とある彼女と上条当麻
彼女は彼からすれば近い関係の女友達だった。
暴力系幼馴染。学園都市で三番目の能力者だとしても彼女のひとりの女の子だ。
上条は悔やんでいた。
幻想殺しは遂に周りを巻き込んだ。
ピーピー、と無機質な部屋に機械音が規則的に鳴り続けた。
その部屋には上条以外の人間はいない。
さっきまでは彼女の友達や親が居たのだが、今は上条だけになった。
「なぁ、起きてくれよ」
そんな事を言っても返事は帰ってこない。
あそこで彼がこの状態になれば、お姉様と慕うあの子も彼女の母親も悲しむことはなかっただろう。
「なぁ、俺とお前でさ。大覇聖祭の罰ゲームでさ、二人で携帯の登録したよな。あの時の写真。まだ持ってるぜ?
でも御坂妹とか乱入してきてそれどころじゃなくなったな……。一端欄祭のお前のメイド姿。なかなか似合ってた。
トールとか、フロイラインとかで滅茶苦茶になったってけな」
起きない彼女に語りかける上条。
「楽しかったよ。悲しかった事もあったけどな」
*
「はぁ」
朝、上条当麻は自室で目を覚ました。
風呂も入ってないし、ご飯も食べてない。インデックスは小萌に預けたのだが。
この世界に彼女は居ない。もう帰ってこないのかもしれない。
アイツなら、電話したら焦った様子で出るだろうか?
上条は彼女の電話番号を入力していく。そんな可能性に掛けている自分が情けなくなってきて、携帯電話を
放り投げてシーツを涙で濡らした。
声は出さない。それが男だ。
恥ずかしいというプライドなのか?
「目を覚まさないのか?なぁ御坂。お前ともう笑え逢えないのか?」
恋、なのかは怪しい。
だが、昨日我慢していた分が今出てきたような気分だ。
上条は朝食を食べる気にもなれず、パジャマを投げ捨てた。
グシャグシャに脱いでいた制服に袖を通して、投げた携帯電話を拾った。
そしてポケットに携帯電話を突っ込んだ。
「またきたよ」
彼女の病室を再び訪れた。
昨日と同じ光景、ではなかった。花が変えられていた。
昨日は青い花。今日は黄色い綺麗な花。
上条は手に持っている紙袋を机の上に置いた。その中には新発売と大売出ししていた『ゲコ太人形』。
欲しい、と前々にいっていたのを思い出して買ってきたのだ。
「ほら、ゲコ太とピョン子が手を繋いでる人形。もうすぐ誕生日だからさ。これプレゼントしようと思ってたんだ。
その前に渡しとくよ」
上条はパイプ椅子に腰掛けた。
彼女は安らかに眠っている様に寝息を立てていた。
今日、勉強も何もかもが手につかなかった。こんな生活を彼女に見られたら喝を入れられるだろうか。
上条はゲコ太とピョン子の人形を彼女の隣りにおいて学生鞄を持った。
「なぁ俺がここにいるのはお前のおかげなんだ。最強の一方通行のプラズマ攻撃を退けてくれたのはお前と御坂妹
のおかげなんだ。今回だってそうだ。でもさ、お前が元気じゃなかったら助けられた俺はどうすりゃいいんだ。
なぁ、罪悪感だらけじゃねーか。あんな兵器、くらっても”ここ”でピンピンしてたって。なんで庇ったんだ」
返事はない。
ははっ、と自嘲しながら病室を後にした。
*
「あれ、また花が変わってる」
彼女が昏睡状態になってから既に二年が経過していた。
初春飾利も佐天涙子も白井黒子もあの頃の彼女を越して三年生だ。
未だ彼女は『二年生』。
初春は一週間に一回のペースで訪れていたが、来るたびに花が変わっていた。
そんな呟きを聞いていたのか、ひとりの看護師が言った。
「ああ、そこの花は上条さんっていう人が毎日来て変えてるわよ」
「えっ、あの人が?毎日来てるんですか?」
「ええ。面会時間ギリギリに来て数分だけその日の出来事を話して帰ってる」
初春は苦笑した。二年前、誰もが泣いていたこの病室で一人だけ放心しながら壁にもたれかかっていた人。
