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【BFT妄想記】「GRAND TOTAL」/「Skinny Irene」 - (2009/06/03 (水) 17:41:00) のソース

*BFT妄想記
**「[[GRAND TOTAL>ホテル グラントータル]]」/「[[Skinny Irene]]」


#center(){#image(http://www1.atwiki.jp/legoblog?cmd=upload&act=open&pageid=70&file=Grantortal02.jpg,width=250,title=GRAND TOTAL,http://www1.atwiki.jp/legoblog/pages/70.html,center)}


光を避けるように、窓に背を向ける形で配置された机。その机に向かってチャールズ・ブコウスキはまっしろの原稿用紙をにらんでいる。彼はちょっとは名の知れた恋愛小説家だ。ここ数年、白髪が多くなってきた金髪。彼の体は習慣づいている朝の運動によって年の割に無駄な肉がまったくなくほっそりとしている。太い万年筆の端を葉巻を咥えるように口に持っていきそのまま腕組みをして考え込むポーズを取って数分。背後から軽いノックの音が聞こえた。ここは[[ホテル・グラントータル>ホテル グラントータル]]の3階の南向きの角部屋。チャールズの背中が笑ったように少し揺れた。 

大きな肘掛椅子からゆっくり立ち上がり、窓の方に向き直ると・・・やっぱり。窓の外にはジャックのおどけた顔があった。机にペンを置いてジャックに向かって話しかける。 

「お前、また何やってるんだ。」 
「宴会の誘いに来た。早く窓を開けろチャーリー。寒いんだ。」 
「あたりまえだろう。こんな時期にそんなところに張り付いているバカがいるか。」 
「せっかくお誘いに来てやったんだぞ。早く開けて中に入れてくれ。じゃないとまた見つかって怒られちまう。」 

窓を開けるとジャックが飛び込んできた。ジャック・ケルアック。彼は[[このホテル>ホテル グラントータル]]の共同経営者のひとりである。経営者仲間の幼馴染みからはもう60年近く、「木登りジャック」と呼ばれている男だ。 

「お前なぁ。何が楽しくて自分のホテルの壁をよじ登ってくるんだ?」 
「登ったんじゃないぞ。屋上から降りてきたんだ。下から登るには今日は寒すぎる。」 
「普通に廊下を歩いてドアから入ってこいよ。」 
「バカ言うな。そうやって来てもお前は入れてくれないじゃないか。」 
「あぁ、執筆に夢中になってしまうとそういうこともあるかもしれん。」 
「あるかもしれんじゃないぞ。おかげでこの間はビルの元部下に見つかってこっぴどく叱られてしまったじゃないか。思い出しても腹が立つわい。」 
「そりゃ街の治安を守るのが警察官だからな。まさかホテルのオーナーがそんなことしているなんて思わんだろうが。」 
「グダグダ言ってないで支度しろ。もうロビーでビルとアレンが待ちかねてるぞ。」 
ジャックはそのまま出て行った。屋上に戻ってロープを引き上げ、証拠隠滅をするつもりであろう。チャールズは部屋着からピンストライプのクレリックシャツに着替え、首に水玉模様のアスコットタイを巻いた。鏡を覗きこみながら軽く髪を整えるその右手の平には銃胼胝があるのが見える。彼は部屋を出てエレベーターに乗った。 

ロビーに降りるとその一画で3人の男が待っていた。一人は先ほど窓から部屋に誘いにきたジャック。高い所を見ると登らずにはいられないという彼は、世界の名峰のみならず世界の有名なビルを端から登ってあちこちの警察にごやっかいになったという変わり者。横に足を組んで座っている大男はウィリアム・バロウズ。通称「太っちょビル」。彼は元警察官で一昨年警察署長の身から引退した。仕事にかまけて妻の臨終に立ち会えなかったことを未だに悔やんでいる。その横にいるやはり少し小太りの男はアレン・ギンズバーグ。通称「早打ちアレン」。彼らが子供時代に熱中したパチンコと言われる飛び道具で2発の小石を投げられるのはアレンだけだったからだ。愛妻家で恐妻家の彼は妻と同じくらいやかましいスパニッシュ・コッカースパニエルと共にこの街の郊外で暮らしている。 

この3人の幼馴染とチャールズ・ブロウスキが出会ったのは、妻に先立たれた彼が住み慣れた家を出てここに仮の宿を取った最初の夜だった。古めかしいイングリッシュパブでスコッチを傾けていた時のこと。店の中で大笑いしながら騒いでいた3人組にチャールズの横に座っていた2人の若い観光客らしき男が酔っ払って絡んだのだ。何が起こったのかはわからない。ただその若者はあっという間に店の床に沈んでいた。椅子2脚を壊された店主が怒って、酔っ払いの若者と3人組、そしてなぜかチャールズまでを店から叩き出した。呆然とするチャールズに陽気な声でジャックが声をかけてきた。 
「おー、あんたは巻き添えか。良かったらこの先の店で飲みなおそうぜ。」 
そうして彼らは飲み仲間となった。奇しくもチャールズも3人組と同じ年だったのだ。彼らはチャールズを「チャーリー」と呼ぶ。ここに来るまで数十年、そんな風に呼ばれたことがなかったのでちょっと照れ臭かったが、すぐに慣れてしまった。 

