紙の子どもたちはみな踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら……?

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紙の子どもたちはみな踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら……? - (2008/01/26 (土) 03:49:21) の最新版との変更点

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まばらに広がる黒い枝葉の間から差し込む月光。それによって夜の森と言うイメージからは幾分歩きやすい木々の間。 そこを一人の小柄な少女がおっかなびっくりといった風で歩いていた。 支給品であるデイバッグを胸に抱えて震えをこらえ、竦む脚を機械のように動かして進む少女の名前は「コ・ホンブック」。 アニロワ2ndで書き手を務める中の一人で、またこの凄惨で混沌とした殺人遊戯の盤上に連れて来られた一人でもある。 10メートル程進んでは暗がりに誰か潜んではいないかと、そのくせっ毛の目立つピンクの髪がのった頭をキョロキョロと振り回す。 コ・ホンブック(◆5VEHREaaO2)――彼女の姿は、彼女が話を書いたアニタ・キング。その姿によく似ていた。 「…………嘘だ、夢だ、幻だ。……冗談か、それかドッキリか、それとも白昼夢か……」 湧き上がって止まない恐怖を紛らわす言葉をブツブツとその小さな唇から零しながら、彼女はカチコチと足を動かす。 彼女が足を前後させ身体を捻るたびに、彼女の纏うパンダカラーのミニチャイナもカサカサと囁く様な音を漏らした。 「……か、紙の服って、こんなだったん、だ。 思ってたより、着心地が……よくない……」 なるほどアニタも文句を零すはずだと彼女は納得した。 何故か、あのコンクリートの部屋で気付いた時にはもうこの紙の服を着せられていた。 身体の上下を包むミニチャイナだけでなく、足の付け根からおへその下までを包む下着も紙製で、 その着心地の悪さを感じる度に、自然と内股を擦ったり足を大きく広げたりしてしまう。 「アタシってもしかして、ここじゃぁ……紙使いだったり、して? ……書き手ロワ? だし?」 独り言は普段からの癖なのか、それとも身体一杯に詰まった恐怖に押し出されるからなのか、それを続けながら彼女は歩く。 紙使い――言葉通り紙を自在に操る力。それがここに来た時から自分に具わっていることがなんとんなくだが解る。 それを実際に確認することは容易い。力一杯抱きしめているデイバッグの中からメモを一枚取り出してみればそれで済む。 だが彼女はまだそうしていない。それどころか、まだデイバッグを開けることすらしていなかった。 別に今着ている紙の服を実験の材料にすることも可能であったが、元に戻せる保証がないのでその案は却下した。 なら何故、彼女はメモ紙を取り出そうとしないのか? 何故、支給品の確認すらしていないのか? それは――、 「……”アレ”が入ってたらどうしよう。……”アレ”が入ってたら、入っていたら……どうしよぅ……」 ――やはり恐怖だった。 彼女が恐れる”アレ”とは「乖離剣・エア」――英雄王の財宝の一つにして絶対最強の威力を誇る宝具のことである。 自分が書き手としてアニタへと与え、そしてその直後に彼女を死へと導いた曰くつきのアイテムだ。 今、アニタと化している自分がアレを引き当てたら同じ様に死んでしまうんじゃないか……。 勿論例え引き当てたとしても、それを使わず捨てるかバッグの中に仕舞っておけば問題ないと彼女も解っているのだが、 運命というものが書き手という神の掌の上にあるロワという舞台の中では、何がどうされるのか解ったものじゃない。 だから彼女はその身を危機に曝しながらも一人夜の森を行き、一緒にバッグを開けてくれる誰かを探しているのだった。  ◆ ◆ ◆ ――コ・ホンブックは不幸な少女だ。  ◆ ◆ ◆ 「あら? そこにいるのはもしかしてアニロワ2ndの書き手さんじゃないですか?」 唐突にかけられた明るい女の声にコ・ホンブックの身体がビクリと跳ね上がる。 すぐさまに声が飛んできた方向へと視線を向けるが、彼女は最初そこに人がいるということに気付けなかった。 「それ、アニタちゃんの格好ですよね? だったらアニロワ2ndの書き手さんなんじゃないかなーって思うんですけど」 再び声をかけられたことでやっと彼女は気付いた。相手はずっと目の前に居たということに。 ソレを一言で例えるなら「影」だ。 頭を覆う黒髪。上下に身に着けたスーツ。足先を包む革靴に掌に填められたグローブ。どれも真っ黒だった。 スーツの中に着込んだシャツも、ネクタイも、ボタンも何もかも。光を跳ね返さない闇色で統一されていた。 それ故に暗がりの中に立っていることに気付けなかったのだ。 しかし気付いてみると、周囲の闇よりも遥かに真っ黒なソレは逆に浮かんで見える。 「だ……誰?」 「――? ああ、ごめんなさい。コレじゃあ、誰だかわからないですよね」 突然現れた何者かは、コ・ホンブックの言葉に失笑を漏らすとそれまで顔を覆っていた漆黒の仮面に手を伸ばす。 そしてその下から現れたのは、仮面や衣装とは対照的な白い顔だ。 小動物を思わせる真ん丸い目と、その上に屋根のように架かった半月の眉。そして小さいが形のよい鼻。若干色素が薄めの唇。 一歩明るい場所に踏み出して来たことによってより際立ったシルエットは、控えめながらも女性らしさをアピールしている。 突如現れた謎の影。それは――風浦可符香の顔をしていた。 「こんばんわ。私は◆AZWNjKqIBQ――いや、ここでだとマスク・ザ・ドSだね。よろしく♪」  ◆ ◆ ◆ コ・ホンブックは不幸な少女だ。 何故かと問われると、それは枚挙に遑がない。 しかし、此処で語るに必要な分だけを取り出していけば、ぶっちゃけ――彼女は「間が悪い」。可哀相なぐらいに……。 「それにしても、私の名前って変ですよね。  マスクはともかく、ドSのSって何の略でしょう?  サービス(気配り)? それともスマイル(笑顔)かな? それともそれともサーべランス(監視者)?  スクリプター(記録係)? サルベージ(回収)? んーなんなんでしょうねー?  サラミソーセージは好きだけど、それは……やっぱり関係ないですよねぇ……?」 ――最悪だ! ひとり取りとめもなく戯言を繰り出し始めた女の前で、コ・ホンブックは歯をガチガチと鳴らしてその恐怖を表現していた。 コ・ホンブックは一緒にバッグを開けてくれる人物を探しており、特に同じアニロワ2ndの書き手と出会えることを願っていたが、 同じロワ出身と言えど目の前に立つ女は最悪だった。 何かにつけて彼女とは相性が合わない。アニタを抹殺したのもこの女である。それだけではなく色々と――……。 「サスペンス(不安)? サクリフィス(生贄)? サヴェッジ(残忍)? サック(略奪)? サッド(悲哀)?  んー……、イマイチどれもピンときませんねー? なんなんだろう?」 サディズム(加虐変態性癖)だろう……と、コ・ホンブックはボソリと零す。 目の前の女はキャラをまるで鼠を角に追い詰めた猫の様に甚振り、無慈悲にゴミの様に殺す。そんな加虐主義者なのである。 聞かせるつもりはなかったのだが、マイペースな様に見えて割かし敏感だったらしい女はいけしゃあしゃあと反論を口にした。 「やだなー。私がサディストなわけないじゃないですかー♪  私は――あ、そうだ。セイント(聖人)ですよセイント。ポロロッカ聖人なんちゃって~!  ……ね。あなたも、そう思いますよねコ・ホンブックこと、◆5VEHREaaO2さん?」 早鐘の様に打ち鳴らされていたコ・ホンブックの心臓が一際大きく弾んだ。一瞬、ショック死したかと錯覚するぐらいに。 「お、お、お、お前ッ! アタシの正体に……ッ、き、きづ、気付いて――!」 湧き上がる本能からの警告に、コ・ホンブックは必死に手足へと命令を出してそれから逃れようとする。 だが、恐怖に犯された身体はまるででたらめに配線された機械のようにしか動かず、 それはまるで地震を現すパントマイムをしているのか、一人でツイスターを遊んでいるかのような有様だった。 そんな狼狽に踊りのたうつ少女の様を、黒い怪人は静かに静かに、楽しそうに楽しそうに、微笑んで見下ろしている。  ◆ ◆ ◆ 逃げなきゃ殺される! 逃げられないなら殺される! 逃げられないなら殺すしかない! 殺すしかないから殺すしかない! 殺されないためには殺すしかない! コイツを殺すしかない! アタシが殺すしかない! 殺されないためには殺されない! アタシが殺されない!  コイツは殺すしかない!  