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[[イタリア旅行記]]へ戻る ***12月23日 12月23日ミラノ初日。ミラノに到着。とても寒い。東京と同じくらいの気温だと思って、あまり着込んでこなかったが、間違って北海道にきたかのような寒さだ。このままでは、ろくに歩けない。ホテルへ着いたら、早速にでも街へでてなにか上着を買おうと思った。 まずは、空港からミラノ中央駅行きのバスを乗る。ガイドブックにもバスの名前までは乗っていなかったので、はやくもあたふたしてしまった。なんとかマルペンサーシャトルに乗る。すでに6時を回っていたので、すっかり夜だ。見知らぬ国で、いきなり夜の郊外をバスで走るのは、ちょっと不安な気分になる。40分くらい走ると、ミラノの中心街へはいってきたようだ。昨年末、東京駅近辺でのミレナリオを、1時間くらい並んで見物にいった思い出があったので、本場イタリアでのクリスマスのイルミネーションにはとても期待をしていた。しかし、バスからの眺めからは、どことなく寂れた雰囲気のする街という印象のほうが強かった。人気も少なく、建物の明かりもみな消えている。ミラノ中央駅へ着く。巨大なホールを持つ立派なターミナルだ。クリスマスの飾りも質素だが、国鉄で用意したと思われる、大きな赤い垂れ幕は、雰囲気も良く期待感をそそられた。 ---- それにしても初めての国で、ホテルを目指すのはなかなかシンドイことだった。まず地下鉄に乗ることで、ちょっと戸惑う。たいてい切符を買うのに慣れるまでが大変だ。周りに習おうかと思っていても、以外と観光客ばかりなのか、みな戸惑っていたりする。後で気付いたが、自販機はお札の入りが悪いので、ほとんどの人はキオスクのようなお店で買っていた。なんとか乗り継ぎ、レプッブリカに着き、寒い中迷いながら(しかもこのあたりは、全く人気がなく、いったいミラノには人がいるのかと不思議に思うほどだった。)なんとかたどり着いた。 すでに9時を回っていたが、ホテルで食事するのも、つまらないのでドゥオーモまで出る事にした。壮大なドゥオーモ。街の中心にそそり立つその姿はやはり感動的だ。反面相変わらず人の気配がないのが気になる。 ---- 確かに遅い時間だが、パリではもっと大勢の人でにぎわっていたように思うが。広場の一部に、スケートリンクがあり、大音量でBGMを流している。寂しげな広場が、大きな音でよりいっそう空虚に感じてしまうようだった。ドゥオーモの脇のアーケードを歩いていると、デパートがまだ開いていた、9時半頃だったが、日本と違ってこういうところは遅くまで営業しているのだろうか。デパートの前では、怪しげな路上販売が、かなりの数で路面を埋めていた。うろついている人も若くて柄の悪そうな連中ばかりにみえた。その後も何度かドゥオーモ周辺を歩いたが、壮大な建物と広場がある反面、とても治安の悪そうで、危険な雰囲気のする所という印象が強かった。 寒さを凌ぐために、早速上着を探しに中へはいると、デパートの割になんだか、雑然としている。客もそこかしこに座り込み、町中と変わらない扱いだ。デパートですらこんな雰囲気なのかと、ちょっとあきれた。それでなくとも、ドゥオーモのまわりの散らかしようにはちょっと驚いていたのに。ミラノには観光地という意識はないのだろうか。たとえそうだとしても、普段からあんなに汚れていては、街を利用する人のモラルも廃れていく一方だと思う。 すっかり印象を悪くして、目的のピッツェリアにたどり着く。ガイドブックでもおすすめのお店だ。店の中へ入ると、外からは想像のつかないくらい賑わっていた。日本人など一人もいなく、みな店員とも親しげの雰囲気は悪くなかった。ピザの基本であるマルゲリータとトマトソースのパスタを食べる。とてもおいしく、値段も二人で2500くらいと安い。出だしの印象の悪さもやや忘れ、やはりイタリアでの食事には期待できると、はやくも満足。ホテルへ帰り寝る頃には1時を回っていた。時差ボケと、慣れない街での深夜に及ぶ彷徨で、すっかりくたびれた初日だった。 [[イタリア旅行記]]へ戻る

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