116 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:00:14.78 ID:cWp9UJoT0
【私はヒミツ諜報部員】
[指令2]-[浮遊眉毛]
思い返してみれば、あれは夢だったのかもしれない。
そう唯が思うのも無理は無い。
なぜなら、目を覚ました時父と母はすでに家を出ていたからだ。
「突然お仕事が入っちゃったんだって……」
悲しげに言う憂の表情からそれが嘘ではないことはすぐに読み取れる。
せめて家を出る前に一言話しておきたかったと後悔する。
そんな後悔が表情に出てしまったのか、憂が心配そうに唯の顔を覗き込む
「でも、お姉ちゃん。今度はすぐに帰ってこれるかもだって」
「えっ、ホントに?」
思わぬ吉報に数秒前の後悔も吹き飛んだ
「だから、気を落とさないで。ねっ?」
「うんっ」
差し出された小さな憂の手を握る。
そう、私達はこうして今まで乗り切ってきた。
唯は姉妹の絆を今一度確認して、時計をチラと見る。
「そろそろ、学校に行かなくちゃだね。うい」
「そうだねっ!」
その日の朝、二人は一緒に登校した。
117 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:00:58.79 ID:cWp9UJoT0
校門をくぐると、梓や澪、律達が見えた。
「おはよう! みんなっ!」
こちらが手を振ると、気付いたのか手を振り返してくる。
「おはよっ!唯に憂ちゃんっ!」
相変わらずのテンションで律が叫ぶ。
その太陽にも負けない笑顔は唯を何度も励ましてきてくれた。
「あれっ、ムギちゃんは?」
いつものメンバーの中にムギがいないことに気付く。
「そういえばそうだよな。いつもならここら辺で会うのに」
「ま、そういう日もあるさ」
澪の冷静な分析を律は感覚でさばく。
澪と律の関係はそんな危なっかしい相互扶助を醸し出していた。
「それでは放課後、部室でまたっ」
先輩3人にぺこりと頭をさげ、梓は憂と二人で廊下を歩いて行った。
残された3人もすぐに2年の教室に向かって歩き出す。
118 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:01:38.00 ID:cWp9UJoT0
「なぁ、唯」
律が唯に声をかけてきたのは、それからほとんど間をおかずに、だ。
「父さん母さんにはちゃんと会えたのか?」
いい返事を期待しているとみえて、律の目は爛々と輝いている。
「う~ん、と」
唯は少し思案を巡らす。
言ってもいいのだろうか、昨日のことを。
だが、秘密にしろとは言われていなかったはずだ。
それにそもそも昨日の出来事が夢かもしれないのだ。
唯は軽く目を閉じると、律の耳もとに口を持っていく。
「実はね、私のお父さんとお母さんって――」
最後まで聞かず、律はすっとんきょうな声を上げる。
「ええっ!?」
「ちょ、りっちゃん」
その声に、隣で興味なさげに携帯をいじっていた澪もこちらに目を向ける。
「どうしたんだ」
「あのな、澪……」
今度は律が澪の耳元に口を近づける。
まるで、伝言ゲームのようだ。
120 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:02:22.44 ID:cWp9UJoT0
「……ホントなのか? それ」
律から伝言を聞き終えた澪は、珍しいものを見るような目つきで、唯を見つめる。
「んっ、と……」
本当と言えば本当だし、嘘と言えば嘘かもしれない。
いや、やっぱり本当なんだろう。
「ホント、だよ」
「そうか――」
唯の言葉を聞くなり、澪は腕を組んで考え事を始めた。
そして突然顔を上げる。
121 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:03:09.22 ID:wf6/k5Rh0
「なぁ、唯」
「何?」
「お前も、諜報部員なのか?」
「!!!」
あまりにもストレート。
唯はノックアウトされた気分になってしまった。
「そうなのか!? 唯」
律も話に乗ってくる。
「うんと……」
唯は昨日の記憶をたどってみる。
そう言えば、私がこういう仕事をすることになるって言ってたような……
そして、気付いた時には言葉が口を出ていた。
122 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:03:49.88 ID:cWp9UJoT0
「そうだよっ!」
満面の笑み。
まるで難解なパズルを解いた時のようなそんなスッキリとした顔で言われたので、澪と律は開いた口がふさがらなかった。
「じゃ、また放課後っ!」
気付けば教室のドアの前まで歩いてきていた。
唯は澪に手を振り、そそくさと教室に入った。
「な、なぁ唯」
慌てた律の声が唯の背中を追いかける。
「任務は何なんだ?」
「へっ?」
「だから、仕事があるんだろ?」
「し、仕事?」
「だって、諜報部員なんだろ?」
そう言ってウインクしてくる律の表情から、唯は隠された意味を悟った。
『ここでボケろ』と。
「そ、そうだねっ。今日はムギちゃんの秘密を調べる仕事なんだ」
「ほほぉ、行方知らずになっているムギ嬢についてですな、唯隊員」
「そうであります! あ~る大佐」
「任務成功を祈っておるよ、唯隊員」
そう言って敬礼のような仕草をした後、律は笑い始めた。
123 :ギ―助 ◆CvdBdYFR7. :2009/10/02(金) 00:04:38.52 ID:wf6/k5Rh0
「あははっ! こういうのもアリだな」
「放課後、澪ちゃん達にも見せようよっ!」
「そうだなっ!」
律がガッツポーズをした瞬間、チャイムが鳴った。
担任の先生が入ってくる。
唯はすぐに気付いた。
表情が暗い。
何かあったのだろうか。
「皆さん、今日は残念なお知らせがあります」
ざわめいていた教室が静かになる。
「琴吹さんが、今日の朝から行方不明になっています」
一瞬、空気が凍りつく。
そして再び教室がざわめき始める。
振り向いた律と目が合う。
だが、唯はすぐに目をそらしてしまった。
それは向こうも同じだった。
「何か知っていることがあれば、教えて下さい」
唯の頭の中で、担任の声だけが無常に響き続けた。
[つづく]