ツンツン頭の高校生。
彼女の隣には今年に発売した新作ゲコ太の人形が置かれていた。
ああ、と初春は納得した。この前彼女の誕生日だったのだ。だからこの人形が置かれていたのか。
それにしても……
「上条さん、御坂さんの事好きだったんでしょうか」
初春は呟いた。
「可能性はありそうだよね。ホントはあたしたちも来なきゃいけないんだろうけどさ」
「まぁ忙しい身ですし。ただ、上条さんには感服しなければなりませんね」
*
「美琴ちゃん」
彼女の母親である御坂美鈴が訪れた。
時期は春。
やっと大学も卒業し、時間に余裕を持てるようになった。
学園都市に来るのは一苦労だが、ここ何ヶ月か訪れていなかったのでいい時期か、と訪れたのだ。
ここへ来る途中、上条の事を聞き感謝していた。
「美琴ちゃん、上条君。毎日来てるんだって?よかったじゃない」
娘の恋は応援したい。
美鈴は小さなバッグから彼女の好きだったゲコ太ストラップを取り出した。
「あれ?」
彼女の隣に置いてある人形は、この前ネットで一万円近くしていたモノだ。
少しホコリが被っていたりして、数ヶ月前に置かれたものなのだろう。
昏睡時は身長も伸びるのだろうか?と最後に見た元気な娘の姿を思い浮かべながらペタペタと体を触った。
あの頃と何も変わらない。身長も、体型……は少し細くなったか。
「上条君によろしくね?」
美鈴は病室を去っていった。
一枚の紙を残して。
「御坂、顔色良さそうだな」
上条当麻のこの行動は日課となっていた。
今日は彼女の誕生日だ。
恒例のゲコ太人形。
しかし毎年同じだと面白くないので、今年はすこしアレンジを加えてピョン子人形に自作の常盤台制服と
ミニウィッグを被せて、ビリビリの装飾をつければ彼女の姿。
その隣りに、自分の姿を模したゲコ太人形を置いた。
何を、女子中学生か。と自嘲しながら彼女の隣に置いた。上条ゲコ太をバッグの中になおして。
「ああ、そういえば。俺、黒田関東国際大学に入ったんだ。すげーだろ。超有名校だぜ?」
黒田関東国際大学というのは学園都市でも有数の大学のトップクラスだ。
早稲田大学とかラ・サール学園みたいな存在。
公立大学だが。
「死ぬ気で勉強したよ……、俺さ。常盤台の教師になろうと思うんだ」
常盤台は男子禁制の場だが、男性教師は居る。
それを疑問に思うものなどいない。
常盤台レベルとなると、黒田関東国際大学レベルでないと無理らしい。
「何で常盤台かというとな、お前の居た学校を見ていたいんだ。本当は医者になりたかったんだけどな。
やっぱり、教師になる。起きてきたお前に、勉強を教えられるように」
あれからもう三年を過ぎた。
上条は、パイプ椅子に腰掛けてバッグの中からお茶を取り出した。
そうだ、と思い出した様に花を交換する上条。
上条は18歳。今年で19だ。
「お前は高校二年生だったか。早いもんだな」
罪悪感は消えたワケじゃない。
しばらくして、上条は今日あったことを楽しそうに話す。
「おっと、もう帰らないとな。明日も来るわ」
返事はない。これまで返事が返って来たことなんてない。
でも上条はいつか起きると信じて、話しかけ続ける。
彼女が寂しくないように。上条自身も寂しくならないように。
*
「御坂の親父さんに初めて会ってさ。一発殴られたよ。『お前のせいだとは言わんが、一発だけ殴らせてくれ』
だってさ。本当に、美鈴さんももっと責めれば楽になれるんだけどな。あんな手紙まで残して」
上条は自嘲した。
あんな手紙というのは随分前の美鈴が残していってものだ。
あれで助かったのか、それとも逆に責められたのか。
それは書いた本人にしかわからない。
「なぁ、アレは俺の問題だったんだぞ?学園都市からすれば不幸の元凶は俺だ。邪魔なのはわかるだろ?
