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『先輩、明日って予定空いてますか?」 ◆/BV3adiQ.o - (2009/07/26 (日) 18:10:47) の編集履歴(バックアップ)


655 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:34:00.52 ID:O8KgH1H10
『先輩、明日って予定空いてますか?」
 あずにゃんからそんな電話が来たのはついさっきのこと。
「うん? 空いてるけど、それがどうしたの?」
 本当は、ギー太の服を買いに行こうかと思ってたけど、特に急いでる訳じゃないから黙っておく。
『えっと……海に行こうかと、思ってるんですが」
「海? いいね~」
 もう夏だし、そろそろ行きたいと思っていたところ。
「それで、他には誰を誘うの?」
『えっと、その……』
 やっぱり、軽音部のみんなは入ってるのかな? 憂は友達とプールに行くらしいから無理だろうけど……。
『その、できれば、唯先輩と二人っきりで行きたいんですけど……』
「えっ?」

656 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:35:24.57 ID:O8KgH1H10
「う~ん、どんな水着がいいかなぁ……」
 そんなわけで、私は今猛烈に悩んでいる。
「まさか、あずにゃんから直々にご指名されるなんてね~」
 ちょっぴりうれしい。
 だから、いつもより気合を入れて可愛い水着を探しているのだけど――
「どんなのがいいのか、分からないよぉ……」
 ここはやっぱり先輩らしさを出すような――私じゃ無理、だよね……。
 どうしようかな……。憂に聞いてみても、
「お姉ちゃんが自分で選んだほうがいいよ。そのほうが梓ちゃんもきっと嬉しいもん」
 だなんて、答えにならない答えではぐらかされてしまった。
「それにしても――」
 私が自分で選んだもの、かぁ……。
 どういう意味なのかな。私が可愛いと思ったものでいいってこと?
 ――悩んでてもしょうがないよね。
「よし、この子にしようっ」
 明日はよろしくねっ!

657 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:36:05.63 ID:O8KgH1H10
「ごめ~ん! あずにゃん待った~?」
 今日は早起きしようと目覚ましを5時に合わせてたのに、寝過ごしていつの間にか約束の時間を30分も過ぎてしまっていた。
「遅いですよ、まったく……」
 少しだけ不機嫌そうにこちらを振り向いたあずにゃんは、だけどどことなくほっとした顔だった。
 ――あぁ、あずにゃんは不安だったんだ。
 そりゃそうか、誘ったはいいけど、約束の時間になっても待ち人が来ないなんて、不安にならないほうがどうかしてる。
 ――でも、あずにゃんは私を信じて待っててくれた。
 胸のおくが、ほんわりとあったかくなった。
「ほんとにごめんね~」
 ぎゅっ。
「わわわ、先輩、何するんですか急に」
「ちょっとしたお詫びだよ~」
 なでなで。
 あずにゃんの頭をやさしく撫でてあげる。
 ……せめてこれぐらいの恩返しはしてもいいよね?
「ふにゃぁ~」
 あずにゃんもなんだか気持ちよさそうだし。
「よ~しよし」
 なでなで。

658 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:36:46.73 ID:O8KgH1H10
「――ってそうじゃないでしょう!」
 うがーっ。
「わわわ、どうしたのあずにゃん?」
 突然怒鳴られてびっくりする。
「遅れてきてなんですかその態度は! へらへらしすぎですよ!」
「ううぅ……ごめんなさい」
 しゅん。
「どれだけ私が不安になったと思って――あ」
 間。
「やっぱり不安だったんだね、あずにゃ~ん」
 なでなで。
「ちちち違いますよ!? 今のは口が滑っただけで――あ」
 ……間。
「やっぱり! 不安だったんだね~?」
 なでなで。
「ううううううぅ……。は、早く行きますよ!」
「あ、待ってよあずにゃ~ん!」

662 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:37:33.49 ID:O8KgH1H10
「――着きました」
 あずにゃんに連れてこられた先は一面真っ青な――
「――うみだー!」
 わーっ。
「さすがに、貸しきりはできませんでしたけど」
「いいよいいよ~! むしろみんなで遊べるから楽しいもんっ!」
 誰か空いてそうな人いないかな~?
「みんなで、ですか……」
 浮き浮きしていた私は、あずにゃんが何と言ったのか聞き取れなかった。

664 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:38:13.93 ID:O8KgH1H10
「いっくよ~?」
「こ~いっ!」
 小学生ぐらいの姉妹が暇そうにしていたので誘ってみると、快くOKしてくれた。
 まずは何をするのかという話になったけど、まずはビーチバレーをすることになった。
「あ、ずる~い」
「ずるくないよ~」
「えへへ~」
 でも、なんだかあずにゃんが楽しくなさそう。
「ちょっと抜けるね~」
「うん~」
 一応抜ける許可をもらってからあずにゃんのところに向かう。

