『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』

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『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 -作者 伊南屋 ◆WsILX6i4pM -投下スレ 2スレ -レス番 658-661 -備考 レディオ・ヘッド リンカーネイション(以下RR)本編より約1ヶ月後のお話 658 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:43:24 ID:JCZ4v7Rm 『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』  Ⅰ.  ほう、という溜め息が室内を満たす。  思案に暮れる部屋の主は、常の癖として眼鏡の弦を指先で押し上げた。  部屋の主。名を藤嶋加奈子と言う。  獣王の二つ名を持つ国王に仕え、辣腕を振るう女傑――とはいえ、未だ少女と呼んで良いような年齢ではあるが。  その彼女が考え込む事案は城下を騒がす小児失踪事件である。  ここ数ヶ月の間に、城下から南方に位置する街で子供が失踪する事件が十数件発生しており、それが噂となって国民の不安を煽っている。  ただでさえ戦乱の最中。しかもこの国はその渦中の中心と言っても過言ではない。  そんな状態の国内で、こういった状況は些か好ましくない。やはり国民の気運は大切だ。  それに、藤嶋加奈子個人として子供が失踪するという今回の事案は気分が悪いというのもある。  ――だから仕方ないのだ。  あんな怪しい――いや、妖しいと言った方がしっくりくる――人物に依頼をするのは。  悔しい事に、これが一番確実な手段なのだから。 「……はぁ」  ここ最近、癖になりつつある深い溜め息を吐いて、加奈子は思い返す。  ほんの少し前、この部屋で会話した人物とのやり取りを――。  † † † 「子供が消えている、ねぇ」  無表情で確かめるように呟いた人物を、加奈子は決して友好的とは言い難い視線で見ていた。  まるで闇がそこにわだかまったかのような雰囲気。くわえた葉巻から立ち昇る紫煙でさえ、光を拒む暗雲のように見える。  客観的に見るなら美しい女性だ。  ただ、どうしても退廃的な印象が付きまとう。  それは気だるげな仕草や、黒で揃えた衣装、禍々しい装飾品や傍らに控える黒猫。そして、何より深い黒曜色の瞳がそう思わせるのだろう。  漆黒の麗人。生業は魔術師。その道ではそれなりに名の通る人物だ。  曰わく、“黒い魔女”闇絵、と。  加奈子は闇絵に事のあらましを話し始める。 「……事は、ここから南に向かって三日程歩けば着く街で起きています」 「それで?」 「それなりに拓けた街で、富裕層もそれなりに。事実失踪した子供達は揃って裕福な家の子供です。しかし――」  そこで一旦区切って、加奈子は再び言葉を繋いだ。 「身代金――と言うより、一切の要求がないんです」 「ほう? それは不可解な事だな」 659 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:46:43 ID:JCZ4v7Rm  闇絵が初めて興味を示す。その様子を見ながら加奈子は耳を傾けた。 「狙われているのは金持ちの子供ばかり。なのに一切の要求がない、か――確かに子供が消える理由が分からないな」 「そうです。浚われたのなら犯人には意図があるはず。なのにその意図が見えない――」 「だからあくまで失踪だと、そう言うのだね?」  闇絵は嘲笑うように鼻を鳴らす。加奈子がそれに不快そうな表情を示しても、構わず闇絵は続けた。 「これは誘拐だよ。意図は見えなくとも悪意は見える。これは神隠しや迷子なんかじゃない。