姉帯豊音――そんなありふれたフェアリーテイル

塞「そっち片付いたー?」


胡桃「こっちはバッチリだよ」

白望「ダル……」

塞「あはは、こき使われたって感じだね」

胡桃「目を離したらすぐサボろうとするんだから!」

白望「適度な休憩は作業の効率を良くするっていうし」

胡桃「休憩の方に比率が偏りすぎなの!」

塞「シロは腰を上げるまで時間がかかるからね。やり始めたらしっかりしてるんだけど」

白望「やらないでいられるのが一番いいんだけどね」

胡桃「できるのにやらないのはもっと悪いよっ!」

白望「元気だなぁ」

塞「それで、エイスリンたちの方は……」


豊音「みてみて、これみんなで海に行った時のやつだよー」

エイスリン「Oh、ナツイ!」


塞「あ、片付けの時に起こりがちなアレだ」

胡桃「もうっ、注意してくる」


胡桃「こらっ、そんなことしてたらいつまでも終わらないよっ」

エイスリン「クルミ、Take a look at this!」

胡桃「ダメダメ、その手には……わぁ、綺麗! こんな写真あったんだ」

豊音「えへへ、私が撮ったんだよ?」


塞「即落ち……」

白望「ゆっくり休めてなにより」

塞「まぁ、まだ時間はあるしね」

白望「できれば、このまま私を見失ってくれると助かるんだけど」

塞「多分それ無理だよ」

白望「だよね」


トシ「みんな、そろそろお昼にしないかい?」


塞「あ、先生」

トシ「ほら、罠に引っかかって作業進んでないみたいだし」

胡桃「こ、これはちょっと確認というか……」

白望「堂々とサボリとはやるね」

胡桃「シロに言われたくないよっ」

エイスリン「センセ、コレ」

豊音「ちょー懐かしいんですよ」

トシ「はいはい、それはご飯を食べながらにしようかね」



胡桃「これで片付いたね」

塞「うん、私物はもう残ってないね」

エイスリン「ピカピカ!」

豊音「そうだね、まるで誰も使ってなかったみたいに……」ポロッ

白望「トヨネ?」

豊音「あれ、なんで涙が……」

塞「……しょうがないよ。私だってちょっと我慢してるし」

胡桃「この部屋でも色々あったもんね……」

エイスリン「ン……」カキカキ


エイスリン「トヨネ、コレミテ」

豊音「これって……この部屋?」

塞「と私たちだね」

白望「胡桃に押しつぶされてる……」

胡桃「そんなに重くないよっ、これは充電!」

塞「うわ、先生に麻雀でボコボコにされてる……」

白望「それでクタクタのところをさらにエネルギー取られて……」

塞「この絵……そっか、全部ここであったことだ」

エイスリン「オモイデ、キエナイカラ」

豊音「うん、うん……」

白望「……」ゴソゴソ

胡桃「シロ、なにしてるの?」

白望「自分の名前でも彫っておこうかなって。ここなら目立たないし」

豊音「わぁ、ちょー素敵かも」

塞「いいね、私もやろうかな」

エイスリン「ワタシモ!」

胡桃「みんな、ストップ!」


塞「胡桃、こんな時にかたいこと言わなくても……」


胡桃「一番槍は私!」サッ


塞「あ、はい」

白望「もう彫っちゃったけど」

胡桃「なんでこんな時だけ早いの!?」


トシ「終わったのかい? それなら――」ガラッ


塞「あ……」

白望「やばっ」

エイスリン「Hmm……Look out the window! Shooting star!」

豊音「わ、わっ……」アタフタ

胡桃「せ、先生、これは……」

トシ「ふむ……」


トシ「おや、いけないねぇ。忘れ物をしてきたみたいだよ」

トシ「ちょっと取りに戻るから、その間に帰り支度をしとくんだよ?」


白望「見逃してもらったね」

豊音「ビックリしたよー」

エイスリン「ナントカナッタ……」ホッ

塞「まだ明るいのに流れ星はどうかと思ったけどね」

エイスリン「Hmm……It's a slight mistake」カァァ

塞「あはは、みんな焦ってたもんね」

胡桃「次こそ私が彫るよっ」

白望「どーぞどーぞ」

豊音「じゃあ私はその次で」

エイスリン「トヨネニツヅク」

塞「私はトリだね」



塞「できたっ」

胡桃「なんか寄せ書きみたいになったね」

白望「今後の抱負とかも加えたからだと思うけど」

エイスリン「モクヒョウ、ダイジ」

豊音「みんな一緒って感じがして、ちょーいいと思うよ」


塞「うん、じゃあそろそろこの部屋ともお別れだね」

エイスリン「オセワニナリマシタ」

胡桃「私たちがいなくなったらどうなるんだろうね、ここ」

白望「また麻雀部が入るんじゃない? 自動雀卓あるし」

豊音「私たちの活躍を見てくれて、それでまた麻雀部を始めてくれるなら……うん、ちょー嬉しいよー」


トシ「もうお別れは済ませたかい?」


豊音「はい、もう大丈夫です」

