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    <title>About</title>
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      |&gt;|サイト|
|サイト名|&amp;big(){&amp;b(){淡雪手帖}（あわゆきてちょう）|
|内容|ブログ、小説、書き散らしたものの置き場。&amp;br()ハルヒ、らき☆すた短編小説がメイン。|
|開設|Mar.20, 2009 仮設置|


|&gt;|&gt;|管理人|
|名前|&amp;bold(){Tardis}（たーでぃす）改め&amp;br()平有範（たいら　ありのり；有職読み可）|&amp;bold(){団栗}（どんぐり）|
|趣味|Ｆ１、音楽、小説、惰眠|アニメ鑑賞・音楽鑑賞・体を動かす事|
|性別|♂|♂|
|血液|Ｏ＋|Ｏ＋|
|誕生日|2月21日|3月26日|
|在住|滋賀県|高知県|
|職|（苦）学生|学生|
|特徴|変人。背が低い。読書家。&amp;br()運動は総じて嫌い。&amp;br()食べるのが好きでも太らない。&amp;br()基本的に何にでも自分の考えは持っている。&amp;br()世の中の事柄に何にでもメスを入れたがる&amp;br()視点は常に斜め45度から。&amp;br()若干の“歩くウィキペディア”。&amp;br()言語と格言が好き。&amp;br()日本語の美しさを果てなく追求中。&amp;br()でも欧州各国の言語にも興味有り。||
|好物|F1、モータースポーツ全般&amp;br()気が向けばサッカーも観る&amp;br()『涼宮ハルヒの憂鬱』 &amp;br()『けいおん！』『らき☆すた』&amp;br()『とらドラ！』『みなみけ』&amp;br()『CLANNAD』『頭文字D』&amp;br()『聖☆おにいさん』&amp;br()&amp;br()音楽が好き。作曲不可。&amp;br()ピアノが好き。ギターも弾ける。&amp;br()所持ギターは青いYAMAHA FG-720。&amp;br()&amp;br()AE86、その他軽いクルマ&amp;br()故スーパーアグリＦ１&amp;br()|『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『とらドラ！』&amp;br()最近は東方projectが好き。|
|音楽|槇原敬之、茅原実里&amp;br()ジェロ、キンモクセイ、&amp;br()a cappellers、BUMP OF CHICKEN&amp;br()クラシックも多少聴く。&amp;br()アニソンなら&amp;br()ハルヒ、らき☆すた&amp;br()けいおん！、マクロスＦ|主にアニソン。&amp;br()直さねばとは思うが・・・|
|好きな著名人|槇原敬之、茅原実里&amp;br()佐藤琢磨、矢嶋卓郎&amp;br()芥川龍之介、太宰治&amp;br()中島敦、吉田修一&amp;br()アーサー・Ｃ・クラーク|オードリー|


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      #image(http://nagaton.img.jugem.jp/20090603_1213459.png)
淡雪手帖へようこそ！

このサイトは、
（Tardis改め）平有範・団栗の二人の共同運営となっております。

主にハルヒやらき☆すた、東方の小説などを書いております。
また、ブログでは雑感やエッセイなども書き連ねています。
&amp;italic(){since Mar.20, 2009}

&amp;bold(){Nov.20, 2009}
[[L&#039;amour Est Bleu]]追加。


&amp;bold(){Nov.13, 2009}
Tardis、[[L&#039;amour Est Bleu&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1545.html]]
団栗、[[水みたい&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1547.html]]で
[[らき☆すたSSスレまとめ@ ウィキ - 第17回コンクール(お題:水)&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1543.html]]参加。

&amp;bold(){Oct.20, 2009}
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    <title>L&#039;amour Est Bleu</title>
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    <description>
      執筆日　2009年10月9日
備考　[[らき☆すたＳＳ第17回コンクール(お題『水』)&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1545.html]]参加作品。
[[Love was sleeping.]]と重なる部分も多々あります。エピソードやメッセージにかなり共通した部分があるので、続けて読んでいただけると非常に面白くなるかと思われます。
友情物語なのに『恋はみずいろ』とはこれいかに？それはよんでからのお楽しみ。
図らずも“Love was sleeping.”と“Love is blue.”との対比関係になってしまったのは本当に偶然です。
----

　水だ。辺り一面が水、水、水。いや、何も水をぶちまけたわけじゃない。それに風呂場でもプールでもない。
　しかしながらここに水があることは至極当然だろう。そしておそらく、これ以上たくさんの水を貯めておける場所は日本には存在しないと思う。

　そう、日本最大の“貯水池”、琵琶湖の真ん中に、私たちはいた。


　　　L&#039;amour Est Bleu
～マザーレイクと侘寂[ワビサビ]の心得～


　１．

　私たちが３年生になって早半年、終わってみればあっという間の夏休みも終えて少しずつ受験に向けて学年全体の雰囲気が殺気立ってきた９月だが、私たちは今一つ目の休戦協定、すなわち修学旅行の真っ最中だった。
　今年から修学旅行の行き先が京都・奈良から京都・滋賀に変わった。何でも、今年から我が陵桜学園が文部科学省のスーパーサイエンスハイスクールに指定されたとかで、どうやら理系科目に力を入れなければならなくなったらしい。
　その結果文系科目、すなわち日本の歴史に触れるための奈良よりも、琵琶湖の水質などの理系分野に触れられる滋賀県に行き先が変わり、しかもそのついでに修学旅行のコストまでもが下がった。昨年から集めていた積立金の額は例年と同じだったので、余った予算分のボーナスとして、私たちは琵琶湖の外輪船・ミシガンに乗って琵琶湖をクルージングできることに相成ったわけである。
　正直に言えば文系の私たちにとってスーパーサイエンスハイスクール指定など何の恩恵もなく（積極的に恩恵を享受しようとしなかった私にも責任はあるが）、むしろ文系蔑視とさえ思ったこともあったが、今回限りは陵桜学園が指定されて良かったと素直に思った。
　私たちの班は同じ３年Ｃ組からいつもの４人。小早川ゆたか、田村ひより、クラス委員長の若瀬いずみ、そして私、岩崎みなみだ。
　私は仮にも日本海運の先駆者・日本郵船の創始者にして三菱財閥の祖・岩崎弥太郎から続く岩崎家の人間だというのに――たとえ分家だとしてもだ――、未だに客船などに乗ったことがなかった。もちろん偶然といってしまえばそれまでなのだが、どことなく今までの18年近い人生を勿体なく過ごしてきてしまったような気がして、だからこそこの生まれて初めて外輪船で感じる大海原（いや、大湖原だ）を心から嬉しく思い、また強く惹かれていたのだ。

「パティちゃんもいれば良かったのにね」
　甲板の私の隣で、私と同じ風に当たっているゆたかが小さな声で言った。
「それは、言っちゃダメ」
「……ごめん。ちゃんと空港でお別れしてきたから、だよね」
「そう。帰ってしまっても友達だけど、すがりついてはいけない」