665 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:39:01.23 ID:O8KgH1H10
「あずにゃん、どうしたの?」
「何が、ですか」
「何がって……」
 あずにゃんが俯いてるせいで、表情が見えない。
 ……困ったな。表情が見えないと話し難いんだけど……。
 と、思ったら、あずにゃんの体が震えていることに気付く。
「あずにゃん……? どうしたの? どこか痛いの?」
 おろおろ。
 心配になって質問をいくつもしてしまう。
 すると――
「別に、身体がどうかしてるわけじゃ、ありません」
 ――とりあえず安心。
「だけど……」
「うん?」
 あずにゃんは、そこで再び口をつぐんでしまう。
 何かを躊躇うようにぶるぶると震えている。
「あ、あずにゃ――」
「心のほうが、どうにかしているかもしれません」
 ……どういうこと?
「それは――」
「やっぱり何でもありません。さ、早く戻りましょう」
「あ、待ってよあずにゃ~ん!」
 絶対に何かあると思うんだけど……。

666 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:39:44.95 ID:O8KgH1H10
「楽しかったよ~!」
「またね~!」
「ばいば~い!」
「では、さようなら」
 その後、もう一度あの姉妹ちゃんたちと遊んだ。
 今度はあずにゃんも楽しそうだった……かな?
「先輩、そろそろお昼にしましょう」
「そだね~」
 ちょうどお腹も空いてきたし。
「どこで食べますか?」
「やっぱり海の家だよ~」
 せっかく海に来たんだから、一回ぐらいは行かないとね。
「わかりました、ではそれで」
「れっつごーっ!」

673 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:47:31.38 ID:O8KgH1H10
「先輩、よくそんなに食べますね……」
「え~? そうかなぁ?」
 そんなにっていっても、たった3人前なんだけど……。
「そうですよ! 普通の女子高生は1人前でもいっぱいいっぱいなんですよ!?」
「それもどうかと思うけど……」
 こんなにおいしいのになぁ……そうだっ!
「あずにゃん、あ~ん」
 一口でも食べてみれば何でこんなに箸が進むのか解ってもらえるはず。
「あ~ん――って何やってるんですか!」
「いいからいいから~」
 ぱくっ。
「もきゅもきゅ……あ、おいしい」
「でっしょ~?」
 ぱくぱく。
「あ~ん……そんなに食べたら私の分が無くなっちゃうよぉ~」
 ぴたっ。
「あ――ああああああ!!!!? 何やってくれてるんですかあああああ!!!!!!!」
 絶叫。
 それはもう他のお客さんが何事かとこっちを振り向くぐらいの声量で叫んでいた。
「あ、あずにゃんちょっとうるさいよぉ……」
 そんな大声を真ん前で聞かされたほうは正直すっごく耳が痛い。
「あ、すみません……でも! 先輩のしたことも酷いことですよ?」
「え~? そうかなぁ」
 おいしいごはんを食べさせてあげたのに……。


675 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:49:00.29 ID:O8KgH1H10
「そうですよ! だいたい先輩はいつもいつも――」
「あんなにおいしそうに食べてたのに」
 ぴくっ。
「そ、それは……そうですけど」
「ちょっと体重が増えたぐらい気にしなくてもいいと思うんだけどな~」
「せ、先輩は体重が増えないからそんなことが言える――」
「可愛いのには変わりないし」
 ぴたっ。
 私の一言であずにゃんの喚き声がストップしてしまった。
「あ、あずにゃん……?」
「そ、それとこれとは話が別です!!!!」
「わあああっ!?」
 びっくり。
 俯いてぶるぶる震えていたと思ったら、急にまた大声を出すんだもん。
 そのせいで椅子から転がり落ちちゃったよ。
「あぁ! 先輩ごめんなさい!」
 ……ま、あずにゃんが起こしてくれたし許してあげよう。

679 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:49:47.83 ID:O8KgH1H10
 お昼ごはんを食べ終えて、海の家を出る。
「次はどこに行きますか?」
「う~ん、そうだね~」
 浜辺でばっかり遊んでたし、ちょっと遠くへ行ってみるのも悪くないかもしれない。
「あそこの岩場とかどうかな?」
 私が選んだのは、ここから数百メートルほど離れたところにある小さな岩場。
 あそこなら人もあんまりいないだろうし、あずにゃんと二人っきりになれるかもしれない。
 ……あれ?
 どうしてあずにゃんと二人きりになろうとしてるんだろう。どうして――
「あれですか、少し遠いですけどいいですよ」
 少しあっちの世界に行きかけてたところを、あずにゃんの声で呼び戻される。
「へ?」
「だから、岩場に行くのに賛成ってことですよ」
 なんだろう、どことなく不機嫌そうな感じだけど……。
「あ、うん。じゃあ行こっか」
「はいっ」
 にこり。
 ……気のせい、かな?

