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ミストレス・マリア

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ミストレス・マリア ◆CUPf/QTby2


優秀な人間なんかになりたくない。立派な大人なんかになりたくない。
私――上原鞠愛(うえはら・まりあ/女子三番)――は17年間の人生に於いて
幾人もの“優秀な大人”と一対一で接してきた。
彼らは尊敬や羨望、社会的な信用を得た身でありながら、
私の前ではそれらを捨て去ることを望んだ。
彼らには被虐趣味があり、私はそのような男性と援助交際をしていたのだ。

別に、私自身にそのような趣味があった訳ではない。そこに行き着いたのは、消去法。
生きることが億劫でならず、しかし自殺するほどの熱意もなく。
心躍る出来事を探して街を彷徨い歩いた私は、
レースとフリルに彩られた丈の短いドレスを見つけた。
この服が欲しい、そう思った。何も持たない自分をこの服で飾ってみたいと思った。
けれども私にはお金がなく、明日にも売切れてしまうかも知れないと思うと
欲しい気持ちは募る一方、手っ取り早く身体を売るにも痛いことは嫌い、面倒なことは嫌い。
だから私は彼らを選んだ。被虐趣味のある男の中でも特に、性交そのものを求めない者を。

……なんていうのは実際はただの言い訳でしかなく、
本当は私自身もまた、倒錯的な行為に惹かれていただけなのかも知れない。
怠惰な私は、“立派な大人”のそうでない部分に触れることで安らぎを得るのかも知れない。
でも、それもどうでもいいこと。自己分析のような面倒なことは好きじゃないから。

私はこういう人間だから、わざわざ殺し合いまでして生き延びたいとは思わなかった。
どうせなら私を見せしめとして弾いてくれれば良かったのに、とすら思ったほどだった。
恐怖も苦痛も感じることなく、己の身に起きたことを理解する前に死んでいる。
なんて理想的なのだろう。最期の瞬間に苦しまずに済むのなら、それ以上は望まない。
そんなことを思いながら、気晴らしを求めるように見慣れぬ鞄に手を伸ばし――

その中身を目にした瞬間、私の心は一変した。

デイパックの中に入っていたのは、金属製の鋲がついた一本鞭だった。
私はまず、蝶野の正気を疑った。これで殺し合いをしろと言うのだろうか。
いや、その命令自体は理不尽ではない。この重み、この構造、この鞭には殺傷能力がある。
私の技術をもってすれば、相手の肌を裂き、骨を砕き、内臓を傷つけることも難しくはないだろう。

問題は、蝶野が私にこの特別仕様の鞭を支給したという事実。これはただの偶然?
それとも、私の裏の顔を――M男専門援助交際の事実を――知った上で寄越したの?

後者の可能性が私に蝶野の正気を疑わせる。
こんなものを持たせるなんて私の残虐性を引き出すだけ、
そしてクラスメイトがいなくなれば、呼び覚まされた衝動は蝶野に向かうことになる。
己の破滅を想像出来ないわけではないだろう。如何に、無能教師といえども。
むしろ、人一倍、そのような想像に至りやすいのではないだろうか。
何故なら、蝶野の脳は、人より劣った存在として扱われることに馴染んでいるのだから。

分かっているのに、それでも渡した。
それはつまり、そのような結果を受け入れるつもりがあるということ。
嫌だとは言わせない。私にこんなものを持たせたのは、蝶野本人なんだもの。

グリップに指を添え、手を馴染ませる。やはり、重い。
私の腕力で、正確な打撃を繰り出せるのか。それ以前に、続けざまに何度振えるのか。
握り方も変えなければ。普段と同じように――自身の手足同然に――扱うのは、
少し難しいかも知れない。けれども、別に構わない。力加減を誤っても、そう、
少なくとも強すぎる分には、何も問題などないのだから。

退屈そうな自分の顔が自然な笑顔に変わってゆくのを自覚する。

私は不満だったのだ。
相手に怪我をさせないよう、心を現実に残したまま、鞭を振るわねばならないことが。
ビジネスゆえに強いられる、嗜虐とは名ばかりの奉仕行為が。
消去法で始めたこと、それでも続けてゆくうちに、己の中でこだわりが目覚めた。
より的確に、より効率的に、相手を痛めつけて壊したいと、そんな思いが芽生え始めた。
己の心の片隅に宿った残虐性を認識しながら、“安全な女主人”として振舞う日々。

けれども、それも過去となった。
何故なら、今の私には、殺しのライセンスがあるのだから。

          □ ■ □

鮮やかなピンクの長い髪が、涼やかな夜風に揺れている。
黒い刺繍で縁取られた白いワンピースの裾から伸びる素足はしなやかで長く、
淡い嫉妬と羨望が鞠愛の胸をちくりと刺した。