　そうだ。今年の３月に、パトリシアさんはオハイオ州に帰ってしまったのだった。彼女は埼玉県の姉妹友好州であるオハイオ州からの交換留学生で、留学期間が元々丸１年の予定だったことも知っていたから、いつかは別れの時が来ると頭では分かっていたつもりだったが、いざ春になってみるとやっぱり寂しかった。本人の前では泣くまいと決意を固めて羽田空港まで皆で見送りに行ったのに、最後の３秒、彼女がゲートの向こうに消えてしまう３秒前、涙をこらえることが出来ずに泣き出してしまった。パトリシアさんにも、そしてゆたか達にも、私が初めて見せた涙だった。

「うん、でも写真は送ってあげたいな」
「田村さんがいっぱい写真撮ってる。きっと喜ぶと思う」
「そっか。やっぱり田村さんが一番仲良かったもんね」
「そう……姉妹みたいだった」

　田村さんは外輪船に乗る前も乗ってからも、常にカメラを首から下げて写真を撮って周っている。それでも写真に追われることなく修学旅行を楽しんでいるようなので、私が心配することはないだろう。
　この船の名前から分かるように、滋賀県の姉妹友好州はアメリカ北東部のミシガン州である。パトリシアさんの住むオハイオ州の北隣にあるので、ひょっとしたら彼女は五大湖なんかも訪れたことがあるかもしれない。きっと日本の琵琶湖とはまた違った湖なのだろうとは思うが、残念ながら私はそこまで予習を深めてこの修学旅行に臨むことは出来なかった。

「ゆたか」
「何？」
「今夜も、みんなで一部屋だっけ」
「そうだよ。明日の夜だけ二人部屋」
「……そう。ありがとう」

　昨日の早朝に幕を開けた修学旅行で、新幹線から古都に降り立った私たちは京都駅からほど近い清水寺と金閣寺に行った。今日は滋賀県の大津港からミシガンに乗ったあと、琵琶湖博物館で琵琶湖の歴史や生態系について学び、明日は東山の京都市動物園や琵琶湖疎水と知恩院と南禅寺、そして最終日は嵐山と嵯峨野へ行き、北野天満宮で合格祈願をしてから新幹線に乗って東京まで戻る、というのが今後の予定だ。かつてのみゆきさんや今の私のような東京都民も陵桜学園にはわずかながら居るので、希望すれば東京駅からバスに乗らずに現地解散することも許されていた。

　もうすぐこの外輪船は、出発地の大津港とは対岸に位置する烏丸半島の琵琶湖博物館に到着する。私はゆたかに行こう、と小さな声で下船を促した。また大津港まで戻ってくる時に、湖の風に吹かれることにしよう。


　２．

　滋賀県立琵琶湖博物館は、全国でも珍しい、淡水湖をテーマにした博物館である。日本最大の湖をテーマにしているだけあって（そして世界でも屈指の歴史ある湖でもあるのだ）その展示品のボリュームも計り知れない。琵琶湖の歴史や、その周辺に生活していた人々と琵琶湖との関わり、“近畿の水瓶”として琵琶湖が果たしてきた役割などなど、学校の地理の授業でも生物の授業でも到底及ばないほど専門的な展示室を、私たち４人は知的好奇心とカルチャーショックを両手に抱えながら周った。さっきミシガンの甲板にいた時は、ここは海でもおかしくないとさえ思ったのだが、東西両方に岸があること、そこに橋がかけられていること、そして両岸の向こうにそれぞれ山々が連なっていることから察するに、これだけ巨大でもやはり琵琶湖は湖なのである。
　この琵琶湖博物館の最大の見所は、琵琶湖の水質と生態系を再現した水槽を“くぐれる”水族展示室である。厚さ数センチのガラスで水槽下部をトンネルが貫いていて、まるで湖底を歩いているかのように水槽を見上げることができる。

「ねぇ岩崎さん」
「どうしたの？」
　私より少し後ろを歩いていた若瀬さんが話しかけてきた。
「岩崎さんこういうとこ来るの？」
「……博物館とか？」
「っていうか、水族館とか」
「ひとりでは来ない、かな」
「だよね……私も中学の修学旅行で美ら海[ちゅらうみ]水族館行ったきりだわ」
「どうだった？」
　私も沖縄に行ったことはあるが、残念ながら美ら海水族館を訪れる機会には恵まれなかった。水族館なんてどこでも同じと思ったら、意外と各水族館によって売りが違ったりするのだ。
「美ら海？海水魚ばっかりでここと全然雰囲気違うわよ。こっちの方が変わってるのかな？淡水魚だから派手じゃないけど、いろんな奴がいて面白いよね」
「うん……私たちもそうかな」
「まあ、確かに私ら４人は派手ではないかな、失礼を承知で言えば」
「いや、そんな意味じゃ」私は慌てて失言をフォローする。
「あはは、分かってるよ。岩崎さんそんなこと言う人じゃないしね」
「ごめんなさい……」
「謝りなさんなって。癖になるよ？」
「……ありがとう」
　若瀬さんは私の背中をバシバシ、と叩いた。普段よりいささかテンションが高いのだろうか？修学旅行中だからはしゃいでしまう気持ちはよく分かる。分かるけれど、少しだけ背中が痛かった。

　ゆたかは田村さんと一緒に、その背中が見えないくらい、私たちよりも前を歩いている。私と若瀬さんは一度展示物に見入ってしまうと周りが見えなくなってそのまま置いてけぼりを食らうという大変間の抜けた点が共通していたようで、私はゆたかに、若瀬さんは田村さんに、それぞれ自分たちのことは気にせずに先に行くように言っておいたのだ。

「しっかしアレだね、あの子らちゃんと展示物見てんのかな」
「うん……急ぎ足のようでも、あれでゆたかはちゃんと見てるから」
「問題は田村さん、か」
「田村さんのことは未だに分からないことがいっぱいあって……」
「見当つかないの？」
「うん……ごめん」
「いやいや、私だってそうよ。仲良くしてる私らがこんなこと言うのも何だけどさ、あの子のことは正直よく分からないわ」
「若瀬さんでも？」
「いやいや、あんたらの方が付き合い長いんじゃないの？とにかく謎めいてるっていうのかな、冗談で自分でわざと作ったキャラがあるせいで、本心があんまり見えて来ないのよね。本人の性格の中に、“私とはこうあるべき”っていう形が出来てるから」
「そう……確かに、時々距離を感じることはある」
「でしょ？これは私がこの１年半彼女を見てきた推測でしかないんだけど、多分、自分は当事者より傍観者でいたいタイプなんじゃないのかって。だから私たちにもある程度は歩み寄って来てくれるけど、一定ラインよりも内側には足を踏み入れまいとしてる。例えばあなたと小早川さんみたいな、お互いが不可欠なくらい親密な関係っていうのが苦手なんじゃない？」

