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**ふたりの宛名
張本丈の靴箱に、手裏剣が刺さっていた。
それだけではなく、淡くも甘い香りの封筒が手裏剣で張本の靴箱に止められていた。
「……ったく」
猫背を気にしながらオオカミの張本は、手裏剣を抜くと封筒の中身を取り出してその場で読み出した。
手裏剣の刃で便箋の端が破れて、はらりと張本の足元に落ちたことも知らずに。
―――佳望学園・初等部の教室では、女子たちに囲まれてぽっぽと身体を熱くしているヤツがいた。
彼の身体はごっついが、極めて従順な性格であり、またすぐに紅くなるという表情に出やすい性格だった。
女子からの人気はいちばんで、しかも男子からの嫉妬を焼くことは一切無い、完璧超人なヤツであった。
「ふー。休み時間はこうしてるのがいちばんニャ」
教室の『人気者の彼』にかじかんだ手を当てて、束の間の5分休みのパラダイス。
ネコのコレッタの白い毛並みは、ほのかに紅く光を反射していたのだった。
「コレッタはずるっこだ!そこがいちばん暖かいのに」
ショートの髪を掻き揚げながら、同じくネコのクロがふとももに吹き抜ける隙間風を気にしていた。
男子が開けっ放しにした、教室の扉から入り込む風がクロを直撃しているのだ。
じりじりとコレッタに近寄り、クロの小さなネコパンチがコレッタの尻尾にヒット。驚いて動いた隙に、
クロはコレッタの陣地を奪い取ることに成功したのだった。
「こずえちゃんもストーブに当らない?」
「う、うん。消しゴムがけが終わったら」
机でせっせとB4サイズの紙に向かっている、オオカミの少女は手を払いながら消しゴムのカスをまとめる。
「できたできた」と満足げに白い紙を両手で持ち上げて、足をピーンと延ばしていうるちに5分休み終了のチャイム。
ストーブに当れなかったことを少し後悔するものの、上手く自分の絵が出来上がったことにほっとしていたのだ。
それにしても、手がかじかむけれど、我慢しながら紙の隅っこに、いっちょ前な自筆のサインを入れる。
「は、り、も、と、こ、ず、えっ。っと」
ただの白い紙から、きれいな美術品に変えてしまう魔法に取り付かれた少女は、自分が魔法をかけた紙を
机に仕舞いこむと、淡くも甘い香りの封筒をこっそり取り出し、七色の色ペンで宛名を素早く書き始めた。
『大せんぱいへ』
「よしっ」とそれぞれの手を握り締める。お昼休みに張本梢は、揺れる尻尾を押さえきれずに廊下を駆けていた。
手には淡くも甘い香りの封筒。そして、胸にはちょっとの勇気が一握り。
短く整えられた髪の毛を揺らし、上履きの音を鳴らす。行き先は、中等部・男子の下駄箱。
「えっと、ま、ま、ま……」
駅員の指差し確認よろしく男子の下駄箱の名札を探し続けると、お目当ての名前を発見する。
名前を見ただけで、ちょっとときめく乙女心は一体何を考えているのか。
あまりの照れくささゆえ、梢はその名前を直視することが出来なかった。
「ま、丸谷……大、せんぱい」
丸谷大とは、中等部のリスの男子。得意科目は美術で、何度か学園の絵画展に出品されたことがあるのだ。
文化祭で展示されていた丸谷の作品を梢が鑑賞していたときのこと。その丸谷から話しかけられたのがきっかけだ。
「ぼくの絵をよく見てるね」とだけ話しかけられたのに、「自信作が展示されてちょっと恥ずかしいな」と照れていただけなのに。
そして、自己紹介した後に丸谷から「きみの書道の展示もいいね。大人みたいなきれいな字だね」と、ちょっと誉められただけなのに。
どれだけ美化されているのか分からないが、丸谷のことがちらほらと、梢の中で駆け巡るようになってしまったのだ。
その日以降、梢は丸谷の姿を見かけるたびに、恋に恋する乙女の恋煩いを重くする。
「大せんぱい、彼女とか居るのかな」
美術を愛する梢にとっては、丸谷は憧れの存在になってもおかしくない。蓋を開けて目にした靴は、お年頃の男子のものとしては
結構小さなサイズで。もっともリスの丸谷にとっては、標準サイズであったのでそういうことは彼自身気にしていない。
目をつぶって封筒をぽんと投げ入れる。ちょっとの勇気が梢の後押しをする。
(うわー!入れちゃった!入れちゃったのよ!)
