無貌の“貴方” ◆CUPf/QTby2
私の世界には二人称がない。
そういうものがこの世に広く存在すること自体は知っているのだけれど、
その重みを実感することが私にはどうしても出来ないのだ。
そういうものがこの世に広く存在すること自体は知っているのだけれど、
その重みを実感することが私にはどうしても出来ないのだ。
黒嵜暁羽(くろさき・あげは)という名で知られる私は、幼い頃から光に視野を侵されていた。
私の眼には色素がなく、私に光は有害で、成人する前に失明するだろうと言われていた。
しかし、私には代わりの目があった。視界奪取。私の力をそう呼んだのは、おじい様。
恐らくは超能力の一種、他者の見ているものを自分の脳裏に投影するというもので、
50メートル圏内に存在する任意の生物と視覚を共有することが出来るのだった。
私の眼には色素がなく、私に光は有害で、成人する前に失明するだろうと言われていた。
しかし、私には代わりの目があった。視界奪取。私の力をそう呼んだのは、おじい様。
恐らくは超能力の一種、他者の見ているものを自分の脳裏に投影するというもので、
50メートル圏内に存在する任意の生物と視覚を共有することが出来るのだった。
その能力は、壁や床などの遮蔽物があっても問題なく行使出来る。
とはいえ、人間以外の生物の見ているものを人間の脳で正しく認識することは不可能で。
また、たとえ人間やそれに近い脳を持つ獣人の視覚であったとしても、
予測不可能な形で揺れ動く映像を長時間眺めていると、眩暈や吐き気に見舞われるため、
この能力はもっぱら自身と直接言葉を交わす相手に対して用いていた。
とはいえ、人間以外の生物の見ているものを人間の脳で正しく認識することは不可能で。
また、たとえ人間やそれに近い脳を持つ獣人の視覚であったとしても、
予測不可能な形で揺れ動く映像を長時間眺めていると、眩暈や吐き気に見舞われるため、
この能力はもっぱら自身と直接言葉を交わす相手に対して用いていた。
だから、外界を視ると、その中央にはいつも白い少女がいた。
他人の目を通じてしか世界を視れず、世界を視るとその中心に自分自身の姿がある。
自分とは何か、他人とは何か、その違いが一体何処にあるのか、私にはよく解らない。
自分と他人の区別がつかない、それが幼稚と見なされることは、私も知識として知っている。
けれどもこの感覚、自他の境界に対する現実感の無さは、言葉や想像力では埋められない。
自分も他人もそれ以外の生き物も、私にとってはきっと現実ではないのだろう。
他人の目を通じてしか世界を視れず、世界を視るとその中心に自分自身の姿がある。
自分とは何か、他人とは何か、その違いが一体何処にあるのか、私にはよく解らない。
自分と他人の区別がつかない、それが幼稚と見なされることは、私も知識として知っている。
けれどもこの感覚、自他の境界に対する現実感の無さは、言葉や想像力では埋められない。
自分も他人もそれ以外の生き物も、私にとってはきっと現実ではないのだろう。
私の現実は顔のない神、そしてきっと混沌だけ。
□ ■ □
骨洞芙蘭(ほねぼら・ふらん)の視認する世界が私の脳裏に映っている。
視聴覚室から立ち去るおじい様の後ろ姿を彼女の目が追っているのが分かる。
視聴覚室から立ち去るおじい様の後ろ姿を彼女の目が追っているのが分かる。
いや、おじい様という呼び方は正しくない。彼――ネイサン・ホーマーの外見上の時間は
三十代で止まっているにも拘わらず、実際は曽祖父よりも長い時を生きているのだから。
三十代で止まっているにも拘わらず、実際は曽祖父よりも長い時を生きているのだから。
ネイサン・ホーマーという人について、私はあまり多くを知らない。
知っていることといえば、吸血鬼だということと、テロ組織の指導者だということと、