681 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:50:30.96 ID:O8KgH1H10
「とうちゃ~く!」
 あずにゃんと一緒に、予定通り岩場に来てみた。
「け、けっこう……疲れますね……」
「そうだね~」
 さすがにここまで来ると、私たち以外の人影は見当たらなくなる。
「あずにゃ~ん! みてみて~! おっきなヒトデさんだよ~!」
 二人っきりということを再認識して少し恥ずかしくなったので、いつもよりはしゃいでみる。
 どきどき。
 ……落ち着かない。
 あずにゃんと二人っきり……二人っきり……。
 ぐるぐる。
 ああ、今度は確実に思考の渦に飲み込まれるな――
「せんぱい! 唯先輩!」
 そう思っていたのに、またしてもあずにゃんの声で現実に引き戻される。
「ん……?」
 目の前ではなにやらあずにゃんが必死な顔で私に怒鳴っている。
「ど、どうしたのあずにゃん? 何があったの?」
「何があったじゃありません! 先輩は――ああもういいです! とにかくあそこを見てください!」
 途中で何か言いかけていたのが気になったけど、ただごとじゃない雰囲気を感じたので示された方向を見てみる。
 すると――
「たすけてー! ママァー!!」
 そこでは、一緒にバレーをして遊んだ子たちの妹のほうが、浮き輪に流されていた。
「た、助けなくちゃ!」
「で、でもどうやってですか!?」
「今から泳げばたぶん間に合うよ! あずにゃんはライフセーバーの人を連れてきて!」
「あ、先輩待って――」
 背中のあずにゃんの声を振り切るように海に飛び込む。

683 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:51:10.98 ID:O8KgH1H10
「助けてー! ママァー!!!」
 飛び込む前には気づかなかったけど、泳いでいるとかなり遠い。
 ……これは早まった、かな。
 だけどいまさら後戻りはできない。助けることを選んでしまったのだから、後はそのためにがんばるだけだ。
 ――後戻りなんて、絶対に許さない。


686 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:52:39.61 ID:O8KgH1H10
「誰か……助けてよぅ……」
 さっきまで元気に泣き叫んでいた子が、疲れたのか諦めたのか、叫ぶのを止めてしまっていた。
 だけど、もうその子は目の前にいる。
 そう、手を伸ばせば――
「――つ~かま~えたっ!」
 がしっ。
「!? ……お、おねえちゃん……?」
「もう大丈夫だよ」
 安心させるために、努めて優しく話しかける。
 とはいえ、足はもう限界。この状態で向こう岸まで戻るのは無理があるかも……。
 ぱちんっ。
 心の中で、自分の頬をひっぱたいた。
 何を甘ったれたことを言ってるの! 助けるって決めたじゃない!
「これで助けられなきゃ――」
 それは……う、そ、だ――

687 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:53:41.39 ID:O8KgH1H10
 気がつくと、私は何か柔らかいものの上で仰向けに寝ていた。
「ゆいせんぱいゆいせんぱいゆいせんぱいゆいせんぱい……」
 頭の上でよく知っている声が聞こえる。
「おきてくださいよ。はやくおきてください。そうしたら今まで溜め込んだ文句を全部言うんですから」
 ちょっとそれは困るかも……。
「だから――」
「んっ……」
 びくっ。
「せん、ぱい……?」
 見えないところから、小さな声。
「んぅ……あずにゃん……」
 ぱちり。
 目を開けると、空はすっかり紅く染まっていた。
 あれから、数時間は経ったことになる。

688 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:54:26.57 ID:O8KgH1H10
「せんぱい……! よかったぁ……」
 そういうと、あずにゃんは、ぎゅっと私を抱きしめてきた。
「あ、あずにゃん……?」
 突然の出来事に、どう反応すればいいのかわからない。
「もうっ……しんぱいしたんですからね……!」
 ぎゅうっ。
 また一段と強く抱きしめられる。
 ああ、あずにゃんは――
「ごめんね、あずにゃん」
 本当に、心配してくれてたんだ。
「……かんたんには、ゆるしませんよ……」
 ぎゅっ。
 今度は緩く抱きしめられる。まるで、これから行動がしやすくなるように……。
「どうしたら、いいの?」
 緩んだ隙間から、あずにゃんの顔を覗き込む。
 ……ああ、これは。
「それじゃあ――」
 何か恥ずかしいことを……。
「――キス、してください」
 ……言われちゃった。

690 :たまには唯ちゃん視点で海の日とか ◆/BV3adiQ.o :2009/07/20(月) 21:55:15.70 ID:O8KgH1H10
「そ、それじゃ……」
「はい……」
 …………ちゅっ。
「――ん、これで、いい?」
「はい……」
 夕焼けに染まったあずにゃんの顔は、とっても赤くて。
 きっと、私も同じぐらい赤いんだろうな……。
 あ、そうだ。
「あずにゃん、ちょっと聞いていい?」
「何ですか?」
 これを聞かないと悩んだ意味が無いじゃない。
「――今日の水着、可愛かったかな?」
 昨日さんざん悩んだんだから。
 はたしてあずにゃんは――
「そんなの、唯先輩が私のために選んでくれたんだから、可愛いに決まってるじゃないですか」
 ――最高の答えを、返してくれた。



Fin