春、来たれり
春、始まり | の関連作です。 |
今日は3月14日、運命の日。
とびっきりのお返しと宣言されたホワイトデー。
普段は、連絡を取って日取りを決めたりするのは美琴の役割。と、いうか美琴から積極的にアプローチしないと関係を持続できないと思っていた。
そうしないと一人で何処かへ行ってしまう危うさがあった。
それが、美琴の卒業式の翌日、上条の宿題の手助け(提出できないと留年の危機)をした日、攻守を変えてしまった。
まるで第二次大戦のフランス軍のよう。積極防衛のつもりが予期せぬ方向から攻められ、戦線はズタズタ。
考えとく、としか答えられなかった。
そして今回ばかりは上条からのご指定の場所での待ち合わせ。どこで仕入れた情報なのかシャレた喫茶店。
美琴はいつものように待ち合わせ1時間前にここで待っていた。
幸福な一時。ヤキモキするのも恋のスパイス。
そんな気分を味わう時間。
恋に恋する年頃と人は云う。確かにそうだろうと美琴自身思う。
しかし、そういう心境から抜け出しているとも思う。上条を繋ぎ止めたい、とか独占したい、とか無いとは言わないが上条を束縛するつもりは無い。
自分のままならない感情をぶつけるつもりも無い。
妨げになる、困らせることになる。
それでいて微妙なラインを保つ、いや絶妙な位置を確保する。上条の背を追い、並び立つために。
そんな風に思うようになっていた。
ただ、恋心とは複雑なもの。
待つ時間が楽しい、そのために待ち合わせ場所に早く来ていた。
美琴「待ち合わせの時間まであと30分か、アイツが来るまで一時間はあるわね」
そっと紅茶を口に運ぶ。
美琴「ホントどこでこの店を知ったのかしら」
紅茶の香りも味わいも一級品だった。
美琴「……どういうつもりなのかな?」
わからない。
一年以上美琴は上条を見て来た。上条という人物を誰よりも理解していると自負できる。
その分、辛さもあった。が、あれは誰だったのだろうか、美琴が知る上条ではなかった。
一級フラグ建築士ながら、女の人からのアプローチに気づかない天然スルースキルの持ち主。
女性との進展など見込めない筈。
それが、
顔が上気する、火照ってくる。
美琴「だ、」
美琴「だめ」
美琴「だめだめだめだめだめ」
美琴「期待したりしたら絶対、裏切られるんだから! アイツが、あの唐変木が、あの鈍感がそんな訳ないから!」
美琴「だめよ」
随分な云いようである。
「何がだめなんだ?」
まだ現れるはずのない声がする。
待ち合わせ時間まで30分。平均遅刻時間からすると一時間。
美琴「空耳?」
上条「おーい、御坂。俺はここにいるぞ」
声がする方を見る。
美琴の斜め前、向かいのイスの背に手をかけイスを引こうとしている上条がいた。
美琴「なんで?」
上条「待ち合わせしてるのに、なんではないだろ」
イスに腰を下ろす上条。
美琴「て、なんで時間より早いの?」
上条「こっちから誘っといて遅れるような失礼なことはしませんのことよ、上条さんは」
美琴「ウソよ、そんなのアンタじゃない」
向かいに座った上条を凝視する美琴。
美琴「本物?」
上条「どっからどこまで見ても上条さんですよ」
美琴「……海原じゃないでしょうね?」
上条「疑り深いなー…………試してみるか?」
美琴「試す?」
上条「ほれ」
テーブルの上に握手をするように右手が差し出される。
美琴「ほれって、ナニよ?」
上条「ここで御坂の電撃を消すわけにもいかねーだろ、代わりに御坂が俺の右手を握って電気を流せなかったら本物の俺ってことだ」
美琴「あっ、そーか」
上条に促され、美琴はその手を握る。
異能の力を打ち消し、何度となく人々を救ってきた右手。固い男の手の感触。
力を込める、キュッと握りしめる。
電気は流れない。
美琴「な、流れないわねぇ……ほ、本物ってこと」
テーブルの上で手を握り合わした格好。
上条「御坂の手は柔らかいな」
ハッと気づく、何をしているのか。
美琴「へっ? ちょっ、手を離しなさいよ」
力を込めてるのは美琴。
上条「握ってんのは御坂だぞ」
慌てて手を引っ込める美琴。
美琴「ど、どうしたのよアンタ、この前からおかしいわよ?」
上条「そんなにおかしいか?」
美琴「間違いナシにおかしい!」
上条「上条さんは上条さんのつもりなんだがなー……もし、御坂の目に違って見えるなら、それは……決めたんだ」