女子五番、桐野きらら。鞠愛の足音に気付いたのだろう、ゆっくりとこちらを振り返る。
彼女の淡いスミレ色の瞳、その眼差しは、場違いなほどに純粋で無邪気だった。
精巧な人形を思わせる形の良い目鼻、一切の無駄のない整った顔立ち。
完璧すぎるその美貌に、鞠愛は作り物めいた薄気味悪さを感じ取る。

「良かった、最初に会った人が鞠愛で……」
「……どうして?」
「だって、鞠愛だったら、わたしをここから解放してくれそうだもの……」

闇に舞い上がる花のような髪を白い指で押さえながら、きららは淡く微笑んだ。
同性愛嗜好を持たない鞠愛ですら、その可憐さに思わず見入り、そしてグリップを握り直す。
人間離れした美貌のきららはもはや一種の畸形だった。それは怪物に通ずる異質な存在。
仕留めてみたい、と征服欲が疼く。完全なる美を傷つけたくて壊したくて仕方がない。

「解放してあげるわ。こちらに来なさい」

きららの顔から微笑みが消え、その眼に不安げな影がよぎる。
視線の先には、鞠愛の手。鞭を握る鞠愛の姿に、きららは心許ない眼差しを向ける。
それでも鞠愛の言葉に従い、緩やかに歩を進めるきらら。一歩、また一歩。
黒いエナメルのストラップシューズが砂利を踏みしめ静寂を乱す。

 ――鞭で打つなら、腕っ節の強そうな男子が良いと思っていたけれど……。

こういう子も悪くはなさそうね――嬉しさがうっすらと胸を覆い、鞠愛は口元を綻ばせた。

          □ ■ □

孤島の夜空は深い。まるで砂をぶちまけたように無数の星が瞬いている。
都会では見えない鮮やかな星空、自然本来の夜空の姿を、彼の心は拒絶した。
美しいとは思えない。むしろ、爬虫類の鱗のようなおぞましさすら感じてしまう。
彼は視線を手許に落とし、デイパックの中身を確認した。

……姉の紗弓(さゆみ)に恋人が出来たとき、
板倉竜斗(いたくら・りゅうと/男子三番)は己のいびつな心を知った。

幼い頃からずっとそう、彼は姉が好きだった。
特殊なものなど何もない、ごく普通の家庭で育ったと自認する板倉だが、
そんな彼の幼少期の記憶は、毎晩のように喧嘩をしている両親の姿、
口汚く互いを罵る父と母の声で埋まっていた。
幼い板倉少年にとって、親は不可解で恐ろしく、暴力的な存在だった。
そんな両親に渋面で接する祖父母もまた、近寄りがたい存在だった。
平凡な家の中、心のままに触れ合える相手は姉の紗弓、ただ一人だけ。

そう、姉はみんなと違った。だから、姉は特別だった。
姉のそばにいると安心した。不安や緊張が消え去った。
どんなときも笑っている。そんな姉が好きだった。とてもとても好きだった。
しかし、いつしかその想いは、肉親に対するものから異性に対するものへと変質していた。

そのことに気付いたのは、姉に恋人が出来たとき。
穏やかな印象の同級生が、姉と付き合っていることを知ったとき――

支給品を一通り改め終えた板倉は、その中のひとつであるPDAを起動した。
アプリケーションの一覧から、もっとも興味を惹かれた文字列、<首輪探知>を選択する。
液晶画面が切り替わり、レーダーのような表示になる。
自身を中心とした直径500m圏内に存在する首輪の位置を把握するためのソフトのようだ。
暗い画面、夜に溶け込むような黒、そこに瞬く光点がやけに眩しく感じられた。
付近に二つ、少し離れた場所に一つ、首輪の存在が確認出来る。
前者はその場に留まっており、後者は緩やかに移動している。
いずれもF-3エリアの神社周辺、おそらくは境内にいるのだろう。

板倉は、生死すら定かでない二つの光に向かって歩み始めた。

それは、直感的な判断だった。考えるよりも先に、足が動いた。
欲しているのは他者の死なのか、それとも自身の破滅なのか、
それすら判然としないばかりか疑問に感じることすらない。
脳裏を覆う思考はひとつ――誰かを殺さねばならない、ただそれだけ。
生き残るために。いや、違う。己の生に執着はない。そこにあるのは、未練。
訪れるはずだった未来、いつか現実のものになると無邪気に信じていた光ある前途を
ある日突然、理不尽な形で、永遠に失ったことに対する怒り。
それを晴らしたいという粘着質な情念こそ、自らの生命をこの世に繋ぎ止める原動力だった。