　それなら、田村さんは一体誰を心の支えとして生きているのだろう。考えようと思ったけれどやめにした。そんな無粋なことをして気分を盛り下げたくない。

「まあ、何にせよアレだわね」
「……何？」
「田村さんが一番周りが見えてないタイプだし、あとでちゃんと展示見たか聞きただしとかなきゃいかんわ」
「そう」

　ただ一つだけ言えるのは、田村さんだって私たちには不可欠だということだ。私もゆたかも、深く思いつめて全体が見えなくなったり必要以上に悩んだりすることがある。そんな時に田村さんはいつも、私たちの重荷を下ろすために手を貸してくれるのだ。１年生の頃の桜藤祭のチアダンスや長距離走の大会なんかがその最たる例で、私がゆたかへの接し方に悩んでいた時に彼女が解決策を示してくれた。
　だから決して彼女はこの水槽の水ではなく、私たちと同じ魚の一員であると私は思う。同じようにそばにいる人であっても、彼女と私の間に妙な距離を置くのはやはり、あるべき姿ではないと思うのだ。


　３．

「岩崎さんって意外と頭にタオル載せるの似合うよね」
「え……」
「あ、本当だわ。また岩崎さんの新しい魅力はっけーん」
「これは写真にしたら売れるなぁ……いろんな意味で」

　頭に手拭いを置いた人たちの写真集なんか見たことも聞いたこともない！あと私はグラビアアイドルなんかじゃないからこんな写真撮られても……需要あるのかな。ふと、ゆたかの居候先の小さな先輩の顔が浮かんだ。そういえば需要が何だとか言っていたな。ずいぶん前の話になるけれど。

　修学旅行２日目の夜、私たちは昨日と同じような、京都のとあるホテルの４人部屋に泊まることになった。部屋にあるお風呂は欧米型のユニットバスだけだったので満場一致で大浴場への突撃が可決され、私たちは同じ陵桜の他の生徒たちと同様に、残暑厳しい９月にしてはやや熱めの41℃のお湯に１日の疲れを溶かし込んでいる。

「ゆたか、熱いから気をつけて……」
「ん、ありがと」
「やっぱり岩崎さんは優しいッスよね。見てて妬けるよ、ねぇ委員長？」
「これこれ、あんたが妬いてどうすんのさ。そりゃ私も……ちょっとはうらやましいけど」
　珍しく若瀬さんが委員長としてではなく、いち高校生の若瀬いずみの主観での率直な感想を話してくれたので、私を含めた４人は珍しく皆吹き出すように笑った。ゆたかも少し苦笑いを見せている。
でもよくよく考えたら、いくら体格差があるとはいえ、ゆたかを膝の上に座らせて後ろから抱き締めるのは良くなかったかもしれない。私はこうやってゆたかを落ち着かせるのが好きで、また私もこれをやると物凄く落ち着くのだ。
「確かに、もうあんたら結婚しちゃえよ、って思うことは多々あるわね」
　また若瀬さんがおかしなことを言う。お湯の温度が割と高かったが、ひょっとしてのぼせてはいないだろうか？
「でしょ？もう傍から見てると面白いというか、微笑ましいというか」
「みなみちゃん、これは喜んだらいいのかな」
「……悪い気はしない、たぶん」

　ずいぶん遠回しではあるが、仲がいいことを良く言ってくれているのだから、実のところ私は結構嬉しかった。こうやってからかわれるのも悪意がなければなかなか楽しい。

「うーん、でも２人は多分一生仲良くやっていけると思うよ」
「そうね。そういう意味で言えば確かに妬けるわ」
「……ありがとう」
「うん、私はみなみちゃんずっと大好き。大学に行って疎遠になるなんて考えられないよ」

　自分の顔が赤くなっていくのが分かった。きっとお風呂のせいだけれど。

　確かに卒業までのタイムリミットが近付いているから、受験までの残り日数においても、思い出を残す最後の機会としても、１日１日が大変貴重に感じられる。今になって、と言われればそれまでだが、最近の私は何だって楽しんでやろうと思うことにしている。駆け込み需要みたいなものではあるが、ゆたかやみんなと同じ教室で毎朝顔を合わせて同じ授業を受けて一緒にお昼ご飯を食べて春日部駅まで肩を並べて帰ることが出来るのは、泣いても笑ってもあと半年しかないのだ。無論みんな平等にいつかは卒業する日が来ることは分かっていたけれど、私もいざそれを実感するようになると、もう卒業まで時間がないのだということをひしひしと感じる。

「みなみちゃん……上がりたいんですけど……」
　ゆたかの小さな声で目が覚めた。目が覚めた？熱いお湯にのぼせたのは私の方だろうか、どうやらゆたかの方に頭を載せたまま惚けてしまっていたらしい。少し意識のなかった時間がある。私は慌ててゆたかの華奢な身体から腕をほどいて、自分も風呂から上がることにした。


「ふう……お風呂も入ったし、おいしいバイキングも楽しんだし、やることなくなっちゃったね」
　４人でホテルの自室に戻り、一番最後に部屋に入った田村さんは開口一番こんな台詞を口にし、そこに若瀬さんがこんな一言を放った。
「いやいや、お楽しみはこれからでしょ！ねえ小早川さん？」
「え？お楽しみって？」
「頼んでもないのに親切な返答ありがとうさん！修学旅行の夜のお楽しみと言ったらアレしかないでしょ？」
「ああ、アレね。アレだよね」
　田村さんが答える。ああ、あれか。さすがの私も薄々分かってきた。本当にこのメンバーでやるのか。
「そう、じゃあやると決まったらほら、ジャンケンでローテーション決めて」

　順番はすぐに決まった。みんなから一体どんな話が出て来るのかが楽しみで、私はまるで後に歴史に残ることが間違いないであろう名演説を目にする３分前のような気分だった。オバマ大統領の就任演説を待つ米国民はきっとこんな気分だったのだろう。