アタシが殺されたくないから!  殺すからアタシは殺されたくないから! コイツを殺したいのはアタシが殺す!  殺されないアタシのためにコイツは殺されないと!  殺さないと殺されるから殺す! 殺す! アタシは殺すからコイツを! 殺すからコイツを! コイツは殺されるから!  アタシはコイツを殺したいから殺す! コ・ホンブックは暴れ狂い四肢を引き裂こうとする感情を一つの衝動へと集束してゆく。生きるために殺すという真理に向って。 「――エッ、ハ! ゥ……! ――ッ! ――――――――――――――!」 窮鼠猫を噛むがごとしと言ったところであろう。 それまでバラバラに動いていた手足が一瞬、正確な同調を見せ目の前の怪人を殺すための動きを見せる。 最速の手順と早さで、それまでは決して開けるまいと必死に抱き込んでいたデイバッグの口へと手を差し込んだ。 目の前の怪人を倒すための武器を取り出すために。だが――、 「ピギャアアァァァァァ―――――――――――――――――――――ッ!」 手が掴んだソレを見た瞬間。コ・ホンブックは絶叫をあげて何もかもを放り出し、火を見た獣の様に後ずさった。 怪人の足元に残されたのは、口を開けられたままの状態で放り出されたデイバッグと、そこから転び出た”アレ”。 「……や、や、やだ。なんで、……どうして。なんで、”ソレ”が、ここに……あ、あ……――」 月光を跳ね返し、「そう言えばこれ既出じゃない?」っていう指摘も跳ね返して、”ソレ”はそこにあった。 いたいけな一人の少女を膾斬りにし、その真空の刃で幾多の人間にトラウマを刻みこんだ最強最悪の武器。 ――英霊王の宝具。乖離剣・エアがそこにあった。  ◆ ◆ ◆ 背中を木に預け足を大地に張り、コ・ホンブックはただイヤイヤと首を振り続けていた。 目の前のトラウマを否定するため、一心に不幸な少女は首を振る。 それがどこかへと行ってしまうことを願って不運な少女は首を振る。 どうか悪夢よ覚めてくださいと小さく憐れな少女は必死に首を振る。 誰か私を此処から連れ出して下さいと、青褪めた少女は首を振る。 母親を見失い、独り取り残された惨めな子の様に少女は首を振る。 少女はただただ首を振る。 イヤイヤと可哀そうな少女は首を振る。首を振る――。  ◆ ◆ ◆ ひうんひうん――と。風を切る不可視の獣が走る様な、そんな奇妙な音が夜の森に疾った。 「――――ひぐッ!」 一瞬の後。 木にもたれていたコ・ホンブックの身体が、そこに縛りつけられたかの様に硬直、……いや、実際に縛りつけられていた。 黒い怪人――マスク・ド・Sの十本の指から伸びる色の無い糸によって、その小さな身体を磔にされている。 「普通の人間が糸を操るなんてできるはずがないじゃないですか。――けど私は『ニンジャ』ですから」 聞かれてもいないことを答えながら、怪人は十本の指に込められた力をゆっくりと調整する。 ゆっくりと――、じっくりと――、少女の身体を舐めるように――、少女の身体を嬲るように――。 その度に、木々の間に張り巡らされた鋼線がギィン……と弦を弾く様な音を静寂の中に響かせる。 「暴れないで下さいね……怪我をしますから。じゃあ――」 ソレと小さな掛け声と共に怪人が十本の指を腕ごと引き絞る。 すると、今度はひゅるひゅると見えない蛇が空を泳ぐような音がし、続けて森の中に無数の白い破片が飛び散った。 可哀相な少女を包んでいたモノだった真っ白な紙片は、澄んだ森の空気の中を舞い月光を跳ね返して雪の様に降り注ぐ。 束の間の幻想の後、其処には傷一つ無く紙の様に白い肌の全てを露にする少女だけが残されていた。  ◆ ◆ ◆ 短い草の上に積もった紙片を踏みしめ、目を三日月の形に歪めた怪人が少女へとゆっくり歩み寄る。 だが、怪人が迫っているのにも関わらず少女は逃げられないでいた。 全身を束縛していた糸はもうないが、木の後ろへと回された両腕のその先――親指同士が短い糸によってまだ縛られたままだったからだ。 それをなんとか解けないかと少女はもがくが……、 「動かないほうがいいですよ。その糸、砥いでありますから引っ張ると喰いこみます」 怪人の忠告は一瞬遅く、縛り付けられた少女の顔が苦痛に歪む。その背後では、白く小さな手の中にべったりと血が溢れていた。 「抗うと辛くなるばかりですよ。幸せは受け入れることから始まるんです。前を向いてください――」 漆黒の皮手袋に包まれた両手が、少女の白い顎を持ち上げる。怪人が覗き込む瞳は恐怖に湛えられ今にも割れんばかりだ。 「不安な気持ちは忘れて、楽しい未来を思い描きましょう」 言いながら怪人は手を顎から放し、少女の陶磁器の様な肌の上へと滑らせていく。 冷たく這いずる蛇の様におぞましい感触。それを月光を浴びて蒼く光る身体の上へと走らせる。 二つの黒い蜘蛛の様な掌を小さい身体の隅々にまで行き渡らせる。 平らにした両の掌を、小さな肩の稜線の上に産毛を撫ぜる様に走らせる――。 五本の指を揃えて鎖骨の上を走らせ、もう片方の五本は別れさせ別々の肋骨の上をなぞらせる――。 耳の付け根から掌を重力に任せるままに下方へと滑らせる――。 可愛らしくその存在を主張する柔らかな膨らみの上を躍らせる様に指を躍らせる――。 産まれた時には母親と繋がっていた場所から下へと、暖める様に軽く掌を押し当てる――。 かたいところ。やわらかいところ。ふくらんでいるところ。へこんでいるところ。ひらいているところ。とじているところ。 いつくしむように。おいたてるように。もとめるように。みつけださせるように。ひきだすように。おしいれるように。 それはあまり長い時間ではなかったが、怪人は最も鋭敏な場所を使って少女の身体を隈なく探った。 十本の指をそこから離して再び覗き込んだ少女の瞳からは、幾分か恐怖は減っている様に見える。だが、まだまだだ。 怪人は目の前の少女のために別の手段を取ることにした。  ◆ ◆ ◆ 今や囚われの少女――コ・ホンブックは困惑していた。 困惑は強い恐怖を和らげたが、その代わりに水の様に柔らかくなった恐怖は、それまでは達していない場所にまで行き渡る。 突き刺し衝動を駆り立てるような不安は去ったが、今度はひたひたと足元から湧き上がってくる不安が彼女を窒息させようとしていた。 「ブックちゃんの裸はとても綺麗だから、恥ずかしがることはないよ。」 地面へとしゃがみこみ、何やら作業をしていた怪人が不意にそんなことを言う。 そのにこやかな顔を見て、少女の背筋を悪寒が登り、肌がざわめく。 相手も女性であるからなのか、それとも人間ではないように感じるからか不思議と羞恥心はない。あるのは気味悪さだけだ。 もう思い出したくもない先程のアレも、決して高揚を誘うものではなく不快の一言に尽きるものであった。 人と人の触れ合いとは程遠く、 まるで自分という一本の木に多種多様な蟲が蜜を得に集まり、それを貪り喰い散らかしたとイメージするしかないようなものだった。 少し思い返しただけでも、触れられた場所に凍った鉄を押し付けられた様な感触が蘇り、脳を振るわせる。 「――――……ッはぁ」 堪えられなかった分の悪寒が吐息となって口から漏れる。 だがやはり、決してそれは暑さからくるものではない。身も凍るような痺れる寒さからくるものだ。 「……~一筆書き、☆の絵には~。5つのトンガリがあるでしょう~♪ ……と、出来た」 いつの間にかに電波な歌を歌っていた怪人は、それが絵描き歌だったのか歌い終わると同時に走らせていた筆の動きを止めた。 地面の上に敷かれたメモ紙の上に書き上げられたのは、何やら星を基調とした複雑な模様で、その上に銀色の鋏が乗っている。 コ・ホンブックがそれに注視していると、それは間もなくして火花と煙を散らして彼女の理解できないいくつかの金属片へと変化した。 「普通の人間である私が錬金術を使える訳ないじゃないですか。――コレは忍法『金遁の術』ですよ」 またしても聞かれていないことを告げながら怪人はその金属片を摘みあげ、そして再び裸の少女の前へと近づいてきた。 黒い指先にある銀色に光るソレが、近づいたことによって少女の目の中にも入ってくる。 少女が感じたソレの印象は――「小さな傘の骨」だった。せいぜい3センチ足らずの小さな傘。その骨組みだけの物に見える。 「コレ見えます?  今からコレをあなたに刺すんですけど、見ての通り『返し』がついてて、引っ張って抜くと☆型に肉が抉れるんです♪」 ――ナンダッテ? トクンと少女の小さな心臓が音を立てて、血液と共に緊張と不安を全身に行き渡らせ始めた。 「私達もう少し先のお付き合いへと進むべきだと思うんですよね。」 言いながら怪人は銀色の針の一つを摘み上げた。少女には怪人の掌に残った針は少なくとも10本はあるように見える。 「不安ですか? でも大丈夫ですよ優しくしますから。