子供達は浚われたんだ」  そして、と加え闇絵は加奈子を見詰めた。 「君もそう考えているから、私に依頼なんかをするんだろう?」  ――鋭い。  全てを見透かしたような闇絵の言葉に、加奈子は些かばかりの驚嘆を感じた。  闇絵の言うとおり、加奈子自身今回の件は誘拐であると確信している。  分からないから失踪であると、それで片付けようとする怠慢な者達と違い。加奈子は諦めたくなかった。  だからこその独断専行。裏の稼業を担う人間への依頼なのだ。 「――意図が見えないなら、考えられるのは二つ」  闇絵が再び喋り出す。 「そもそも犯人に意図が無いか、我々と犯人の見ているものが違うかだ」  沈黙でもって答える加奈子に闇絵は更に言葉を重ねる。 「前者はあまり考えられない。意図無く悪意を振るえるのは愚かな狂人だ。そして愚かな狂人はこんなに綺麗に悪事を犯さない」 「では犯人の意図は私達の考えるようなものとは違う、と?」 「そうだ。そして私達普通の人間と違う思想を持ち、かつ理性をもって行動できる。狂人には違いないが、理知的な狂人だ。――最も厄介な相手だよ」  やはり無表情にそう告げて闇絵は締めくくった。  沈黙が降りる。  闇絵は瞼を閉じ、葉巻の煙を深く吸い込み、ゆっくりと味わってから吐き出した。  そういう種の葉巻なのか、やや離れた位置にいる加奈子にも微かに甘い匂いが届いた。 「……なんとかしてくれますか?」  加奈子は静かに問う。 「なんとかして欲しいのだろう?」  闇絵は笑んで答える。  それが、契約完了の合図だった。  † † †  街は不穏な空気に満ちていた。  大人達は消え去っていった子供達に自らの子を重ね、子供達は明日は我が身と、言い知れぬ不安に包まれていた。  そんな街の中。誰ともなく口にする言葉。 『魔女』 660 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:49:50 ID:JCZ4v7Rm  ――いつからか街には子供浚いの魔女の噂が流れていた。  出所は分からない。ただ、見えない不安に、魔女という形を与える為に流れているように“彼女”は感じた。  分からない恐怖よりは、異形であっても分かりやすい恐怖であった方がましだと人間は考えるからだろう。 「は、気に入らないな」  そう毒吐いたのは事件に対してか、下らない噂に踊らされる街人達に対してか。  異様な街の雰囲気の中にあって尚、圧倒的に特異な雰囲気を纏い歩む姿。  “彼女”はゆったりと街の大通りを紫煙と共に進む。  例え夕暮れに在っても、朱に沈まず。  例え血飛沫に濡れても、赤に溺れず。  何よりも苛烈にして鮮烈。燃え盛る炎の如き美女。  ――柔沢紅香は、このつまらない事件を終わらせてみるか、と。そう考えていた。  † † †  闇絵がその街に辿り着いたのは、契約から五日後の事だった。  夕刻も近かった事もあり、とりあえず宿を探す事にする。  そのことを傍らの友人に伝えると快い返事が返って来た。 「情報収集も考えたら酒場や大衆食堂も兼ねている所が良いよね」  最もらしい事を言っているが、どうせ飲み食いしたいだけなのだろう。  闇絵の友人――武藤環はそういう人間だった。  しかし最もらしい事とはそれなりに理屈が通っているもので、加えて闇絵にそれを積極的に否定をする理由も無かった。  だから、すぐに(主に環の)理想に叶った宿が見つかった事は二人にとって幸いだった。  特に目立つ所のない大衆向け宿場。三階建ての内、一階を食堂兼酒場とし、二階と三階を宿にあてたオーソドックスな作り。  値段も建物の質もそこそこの宿。ただ、部屋数だけは割と多いようだった。  軽い鐘の音を鳴らしながら立ち入ると、気の早い幾人かが酒を飲み交わして居るところで、いくらかのアルコール臭が鼻をつく。  鐘の音色に店内の視線が集まり、普通ならばすぐさま散るはずの注目が固定された。  