　掌編１．

　みんなもう知ってると思うけれど……私は中学３年生の春までピアノを習ってて、自宅で個人でピアノレッスンをしてる先生に１対２で指導してもらってた。その丸10年間ずっと一緒にレッスンしてた子がいて、私の数少ない幼馴染みで、私と違って明るくてちょっとやんちゃな子で、学校は別々だったけど、よくレッスンのあとに２人で晩ご飯食べに行ったり、それぞれの家に行って自分の作曲した曲を聴かせ合ったり、発表会で連弾したりもした。
　高校受験でピアノをやめる寸前の最後の発表会の前の日の夜に、私の家に彼が来て、不安だから一緒にいさせてくれっていうから、私の部屋にいたんだ。
　ずっと手をつないで私の部屋のベッドにもたれて、揃いも揃って座ったまま寝てた。次の日は土曜日なのに朝の６時半に目が覚めて、朝からピアノも弾けないから２人で散歩をした。確か高校はどこを目指すかとか、ピアノはまだやるのかとか、そんなことを話してたと思う。
　そのままお互いの家に帰って、発表会に行って、発表そのものは意外なくらいあっさりと、不思議といつもの練習と同じように弾くだけで終わった。
　全てを終わらせた後、今度は彼の家に呼ばれて、10年間の最後のわがままだから明日１日だけ自分の彼女になってくれ、って言われて。日曜日に２人だけで横浜まで遊びに行って、カップルみたいにいろんなところを回って、ランドマークタワーの展望台から夕方の海と港町を眺めて……彼に抱きしめられて、そのままキスまでされた。最後のわがままってこのことだったんだな、って思ったし、全然嫌な気持ちじゃなかった。それはたぶん、女として私を見てるってことを、あの子が初めて形にして表してくれたからだと思う。
　私はその時は恋愛感情があったのかどうか分からなかったけど、ひょっとしたらあの子のことが好きだった自分に気付いてなかったのかな、って思った時には、もう高校生になった後だったから……。


　掌編２．

　私に兄ちゃんが２人いるのはみんな知ってると思うけど、下の兄ちゃんの友達で、私のこともけっこう可愛がってくれてた人がいたんだ。中学で私が入った部活のキャプテンだったから、私が入部したその日からは先輩・後輩の関係になって、昔と同じようにはいかなくなった。
　でも運動部なのに上下関係が緩い部活でさ、「先輩の言うことは絶対！」みたいなことは全然なくて、疑問に思うことやおかしく感じたことはどんどん言ってくれ、っていう優しい先輩だった。でもなんて言うか、引っ込み思案で照れ屋な先輩で、「先輩とかキャプテンとか呼ばれるのは違和感あるから、部活中じゃなかったら昔みたいに呼んでいいよ」って言われたんだ。だから私もそうしたんだけど、これがけっこう楽しかった。部活してる最中は控えめながらも真剣な顔になるのに、部活じゃない時はちっちゃい頃みたいに頭を撫でられたりしたよ。今から思えばヘンな人だよね？でも，もううちのバカ兄貴どもはどうしようもないけど、こんな兄ちゃんならいてもいいかなって思った。
　その人が部活引退する時に言ったんだ。「君のバカ兄貴のバカな友達が最後に見せ場作るから絶対見て」って。だから私は誰よりも大きな声で応援して、その試合が終わるその瞬間までは目を皿のようにして、先輩だけを目に焼き付けた。
　試合には負けたってのに、ものすごくいい顔で笑ってたよ。今まではおとなしい微笑しかしなかったのにさ、何か、燃え尽きたボクサーみたいな顔してた。
　戻ってきた先輩にタオルとドリンクを……まあお茶だったけど、それを渡した時に、今までされたことのないように、抱え込んで抱き寄せるように頭を撫でられた。真夏だったし、お互い汗だくで普通そんなことしないもんなのにさ。でもすごく気持ち良かった。昔から、私を誉めてくれる時には頭を撫でてくれたけど、これも最後だと思ったら、みっともないけどいつの間にか泣いちゃってさ。でも先輩はそんな私をずっと撫でてくれてたんだ。最後に「ありがとう」って言われたのが忘れられないよ。


　掌編３．

　うーん、２人ともいい話だったからプレッシャーかかるわ。私は幼馴染じゃない人の話。
　私が中学の頃行ってた塾の同級生の男の子がまた賢い人でさ、私なんかが束になってもかなわんような人で、今は某大学附属の高校にいるんだけどね。とにかくその人はすごいなぁって、何か私と違う世界にいるなぁって思ってた。
　でも受験生になったばっかりの頃のある休日に、お昼ご飯食べに近くのスーパーに行って、休憩所でサンドイッチ食べてたらそいつが向かいに座って来てさ。確かに休憩所はいっぱいだったし、他に相席できそうな人もいなかったから私のとこに来たんだろうけど、それから毎週末、ご飯食べてるとそいつがまた弁当買って相席しに来るのよ、混んでなくてもね。
　でもまあ、お互いに話すようになって、勉強だけじゃなくていろんなことを教わったわ。２人とも意外と朝が弱いとか、近所のマズいラーメン屋の水がレモン水に変わって、水までさらにマズくなったとか、他愛もない会話もよくしてたけどね。
　でもそのうち毎日勉強してるのがだんだん面倒でも苦痛でもなくなってきて、むしろ塾に行ってそいつと勉強して夜遅くに一緒に帰る、ってのが楽しくなってきたのよ。
　夏休みは毎日一緒に昼ご飯食べて、夜まで授業して自習して、でもお盆は遊べる最後のチャンスだからって説得して市民プールに連れて行ってさ……なのにあいつ、カナヅチだったのよ。なんであんな頭いいくせに泳げないのかね。ちょっと意外だったけど、逆にそれが面白かったわ。ついでに泳ぎ方も叩き込んだしさ。
　秋には長い２学期の途中で力尽きて熱出して倒れた私のお見舞いに、わざわざ氷枕なんか作って来てくれたしね。私は風邪うつるから帰れー！って言ったのに、お前が風邪で放っとけるかドアホ！って言われた。
　お正月には合格祈願に行って、そこの神社で、お守り代わりに３本セットの鉛筆を買って、色違いだったから１本ずつ交換してさ。ここまでやっときゃ受かるだろ、って言ってたら本当に受かっちゃった。お互いの合格を見て、それからずっと抱き合ってた、っていうところがまあ、話の山場かな。お恥ずかしながら、キスしたかどうかは覚えておりません、ってことにしといて。


　掌編４．

　最後は私だね。私がまだ実家にいた時の話。
　同じ町内の中に私の古い友達がいてさ、昔はよくお互いの家に遊びに行ってたんだ。その女の子には年子の弟がいて、その子も私と一緒によく遊んでた。学校もみんな同じだったけど、先輩後輩っていう意識はなかったなぁ。温和で気配りが出来るから、いつも丁寧に話す子だったよ。
　中学２年の頃かな、その男の子と私とだけが、それぞれの家の都合で留守番しなきゃいけなくなった時があったんだ。うちはお姉ちゃんの結婚式の準備で、向こうは両親は親戚のお通夜とお葬式、お姉ちゃんは部活の合宿。だから私の家にその子に来てもらって、晩と次の朝に、私がご飯作ってあげることになったんだ。今よりも全然料理出来なかったんだけどね。
　その日の夜に私がキッチンで料理してたら、うちの姉ちゃんじゃなくてこんな姉が欲しかったなぁ、ってその子が突然言ったんだ。
「なんで？お姉ちゃんに不満でもあるの？」
「いや、だってこっちの方が可愛いもん。僕けっこうタイプだよ」
「それって、お姉ちゃんにしたいっていうのとまた別じゃないかな」
「どうかなぁ。とにかく今日と明日は僕の姉ちゃんになってくれるんでしょ？」
　晩ご飯食べながらいろんなことを話した。お互いのクラスのこと、私の友達でその男の子のお姉ちゃんのこと。最近は身体壊してないかって心配もしてくれた。
　寝る時はお客さん用の布団出して別々の部屋で寝てたんだけど、夜中の１時くらいに、落ち着かないから一緒にいたいって言って、私の部屋に来たんだ。私は昔からみんなに迷惑かけてばっかりで頼られたことが少なくて、人に甘えてもらって嬉しかったからかな、今日と明日だけは好きなだけ甘えてくれたらいいや、って思った。
　今思えば変な話だけど、２人とも昔の小さな頃みたいに並んで眠った。私より二周りは大きかったから、昔と同じように頭を撫でてくれて、昔と同じように抱きしめられて眠った。私の方が年上だったのに、いつも私をかわいがったりしてたから。
　でもその時だけは、まだ一度もしたことがないようなキスをされた。私はいつまでも『女の子』のままだったのに、いつの間にかその子が『男の子』から『男』に変わっていくのを感じたよ。自分でこんなこと言うのも何だけど、今思えばその子はたぶんずっと私を好きでいてくれてたんじゃないかな。今こうやってみんなに話してると、だんだんそんな気がしてきたなぁ。