トシ「さ、それじゃあちょっと早いけど、晩御飯食べに行こうかね」

白望「歩くのダル……おぶって」

胡桃「自分で歩くの!」

エイスリン「オンブ、ギャク?」

塞「たしかに。体型的には反対だね」

胡桃「おんぶとか楽勝だよ!」

白望「なら早速……」ノシッ

胡桃「ぐえっ」

トシ「ほら、遊んでないで行くよ」



トシ「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」


塞「はい、先生も」

白望「ん、さよなら」

胡桃「合格したらいの一番に伝えに行きますっ」

エイスリン「ゴチニナリマシタ」

豊音「……」


豊音「あのっ、ちょっとお時間もらってもいいですか?」


トシ「私かい?」

豊音「はい、少しだけお話できたらいいかなーって」

トシ「私は構わないよ」

塞「じゃあ私たちは向こうで待ってる?」

豊音「うーん、待たせるのは申し訳ないよ」

白望「適当なとこに入ってるから。時間かかるの?」

豊音「そんなにはかからないかな、多分」

胡桃「決まりだね。じゃ、また後でね、トヨネ!」

エイスリン「Catch you later!」

豊音「わわっ、待っててくれるなんてちょー嬉しいよー」



トシ「何か飲むかい?」

豊音「あ、おかまいなく」

トシ「ホットの緑茶でいいかね」ピッ


トシ「ほら、冷めないうちに飲んじゃいな」

豊音「わっ、ありがたくいただきます」

トシ「押し付けたようなものだからね、そこまでかしこまらなくてもいいんじゃないかい?」

豊音「えへへ、実はあったかいものがほしいかなーって思ってました」

トシ「ふふ、そうかい」


豊音「実は、先生にお礼を言いたくて」

トシ「お礼かい? あらたまってなんだい」

豊音「みんなに出会えたのは、先生のおかげなんです……だから、ありがとうございましたっ」

トシ「そこまで言ってもらえるなんて、あそこまでスカウトしに行ったかいがあるってものさね」

豊音「あと、その……」

トシ「遠慮せずに言っていいんだよ」

豊音「私、昔からぼっ、友達が少なくて」

トシ「今は塞たちがいるじゃないのさ」

豊音「それだけじゃなくて、一人っ子だし家族も……」

トシ「お父さんと二人だったね」

豊音「お母さんのお母さんには会ったことないし、お父さんのお母さんはあまり会ってくれないし……」


豊音「だから……お、おばあちゃんって呼んじゃダメかなー、とかとか」


トシ「おばあちゃん……私が?」

豊音「あ……イヤだったら別にいいですからっ」

トシ「ぷっ、ふふ……そんな風に呼ばれたのは初めてだよ」

豊音「わわっ、もしかして失礼なこと言っちゃったんじゃ……」

トシ「そうさねぇ……ここ一年、孫が五人できたようなものだったのかもしれないね」


トシ「だから構わないよ。好きなように呼んどくれ」

豊音「えっと、おばあちゃんって呼んでも?」

トシ「そう言ってるじゃないか」

豊音「おばあちゃんっ……えへへ」ギュッ

トシ「これからもみんなで仲良くやるんだよ」

豊音「はい!」



京太郎「岐阜に到着っと」

京太郎「ようやくって感じだけど、まだ長野から出たばっかなんだよな」

京太郎「ま、そんな急いでるわけじゃないし、いいか」

京太郎「さしあたっては……飛騨牛だな」グゥ

京太郎「えっと、高山?」

京太郎「ってことは北上しなきゃか……着くのは昼ぐらいかな」

京太郎「朝飯早かったからなぁ。それまで我慢できるといいけど……」プルルル


『姉帯豊音』


京太郎「姉帯か。携帯にかけてくるの珍しいな」

京太郎「もしもし――」



豊音『――ってことがあったんだ』

京太郎「熊倉さんがね……まぁ、家族が増えてよかったんじゃないか?」

豊音『京太郎くんだったらそう言ってくれると思った』

京太郎「ああ。そういや四月から大学生なんだってな」

豊音『うん、みんなも一緒なんだよ?』

京太郎「そりゃあいいな。エイスリンももうしばらくこっちにいるってことだな」

豊音『ちょー嬉しいよー』

京太郎「ま、それにこしたことはないってな」


京太郎「それはそうと、みんなして家を出るんだって?」

豊音『私はもう出てるようなものだけど』

京太郎「それを聞いたらおじさん泣くぞ」

豊音『そ、そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ?』

京太郎「わかってるって。チクらないよ」

豊音『む~、京太郎くん面白がってる?』

京太郎「はは、少しな」

豊音『やっぱり!』


豊音『京太郎くんは意地悪さんだよー』

京太郎「まあ、今度埋め合わせするから許してくれ」

豊音『じゃ、じゃあ……デート、とかどうかなーって』

京太郎「デートね……」


京太郎(そうだな、もうはっきりさせとかないとな)