皆一様に闇絵の醸し出す異様な空気に、ぽかんとした顔をする。  闇絵はそれを意に介さず、環はニヤニヤと若干下卑た笑みを浮かべながら、カウンターに向かう。 「二人部屋を一つ借りたいのだが」  カウンターの内に居た年若い、黒い長髪の女性へと尋ねると、女性は呆けていた意識を素早く切り替え仕事を始めた。 「かしこまりました。部屋代になりますが――」 「これで」 661 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:51:39 ID:JCZ4v7Rm  闇絵は宿の外に張り出された料金表を見て、あらかじめ用意していた金額を渡す。 「――はい、確かに。お食事代などは別途になりますのでその都度お支払い下さい」  手慣れた様子で台詞を淀みなく告げる。それに首肯して闇絵は微かな笑みを浮かべた。 「ありがとう」 「ではお部屋に案内いたします。」  カウンターとフロアを仕切る扉から出て、階段へと先導する。二人はそれに付き従い部屋に案内される。 「この街へはどうして? どこかへ向かわれる途中ですか?」  世間話を切り出して来たのは女中だった。 「何故そう思う?」 「この街、それなりに拓けてはいますけど特に見るようなものはありませんから。都会を目指すなら城下に向かえば良いわけですし」 「――私達はその城下から来たんだよ。ここを目指して」  す、と女中の瞳に不信が宿る。 「それは、どうしてですか?」 「人浚いが現れると聞いてね」  闇絵の言葉に女中は息を呑む。表情に浮かぶのは疑惑。 「あ~、あのさ。私達ちゃんと国から要請受けて事件の解決に来たんだ。だから怪しいものじゃないよ」  それまで控えていた環が口を挟む。闇絵の発言が疑いを深めたと悟ってのフォローだった。 「そうなん……ですか?」 「うんうん」  と、そこで三階の隅にある部屋の前に辿りつく。  女中は鍵束から一本の鍵を外し、それで扉を開ける。 「それではこちらが部屋の鍵になります」  鍵を闇絵に手渡し、室内に招き入れる。中は掃除の行き届いた部屋で過ごしやすそうだった。 「それでは私はこれで失礼します。不躾な質問、すみませんでした」 「いや、構わないさ」  女中は安堵の笑みを漏らすと、そこから立ち去るために背を向けた。 「少し良いか?」  ――それを妨げる闇絵の声。 「君は一連の事件をどう思っている? 良ければ聞かせて欲しい」  女の背に向けて問い掛ける。問い掛けられた女性は振り返らず、首を横にだけして答えた。 「不幸な……とても不幸な事だと思います」 「……そうか」  闇絵はそれ以上何も問わず、長い黒髪を翻しながら女が去るのを見届けた。 「さて、私も舞台に上がってしまった訳だが……これからどうなることやら」  女中が去り、環と二人きりの部屋の中、闇絵は小さく笑んで呟いた。 続く .
『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 -作者 伊南屋 ◆WsILX6i4pM -投下スレ 2スレ -レス番 658-661 720-723 -備考 レディオ・ヘッド リンカーネイション(以下RR)本編より約1ヶ月後のお話 658 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:43:24 ID:JCZ4v7Rm 『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』  Ⅰ.  ほう、という溜め息が室内を満たす。  思案に暮れる部屋の主は、常の癖として眼鏡の弦を指先で押し上げた。  部屋の主。名を藤嶋加奈子と言う。  獣王の二つ名を持つ国王に仕え、辣腕を振るう女傑――とはいえ、未だ少女と呼んで良いような年齢ではあるが。  その彼女が考え込む事案は城下を騒がす小児失踪事件である。  ここ数ヶ月の間に、城下から南方に位置する街で子供が失踪する事件が十数件発生しており、それが噂となって国民の不安を煽っている。  