手には抜き身の日本刀、腕に伝わるその重みが魂にまでのしかかる。
刀を扱ったことはないが、自身の運動能力があれば、人を殺すことは出来るだろう。
しかしそれは同時に、蝶野やホーマーらに見くびられている、ということでもある。
殺傷能力の高い武器を持たせても自分たちは決して殺されないと自負しているからこそ、
このようなものを寄越せるのだ。そして、今の自分には、それを覆す手段がない。

どこまでも続くこの空の下、どこに行っても人はいるのにどこを探しても姉はいない、
この先何年生きたとしても、たとえ宇宙の果てまで行っても、姉の未来は取り戻せない、
そんな当たり前の事実がどうしようもなく辛くて悲しい。
何故、姉が死に、彼女を死に追いやった連中が何の報いも受けずに生きているのか、
納得できない、こんな理不尽に満ちた現実は受け入れられない、壊したい。
憎悪が胸に充満している、しかし、それを成就するすべが見つからない。
脳裏で蝶野が朗らかに嗤う――「みなさーん、努力して出来ないことはありません!」

……頭では、分かっているのだ。

たとえ教育委員会など存在しなくても、姉は幸せにはなれなかっただろう。
どんなときも笑っている。それは明らかに異常なことだ。
喜怒哀楽を適切に表出することが出来ない、ということなのだから。
己の本心をナチュラルに偽っている、ということなのだから。
そんな異常な人間と、彼女を異性として愛した異常な弟、
そして、彼ら二人をそんな風に育て上げたいびつな環境、それに何より、
死人に対して、最愛の女に対して平然とこんなことを思ってしまえる自分自身。
そう、頭では分かっている。姉は、決して幸せになどなれなかっただろう。
他ならぬ自分自身が、姉の幸せを阻害しているのだから。

だからこそ、彼には、己を取り巻くすべての事象を憎むことしか出来なかった。

          □ ■ □

 ――この子の身体……、一体どうなっているの?

グリップを握るてのひらが、じっとりと汗ばんでいるのが分かる。
焦りとも喜びともつかない破滅的な高揚感が己の芯を満たしていくのを
鞠愛はまるで他人事のように自覚していた。

黒い地面に、きららがうずくまっている。
花のように鮮やかなピンクの長い髪は乱れに乱れて絡まり合い、
深窓の令嬢を思わせる白いワンピースは土埃にまみれ、破れている。
しかし彼女の透けるような肌、その身にまとう衣服とは質の異なる白さには、
傷ひとつ見当たらない。……少なくとも、今は。

 ――傷口が、塞がった……?

自己再生。そんな言葉が脳裏をかすめる。
まさか、そんなことが。でも、そうとしか思えない。
鞠愛は確かにその目で見た。自身の振るった鞭が、きららの肌を切り裂くのを。
手加減なしの一撃、遠心力を乗せた強烈な打撃は、
皮膚を裂くだけでは飽き足らず、骨を叩き折るだろうとすら思えた。
現に、打ち据えられた直後のきららは、声を出すことすら出来なかったはず。
しかし、今はどうだろう。こちらを見上げる彼女の顔は、苦痛とは無縁。
つい数秒前まで、悲鳴はおろか呻き声すら上げることが出来ず、
脂汗を流しながら悶絶していたなどとは到底信じられない。

「どうしてこんな酷いことをするの? わたし、鞠愛のこと――」
「……黙りなさい」

きららの言葉に、その表情に、鞠愛は破壊衝動にも似た苛立ちを覚える。

 ――あざとい。そんな風に媚びれば、私の牙を抜けるとでも思っているのかしら。
 随分と甘く見られたものね。少しばかり綺麗な顔だからって、思い上がるのも程々になさい。

鞠愛はグリップを握り直す。ハンドルを支える指を変え、もう一方の手も柄に添えて。
両手で握った鞭を横凪ぎに振るう。黒い蛇が宙を跳び、きららの白い首に巻きつく。
まるで首輪の数センチ上に新たな首輪が嵌まったかのようだ。
手綱を締めるようにグリップを引き寄せると、きららのしなやかな足がもつれた。
更に、もう一度。引きずられるままに転倒するきららに、鞠愛は冷たく微笑んだ。