痛いのは最初だけ……」 押し当てられた針の先端に柔らかな肌が歪み、次の瞬間プツ……とそれが皮膜を破って少女の中へと侵入した。 思っていた様な痛みは「まだ」ない。緊張で感覚が麻痺しているのかも知れないが、今は少し太めの注射を刺されたという程度だ。 だが迫り来る予感に心臓はさっきよりも倍の早さで音を打ち鳴らし、嫌な汗がじわりと浮かんで肌の上に玉を作る。 「――……や、やめて、やめッ、……やめ、やめ、って。や、や、や、や、ヤ、ヤ、ヤ……」 差し込まれた針の末尾にはいつの間にかあの鋼糸が結ばれており、その糸は怪人の手の中へと繋がっている。 それが1ミリの半分も引かれただけで全身に痺れが走り、いやがおうでも感覚が其処に集中する。 いつの間にかに呼吸を忘れ、酸素を取り込まないままその早さを増す鼓動に吐き気を催す。 極度の緊張に浮かんだ汗は、自分の身体から夜の冷たい空気へと熱を明け渡してしまい。悪寒が止まらない。  …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 「――……ッ!    …………ィキュ! …………ッハ!  …………ェッ!」 怪人は目の前の少女の反応などお構いなしとでもいう風に、マイペースに次々と針を差し込んでゆく。  …………プスリ。 …………プスリ。  ………プスリ。  …………プスリ。 「――……ッテェ! ……………ヒァ! …………メェ! …………ン”ッ!」 馴れたケーブルの配線をしているかの様に一本一本差し込んでゆく。  …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 「――……ッン!  …………フゥ!  …………ヒンッ! …………ァ”あ!」 不安と緊張を高まらせる少女とは対照的に、とてもとても楽しそうに。無邪気な表情で。 そして、合わせて12本の針が彼女の薄い胸の肉の中へと差し込まれた。 まだ血は一滴も外には垂れておらず、代わりに真っ白な胸板から垂れているのはキラキラと輝く銀色の糸だ。 「身体を固くしているとよけい痛いですからね。  リラックスしてください。リラックス。脱力ですよ。身体が水みたいになったってイメージするんです。」 そう言いながら、怪人は片手で少女の髪を撫ぜ、もう片方の手で糸を絞る。 「そしたら痛くないですから。とっても気持ちいいですから…………」 少女の前髪をかき上げ、びっしりと汗が浮かんだ其処に口づけをすると、怪人は持っていた糸を力の限りに引き絞った――。  ◆ ◆ ◆ 森の中のシンとした空気を引き裂き、彼らを囲む無数の葉を振るわせる大きな悲鳴――は、あがらなかった。 「――………………………………………………!!!!!!!!!!」 可哀相な少女のなだらかな胸の上で発生したその激しい痛みは、彼女がピクリとも動くことを許さなかったのだ。 胸が爆発した……と、錯覚するほど激しく迸った痛みと衝撃に彼女は死んだだろうと思ったが、実際にはそうはならなかった。 痛みと派手な出血ほどにはその傷は深くは無い。そして、その傷を作った張本人にも殺す気などは全く無かったのだ。 小さな身体に刻まれた12の星に、漆黒の怪人はうっとりとした表情を浮かべた。 星……といっても抉られた傷跡は決して綺麗なものではない。 真赤な血を一斉に垂らす12の孔は、この後どういう処置をしても消えない痕を残すであろうことが想像できる酷いものだ。 12の孔から垂れる12の赤い線は、緊張に固まった下腹を通り過ぎ、ビクビクと小刻みに震える足を辿って地に達している。 「――ゲバァッ! ッガ! エッ、ウェッ! ブァッ、ハッ!」 働くことを忘れていた肺と口が限界にまで達したことでそれを思い出し、詰まった水道管のような汚い音を立てて仕事を再開した。 未だ縛られたままの少女は、身体を限界まで捻ってのたうち、下品な音を立てて涎を撒き散らす。 そして怪人が優しく見守る中、動く全ての場所をひくつかせ、時には獣のようなくぐもった息を吐き痛みに馴れるまでの間を堪えた。 激しい痛みが感覚が麻痺することによって和らぎ、少女が人間らしい思考ができるようになるまで大よそ10分程の時間がかかった。 か細く血塗れとなった身体はまだ熱病に罹ったかのように震えてはいるが、クリリとした二つの目だけは意思を持って動いている。 「…………、もぉ……やだよぅ……~~…………」 弱々しく嗚咽交じりの言葉を漏らす不幸な少女。その視線の先には怪人の用意した新しい道具の姿があった。 「大丈夫。大丈夫。ここから先はとても素敵だよ。とぉっても気持ちよくなれるよ……」 言いながら、顔を興奮で桜色に上気させた怪人は手にした長さ50センチ程の鉄針を少女へと突き出した。 それは彼女の可愛いおなかの中でも、まだ白が残っている部分へと侵入し、細い体を通り越して後ろの木の幹にまで達する。 たった一本の真っ直ぐな鉄針。それを刺しただけで、少女は12の針を剥がされた時よりも激しい反応を怪人に見せた。 表皮を突き破り、薄い脂肪の層を超えた鉄針はそのまま肝臓を貫いている。 両足を強く踏ん張り、上半身を陸揚げされた魚のように激しく痙攣させている少女が感じているのは、単純な痛みではない。 たった一本の針を刺されただけなのに、その瞬間彼女の世界が回り始めたのだ。 刺された場所を中心に、まるでルーレット盤の様にグルグルと回されていると、彼女はそう感じていた。 それに加えて、明らかに通常のものとは違う重くてゆっくりと染み入る痛みと、異物の挿入感。 乗り物酔いを何百何千倍にしたこの様なその感覚に、身体が内側から引っくり返り内蔵が口から飛び出すような錯覚を覚える。 「痛みから逃げないでブックちゃん。全てを受け止めるの。そしたらよくなるから……」 暴れる少女の身体を押さえ込みながら、怪人は次々と鉄針を彼女の腹へと突き立てる。何本も何本も……突き立てた。  ◆ ◆ ◆ あまりにも激しく暴走する感覚によって、前後不覚へと陥ったコ・ホンブック。 彼女の意識は、突然頭の中に響き渡った大きな破裂音と今までに無い鮮やかな痛みによって取り戻された。 未だ収まらない回る世界の中で彼女が知覚したのは、 口内に砂を飲み込んだような強い不快感と、火柱が上がっているのかと思うほど鮮やかな痛みだ。 それが何かは僅かにしかなかった理性でも簡単に理解できた。あまりの苦しみに自分で奥歯を噛み割ったのだ。 不幸な少女は、鮮明な痛みを取っ掛かりに少しずつ知覚を取り戻し、今度は先程より倍の時間をかけて現世へと帰還した。 「……コろ……して…………」 もう少女には死を懇願する意外に取り得る手段はなかった。 このままではただ徒に生を弄ばれるだけ、ならば退場するしか安息を得る方法はないのだ。 「死んじゃあだめですよブックちゃん。死んでしまっては何の花実も咲きはしません。  この世は可能性に満ち溢れているんですから、幸せを得るためにがんばって生き続けないと」 彼女を抱く怪人の言葉に、磔にされた少女の双眸からはらはらと大粒の涙がこぼれる。 事ここに至って、彼女の思考と感情は擦り切れて失われた。今はただ残された身体が溢れるままに涙を流す。 「…………ブックちゃん」 怪人はそんな不幸な少女の頬に舌を這わせ、零れる涙が枯れるまでずっとずっと舐め続けた。 「愛がなければこんなことはできない。……それだけはどうか覚えておいてね」  ◆ ◆ ◆ 「さてと、急がないと大変!」 コ・ホンブックの意識が失われたことを確認すると、マスク・ザ・ドSはすぐさま彼女を縛より解き放ち、処置へと移った。 何も彼女は目的も無く延々と少女を甚振っていたわけではない。 血塗れになった少女をゆっくりと草の上に寝かせると、自分のデイバッグからいそいそと何かを取り出す。 「究極の万能薬~♪」 取り出したのは錬金術において究極の到達点の一つであるエリクシア――つまりは不老不死の酒である。 洋酒の瓶に詰められたその琥珀色の液体を口に含むと、彼女は口移しでそれを少女へと与えた。 ほどなくして、エリクシアは効果を発揮し瀕死に陥っていた少女の身体に活力が戻ってきた。だが――、 「うんうん。やっぱりこういう風になるんだねー」 不死身の身体になろうとも、エリクシアを飲む前に受けた傷まで治る訳ではない。 いやそれどころか、不死の酒はそれを飲んだ時の状態を維持するので――その傷は以後『絶対に治らない』。 活性化した少女の身体は、その決して消えない痛みにビクリビクリと身体を振るわせる。 その様はまるで出来損ないのフランケンシュタインか、霊安室から蘇ってきたゾンビを連想させる感じだ。 「OK、OK。次はコ・エンシャクセット~♪」 コ・エンシャクセットと言ったものの、実は違う。本当はバッカーノに登場するアイザックが使った兜とマントである。 のたうつ少女を押さえ込みながら、マスク・ザ・ドSは彼女にマントを羽織わせ、顔を隠す面と戦国兜を被せた。 