ただでさえ戦乱の最中。しかもこの国はその渦中の中心と言っても過言ではない。  そんな状態の国内で、こういった状況は些か好ましくない。やはり国民の気運は大切だ。  それに、藤嶋加奈子個人として子供が失踪するという今回の事案は気分が悪いというのもある。  ――だから仕方ないのだ。  あんな怪しい――いや、妖しいと言った方がしっくりくる――人物に依頼をするのは。  悔しい事に、これが一番確実な手段なのだから。 「……はぁ」  ここ最近、癖になりつつある深い溜め息を吐いて、加奈子は思い返す。  ほんの少し前、この部屋で会話した人物とのやり取りを――。  † † † 「子供が消えている、ねぇ」  無表情で確かめるように呟いた人物を、加奈子は決して友好的とは言い難い視線で見ていた。  まるで闇がそこにわだかまったかのような雰囲気。くわえた葉巻から立ち昇る紫煙でさえ、光を拒む暗雲のように見える。  客観的に見るなら美しい女性だ。  ただ、どうしても退廃的な印象が付きまとう。  それは気だるげな仕草や、黒で揃えた衣装、禍々しい装飾品や傍らに控える黒猫。そして、何より深い黒曜色の瞳がそう思わせるのだろう。  漆黒の麗人。生業は魔術師。その道ではそれなりに名の通る人物だ。  曰わく、“黒い魔女”闇絵、と。  加奈子は闇絵に事のあらましを話し始める。 「……事は、ここから南に向かって三日程歩けば着く街で起きています」 「それで?」 「それなりに拓けた街で、富裕層もそれなりに。事実失踪した子供達は揃って裕福な家の子供です。しかし――」  そこで一旦区切って、加奈子は再び言葉を繋いだ。 「身代金――と言うより、一切の要求がないんです」 「ほう? それは不可解な事だな」 659 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:46:43 ID:JCZ4v7Rm  闇絵が初めて興味を示す。その様子を見ながら加奈子は耳を傾けた。 「狙われているのは金持ちの子供ばかり。なのに一切の要求がない、か――確かに子供が消える理由が分からないな」 「そうです。浚われたのなら犯人には意図があるはず。なのにその意図が見えない――」 「だからあくまで失踪だと、そう言うのだね?」  闇絵は嘲笑うように鼻を鳴らす。加奈子がそれに不快そうな表情を示しても、構わず闇絵は続けた。 「これは誘拐だよ。意図は見えなくとも悪意は見える。これは神隠しや迷子なんかじゃない。子供達は浚われたんだ」  そして、と加え闇絵は加奈子を見詰めた。 「君もそう考えているから、私に依頼なんかをするんだろう?」  ――鋭い。  全てを見透かしたような闇絵の言葉に、加奈子は些かばかりの驚嘆を感じた。  闇絵の言うとおり、加奈子自身今回の件は誘拐であると確信している。  分からないから失踪であると、それで片付けようとする怠慢な者達と違い。加奈子は諦めたくなかった。  だからこその独断専行。裏の稼業を担う人間への依頼なのだ。 「――意図が見えないなら、考えられるのは二つ」  闇絵が再び喋り出す。 「そもそも犯人に意図が無いか、我々と犯人の見ているものが違うかだ」  沈黙でもって答える加奈子に闇絵は更に言葉を重ねる。 「前者はあまり考えられない。意図無く悪意を振るえるのは愚かな狂人だ。そして愚かな狂人はこんなに綺麗に悪事を犯さない」 「では犯人の意図は私達の考えるようなものとは違う、と?」 「そうだ。そして私達普通の人間と違う思想を持ち、かつ理性をもって行動できる。狂人には違いないが、理知的な狂人だ。――最も厄介な相手だよ」  やはり無表情にそう告げて闇絵は締めくくった。  沈黙が降りる。  闇絵は瞼を閉じ、葉巻の煙を深く吸い込み、ゆっくりと味わってから吐き出した。  そういう種の葉巻なのか、やや離れた位置にいる加奈子にも微かに甘い匂いが届いた。 