「彼と彼女の非日常」 2

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「彼と彼女の非日常」
-作者 伊南屋 ◆WsILX6i4pM
-投下スレ 2スレ
-レス番 864-867
-備考 電波 続きもの

864 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/29(土) 12:08:30 ID:/SChxdSF 
『彼と彼女の非日常・Ⅵ』 

 「お姉ちゃん、いるでしょ?」 
 そう言って切り出したのが光だと分かって、ジュウは確かに自分が安堵するのを感じた。 
 紫とは関係のない来客だと――そう思った。 
「居るんでしょ? お姉ちゃん出して」 
「どうしたんだ一体?」 
「良いから早くっ!」 
 鬼気迫る、と言うよりは単純に切羽詰まって狼狽えた様子の光に押され、仕方無く中に居る雨を呼ぼうと振り返る。 
 だが、そうするより先に雨はジュウの意志に応えたように、玄関へと現れた。 
「雨……こいつ」 
 ジュウが光を指すと、雨は分かっている。と言うように頷いて見せた。 
「聞いた声がすると思えば……どうしたの? 光ちゃん」 
 雨の姿を確認して、光の張り詰めた雰囲気が若干和らいだ。 
「……お姉ちゃんに、助けて欲しくて」 
「……何があったの?」 
 縋る瞳の光に、雨が問い返すと光は背後から人を呼び寄せた。 
 ――現れた女性の、胡乱な表情の中にジュウは既視感を感じた。その表情にではなく、それが醸し出す危うさに。 
「どうも……」 
 ぼそりと零すように挨拶して、彼女は小さくお辞儀をした。 
「人を探してるの。昨日からずっと探してて、だけど見つからなくて……」 



865 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/29(土) 12:09:45 ID:/SChxdSF 
「人を探しているというのは、こちらの方が?」 
 雨が光が連れた女性を指すと、光は頷いて答えた。 
「探しているという人はどういった方なのかしら?」 
「えと……それが」 
 次いだ雨の問いに、光は説明を始めた。 
 まず、彼女とは昨日、街で会ったばかりであるという事。そこで人捜しに手を貸す約束をした事。それが行き詰まった事。 
「最初は名前聞いても分からないと思って特徴だけ聞いて捜してたんだけど、行き詰まったから他に手掛かりは無いのって聞いたら――」 
 そこで光は不意に表情を曇らせ、困惑を浮かべた。 
 言うか、言うまいか散々悩んだ挙げ句、あくまで連れてきた彼女が言ったことだと前置きをした。 
 そうして一度深呼吸をしてから、躊躇いがちに口を開いた。 
「――九鳳院財閥のお嬢様だって……」 
「……っ!」 
 唐突に、紫へと繋がった。 
 女性が――光の連れて来た彼女が舞台の外ではなく内側の人物であった。 
 そして、彼女が自分達にとって敵になり得るのか、味方になり得るのか。 
 それこそが今この場においてジュウの思考を占める事柄だった。 
「そう。それで、どうして探しているのですか?」 
 雨があくまで平静に尋ねる。 
「私も、頼まれただけですから」 
「あなたに頼んだ人はどうして?」 
「……決着を付けるんだと、そう言ってました」 
「決着?」 
 ジュウが漏らした言葉に、女性は答える。 
「いえす。大切な――とても大切な事だと言ってました」 
「大切な事……」 
 それが何であるかをジュウが問おうとして、しかしそれを妨げるように声があった。 
「柔沢、どけ!」 
 常にはない、切迫した声。焦ったような、追い詰められたような余裕のない声――。 

「そいつ――殺せないっ!」 

 ――斬島雪姫が叫んだ。 

 † † † 

 飛来するそれは真っ直ぐに、唯真っ直ぐに“彼女”を目掛け虚空を駈ける。 
 主の意志を――殺意を成す為に。 
 迅雷の如きそれが目指すのは、眼球。抉り、光を奪うその軌道は冷徹なる一撃。 
 最短を高速で抜ける刃。それを“彼女”は受け止めた。事も無げに、その指で。 

 刃は語り掛ける。 
 ――刺せ。 
 ――貫け。 
 ――斬れ。 
 ――刻め。 
 自然と浮かぶ陶然とした笑み。躰の芯を熱くする衝動。 
 彼女は酔う。彼女の深くに響く声に。彼女の深くに流れる血に――。 



