっちな妄想が一人歩きしちゃってるんだろう……。
僕は私小説を書きたかったのに。私小説を書いていたはずなのに。
クラスのみんなの思い出を、小説として遺したかっただけなのに……。
なんでこんな、えっちな妄想が一人歩きしちゃってるんだろう……。
そう、彼の脳内と作中では、クラスの女子が痴態を繰り広げていた。
日頃のガン見……もとい、細やかな観察が幸いし、その筆致は冴え渡る一方。
ちなみに男子は登場しない。男優さんには感情移入出来ないクチだから。
日頃のガン見……もとい、細やかな観察が幸いし、その筆致は冴え渡る一方。
ちなみに男子は登場しない。男優さんには感情移入出来ないクチだから。
結果として、清葉の作品は、百合とレズの宝庫となった。
どこを見ても女子、女体だらけというのがお得感満載で素晴らしい。
素晴らしすぎて妄想が加速してそれを追うのに夢中になって、
手を動かすのが面倒になってきた。というか、手を動かすエネルギーは
執筆よりも快感を得るために使いたい、という域にまで達している。
どこを見ても女子、女体だらけというのがお得感満載で素晴らしい。
素晴らしすぎて妄想が加速してそれを追うのに夢中になって、
手を動かすのが面倒になってきた。というか、手を動かすエネルギーは
執筆よりも快感を得るために使いたい、という域にまで達している。
――少しくらい、いいよね。誰も見てないんだし……。
筆記具をテーブルに置く音が、やけに大きく感じられた。
□ ■ □
「あはははは、碧衣ちゃんのために害虫駆除! 今日の私は絶好調!」
――うん。でも私、頑張った。精神力で発作を抑え込んだもんねー。
基地外バレなんてしたら、また碧衣ちゃんのそばから離されちゃうもん。
私、碧衣ちゃんを守らなきゃ。碧衣ちゃんのためにいいことしなきゃ。
いいこと。いいこと。明るく楽しく人間ゴッコ。ニコニコ笑顔で害虫駆除。
基地外バレなんてしたら、また碧衣ちゃんのそばから離されちゃうもん。
私、碧衣ちゃんを守らなきゃ。碧衣ちゃんのためにいいことしなきゃ。
いいこと。いいこと。明るく楽しく人間ゴッコ。ニコニコ笑顔で害虫駆除。
ぐふふふふ。夕璃菜はくぐもった笑い声を漏らす。
もう大丈夫。笑顔を取り戻した今なら分かる。
サフィロは己の意思で韋駄天に戦いを挑んできた。
あの動き。彼女は身を守りたいのではない。韋駄天を破壊したいのだ。
ならば、追ってくるだろう。徒歩で。生身の肉体で。
移動速度に圧倒的な差があるにもかかわらず、この機械を。
サフィロは己の意思で韋駄天に戦いを挑んできた。
あの動き。彼女は身を守りたいのではない。韋駄天を破壊したいのだ。
ならば、追ってくるだろう。徒歩で。生身の肉体で。
移動速度に圧倒的な差があるにもかかわらず、この機械を。
それは、サフィロの体力が消耗していくことを意味していた。
疲労が蓄積すれば、運動能力が低下する。判断力だって、鈍る。
そうなれば、先程のような身のこなしも難しくなるだろう。
たとえサフィロが強力な武器を手にしたとしても、
使いこなせなければ意味がないのだ。
疲労が蓄積すれば、運動能力が低下する。判断力だって、鈍る。
そうなれば、先程のような身のこなしも難しくなるだろう。
たとえサフィロが強力な武器を手にしたとしても、
使いこなせなければ意味がないのだ。
「きしししし! こっこまでおーいでー、早く早くぅ!」
F-2~3エリアへと向かう機体の中で、夕璃菜は閉鎖病棟を思い出す。
やたらと蚊の多い場所だった。蚊の羽音が鬱陶しくて仕方なかった。
しかしあるとき発見した。蚊は血を吸うとその重みで動きが鈍る。
だから夕璃菜は己自身の血を吸わせた。確実に叩き潰すために。
てのひらに広がった赤い血と虫けらの死骸を眺めながら、優越感に浸るために。
やたらと蚊の多い場所だった。蚊の羽音が鬱陶しくて仕方なかった。
しかしあるとき発見した。蚊は血を吸うとその重みで動きが鈍る。
だから夕璃菜は己自身の血を吸わせた。確実に叩き潰すために。
てのひらに広がった赤い血と虫けらの死骸を眺めながら、優越感に浸るために。
人間様の血で腹を満たそうとする身の程知らずな虫けらに
極上のディナーを笑顔で振舞ってやるのは、未来の勝者の余裕ゆえだ。
生きる糧を存分に与えて満足させたところを、一撃で潰す。たまらない。
極上のディナーを笑顔で振舞ってやるのは、未来の勝者の余裕ゆえだ。
生きる糧を存分に与えて満足させたところを、一撃で潰す。たまらない。
またあの快感を味わいたい。あの爽快感を満喫したい。
害虫駆除。害虫駆除。その言葉を夕璃菜は何度も胸の中で転がした。
お気に入りの飴玉を大切に味わう子供のように。
害虫駆除。害虫駆除。その言葉を夕璃菜は何度も胸の中で転がした。
お気に入りの飴玉を大切に味わう子供のように。
□ ■ □
バスルームでことを済ませようと思ったのは、その痕跡を残したくなかったから。
もし、自分の死体の近くに使用済みのティッシュが落ちていたら。
そしてそのティッシュが鑑識に回され、DNA鑑定なんてされた日には。
死体のすぐそばには、直筆の自作エロ小説まであるというのに――
その想像力は、清葉を賢者に転職させた。ただし、ほんの数十秒間だけ。
そしてそのティッシュが鑑識に回され、DNA鑑定なんてされた日には。
死体のすぐそばには、直筆の自作エロ小説まであるというのに――
その想像力は、清葉を賢者に転職させた。ただし、ほんの数十秒間だけ。
脱衣所で衣服を脱ぎ捨てると、おのずと意識が首輪に向く。
身体を洗うときですら、首輪を外すことは許されない。
それは、自分が人間扱いされていないことを意味していた。
自分の所有権が自分にないことを意味していた。
そのことを意識した途端、清葉は賢者に戻れなくなった。
身体を洗うときですら、首輪を外すことは許されない。
それは、自分が人間扱いされていないことを意味していた。
自分の所有権が自分にないことを意味していた。
そのことを意識した途端、清葉は賢者に戻れなくなった。
被虐的な悦びが全身の神経をざわめかせ、いてもたってもいられなくする。
彼の性欲は暴走し、この首輪を自分につけさせたのが
50代のキモいおっさんだという事実を徹底的に破壊し始めた。
まず、脳裏で蝶野が性転換した。そして25歳ほど若返った。
名前も変わった。蝶子先生。28歳の女教師。当然、整形済みだ。
彼の性欲は暴走し、この首輪を自分につけさせたのが
