三月、おもちと温泉と

久「温泉?」

京太郎「一泊二日で家族で行こうってことになったんだけどさ、久ちゃんもどう?」

久「いや、思いっきり家族旅行でしょ」

京太郎「母さんはオッケーだって。むしろ一発かませって言ってたし」

久「かませって……」

京太郎「まぁ、そこはあんまり真に受けないでくれ」

久「あんたのお母さんも相変わらずね」

京太郎「最近の変化といえば、年齢の話題に敏感になったってところかな」

久「そうなの?」

京太郎「アラフォーって言ったら大騒ぎする」

久「……それで一回痛い目見てるんだから気をつけなさいよ」

京太郎「だな……で、どうする?」


久「うーん……今回はパス」


京太郎「なんだよ、久ちゃん来ないのか」

久「そっちが良くても、こっちが気にするの」

京太郎「まぁ、なら仕方ないか」

久「誘ってくれたのに悪いけどね」

京太郎「気にすんな。たしかに気まずい思いされたら元も子もないしな」

久「そういえば、カピバラはどうするの?」

京太郎「あー、それな」

久「もし良ければだけど、一日ぐらいだったら面倒見れないこともないけど」

京太郎「知り合いにたのもうと思ってたところだけど……うん、そうだな」


京太郎「じゃ、鍵渡しとくわ。はい」


久「え?」

京太郎「なに不思議そうな顔してんだよ。あいつの世話の仕方、覚えてるよな」

久「そ、そりゃあね」

京太郎「なら大丈夫だな。なんかあったら近所の獣医さんに相談してくれ」

久「ん、わかった」

京太郎「それじゃ、そろそろ帰るな」


久「どうしよ……鍵、もらっちゃった」



京太郎「今更だけどさ、温泉ってどこに向かってるわけ?」

「奈良よ奈良。今なら桜も見れるだろうし」

「きっと温泉に入りながら桜が見れるぞぉ」

京太郎「もう予約が取れてるならいいけどさ」


京太郎「……ん? 奈良?」


「なあに? 奈良は気に入らない?」

京太郎「いや、それはいいけどさ……」

「ならいいじゃないか。あ、ついでに鹿も見ていこうか!」

「ナイスアイディアじゃない!」

京太郎「……うちにはもっと珍しいカピバラがいるだろうが」


京太郎(ま、奈良の温泉っていっても色々あるし……まさかな)