一瞬の出来事を恥ずかしげに、きょういちばんのクライマックスを終えた梢は、そそくさと中等部・男子の下駄箱から去っていった。
封筒が靴に跳ね返されて靴箱に入らず、風に乗って落っこちてしまったことも知らずに。
「決戦は明日の昼休みよ!がんばれわたし」
―――「きょうこそは、アタシと勝負して決着をつけるんだ!」
玄関には、自慢のマフラーで口元を覆うという独特な巻き方をして、ミニスカートを揺らすイヌの女生徒が一人たたずんでいた。
彼女の右手には、クナイ。左手には、図書室で借りたばかりである、昔の忍者マンガの原作本。
そして、彼女の名は伊賀野ちとせ。ご存知忍者同好会のヒロインでもあり、若きエース。
お昼の休み時間、ちとせは図書室をうろついていた。
日頃から忍びの者の鍛錬として、足音を立てずに移動するという試練を自らに課して、本棚の影から本棚の影へと身を移す。
上履きとソックスを脱いでイヌ独特の肉球が音を消す反面、爪がじゅうたんに引っ掛かる。
これも鍛錬のうちだと自分に言い聞かせていると、案の定爪を引っ掛けて転んでしまった。目の前の足に捕まる。
「きゃ…(きゃあああ!)」
大声は禁物の図書室で、声を出さずに悲鳴を上げたのは、ウサギの風紀委員長・因幡リオであった。
メガネを光らせているリオは、二次元文化の興隆を学習するために、昭和のマンガの棚で物色していたのだ。
最新作もチェックしているものの、やはり文化の始まりを深く知ることで、アニメで使われるネタの起源を知る『温故知新』だ、と
どこかから寄贈された少し厚さが大きくなった本を手に取ると、太い足になにかが掴む感覚が……。
「ちょ、ちょっと!ここは図書室よ?みんなの憩いの場よ?伊賀野さん、静かに出来ないの?」
と、小声で風紀委員長モードに入るリオは、裏返しにした鮮やかなアニメ絵のラノベを隠すのに必死だった。
跪き、謝罪の意を表すちとせは、一刻も早くここから『ドロン』したかったのだ。
と、忘年会で上機嫌な酔っ払いみたいなことを言っている場合ではない。ここに居るのは課長サンではなく委員長。
「ちょっと、同好会の資料を探し……いや、隠密でここに来たんです!」
「そ、そうなの。同好会も予算のやりくりが大変なんじゃない?」
正式な部ではないため、学校からの予算が限られている忍者同好会。
委員会活動で、予算分配のハードボイルドさを知っているリオは、せめて励みにと、ちとせに一冊の忍者マンガを薦めてあげた。
「ああ!これは、『だいじょうぶ!』のセリフの原作本じゃない!こんなところにあったんだ」
「だいじょうぶい?」
そのマンガの存在はネットの知識で知っている。動画サイトでアニメも見ている。でも、原作は読んだことは無い。
平坦な単色の知識が、鮮やかな身のある経験に変わる。勧められるがままに、ちとせはその本を借りていった。
そして、やっとのことで図書室から抜け出したちとせは、借りるはずでなかった本を手にして同好会の先輩・張本丈の姿を探す。
教室、屋上、中庭。どこにも居ない!さすが先輩、天を突く程の身の丈があるというのに煙のように姿を消すとは。
見つからなければ、見つからないほど気が焦る。イヌ族の男子を見れば、全て張本に見えてくる。
そして、玄関を走りぬけようとしたときのこと。一枚の封筒が土間に落ちていることに気付いた。敵の密書か。
いや、違う。それは、淡くも甘い香りの封筒。ちとせが拾い上げると宛名が目に入る。
「うぬぬぬ!何ですって?『丈せんぱいへ』ですって!!!」
その封筒は、さっき初等部の張本梢が丸谷大の靴箱に入れ損ねたものだ。
もちろん、本当は『大せんぱいへ』だ。しかし、子どもっぽい字に重なって、かじかんだ手で書いたものなので、
見ようによっては『大』が『丈』に見える。しかも、気が焦っているちとせには尚更のこと。
丈先輩とは、アタシと勝負するのよ!他のヤツには手を出させない!ましてや、丈先輩を独り占めしようだなんて!