50代のキモいおっさんだという事実を徹底的に破壊し始めた。
まず、脳裏で蝶野が性転換した。そして25歳ほど若返った。
名前も変わった。蝶子先生。28歳の女教師。当然、整形済みだ。
――ああ、僕は蝶子先生にお仕置きされちゃうんだ……。
蝶子先生が麓山さんたちにえっちなイジメを受けてるのを見――
蝶子先生が麓山さんたちにえっちなイジメを受けてるのを見――
キィ、と背後で音がした。金属のこすれ合うような音。
音は、脱衣所と寝室を区切る薄いドアの向こうから聞こえた。
なんだろう。清葉はバスルームに向かう足を止め、耳を澄ませた。
ギィ、と軋むような音がした。さっきよりもずっと大きな音だ。
一体何の音なのか、今度ははっきりと分かった。清葉の血が凍りつく。
音は、脱衣所と寝室を区切る薄いドアの向こうから聞こえた。
なんだろう。清葉はバスルームに向かう足を止め、耳を澄ませた。
ギィ、と軋むような音がした。さっきよりもずっと大きな音だ。
一体何の音なのか、今度ははっきりと分かった。清葉の血が凍りつく。
――ああ、誰か来た。ドアの鍵が開いてたんだ……。
どうしよう、僕、気付かなかった。ちゃんと確認してなかった……。
殺されるんだ、僕……。まだ小説が完成してもいないのに……。
あんなエロ小説だけど、僕の人生が沢山詰まってるのに……。
どうしよう、僕、気付かなかった。ちゃんと確認してなかった……。
殺されるんだ、僕……。まだ小説が完成してもいないのに……。
あんなエロ小説だけど、僕の人生が沢山詰まってるのに……。
侵入者の足音が聞こえてくる。
体重と筋力を感じさせない歩き方。そして少し疲れているような。
ベッドのスプリングが軋むのが分かる。足音の主が倒れ込んだようだ。
ふぅ、と侵入者が溜め息をついた。憂鬱と安堵がない混ぜになったような。
わずかに漏れた声と息遣いから、相手が女子の誰かだと気付く。
体重と筋力を感じさせない歩き方。そして少し疲れているような。
ベッドのスプリングが軋むのが分かる。足音の主が倒れ込んだようだ。
ふぅ、と侵入者が溜め息をついた。憂鬱と安堵がない混ぜになったような。
わずかに漏れた声と息遣いから、相手が女子の誰かだと気付く。
薄い扉一枚隔てた場所に、無防備な格好の女の子がいる。
どうせ死ぬんだ、少しくらい楽しんだっていいじゃないか。
嫌われたって関係ない、どうせお互いすぐに死ぬんだ。
そんな黒い考えが脳裏でむくりと身を起こす。けれども清葉は動けない。
今の自分は全裸だ。こんな姿を見られるのは恥ずかしい。
なんで全裸なの、と疑問に思われるなんて嫌だ、耐えられない。
どうせ死ぬんだ、少しくらい楽しんだっていいじゃないか。
嫌われたって関係ない、どうせお互いすぐに死ぬんだ。
そんな黒い考えが脳裏でむくりと身を起こす。けれども清葉は動けない。
今の自分は全裸だ。こんな姿を見られるのは恥ずかしい。
なんで全裸なの、と疑問に思われるなんて嫌だ、耐えられない。
衣服を身に着けたい。しかし身体を動かせば、物音を立てれば気付かれる。
清葉には、硬直したまま息を殺して自身の心音を数えることしか出来ない。
どれほどの時が流れただろう。ドアの向こうで女子生徒が動いた。
ゆっくりと身を起こし、ベッドから降りる。そして、足音が数回。
清葉には、硬直したまま息を殺して自身の心音を数えることしか出来ない。
どれほどの時が流れただろう。ドアの向こうで女子生徒が動いた。
ゆっくりと身を起こし、ベッドから降りる。そして、足音が数回。
――あれ? 立ち止まったまま動かなくなった……?
何をしているんだろう。その疑問に答えるように、ぱらり、と紙の音がした。
女子生徒が紙を触っている。乾いた音を立てる薄手の紙を、何枚も何枚も。
そこに何が記されているのか、清葉は既に知っている。
そこに記された詳細を、清葉は誰よりも知っている。
女子生徒が紙を触っている。乾いた音を立てる薄手の紙を、何枚も何枚も。
そこに何が記されているのか、清葉は既に知っている。
そこに記された詳細を、清葉は誰よりも知っている。
――読まれてるんだ……、僕の書いたエロ小説が……。
僕のエロ妄想が、クラスの女子に、見られてるんだ……。
僕のエロ妄想が、クラスの女子に、見られてるんだ……。
その瞬間、恐怖に抑え込まれていた性欲が本格的に活動を再開した。
□ ■ □
「さぁーて。どこに隠れたのかなー?」
F-2エリアの森林に、夕璃菜は韋駄天で分け入った。
この辺りに人がいるのは知っている。しかし、見通しが悪すぎる。
韋駄天の暗視装置をもってしても、遮蔽物が多すぎて手に負えない。
この辺りに人がいるのは知っている。しかし、見通しが悪すぎる。
韋駄天の暗視装置をもってしても、遮蔽物が多すぎて手に負えない。
「サーモグラフィ映像みたいなのが出てくるモードはないのかなー?
物陰に隠れてても体温で見つけ出せるやつ。えっと……、これかな?」
物陰に隠れてても体温で見つけ出せるやつ。えっと……、これかな?」
それらしいボタンを押すと、視界の上にレーダーのような映像が現れた。
お目当てのサーマルビジョンモードではないが、これはこれで興味を惹かれる。
映像は半透明で、視界を完全に遮断するわけではない。
見ると、F-2エリアに三つ、F-3エリアに三つの光点が確認出来た。
F-2エリアの内ひとつは、韋駄天の現在地を思わせる特殊な記号と重なっている。
お目当てのサーマルビジョンモードではないが、これはこれで興味を惹かれる。
映像は半透明で、視界を完全に遮断するわけではない。
見ると、F-2エリアに三つ、F-3エリアに三つの光点が確認出来た。
F-2エリアの内ひとつは、韋駄天の現在地を思わせる特殊な記号と重なっている。
「これって……」
夕璃菜は自身の喉元にそっと指を近づけた。
――もしかして、首輪の場所を示してるの?
付近のエリアを確認すると、G-2にも二つの光点が見える。
「イヒヒヒヒ! こっちに向かって、だぁい正解。
一気に7匹も駆除するチャーンス!
よーし、碧衣ちゃんのために頑張るぞー!」
一気に7匹も駆除するチャーンス!
よーし、碧衣ちゃんのために頑張るぞー!」
夕璃菜は悪魔じみた声で笑いながら該当エリアの施設を確認する。
楽勝楽勝、今日の私は絶好調。そう呟こうとしたその瞬間――
楽勝楽勝、今日の私は絶好調。そう呟こうとしたその瞬間――
――え……、G-2エリアのここ、モーテルの中!?