でもな、アイツ等は俺を拉致して監視しておきたいだけなんだ。お前はレベル5でもひとりの女の子なんだ。
たとえ超電磁砲と恐れられても、あの兵器群に勝てると思ったのか?」
今でも脳裏に浮かぶ空をも埋め尽くす膨大な兵器群。
その殆どが無人兵器。六枚羽や無人型ファイブオーバー『レールガン・インライン』
木原の特性を搭載した『木原性無人戦略兵器、フィルタメント』。
そんな超最新鋭の兵器に一人で立ち向かった少女が彼女だった。
「なぁ、御坂ぁ……っ」
*
「今日で五年目かぁ」
上条は二十一歳になった。
彼女は十九歳のはずだ。しかし、彼女の年齢はずっと十四歳で止まっている。
この何年かは、彼女にも変化がなく、上条にも変化がない。
久しぶりにインデックスじゃ上条宅に訪れてきた。あの事件以来上条にはもうインデックスを養える
程の力も気力も無かった。
魔術サイドに干渉しなくなり、その幻想殺しを殆ど使うことなく五年を過ぎた。
薄情な人間になっただろう。困った人は助けた。助けられる位置にいたので助けた。
しかし、今は『助ける事が出来ても、助ける事をしなくなった』。
出来なくなった。余計なことをすれば、また不幸になる人間が増える。
「くびったけだな。お前に」
上条は自嘲した。心なしか彼女の顔が強ばっている様に見えた。
こんな状態を見れば、彼女は怒るだろうか?失望するだろうか?
もう、女性にも興味がなくなった。アダルトなサイトを見ることもないし、興奮することも無くなった。
男としてどうなんだ、と思うがもうどうでもいい。
大学も、最近はサボリ気味だ。
あの心意気は消え、ただ虚しくなるだけ。
「俺が死ねば、お前もついてくるか?」
シャーペンの先端を彼女の首元に突きつけた。
誰かが見れば、勘違いするだろう。
それもまたいい。この際留置場で一生を終えるのも良い選択だと思ってしまう。
「超電磁砲……、御坂美琴」
人生は甘くない。彼女が起きることなんてなかった。
アニメなら、漫画なら。起きるんだろう。ハッピーエンドだ。
「じゃあな……、そういえば。もうすぐ誕生日だったな」
*
「御坂、昨日ぶりだな」
シャーペンを突きつけた日を思い出した。
随分前の事だ。あれから、一度美鈴と会っていた。
美鈴は『延命措置を切って、楽にさせてやろうと思ってる』と言った。
上条は、もう大学なんてどうでもいいと思うようになってきた。
人生でさえも。最近、自分のせいでこんな事になったんだと思うことがある。
「なぁ御坂、どうすればいい?」
返事はない。
「このままだと、お前は死ぬぞ。それまでに起きてこいよ……」
上条は寝息をたてる彼女のベッドに顔を伏せた。
罪悪感と虚無感に見舞われる。
彼女をこんな風にした罪悪感と起きない彼女に対して持っていた夢が崩れていく。彼女というピースが
散らばっていくような。手元にはなにも残らない虚無感。
「お前が起きなかったらどうすんだよ……」
そんな事を想いながら寝顔を見ていた。
「お姉様、まだ寝ていたんですね」
同じ顔をした少女が病室に訪れた。
彼女のクローンである少女は既に彼女よりも身体的にも精神的にも成長していた。
「最近、あの少年に喝を入れました。『あなたが元気にしていなかったら助けたお姉様が不憫ではないですか!』と。
ガラじゃなかったですね、とミサカは自嘲します」
見慣れた常盤台の制服ではない。
有名なブランドのTシャツにスカートをはいていた。
上条とは違う大学に出て、医者になる為に奮闘している。
「ああ、お姉様。あの時の黒猫はとても大きくなりましたよ。電磁波にも怯えなくなりました。
お姉様が起きたら一度触ってあげてください、とミサカは涙をこらえながら微笑みます」
少女は、黒い鞄を持ち直した。
その鞄の中から数年前に上条が作った上条ゲコ太人形を取り出して、机の端に置かれてある御坂ピョン子人形の
隣に置いた。
数年前に上条から譲り受けたモノだった。