　４．

　次の日、私たちは京都市動物園の見学を挟んで、昨日に引き続き琵琶湖についての造詣を深めるべく、東山の琵琶湖疎水記念館にいた。琵琶湖から水が流れ出ているのは本来は一本の川だけだったのだが、この疎水の完成によってさらなる水の供給や、水力発電まで可能になったという。
　インクラインという、船を陸上で運ぶための線路が道路と平行に遺っていたのが印象深かった。レンガ造りのトンネルなんかも、武士や貴族の時代とはまた違った西洋の近代化が推し進められた頃の、いわゆるハイカラな雰囲気が独特で、またそれが長い歴史を誇る知恩院や南禅寺のほど近くにあるものだから、東京に遷都されてもなお歴史ある都市としての地位を保っていたことがくっきりと目に見えて新鮮だった。

「岩崎さんはこういうハイカラなの好き？」
「うん、けっこう」
　田村さんが私に問う。
「岩崎さんの地元の方にこんな感じのとこないの？」
「横浜まで出ればある、かな。博物館とか、カレーミュージアムとか」
　後に気付いたのだが、カレーミュージアムはすでに数年前に閉館していた。最近はこういう施設が入れ替わり立ち替わりで消えていく。
「ふーん、じゃあそこにあの幼馴染の子と一緒に行ったわけだ？」
「え、それは……」
　実は田村さんの言う通りで、私は確かにあの日には、洒落たお店なんかではなくて、そういった歴史的な施設や、見て楽しめる施設を回っていた。カレーミュージアムで昼食をとっていたのだが、２人とも食べたことのないカレーにわくわくしていた記憶がある。お互い飾らない、自分と相手に正直な関係だったから、食べ物に対する欲望を少しくらい見せることもためらわなかったのだろう。
「まあ、人生いろいろあるよね。今までも、これからも」
「……でも変わって欲しくないものもある」
「小早川さん、とか？」
「うん、やっぱり卒業して離れ離れになるのは寂しいから……」
　正直、あと半年だと思う度に胸が苦しくなる。だからといって考えないまま逃げ続けられるものでもないから、私は仕方なく目の前に迫る現実と向き合っているのだが。
「いや、意外と大丈夫だよ。泉先輩とか高良先輩みたいに、何だかんだでまだまだ一緒につるんでる人もいるしさ。うちの兄貴だってそうだし」
「そういうものかな？」
　急にみゆきさんの顔を思い出した。そういえば去年から髪型を変えたのだ。でも今でも昔のメンバーでよく遊びますね、と言われたこともある。
「まあ、お互いに仲良く居続けようと思うなら、だけどね」
「それは、大丈夫。ゆたかとはずっと一緒にいたいと思ってるから」
「だろうねぇ。私も太鼓判を押すよ。これだけ愛されたら小早川さんも幸せだよね」
「田村さんも、私には大事だよ……」
「私？私は今まで２人に助けられてばっかりだったよ。もうお世話になりっぱなしだし」
「そんな……いつもいろんな相談に乗ってくれてたのに」
「ああ、それは野次馬根性っていうの？老婆心っていうかさ、何か見てて放っとけないんだよね。２人にはずっと仲良くしてて欲しいし、そういう幸せそうな岩崎さんと小早川さん見てるのが、ここ２年くらいずっと趣味の一環になってるんだよ」
「趣味？」
「そう。こっちは好きでやってることだからさ、私としては義理を感じてもらう必要は全然ないわけよ。パティもそうだったけど、人の幸福でご飯が美味しくなるタイプだね私は」
「……何、それ」
　私はわざとぶっきらぼうに聞き返した。それでも田村さんなら、きっと昔と違うリアクションをしてくれるはずだ。
「何かまだ会ったばっかりの頃の岩崎さんみたいだね。どしたの急に」
「別に、何となく……」
「そんなこと言って、実は全然怒ってないんでしょ。もう今は照れ隠しなの分かるよ。前は小早川さんしか分からなかったけどね」
「……バレた？」

　こんな風にいつもと違ったことをしても、田村さんは笑い飛ばしてくれる人だ。このポジティブな性格に救われたことも多々あった。田村さんは、岩崎さんも面白くなったね、と言ってまた少し意地悪な笑みを見せた。この人がいてくれたから、私はどんな悩みでも乗り越えて来られたのだと思った。

　あとでもう一周、記念館を周ることにしよう。展示物を見ていないのはどっちだ。


　５．

「みなみちゃん、温泉行こう」
　修学旅行３日目の夕食はとある旅館での京野菜料理が中心だった。普段なかなか食べられない高級食材だ。お母さんの料理も美味しいけれど、家で食べている食事とは味が全然違った。
　皆で座敷で夕食を食べ、部屋に戻ってきて明日の準備を終えたゆたかは私に温泉に行くことを促した。私はまだ少し荷造りが終わっていなかったので、５分だけゆたかに待ってもらった。

　昨日は大浴場だったが、今日は小さな露天風呂だった。厳密には温泉ではないのだが、私立高校の修学旅行というのは妙に豪華だ。１日の疲れを洗い流して、私はまたゆたかよりも先にお湯に浸かった。
　ここからは見えないが、どこかで水が流れているのか、鹿脅し[ししおどし]の音がする。15秒に一回くらいだと思うが実際のところは分からない。