「出来た出来た。これで完成――と」 そこに新しく誕生したコ・エンシャクっぽいものの出来栄えにウンウンと頷くと、 マスク・ザ・ドSは、最後に彼女の支給品である乖離剣・エアを握らせ、その場から脱兎のごとく逃げ出した。 「アハハハハハハハ~♪ 後は知~~らな~~いっと♪」  ◆ ◆ ◆ 「……何が恐ろしいって、彼女のその発想が恐ろしいわ」 「と言うか、コ・ホンブックちゃんがカワイソスすぎるぞ」 マスク・ザ・ドSがいたいけな少女に蛮行を繰り返したそこに現れたのは、書風連その壱と、その弐の二人であった。 その壱は、先の割れた顎に派手な金髪。派手な衣装と、フォルゴレの様な容姿をしている。 そして一緒に現れたその弐は、爽やかな少年の風貌に鮮やかな黄色のコート。つまりは王ドロボウジンの容姿だ。 二人は始まってすぐに合流し、この凶行の最中に居合わせることとなったのだ。 だが、取り立てて超人的な能力を持たない二人は、茂みの中に一緒に隠れただの目撃者でいることに甘んじていたのである。 「それにしても、まさか本当に乳をもぐとはな~……。私もモゲ♪と歌ったことはあるが……」 「馬鹿なこと言ってるな! そもそも彼女は俺のジンガール候補なんだぞ……、って」 気がつくと、地面の上に転がっていたコ・ホンブックが立ち上がっていた。 マントと兜のスタイルはパッと見、元ネタとそっくりであるが、身に纏う虚無的で不穏な気配もなんら劣るところがない。 それは――『悪魔将軍コ・ホンブック』誕生の瞬間であった。 「お、俺がやられたら無敵のフォルゴレって歌ってくれる……?」 「多分無理だと思う。……俺も一緒に死にそうだから……ハハ……」 悪魔将軍コ・ホンブックは曰くつきの獲物である乖離剣・エアを構える。 これを使えば、彼女はあの時のアニタと同じ様に傷つき倒れるだろう。だが、もう何度倒れても心配はないのだ。 彼女はすでに不死者だから。唐突で不幸な死はもう訪れない。ずっとずっと戦っていられるのだ……終わり無く。 「な、なぁお前、『最期の言葉』って意識する……?」 「あー……、どうだろう。あんまり気にしてなかったかも……、でどうするの? 『最期の言葉』」  ◆ ◆ ◆ 背後に響いた爆音を聞き、糸色望へと姿を戻したマスク・ザ・ドSは口の端を歪めた。 「さっそく殺っちゃってくれているようですね彼女。  私達の秘め事を覗いていたのが誰だったのかは知りませんが、ご愁傷様なことです。  ちゃんとした遺言は残せたんでしょうか?」 熱血話があれば陰鬱話が、光があれば陰が、ポジがあればネガが――そして『表』があれば『裏』がある。 「表裏の無い人間。表裏のない書き手。そんな者は存在しないんです――!」 つまり、今の糸色望の姿を取っているマスク・ザ・ドSは、彼の『表』面なのである。 そして、先程まで取っていた風浦可符香の姿は彼のもう一つの隠された面――『裏』面だったのだ。 「スターウォーズの暗黒面といい、格闘ゲームの暴走ver.といい、その他諸々といい、  最早『裏』面はエンターテイメントに欠かせません!  ……まぁ、ウルトラ怪獣の使いまわしとか、ニューver.商法とか、ダメ裏面も少なからず存在しますが」 誰に聞かれている訳でもないのに、マスク・ザ・ドSは独り言を続けながら歩いていた。 「……まぁ、後付も楽ですしね(ボソ)」  ◆ ◆ ◆ 不幸を呼ぶ支給品――乖離剣・エア。 その力が振るわれたそこは、まさに不幸が溢れる地獄と化していた。 生い茂っていた木々は根こそぎ薙ぎ倒され、草地は抉られて黒い地面をむき出しにしている。 そして、そんな物騒な風景の中にポツン、ポツンとアクセントを加えている赤いモノ――それはバラバラになった人間だ。 つい数分前まで転がっていたのは人間にして3人分の肉片。だが、今は2人分だけだ。 無くなったその肉片はもう肉片ではなく人の形を取り戻している。 絶望のどん底に落とされ、なお不幸から抜け出すことを許されない極めつけて不幸な少女。 理性を失い殺すためだけの傀儡と化した狂える魔人――悪魔将軍コ・ホンブックが地獄のような光景の中、独り立っていた。 マスク・ザ・ドSの狙い通り、そこには強力な無差別マーダーが誕生していた。 しかし、彼にも一つの誤算があったようだ。それも極めて致命的な……それは――、 吹き荒ぶ風が少女の白い肌を撫ぜる。 ――乖離剣・エアを使うとマントが千切れ飛び、少女は全裸に兜というネタ臭い格好になってしまうことだった。 ……もうとてもじゃあないが、コ・エンシャクっぽいとは言えない。 でも、まぁ全裸マーダーはアニロワ2nd本編にもいるからこれはこれでよいか……なぁ? 【深夜】【D-9 森】 【コ・ホンブック@アニロワ2nd】 【状態】不死者化、胸に12の傷(※)、腹に10の刺し傷(※) 【装備】乖離剣・エア@Fate、戦国の兜(面付き)@バッカーノ 【道具】 【思考】  基本:痛イから殺すカら痛いかラコロすからイタいカら殺スかラ……  ※容姿はR.O.D-TVのアニタ・キングです。  ※不死者化するまえの傷は治りません。ずっと痛いままです。 &color(red){【書風連その壱@アニロワ2nd】死亡} &color(red){【書風連その弐@アニロワ2nd】死亡}  ※3人の支給品は乖離剣・エアの真空刃によってどっかにいっちゃいました。  ◆ ◆ ◆ 「ただいまでーす。  ずいぶんお待たせしましたけど、まだ生きていますか?」 「ムー……、ムー……!」 中央部が俄かに不穏な空気を醸し出し始めた森。 その端っこの方は未だ平穏で、微笑ましい光景が見られた。……もちろん、それはマスク・ザ・ドS的にはということだが。 「ムー、ムーって、私はあんないかがわしい雑誌は読まないですよ。  にしても、偶々見知った顔と出会いましてね。  それで、こんな境遇でしょう? だったら、そこはホラ。ねぇ……人肌恋しさにってヤツで。  ……と、すいませんこんな恥ずかしいお話をして」 森の中から一仕事終えて帰ってきたドSの前で、tu4氏は口にお玉を加えて必死に空鍋をかき回している。 本来そのために使うはずの両手は、どちらもグーの状態で鋼糸によってグルグル巻きにされており、他に方法がないのだ。 まぁ、ドS的にはちょっとした茶目っ気である。 見渡せば地面に染みこんでいる血の量が、先ほどよりも少しばかり多くなっている。 恐らくtu4氏が何度かお玉を取り落としてしまったのだろう。もしかしたら、此処で死んでいたのかも知れない。 「……フフフ。でも私は信じていましたよ。あなたは死なないってね。  こう見えても、この手のさじ加減は得意なんですよ。生かさず殺さずってやつです! ハハハ!」 とんでもない事を言う男にtu4氏は文句をぶつけるが、所詮それはムーという音しかならず目の端に悔し涙が溜まるばかりであった。 「死にたいー! なんて思っても絶対に死なせませんからね。……ずっと、ずっと一緒ですよ」 え? と、思わずなんかいいことを言われたtu4氏の頬が赤らむ。(……もしかして、ツンデレ?) 「じゃあ、そろそろ出発しましょうか。  ところでtu4氏は『石蹴り』って知っていますか? 私が小学生の頃はよく石を蹴りながら下校したものです。  懐かしいなぁ……って、丁度よいものが転がっているじゃありませんか! そーれ、キーック!」 カ――――ンと気持ちのよい音が夜空に響き、空鍋が月光を浴びながら宙を舞った。 【深夜】【E-9 森】 【予約被りに定評のあるtu4氏@ギャルゲロワ】 【状態】瀕死、両手をグーの形に縛られている 【装備】お玉(咥えている)、空鍋(蹴っ飛ばされました) 【道具】支給品一式、不明支給品 【思考】  基本:予約制度がなくて嬉しい  1:あばばばばばばばばばばばばばばばばばば!  ※容姿はSHUFFLE!の楓。  ※制限により、空鍋をかき回すのを止めると死にます。 【マスク・ザ・ドS@アニ2nd】 【状態】健康 【装備】一目でドSと判るマスク(出展不明) 【道具】支給品一式、鋼糸@HELLSING 【思考】  基本:Sっ気の導くままに  1:tu4氏を玩具にして遊ぶ  ※『表』と『裏』の人格を使い分けることで姿や能力が変化します。  ※『表』:容姿は糸色望。明るいドS。能力は糸色望並。  ※『裏』:容姿は黒一色のスーツを着る風浦可符香。黒いドS。能力は「ニンジャ」。 |062:[[バトルマスター]]|投下順に読む|064:[[首狩り女と不死者]]| |058:[[超展開! 漆黒と真紅は混迷の果てに何を見たか!?]]|時系列順に読む|064:[[首狩り女と不死者]]| ||コ・ホンブック|100:[[100話目だからって調子に乗って自分を書く。後悔?ないねッ!]]| |047:[[ドSとの出会い]]|予約被りに定評のあるtu4氏|069:[[無題(079)]]| |047:[[ドSとの出会い]]|マスク・ザ・ドS|069:[[無題(079)]]| ||&color(red){書風連その壱}|| ||&color(red){書風連その弐}||