血の気が引く。もしも、ここにいるのが碧衣ちゃんだったら。
碧衣ちゃんは、誰かとふたりきりで、密室内にいるってことになる!
碧衣ちゃんは、誰かとふたりきりで、密室内にいるってことになる!
碧衣ちゃんが危ない。殺されそうになっているかも知れない。
乱暴されそうになっているかも知れない。助けを求めているかも知れない。
監禁されているかも知れない。騙されているかも知れない。
一刻も早く助け出さなきゃ。碧衣ちゃんは私が守るんだ。絶対絶対守るんだ。
大好きな碧衣ちゃんにだけは、『あんな思い』はさせたくない――
乱暴されそうになっているかも知れない。助けを求めているかも知れない。
監禁されているかも知れない。騙されているかも知れない。
一刻も早く助け出さなきゃ。碧衣ちゃんは私が守るんだ。絶対絶対守るんだ。
大好きな碧衣ちゃんにだけは、『あんな思い』はさせたくない――
夕璃菜は進行方向を急遽G-2エリアへと変更した。
□ ■ □
上原鞠愛(うえはら・まりあ/女子三番)のトラウマ読書体験。
それは、母親の著書をうっかり読んでしまったことに尽きる。
それは、母親の著書をうっかり読んでしまったことに尽きる。
鞠愛の母は小説家で、純文学作品を細々と発表している。
母のことは好きではない。気難しくて、ヒステリックで気分屋で。
だからそんな母の著作にも、鞠愛は興味を抱かなかった。
母のことは好きではない。気難しくて、ヒステリックで気分屋で。
だからそんな母の著作にも、鞠愛は興味を抱かなかった。
なのに何故、手を出してしまったのか。
それはもう、中二病を患ったから、としか言いようがなかった。
忘れもしない中学二年生の夏、鞠愛は母への反逆を企てた。
母の著作の悪口を、もっともらしい言い回しと丁寧な言葉で書き連ね、
夏休みの宿題の読書感想文として提出してやろうと考えたのだった。
それはもう、中二病を患ったから、としか言いようがなかった。
忘れもしない中学二年生の夏、鞠愛は母への反逆を企てた。
母の著作の悪口を、もっともらしい言い回しと丁寧な言葉で書き連ね、
夏休みの宿題の読書感想文として提出してやろうと考えたのだった。
しかし、読み終わる前に後悔した。
見開き二ページ、改行なしで埋め尽くされた文字、文字、文字文字文字文字。
主人公は苦悩していた。己の内面や生、そして性について独白しながら。
生きるのが辛い、その一言で済むようなことを、言葉を尽くして延々と語る。
まるで自傷行為のように、辛辣な自己ツッコミを繰り返しながら。
見開き二ページ、改行なしで埋め尽くされた文字、文字、文字文字文字文字。
主人公は苦悩していた。己の内面や生、そして性について独白しながら。
生きるのが辛い、その一言で済むようなことを、言葉を尽くして延々と語る。
まるで自傷行為のように、辛辣な自己ツッコミを繰り返しながら。
衝撃を受けた。お母さんの中に、こんな考え方が存在していたなんて。
お母さんが、こんなネガティブな文章を世間に垂れ流していたなんて。
親の裸や排泄現場を直視してしまったかのような気持ちの悪さが胸に残る。
それに、世の中にはわざわざお金を払ってまでして、
こういうものを読む人がいる、という事実もショッキングだった。
お母さんが、こんなネガティブな文章を世間に垂れ流していたなんて。
親の裸や排泄現場を直視してしまったかのような気持ちの悪さが胸に残る。
それに、世の中にはわざわざお金を払ってまでして、
こういうものを読む人がいる、という事実もショッキングだった。
感想文は書けなかった。作品について語ろうとすれば、そう、
たとえそれが悪口の類いでも、自分の秘密を暴露してしまうような気がして。
心の奥に秘めておきたいこと、他人には決して知られたくないこと、
それらを白日の下に晒してしまうような気がして。
たとえそれが悪口の類いでも、自分の秘密を暴露してしまうような気がして。
心の奥に秘めておきたいこと、他人には決して知られたくないこと、
それらを白日の下に晒してしまうような気がして。
しかし今は違う。援交が、変態M男が、鞠愛に衝撃を克服させた。
世の中には、排泄物を『黄金』『聖水』などと呼び、有難がっている輩がいる。
理解も共感も出来ない価値観だが、彼らにとってはそれが真実なのだろう。
似たようなものだ、母の小説も、その読者も。そう思うと、気が楽になった。
世の中には、排泄物を『黄金』『聖水』などと呼び、有難がっている輩がいる。
理解も共感も出来ない価値観だが、彼らにとってはそれが真実なのだろう。
似たようなものだ、母の小説も、その読者も。そう思うと、気が楽になった。
……そんな上原鞠愛の前に、新たな衝撃作が現れた。
「僕だって、こんな下品な小説は書きたくなかったんだ……」
清葉は力なく揺れる視線をリノリウムの床に彷徨わせる。
脱ぎ捨てた服の上で身を屈め、細い腕で胸元や腰の辺りを覆い隠しながら。
清葉の声は震えていた。鞠愛の顔など見ようともしない。怯えているのだろうか。
いや、違う。吐息に混じった熱いものを、鞠愛は既に察知していた。
しかし、気付かないフリをした。そこに触れるのはまだ早い。
駄犬を眺めるような心持ちで白い裸体を見下ろしながら、鞠愛は清葉に確認する。
脱ぎ捨てた服の上で身を屈め、細い腕で胸元や腰の辺りを覆い隠しながら。
清葉の声は震えていた。鞠愛の顔など見ようともしない。怯えているのだろうか。
いや、違う。吐息に混じった熱いものを、鞠愛は既に察知していた。
しかし、気付かないフリをした。そこに触れるのはまだ早い。
駄犬を眺めるような心持ちで白い裸体を見下ろしながら、鞠愛は清葉に確認する。
「そう……、つまり、蝶野に無理矢理書かされたというわけなのね?」
「最後まで書き上げたら、特別に命を助けてやるって言われて……。
ごめんね、上原さん……こんなの読ませちゃって……」
「確かに、蝶野が考えそうなことだわ。教え子をモーテルに監禁して、
自分の要望通りのエロ小説を書かせるなんて……」
「上原さん……、ありがとう、分かってくれて……」
「最後まで書き上げたら、特別に命を助けてやるって言われて……。
ごめんね、上原さん……こんなの読ませちゃって……」
「確かに、蝶野が考えそうなことだわ。教え子をモーテルに監禁して、
