White Message
バレンタインデー。
2月14日に祝われ、世界各地で男女が愛を誓い合う日とされている。
また日本では、女性から男性に告白する日とされており、その際チョコレートを送るのが一般的となっている。
そしてここにも、バレンタインに翻弄される、恋する乙女が一人。
(どどどどうしよう!! 作っちゃった!! 作っちゃったけどホントにこれ渡すの!!?)
彼女の名前は御坂美琴。
学園都市の最高峰レベル5の能力者ではあるのだが、
その性格は好きな相手に素直になれない、一介のツンデレにすぎない。
だが今日は違う。
その手に握り締めるは、いわゆる『本命チョコ』だ。
手作りのハート型のチョコに、ご丁寧にもホワイトチョコで『大好きです♡』とメッセージまで書かれている。
例え相手がどれだけ鈍感だろうと、ここまで直球ならばさすがに気付くだろう。
普段の彼女なら、恥ずかしくてこんなメッセージを入れられないが、
このチョコを作ったのは昨日と今日にかけての深夜だった。
何故そんなにギリギリになったのかは、彼女がさんざん作るか作らないか迷ったからなのだが、
(ちなみに、友達や学校の先輩後輩などに渡す分は、市販の物を大量に購入してある)
ある種、それが功を奏した、とも言える。
(あああああもう!!
深夜の変なテンションのせいでこんな事書いちゃったけど、コレどうすりゃいいのよおおおぉぉぉ!!!)
朝になって冷静に考えてみたら、とんでもない事をしてしまったと気付いたようだが、後悔は先に立ってはくれない。
かと言って作り直す時間は無いし、せっかく作った物を渡さないのもどうかと思い、
結局答えのでないまま、とりあえずラッピングしてそのまま持ち歩き、今に至るのだ。
(…やっぱり、渡さない方がいいかな……こんなの渡したら、私の気持ち気付かれちゃうし……
で、でで、でももし、アイツがこれ見て『嬉しい』って言ってくれたら…そ、そしたら……)
チョコを握り締める力が強くなり、頭から若干パチパチと漏電し始める。
自分から妄想したくせに、「ふにゃー」寸前だ。
一方、あちらからどんよりとした空気を背負い込む少年が一人。
「はぁぁぁぁ……不幸だ……」
彼の名前は上条当麻。
訳あって不幸な体質と、異能の力を打ち消す右手を持つ少年だ。
彼が深く溜息をつく理由は勿論、
「やっぱなぁ…そりゃ俺なんかがチョコ貰えないよなぁぁ……」
本日、チョコレートを一つも貰えなかったからだ。
いや、正確には彼にチョコを渡そうとした女子は、何十人、何百人といたはずなのだが、
彼の持つ凶運と、青髪ピアスを筆頭とした「モテない男子軍団」の妨害により、結局誰も渡せなかったのだ。
それなのに何故美琴だけ渡せるのか、それはまぁアレだ。ご都合主義というヤツだが勘弁してもらいたい。
「ははっ…まぁいいさ……別に今、甘い物とか食いたくねーし……」
自分にそう言い聞かせながら、トボトボと帰り道を歩いて行く。
そしていつもの公園に差し掛かった時、彼は見慣れた少女の姿を見つける。
「あれっ、美琴? こんなとこで何してんだ?」
「にゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
心臓が飛び出る思いとは正にこの事だ。
まだ妄想の世界から帰ってきていなかった美琴は、急に話しかけられたせいで変な雄たけびを上げる。
「ど、どうした!?」
「どどどどどうしたじゃないわよ!!! あーーー、ビックリしたー……」
「いや、そんな驚かす事はしてないと思うんだが……それより何でこんなとこで、ボーっと突っ立ってたんだ?」
「えっ!!? そ、それは…その……アア、アンタが来るのをま、ま、待ってたのよ!!」
「俺を? 何で?」
「何でって…そ、それ…は……だから……」
美琴は綺麗にラッピングされたその箱を、上条に差し出した。
どうやら度重なる妄想【シミュレーション】の末、覚悟が決まったらしい。
「こ、こ、こ、これ!! きょ、きょきょ今日はババ、バレン…タインだから……」
「もしかしてチョコ!? しかも俺に!?」
上条にとっては、思いもよらないサプライズだ。
それはもう、小躍りでもしそうな勢いだった。たった一個とはいえ、『0』と『1』では大きな違いがある。
「サンキュー! すげー嬉しいよ! さっそく開けてもいいか!?」
「まままま待って!!! ああ、あ、開けるのは私がいなくなってからにして!!!」
「えっ、何で?」
「いい、い、い、いいから!!!」
さすがに、『アレ』を見た上条がどんなリアクションを取るのか、それを目の前で見れるほどの勇気はない。
「い、い、い、いいわね!!? 私がいなくなって、最低でも5分経ったら開けなさいよ!!」
「わ、分かったよ…」
そう捨て台詞を残し、美琴は全速力で駆け出して行った。
上条も上条で、寮に帰ってからじっくり開ければいいものを、言われた通りその場で律儀に5分待つ。
「…っし! じゃあ開けてみるか」
プロがやったんじゃないかと思うほどの、美しいラッピングを解き、
これまた破くのが勿体無いほどの、しわ一つない包装紙をはがす。
そして真っ白な箱を開けてみるとそこには………
「こ…これ、は……………
何これ…?」
そこには、真っ黒な液体がなみなみと注がれていた。
実は、先程握り締めていた時の手から伝わった体温と、漏電した時の電熱により、
中に入っていたチョコレートは、無残にもドッロドロに溶けてしまっていたのだ。
だがそんな事を知らない上条は、
「ま、まぁ今日は冬にしてはちょっと暖かかったもんな…?」
と、精一杯のツッコミを入れたが、その言葉は虚しく空気に溶けるだけであった。