でも、丈先輩って背が高くて、ちょっとクールで、優しくて、楽器も弾けるし、イケメンだし……。
こういう淡い恋文を送られても、何の不思議は無いわよね。きっと、先輩のクラスじゃ女子に囲まれてるんだろうな。
多少、ちとせフィルタが張本を写す鏡に掛かっていることは、この際置いておいて。
ちとせはどこにぶつけていいのか分からない、張本への思いを自分の手裏剣に託すことにした。
手にしている封筒に手裏剣を突き刺すと、慣れたスナップで張本の靴箱向けて投げつけた。
手裏剣が突き刺さる音は、ちとせには自分の淡い想いに開いた、小さな風穴の音のように聞こえた。
「丈先輩のバーカ」
踵を返すとミニスカートが浮かぶ。休み時間の残りが少なくなるのを気にしながら、ちとせはその場を風のように去った頃、
当の張本丈は、図書室の別の棚でひっそりと自分が所属するバンド『ルーズビート』で使
う楽譜を物色していたのだった。
放課後。特に用事の無い張本は、そそくさと玄関に向かっていた。
そして、目にしたものは、淡くも甘い香りの封筒が手裏剣で自分の下駄箱に止められている姿だった。
「ちとせのヤツの仕業かよ」
手裏剣ということは、きっと忍者同好会の者の仕事だろう。こんなことするヤツ、他にいるもんか。
そして、張本を執拗に追い回すヤツと言えば、おのずとちとせのマフラーと顔が浮かんだのだった。
手裏剣が深く刺さり封筒が取れない。封筒を引っ張ると、何とか取れた。少し便箋が破れた音がしたけれど張本は気付かない。
封筒の中の便箋を開く。手裏剣の刃で破れた便箋の端っこが切れて、はらりと張本の足元に落ちた。
自慢の前髪を掻き揚げ、張本は文面をチラ見。
『あなたの大きなしっぽ。あなたの神々しい瞳。あなたの芸術的な腕裁き。あなたの湖のような広い心。
わたしは、あなたのことをいつも遠くから見ていました。楽器を奏でるような美しい姿に心奪われました。
もし、宜しければ、明日のお昼休み『校舎うらの銀杏』の側に来て頂けませんでしょうか。わたしは、せんぱいのこと……』
のところで切れていた。
「あいかわらず、へったくそだな。ちとせは」
張本は、その封筒をカバンに仕舞い込むと、面倒くさそうに靴を履いて家路に着いた。
―――夜。張本家。
どうやら張本の妹の様子がおかしい。
張本と年が離れているので、お互い干渉などはしないが、どうも妹の梢が落ち着かない。
鏡の前で何度も自分の姿を映しては、あれやこれやと自分でダメ出しをしているのである。
「梢、なんか隠しごとでもしたのか?親父に知られたら知らんぞ」
「わたしは知んないよ。丈兄ちゃんだって、なんだかいつもと違うよ」
確かに、あんな甘い手紙を受け取れば、お年頃の男子は誰だって落ち着かない。
しかも、相手は同好会の後輩だ。いつもは「勝負」だの「アタシを無視するとはいい度胸」だの言っているが、
やはりお年頃の女の子だった。と、張本は何度もその文面を繰り返して読んでいた。見慣れた文字とは気付かずに。
甘い手紙の文面を忘れる為に、ベースを鳴らしながら吹っ切ることにした。
ベースの音がうるさいと、梢が張本の部屋に入ってくる。そして、ついでなのか「丈兄ちゃん、借りてたから返しとくね」と一言。
どうやら梢は、張本の机から国語辞典を勝手に持っていっていたらしい。張本は(梢の書いた)便箋を引き出しに仕舞う。
「勝手に持ってくなよ。ったく」
「あ!丈兄ちゃん、その隠した紙見せて!!」
「見せない!」
余計なことはしないで欲しい。ベースを片付けながら、「そう言えば、きょうは現国の宿題が課されていたっけ」と思い出す。
「いかんいかん。おれは学生だぞ」
現国の宿題をしようと張本は、辞書をはらりとページを捲った。張本には気付かれなかったが、
『銀杏』という見出しに鉛筆で印が付けられていた。その頃、梢はネットでおまじないの検索をしているのであった。
―――翌日の昼休みの時間になると、校舎裏の銀杏の側に初等部のオオカミの少女がたたずんでいた。
校舎裏なので人影はなく、彼女と一緒に居たのは冷たい冬の風だけ。
「大せんぱい、あの手紙読んでくれたかな」
お昼ごはんを食べた後、コレッタやクロの誘いもすっ飛ばしてここに来たんだ。
だから、きっと大せんぱいも来てくれるはず。と、オトナから見ればすこし痛々しい思いを手にして、