　ゆたかが私より少し遅れて洗い場から露天風呂の方へと歩いてきた。昨日は何事もなかったが、ゆたかが足を滑らせることのないように、私は彼女の足元に注意を払った。

「修学旅行、明日で最後だよね」
　ゆたかは私の隣で岩肌に背中を預けた。９月だが今夜は涼しい。肩から上だけにひんやりとした風を感じる。
「うん」
「みなみちゃんはどうだった？やっぱり楽しかった？」
「うん、また来たい」
「私も。京都に来たのは初めてだったけど、何もかも違うね。実家とも、幸手とも、もちろん春日部とも」
「ゆたかはまた来たい？」
「そうだね、出来ればみなみちゃんと２人で、かな。時間の都合で見られなかったところもあったし」
「じゃあ、また来よう。卒業したら」
「うん。ずっと友達だもんね」

　私がゆたかからその言葉を聞く度に、私は計りがたいほどの安らぎを覚える。私たちは親友だと、確かめ合えるという安心感。それは今までとこれからの私を支えてくれるものなのだろう。
「ゆたか……おいで」
　私は昨日と同じように、ゆたかに膝の上に座ることを提案した。この露天風呂はけっこう深いから、今のゆたかはあまり落ち着いて座っているようには見えない。むしろ溺れないように半分立っているような感じだ。
　まっすぐ伸ばした私の脚の上に座ると、ゆたかは私と同じ肩の高さになった。普段こうやって同じ目線でいられる機会はあまりない。私はまた昨日と昨日と同じように、ゆたかを抱きしめて目を閉じた。人を抱きしめている時が一番落ち着くというのもおかしな話だ。ただ少なくとも田村さんや若瀬さんは私の変わった部分――あまり他人様には聞かせられない部分を知っている。

「ねぇゆたか、私たち、ずっと友達だよね」
「もちろん。どうしたの？」
「うん……あと半年で卒業だと思うと、やっぱり不安で……」
「そんな、仲悪くなっちゃうわけないじゃない。変なみなみちゃん」
「変？」
「やっぱり変じゃない、かな」
「……どっち？」
「うーん……分かんないや」
　分からない？ゆたからしくない。珍しいこともあるものだ。人一倍何かを知ることに喜びを感じるゆたかが、分からない、とは。
「ゆいお姉ちゃんがたまに言うんだけどさ、世の中には答えのないことがいっぱいあるし、難しく考えなくてもいいこともある。今お姉ちゃんがここにいたら多分こう言うんじゃないかな、『お互い親友でいたいと思ってるんなら、それでいいじゃん』って」
「そう……うん、そうだね」
「私も不安だったけど、それでも今は、これからもずっと親友でいられるのかな、って思うんだ。人も世界も変わっていくけど、変わることだけが大事なんじゃないもん。変わらないでいることもきっと、同じくらい難しくて、同じくらい大切なことなんじゃないかな」
「変わらないこと？」
「そう。私たちがずっと変わらないこと」
「変わらないこと、か……」
　私は両手で少しだけお風呂のお湯をすくって、ゆたかの頭にかけた。なんでそんなことをしたのかと言われれば、それこそ何となくとしか言いようがない。ゆたかは目の前に自分の前髪が落ちて鬱陶しかったのか、髪を全て後ろに流し、私が初めて見るような髪型になった。ゆたかはどんな髪型になっても、やはりゆたかだった。

　水というのもその形を自由に変え、また変えられるけれど、どんな形を取っても、やはりそれは本質的には水なのだ。氷は冷たいしお湯は温かい。蒸気になれば機関車なんかも動く。今日の疎水のように、水力発電にも流れる水や滝は必要不可欠で、それでも極端に言えばそれらは全て水である。
　私たちが卒業して離れ離れになって、たとえ歳を重ねたとしてもやはり私たちは私たちなのだろう。だからきっと本質は何も変わらない。

　でもそばにいられないのは寂しいな、と思う。だからあと半年間はこうやってそばにいたい。急にゆたかが恋しくなる時もきっとあるのだろう。そんな時のために、私はゆたかをまた強く抱きしめた。ゆたかは何も話さず、じっと目をつぶったままだ。
　ゆたかまで寡黙になってしまったので、途端に辺りが静かになった。相変わらずどこからかちょろちょろと水の流れる音がして、鹿脅しがいっそう高らかに鳴り響いた。

　　　〆

----

Back to [[Novel of T]]    </description>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/16.html">
    <title>Novel of T</title>
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    <description>
      Tardisの小説。

***涼宮ハルヒの憂鬱

|Title|Date|
|[[February Shower]]|Mar.15, 2009|
|長門有希の夢幻|Dec.18, 2008|
|[[1&gt;長門有希の夢幻 1]] [[2&gt;長門有希の夢幻 2]] [[3&gt;長門有希の夢幻 3]] [[4&gt;長門有希の夢幻 4]] [[epilogue&gt;長門有希の夢幻 epilogue]]|~|
|[[Witch Hazel]]|Aug.18, 2008|
|[[Canzone di Ruota]]|Aug.2, 2008|
|[[安上がりな楽しみ]]|Nov.5, 2007|


***らき☆すた

|Title|Date|
|[[L&#039;amour Est Bleu]]|Nov.20, 2009|
|[[明けない夜が来ることはない]]|Oct.4, 2009|
|[[- Love was Sleeping. -]]|Jun.13, 2009|
|[[Merry-go-round]]|Dec.9, 2008|
|[[高良みゆきの自伝]]|Nov.22, 2008|
|[[スノウスマヰル]]|Oct.13, 2008|
|[[成功者の失敗]]|Sep.14, 2008|
|[[Birthday Letter for you.]]|Sep.12, 2008|
|[[in a rainy day]]／[[酷肖]]|Aug.17, 2008|
|[[Giovane Due]]|Aug.5, 2008|
|[[Two of us, and the monochrome.]]|Jul.25, 2008|
|[[proceed with me, proceed with you.]]|Jul.2, 2008|
|&gt;|inferiority complex|
|[[こなた編&gt;inferiority complex　～泉こなたの場合～]]|Dec.27, 2007|
|[[かがみ編&gt;inferiority complex　～柊かがみの場合～]]|Dec.31, 2007|
|つかさ編||
|みゆき編||
|[[ゆたか編&gt;inferiority complex　～小早川ゆたかの場合～]]|Feb.13, 2008|
|[[みなみ編&gt;inferiority complex　～岩崎みなみの場合～]]|May.24, 2008|

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      Contents

[[About]]

&amp;link(Diary of T;&quot;Take Five&quot;){http://takefive.jugem.jp}
&amp;link(Diary of D){http://danmaku.jugem.jp/}

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    <title>- Love was sleeping. -</title>
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    <description>
      執筆日　2009年6月12日
備考　[[らき☆すたＳＳ第14回コンクール(お題『ゆたかとみなみ』)&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1421.html]]副賞作品。
　　　　盛り上がりに欠けるのが欠点。味わいが出せていれば成功。
　　　　決して百合ではありません。念のため。