人形同士の手を繋がせる様に両人形にあるマジックテープで貼り付けた。
「意外に、器用なんですね。あの少年は」
少女は彼女に一礼して病室を出た。
*
「こんにちは、御坂さん」
「顔色よくなりましたね」
佐天涙子と初春飾利。
高校も卒業間際だった。しかし、未だ彼女は中学生。
「ああ、私。統括理事会から紹介を受けて統括理事の書庫の管理人を務める事になったんですよ」
初春の卓越した情報探索スキルが買われたらしい。
学園都市最大の防御力を誇る書庫をも上回る風紀委員の詰所。
そんなバカバカしい噂が調査されて――
「あたしはこのまま就職かな。旅行会社に務めるんですよ。それほど大きくないですけどね」
佐天はあの四人のなかでも平凡だった。
だから就職先も普通で、普通にOLになるのだ。
「白井さんは確か、教師になるんでしたっけ?なんとか大学に行くとか」
それも常盤台の、と初春は付け足した。
「それにしても、上条さんも律儀ですね。毎日、来てるんですよね」
佐天は何度か上条と会った事があった。
面識がないのは初春だけだった。
「超電磁砲は未元物質や、一方通行とは違い計画に関係していないからそれほど用はないんだけどな」
男か、女か。わからない体型に長い髪の毛をした者。
学園都市の統括理事長であるアレイスター=クロウリー。
その計画とやらは『超電磁砲が昏睡状態』になった事で完全に破綻してしまった。
上条当麻がインデックスを手放し、正義というポジションにたっていた彼は普通の人間へと成り下がった。
計算外、その一言だった。
「あの医者の手を使っても起きないとはな。超電磁砲」
*
「おう御坂。この前『黒田国大』で白井を見つけたぞ」
黒田関東国際大学を短縮した呼び方だ。
白井黒子もまた、と常盤台の教師になるために黒田国大に入学していた。
上条は御坂妹に喝を入れられた事により、若干調子を取り戻し、サボらずに学校に通っている。
「周りがレベル4とかばっかりでさ。レベル0の俺は異端者に見えるらしい」
今日もまた、出来事を話していく。
今年の誕生日プレゼントはゲコ太人形ではなく、一冊の本。
中には色んな人のメッセージが書かれていて。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあな」
*
『上条君へ、私は貴方を恨んではいない。
美琴ちゃんなら、そうするってわかってた。ここで君を責めたら美琴ちゃんに怒られる。
君は何度か美琴ちゃんを助けてたみたいね。
夫が言ってた。『美琴が生きているのは上条当麻君のおかげだ』って。
妹達とか、レベル6とかよくわからないけど、ありがとう。
だから、今回の件はそのお返しなのかな。
美琴ちゃんはもう『二度と目を覚まさないらしい』。
目を覚ます可能性は僅か0、0001%にも満たない。このまま、起きなかったらあの子を楽にしてあげる。
もう、これ以上無理に延命させる意味はないから。
こうは言ったけど、やっぱり夫も私もどこかで君を恨んでるんだとおもう。
君が美琴ちゃんと同じ状態なら他人事だったかもしれない
許して欲しい。こんな母親だけど、美琴ちゃんは』
(四年前に美鈴が残した手紙の一部より)
*
「御坂、俺。教師になったぞ」
上条は二十三歳。
大学を卒業し、すぐに教員免許をとって常盤台の新規教師となった。
ついでなのか、上条は警備員にも入ってスキルアウトからは『無能力者の立場になって接してくれる最強の兄貴』
といった存在になっていた。
まだ常盤台に入って数ヶ月余りだが、生徒は良い子ばかりだし、教師は楽しいものだと感じさせてくれる。
「ああ、この前初めて初春さんと会ってな。いい人じゃないか」
上条はパソコンに詳しくないのでレクチャーして貰ったのだ。
このご時勢、パソコンは必要な技術らしく、学生時代貧乏な上条はパソコンを持っていなかった。
携帯電話も数年前にスマートフォンに総入れ替えしたというのに、あのタッチが慣れないといって