「……なんとかしてくれますか?」  加奈子は静かに問う。 「なんとかして欲しいのだろう?」  闇絵は笑んで答える。  それが、契約完了の合図だった。  † † †  街は不穏な空気に満ちていた。  大人達は消え去っていった子供達に自らの子を重ね、子供達は明日は我が身と、言い知れぬ不安に包まれていた。  そんな街の中。誰ともなく口にする言葉。 『魔女』 660 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:49:50 ID:JCZ4v7Rm  ――いつからか街には子供浚いの魔女の噂が流れていた。  出所は分からない。ただ、見えない不安に、魔女という形を与える為に流れているように“彼女”は感じた。  分からない恐怖よりは、異形であっても分かりやすい恐怖であった方がましだと人間は考えるからだろう。 「は、気に入らないな」  そう毒吐いたのは事件に対してか、下らない噂に踊らされる街人達に対してか。  異様な街の雰囲気の中にあって尚、圧倒的に特異な雰囲気を纏い歩む姿。  “彼女”はゆったりと街の大通りを紫煙と共に進む。  例え夕暮れに在っても、朱に沈まず。  例え血飛沫に濡れても、赤に溺れず。  何よりも苛烈にして鮮烈。燃え盛る炎の如き美女。  ――柔沢紅香は、このつまらない事件を終わらせてみるか、と。そう考えていた。  † † †  闇絵がその街に辿り着いたのは、契約から五日後の事だった。  夕刻も近かった事もあり、とりあえず宿を探す事にする。  そのことを傍らの友人に伝えると快い返事が返って来た。 「情報収集も考えたら酒場や大衆食堂も兼ねている所が良いよね」  最もらしい事を言っているが、どうせ飲み食いしたいだけなのだろう。  闇絵の友人――武藤環はそういう人間だった。  しかし最もらしい事とはそれなりに理屈が通っているもので、加えて闇絵にそれを積極的に否定をする理由も無かった。  だから、すぐに(主に環の)理想に叶った宿が見つかった事は二人にとって幸いだった。  特に目立つ所のない大衆向け宿場。三階建ての内、一階を食堂兼酒場とし、二階と三階を宿にあてたオーソドックスな作り。  値段も建物の質もそこそこの宿。ただ、部屋数だけは割と多いようだった。  軽い鐘の音を鳴らしながら立ち入ると、気の早い幾人かが酒を飲み交わして居るところで、いくらかのアルコール臭が鼻をつく。  鐘の音色に店内の視線が集まり、普通ならばすぐさま散るはずの注目が固定された。  皆一様に闇絵の醸し出す異様な空気に、ぽかんとした顔をする。  闇絵はそれを意に介さず、環はニヤニヤと若干下卑た笑みを浮かべながら、カウンターに向かう。 「二人部屋を一つ借りたいのだが」  カウンターの内に居た年若い、黒い長髪の女性へと尋ねると、女性は呆けていた意識を素早く切り替え仕事を始めた。 「かしこまりました。部屋代になりますが――」 「これで」 661 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/13(日) 00:51:39 ID:JCZ4v7Rm  闇絵は宿の外に張り出された料金表を見て、あらかじめ用意していた金額を渡す。 「――はい、確かに。お食事代などは別途になりますのでその都度お支払い下さい」  手慣れた様子で台詞を淀みなく告げる。それに首肯して闇絵は微かな笑みを浮かべた。 「ありがとう」 「ではお部屋に案内いたします。」  カウンターとフロアを仕切る扉から出て、階段へと先導する。二人はそれに付き従い部屋に案内される。 「この街へはどうして? どこかへ向かわれる途中ですか?」  世間話を切り出して来たのは女中だった。 「何故そう思う?」 「この街、それなりに拓けてはいますけど特に見るようなものはありませんから。都会を目指すなら城下に向かえば良いわけですし」 「――私達はその城下から来たんだよ。