自分の要望通りのエロ小説を書かせるなんて……」
「上原さん……、ありがとう、分かってくれて……」
そんな嘘でこの私が騙されるとでも思っているのかしら。
自分の目つきが冷ややかになっていくのが分かる。
清葉が嘘をついていることは明白だった。パーツごとの表情がまるで違う。
縋るような目をしていながら、口元には悪意や歓喜がにじんでいる。
隠し切れない内面の歪みが油断した拍子に漏れ出てしまった、というところか。
しかし、そこにはまだ触れない。触れるのは、外堀を埋めてからだ。
自分の目つきが冷ややかになっていくのが分かる。
清葉が嘘をついていることは明白だった。パーツごとの表情がまるで違う。
縋るような目をしていながら、口元には悪意や歓喜がにじんでいる。
隠し切れない内面の歪みが油断した拍子に漏れ出てしまった、というところか。
しかし、そこにはまだ触れない。触れるのは、外堀を埋めてからだ。
「感謝の気持ちがあるのなら、私の質問に答えてくれるかしら?」
「えっ……?」
「えっ……?」
清葉は顔を上げ、こちらを見た。予想外の反応に戸惑っているのだろうか。
新たな嘘に相手が逃げ込んでしまう前に、鞠愛は彼を誘導する。
新たな嘘に相手が逃げ込んでしまう前に、鞠愛は彼を誘導する。
「おまえはこんな下品でいやらしい話なんて書きたくなかったのよね?」
「あ、当たり前だよ! みんなにも失礼だもん、こんな内容!」
「そう。そんな風に思いながら執筆するのは、さぞかし辛かったでしょうね」
「う、うん……、うん!」
「脅迫されて、心にもないことを無理矢理書かされて。酷い話だわ」
「ありがとう。ここに入って来たのが上原さんで良かった……」
「あ、当たり前だよ! みんなにも失礼だもん、こんな内容!」
「そう。そんな風に思いながら執筆するのは、さぞかし辛かったでしょうね」
「う、うん……、うん!」
「脅迫されて、心にもないことを無理矢理書かされて。酷い話だわ」
「ありがとう。ここに入って来たのが上原さんで良かった……」
清葉の油断を、慢心を、そして被虐願望を、鞠愛は決して見逃さなかった。
いたわるように静かにそっと、清葉の方へと手を伸ばす。
そして、股間の辺りを覆い隠す細く白い腕に優しく触れ、
次の瞬間、おもむろにその手をひねり上げた。
いたわるように静かにそっと、清葉の方へと手を伸ばす。
そして、股間の辺りを覆い隠す細く白い腕に優しく触れ、
次の瞬間、おもむろにその手をひねり上げた。
「あうぅ! やぁッ、放して!」
「あら、おかしいわね?」
「やぁっ、見ないで……、見ちゃヤダぁ!」
「おまえのコレ、どうしてこんなことになっているのかしら?」
「違うもん! なんにもなってないもん!」
「あら、おかしいわね?」
「やぁっ、見ないで……、見ちゃヤダぁ!」
「おまえのコレ、どうしてこんなことになっているのかしら?」
「違うもん! なんにもなってないもん!」
この期に及んで嘘にすがる清葉の姿が滑稽でならない。
見ているだけで、凶暴な悪戯心が胸の中に充満していく。
見ているだけで、凶暴な悪戯心が胸の中に充満していく。
「そう……、私の目がおかしいと言いたいのね?
なら、今からふたりで外に出て、おまえのコレを誰かに見てもらうわ」
「やぁ、そんな変態みたいなこと、僕……」
「……さっき、この近くで桐野きららに会ったの。
彼女におまえのコレを見せたら、どんな顔をするかしらね?」
「そんなのやだ……、僕、恥ずかしい……」
なら、今からふたりで外に出て、おまえのコレを誰かに見てもらうわ」
「やぁ、そんな変態みたいなこと、僕……」
「……さっき、この近くで桐野きららに会ったの。
彼女におまえのコレを見せたら、どんな顔をするかしらね?」
「そんなのやだ……、僕、恥ずかしい……」
清葉の声は消え入りそうだったが、現在問題になっている箇所は
まったく恥ずかしがってなどいなかった。
まったく恥ずかしがってなどいなかった。
「仕方ないでしょ? だって、私とおまえの言い分がまったく逆なんだもの。
どちらの言い分が正しいか、第三者の意見を聞いて判断するしかないわ」
「意地悪、言わないで……」
「意地悪だなんて、人聞きが悪いわ。私はただ、納得したいだけなの」
「そんなこと言われても、僕……」
どちらの言い分が正しいか、第三者の意見を聞いて判断するしかないわ」
「意地悪、言わないで……」
「意地悪だなんて、人聞きが悪いわ。私はただ、納得したいだけなの」
「そんなこと言われても、僕……」
「おまえは蝶野に脅迫されて、書きたくもないエロ小説を書いたのよね?
女子のみんなに失礼だと思いながら。私に対してだってそう、
下品でいやらしい妄想を読ませて申し訳ないと思っているのよね?」
「うぅ……、うん……」
「なら、どうしておまえのコレはこんな状態になっているのかしら?
おかしいじゃない。きちんと説明してほしいわ」
「説明なんて無理だよ……勝手になっちゃうんだもん……」
女子のみんなに失礼だと思いながら。私に対してだってそう、
下品でいやらしい妄想を読ませて申し訳ないと思っているのよね?」
「うぅ……、うん……」
「なら、どうしておまえのコレはこんな状態になっているのかしら?
おかしいじゃない。きちんと説明してほしいわ」
「説明なんて無理だよ……勝手になっちゃうんだもん……」
「あら、この状態がおかしいってことは認めるのね?」
「ううぅ……」
「良かったわ。私の目がおかしいわけでもなければ、
おまえにとってはこれが普通、ってわけでもなくて……。
人に見てもらうなんてさっきは言ったけれど、失礼だったかも、って、
私も気になっていたの。内心では」
「え……?」
「だって、おまえのコレは、いつもこういう状態なのかも知れないでしょ?
おまえにとってはこういう、いやらしくてはしたない状態が“普通”だから、
『なんにもなってない』なんて怒り出したのかも知れないじゃない」
「僕……そんな変態じゃないもん……」
「ううぅ……」
「良かったわ。私の目がおかしいわけでもなければ、
おまえにとってはこれが普通、ってわけでもなくて……。
人に見てもらうなんてさっきは言ったけれど、失礼だったかも、って、
私も気になっていたの。内心では」
「え……?」
「だって、おまえのコレは、いつもこういう状態なのかも知れないでしょ?