まばらに広がる黒い枝葉の間から差し込む月光。それによって夜の森と言うイメージからは幾分歩きやすい木々の間。 そこを一人の小柄な少女がおっかなびっくりといった風で歩いていた。 支給品であるデイバッグを胸に抱えて震えをこらえ、竦む脚を機械のように動かして進む少女の名前は「コ・ホンブック」。 アニロワ2ndで書き手を務める中の一人で、またこの凄惨で混沌とした殺人遊戯の盤上に連れて来られた一人でもある。 10メートル程進んでは暗がりに誰か潜んではいないかと、そのくせっ毛の目立つピンクの髪がのった頭をキョロキョロと振り回す。 コ・ホンブック(◆5VEHREaaO2)――彼女の姿は、彼女が話を書いたアニタ・キング。その姿によく似ていた。 「…………嘘だ、夢だ、幻だ。……冗談か、それかドッキリか、それとも白昼夢か……」 湧き上がって止まない恐怖を紛らわす言葉をブツブツとその小さな唇から零しながら、彼女はカチコチと足を動かす。 彼女が足を前後させ身体を捻るたびに、彼女の纏うパンダカラーのミニチャイナもカサカサと囁く様な音を漏らした。 「……か、紙の服って、こんなだったん、だ。 思ってたより、着心地が……よくない……」 なるほどアニタも文句を零すはずだと彼女は納得した。 何故か、あのコンクリートの部屋で気付いた時にはもうこの紙の服を着せられていた。 身体の上下を包むミニチャイナだけでなく、足の付け根からおへその下までを包む下着も紙製で、 その着心地の悪さを感じる度に、自然と内股を擦ったり足を大きく広げたりしてしまう。 「アタシってもしかして、ここじゃぁ……紙使いだったり、して? ……書き手ロワ? だし?」 独り言は普段からの癖なのか、それとも身体一杯に詰まった恐怖に押し出されるからなのか、それを続けながら彼女は歩く。 紙使い――言葉通り紙を自在に操る力。それがここに来た時から自分に具わっていることがなんとんなくだが解る。 それを実際に確認することは容易い。力一杯抱きしめているデイバッグの中からメモを一枚取り出してみればそれで済む。 だが彼女はまだそうしていない。それどころか、まだデイバッグを開けることすらしていなかった。 別に今着ている紙の服を実験の材料にすることも可能であったが、元に戻せる保証がないのでその案は却下した。 なら何故、彼女はメモ紙を取り出そうとしないのか? 何故、支給品の確認すらしていないのか? それは――、 「……”アレ”が入ってたらどうしよう。……”アレ”が入ってたら、入っていたら……どうしよぅ……」 ――やはり恐怖だった。 彼女が恐れる”アレ”とは「乖離剣・エア」――英雄王の財宝の一つにして絶対最強の威力を誇る宝具のことである。 自分が書き手としてアニタへと与え、そしてその直後に彼女を死へと導いた曰くつきのアイテムだ。 今、アニタと化している自分がアレを引き当てたら同じ様に死んでしまうんじゃないか……。 勿論例え引き当てたとしても、それを使わず捨てるかバッグの中に仕舞っておけば問題ないと彼女も解っているのだが、 運命というものが書き手という神の掌の上にあるロワという舞台の中では、何がどうされるのか解ったものじゃない。 だから彼女はその身を危機に曝しながらも一人夜の森を行き、一緒にバッグを開けてくれる誰かを探しているのだった。  ◆ ◆ ◆ ――コ・ホンブックは不幸な少女だ。  ◆ ◆ ◆ 「あら? そこにいるのはもしかしてアニロワ2ndの書き手さんじゃないですか?」 唐突にかけられた明るい女の声にコ・ホンブックの身体がビクリと跳ね上がる。 すぐさまに声が飛んできた方向へと視線を向けるが、彼女は最初そこに人がいるということに気付けなかった。 「それ、アニタちゃんの格好ですよね? だったらアニロワ2ndの書き手さんなんじゃないかなーって思うんですけど」 再び声をかけられたことでやっと彼女は気付いた。相手はずっと目の前に居たということに。 ソレを一言で例えるなら「影」だ。 頭を覆う黒髪。上下に身に着けたスーツ。足先を包む革靴に掌に填められたグローブ。どれも真っ黒だった。 スーツの中に着込んだシャツも、ネクタイも、ボタンも何もかも。光を跳ね返さない闇色で統一されていた。 それ故に暗がりの中に立っていることに気付けなかったのだ。 しかし気付いてみると、周囲の闇よりも遥かに真っ黒なソレは逆に浮かんで見える。 「だ……誰?」 「――? ああ、ごめんなさい。コレじゃあ、誰だかわからないですよね」 突然現れた何者かは、コ・ホンブックの言葉に失笑を漏らすとそれまで顔を覆っていた漆黒の仮面に手を伸ばす。 そしてその下から現れたのは、仮面や衣装とは対照的な白い顔だ。 小動物を思わせる真ん丸い目と、その上に屋根のように架かった半月の眉。そして小さいが形のよい鼻。若干色素が薄めの唇。 一歩明るい場所に踏み出して来たことによってより際立ったシルエットは、控えめながらも女性らしさをアピールしている。 突如現れた謎の影。それは――風浦可符香の顔をしていた。 「こんばんわ。私は◆AZWNjKqIBQ――いや、ここでだとマスク・ザ・ドSだね。よろしく♪」  ◆ ◆ ◆ コ・ホンブックは不幸な少女だ。 何故かと問われると、それは枚挙に遑がない。 しかし、此処で語るに必要な分だけを取り出していけば、ぶっちゃけ――彼女は「間が悪い」。可哀相なぐらいに……。 「それにしても、私の名前って変ですよね。  マスクはともかく、ドSのSって何の略でしょう?  サービス(気配り)? それともスマイル(笑顔)かな? それともそれともサーべランス(監視者)?  スクリプター(記録係)? サルベージ(回収)? んーなんなんでしょうねー?  サラミソーセージは好きだけど、それは……やっぱり関係ないですよねぇ……?」 ――最悪だ! ひとり取りとめもなく戯言を繰り出し始めた女の前で、コ・ホンブックは歯をガチガチと鳴らしてその恐怖を表現していた。 コ・ホンブックは一緒にバッグを開けてくれる人物を探しており、特に同じアニロワ2ndの書き手と出会えることを願っていたが、 同じロワ出身と言えど目の前に立つ女は最悪だった。 何かにつけて彼女とは相性が合わない。アニタを抹殺したのもこの女である。それだけではなく色々と――……。 「サスペンス(不安)? サクリフィス(生贄)? サヴェッジ(残忍)? サック(略奪)? サッド(悲哀)?  んー……、イマイチどれもピンときませんねー? なんなんだろう?」 サディズム(加虐変態性癖)だろう……と、コ・ホンブックはボソリと零す。 目の前の女はキャラをまるで鼠を角に追い詰めた猫の様に甚振り、無慈悲にゴミの様に殺す。そんな加虐主義者なのである。 聞かせるつもりはなかったのだが、マイペースな様に見えて割かし敏感だったらしい女はいけしゃあしゃあと反論を口にした。 「やだなー。私がサディストなわけないじゃないですかー♪  私は――あ、そうだ。セイント(聖人)ですよセイント。ポロロッカ聖人なんちゃって~!  ……ね。あなたも、そう思いますよねコ・ホンブックこと、◆5VEHREaaO2さん?」 早鐘の様に打ち鳴らされていたコ・ホンブックの心臓が一際大きく弾んだ。一瞬、ショック死したかと錯覚するぐらいに。 「お、お、お、お前ッ! アタシの正体に……ッ、き、きづ、気付いて――!」 湧き上がる本能からの警告に、コ・ホンブックは必死に手足へと命令を出してそれから逃れようとする。 だが、恐怖に犯された身体はまるででたらめに配線された機械のようにしか動かず、 それはまるで地震を現すパントマイムをしているのか、一人でツイスターを遊んでいるかのような有様だった。 そんな狼狽に踊りのたうつ少女の様を、黒い怪人は静かに静かに、楽しそうに楽しそうに、微笑んで見下ろしている。  ◆ ◆ ◆ 逃げなきゃ殺される! 逃げられないなら殺される! 逃げられないなら殺すしかない! 殺すしかないから殺すしかない! 殺されないためには殺すしかない! コイツを殺すしかない! アタシが殺すしかない! 殺されないためには殺されない! アタシが殺されない!  コイツは殺すしかない!  アタシが殺されたくないから!  殺すからアタシは殺されたくないから! コイツを殺したいのはアタシが殺す!  殺されないアタシのためにコイツは殺されないと!  殺さないと殺されるから殺す! 殺す! アタシは殺すからコイツを! 殺すからコイツを! コイツは殺されるから!  アタシはコイツを殺したいから殺す! コ・ホンブックは暴れ狂い四肢を引き裂こうとする感情を一つの衝動へと集束してゆく。