今もガラパゴスケータイ、略してガラケーを使っていた。なんとも古い人間だ。
待ち受けは勿論、高校時代に彼女と撮った写真。
彼女さん?と聞かれることは少なくない。
「おっと、今日お前の誕生日だったな。誕生日プレゼント、今年は……」
後々に番外個体(ミサカワースト)から聞いたハワイの一件を思いだし、わざわざハワイのオワフ島に出向いて
キューピッドアローの本店で一つの指輪を作ってもらっていた。
特注品、そう呼ぶにふさわしい。
質素な指輪に付けられているのは数カラットのパール。
それ程高くないが、そのパールにはある工夫があった。
最近、ロシアのシベリア付近で発見された『トランベル・ダイヤ』という宝石を混ぜてある。
この『トランベル・ダイヤ』は特定された電磁波を吸収して、その鉱石を光らせるというものだ。
わずか10グラムで100万円。パール単価で13万円だ。
「ほら、特定の電磁波はお前にしてあるから。お前が電磁波を流すとこの指輪が光るんだ」
つい最近まで一学生だった上条にこれほどの事なんて出来るはずもない。
しかし上条は『必要悪の教会』や『ローマ正教』の依頼を受け持って敵勢力の霊装の破壊を行ったりと一時期だけ
便利屋となり金を稼いでいた。
「サーシャがいなかったらこのダイヤは手に入らなかったな」
指輪のケースから指輪を取り出して、彼女の右手に嵌める。
上条は満足そうな表情を浮かべ、鞄を持った。
もう面会時間は終わる。
上条は、病室を後にした。彼女がいるこの病院は何度もお世話になった。
「さて、テストの採点しなきゃなぁ」
*
『美琴ちゃんは許してくれるよね。そう思いたい。
上条君に当たった夫もそんな気持ちだと思う。
そういえば、美琴ちゃんは兵器によってあんな状態にされたの?
それとも、誰かにやられたの?そこの真相は君しか知らない。
上条君は、美琴ちゃんの事、どう思ってた?
好きだった?嫌いだった?友達として見てた?君は鈍感だから
私が言っている事もわからないんだろうけど、私は君が美琴ちゃんを見る目は間違いなく。
友達として見てたんでしょう?
不憫でしかたないね。
君は私達からすれば『美琴ちゃん』なの。だから、あの子の分までしっかり生きて。
人生を諦めたりしたら、私は夫は君を憎んでしまうから。
だから、しっかり生きて。美琴ちゃんは来年にはもう死んでしまうから。
私たちがその一言で殺してしまうの。だから君には元気で生きて欲しい。
あの子の分まで。あの子が助けた命だから』
(美鈴が残した手紙より)
「今日、大覇聖祭が終わったんだ。常盤台は長点上機学園に差を付けて堂々の一位だった」
上条は笑った。
「あの時の大覇聖祭は大変だったよなぁ。オリアナ=トムソンにクローチェ・ディ・ピエトロに。
食蜂操祈に、馬場……だっけか」
チラッと、机の端を見た。
七年間、送り続けた誕生日プレゼントが置いてあった。
ゲコ太人形……ピョン子人形……一番印象的だったのは上条ゲコ太と御坂ピョン子。
誰が置いたか、いつの間にか手を繋いでいた。
ノートはいつか、彼女が起きてきた時に見せればいい。
「俺さ、最近。この仕事にやりがいを感じてきたんだ」
小萌先生が言ってたな、と付け足した。
高校の時の恩師、月詠小萌にこの事を相談すると『それは上条ちゃんが教師に向いていたということなのです。
向いていない人はこの仕事にやりがいを感じないし、子供だって可愛くないのですー』
とか何とか。
警備員でも、悪ガキ共の相手をするのも悪くない。
「スキルアウトも捨てたもんじゃないんだ。一人ひとりちゃんと悩みもあるし、傍若無人に振舞ってても色々あった
りするんだよ」
上条は今晩もまた、面会時間ギリギリまで最近あった事なんかを話していく。
*
「なぁ御坂」
上条は、いつもより早めにここに訪れた。
まだ日も暮れきっていない。
鞄を地面に置くと、相変わらず同じ表情で寝息を立てる彼女へ視線を向けて言った。