私にも同じ血が流れているということ、骨洞芙蘭をとても大切にしているということくらい。
あとはそう、私が教祖に祭り上げられたのは、アルビノという共通点ゆえ。
彼と同じ際立った特徴を兼ね備えていたがゆえに、同じ能力、同じ生き方を求められた。
ただそれだけ、それだけのこと。そんな、どうでもいいような話ばかり。
知っていることといえば、吸血鬼だということと、テロ組織の指導者だということと、
私にも同じ血が流れているということ、骨洞芙蘭をとても大切にしているということくらい。
あとはそう、私が教祖に祭り上げられたのは、アルビノという共通点ゆえ。
彼と同じ際立った特徴を兼ね備えていたがゆえに、同じ能力、同じ生き方を求められた。
ただそれだけ、それだけのこと。そんな、どうでもいいような話ばかり。
おじい様のそばを歩く私の姿は視界の隅に追いやられている。
骨洞芙蘭にとって私は背景、そこら辺に転がっている石ころ同然なのだろう。
けれどもそれは不快ではなく、その寂しさは私に不思議な安堵をもたらす。
だから私は彼女の視界を覗き見る。彼女と言葉を交わすことなど稀であるにも拘わらず。
骨洞芙蘭にとって私は背景、そこら辺に転がっている石ころ同然なのだろう。
けれどもそれは不快ではなく、その寂しさは私に不思議な安堵をもたらす。
だから私は彼女の視界を覗き見る。彼女と言葉を交わすことなど稀であるにも拘わらず。
背後で扉の閉まる音。不意に脳裏で映像が揺れた。私は思わず立ち止まる。
扉一枚を隔てた視聴覚室に残ったのは骨洞芙蘭と、そして意識を失った板倉竜斗のみ。
脳裏のビジョンにはデイパック、そしてそれを扱う少女の手、慎重かつ迅速なその動き。
細い指がデイパックを少しだけ開き、小型の機械――恐らくはPDA――を滑り込ませる。
扉一枚を隔てた視聴覚室に残ったのは骨洞芙蘭と、そして意識を失った板倉竜斗のみ。
脳裏のビジョンにはデイパック、そしてそれを扱う少女の手、慎重かつ迅速なその動き。
細い指がデイパックを少しだけ開き、小型の機械――恐らくはPDA――を滑り込ませる。
胸の奥底に冷たい水が染み渡るような、そんな錯覚に囚われる。
骨洞芙蘭は板倉竜斗に追加支給品を与えた、そう、多分、独断で。
裏切りならば、構わない。でも、もしも――これも、おじい様の指示なのだとしたら。
或いは、彼女のすることはすべて、おじい様の許容範囲内なのだとしたら。
骨洞芙蘭は板倉竜斗に追加支給品を与えた、そう、多分、独断で。
裏切りならば、構わない。でも、もしも――これも、おじい様の指示なのだとしたら。
或いは、彼女のすることはすべて、おじい様の許容範囲内なのだとしたら。
再び歩み始めた私は、彼女の視界を手放した。もう、脳裏には何も映らない。
けれども足取りに迷いはなかった。目など見えなくても、私には道標がある。
耳慣れた足音を、おじい様の靴音を、ただ追っていけばいいのだから。
けれども足取りに迷いはなかった。目など見えなくても、私には道標がある。
耳慣れた足音を、おじい様の靴音を、ただ追っていけばいいのだから。
そう、私はこういう風にしか生きられない、別の生き方を知らないし、興味を持つことすら出来ない。
闇の英雄ネイサン・ホーマーのクローンを演じることしか求められていない黒嵜暁羽、
教祖に祭り上げられながら、その実、利用され搾取されるべき虚像でしかない黒嵜暁羽、
そんな自分を、そして自分を見つめる無数の目を、“私”と呼ばれるこの意識は冷ややかに、
批判的に、虚無感を抱えながら眺めていた。けれども、抜け出したいとは思えなかった。
混沌の体現者、神の代弁者、そのような生き方にしか価値を見出すことが出来なかった。
闇の英雄ネイサン・ホーマーのクローンを演じることしか求められていない黒嵜暁羽、