少女は来るはずの無い先輩を待ち続ける。銀杏の木もいつものように、無口であった。
「なんで梢があんなところに居るんだ」
高等部のオオカミの男子は、のそのそと校舎裏の銀杏の木に近づこうとするが、思いも寄らぬ先客で足がためらっている。
校舎の影から伺うが、どう見ても毎日会っているオオカミの少女が約束の場所に居るではないか。
きのう、手紙を読みました。きょう、この時間、ここに来てくださいと女の子の字で書かれていました。
さあ、あなたなら如何しますか。そりゃ、健全な男子諸君なら来るに決まっているでしょう。ただ、身内が近くに居たら別ですが。
そんな稀有な例、どうしてこんなときに起こるんだ。オオカミの男子は、少女が立ち去るのを待っていたが、
なかなかお望み通りの行動を取ってくれないのは、家の中だけではなかったのだ。何故なら彼女は妹だから。
ホント、余計なことはしないで欲しい。と、張本はうんざりと頭を垂れる。
張本の身体は遠くからでも目立つくらい大きい。無論、この場所でも例外ではなかった。
ひっそりと妹の動向を探っていたのにも関わらず、あっさりと妹から見つけられてしまった。
「おい!そこの不審者」
足元の小石を拾うと、張本の尻尾に向かって梢は投げつける。的は大きいが当てるのは難しい。
小石はねえよ。と、張本は梢の元に近づいて憤慨した。
「梢は何してるんだよ」
「丈兄ちゃんだって!!」
(子どもだからって舐められないように、大人っぽく、辞書で漢字を調べながら書いたんだ。大せんぱいのハートはわたしが独り占めよ)
しかし、封筒に宛名を書き忘れていたのは誤算だった。ここまで完璧に書いたもの、子どもっぽい字が尻尾を見せた。
うまく隠れたつもりのオオカミは、リスをまだかまだかと待ちぼうけ。だけど尻尾が見えている。
それでも彼女は気付かない。それでも彼女は待ち続け、ウサギが見つけてお慰み。
―――その頃、化学準備室前の廊下にて。
リオは廊下で不審な動きをするちとせを発見して、ぴょんと飛びついてきた。
「ちとせちゃん!きのう借りた本、面白かった?」
「あ、ああ。うん」
肯定だか否定だか分からない言葉で返すものだから、勝手にリオは自分のいいように取ってしまう。
「でしょ!でしょ!最近はやりの作品もいいんだけど、やっぱりこの国のマンガ文化を語るには、やっぱりわたしたちが生まれる前の
礎となった作品もしっかり読まなきゃ、って思うんだよねえ!ちとせちゃんもこれを読破したら、『若頭』を……」
しかし、リオが「最近はやり」と言っている時点でちとせは、忍者の如く姿を眩ませていた。
その代わりかどうかは別として、やって来たのは、リスの丸谷大であった。大きな尻尾が揺れている。
手にはスケッチブックとコンテ。暖かい化学準備室でデッサンでもしようかとやって来たのだ。
一人で鼻息荒くするリオを無視して準備室に入ると、置いていかないでとリオが続く。
やっぱり暖かい、ここは学園のオアシスだ。この部屋の主・跳月も居ないしイスも拝借できるぞと、リオはどっかと座り込む。
丸谷は丸イスに腰掛けると、せっせとリオのデッサンを始めた。それに気付いたのか、わざとリオはイスから離れ、窓から外を眺める。
「ちょ、ちょっと!折角描いてるのに!!」
「あんたに描かれてたまるもんかっ。悔しかったら、あの銀杏の木に登って描きやがれ。丸谷のバーカ。
あれ、張本じゃん。あんなところで何してるんだろうね。あ。あのロリっ娘、かわいい。白先生に目を付けられないようにね!」
リオが寄りかかる窓枠には、校舎裏の銀杏の木が、ときと共に変わる空を背景に風景画のように描かれていた。
丸谷がリオと並んで窓から外を覗こうと近づくと、リオは窓枠で身体を支えながら、両方の脚をそろえて丸谷を蹴飛ばした。
リオに見つめられながら銀杏の木の下では、張本丈と張本梢が仲良く並んでいた。
校舎の影から、身を潜めて二人を覗いているのは、言うまでもなくちとせであった。
「せんぱい、来てくれないのかなぁ」
「人騒がせな後輩だなぁ」
お互い、現れるはずも無い待ち人を昼休みが終わるまで待ち続けていた。
おしまい。
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