夏、欠けた月

「砂糖とミルクはどうします?」

京太郎「あ、ミルクだけ入れてください」

「はーい、ちょっと待っててくださいね」


京太郎「うーむ、わけがわからないままここに通されたけど……」

京太郎「うん、悪くない」

京太郎「かわいいメイドさんがいるってとこが特に」

「あら、それって私のことですか?」」

京太郎「聞かれちゃってました?」

「ふふ、それはもうしっかりと」

京太郎「盗み聞きなんてひどいじゃないですか」

「聞こえちゃったんです。はい、ミルクティーが入りましたよ」

京太郎「あ、どうも」



ハギヨシ「お待たせしました」

京太郎「さっきの執事さん」

ハギヨシ「萩原と申します。先ほどの非礼、お許し下さい」

京太郎「あれですか……というかどうやったのかが気になるんですけど」

ハギヨシ「普通に簀巻きにしただけですが」

京太郎「俺の知ってる普通と違う……」

ハギヨシ「なに、君も少し練習したらすぐできるようになりますよ」

京太郎「簀巻きの練習とはまた斬新な……で、俺が連れてこられた理由ってのを聞きたいですね」

ハギヨシ「そちらに関してお嬢様から話があります。こちらへどうぞ」



ハギヨシ「それではこちらで少々お待ちください」


京太郎「……なんというか、世界が違うな」

京太郎「執事やメイドがいる時点でそりゃわかってたけどさ、この屋敷広すぎ」

京太郎「色々置いてあるけど触るのはやばそうだな」

京太郎「このツボとかいかにも高そうだし」ツンツン


「お待たせいたしましたわ!」バターン!