それからは毎晩のようにお誘いが来た。執筆に熱中しているときは断ることもあったが、煮詰まっている時には彼らと一緒に酒を飲んでいる方がいい。ジャックの豊富な恋愛話を聞いたり、ビルの手柄話を聞いたり、アレンの奥さんのかわいい話や怖い話を聞いたり。ビッグ・マムの店ではシェリーを飲んで歌い、そしてビッグ・マムのウェストが今より10インチは小さかった頃の話や、悩める若者たちをからかっては笑い合う。ジャックはそんな時でもプレイボーイっぷりを発揮する。彼の大げさなお世辞にビッグ・マムはジャックの背中を叩きながらもうれしそうだ。恐妻家のアレンのために、この楽しい宴会はたいていいつも10時前にお開きになる。その分だけ始まる時間が早いことは言うまでもない。今日のように明るいうちから、彼ら4人の姿は街中のパブのどこかで見ることができる。 

今日は[[古城>古城(離宮)]]の手前にあるパブ、「[[Skinny Irene]]」に繰り出した。彼らのお気に入りのこの店はとても狭く、4人が入るともうほとんどいっぱいだ。ビルなどはお腹を引っ込めないと歩くこともできない。でっぷりと太ったマスターはいったいどうやってカウンターの中に入ったのかはこの街の七不思議のひとつと呼ばれている。口さがない人は「サンショウウオのようここで生まれ育ったに違いない」言う。マスターはもう古馴染みなので、4人が入ってきた時にはシェリーのグラスとボトルを出しはじめていた。シェリーを揚げたパスタと一緒に出すと、丸い大きな体を器用にくるくると回しながら手早くフィッシュ&チップスの準備をする。 

いつものようにシェリーで乾杯をした後、それぞれが好きな酒を手に酒宴が始まった。今日の話題はチャーリーのいつまでたっても進まない小説の話だ。ここ数か月、まったく小説が進まないというチャーリー。 
「そもそもお前みたいにいつまでもぐだぐだと死んだ嫁のことを考えているヤツには恋愛小説なんて無理だ。少しは俺を見習え。この年になっても若いお姉ちゃんとウハウハだぞう。」 
ジャックがあごひげをつまみながら言う。すでに顔を赤くしてだるまのようになったビルがそれに続く。 
「そうそう、俺なんざ妻が死んだときにはここから150キロのところでパンと牛乳飲んで張り込みしてたぞ。」 
「お前らなぁ、少しは普通の人生ってのを考えてみろ。大恋愛というのは俺のように、暖かい家庭を持つことで終わるものだろうが。」 
と、アレン。すかさずジャックが 
「ギャースカプースカと怒られ続けるのを我慢し続けるのも愛ゆえか、哀れなアレンよ~」 
と歌うように節をつけて言い、肩をすくめたアレンを除く3人は腹を抱えて大爆笑する。 

「さて、そろそろ帰るか。アレンのかみさんにどやされる前にな。アレは昔の俺の先輩刑事よりよっぽど恐ろしいわ。」 
ビルのその言葉をきっかけに4人は勘定を払って外に出た。そして[[パブ>Skinny Irene]]の前で肩を組み、大声で歌いながら帰ろうとした時だ。[[バプ>Skinny Irene]]の2階にちらっと小さな灯りが見えた。そこは貸し部屋になっているが、今は無人のはず。一番先に気がついたアレンが歌いながら残りの3人に目配せをしてその灯りを伝える。みんなすぐに気がついた。そっと輪から抜けたビルは今出てきたばかりの[[パブ>Skinny Irene]]に戻る。他の3人は歌いながら[[古城>古城(離宮)]]に向かって歩き、そしてこっそりとまた店の前に戻ってきた。ビルは店の前で待っていて、2階はやはり空き部屋だというマスターの言葉を伝える。4人は再び店に入っていった。 

「おい、どうする?[[警察>警察署]]を呼ぶかい?」 
というビルの言葉にマスターは巨体を揺らして全身で拒否をする。 
「警察は勘弁してくれ。元警官のバロウズの旦那の前で言うのもなんだが、うちのような小さな店だと警察官が来ただけで客が減っちまう。」 
「そんなこと言ってもなぁ。泥棒だったらどうするんだよ。」 
「あそこは家具が置いてあるっきりだから大丈夫。盗むものなんてありゃしないさ。」 
「いや、そういう問題じゃあなかろう。」 
ひとしきり揉めた後にジャックがニヤリと笑って声をひそめて言った。 