866 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/29(土) 12:11:44 ID:/SChxdSF 
。 
 事態が呑み込めず、故にジュウは動けない。 
「雪姫、これはお前が思っている事とは違う」 
 紫が前に進み出て、雪姫から包丁を奪う。 
「お前っ……危ないだろ」 
 無造作と言える程に乱雑に包丁の刃の側をつまんだ紫を見て、ジュウは冷や汗を流す。 
「……本当に優しいのだなジュウは」 
 場違いな台詞と笑顔で紫が言う。 
「とりあえず中に入ろう。少々騒いでしまったから人が来るかも知れん」 
 早々に紫が部屋に戻る。 
 ジュウ達は一度、互いの顔を眺め合いながら、何故か有無を言わせぬ紫の言葉に従い中へと入っていった。 

 † † † 

「私を探しに来たのだな?」 
「いえす。その通りです」 
 ふう、と紫は溜め息を漏らす。 
「誰から頼まれたかは、まぁ察しがつく」 
「……お前を追っているって奴か?」 
「まぁそうだろうな。こいつに――切彦に“不殺(ころさず)”を強いる事が出来るのはアイツくらいのものだ」 
 不殺――逆に言えば、それを強いらなければ殺すというのだろうか、この切彦と言う女性は。 
 眉根を寄せるジュウが何を考えているのかに気付いたのか、紫は言った。 
「ジュウは知らなくても良い――いや、知ってはならない事だ」 
「……それは良い。納得は出来ないがな。でも、それよりも雪姫だ。なんであんなに……」 
 雪姫はもういない。切彦とは一緒には居れないと言って帰ってしまった。 
 居ないから、だからこそ気になる。あの雪姫があそこまで狼狽える理由を。 
「それも含めての話だ。仮にそれを知るとして、私から聞くべきではないしな」 
「雪姫に聞けってことか」 
「まあ、そうなる」 
 これ以上話す事はないと言うように紫は言葉を切った。 
 ジュウはそれ以上聞けない。紫の意志の現れと、雪姫への誠意――無用な干渉をして彼女を傷付ける事を考えれば、そうするより他なかった。 
「――さて、切彦」 
 紫が再び、切彦に視線を向ける。 
「お前は私をどうする?」 
「……正直どうしようとも」 
「ほう?」 
「私が見つけなくともあの人はあなたを見つけ出します。というよりはもう見つけ出してるでしょう。だから私はこれ以上なにもしません」 
「……なぜ?」 
「見つけ出してくれとしか言われてませんし」 
 契約は完了です――少し不機嫌そうに言って切彦は口を閉じた。 

 † † † 

「なんだったんだ?」 
 立ち去った切彦を見送り、ジュウは呟いた。 
「あいつも……一人の人間と言うことさ」 



867 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2008/03/29(土) 12:12:35 ID:/SChxdSF 
 紫の言葉の意味を計りかね、ジュウは首を傾げる。 
「人と仲良くもなるし、恋だってする。勿論、失恋だって」 
 ――それを認めたくないとも思うだろうさ。 
 紫はそう言って、目を伏せた。 
「これだからアイツはダメなんだ。鈍感で無神経。何年経っても変わらない」 
「――なぁ」 
「なんだ?」 
「そろそろ教えてくれないか。お前を追っているって奴を」 
 ジュウの問い掛けに紫は躊躇う。 
「……別に構わないが。あらかじめ言っておこう。お前が思う程、事態は深刻ではないぞ?」 
 それに雨が答える。 
「それは、今までの違和感から薄々感じてはいました。貴方は追手とまるで旧知のような言葉を零していましたし」 
 紫は鼻の頭を掻いて照れくさそうにする。 
「――ならば洗いざらい吐こうじゃないか。正直、本当の事を言わないでいるのはこちらも気分が悪い」 
 そこでちらとジュウを見て、紫は溜め息混じりに続ける。 
「特に、命でも賭けるんじゃないかってくらい悲壮な表情の奴がいるからな」 
 ジュウの頭を真っ直ぐ見て、紫は話しだした。 
「少し……痴話喧嘩の愚痴に付き合ってくれないか?」 

 続く 






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