美琴「……………………はぁ? 答えになってないような」
上条「それより、これ」
ラッピングされた袋を取り出す。
とびっきりのお返し、その品。
しげしげと見つめる美琴。ペースを握られ何故か不愉快。
上条「開けてみて良いぞ」
美琴「いいの?」
綺麗に包まれたラッピング、それだけで一つの作品という感じがする。眺めていたい気もするが、上条にこれができたとも思われない。
誰かに手伝って貰った可能性が高い、と思うと開く手に力が入りかける。
見透かされないように包みを開く。
手造りには手造りをということか。
市販品にはないテイストがある。世界で只一つの一品、美琴だけに与えられた一品。コレクターである美琴には一目でわかる。
美琴「ゲ、ゲコ太。それにピョン子まで」
ゲコ太とピョン子を模したクッキー。少しもいびつなところが無い、市販品の型抜きを使ってもこうはいかない。
それにゲコラーには分かる、使われた型抜きは市販品ではない。
美琴の目が輝く。星でも飛び出そうである。
上条「とびっきりと言ったろ?自炊生活ウン年の実力見たか!」
美琴「これ、アンタが?」
上条「型抜きだけは頼んだけどな」
美琴「やっぱり、こんなの見たことないもの……特注したの?」
上条の懐具合が常に厳しいのは知っている。
上条「まーな」
美琴「無理したんじゃないの?」
手造りで安く仕上げるとは逆方向、より高くついているに決まっている。
上条「手造りってだけでも喜んでもらえると思ってたけどさ、御坂には誠意を見せんといかんと思ってな。ずっと準備してたんだ」
美琴「せ、誠意」
上条「名前で呼んで貰うにはな」
美琴「え、えーと」
上条「俺だって一年前と変わらんわけじゃねー」
見誤っていたのか?
日常を過ごし変化に気づかなかったのは美琴なのか?
上条「これからは名前で呼んで貰いたいんだ」
美琴「…………う、うん」
『とうまは『青い鳥』の寓話を知ってるのかな?』
『それぐらい知ってるわ、舐めんなよ。幸せは近くにあったってヤツだろ』
『とうまの幸せは?』
『……手を伸ばしても良いのか、俺は』
『とうまは私を守ってきてくれた。でも、もういいかも。とうまが幸せを願っても』
『迷惑じゃ』
『誰がとうまの背を守り、並んで戦ってくれたのかな? 応えてくれるよ、きっと短髪は』
『すまん』
『いいんだよ、私だって諦めたわけじゃないもん、将来はわかんないかも』
待ち合わせの喫茶店。上条が入り口をくぐると既に美琴が席に座っているのが見えた。
何かブツブツ呟いている、上条が入ってきたことにも気づかない。声をかけられる雰囲気でもない。
上条(えーと、まだ時間まで30分もあるんですが? 絶対今回は俺の方が早く到着したと思ったんですが?)
上条が遅刻するたび美琴は言っていた。
『どうせ遅れてくるのわかってんだから、私も時間ギリギリに来るようにしてんの』
上条(ウソだったんだな)
今日ばかりはと思い何時もより一時間早く出立した、それでも何時ものごとくアクシデントがあり、30分前という時間になってしまった。
上条が席に近づくと
美琴「だめよ」
上条を見ず、否定の言葉を呟く。ズキリと胸が痛むが勇気を振り絞り、
上条「何がだめなんだ?」
何がだめなのか聞いてみる。
美琴「空耳?」
返ってきたのはすっとぼけた言葉。
上条「おーい、御坂。俺はここにいるぞ」
自分の存在を示してみる。ようやく美琴が上条に初めて気づいたかのように見る。
上条は美琴の向かいのイスの背に手をかけイスを引く。
美琴「なんで?」
美琴はなんだかビックリした顔。
上条「待ち合わせしてるのに、なんではないだろ」
イスに腰を下ろす上条。
美琴「て、なんで時間より早いの?」
上条「こっちから誘っといて遅れるような失礼なことはしませんのことよ、上条さんは」
美琴「ウソよ、そんなのアンタじゃない」
美琴に見つめられる上条。緊張する。
美琴「本物?」
上条(どんだけ遅刻魔と思ってんだよ……ご、ごめんなさい)
上条「どっからどこまで見ても上条さんですよ」
美琴「……海原じゃないでしょうね?」
上条「疑り深いなー(し、信用ねーな。な、なんとかせねば!そ、そうだ!!)試してみるか?」
美琴「試す?」
上条「ほれ」