「俺さ、いままで何か心のつっかかりがあるなぁって思ってたんだ。
その正体がやっとわかったんだ。
いつもさ、俺はお前に助けられてきた。でもな、あの時。俺のせいでお前はこんな風になった。
なんでだ、なんであそこで……、俺を。あのトラックから庇った」
超電磁砲に一方通行が兵器群から上条を守っていた。
しかし、一台の大型トラックが故意なのか偶然なのか上条へ突っ込んできた。
キャパシティ・ダウンが発動していたのか上条を突き飛ばし、彼女だけが大怪我をした。
それ程外傷は目立たなかった。
でも脳内へのダメージが大きくて、昏睡状態となった。
「俺さ、多分だけど。お前の事が好きなんだ。
最近出た『答え』だけど、ずっと『思ってた』んだ。
鬱陶しいビリビリ中学生だと思いながらも本当は楽しかったのかもな。
もう一度だけいうよ、好きだ。御坂」
上条はスッキリした様な表情を浮かべて立ち上がった。
その時だった。
コンクリートを削るように低く、ガラガラとした声で、なによりも聞き覚えのある声が上条の耳元に入ってきた。
「ば……か…、」
「ッ!?」
急いで振り向いた。
彼女の目からは一筋の涙が。
上条もそれにつられて、涙を流していく。
「おそ……、いっ……て…、の。よ」
声がうまく出ていない。
しかし、ハッキリとわかった。この声は『御坂美琴』だと。
「み、御坂……ぁ?」
「上条……、ど……。うま……?」
「お姉様……?」
「御坂さん……」
「美琴ちゃん!」
「美琴ッ!!」
「お姉様が……起きた?」
「はァ?こりゃすげェ奇跡だ。涙が出てきたぜェ」
「お姉様ぁーってミサカはミサカは涙を流しながらダイブしてみたりーっ!!」
「まさか、起きるとはね。僕でも不可能だと思っていたのに」
それぞれ、想いの言葉を言っていく。
隣には涙を流している上条当麻の姿が。
「上条さん、よかったじゃないですか。御坂さん起きましたよ」
「ああ、本当にっ、よがっだぁ!」
周りが上条に感化されて涙を流していく。
悲恋、そんな言葉はもう彼らの仲には似合わない。
御坂は右手にはめられていた指輪をそっと触れて、あたりを見回した。
欲しい、と言っていたゲコ太人形に記憶になりゲコ太。
「御坂さん、アレ全部。上条さんが買ってきたんですよ。毎日、ここに通い続けて」
「……本当?」
「ええ、ホラ。これを見てください」
一冊のノートを御坂に渡した。
その中には手紙の様に、書かれていた。
『御坂さん、これを見てるって事は目覚めたんですね。上条さん、毎日ここに通ってますよ?初春飾利』
『御坂さん、佐天です。普通の高校に進学しました。上条さんってすごいですね。佐天涙子』
『お姉様。黒子はお姉様が居なくなってから必死に勉強して黒田大学に入れるところまで来ましたの。白井黒子』
『美琴ちゃん、ママはね美琴ちゃんがこれを見る事が何よりの幸せになるの。上条君って凄いわね。御坂美鈴』
『美琴、パパは滅多に家に帰れないけど、一度とて美琴ちゃんの事を忘れたことなんてないよ。御坂旅掛』
『お姉様、ミサカはお姉様とあの少年によって救われました。今度はミサカがお姉様を救う番です。妹達代表10032号』
『お姉様、ミサカはミサカはお姉様の事が大好きだよ。打ち止め(ラストオーダー)』
『俺はてめェが大嫌いだ。だけど、アイツ等が悲しむのは我慢ならねェからキチンとしろ。一方通行(アクセラレータ)』
『初めて出来た友達が貴女でしたの。だからこの婚后光子を悲しませないように復帰してくださいね。婚后光子』
『俺はお前をどう思ってるんだろうな。でもさ、悪い奴じゃないのは知ってる。多分、お前の事――。上条当麻』
お前の事――の先はボールペンで消されていた。
シーツは涙が染み込んで滲んでいた。
御坂の目からは大量の涙が、そして。
「ねぇ、アンタ」
「なんだよ、御坂」
「私さ、アンタ……上条当麻の事が好きです。だから……」
「ああ、俺もお前の事。大好きだよ」
―――End