京太郎「うわっ」ガシャーン


「……」

京太郎「……えっと、ごめんなさい」


「衣ー! 元いた場所に捨ててらっしゃい!」

京太郎「犬扱いか!」



衣「ちゃんと面倒見るから!」

「いいえ! ダメったらダメですわ!」


京太郎「あの、萩原さん? これは一体どういう状況なんですかね」

ハギヨシ「君の処遇で揉めているようですね」

京太郎「なんか捨て犬を拾ってきた子供と、それを叱る母親にしか見えないんですけど」

ハギヨシ「奇遇ですね。私にもそう見えます」

京太郎「ていうかそのまんまな気が……」

ハギヨシ「彼女たちは良くも悪くも世間知らずな面があるので」

京太郎「ツボを割ったのは俺だけど、せめて人間扱いをしてほしいもんです」

ハギヨシ「あれはそこまで高価なものでもないので、あまり気にしなくてもいいですよ」

京太郎「……そのパターンですか。ちなみに値段は?」

ハギヨシ「たしか……五百万ほどかと」

京太郎「やっぱりかー」



「というわけで麻雀をやりますわ!」

京太郎「ちょっと待て、脈絡が全くわからない。そもそも君、誰?」

「わ、私を、知らない……?」ワナワナ

ハギヨシ「お嬢様、お気を確かに」

「そうですわね。寛容さも上に立つ者の義務……いいでしょう」


「私は龍門渕透華。覚えておきなさい」


京太郎「はぁ……あ、俺は須賀京太郎。よろしくな」

透華「は、反応が薄い……」ピクピク

衣「とーか! 衣は早く打ちたい!」

透華「そうでしたわ! あなた、早く卓につきなさい!」

ハギヨシ「お嬢様、まずは説明が先かと」

透華「ええい、じれったい……!」


透華「あなたに衣が興味を持った。私はそれが認められない。だから麻雀で決着をつける……以上ですわ」


京太郎「ちょっと待て全く話が見えない」

京太郎「君が俺を気に入らないのはわかるし、そこの小さな子が興味を持ったってのもいいとして……」

衣「むっ」

京太郎「けど……なぜに麻雀?」

透華「……はぁ」

京太郎「いや何そのため息」

衣「……ふぅ」

京太郎「萩原さーん! 説明ー!」



京太郎「なるほど、その子が俺に何か特別なものを感じたから連れてきたと」

衣「うん。力と呼ぶには弱すぎるが……」

京太郎「よし、帰ろうかな」

衣「だ、だめだっ」アセアセ

京太郎「ダメっつってもね、無理矢理連れてこられた側としてはな……」

透華「帰ると言うなら仕方ありませんわ」ウンウン

京太郎「それじゃ」

衣「あぅ……」


ハギヨシ「……お待ちください」


京太郎「うおっ、また簀巻きか!?」

ハギヨシ「いえ、少しお話をと……お嬢様」

透華「……好きになさい」

ハギヨシ「少し時間をお借りしますが、よろしいでしょうか?」

京太郎「まぁ、ちょっとなら」

ハギヨシ「それではこちらへ」



ハギヨシ「私のわがままを聞き入れていただき、ありがとうございます」

京太郎「あの中では萩原さんが一番話が通じそうですから」

ハギヨシ「君は中々にはっきり物を言いますね」

京太郎「萩原さんも中々だと思いますけど」

ハギヨシ「私はTPOをわきまえていますので」

京太郎「ははは、言うなぁ」


ハギヨシ「……あの離れが見えますか?」

京太郎「見えますけど、あれがどうかしたんですか?」

ハギヨシ「あそこには衣様が一人で住んでおられます」

京太郎「あそこに、一人で? 龍門渕さんと家族なんじゃ……」

ハギヨシ「君も感じたのではないですか?」

京太郎「……」

ハギヨシ「衣様は有り体に言えば普通ではありません」

京太郎「だからああやって離れに?」

ハギヨシ「……」

京太郎「ああ、立場的に言えないってやつですか」


京太郎(それ言われちゃうとな……)

京太郎(やっぱりその手の話だよなぁ)

京太郎(……照ちゃんと同じってか)

京太郎(なら俺にできること、あるかな)


京太郎「麻雀だけでいいんですか?」

ハギヨシ「……ありがとうございます」



京太郎「よう、麻雀やろうぜ」

透華「あなた、帰ったんじゃ……」

京太郎「気が変わった」

衣「……そうか!」

透華「後悔は先にはできませんのよ?」

京太郎「そこらへんは色々慣れてるよ」

透華「はぁ……勝手になさい」


京太郎「さぁ、やろうか……!」



京太郎「――ぐふっ」


透華「……これはなんと言うか」

衣「……弱い」

京太郎「俺、麻雀ちゃんとやり始めて一月なんですけど……」

透華「それにしても――」

衣「――弱すぎる」

京太郎「ぐふっ」

ハギヨシ「お二人共、そのあたりで……」

京太郎「いや、惨敗には慣れてますから……それより――」


京太郎「――敗けっぱなしじゃ、いられない……!」



京太郎「」プシュー

衣「……もういい、わかった」


衣「貴様は正真正銘の凡人……無為な時間を過ごした」


衣「ハギヨシ、あとは任せた」

ハギヨシ「……かしこまりました」

衣「やっぱり衣は……」


京太郎「……勝手言ってくれるよな。無理矢理連れてきて、帰れってか」

京太郎「その顔、見覚えがある……自分の境遇に、孤独に酔ってる目だ」


『――京ちゃん京ちゃんってうるっせぇんだよっ!!』

『ハンドができなくなって落ち込んでる俺に優しくして満足か? そうだよな。これまでと立場が逆だもんな!』

『気持ちはわかるってか? だがあいにくとな、俺の気持ちが俺以外にわかるわけねぇんだよ!』


京太郎「気に入らない……ああ、気に入らないな」

衣「貴様がどう思おうと衣には関係ない」

京太郎「その通りだ。でもそっちの勝手を聞いたんだ。今度はこっちの勝手を聞いてもらう」

透華「あなた、いい加減になさい!」

衣「いい、とーか。たしかに無理矢理連れてきたのは衣だ」

京太郎「話が早いね。じゃあ――」


京太郎「明日も遊びに来るから、よろしく!」


衣「……へ?」

透華「……は?」

ハギヨシ「……ふふ」


京太郎「もうすぐ夏休みだし、小学校も休みに入るだろ?」

衣「衣はそんな年じゃない!」

京太郎「え、じゃあもっと下? 参ったな、まさか幼稚園児に負かされるとは……」

衣「違う! もっと上!」

京太郎「じゃあ中学生か。悪いね」

透華「ちょっと待ちなさい? まだあなたがこの屋敷に立ち入ることを許したわけじゃ……」

ハギヨシ「お嬢様、そういえば最近人手が足りないと思いませんか?」

透華「たしかに一人、今は実家に帰っている……まさか!」


ハギヨシ「ええ、復帰するまでの短い間ですが、彼を雇いましょう」


ハギヨシ「仕事は私が責任をもって教えます」

透華「あぁもう! 勝手になさい!」



京太郎「なんか色々ありがとうございます」

ハギヨシ「いえ、こちらがお礼を言いたいくらいです」

京太郎「アルバイトの件ですか?」

ハギヨシ「それもありますが……一番は衣様のことです」

京太郎「俺、怒らせてばっかでしたけど」

ハギヨシ「ふふ、そうでしたね」

京太郎「でもまぁ、機会をもらえたんだ。なんとかしますよ」

ハギヨシ「お願いします」



透華「全く、ハギヨシはなにを考えているのやら……!」

衣「……次の満月まで、大体一週間。衣の力も満ちつつある」

透華「衣?」


衣「衣と麻雀をした者は皆、世界の終りを見たかのような顔をする」

衣「月が満ちても衣は満たされない。欠けたままだ」

衣「でも、もしかしたら……」
最終更新:2015年03月11日 02:44