おまえにとってはこういう、いやらしくてはしたない状態が“普通”だから、
『なんにもなってない』なんて怒り出したのかも知れないじゃない」
「僕……そんな変態じゃないもん……」
清葉は熱に浮かされたような瞳で視線を宙に彷徨わせている。
鞠愛は足を片方だけ上げた。大きなリボンのついた黒いハイヒールに包まれた足。
踏んでやろうと思ったのだ。嘘をついた証拠を。清葉が嫌がって抵抗すれば、
「嫌なことをされるのが好きだから、こんなになってるんじゃないのかしら?」と
なじってやろうと思いながら。
鞠愛は足を片方だけ上げた。大きなリボンのついた黒いハイヒールに包まれた足。
踏んでやろうと思ったのだ。嘘をついた証拠を。清葉が嫌がって抵抗すれば、
「嫌なことをされるのが好きだから、こんなになってるんじゃないのかしら?」と
なじってやろうと思いながら。
そのとき、ピシリ、と壁が鳴った。気のせいかと思ったらまた、ピシリ。
鞠愛は一旦足を下ろし、視線をぐるりと廻らせて周囲の様子をうかがった。
目に見える異変はない。けれども家鳴りのような異音は頻度を増す一方。
どうやら、モーテル全体が小さく軋んでいるようだ。
鞠愛は一旦足を下ろし、視線をぐるりと廻らせて周囲の様子をうかがった。
目に見える異変はない。けれども家鳴りのような異音は頻度を増す一方。
どうやら、モーテル全体が小さく軋んでいるようだ。
「……地震かしら?」
「あ……」
「あ……」
清葉の瞳が焦点を結ぶ。中性的なその顔が、純然たる恐怖に凍りつく。
壁の向こうから轟音が聞こえる。大地が、木々が、大気が震えているのが分かる。
しかし地震ではない。人工的な、機械的な音が、そこに混濁しているから。
壁の向こうから轟音が聞こえる。大地が、木々が、大気が震えているのが分かる。
しかし地震ではない。人工的な、機械的な音が、そこに混濁しているから。
「上原さん、この音って……分校で聞いた……」
「まさか……、神楽雅光!?」
「まさか……、神楽雅光!?」
□ ■ □
木々の向こうに、明かりの消えたモーテルが見える。
建物はおろか看板すらも夜の闇に呑まれていて、
施設自体が既に死んでいるかのように見える。
だが、まだ死んではいない。死すべき者を匿っているのだ。
建物はおろか看板すらも夜の闇に呑まれていて、
施設自体が既に死んでいるかのように見える。
だが、まだ死んではいない。死すべき者を匿っているのだ。
今すぐミサイルで粉砕したい。今すぐマシンガンで蜂の巣にしたい。
人間の形をしたクソ虫が、今この瞬間にも目の前の建物内で
碧衣ちゃんに危害を加えているのかと思っただけで、
地球ごと叩き壊したくなるような激しい怒りに脳が四散しそうになる。
人間の形をしたクソ虫が、今この瞬間にも目の前の建物内で
碧衣ちゃんに危害を加えているのかと思っただけで、
地球ごと叩き壊したくなるような激しい怒りに脳が四散しそうになる。
しかし、激情の赴くままに攻撃をおこなえば、従妹を巻き添えにしかねない。
もしも碧衣ちゃんが、倒壊した建物の下敷きになってしまったら。
もしも碧衣ちゃんに、流れ弾が当たってしまったら。
脳裏をかすめる不吉なビジョンが、夕璃菜の指を鈍らせる。
もしも碧衣ちゃんが、倒壊した建物の下敷きになってしまったら。
もしも碧衣ちゃんに、流れ弾が当たってしまったら。
脳裏をかすめる不吉なビジョンが、夕璃菜の指を鈍らせる。
眼下にモーテルの屋根が近付く。
宿泊棟は平屋建てで細長く、屋根の傾斜はゆるやかだ。
宿泊棟は平屋建てで細長く、屋根の傾斜はゆるやかだ。
中の様子を知りたい。人の場所だけでいいから。夕璃菜は屋根を睨みつける。
韋駄天は軍事兵器だ、サーマルビジョン機能だって搭載しているだろう。
このような状況に単独で対処することくらい、想定済みだろうから。
だから、目の前のキーを操作すれば、内部の様子を把握出来る――
韋駄天は軍事兵器だ、サーマルビジョン機能だって搭載しているだろう。
このような状況に単独で対処することくらい、想定済みだろうから。
だから、目の前のキーを操作すれば、内部の様子を把握出来る――
けれども夕璃菜は手を伸ばさない。もしも自分の押したキーが、
サーマルビジョン起動用のものではなかったとしら。
韋駄天が動かなくなるかも知れない。隠し武器が起動して、
目の前の建物を焼き尽くしてしまうかも知れない。
碧衣ちゃんを傷つけるリスクは、絶対に回避しなければ。
今日の自分はツイている。それは確かだ。でも、今は運には頼れない。
サーマルビジョン起動用のものではなかったとしら。
韋駄天が動かなくなるかも知れない。隠し武器が起動して、
目の前の建物を焼き尽くしてしまうかも知れない。
碧衣ちゃんを傷つけるリスクは、絶対に回避しなければ。
今日の自分はツイている。それは確かだ。でも、今は運には頼れない。
「私が守るんだ。碧衣ちゃんは、私が絶対に……」
夕璃菜は韋駄天を操作して、モーテルの屋根にアームをかける。
そのまま上向きに動かすと、バリバリと音を立てて屋根が剥がれ始めた。
まるでお菓子の紙箱のように、まるでおもちゃの家のように。
舞い上がる木屑と土埃が、離島の闇夜に白さを添える。
そのまま上向きに動かすと、バリバリと音を立てて屋根が剥がれ始めた。
まるでお菓子の紙箱のように、まるでおもちゃの家のように。
舞い上がる木屑と土埃が、離島の闇夜に白さを添える。
やがて、屋根はすべて剥ぎ取られ、ドールハウスのような光景が現れた。
何枚もの板で仕切られた箱の中を見回すと、人影が二つ、目に留まる。
黒と白。黒いドレスをまとった少女と、白い素肌をさらした少年。
何枚もの板で仕切られた箱の中を見回すと、人影が二つ、目に留まる。
黒と白。黒いドレスをまとった少女と、白い素肌をさらした少年。
碧衣ちゃんじゃない。夕璃菜は安堵のあまり、笑った。
「なぁんだ。お人形さんかぁ。あー、びっくりした!」
胸の中がむずむずする。お人形さんで遊びたい。
手足をもいだり、首を外してすげ替えたり、どこまで足が開くか試したり。
お人形さんは何をしても泣いたりしないし、何度でも遊べるから大好き。
でも、この男の子のお人形さんはちょっと変だから、遊ぶ前に修正しなきゃ。
綺麗なお人形さんに『こういうモノ』が付いてるなんて、おかしすぎるから。
股間の汚物は、ちゃんともぎ取らなきゃね。うふ。きゅふふふふ。
手足をもいだり、首を外してすげ替えたり、どこまで足が開くか試したり。
お人形さんは何をしても泣いたりしないし、何度でも遊べるから大好き。
でも、この男の子のお人形さんはちょっと変だから、遊ぶ前に修正しなきゃ。
綺麗なお人形さんに『こういうモノ』が付いてるなんて、おかしすぎるから。
股間の汚物は、ちゃんともぎ取らなきゃね。うふ。きゅふふふふ。
――でも、遊ぶのは後。
穏やかだった自分の目元に力がみなぎっていくのが分かる。
碧衣ちゃんを保護するまで、遊びはみんなガマンガマン!
