「…………ぅ」 少女の口唇から小さな喘ぎ声が漏れた。 薄れていた意識が次第に覚醒へと向かう。瞳を開く。 身体が重い。 まるで水泳の授業で何百メートルも泳いだ後のような気だるさが少女を襲った。 記憶があやふやだ。頭がボンヤリする。 自分は確か自室のパソコンの前でパロロワ妄想スレを見ていた筈だ。 学校も年末進行で絶好の執筆日和。 そろそろ休憩を切り上げて、二日前に予約したパートの推敲をするつもりだったのだが……。 「ここは……何処だ?」 少女が今、眼を覚ました場所は座り慣れた椅子の上でもベッドの上でもなくて、冷たいコンクリートの上だった。 ゆっくりと少女は辺りを見回す。 観察――書き手として培った経験がある。周囲の状況を分析するのには慣れていた。 闇に眼が若干適応したことを確認すると、少女は周囲に気を巡らす。 そこは打ちっ放しの鉄板に四方を囲まれた狭い正方形の部屋だった。 薄暗い。 天井には規則的に数個の照明、全て暗いまま。丁度中央部に位置するここからでは見る限り出入り口は無し。 少しだけ妙なのが壁際、数メートル上の方にガラス窓が幾つか存在する事だ。 だが、その先は暗黒。光は一切見えなかった。 ――もしかして、攫われた? 少女の脳裏にそんな最悪な想像が浮かぶ。 確かにこの過酷な現代社会日本を生きる自分にとって、突然不可思議なガスを嗅がされ黒服の連中が押し入って来るような展開が絶対存在しないとは言い切ることは出来ない。 むしろ<<結構あること>>かもしれない。 「まさか人身売買の裏組織か……?」 少女はそこまで口にして、とあることに気付いた。 そう、この場にいる人間は自分だけではなかったのだ。 十人や二十人などという規模ではない。それよりも遥かに多数少なく見積もっても五十人以上。 しかもその他の人間と言うのが非常に在り得ない。 素っ裸に近い格好のょぅι゛ょや中国の奥地で修行を積んだ仙人のような風貌の老人、タイツだけを履き他は全裸に近い少女などあまりに多種多様である。 まさにノージャンル。まさにノーボーダー。 しかしコレでは人身売買という線は消えたと考えてもいいだろう。 少なくとも、そういう連中は集める人間を選ぶ筈。 <<若い女>><<少年少女>><<健康な人間>>などの共通点が必ず存在すると仮定するのが妥当だ。 では、ここに集められた人間の共通項目とは一体……? 「――まさか」 その瞬間、少女の中にとある<<仮説>>が頭を覗かせた。 意識を失う寸前まで見ていたアレ。 そう、バトルロワイアルパロディ小説。通称パロロワ。 そこの毒吐き掲示板で持ち上がっていた企画、『書き手バトルロワイアル2nd』 そしてその名簿の中に確かに自分は入っていたのだ。しかも面白おかしいあだ名を付けられて。 ……まさか自分の持っている能力を察知されるとは思わなかったが。 というか――待て。今自分の首に付いているコレは……!! 「く……びわ?」 「その通りさ! ◆10fcvoEbkoこと、<<衝撃のネコミミスト>>君!!」 「な――ッ」 天井の照明が一気に点灯した。 「ハハハハハハッ、ようこそ! 書き手バトルロワイアル2ndの会場へ!」 この空間に居た人間が一斉に声の方向に視線をやる。 聞こえて来たのは遥か上。 だが、そこに人間は誰も存在せずスピーカーのような物体が一つ設置されているだけだった。 「私は今回の主催者を勤めさせて頂く者だ。……そう<<読み手>>とでも呼ぶがいい。 私達には君達のような素晴らしいあだ名は無いのでな!」 声の主は大声でそう告げる。 場の人間は誰もが一瞬で自らが置かれた状況を把握した。 つまり、今回のロワ参加者は自分達なのである。 気付けばガラス窓の向こう側も照明が灯り、そこには多数の人間の姿があった。 その大半がスーツに身を包んだ上品そうな男女。 この殺し合いの観客、という訳か。 「貴様……私達にゲームをやらせるつもりなのか?」 「さすが開始間もないアニロワ2ndを引っ張る新鋭だけある。飲み込みが早いな」 少女――衝撃のネコミミストは震える拳を握り締めながらスピーカーを激しい憎悪の感情を込めて見つめる。 当然その頭部にはフサフサとしたネコミミ。 片目には黒いアイパッチが装備され、額には真っ白いハチマキを巻いている。 服装はゆったりとしたワンピース。……単純に説明すれば某何とかモードの○月を想像してもらえばいいだろう。 