----

「ゆたか？」 
　寝たのかな。みなみは口には出さなかったが、そう疑問に思った。 

&amp;bold(){　　- Love was sleeping. - }

　長かったような短かったような、とにかく例年よりやや人の動きが多かったゴールデンウイークの明けた５月の半ば。陵桜学園の生徒たちは早くも、来週に控える中間試験に備えて少しずつ殺気立ってきた。一切の部活は活動を停止させ、元より部活に所属していない生徒もまた同様に、新しい学校や学年での初めての定期試験に対して可能な限りの情報網を頼りに対策を煉り始めている。 
　実のところ、みなみ自身も少しだけ疲れていたのだ。ゴールデンウイークの間中ずっと学校に行かなかったせいで身体がなまったのだろうか。復帰初日の朝は、自分がこんな長時間の通学を丸１年以上こなしていたことなどまるで嘘のように全身がだるくてたまらなかった。 
　それは先週の木曜日のことで、またすぐに週末はやってきた。ずいぶんと久しぶりに、まだ今ひとつ顔と名前が一致しないクラスに帰ってきたと思いきや、また少しの間は顔を合わせないことになる。 


　だからだろうか、新担任との放課後面談を終えて職員室から戻ってきたみなみが、自分を待ちくたびれて眠るゆたかを見つけた時に、まだ自分が１年生であるかのような錯覚にとらわれたのも、ひょっとしたら至極当然のことなのかもしれない。 
　陵桜学園の新２年Ｂ組。先々月までのみなみの唯一かつ最大の懸念事項――ゆたかと同じクラスになれるかどうか、は、誰の計らいによるものか、みなみの杞憂に終わってしまった。 
　名簿順で各々の座席が並び、教室の窓際に置かれた自分の席の右斜め２つ後ろ――ちょうどチェスで言うところのナイトが退却する位置だ――にゆたかの姿を見つけた時の自分は、一体どれほど締まりのない表情をしていたのだろう。みなみはうっかりそれを思い出してしまって赤面せざるを得なくなる時が何度かあり、仲間内から少し不審な目で見られた。 
　しかし、そうやって緩みきった表情で安堵して醜態を晒したことも、ゆたかと同じクラスになった代償にしてはあまりに小さいものだな、とみなみは考えている。或いは、さらに何らかの代価を支払わねばならないのだろうかと、何の根拠もなく不安になることもある。自分はみゆき以上に心配性なのだとは知っているのだが、人生には幸せと同じ数だけ不幸もあるのだと思えてならないのだ。 


　外は五月雨が降っている。みなみは自分の教室で、机に突っ伏して眠るゆたかを眺めていた。 
　起こそうか？いや、せっかく気持ち良さそうに眠っているゆたかを起こすのは気が引ける。試験前なだけでなく、今日の体育は1000メートル走だったし、少し体力を消耗しているのだろう。今はこのまま寝かせておいてあげたいが、置いていくなどもってのほかであるから、こうしてみなみは隣の座席で手持ち無沙汰なまま、ゆたかの寝顔を見つめている。 

　心配性。それはみなみが自分自身の性格を把握する時によく使う言葉のひとつだ。何かにつけうまくいかないのではないか、失敗や過失があるのではないかと思ってしまう。未だに自分自身という人間に対して自信を持てないことも、恐らくこの言葉とつながっているのだろうとみなみは考える。 
　最悪の状況を想定して動くことは必要だが、自分はいくら何でもやりすぎだということはみなみ自身にも分かっていた。しかし、だからこそ失敗したくないのだ。後悔したくないのだ。 


　或いは、失敗を犯して自分が恥をかくことが怖いだけなのだろうか？失敗する姿を他の人に――ゆたかに、見られたくないのだろうか？ 


　初めてゆたかと出会った頃のみなみは、確かにゆたかのことが心配だった。元々の彼女の体質が虚弱だったということもあるし、ゆたかが内向的な自分に対して裏表も打算もなく無条件に友人として心を開いてくれたということもある。自分がゆたかに信頼を寄せられて、求めてもらえるように在り続けることがみなみの目標であり義務だった。 
　しかし今のみなみは、実のところゆたかをあまり心配していない。いい加減に扱っているということではもちろんなく、ゆたかの身体的／精神的な限界というものが少しずつ分かってきたからである。みなみの手から離れていくとまでは言わないが、最悪自分と同じクラスでなくても何とかなる――何とでもなるはずだった。 
　なのにみなみは、来年も自分とゆたかが同じクラスでありたいと強く願った。ゴールデンウイークがコマ切れにされても文句ひとつ言う気がないほど欲の薄いみなみが、珍しく強い願望を抱えることになった。 


　ゆたかと、離れたくない。 

　ゆたかが自分を求めているのではなく、自分がゆたかを求めているのではないのか？
 
　みなみはポケットから携帯電話を取り出した。もう５時だ……桜藤祭準備などの特別な事情のない限り滅多に学校に残ることのないみなみにはあまり馴染みのない時間である。帰りにリチャード・クレイダーマンのピアノスコアを買って帰ろうかと思っていたが、この時間だと明日に繰り越すか、或いはテストが終わってからにしよう。 

　みなみがゆたかを求めている……？自覚はなかったが、ひょっとしたら自分は彼女以上に、１人では――独りでは生きて行けないのだろうか。 
　以前の私は、誰に寄っかかって生きていたのだろう？孤独が似合う自分は誰にも肩を借りずに歩いていると思っていたが、実際はちゃんと一人前に自分ひとりの足で歩くことなど到底できていなかったのではないだろうか？ 

　高校に入るまでに出会った友人達の顔を思い出す。 
　幼稚園の頃から幼なじみだった義理の姉。いつも自分よりも博学で優しくて、自分のことを本当の妹のように可愛がってくれた。大きくなってからは自分よりもずっと女性らしくなって、憧れは一層増すばかりだ。彼女の後を追って、みなみは長い通学時間にもかまわず、この陵桜学園に入学した。 
　小学校で席が隣になって仲良くなった女の子。にぎやかな子で、引っ込み思案な自分に積極的に話しかけてきてくれた。彼女とは違う中学校に進学したから、今は音信不通だし年賀状のやりとりもしていない。 
　中学校の頃まで習っていたピアノ教室で仲の良かった男の子。いつも演奏が荒すぎると注意されていた。よく彼の家まで遊びに行った。今思えば彼のことが好きだったのかもしれないが、恋だという自覚すらなかった“恋のようなもの”に対する未練など今のみなみには微塵もない。今頃彼は自分のことなど忘れて、新しい友人を見つけているのだろうか。 
　思えば、いつも自分の近くには少なくとも１人、それなりに信頼の置ける友人がいた。一般的な“親友”よりは冷めた関係かもしれないが、みなみにとっては一番親しいと思える人たちだ。 
　ならばゆたかも、みなみの人生において出会うそういった人たちのなかの１人に過ぎないのだろうか。いずれ別れの時が来て、そのまま疎遠になって、音信不通になってから時々思い出したりするような人になるのだろうか。 