「あら、折角のワンピースが台無しね」

きららは何も答えない。
締め上げる力に気道を塞がれ、悲鳴を上げることすら出来ない。
服など気にしていられない、それを知った上で鞠愛は嘲る。

「ダメじゃない……、白は汚れが目立つのよ?
 媚びるのはお上手なのに、『修学旅行のしおり』も満足に読めないのかしら?
 野外活動があります、って書いてあったでしょう?
 なのにこんな格好をするから、ほら……
 折角の勝負ワンピが使い物にならなくなっちゃったじゃない……」

言ってから、心中でダメ出しする。
お洒落な服をあげつらうのは下策だ。そんなことを言い出せば、自分だって――
そこまで思って、考え直す。いや、踏みにじりたいのだから、これでいい。
「おまえが言うな」と全力で突っ込みたくなるような欠陥だらけの駄目人間と、
完全無欠の聖人君子、どちらに罵られる方がより屈辱的か。間違いなく前者だろう。

とはいえ今のきららには、屈辱を屈辱と感じるだけの冷静さなどあるはずもなく。
彼女の見開かれた双眸は、鞠愛の姿など映していない。
妖精を思わせる美貌は今や、鬱血によってさながら妖魔。
流れ込むはずのない空気を求めて大口を開け、
気道を圧迫するラバーを引き剥がすべく両手で首をかきむしり、
乱れに乱れたワンピースの裾から下着が覗いてももがき続ける。

しかし、何かがおかしかった。
まるで写真集の一ページのように、苦悶する彼女は整っていた。
言い換えるならば、作為的。すべてが醜態とは程遠い。
生臭さを見せない彼女の余裕が、鞠愛を静かに苛立たせた。

「そうやって媚びていられるのは、あの自己再生能力と関係があるのかしら?
 媚びることに最適化された化け物でも、苦しみはちゃんと感じるようね。
 息が出来なくても、死ぬことはない。死ぬことも出来ずに、苦しみ続ける。
 それって、どんな気分なのかしら。感想を聞かせてほしいわ」

声帯を震わせるだけの空気さえ得られないきららを鞠愛はせせら笑う。

「あら、失礼……、化け物も気道を塞がれると声を出せないのね。
 覚えてお――」

鞠愛は笑顔を真顔に戻す。砂利を踏みしめる音を聞いたためだ。
付近に人がいる。しかし、何処に? スタンスは? 分からない。
武器を手元に戻さなければ、と思う。だが、きららの拘束を解くわけにはいかない。
彼女には、自分の本性を知られている。恨まれているに違いない。
人に媚びることに特化した、特異体質の持ち主の彼女。
野放しにすれば、何をしでかすか分かったものではない。

 ――私、調子に乗りすぎたわ……。

鞠愛は歯噛みした。
死が怖いわけではない。ただ、苦痛なく死にたいだけ。
肉体的な苦痛はもとより、精神的な苦痛であっても、出来れば御免被りたい。
死の到来を知覚してから完全に意識が途切れるまでの、不眠症のような時間が嫌だ。
だから、どれほど優秀な殺人者に出会っても、殺してくれとは頼めない。
鞠愛は自分が救いがたい臆病者であることを自覚している。

再び、砂利を踏みしめる音。今度は背後からだと判る。
振り向いた彼女の視界に飛び込んできたのは、日本刀を手にした男子生徒の姿。

数ヶ月の間学校に来ていなかった彼――板倉――が何故ここにいるのだろうと思い、
この鋭く暗い目は躊躇なく人を殺せる人間のものに違いないと思い、
しかしながら彼に斬られても即死は出来ないだろうと思い、
人生に対するたった一つの望みすら叶わないのかと落胆しそうになった瞬間、
耳をつんざくような銃声に鞠愛は脳髄を揺さぶられた。

「板倉竜斗……、首輪が欲しいのなら、わたしから奪えばいいわ」

声の主は、きららだった。
いつの間に戒めを解いたのだろう。
立て膝をつき、軍用拳銃を構えたきららが、板倉に銃口を向けていた。

鞠愛は、その銃に見覚えがあった。
手にしたことがあるのだ。安っぽいレプリカ玩具ではあったが。
拳銃の名は、ワルサーP38。ナチス・ドイツの軍人が使っていたことで知られている。
鞠愛はかつて、「ナチスの女性将校に踏みにじられ、鞭で打たれたい」といった
願望の持ち主を相手に援助交際を行なったことがあるが、
その際に相手から差し出されたものが、親衛隊の制服と、この拳銃だった。

殺傷力の高い銃を、きららは片手で構えていた。
鞠愛の脳裏を違和感がかすめる。
こんな細い腕一本で、発砲時の反動に耐えられるものなのだろうか。
それ以前に、一体いつの間にこんな武器を取り出したのだろう。
ワンピースの裾から覗く白い太ももにホルスターが巻きついているのが見えるが、
拳銃を隠し持っていたなど、さっきはまったく気付かなかった。