玄「あれ?」

京太郎「……ども」

玄「え、うそっ、なんでっ?」

京太郎「まぁ、普通に泊まりに」

玄「ど、どうしよ……」

京太郎「俺もまさかここだとは思わなかったよ」

玄「ふぇ……ま、まだ心の準備がっ」カァァ

京太郎「どうかした?」


玄「お、お姉ちゃーん!」ダッ


京太郎「……はい?」

「ダメよ? ちゃんと合意を得なきゃ」

京太郎「いや、なんもないから」

「夏休みに色々行ってたみたいだけど、あの子にもちょっかいかけたんでしょ?」

京太郎「違う!」

「おいおいダメだぞ? ちゃんと一人に決めないと」

京太郎「だから一人に決めるとかそういう話じゃないんだって!」

「父さんと母さんはそりゃドラマチックな出会いをだな」

「ねー」

京太郎「だぁーもう!」



宥「クロちゃん、どうしたの?」

玄「お、お姉ちゃんっ、私どうしよう!?」

宥「えと……とりあえず落ち着いて、ね? 深呼吸深呼吸」

玄「すー、はー、すー、はー」

宥「落ち着いた?」

玄「う、うん」

宥「それで、なにがあったの?」

玄「あのね……京太郎くん、来ちゃった」

宥「え?」

玄「どうしよう、この前灼ちゃんがあんなこと言うから……」

宥「うーん、それじゃあね――」


玄「えぇ!? そんなの無理だよ!」

宥「でも、せっかく来てくれたんだからおもてなししなきゃ」

玄「は、恥ずかしいよぉ」カァァ

宥「大丈夫だよ、私もお手伝いするから」

玄「本当に?」

宥「うん、みんなであったかくなろ?」



京太郎「じゃ、風呂入ってくるわ」

「部屋風呂もあるんだぞ?」

「一緒にどう?」

京太郎「この年になって親と一緒に入れるか!」



京太郎「ったく、あの二人は……」

京太郎「アラフォーなんだからもう少し落ち着いてほしいよな」


玄「た、たのもう!」


京太郎「なんだ、道場破りか?」

玄「そうなのです……じゃなくて!」

京太郎「その様子だと大丈夫そうだな。さっきはいきなり走りだしてどうしたんだ?」

玄「それは……そ、それより、これから温泉に行くんですか?」

京太郎「部屋風呂じゃゆっくりできそうにないしな」

玄「そういうことならいいとこあるんですけど、どうですかっ」

京太郎「マジで? なら頼むよ」

玄「は、はいっ」

京太郎「……大丈夫か?」

玄「大丈夫なのです、おまかせあれなのです!」ガシッ

京太郎「うおっ」

玄「お姉ちゃん、私やるよっ」



京太郎「……なんか言われるままに入ったけど、これって部屋風呂だよな?」

京太郎「空き部屋みたいだし、確かに落ち着けるけどさ」

京太郎「まぁ、眺めも悪くないし、別にいいか」


玄「し、失礼しまーす」カラカラ


京太郎「……は?」

玄「お、お背中お流しします」

京太郎「待て、ちょっと待て!」

玄「え、嫌でした?」

京太郎「そうじゃない! なんか前にも似たようなことあったような気がするんだけど!?」

玄「や、やっぱりおもてなししなきゃって……」

京太郎「いやいやいや、前に言っとくべきだったけどさ、年頃の女の子がほいほい男と一緒に風呂に入るのはまずいだろ」

玄「そ、そんなぁ……」ジワッ

京太郎「うっ……」


京太郎(待て、どうしてこうなった?)

京太郎(そもそも俺は何もしてない、そうだろ?)

京太郎(俺はおかしなことは一つも言ってない、そうだろ?)

京太郎(だってのに……)


玄「うぅ……やっぱ私のじゃダメなんだよ。ダメおもちなんだよ……」イジイジ


京太郎(どうしてこんなに罪悪感が湧いてくるのか)

京太郎(なんだろう、素直にテンション上がってたあの頃が懐かしい……)


京太郎「……わかった、じゃあ背中流すだけな。それ以上は色々まずい」

玄「はいっ、私におまかせあれ!」

京太郎「……やっぱチェンジで」

玄「ひどいよっ」



京太郎「そういやさ、宥は元気? 今日は会えてないけど」

玄「お姉ちゃんも後で背中流しに来るって言ってたけど」

京太郎「ふーん……ってマジか!」ガタッ

玄「わっ」

京太郎「あのおもちがっ、バスタオル越しかよ!」

玄「……」

京太郎「悪い悪い、ちょっと騒いじまったよ」

玄「えっと、背中流してもいいですか?」

京太郎「ああ、頼むな」

玄「じゃあ、動かないで……」


玄「……えいっ」フニョン


京太郎「……ん?」

玄「んっ……き、気持ちいい、ですか?」

京太郎「スポンジ変えた? なんかすごく柔らかくて気持ちいいな、これ」

玄「そ、そうですか? じゃあ……んぁ、もっと頑張りますっ」

京太郎「うんうん、そんな感じで……なんか硬い感触が――」


京太郎「――って、なにやってんの!?」


玄「み、見られると恥ずかしいのです……」

京太郎「いやいやいや! もっと恥ずかしいことやらかしちゃってるだろ!」

玄「だ、だって、おもちが好きなら喜ぶかなって……」

京太郎「嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいけど、それ以上に混乱してるんだけどなっ」

玄「あぅ……」

京太郎「わかった……とりあえず前を隠そうか。話はそれからってことで」

玄「は、はい――」ツルッ


玄「――あ」

京太郎「ちょっ――」


宥「クロちゃーん、遅くなってごめ――」


玄「お、おっきい……」マジマジ

宥「わぁ、クロちゃん大胆……」

京太郎「……おぅ」



京太郎「……ふぅ」


「どうした? すごい疲れた顔してるな」

「あ、もしかしてぇ……ハッスルしちゃったとか?」

「若いっていいなぁ」

「何言ってるのよ。私たちだって十分じゃない」

「もう一人作っちゃうか?」

「やだもう……あ、京太郎はちゃんと避妊しないとダメよ?」

「俺もまだおじいちゃんなんて呼ばれたくないからな」


京太郎「……もう、なんでもいいや」



玄「うぅ、私またやっちゃった……」

宥「でもあったかそうだったね」

玄「どうしてあんなことしちゃったのかな?」


玄(私のはお姉ちゃんほどじゃないけど、おもちって言ってくれたのに……)


玄「お姉ちゃんが羨ましかったのかな……」ポツリ


宥「クロちゃん?」

玄「ううん、なんでもないのです」



久「……あったかい」ギュッ

カピ「キュッ」

久「この家、だれもいないとこんなに広いのね」

カピ「キュッ?」

久「みんな、早く帰ってくるといいわね」

カピ「キュッ!」クゥ

久「お腹空いた? ちょっと待っててね……」
最終更新:2015年06月01日 01:26