生きるために殺すという真理に向って。 「――エッ、ハ! ゥ……! ――ッ! ――――――――――――――!」 窮鼠猫を噛むがごとしと言ったところであろう。 それまでバラバラに動いていた手足が一瞬、正確な同調を見せ目の前の怪人を殺すための動きを見せる。 最速の手順と早さで、それまでは決して開けるまいと必死に抱き込んでいたデイバッグの口へと手を差し込んだ。 目の前の怪人を倒すための武器を取り出すために。だが――、 「ピギャアアァァァァァ―――――――――――――――――――――ッ!」 手が掴んだソレを見た瞬間。コ・ホンブックは絶叫をあげて何もかもを放り出し、火を見た獣の様に後ずさった。 怪人の足元に残されたのは、口を開けられたままの状態で放り出されたデイバッグと、そこから転び出た”アレ”。 「……や、や、やだ。なんで、……どうして。なんで、”ソレ”が、ここに……あ、あ……――」 月光を跳ね返し、「そう言えばこれ既出じゃない?」っていう指摘も跳ね返して、”ソレ”はそこにあった。 いたいけな一人の少女を膾斬りにし、その真空の刃で幾多の人間にトラウマを刻みこんだ最強最悪の武器。 ――英霊王の宝具。乖離剣・エアがそこにあった。  ◆ ◆ ◆ 背中を木に預け足を大地に張り、コ・ホンブックはただイヤイヤと首を振り続けていた。 目の前のトラウマを否定するため、一心に不幸な少女は首を振る。 それがどこかへと行ってしまうことを願って不運な少女は首を振る。 どうか悪夢よ覚めてくださいと小さく憐れな少女は必死に首を振る。 誰か私を此処から連れ出して下さいと、青褪めた少女は首を振る。 母親を見失い、独り取り残された惨めな子の様に少女は首を振る。 少女はただただ首を振る。 イヤイヤと可哀そうな少女は首を振る。首を振る――。  ◆ ◆ ◆ ひうんひうん――と。風を切る不可視の獣が走る様な、そんな奇妙な音が夜の森に疾った。 「――――ひぐッ!」 一瞬の後。 木にもたれていたコ・ホンブックの身体が、そこに縛りつけられたかの様に硬直、……いや、実際に縛りつけられていた。 黒い怪人――マスク・ド・Sの十本の指から伸びる色の無い糸によって、その小さな身体を磔にされている。 「普通の人間が糸を操るなんてできるはずがないじゃないですか。――けど私は『ニンジャ』ですから」 聞かれてもいないことを答えながら、怪人は十本の指に込められた力をゆっくりと調整する。 ゆっくりと――、じっくりと――、少女の身体を舐めるように――、少女の身体を嬲るように――。 その度に、木々の間に張り巡らされた鋼線がギィン……と弦を弾く様な音を静寂の中に響かせる。 「暴れないで下さいね……怪我をしますから。じゃあ――」 ソレと小さな掛け声と共に怪人が十本の指を腕ごと引き絞る。 すると、今度はひゅるひゅると見えない蛇が空を泳ぐような音がし、続けて森の中に無数の白い破片が飛び散った。 可哀相な少女を包んでいたモノだった真っ白な紙片は、澄んだ森の空気の中を舞い月光を跳ね返して雪の様に降り注ぐ。 束の間の幻想の後、其処には傷一つ無く紙の様に白い肌の全てを露にする少女だけが残されていた。  ◆ ◆ ◆ 短い草の上に積もった紙片を踏みしめ、目を三日月の形に歪めた怪人が少女へとゆっくり歩み寄る。 だが、怪人が迫っているのにも関わらず少女は逃げられないでいた。 全身を束縛していた糸はもうないが、木の後ろへと回された両腕のその先――親指同士が短い糸によってまだ縛られたままだったからだ。 それをなんとか解けないかと少女はもがくが……、 「動かないほうがいいですよ。その糸、砥いでありますから引っ張ると喰いこみます」 怪人の忠告は一瞬遅く、縛り付けられた少女の顔が苦痛に歪む。その背後では、白く小さな手の中にべったりと血が溢れていた。 「抗うと辛くなるばかりですよ。幸せは受け入れることから始まるんです。前を向いてください――」 漆黒の皮手袋に包まれた両手が、少女の白い顎を持ち上げる。怪人が覗き込む瞳は恐怖に湛えられ今にも割れんばかりだ。 「不安な気持ちは忘れて、楽しい未来を思い描きましょう」 言いながら怪人は手を顎から放し、少女の陶磁器の様な肌の上へと滑らせていく。 冷たく這いずる蛇の様におぞましい感触。それを月光を浴びて蒼く光る身体の上へと走らせる。 二つの黒い蜘蛛の様な掌を小さい身体の隅々にまで行き渡らせる。 平らにした両の掌を、小さな肩の稜線の上に産毛を撫ぜる様に走らせる――。 五本の指を揃えて鎖骨の上を走らせ、もう片方の五本は別れさせ別々の肋骨の上をなぞらせる――。 耳の付け根から掌を重力に任せるままに下方へと滑らせる――。 可愛らしくその存在を主張する柔らかな膨らみの上を躍らせる様に指を躍らせる――。 産まれた時には母親と繋がっていた場所から下へと、暖める様に軽く掌を押し当てる――。 かたいところ。やわらかいところ。ふくらんでいるところ。へこんでいるところ。ひらいているところ。とじているところ。 いつくしむように。おいたてるように。もとめるように。みつけださせるように。ひきだすように。おしいれるように。 それはあまり長い時間ではなかったが、怪人は最も鋭敏な場所を使って少女の身体を隈なく探った。 十本の指をそこから離して再び覗き込んだ少女の瞳からは、幾分か恐怖は減っている様に見える。だが、まだまだだ。 怪人は目の前の少女のために別の手段を取ることにした。  ◆ ◆ ◆ 今や囚われの少女――コ・ホンブックは困惑していた。 困惑は強い恐怖を和らげたが、その代わりに水の様に柔らかくなった恐怖は、それまでは達していない場所にまで行き渡る。 突き刺し衝動を駆り立てるような不安は去ったが、今度はひたひたと足元から湧き上がってくる不安が彼女を窒息させようとしていた。 「ブックちゃんの裸はとても綺麗だから、恥ずかしがることはないよ。」 地面へとしゃがみこみ、何やら作業をしていた怪人が不意にそんなことを言う。 そのにこやかな顔を見て、少女の背筋を悪寒が登り、肌がざわめく。 相手も女性であるからなのか、それとも人間ではないように感じるからか不思議と羞恥心はない。あるのは気味悪さだけだ。 もう思い出したくもない先程のアレも、決して高揚を誘うものではなく不快の一言に尽きるものであった。 人と人の触れ合いとは程遠く、 まるで自分という一本の木に多種多様な蟲が蜜を得に集まり、それを貪り喰い散らかしたとイメージするしかないようなものだった。 少し思い返しただけでも、触れられた場所に凍った鉄を押し付けられた様な感触が蘇り、脳を振るわせる。 「――――……ッはぁ」 堪えられなかった分の悪寒が吐息となって口から漏れる。 だがやはり、決してそれは暑さからくるものではない。身も凍るような痺れる寒さからくるものだ。 「……~一筆書き、☆の絵には~。5つのトンガリがあるでしょう~♪ ……と、出来た」 いつの間にかに電波な歌を歌っていた怪人は、それが絵描き歌だったのか歌い終わると同時に走らせていた筆の動きを止めた。 地面の上に敷かれたメモ紙の上に書き上げられたのは、何やら星を基調とした複雑な模様で、その上に銀色の鋏が乗っている。 コ・ホンブックがそれに注視していると、それは間もなくして火花と煙を散らして彼女の理解できないいくつかの金属片へと変化した。 「普通の人間である私が錬金術を使える訳ないじゃないですか。――コレは忍法『金遁の術』ですよ」 またしても聞かれていないことを告げながら怪人はその金属片を摘みあげ、そして再び裸の少女の前へと近づいてきた。 黒い指先にある銀色に光るソレが、近づいたことによって少女の目の中にも入ってくる。 少女が感じたソレの印象は――「小さな傘の骨」だった。せいぜい3センチ足らずの小さな傘。その骨組みだけの物に見える。 「コレ見えます?  今からコレをあなたに刺すんですけど、見ての通り『返し』がついてて、引っ張って抜くと☆型に肉が抉れるんです♪」 ――ナンダッテ? トクンと少女の小さな心臓が音を立てて、血液と共に緊張と不安を全身に行き渡らせ始めた。 「私達もう少し先のお付き合いへと進むべきだと思うんですよね。」 言いながら怪人は銀色の針の一つを摘み上げた。少女には怪人の掌に残った針は少なくとも10本はあるように見える。 「不安ですか? でも大丈夫ですよ優しくしますから。痛いのは最初だけ……」 押し当てられた針の先端に柔らかな肌が歪み、次の瞬間プツ……とそれが皮膜を破って少女の中へと侵入した。 思っていた様な痛みは「まだ」ない。緊張で感覚が麻痺しているのかも知れないが、今は少し太めの注射を刺されたという程度だ。 だが迫り来る予感に心臓はさっきよりも倍の早さで音を打ち鳴らし、嫌な汗がじわりと浮かんで肌の上に玉を作る。 「――……や、やめて、やめッ、……やめ、やめ、って。