夕璃菜はマシンガンと一体になったアームを黒いドレスの少女に向けた。
碧衣ちゃんを保護するまで、遊びはみんなガマンガマン!
夕璃菜はマシンガンと一体になったアームを黒いドレスの少女に向けた。
□ ■ □
自分の全機能が停止するまで、あとどれくらいかかるのだろう。
痛みを感じる間もなく死ねるのだろうか。恐怖で身体が竦んでいるのに。
ほんの一秒が、過ぎ去ることのない永劫の時のように感じられるのに。
痛みを感じる間もなく死ねるのだろうか。恐怖で身体が竦んでいるのに。
ほんの一秒が、過ぎ去ることのない永劫の時のように感じられるのに。
最期の瞬間に苦しまずに済むことだけが、望みだった。
でも、その望みは叶いそうにない。
既に、精神的苦痛を感じてしまっているのだから。
銃口を前に立ち尽くすことしか出来ない鞠愛の視界の隅で、
出し抜けに、何かが動いた。
でも、その望みは叶いそうにない。
既に、精神的苦痛を感じてしまっているのだから。
銃口を前に立ち尽くすことしか出来ない鞠愛の視界の隅で、
出し抜けに、何かが動いた。
「やめろ神楽! 女子を殺すな!」
清葉の叫び声がして、白く小さな固形物が
放物線を描きながらコックピットの方に飛んでいった。
全裸の彼が、手の届く場所にあるものをとっさに投げたのだ、
恐らくは、洗面台に置いてあった固形石鹸か何かだろう。
放物線を描きながらコックピットの方に飛んでいった。
全裸の彼が、手の届く場所にあるものをとっさに投げたのだ、
恐らくは、洗面台に置いてあった固形石鹸か何かだろう。
そんなことをしても無駄なのに。本当に、どうしようもない馬鹿なのね。
笑いたかった。抵抗の手段もおかしければ、「女子を殺すな」なんて文句も変。
いくら頑張っても、隠し切れない変態臭がにじみ出てるじゃない。馬鹿ね。
なのに笑えない、罵れない、胸の奥底から這い登る敗北感がまとわりつく。
今の自分は、この変態にすら劣っている。そんなことでいいのだろうか。
笑いたかった。抵抗の手段もおかしければ、「女子を殺すな」なんて文句も変。
いくら頑張っても、隠し切れない変態臭がにじみ出てるじゃない。馬鹿ね。
なのに笑えない、罵れない、胸の奥底から這い登る敗北感がまとわりつく。
今の自分は、この変態にすら劣っている。そんなことでいいのだろうか。
――私にだって、戦車に石を投げる勇気くらいあるわ!
韋駄天のアームが少しだけ動く。清葉に狙いを変更すべく。
鞠愛は床を蹴った。動き出したアームの横に回り込み、鞭を振り上げる。
金属の豪腕にラバーが巻きつく。異物を振り払おうと韋駄天が動く。
鞠愛はグリップを両手で握る。両足が床から浮き上がる。
アームにぶら下がる格好になった鞠愛を、韋駄天が壁に叩きつける。
鞠愛は床を蹴った。動き出したアームの横に回り込み、鞭を振り上げる。
金属の豪腕にラバーが巻きつく。異物を振り払おうと韋駄天が動く。
鞠愛はグリップを両手で握る。両足が床から浮き上がる。
アームにぶら下がる格好になった鞠愛を、韋駄天が壁に叩きつける。
――腕力が強ければ主導権を握れる、ってわけじゃないのよ、神楽。
その勢いを利用して、膝のクッションを利用して、ジャンプするように壁を蹴る。
鞠愛はグリップを握ったまま、宙に舞い上がり円を描く。
アームの周囲を回転し、半ばしがみつく格好で金属の腕に着地する。
この場所なら、いくら韋駄天といえど攻撃は出来ないだろう。
鞭はしっかりと巻きついていて、グリップはまるでレバーハンドルのようだ。
鞠愛はアームにまたがった。無敵の戦車が襲ってくるのなら、
その力を利用するだけのことだ。自身の優勝のために。
鞠愛はグリップを握ったまま、宙に舞い上がり円を描く。
アームの周囲を回転し、半ばしがみつく格好で金属の腕に着地する。
この場所なら、いくら韋駄天といえど攻撃は出来ないだろう。
鞭はしっかりと巻きついていて、グリップはまるでレバーハンドルのようだ。
鞠愛はアームにまたがった。無敵の戦車が襲ってくるのなら、
その力を利用するだけのことだ。自身の優勝のために。
「神楽、聞きなさい!」
鞠愛は首を動かし、コックピットがあるはずの場所を見上げた。
自分には、交渉材料がある。たとえば、板倉竜斗の存在。
蝶野と共謀関係にある神楽は、板倉について何か知っているだろうか。
知っているのなら、蝶野と渡り合う上で有利になるような情報を
聞き出せるかも知れない。知らないのなら、それはそれで構わない。
彼は何も知らない、という事実もまた、貴重な情報だ。
自分には、交渉材料がある。たとえば、板倉竜斗の存在。
蝶野と共謀関係にある神楽は、板倉について何か知っているだろうか。
知っているのなら、蝶野と渡り合う上で有利になるような情報を
聞き出せるかも知れない。知らないのなら、それはそれで構わない。
彼は何も知らない、という事実もまた、貴重な情報だ。
だから、板倉について探りを入れてみよう。
そう思い、口を開こうとしたとき――
そう思い、口を開こうとしたとき――
「あぁッ!」
唐突にアームが傾いた。滑り落ちないよう、鞠愛は太ももに力を込める。
韋駄天は乱暴に腕を動かし、邪魔者を振るい落とそうとする。
鞠愛はグリップを握り締め、歯を食いしばって揺れに耐えた。
太ももの筋肉が引きつるように痛い。素肌がじっとりと汗ばんでいく。
韋駄天は乱暴に腕を動かし、邪魔者を振るい落とそうとする。
鞠愛はグリップを握り締め、歯を食いしばって揺れに耐えた。
太ももの筋肉が引きつるように痛い。素肌がじっとりと汗ばんでいく。
――神楽……、ふざけた真似を!