ここを目指して」  す、と女中の瞳に不信が宿る。 「それは、どうしてですか?」 「人浚いが現れると聞いてね」  闇絵の言葉に女中は息を呑む。表情に浮かぶのは疑惑。 「あ~、あのさ。私達ちゃんと国から要請受けて事件の解決に来たんだ。だから怪しいものじゃないよ」  それまで控えていた環が口を挟む。闇絵の発言が疑いを深めたと悟ってのフォローだった。 「そうなん……ですか?」 「うんうん」  と、そこで三階の隅にある部屋の前に辿りつく。  女中は鍵束から一本の鍵を外し、それで扉を開ける。 「それではこちらが部屋の鍵になります」  鍵を闇絵に手渡し、室内に招き入れる。中は掃除の行き届いた部屋で過ごしやすそうだった。 「それでは私はこれで失礼します。不躾な質問、すみませんでした」 「いや、構わないさ」  女中は安堵の笑みを漏らすと、そこから立ち去るために背を向けた。 「少し良いか?」  ――それを妨げる闇絵の声。 「君は一連の事件をどう思っている? 良ければ聞かせて欲しい」  女の背に向けて問い掛ける。問い掛けられた女性は振り返らず、首を横にだけして答えた。 「不幸な……とても不幸な事だと思います」 「……そうか」  闇絵はそれ以上何も問わず、長い黒髪を翻しながら女が去るのを見届けた。 「さて、私も舞台に上がってしまった訳だが……これからどうなることやら」  女中が去り、環と二人きりの部屋の中、闇絵は小さく笑んで呟いた。 続く 720 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/26(土) 23:29:25 ID:psk3wsgk 『Radio head Reincarnation~黒い魔女と紅い魔女~』 Ⅱ.  闇絵が行動を起こしたのは日が暮れてからの事だった。  とは言っても何の事はない。ただ夕飯ついでに情報収集をしようという程度の話だ。  先程、早速呑み喰いに対する期待に胸を膨らませて食堂へと降りた環を追って階下へと向かう。  階段を下り、食堂に近付くにつれ、闇絵の耳へ喧騒が届き始めた。  それは階段を残り数段にした時点で既に鼓膜を震わす轟声となり、物理的な振動すら伴って、最後の一段を降りた闇絵を迎えた。  フロアには何かを取り囲み、騒ぎ立てる男達が叫び声を上げていた。  その叫び――頑張れだとか、負けんなだとか、良いぞ姉ちゃんだとか、  声援と罵声が混じり合った喧騒の中心に、闇絵は確信を持って視線を運ぶ。  そこには闇絵の思った通り、環が居た。  男達に囲まれ、赤い顔に笑顔を浮かべている。その周囲には数人の男が倒れている。彼らは環とは対照的に一様に青い顔だった。  喧嘩――ではない。宿に入った時とは比べものにならない程の酒臭さ。そして次々と空けられる酒杯。  呑み比べが始まってから既に大分経っているようだった。 「さんじゅ~……え~と、なんとかはいめぇ~!!」  もはや思考も呂律も回っていない環の掛け声と共に、一斉に杯が呷られる。 「……っぶはぁー!」  最早女性としての恥も尊厳も捨てきった吐息を腹の底から吐き出して、環が空になった杯をテーブルに叩き付ける。  その隣、羆のような大男が呷る途中で力尽き、杯に残った酒を頭から被りながら仰向けに倒れた。脱落者がまた一人。  友人の相変わらずの底無し振りに、闇絵は環が最後まで残るだろうと予想して視線を外す。  そうすると偶々か、先程闇絵達を部屋に案内した女中がおり、目線が重なった。目が合った女中は、極自然な挙動で闇絵の下へと歩み寄ってきて、口を開きかけた。 「すまないな私の連れが」  女中が声をかけるより早く闇絵が言う。声を掛けようとしていた女中は機先を制される形になり、タイミングを外され若干反応が遅れる。  しかし、それも一瞬の事で、直ぐに気を取り直した女中は明るい笑顔でもって返した。 