「どうだい?俺たちで捕まえてやろうじゃないか。」 
「どうやって?」 
チャーリーが聞き返す。 
「そんな無茶な」 
マスターが両手で頭を抱える。 
3人の幼馴染はみんな興奮したような顔で方法の検討に夢中だった。元警察官のビルは相手が武器を持っていること、複数である可能性もあるということを考えなくてはならないと言う。マスターに部屋のだいたいの地図を書いてもらい、銃は持っているかと尋ねる。マスターが酔っ払いを脅すようにとカウンターの奥にひそませてあったリボルバーを出してきた。古めかしいがウォルナットのグリップもきちんと磨かれ、よく手入れされているビクトリー・モデルだ。ビルがそれを受けとり、チャーリーに渡す。 
「使えるだろ?援護してくれ。」 
「お前は?」 
「俺は飛びかかるさ。まだまだ若いものには負けん。」 
ビルはニヤリとうれしそうに笑う。作戦会議は終わった。それぞれの役割を決め、段取りをつけた彼らは、所定の位置へと散っていった。 

アレンはそっと店から出て行き、向かいの[[貿易会社>Ayucow trading]]の前に身をひそませた。そしてポケットから年季の入ったパチンコを出し、1個目の小石をはさんだ。よっぱらったときには時々これでさまざまな芸を見せてくれるのだ。なのでこちらは問題なし。ジャックはロープを借りて肩にかけ、心配するマスターの声に 
「この街の建物で俺が登ったことがない建物はないんだぜ?」 
とウィンクをして答え、裏から壁伝いに屋上へと登って行った。腰からびちょびちょに濡らしたタオルを入れた袋を下げている。 
ビルとチャーリーは足音を忍ばせながら2階へと昇って行く。ビルはその太った体からは信じられないくらい静かに動けるのだ。 

部屋の中では物音が聞こえている。どうやらふたりのようだ。ビルが指を2本立ててチャーリーに合図する。ビクトリー・モデルを胸元に引き寄せて構えたままうなずくチャーリー。その時、コンコンと窓をノックする音がした。中にいた人物が驚く気配があった。さらにもう一度ノックの音。ひとりが窓に近寄って行ってそうっと外を覗いている気配。もう一人は動いていないようだ。さらに小さなノックがもう一度。窓際に寄って行っていた人物が音を立てないように窓を開けた。 

とたんに「イテッ」と言う声と共にビチャっという音。ドアを蹴破りながら 
「動くな!」 
と叫びもう一人の人物に飛びかかるビル、窓の下に座りこみ、濡れたタオルを顔からひきはがしている男に銃口をつきつけるチャーリー。窓を開けた瞬間にアレンが小石を2発、男の顔と手に打ち込み、同時に壁際に貼りついていたジャックが窓の外から顔を外に出した男の顔を濡れタオルで殴ったのだ。ジャックが窓から飛び込んできても男は呆然と座り込んだままだ。男が窓を開けてからすべてが終わるまでわずか4秒。アレンも階段を駆け上ってきた。侵入者のひとり、ビルが飛びかかって押さえつけていたのは若い女性だった。 

両手を壁につけさせ後ろ向きにさせたふたりにチャーリーが銃を向けている。身体検査をしても何の武器も出てこなかった。どうやらここにしのびこんで「スリリングでロマンチックな夜」を過ごそうとしていたカップルらしい。どちらもこの街の人間ではないようだ。ロマンチックはほどほどであったがとてもスリリングであったことだけは間違いがない。ふたりを連れて下に降りると、カウンターの中でマスターが震えていた。ビルがてきぱきと事情を話し終えると、マスターは大きく息をついて顔中に噴出した汗をタオルで拭いた。 
「で、どうする?こいつらの処分。不法侵入で捕まえることはできるぞ。」 
ビルが言うとマスターは汗を拭きながら警察には言わないと言った。どうしても警察が嫌いな何かがあるのかもしれない。ふたりの侵入者は軽く説教されただけで解放された。そしてもうしませんと何度も頭を下げてから夜の街に走って逃げて行った。 

すべてが終わって、4人は笑いが止まらなかった。 
「なぁ、俺たちならまだまだこのくらい軽いさ。」 
はしゃぐ彼らに店のおごりだと、マスターが酒やつまみをつぎつぎと出してくる。 
「アレンのパチンコは相変わらずすごい精度だなぁ」 
「ジャックの濡れタオルパンチもいいアイデアだった!」 
「ビルはテンパっていてつかみかかったのが女だって気がつかなかったんじゃないのか?」 
「よせやぃ。すぐに気がついたわ。チャーリーこそ肘が震えていたじゃないか?」 
興奮が冷めないまま、マスターを交えて今夜の大活劇を何度も繰り返し繰り返し話しつつ杯を重ねる。自分たちが成し遂げたことを肴に飲む酒は何よりもうまい。20代の頃よりほんのちょっとだけ体は衰えているのかもしれない。でも自分たちにはあの頃にはなかった経験という力とそして無敵のチームワークがある。 

明日の朝はきっと全員が二日酔いであろう。アレンは奥さんに叱られるに違いない。今夜はたまたまうまくいったが、もしかしたら誰かがけがをしたり最悪死んでいたかもしれない。終わりよければすべてよし。この大活劇はチャーリーのスランプ脱出のきっかけになるだろうし、うわさはきっと明日には街中に広がって彼らの勇敢さの名声は高まるだろう。でも今の4人にはそんなことは関係ない。何がおかしいのかお互いの肩をバンバン叩きあいながら、大声で歌いそして笑う。ケ・セラ・セラ。それは彼らのためにあるような歌。


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