教祖に祭り上げられながら、その実、利用され搾取されるべき虚像でしかない黒嵜暁羽、
そんな自分を、そして自分を見つめる無数の目を、“私”と呼ばれるこの意識は冷ややかに、
批判的に、虚無感を抱えながら眺めていた。けれども、抜け出したいとは思えなかった。
混沌の体現者、神の代弁者、そのような生き方にしか価値を見出すことが出来なかった。
一言で表すならばそう、私は人間が嫌いなのだ。
だからこそ私は、人であることを棄てた男の背を追い、
人の世に災いをもたらす混沌の神に殺されることを望むのだろう。
或いは、そのような生き方ばかり選び取ってきたからこそ、
人間を愛することが出来なくなったのかも知れない。
人の世に災いをもたらす混沌の神に殺されることを望むのだろう。
或いは、そのような生き方ばかり選び取ってきたからこそ、
人間を愛することが出来なくなったのかも知れない。
どちらが原因でどちらが結果なのか、私にはよく分からないけれど。
ただ、ひとつだけ言えるのは――、こんな性質の持ち主だからこそ、
ネイサン・ホーマーの姿を求める彼女の視界に心地良さを覚えるのだろう。
ある種の仲間意識。けれども私は知っている、おじい様にとって彼女は特別だということを。
私とは違う未来、人ならざる身体と永遠の時を手にする資格を有することを。
ただ、ひとつだけ言えるのは――、こんな性質の持ち主だからこそ、
ネイサン・ホーマーの姿を求める彼女の視界に心地良さを覚えるのだろう。
ある種の仲間意識。けれども私は知っている、おじい様にとって彼女は特別だということを。
私とは違う未来、人ならざる身体と永遠の時を手にする資格を有することを。
いつだっただろう。吸血鬼にならないかと誘われているの、と骨洞芙蘭は私に告げた。
私は断っているのだけれど、とも言った。まるで、己の優位を知らしめようとするかのように。
私にはよく分からなかった。何故、彼女はおじい様と“同じ”になることを拒むのだろう。
彼女にとってネイサン・ホーマーは特別な存在、そんなこと、視界を覗けば明白なのに。
私は断っているのだけれど、とも言った。まるで、己の優位を知らしめようとするかのように。
私にはよく分からなかった。何故、彼女はおじい様と“同じ”になることを拒むのだろう。
彼女にとってネイサン・ホーマーは特別な存在、そんなこと、視界を覗けば明白なのに。
私はふと足を止め、彼女の視界を再び覗いた。
恐らくは独断で、そして人目を避ける形で、板倉竜斗に追加の支給品を与えた彼女。
ネイサン・ホーマー不在時の彼女が一体何を見ているのか、そこに興味を惹かれたのだ。
愛する者から解放された視界にこそ、拒絶の理由が映っているのではないかと期待した。
しかし、そこに答えはなかった。板倉竜斗の消えた視聴覚室は既に電灯も落ちており、
微動だにしない無人の室内の映像が脳裏に流れ込むだけだった。
恐らくは独断で、そして人目を避ける形で、板倉竜斗に追加の支給品を与えた彼女。
ネイサン・ホーマー不在時の彼女が一体何を見ているのか、そこに興味を惹かれたのだ。
愛する者から解放された視界にこそ、拒絶の理由が映っているのではないかと期待した。
しかし、そこに答えはなかった。板倉竜斗の消えた視聴覚室は既に電灯も落ちており、
微動だにしない無人の室内の映像が脳裏に流れ込むだけだった。
【D-4 分校/一日目・深夜】
【黒嵜暁羽 主催】
【骨洞芙蘭 主催】
【骨洞芙蘭 主催】
投下順で読む
Back:マッハ!!!!! Next:未投下
時系列順で読む
Back:そして殺人者は野に放たれる Next:大 誤 算
| そして殺人者は野に放たれる | 黒嵜暁羽 | |
| そして殺人者は野に放たれる | 骨洞芙蘭 |