「お酒を皆さんが呑めば儲かるのは私達ですから」 「ふ、まあ確かにそうだ」  明け透けな物言いに微笑を返し、闇絵はカウンター席の椅子に腰を掛ける。 「夕食を貰おうか」 721 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/26(土) 23:30:40 ID:psk3wsgk 「でしたら羊肉なんて如何ですか? 今朝、良い肉が入ったんですよ」 「じゃあそれを」 「かしこまりました」  そう言ってキッチンに女中が消える。  料理を待つ間、闇絵は再び乱痴気騒ぎを眺めて隙を潰す事にする。 「たぶ~ん~よ~んじゅ~っ!」  また一人、酒を浴びて男が倒れる所だった。  † † † 「ふむ、なかなか美味い」  運ばれて来た羊肉のスパイス焼きを食べ、闇絵が賞賛を口にした。 「ありがとうございます」  笑んで答える女中――少し会話をした所、一子と言う名前らしかった――は小さくお辞儀をした。  世間話をした程度だが、短い間で闇絵は一子の知性の片鱗を垣間見ていた。  情報収集については彼女から聞いてみようと決める。 「少し、良いだろうか?」 「なんでしょう?」 「子供の失踪事件についてだよ」  話題を切り出した瞬間、それまで和やかであった一子の雰囲気が変わる。暗い事案に気を沈めたようであった。 「……そう言えば、調べにきたんでしたっけ」  無言で頷いて見せると一子は溜息を吐き出した。 「多分、私が知っているのは貴方達と大して変わりません。ただ子供が消えて、それっきり。要求もなく戻ってきたものもいない」 「行方不明者に知り合いは?」 「いいえ。浚われた子供達は全てお屋敷組だそうですし」 「お屋敷組?」 「ああ……街の人間じゃないから分からないんですよね。お屋敷組と言うのは街の東にある区画――つまりお金持ちの人達の屋敷が集まっている場所に住む人達の事です」 「なる程ね」 「それで――私達はお屋敷組とはあまり関わりませんから」  どうやらこの街は富裕層とそうでない街人で住み分けがなされているらしい。  故に一子は浚われた子供、加えてその関係者については知らない――ということらしかった。 「ふむ……期待が外れてしまったか」 「お役に立てずすいません」 「いや、謝る事はないさ。それではそうだな……最近何か街に変わった事は無かったかな?」  そう言うと一子は二つの言葉を口にした。 「魔女と……揉め事処理屋さんでしょうか?」 「ほう? それはどういう事かな?」 「魔女っていうのは、子供達が浚われているのは、この街に魔女がいるからだという噂です。揉め事処理屋さんは、あなた方以外に数日前から事件を追っている方です」 722 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/26(土) 23:32:15 ID:psk3wsgk  魔女の方は噂の域を出ない話のようで、闇絵にとってまだ思案に至る事柄ではなかった。むしろ闇絵が気になるのは揉め事処理屋の存在だ。  闇絵には揉め事処理屋と言われて思い当たる人間がいくつかいる。特に思い浮かぶのは、未だ少年でありながら揉め事処理屋として働く少年である。  もしかしたら彼も仕事を回されてこの街に来ているのではないかと考える。 「その揉め事処理屋というのはどこに?」 「実は……この宿に」 「ほう?」  以外な答えに闇絵が軽い驚きを見せると同時、一子の視線が闇絵から外され、入り口に向けられる。  その視線を追って、闇絵は納得した。 「“アレ”が、揉め事処理屋だな?」  現れたのは――  圧倒的存在感は王者の風格。纏う気配は強者の鋭さ。  柔沢紅香が傲然と歩んでくる。 † † † 「よ~ん、ん~? ごじゅ~? あ~……とりあえずにゃんとかはいめ~!」  また脱落者が二人。残るは環を含めた四人。 「まったく騒がしい事だな」  口に葉巻を加えながら酒宴――否、酒戦とでも言うべきか――を眺めて紅香が零す。 「まあ見ている分には悪くない見せ物だ。