苦痛にもがく彼女の衣服は、乱れに乱れていたはずなのに。
彼女には、スカートの裾を気にする余裕などなかったはずなのに。
ホルスターなど、一度たりとも視界に入ってこなかった。

答えを欲して、鞠愛はきららの顔を見る。
しかし、きららの視線は、その注意は、板倉ただ一人に向いている。
きららは静かに口を開くが、その言葉はやはり板倉だけに宛てたものだった。

「……出来ないの?」

表情も声色も、先ほどと同じ。しかし、その言動はまるで違う。
鞠愛は絶句し、立ち尽くす。怒りで言葉が出てこない。
ひどい侮辱を受けたような、受け入れがたい惨めな気分だった。
きららさえその気になれば、いつでも反撃出来たのだ。
しかし、彼女はしなかった。本気を出さず、被害者のフリをして媚び続けた。
それはつまり、おまえごときに本気を出す価値などないと、そう言われたも同然だった。
泥にまみれ、罵られても、こちらが優位に立っているのだと、そう言われたも同然だった。

視界の隅で、板倉が動く。彼は、きららの挑発に乗った。
考えるよりも先に、鞠愛は駆け出していた。
二人の勝敗を確認することなく、その場から逃走したのだった。

          □ ■ □

やっぱり私はどうしようもない臆病者だ。
幾度となく自覚した己の正体を、私はまた自覚する。
落胆や失望は感じなかった。性格改善などハナから諦めているのだから、当然かも知れない。
ただひとつ――今の自分にこの黒いゴス服は似合わないという確信が、私を緩やかに侵食する。

私は救いがたい臆病者、そんな当たり前のことについてグダグダ悩むつもりはない。
けれども、己自身がその価値を認め、人生を削って選び取ったものを
己自身のこの性質が貶めているという実感を黙殺することなど、私には出来ない。

簡素なベッドに四肢を投げ出す。
背中を受け止める硬いマットレスが、まるで底なしの沼のように思える。
被害妄想の一種なのかも知れない。次の瞬間にはベッドが無限の泥濘と化し、
私のすべてを飲み込んでいくのではないか――そんな荒唐無稽な空想に囚われる。
どこまでも落ちていくようなこの錯覚は、きっと私の願望なのだろう。

辿り着いたのは、モーテルの一室。
神社の境内を走り抜け、暗い森に逃げ込んで、その後の足取りは覚えていない。
森に入ったことを後悔するまで、さほど時間はかからなかった。
足元が見えず、向かっている場所も分からない。殺し合い以前の問題だった。
このまま誰にも出会うことなく、森から抜け出せずに野たれ死ぬのではないか。
そんな不安が押し寄せてきて、思わず「誰かいないの?」と声を上げそうになった。
しかし、すぐに視界が開けた。そこで私が見たものは、
月明かりに照らされた灯りの消えたモーテル、つまりは私が今いる場所。

シャワーを浴びたい、と私は思った。
随分と汗をかいてしまった。このままでは、折角のゴス服が汚れてしまう。
自分を構成する有象無象がお気に入りのドレスをこれ以上貶めるのは耐えられない。
それでなくても、今の自分には――自分の本質には――、このゴス服は似合わないのに。
そこまで考えて、不意に気付く。ああ、そうか。似つかわしくないからこそ、惹かれたのだ。
自己分析は面倒で性格改善は諦めている、そんな風に思いながら、それでも私は
自分のこの臆病な本性を覆い隠すものを求めていたのだ。



【G-2 モーテル/一日目・深夜】

【女子三番:上原鞠愛】
【1:私(たち) 2:おまえ(たち) 3:彼・彼女(ら)】
 [状態]:心身の疲労(軽度)
 [装備]:鋲付きの一本鞭(ラバー製)、黒のゴスロリ服
 [道具]:支給品一式
 [思考・状況]
  基本思考:ゲームに優勝する。
  0:シャワーを浴びたい。
  1:桐野きららに対する違和感と苛立ち。
  2:板倉竜斗に対する疑問。何故彼がここに?
 [備考欄]
  ※桐野きららがレプリカントであることを知りません。

 [共通]
  ※F-3エリア周辺に桐野きららによるワルサーP38の発砲音が響きました。



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GAME START 上原鞠愛 023:Slaves and Masters
GAME START 桐野きらら 015:消せない炎
008:そして殺人者は野に放たれる 板倉竜斗 015:消せない炎

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