「さて、ルール説明など君達には不要だろう。それではお待ちかねの見せしめタイムに入るとする」 その言葉に会場にいた人間が一斉に身構える。 見せしめ――パロロワにおける名物とも言えるその行為。 本来はこれがバトロワであることを参加者に理解させるためのものであるため、ロワを知り尽くした会場内の人間には全く不要なイベントである筈。 しかし、ソレとコレとは話が別である。やはりOPに見せしめは欠かせないのだ。 「ククク、殺す立場から殺される立場になる気分はどうだね? 見事見せしめに選ばれたのは――君だ」 言葉と同時に衝撃のネコミミストの背後から凄まじい爆発音が響いた。 彼女が振り返るとそこには倒れ伏す一人の男性の姿。 格好は至って普通、明らかにどこにでもいる一般人の装い。 もちろん、衝撃のネコミミストの記憶の中に彼は存在しない。 だが彼女の中に何処か懐かしさにも似た不思議な感情が芽生えた。 彼は一体……? 「彼の名前は……高見広春」 「何ッ!? まさか……」 「……そう、原作バトルロワイアルの作者さ。君達にとって神に近い存在である彼に見せしめになって貰った」 男は淡々と事実のみを告げる。 衝撃のネコミミストを初めとして、会場から凄まじいまでの怒気が発せられた。 そう、集められた書き手の大半は少なからず原作者に尊敬の感情を持っていた。 バトロワ小説を嗜む彼らにとって、まさにうってつけの見せしめである。 「それではゲームを開始する! 支給品や基本ルールは適当なwikiの内容を思い出したまえ! これはもう、何でもアリの戦い――」 「待って下さい」 声が高らかに開始を宣言した瞬間、一人の人間がスピーカーの方に進み出てきた。 何故か全身を黒いマントで覆い隠している。 はっきりと分かるのはその人物が女性であることぐらいだ。 「ほう……これは<<予約被りに定評のあるtu4氏>>ではないか」 「一つだけ――確かめたいことがあります」 「何だね? いくつものロワを経験している君に話さなければならないことは無い筈だが……」 「……約」 「ん?」 「――予約は、あるんですか」 それは、あまりにも分かりやすい一言だった。 予約合戦――それは書き手にとって最も厳しい戦いと言える。 この制度が大半のロワで採用されているため、どれだけやる気があっても予約が取れなければ意味がない。 そして彼女はその予約合戦における決定的な弱者であった。 しかし、ロワの中で一体何を予約するというのだろうか。 明らかに彼女の様子は異常だった。 まるで何かに憑り付かれているかのような印象を受ける。衝撃のネコミミストの背筋を冷たいものが走り抜けた。 それは例えるならば、空っぽの鍋を掻き回す女に睨み付けられたような感覚―― 「ふ――本当の殺し合いに予約があると思うかね? 君達は自由に行動していいのだ。 そう、最後の一人になるまで殺し合うという事を除けばの話ではあるが」 「……よかった」 女は心底ホッとしたような安堵の声を漏らした。 対照的に場の人間の大半は彼女に危機感にも似た感情を覚えたようであるが。 彼女は明らかに危険な人間、そう見て間違いないだろう。 「――それではバトルロワイアルを開始するっ!! 各自検討を祈る!!」 再度高らかに声の主は宣言する。その場にいた人間の様子は様々だ。 殺る気満々といった感じの怪しい眼をした男、不適な笑みを浮かべる少女、ガクガクブルブルと震える男。 衝撃のネコミミストも腕を組み、どう行動するべきかを考える。 アニ2nd十傑衆の一人として、無様な真似は出来ない。 何をすべきなのか。 そこまで思索を巡らせた瞬間、彼女の身体がキラキラとした粒子に包まれる。 数秒後、ホールに残ったのは一つの死体だけだった。 誰も居なくなった会場を見つめながら、ガラス窓の向こうの読み手達は一様にこう呟いた。 「――書き手バトルロワイアル2nd、スタート」 &color(red){【高見広春@原作バトルロワイアル 死亡】} |投下順に読む|001:[[お姉さまの珍道中?]]| |時系列順に読む|001:[[お姉さまの珍道中?]]| |読み手|082:[[ウラガワ]]| |衝撃のネコミミスト|022:[[拡声器の呪い? 何だそりゃ、喰えんのか?]]| |予約被りに定評のあるtu4氏|047:[[ドSとの出会い]]| ||&color(red){高見広春}|