や、や、や、や、ヤ、ヤ、ヤ……」 差し込まれた針の末尾にはいつの間にかあの鋼糸が結ばれており、その糸は怪人の手の中へと繋がっている。 それが1ミリの半分も引かれただけで全身に痺れが走り、いやがおうでも感覚が其処に集中する。 いつの間にかに呼吸を忘れ、酸素を取り込まないままその早さを増す鼓動に吐き気を催す。 極度の緊張に浮かんだ汗は、自分の身体から夜の冷たい空気へと熱を明け渡してしまい。悪寒が止まらない。  …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 「――……ッ!    …………ィキュ! …………ッハ!  …………ェッ!」 怪人は目の前の少女の反応などお構いなしとでもいう風に、マイペースに次々と針を差し込んでゆく。  …………プスリ。 …………プスリ。  ………プスリ。  …………プスリ。 「――……ッテェ! ……………ヒァ! …………メェ! …………ン”ッ!」 馴れたケーブルの配線をしているかの様に一本一本差し込んでゆく。  …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 …………プスリ。 「――……ッン!  …………フゥ!  …………ヒンッ! …………ァ”あ!」 不安と緊張を高まらせる少女とは対照的に、とてもとても楽しそうに。無邪気な表情で。 そして、合わせて12本の針が彼女の薄い胸の肉の中へと差し込まれた。 まだ血は一滴も外には垂れておらず、代わりに真っ白な胸板から垂れているのはキラキラと輝く銀色の糸だ。 「身体を固くしているとよけい痛いですからね。  リラックスしてください。リラックス。脱力ですよ。身体が水みたいになったってイメージするんです。」 そう言いながら、怪人は片手で少女の髪を撫ぜ、もう片方の手で糸を絞る。 「そしたら痛くないですから。とっても気持ちいいですから…………」 少女の前髪をかき上げ、びっしりと汗が浮かんだ其処に口づけをすると、怪人は持っていた糸を力の限りに引き絞った――。  ◆ ◆ ◆ 森の中のシンとした空気を引き裂き、彼らを囲む無数の葉を振るわせる大きな悲鳴――は、あがらなかった。 「――………………………………………………!!!!!!!!!!」 可哀相な少女のなだらかな胸の上で発生したその激しい痛みは、彼女がピクリとも動くことを許さなかったのだ。 胸が爆発した……と、錯覚するほど激しく迸った痛みと衝撃に彼女は死んだだろうと思ったが、実際にはそうはならなかった。 痛みと派手な出血ほどにはその傷は深くは無い。そして、その傷を作った張本人にも殺す気などは全く無かったのだ。 小さな身体に刻まれた12の星に、漆黒の怪人はうっとりとした表情を浮かべた。 星……といっても抉られた傷跡は決して綺麗なものではない。 真赤な血を一斉に垂らす12の孔は、この後どういう処置をしても消えない痕を残すであろうことが想像できる酷いものだ。 12の孔から垂れる12の赤い線は、緊張に固まった下腹を通り過ぎ、ビクビクと小刻みに震える足を辿って地に達している。 「――ゲバァッ! ッガ! エッ、ウェッ! ブァッ、ハッ!」 働くことを忘れていた肺と口が限界にまで達したことでそれを思い出し、詰まった水道管のような汚い音を立てて仕事を再開した。 未だ縛られたままの少女は、身体を限界まで捻ってのたうち、下品な音を立てて涎を撒き散らす。 そして怪人が優しく見守る中、動く全ての場所をひくつかせ、時には獣のようなくぐもった息を吐き痛みに馴れるまでの間を堪えた。 激しい痛みが感覚が麻痺することによって和らぎ、少女が人間らしい思考ができるようになるまで大よそ10分程の時間がかかった。 か細く血塗れとなった身体はまだ熱病に罹ったかのように震えてはいるが、クリリとした二つの目だけは意思を持って動いている。 「…………、もぉ……やだよぅ……~~…………」 弱々しく嗚咽交じりの言葉を漏らす不幸な少女。その視線の先には怪人の用意した新しい道具の姿があった。 「大丈夫。大丈夫。ここから先はとても素敵だよ。とぉっても気持ちよくなれるよ……」 言いながら、顔を興奮で桜色に上気させた怪人は手にした長さ50センチ程の鉄針を少女へと突き出した。 それは彼女の可愛いおなかの中でも、まだ白が残っている部分へと侵入し、細い体を通り越して後ろの木の幹にまで達する。 たった一本の真っ直ぐな鉄針。それを刺しただけで、少女は12の針を剥がされた時よりも激しい反応を怪人に見せた。 表皮を突き破り、薄い脂肪の層を超えた鉄針はそのまま肝臓を貫いている。 両足を強く踏ん張り、上半身を陸揚げされた魚のように激しく痙攣させている少女が感じているのは、単純な痛みではない。 たった一本の針を刺されただけなのに、その瞬間彼女の世界が回り始めたのだ。 刺された場所を中心に、まるでルーレット盤の様にグルグルと回されていると、彼女はそう感じていた。 それに加えて、明らかに通常のものとは違う重くてゆっくりと染み入る痛みと、異物の挿入感。 乗り物酔いを何百何千倍にしたこの様なその感覚に、身体が内側から引っくり返り内蔵が口から飛び出すような錯覚を覚える。 「痛みから逃げないでブックちゃん。全てを受け止めるの。そしたらよくなるから……」 暴れる少女の身体を押さえ込みながら、怪人は次々と鉄針を彼女の腹へと突き立てる。何本も何本も……突き立てた。  ◆ ◆ ◆ あまりにも激しく暴走する感覚によって、前後不覚へと陥ったコ・ホンブック。 彼女の意識は、突然頭の中に響き渡った大きな破裂音と今までに無い鮮やかな痛みによって取り戻された。 未だ収まらない回る世界の中で彼女が知覚したのは、 口内に砂を飲み込んだような強い不快感と、火柱が上がっているのかと思うほど鮮やかな痛みだ。 それが何かは僅かにしかなかった理性でも簡単に理解できた。あまりの苦しみに自分で奥歯を噛み割ったのだ。 不幸な少女は、鮮明な痛みを取っ掛かりに少しずつ知覚を取り戻し、今度は先程より倍の時間をかけて現世へと帰還した。 「……コろ……して…………」 もう少女には死を懇願する意外に取り得る手段はなかった。 このままではただ徒に生を弄ばれるだけ、ならば退場するしか安息を得る方法はないのだ。 「死んじゃあだめですよブックちゃん。死んでしまっては何の花実も咲きはしません。  この世は可能性に満ち溢れているんですから、幸せを得るためにがんばって生き続けないと」 彼女を抱く怪人の言葉に、磔にされた少女の双眸からはらはらと大粒の涙がこぼれる。 事ここに至って、彼女の思考と感情は擦り切れて失われた。今はただ残された身体が溢れるままに涙を流す。 「…………ブックちゃん」 怪人はそんな不幸な少女の頬に舌を這わせ、零れる涙が枯れるまでずっとずっと舐め続けた。 「愛がなければこんなことはできない。……それだけはどうか覚えておいてね」  ◆ ◆ ◆ 「さてと、急がないと大変!」 コ・ホンブックの意識が失われたことを確認すると、マスク・ザ・ドSはすぐさま彼女を縛より解き放ち、処置へと移った。 何も彼女は目的も無く延々と少女を甚振っていたわけではない。 血塗れになった少女をゆっくりと草の上に寝かせると、自分のデイバッグからいそいそと何かを取り出す。 「究極の万能薬~♪」 取り出したのは錬金術において究極の到達点の一つであるエリクシア――つまりは不老不死の酒である。 洋酒の瓶に詰められたその琥珀色の液体を口に含むと、彼女は口移しでそれを少女へと与えた。 ほどなくして、エリクシアは効果を発揮し瀕死に陥っていた少女の身体に活力が戻ってきた。だが――、 「うんうん。やっぱりこういう風になるんだねー」 不死身の身体になろうとも、エリクシアを飲む前に受けた傷まで治る訳ではない。 いやそれどころか、不死の酒はそれを飲んだ時の状態を維持するので――その傷は以後『絶対に治らない』。 活性化した少女の身体は、その決して消えない痛みにビクリビクリと身体を振るわせる。 その様はまるで出来損ないのフランケンシュタインか、霊安室から蘇ってきたゾンビを連想させる感じだ。 「OK、OK。次はコ・エンシャクセット~♪」 コ・エンシャクセットと言ったものの、実は違う。本当はバッカーノに登場するアイザックが使った兜とマントである。 のたうつ少女を押さえ込みながら、マスク・ザ・ドSは彼女にマントを羽織わせ、顔を隠す面と戦国兜を被せた。 「出来た出来た。これで完成――と」 そこに新しく誕生したコ・エンシャクっぽいものの出来栄えにウンウンと頷くと、 マスク・ザ・ドSは、最後に彼女の支給品である乖離剣・エアを握らせ、その場から脱兎のごとく逃げ出した。 