テーブルの上に握手をするように右手をだす。
美琴「ほれって、ナニよ?」
上条「ここで御坂の電撃を消すわけにもいかねーだろ、代わりに御坂が俺の右手を握って電気を流せなかったら本物の俺ってことだ」
美琴「あっ、そーか」
美琴がその手を握る。
キュッと握りしめてくる。
上条(うああああああああああ、何という破壊力ですか!かかか上条さんはこのまま死んでも本望です)
美琴「な、流れないわねぇ……ほ、本物ってこと」
納得してくれて一安心、でもなく心臓がバクバクしている。
上条「御坂の手は柔らかいな」
思っていたことがそのまま口に出てしまった。
美琴「へっ? ちょっ、手を離しなさいよ」
上条(このまま握っていて欲しいんだが)
上条「握ってんのは御坂だぞ」
顔を真っ赤にして手を引っ込める美琴、心臓の動悸は治まるがなんとも名残惜しい。
美琴「ど、どうしたのよアンタ、この前からおかしいわよ?」
上条「そんなにおかしいか?」
美琴「間違いナシにおかしい!」
上条(ショックだぁ!くっ)
上条「上条さんは上条さんのつもりなんだがなー……もし、御坂の目に違って見えるなら、それは……決めたんだ」
上条(そう、決めたんだ。もう幸せを掴んでもいいよな)
美琴「……………………はぁ? 答えになってないような」
上条(答えてくれるよな)
自信がなかった、美琴が一緒の高校へ通うと言うまでは、自惚れかもしれない。
上条「それより、これ」
ラッピングされた袋を取り出す。
とびっきりのお返し、その品。
隣人の義妹、土御門舞夏の指導の元、包んだ可愛らしい包み。
成功したらしい。目を見張っている美琴に向け、
上条「開けてみて良いぞ」
言葉をかける。
中身も外側に負けない自信作。と思っていてもドキドキする。
美琴「いいの?」
頷くと美琴は包みを開き始める。
包みを誤って破かないように慎重に開いているのか、美琴の指の動きがぎこちなく見える。
そして中身が現れる。
美琴「ゲ、ゲコ太。それにピョン子まで」
感嘆の声。喜びが溢れている。
苦労の甲斐があったと云うもの。
手造りには手造りと決めてあった。それにプラスαしなければ気持ちは伝えらない。
美琴の嗜好に合わすため、まずは市販品を当たってみた。
しかし、しかし、しかし美琴は重度のゲコ太コレクターのゲコラー、ありふれた市販品のゲコ太型抜きではインパクトを与えられない。
美琴の目が輝ている。星でも飛び出そうである。
上条「とびっきりと言ったろ?自炊生活ウン年の実力見たか!」
美琴の喜びようについ自慢したくなる。
美琴「これ、アンタが?」
ここは嘘をついても仕方ない。
上条「型抜きだけは頼んだけどな」
はまづら団に協力を仰いだ。
『大将、困ってんなら相談にのるぜ?』
美琴「やっぱり、こんなの見たことないもの……特注したの?」
そして特製型抜きを手に入れた。
『あァ、そンなもンあれに頼めば作ってくれンじゃねェか?』
上条「まーな」
美琴「無理したんじゃないの?」
常識が通用しない型抜きだった。
『宜しいですよ、ヒーローからの頼みならお作りしましょう。もちろんお代はいりません』
上条「手造りってだけでも喜んでもらえると思ったけどさ、御坂には誠意を見せんといかんと思ってな。ずっと準備してたんだ」
美琴「せ、誠意」
上条「名前で呼んで貰うにはな」
本題である。
美琴「え、えーと」
上条「俺だって一年前と変わらんわけじゃねー」
一時のうちに燃え上がる恋もあれば時間をかけて育つ恋もある。
一緒にいる人、一緒にいたい人、春夏秋冬を過ごしそう思えるようになった。
上条(俺は一人で幸せになりたいんじゃない、美琴と一緒に幸せになりたいんだ)
上条「これからは名前で呼んで貰いたいんだ」
上条(これが俺の精一杯、わかってくれるかな?)
美琴「…………う、うん」
上条「……………………ううん? ダメってことなのか……」
声が細くなり萎れていく上条。
美琴の「ちがっ! よ、呼んであげるわよ当麻って」
美琴「そ、その代わりアンタも私のこと、名前で呼びなさいよねっ! そ、そういうことで……その、いいの?」
上条「そ、その通りです」
4月、上条はとある高校への道を歩いていく。桜が咲いていた。
後ろから上条の名前を呼ぶ声がする。関係が変わった少女の声。
それに応える。
上条「おう、美琴」