夏、ワールウィンド

京太郎「ここがホテルの部屋か……」

まこ「なんというか……」

京太郎「うん、狭いな」

久「仕方ないでしょ。あまり余裕がないんだからビジネスホテルで我慢するの」

京太郎「まぁ、俺のバイト代だって限りがあるわけだしな」

久「そういえば、いくらもらってるのよ」

京太郎「一週間で十万ぐらい」

久「一週間で!?」

まこ「まさか、危ない仕事に手を染めてるんじゃ……」

京太郎「だから執事だって言ってるだろ」

まこ「なにかの隠語とか」

京太郎「言葉通りだっての。炊事洗濯掃除戦闘、全部こなせるただの執事だよ」

まこ「せ、戦闘?」

久「聞かなかったことにしときましょ。まだ常識が恋しいわ」



京太郎「そんじゃ、俺は自分の荷物置いてくるよ。部屋は隣だったな」

久「右隣よ。左じゃないから」

京太郎「わかってるって。鍵にも部屋の番号書いてあるから大丈夫」

久「そうね、電車と違って変なとこに連れてかれる心配もないしね」

京太郎「あ、あれは慌ててただけだから……」

まこ「ほう、先輩の失敗談ですか?」

京太郎「はいはい終わり終わり! そんじゃあな!」バタン


まこ「で、何の話なんですかね」

久「去年、岩手に行った時の話なんだけど……」



京太郎「まぁ、こっちの部屋も当然狭いよな」

京太郎「てか左右反転しただけだからな」

京太郎「でも、一人で使ってる分、広いのかもな」

京太郎「にしても、いい天気だ」

京太郎「この後は昼飯か……何食べようか」

京太郎「そこらへんは相談して決めるか」


京太郎「二人共ー、昼飯どうす――」ガチャッ


久「……」

まこ「……」


京太郎「あ、これからシャワー浴びるとかそういうパターン?」


久「……」プルプル

まこ「……」ヤレヤレ


京太郎「うん、今日の教訓はノックは大事ってことで」

京太郎「じゃあ、シャワー浴び終わるまでちょっと時間潰してくるな」パタン



京太郎「目の保養……と言いたいけど、後が怖いな」

京太郎「……とりあえず店のリサーチでもしとくか」

京太郎「うわ……やっぱ外出るとあっついな」

京太郎「俺もシャワー浴びときゃよかったかな」

京太郎「さて、適当に歩きますか」


「――メイクウェイ!」


京太郎「え――」ドン


「くっ――」

京太郎「ぐえっ、み、みぞおち……」

「ソーリー、急いでいるもので」

京太郎「いや、い、いいんだけど……」

「私はここを通らなかった。君は何も見ていない……オーケー?」

京太郎「お、おーけー」

「では」タタッ


京太郎「……何だ、今の?」

京太郎「メイクウェイ……どけろってことか?」

京太郎「そんな建物の間から急に飛び出されてもな」

京太郎「にしても、今の人どっかで見たことあるんだよな」

京太郎「……思い出せないけど、胸は大きかった」シミジミ

京太郎「痛み引いたし、気を取り直してだな」


「わわっ、どいてどいてどいて!」


京太郎「おっと」サッ


「はややっ」

京太郎「失礼」ガシッ


「あ、ありがとうございます」

京太郎「そんなに急いでどうしたよ。探し物?」

「えっと、そうなんだけど……さっきここ通ったと思うんだよね」

京太郎「さっき……」


『私はここを通らなかった。君は何も見ていない……オーケー?』


京太郎「……よくわからないかな」

「本当? こんなふうに眠そうな目をしてて、こーんなふうに髪縛ってる子なんだけど」

京太郎「いや、見覚えない」

「そっかぁ……」


京太郎(さっきの子もだけど、この子も見覚えあるな)

京太郎(胸大きいし、この帽子を取ってメガネも外して、おまけに髪を縛ったら――)


京太郎「は、はは……」

「大丈夫?」

京太郎「は、はははははやっ、はやややややっ!」


京太郎「はやり――もがっ」

「わーわー!」


「とりあえず落ち着いてくれると嬉しいな」

京太郎「」コクコク

「お姉さんとの約束だよ?」

京太郎「」コクコク

「それじゃ、手を取るね」


京太郎「……ぷはぁ」

「ごめんね? 注目を浴びるの避けたかったから」

京太郎「いやいや、こっちこそ大声出しそうになってすいません」

「うんうん、物分りのいい子はお姉さん大好きだぞっ☆」

京太郎「ほ、ほわぁあ……!」

「今日のことは二人のヒミツってことで……えっと、君の名前は?」

京太郎「須賀っ、須賀京太郎ですっ」

「それじゃ、京太郎くんと私の……あれ? 須賀、京太郎……」

京太郎「ど、どうかしました?」

「もしかしてこの子が……うん」


「お昼、一緒にどうかな?」



「それじゃあ改めまして……瑞原はやりだよっ☆」

京太郎「す、須賀京太郎ですっ」ガッチガチ

はやり「もう、それはさっき聞いたよー」

京太郎「そ、そうでしたっけ?」

はやり「京太郎くんはうっかりさんだね☆」


京太郎(おいおいおい、マジかよ!)