揺れはやがて収まったが、鞠愛は口を開かなかった。
恐怖に屈したわけではない。腹の中では、怒りの炎が燃えている。
神楽を殺してやりたいと思った。しかし、今はまだその時ではない。
殺すのは、韋駄天の利用価値がなくなってから。邪魔者を駆逐してからだ。
恐怖に屈したわけではない。腹の中では、怒りの炎が燃えている。
神楽を殺してやりたいと思った。しかし、今はまだその時ではない。
殺すのは、韋駄天の利用価値がなくなってから。邪魔者を駆逐してからだ。
鞠愛は考えを巡らせる。
自分と口を利こうとしない神楽を、どのようにして従わせるか。
装甲に覆われた無敵の神楽雅光の、心の隙をどう引き出すか。
自分と口を利こうとしない神楽を、どのようにして従わせるか。
装甲に覆われた無敵の神楽雅光の、心の隙をどう引き出すか。
【G-2 モーテル付近/一日目・黎明】
【女子三番:上原鞠愛】
【1:私(たち) 2:おまえ(たち) 3:彼・彼女(ら)】
[状態]:健康、韋駄天の左アームに騎乗中
[装備]:鋲付きの一本鞭(ラバー製)、黒のゴスロリ服
[道具]:なし
[思考・状況]
基本思考:ゲームに優勝する。
0:韋駄天を利用して参加者を駆逐。
1:韋駄天に利用価値がなくなれば、神楽雅光を殺す。
2:桐野きららに対する違和感と苛立ち。
3:板倉竜斗に対する疑問。何故彼がここに?
[備考欄]
※桐野きららがレプリカントであることを知りません。
※基本支給品一式とデイパックを紛失しました(G-2のモーテル跡に放置)
※韋駄天の左アームに鞭を巻きつけ、騎乗しています。
【1:私(たち) 2:おまえ(たち) 3:彼・彼女(ら)】
[状態]:健康、韋駄天の左アームに騎乗中
[装備]:鋲付きの一本鞭(ラバー製)、黒のゴスロリ服
[道具]:なし
[思考・状況]
基本思考:ゲームに優勝する。
0:韋駄天を利用して参加者を駆逐。
1:韋駄天に利用価値がなくなれば、神楽雅光を殺す。
2:桐野きららに対する違和感と苛立ち。
3:板倉竜斗に対する疑問。何故彼がここに?
[備考欄]
※桐野きららがレプリカントであることを知りません。
※基本支給品一式とデイパックを紛失しました(G-2のモーテル跡に放置)
※韋駄天の左アームに鞭を巻きつけ、騎乗しています。
【女子十番:砂野夕璃菜】
[状態]:健康、高騰感
[装備]:グランドレプリカント"凡庸人型戦車"『韋駄天』GR-02
ライトマシンガンアーム(160/200)
レフトマシンガンアーム(200/200)
対空地ミサイルランチャー(5/6)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本思考:砂野碧衣の安全の為に彼女以外は誰であろうと見つけ次第全員殺害する
0:人が居そうな場所へ向かう(次の目的地はF-2~F-3辺り)
1:碧衣ちゃんは全力で保護!
2:サーモグラフィみたいな画面、どうやって出すのかな?
3:このお人形さん、どうしよっかなー?
[備考欄]
※マニュアルを読んでないので操作に慣れてません
※ヘッドセットをつけてないので韋駄天の音声出力用スピーカーは機能しません
※コックピットが完全に封鎖してあるのでハッチを開けないと外から中の人が分かりません
※ホバー機動により通常の参加者より多くの距離を移動できます
※右側のカメラが壊れました。視界は確保されてますが右側に死角ができてます。
※上原鞠愛が左アームに鞭を巻きつけ、騎乗しています。
韋駄天の動作には何ら支障はありません。
[状態]:健康、高騰感
[装備]:グランドレプリカント"凡庸人型戦車"『韋駄天』GR-02
ライトマシンガンアーム(160/200)
レフトマシンガンアーム(200/200)
対空地ミサイルランチャー(5/6)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本思考:砂野碧衣の安全の為に彼女以外は誰であろうと見つけ次第全員殺害する
0:人が居そうな場所へ向かう(次の目的地はF-2~F-3辺り)
1:碧衣ちゃんは全力で保護!
2:サーモグラフィみたいな画面、どうやって出すのかな?
3:このお人形さん、どうしよっかなー?
[備考欄]
※マニュアルを読んでないので操作に慣れてません
※ヘッドセットをつけてないので韋駄天の音声出力用スピーカーは機能しません
※コックピットが完全に封鎖してあるのでハッチを開けないと外から中の人が分かりません
※ホバー機動により通常の参加者より多くの距離を移動できます
※右側のカメラが壊れました。視界は確保されてますが右側に死角ができてます。
※上原鞠愛が左アームに鞭を巻きつけ、騎乗しています。
韋駄天の動作には何ら支障はありません。
[共通備考]
※G-2のモーテルの屋根がすべて剥がされました。倒壊の危険があります。
※G-2のモーテルの屋根がすべて剥がされました。倒壊の危険があります。
□ ■ □
靴底が、未舗装の坂道を絶え間なく蹴る。
安全を確保した鞠愛の姿が、スタートの合図となったのか、
良かった、そう思った途端、清葉は全力で駆け出していた。
かろうじて靴こそ確保したものの、その身はいまだ全裸のまま。
デイパックも支給品も筆記具も、命よりも大切な生原稿すらも、
倒壊寸前のモーテルに置いてきてしまった。
安全を確保した鞠愛の姿が、スタートの合図となったのか、
良かった、そう思った途端、清葉は全力で駆け出していた。
かろうじて靴こそ確保したものの、その身はいまだ全裸のまま。
デイパックも支給品も筆記具も、命よりも大切な生原稿すらも、
倒壊寸前のモーテルに置いてきてしまった。
自分は何処に行きたいのか。それ以前に、何をしたいのか。
それすらも分からないまま、清葉はただ、韋駄天との距離を開くべく走る。
それすらも分からないまま、清葉はただ、韋駄天との距離を開くべく走る。
湿り気を帯びた夜の空気が、むき出しの素肌にまとわりつく。
嵐の前の空気のような破滅的な高揚感が、全身の神経をざわめかせる。
嵐の前の空気のような破滅的な高揚感が、全身の神経をざわめかせる。
ああ。僕は今、全裸で外にいるんだ。誰かに見られたらどうしよう。
裸なのに、首輪なんて付けて。動き易いように、靴はしっかり履いていて。
まるで、逃げる準備をきちんと整えた上で露出しに行くみたいじゃないか。
どう見ても、変質者だよ。誰かに見られたら、なんて言い訳すればいいんだ。
折角、今まで我慢してきたのに。気になる子がいても話しかけたりしないで
“みんな”と違う自分、“普通”じゃない自分を知られないように
ひとりで大人しく生きていたのに、全部無駄になっちゃうじゃないか!
裸なのに、首輪なんて付けて。動き易いように、靴はしっかり履いていて。
まるで、逃げる準備をきちんと整えた上で露出しに行くみたいじゃないか。
どう見ても、変質者だよ。誰かに見られたら、なんて言い訳すればいいんだ。
折角、今まで我慢してきたのに。気になる子がいても話しかけたりしないで
“みんな”と違う自分、“普通”じゃない自分を知られないように
ひとりで大人しく生きていたのに、全部無駄になっちゃうじゃないか!