人の愚かさが良く出ている」  そう呟いて皮肉気な微笑を浮かべる。 「そうは思わないか、闇絵?」 「さて、どうだろうね?」  視線を交わすこともなくただ言葉だけをやり取りする。その様は気の置けない友人であるようにも見えたし、互いに憎み合う敵同士であるようにも見えた。 「お知り合い……ですか?」 「まあそんな所だ」  紅香が答えながら、闇絵の隣に腰掛ける。 「とりあえずウイスキーを」 「あ、はい。かしこまりました」  すぐさま出された濃い琥珀色の液体を嚥下し、それからようやく紅香は闇絵に向き直った。 「お前もこの街に仕事で来たのか? 黒い魔女として」 「ああ。そちらも?」 「私は個人的な興味だ。いや、興味と言うよりは苛立ちの解消かも知れん」  紅香の意図が何となく読めて、闇絵はただ無言で頷く。こう見えた子供好きな紅香にしてみればこの事件は気分の良いものではないはずだ。 「首尾は?」 「手掛かりなんか無いってのが正直な所だな。目撃者無し、痕跡無し。いつ、どこで、どうやって連れ去られたのかも分からんよ」  紅香らしからぬ調査の不振ぶりに、闇絵は多少の驚きを表情に浮かべた。 「弥生が居ればまた違うのだがな」 「ほう? 珍しいじゃないか、あの忠実な飼犬が主人から離れているなんて」 723 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/01/26(土) 23:33:51 ID:psk3wsgk  ――犬塚弥生。  柔沢紅香の影となり、手足となり、武器となる存在。  他者に犬と呼ばれ、自ら犬と呼ぶ事すら厭わない程に紅香に心酔している彼女が、主人たる紅香から離れているのは最早異常事態とすら言えた。 「私が命じたのさ。城下に残って、何か動きがあれば知らせるようにとな」 「連絡係(おるすばん)という事か」 「ああ。しかし、弥生がいないお陰で裏から調べる事が出来んよ。私は目立ってしまうからな。隠密は苦手だ」  そう言うと紅香はグラスに半分程残ったウイスキーを一息に呷った。 「まったく、人に頼る事を覚えてしまうといかんな」  グラスを一杯だけ空にしてから苦笑して、紅香は立ち上がる。 「もう行くのかい?」  闇絵の問いに紅香は溜め息を混ぜて答える。 「ああ。無駄だと思ってやった聞き込みは期待通り成果ゼロ。何か新しい動きが無いことにはどうしようもないからな。今日はもう寝るよ」  まるで、次の事件が起きる事を予期しているような、そしてそれを期待しているような物言いだった。 「ん? 良く見たら美味そうな肉じゃないか」  皿に盛られた料理を見つけ、紅香は闇絵から許可を取ることなく一切れつまみ上げる。そのままそれを口に放って、紅香は言った。 「うん。美味いじゃないか。柔らかくて――」 「――まるで新鮮な子供の肉みたいだ」  紅香が口端を吊り上げる。 「んま~いっ! も~い~っぱ~い!」  酔いつぶれた男達が死屍累々と倒れている。  その中心で環は未だ杯を空け続けていた。  † † †  ――それは心に怒りを燃やしていた。  何故理解しないのか。何故自分を捜すのか。捜して、罰しようとするのか。  何が悪いというのだ。  正しい事をしているのに。  否。否。否。  全てが否定される。  それが怒りを呼ぶ、憎悪を呼ぶ、悪意を呼ぶ。  内に燃え盛る黒い炎――負の激情。  邪魔だ。消えてしまえ、目の前から。  いや、いっそ消してしまおうか。  邪魔はさせない。誰にも、妨げさせはしない――出来るはずがない。  奴らを一人残らず消し去る。  それが私にとって、何よりの正しさの証明となろう。  そして、それが私の求めるものを得る糧となる。  ――それは嗤う。  顔には出さず、心の中で嗤い続ける。  狂ったように、ただ嗤う。 続く .

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