京太郎「よし、じゃあゴールデンウィークでいいか?」

豊音『も、もしかして……デートかな?』

京太郎「自分で言ったんだろ」

豊音『わっ、信じられないよー』

京太郎「信じられなくてももう約束はしたからな。ゴールデンウィークは実家に戻るのか?」

豊音『うん、お父さんにずっと会えないのも寂しいし』

京太郎「じゃあそれに合わせて顔出すよ」

豊音『待ってるね』

京太郎「ああ、それまでには俺の用事も済ませとくから」

豊音『あ、そういえば京太郎くんは今何してるのかな?』

京太郎「絶賛旅行中だ。今は岐阜だな」

豊音『卒業旅行かな?』

京太郎「それとはちょっと違うな。まぁ、一人旅だよ」

豊音『一人旅かぁ、私はやっぱり誰かと一緒の方がいいなぁ』

京太郎「ぼっち歴長いもんな」

豊音『も、もうぼっちじゃないよっ』

京太郎「わかってるって。俺が第一号だしな」

豊音『……そうだね、京太郎くんがいたからだよ』


豊音『初めてお姫様抱っこされて、初めて一緒に麻雀をして、初めてお友達になってくれた』

豊音『初めて村を出て遊びに行ったのも京太郎くんのところだし、初めての学校祭も一緒に回ってくれた』

豊音『私の初めては京太郎くんがいっぱいもらっていったけど……うん、それがちょー嬉しいよー』

豊音『だからね、もっと一緒にいろんなことがしたいなーって』

豊音『お出かけしたり、ご飯食べたり、あとは……うん、色々』


京太郎「……そうか、色々な」

豊音『えへへ、そんなに付き合ってもらったら迷惑かな?』

京太郎「まあ、友達じゃなくなるのはちょっと惜しいけど、俺も――」

豊音『……え?』

京太郎「ん?」

豊音『お友達じゃ、なくなるの……?』

京太郎「ああ、電話口で言うのはちょっとしまらないけど――」


豊音『ご、ごめん!』


豊音『私、用事思い出したから……』

京太郎「おい、ちょっと待て――」プツッ



豊音「……うぅ」グスッ


「豊音? 泣いているのか?」


豊音「お、お父さん……」

「どうした、なにかあったのか?」

豊音「京太郎くんに、京太郎くんに……」

「彼が……彼がどうした」

豊音「私、京太郎くんに嫌われちゃったぁ……」ポロポロ



京太郎「……」プルルル

京太郎「ああくそっ、出ない!」


『お友達じゃ、なくなるの……?』


京太郎「あいつ、勘違いしていいとこで切りやがって……」

京太郎「電話に出ないならメールで……ああ、メンドくせぇ!」

京太郎「飛騨牛食いに行こうかと思ったけど、進路変更だ」

京太郎「わんこそば食いに行くぞ、わんこそば!」



豊音「……」


『私には、なんの理由もなく彼がそんなことを言うようには思えないな』

『もう一度話してみたらどうだ?』


豊音「……でも、怖いよ」

豊音「聞いてみて、本当にその通りだったら……」


『一つ言っとくけど、外に行っても友達には会えないぞ』

『だって友達ってのはそれ以前に知り合ってなきゃいけないからな』

『つまり、俺だったらその条件を満たしてるってことだ』

『一緒になんかしよーぜ。まずはそれからだろ』


豊音「京太郎くん……」



京太郎「ごめんくださーい!」


「君は……」

京太郎「お久しぶりです。娘さんに会いに来たんですけど」

「あいにくだが、今は出ている」

京太郎「どこに?」

「そう遠くへは行っていないと思うが、そろそろ暗くなる。ちょうど探しに行こうと思っていたところだ」

京太郎「それ、俺も手伝ってもいいですか?」

「……豊音は、君に嫌われたと泣いていた」

京太郎「そうですか……」

「だが、君がここに来たということは、やっぱり何かの間違いだったんだな」

京太郎「姉帯さん……」


京太郎「――娘さんを俺にくださいっ!」


「ふざけるな!」バキッ

京太郎「ぐっ」

「……と言いたいところだが、あの子を泣かせたことはそれでチャラにしておこう」

京太郎「そ、そりゃありがたい……」

「立てるか?」

京太郎「平気ですよ」

「すまなかったな。どうも父親というものは、娘のことになると我を忘れることがあるらしくてな」