――無駄になれば、いいじゃないか。
もうひとりの自分が、心の片隅でせせら笑う。
――そんなものを必死で守ってきた結果が、これなんだ。
変態バレして蔑まれる方が、ずっと楽に生きられるさ。
変態バレして蔑まれる方が、ずっと楽に生きられるさ。
その思いを肯定するように、そして追い討ちをかけるように、
脳裏に焼きついた鞠愛の冷笑がいっそう鮮やかに高画質になる。
脳裏に焼きついた鞠愛の冷笑がいっそう鮮やかに高画質になる。
自分に向けられた、侮蔑の目。嬉しかった。
恥ずべきものとして切り捨て、葬り去ろうとした自分自身を彼女は直視してくれた。
彼女の意識下に入ることで、自分が否定した自分自身はその存在を認知された。
それに、あの表情。彼女は蔑んでこそいたものの、嫌悪してなどいなかった。
むしろ、相手を辱めることを楽しんですらいるようだった。
恥ずべきものとして切り捨て、葬り去ろうとした自分自身を彼女は直視してくれた。
彼女の意識下に入ることで、自分が否定した自分自身はその存在を認知された。
それに、あの表情。彼女は蔑んでこそいたものの、嫌悪してなどいなかった。
むしろ、相手を辱めることを楽しんですらいるようだった。
……清葉は出会う前からずっと、上原鞠愛を知っていた。
彼女の母親・美結子の作品を愛読していたのだ。
作家・上原美結子に娘がいることは、著書を読めば察しがついた。
娘の名はネットで知った。一家が同市内に住んでいることも、同様にネットで。
彼女の母親・美結子の作品を愛読していたのだ。
作家・上原美結子に娘がいることは、著書を読めば察しがついた。
娘の名はネットで知った。一家が同市内に住んでいることも、同様にネットで。
上原美結子の著作の中に、出産を題材にした短編がある。
ごく普通の現代女性が、ありふれた熱愛の末に出産するという内容。
恋人とは相思相愛、彼は出産に協力的で、子供の誕生を心から喜ぶ。
ごく普通の現代女性が、ありふれた熱愛の末に出産するという内容。
恋人とは相思相愛、彼は出産に協力的で、子供の誕生を心から喜ぶ。
しかしそれは、静かな絶望を描いた作品だった。
母親との間に確執を抱え、母親を憎みながら生きてきた主人公は、
この世に生まれ出たばかりの無垢な我が子に涙する。
この子もいずれ私を憎むようになるのだろう、と。
母親との間に確執を抱え、母親を憎みながら生きてきた主人公は、
この世に生まれ出たばかりの無垢な我が子に涙する。
この子もいずれ私を憎むようになるのだろう、と。
両親に望まれ、愛と祝福の中で生を享けた者であっても、
己自身や己を存在せしめるものを否定することからは逃れられない。
主人公の、そして作者の静かな絶望は、変わり者の清葉を勇気付けた。
ゆえに、三木清葉にとって、上原鞠愛は特別だった。
娘・鞠愛の存在なしに、件の作品が生まれることはなかっただろう。
変わり者の清葉を勇気付けたのは、鞠愛の存在そのものだった。
己自身や己を存在せしめるものを否定することからは逃れられない。
主人公の、そして作者の静かな絶望は、変わり者の清葉を勇気付けた。
ゆえに、三木清葉にとって、上原鞠愛は特別だった。
娘・鞠愛の存在なしに、件の作品が生まれることはなかっただろう。
変わり者の清葉を勇気付けたのは、鞠愛の存在そのものだった。
だからこそ、嬉しかった。鞠愛に見られて。鞠愛に蔑まれて。
嗜虐行為に依存している鞠愛に少しでも楽しんでもらえて。
そう、依存。彼女はまるで逃げ込むように、嗜虐行為を楽しんでいた。
清葉のエロ小説を読んだとき、彼女には他に言うべきことがあったはずなのに。
彼女の母親の名前と職業、彼女が学校では決して語ろうとしなかったことを、
作中に明記していたのに。彼女は何も言わなかった。
嗜虐行為に依存している鞠愛に少しでも楽しんでもらえて。
そう、依存。彼女はまるで逃げ込むように、嗜虐行為を楽しんでいた。
清葉のエロ小説を読んだとき、彼女には他に言うべきことがあったはずなのに。
彼女の母親の名前と職業、彼女が学校では決して語ろうとしなかったことを、
作中に明記していたのに。彼女は何も言わなかった。
――僕は、上原さんの逃げ場になれたのかな。
それとも、その逆でしかなかったのかな……。よく分かんない。
それとも、その逆でしかなかったのかな……。よく分かんない。
韋駄天の駆動音に追い立てられ、清葉はただ走り続ける。
死ぬ前に、上原鞠愛のことを、彼女と接することで生じた自分自身の心の揺れを、
どこかに書き遺しておきたかった。その思いを認識した瞬間、清葉は気付く。
ああそうか、だから僕は走っているんだ。だから、まだ、死ねないんだ。
しかし今の自分には、執筆に専念出来る場所はおろか、筆記用具すらないときた。
死ぬ前に、上原鞠愛のことを、彼女と接することで生じた自分自身の心の揺れを、
どこかに書き遺しておきたかった。その思いを認識した瞬間、清葉は気付く。
ああそうか、だから僕は走っているんだ。だから、まだ、死ねないんだ。
しかし今の自分には、執筆に専念出来る場所はおろか、筆記用具すらないときた。
――蝶子先生……小説が書きたいです……。
蝶子先生(28歳/女教師/脳内在住)は眼鏡の位置を指で整えながら答えた。
『諦めたらそこで黒歴史化決定ですよ?』
【G-3 坂道/一日目・黎明】
【男子十九番:三木清葉】
【1:僕(たち) 2:苗字+君orさん(たち) 3:みんな】
[状態]:健康、全裸+靴
[装備]:裸体
[道具]:なし
[思考・状況]
基本思考:蝶子先生…小説が書きたいです…
0:韋駄天から逃げる。
1:誰かに見られたらどうしよう…(ハァハァ
2:筆記用具と執筆場所を確保する。
3:上原さんに踏まれたい…(ハァハァ
[備考欄]
※支給品一式とデイパックを紛失しました(G-2のモーテル跡に放置)
【1:僕(たち) 2:苗字+君orさん(たち) 3:みんな】
[状態]:健康、全裸+靴
[装備]:裸体
[道具]:なし
[思考・状況]
基本思考:蝶子先生…小説が書きたいです…
0:韋駄天から逃げる。
1:誰かに見られたらどうしよう…(ハァハァ
2:筆記用具と執筆場所を確保する。
3:上原さんに踏まれたい…(ハァハァ
[備考欄]
※支給品一式とデイパックを紛失しました(G-2のモーテル跡に放置)
投下順で読む
Back:あたしが殺した(後編) Next:利用する者される者
時系列順で読む
Back:あたしが殺した(後編) Next:利用する者される者
| GAME START | 三木清葉 | |
| 020:機獣咆哮 | 砂野夕璃菜 | |
| 015:ミストレス・マリア | 上原鞠愛 |