「アハハハハハハハ~♪ 後は知~~らな~~いっと♪」  ◆ ◆ ◆ 「……何が恐ろしいって、彼女のその発想が恐ろしいわ」 「と言うか、コ・ホンブックちゃんがカワイソスすぎるぞ」 マスク・ザ・ドSがいたいけな少女に蛮行を繰り返したそこに現れたのは、書風連その壱と、その弐の二人であった。 その壱は、先の割れた顎に派手な金髪。派手な衣装と、フォルゴレの様な容姿をしている。 そして一緒に現れたその弐は、爽やかな少年の風貌に鮮やかな黄色のコート。つまりは王ドロボウジンの容姿だ。 二人は始まってすぐに合流し、この凶行の最中に居合わせることとなったのだ。 だが、取り立てて超人的な能力を持たない二人は、茂みの中に一緒に隠れただの目撃者でいることに甘んじていたのである。 「それにしても、まさか本当に乳をもぐとはな~……。私もモゲ♪と歌ったことはあるが……」 「馬鹿なこと言ってるな! そもそも彼女は俺のジンガール候補なんだぞ……、って」 気がつくと、地面の上に転がっていたコ・ホンブックが立ち上がっていた。 マントと兜のスタイルはパッと見、元ネタとそっくりであるが、身に纏う虚無的で不穏な気配もなんら劣るところがない。 それは――『悪魔将軍コ・ホンブック』誕生の瞬間であった。 「お、俺がやられたら無敵のフォルゴレって歌ってくれる……?」 「多分無理だと思う。……俺も一緒に死にそうだから……ハハ……」 悪魔将軍コ・ホンブックは曰くつきの獲物である乖離剣・エアを構える。 これを使えば、彼女はあの時のアニタと同じ様に傷つき倒れるだろう。だが、もう何度倒れても心配はないのだ。 彼女はすでに不死者だから。唐突で不幸な死はもう訪れない。ずっとずっと戦っていられるのだ……終わり無く。 「な、なぁお前、『最期の言葉』って意識する……?」 「あー……、どうだろう。あんまり気にしてなかったかも……、でどうするの? 『最期の言葉』」  ◆ ◆ ◆ 背後に響いた爆音を聞き、糸色望へと姿を戻したマスク・ザ・ドSは口の端を歪めた。 「さっそく殺っちゃってくれているようですね彼女。  私達の秘め事を覗いていたのが誰だったのかは知りませんが、ご愁傷様なことです。  ちゃんとした遺言は残せたんでしょうか?」 熱血話があれば陰鬱話が、光があれば陰が、ポジがあればネガが――そして『表』があれば『裏』がある。 「表裏の無い人間。表裏のない書き手。そんな者は存在しないんです――!」 つまり、今の糸色望の姿を取っているマスク・ザ・ドSは、彼の『表』面なのである。 そして、先程まで取っていた風浦可符香の姿は彼のもう一つの隠された面――『裏』面だったのだ。 「スターウォーズの暗黒面といい、格闘ゲームの暴走ver.といい、その他諸々といい、  最早『裏』面はエンターテイメントに欠かせません!  ……まぁ、ウルトラ怪獣の使いまわしとか、ニューver.商法とか、ダメ裏面も少なからず存在しますが」 誰に聞かれている訳でもないのに、マスク・ザ・ドSは独り言を続けながら歩いていた。 「……まぁ、後付も楽ですしね(ボソ)」  ◆ ◆ ◆ 不幸を呼ぶ支給品――乖離剣・エア。 その力が振るわれたそこは、まさに不幸が溢れる地獄と化していた。 生い茂っていた木々は根こそぎ薙ぎ倒され、草地は抉られて黒い地面をむき出しにしている。 そして、そんな物騒な風景の中にポツン、ポツンとアクセントを加えている赤いモノ――それはバラバラになった人間だ。 つい数分前まで転がっていたのは人間にして3人分の肉片。だが、今は2人分だけだ。 無くなったその肉片はもう肉片ではなく人の形を取り戻している。 絶望のどん底に落とされ、なお不幸から抜け出すことを許されない極めつけて不幸な少女。 理性を失い殺すためだけの傀儡と化した狂える魔人――悪魔将軍コ・ホンブックが地獄のような光景の中、独り立っていた。 マスク・ザ・ドSの狙い通り、そこには強力な無差別マーダーが誕生していた。 しかし、彼にも一つの誤算があったようだ。それも極めて致命的な……それは――、 吹き荒ぶ風が少女の白い肌を撫ぜる。 ――乖離剣・エアを使うとマントが千切れ飛び、少女は全裸に兜というネタ臭い格好になってしまうことだった。 ……もうとてもじゃあないが、コ・エンシャクっぽいとは言えない。 でも、まぁ全裸マーダーはアニロワ2nd本編にもいるからこれはこれでよいか……なぁ? 【深夜】【D-9 森】 【コ・ホンブック@アニロワ2nd】 【状態】不死者化、胸に12の傷(※)、腹に10の刺し傷(※) 【装備】乖離剣・エア@Fate、戦国の兜(面付き)@バッカーノ 【道具】 【思考】  基本:痛イから殺すカら痛いかラコロすからイタいカら殺スかラ……  ※容姿はR.O.D-TVのアニタ・キングです。  ※不死者化するまえの傷は治りません。ずっと痛いままです。 &color(red){【書風連その壱@アニロワ2nd】死亡} &color(red){【書風連その弐@アニロワ2nd】死亡}  ※3人の支給品は乖離剣・エアの真空刃によってどっかにいっちゃいました。  ◆ ◆ ◆ 「ただいまでーす。  ずいぶんお待たせしましたけど、まだ生きていますか?」 「ムー……、ムー……!」 中央部が俄かに不穏な空気を醸し出し始めた森。 その端っこの方は未だ平穏で、微笑ましい光景が見られた。……もちろん、それはマスク・ザ・ドS的にはということだが。 「ムー、ムーって、私はあんないかがわしい雑誌は読まないですよ。  にしても、偶々見知った顔と出会いましてね。  それで、こんな境遇でしょう? だったら、そこはホラ。ねぇ……人肌恋しさにってヤツで。  ……と、すいませんこんな恥ずかしいお話をして」 森の中から一仕事終えて帰ってきたドSの前で、tu4氏は口にお玉を加えて必死に空鍋をかき回している。 本来そのために使うはずの両手は、どちらもグーの状態で鋼糸によってグルグル巻きにされており、他に方法がないのだ。 まぁ、ドS的にはちょっとした茶目っ気である。 見渡せば地面に染みこんでいる血の量が、先ほどよりも少しばかり多くなっている。 恐らくtu4氏が何度かお玉を取り落としてしまったのだろう。もしかしたら、此処で死んでいたのかも知れない。 「……フフフ。でも私は信じていましたよ。あなたは死なないってね。  こう見えても、この手のさじ加減は得意なんですよ。生かさず殺さずってやつです! ハハハ!」 とんでもない事を言う男にtu4氏は文句をぶつけるが、所詮それはムーという音しかならず目の端に悔し涙が溜まるばかりであった。 「死にたいー! なんて思っても絶対に死なせませんからね。……ずっと、ずっと一緒ですよ」 え? と、思わずなんかいいことを言われたtu4氏の頬が赤らむ。(……もしかして、ツンデレ?) 「じゃあ、そろそろ出発しましょうか。  ところでtu4氏は『石蹴り』って知っていますか? 私が小学生の頃はよく石を蹴りながら下校したものです。  懐かしいなぁ……って、丁度よいものが転がっているじゃありませんか! そーれ、キーック!」 カ――――ンと気持ちのよい音が夜空に響き、空鍋が月光を浴びながら宙を舞った。 【深夜】【E-9 森】 【予約被りに定評のあるtu4氏@ギャルゲロワ】 【状態】瀕死、両手をグーの形に縛られている 【装備】お玉(咥えている)、空鍋(蹴っ飛ばされました) 【道具】支給品一式、不明支給品 【思考】  基本:予約制度がなくて嬉しい  1:あばばばばばばばばばばばばばばばばばば!  ※容姿はSHUFFLE!の楓。  ※制限により、空鍋をかき回すのを止めると死にます。 【マスク・ザ・ドS@アニ2nd】 【状態】健康 【装備】一目でドSと判るマスク(出展不明) 【道具】支給品一式、鋼糸@HELLSING 【思考】  基本:Sっ気の導くままに  1:tu4氏を玩具にして遊ぶ  ※『表』と『裏』の人格を使い分けることで姿や能力が変化します。  ※『表』:容姿は糸色望。明るいドS。能力は糸色望並。  ※『裏』:容姿は黒一色のスーツを着る風浦可符香。黒いドS。能力は「ニンジャ」。 |062:[[バトルマスター]]|投下順に読む|064:[[首狩り女と不死者]]| |058:[[超展開! 漆黒と真紅は混迷の果てに何を見たか!?]]|時系列順に読む|064:[[首狩り女と不死者]]| ||コ・ホンブック|100:[[100話目だからって調子に乗って自分を書く。後悔?ないねッ!]]| |047:[[ドSとの出会い]]|予約被りに定評のあるtu4氏|069:[[無題(079)]]| |047:[[ドSとの出会い]]|マスク・ザ・ドS|069:[[無題(079)]]| ||&color(red){書風連その壱}|| ||&color(red){書風連その弐}|| ----

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