京太郎(生はやりんとこんな近くで……しかも喋っちゃってるよ!)

京太郎(あーもう、相変わらず胸大きいし可愛いし……)


京太郎「キツイって言ったの誰だよ!」


はやり「しー、お店の中では静かにね?」

京太郎「はいっ」

はやり「京太郎くん硬すぎ。ほら、もっと肩の力抜いて」ポン

京太郎「うひゃおうっ」ガタッ

はやり「つめたっ」パシャ

京太郎「す、すいません。今拭きますからっ」

はやり「ちょっ、そこは――あんっ」



京太郎「本当に申し訳ありませんでしたっ」

はやり「……プレイボーイってこういうことだったんだ」ボソッ

京太郎「はい?」

はやり「ううん、わざとやったわけじゃないし、今回は特別だよ?」

京太郎「ありがとうございます……」ホッ

はやり「落ち着いた?」

京太郎「な、なんとか……」

はやり「でもまだ緊張してるね……ふふっ」

京太郎「すいません、こればっかりは」

はやり「いいよ気にしなくて。でも、聞いてた話と違うなぁって思ったの」

京太郎「聞いてた話?」


はやり「君、小鍛冶プロと知り合いなんだよね?」


京太郎「え……」

はやり「すごい優しくて、すっごいかっこよくて……おまけにプレイボーイだって」

京太郎「プレイボーイ!?」

はやり「もしかして私もナンパするつもりだった?」

京太郎「そんな滅相もない!」

はやり「えー? それはそれでショックだなぁ。私これでもアイドルなのになぁ」

京太郎「いや、あの……」

はやり「ふふっ、冗談だよ」

京太郎「イジメるのはよしてくださいよ……」

はやり「でも、ちょっとは緊張とれたんじゃないかな?」

京太郎「……たしかに」

はやり「それじゃ、そろそろ注文しよっか」



京太郎「ごちそうさまでしたっ」

はやり「どういたしまして」

京太郎「いやぁ、今日はホント楽しかったです」

はやり「だと私も嬉しいな」

京太郎「まさか牌のお姉さんと知り合いになれるなんて」

はやり「他の人にはナイショだよ?」

京太郎「もちろん」

はやり「私、しばらくこっちにいるから、見かけたら声かけてね」

京太郎「え、いいんすか?」

はやり「あ、もちろんオフの時にね」

京太郎「当然っすよ」

はやり「うん……それじゃ、そろそろお別れだね」

京太郎「最後にサイン、もらえます?」

はやり「いいよ」

京太郎「じゃあこのハンカチに」

はやり「京太郎くんへ……っと。はいどうぞ」

京太郎「……おぉ」

はやり「じゃあお会計済ませてくるね」

京太郎「ちなみにいくらだったんですか?」

はやり「聞きたい?」ニッコリ

京太郎「……やっぱやめときます」



京太郎「いやっほう!」

京太郎「今日はラッキーだったなぁ……まさかはやりんに会えるなんて」

京太郎「このハンカチはもう永久保存だな」

京太郎「さて、日が暮れる前にホテルに戻るか」

京太郎「久ちゃんたちは……あ、すっげー着信きてる」

京太郎「やばい、すっかり忘れてた……」

京太郎「うわぁ……戻るのが怖い。やっぱ厄日かも……」プルルル


京太郎「……はい」

久『とりあえず戻ってきて、今すぐ』

京太郎「……了解っす」


京太郎「ふぅ……今日の二つ目の教訓は、着信はこまめに確認しましょうってか?」



はやり「ふぅ……あー、ちょっと緊張しちゃった」

はやり「だって男の子とプライベートで話すのなんてすっごい久しぶりなんだもん」

はやり「って私、だれに言い訳してるんだろ」

はやり「……須賀京太郎くんか」

はやり「小鍛冶プロが言ったとおり、ちょっと面白そうかも」


はやり「どうしよ……私、大人気ないことしちゃうかも」
最終更新:2015年06月01日 01:51