京太郎「それはなんというか……身にしみてます」

「あの子を探しに行こう。手伝ってくれ」

京太郎「もちろん」



豊音「……もう暗くなっちゃった」

豊音「この駅、誰も降りないなぁ」

豊音「京太郎くんも、電車を間違えなかったら……」

豊音「……帰ろうかな。きっとお父さんも心配してるよね」



豊音「首なしのお地蔵さん……」

豊音「お母さんは、どんな気持ちでお父さんを追いかけて行ったのかな」

豊音「私も、もっと勇気があればなぁ……あうっ」ズシャ


豊音「いたたた……暗くて足元ちょー見づらいよー……いたっ」ズキン

豊音「足、ひねっちゃった……」


「立てるか?」スッ


豊音「わっ、どうもありがとうございます」ギュッ

「歩くのきつかったらちゃんと言えよ?」

豊音「あ、ご親切にどうも……あれ?」

「どうした?」


豊音(暗くてよく見えなかったけど、この声……)


豊音「……京太郎くん?」

京太郎「なんだよ、気づいてなかったのか」

豊音「だって、岐阜にいるって……それに」


『まあ、友達じゃなくなるのはちょっと惜しいけど、俺も――』


豊音「……もう、お友達じゃないって」

京太郎「まず、人の話は最後まで聞け」ピシッ

豊音「あうっ」

京太郎「次に、電話にはちゃんと出ろ……ってのは俺が言うのもアレだけど」

豊音「だ、だって……嫌われたって思ったら……」

京太郎「嫌いなやつに会いにいくほど俺は暇じゃないっての」

豊音「じゃあ、お友達じゃなくなるっていうのは……ウソ、なんだよね?」

京太郎「……それはウソじゃないな」

豊音「えっ……じゃあ、冗談かなーって」

京太郎「冗談でもない」

豊音「そ、そんなぁ……」ジワッ

京太郎「あーもう、だから人の話は最後まで聞けっての……!」グイッ

豊音「んんっ――」


京太郎「――最後に一つ。よくよく考えたら、友達でこういうことするのもおかしいしな」

豊音「い、今の……」

京太郎「この前こっち来た時は、たしかそっちからしてきたよな」

豊音「だけど、えっと……その、つまり?」

京太郎「なんつーか……友達から恋人にならないか、みたいな?」

豊音「きょ、京太郎くん……」プルプル


京太郎(あ、これ絞め落とされるパターンだ)


豊音「ちょー嬉しい――あうっ」グラッ

京太郎「おっと」ガシッ

豊音「あ、ありがと、京太郎くん」

京太郎「気にすんな。気絶してたら家まで送れないしな」

豊音「うぅ……京太郎くんの意地悪」

京太郎「好きな子ほどいじめたくなるってな……よっと」

豊音「わっ」


京太郎「さて、帰るか」

豊音「お姫様抱っこ……なんだか初めて会った時みたいだね」

京太郎「あの時も足に怪我してたな。呪われてるんじゃないか、ここ?」

豊音「そんなことないよ。だって、京太郎くんとの思い出の場所だし」

京太郎「だな」

豊音「えへへ……私もお母さんとお父さんみたいに素敵な出会いがあったんだなーって」

京太郎「……」


京太郎(どんな物語も見方を変えたら、か)

京太郎(出会って引き裂かれて、それでも結ばれて)

京太郎(なんだ、大したラブストーリーじゃないか)


京太郎「まあ、俺たちも子供に惚気話を聞かせる側になるんだろうな」

豊音「わっ、子供なんて気が早いよー」カァァ

京太郎「ま、そうだな」

豊音「ま、まだそういうこともしてないのに……とかとか」モジモジ

京太郎「でも、そういう関係になったし俺はもう我慢しないからな」

豊音「えっと……優しくしてくれるとありがたいなーって」

京太郎「ははっ、わかってるって!」



「あいつら、家には俺がいるのを忘れてるんじゃないか?」

「……仕方ない、今夜は家を空けておこう」

「しかし……」


『えっと……優しくしてくれるとありがたいなーって』

『ははっ、わかってるって!』


「……これが娘を取られた父親の気持ちか」

「後でもう一回殴ってもバチは当たらないかもしれないな」




『エンディング――そんなありふれたフェアリーテイル』
最終更新:2018年01月01日 11:14