　ゆたかの寝顔は有り体に言えば天使のようだった。何の邪心も感じられない笑顔はゆたかの大きな魅力のひとつだが、寝顔もまた同じように清らかでかわいらしいことを、みなみは知っている。本来なら家族しか知らないようなことまで、みなみはゆたかのことをよく知っている。 
　みなみはゆたかの柔らかそうな頬をつつこうとしたが、ゆたかの眠りが浅いことを思い出して手を止めた。そうしてまたみなみは、思索にふける。 
　そういえばさっきの面談では志望校も聞かれたな、とみなみは思い出した。実のところ具体的な志望校はまだ決まっていないのだ。学部だけは、実学を修めてしっかり働きたいという思いから、経済学部に行こうと考えている。客観的に見れば、みなみは文系ならどんな学部でも行けるくらいの成績を取っているのだが。 
　ゆたかは確か文学部に行きたいと言っていなかっただろうか。彼女には彼女の希望があるし、みなみはそれに口を挟むつもりなど一切ない。しかもみなみは自分の志望理由が理由だけに、あまり明確には自分の志望をゆたかに伝えていないのだ。 
　面と向かって言ってしまえば、文学部を志すゆたかに対して失礼であるし、かと言って何も言わないままなのも悪いと思う。そのさじ加減も、無口なみなみにとっては意外と難しいものだった。 
　ただひとつ分かっているのは、高校を卒業してしまえば、実家が離れていることもあり、恐らくもう今までのように毎日ゆたかと顔を合わせることは出来なくなってしまうだろうということだ。 
　みなみはその未来を受け入れるための準備――ゆたかが常にそばにいなくても大丈夫な自分作りを始めなければならないと強く感じていた。自分がゆたかから独り立ちしなければならない日は、急速に、そしてに確実に近づいてきている。その時になって慌てて悲しみにくれていては、あまりに遅すぎるのだ。 


　ゆたかは私のこんな悩みを知っているのだろうかと、みなみはまたゆたかの寝顔を覗き込む。顔と顔が触れ合いそうになって少し顔を引いた。 

　いや、そういう考えを持つこと自体が、ゆたかに甘えている何よりもの証拠だとみなみは思う。本来は何事も言わなければ伝わらないし、自分の場合は言っても伝わらないことすらあるのが今までは普通のはずだった。 
　しかし今は、ゆたかが自分の乏しい表情を読み取ってくれるのをいいことに、みなみは寡黙なみなみのままでいられる。表情だけで自分の意志が伝わる。 
　もちろんそれは当たり前のことなどでは決してなく、ゆたかという優しくて寛大な親友がいてくれるからこそ可能なことなのだということを、みなみは忘れそうになってしまうのだ。 

　ゆたかと離ればなれになったら、自分は１人の自立した人間としてちゃんとやっていけるだろうか？それとも、ゆたかのいない喪失感から自暴自棄になってしまうのだろうか？ 
　迷っているようではまだまだだ。みなみは自らを叱咤する。私は子離れできない親と同じで、ゆたかを守るという大義名分にすがっていたに違いない。ゆたかはとっくに私がいなくてもやっていけるようになっている。だからこそいつまでも親友として、対等な立場で在り続ければいいし、違う大学に進学することになっても、セメスター（学期）の間や週末の休みに会いに行けばいい。大事なのは、その時その時であるべき距離を取ることで、常にべったりとくっついて行動することではないのだ。 
　それでも少しは寂しいし、ゆたかのことは心配だ。でもだからといって駄々をこねたりしないのが大人というものなのだろう、とみなみは思う。 


　だから、子供でいられる今のうちは、精一杯ゆたかと同じ時間を過ごそう。何も今日明日に別れが迫っているわけではないし、高校生活の折り返し地点にさえ来ていない。 
　やっぱり私は心配性だ。こんなことを考えるにはいささか時期が早過ぎたかもしれない。みなみは呆れたように小さな溜め息をついて、相変わらず何も知らないまま気持ち良さそうに眠るゆたかの額に小さくキスをした。が、すぐに恥ずかしくなって少し赤面した。 

　ゆたかがそのまぶたをゆっくりと開いて目を覚ます。 
「ん、みなみ、ちゃん？」 
「ゆたか……起こした？」 
「いや、ごめんね寝ちゃってて……今何時？え！？」 
　ゆたかは教室の時計に目をやった瞬間、それまでの眠気が嘘のように脳に血液が回り始めるのが分かった。 
「６時！？え、まさかみなみちゃん、ずっと私を……」 
「気にしないで……」 
「ごめんなさい、私思いっきり爆睡してたんだよね……帰るの遅くなっちゃって、大丈夫？」 
「うん、ゆたかの寝顔かわいかったから……」 
「……もうっ、みなみちゃん！」 
　みなみの頬が少し赤いのに気付くと同時に、ゆたかもまた朱色に染まっていった。２人とも、今まで感じたことのない恥ずかしさに笑った。 


　笑いが落ち着くと、みなみはいつもよりも少し大きな声で、帰ろ、とゆたかに告げる。ゆたかもいつもより活気のある声で、うん、と明るく返事をした。 


　ああ、この１時間半ほどの間、自分のそばで眠っていたのは、私の愛そのものだったのだな。みなみを何よりも元気付けて、優しい気持ちにしてくれる極上の笑顔を目にして、みなみはそんなことを思う。 
　五月雨は止んでいた。辺りは昼間より少し薄暗いけれど、明日の空は五月晴れだというように、西の空には雲ひとつない。 


　五月雨も五月晴れも、なぜか同じ月の名前が付いている。だからそれらがたとえ対極にあるものであっても、生き死にや出会いと別れのように、きっと切り離して考えることは出来ないものなのだろう。人生も楽しいことばかりではない。 
　でも、五月雨も五月晴れも、違った楽しみ方がある。雨だからといって悲観的になるのはもうやめよう、とみなみは思った。 


　こんな寝顔が見られる雨の日だって、たまにはあるかもしれないのだから。 

----

Back to [[Novel of T]]    </description>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/23.html">
    <title>Merry-go-round</title>
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    <description>
      執筆日　2008年12月5日
備考　小早川ゆたかバースデーＳＳ。
　　　[[Geovane Due]]の設定を引き継いでいます。ちょっと大人っぽいゆーちゃんをお楽しみください。

----

　寒い。これ以上ないくらい寒い。
　私は仕方なく自宅へ引き返し、姉が残していったコートを羽織って家を出直した。



　&amp;bold(){Merry-go-round}


　鏡を見るまでもなく、自分でも滑稽な格好だと思う。自分より遥かに背の高い姉が小学生の頃に着ていた服を、何が悲しくて二十歳を越えた私が着なければならないのだろう。それだけ私の背が低いということだ。
　救いがあるとすればその色で、20年前に姉が子供っぽくないグレーを選んでくれていたことに感謝しなくてはならない。
　私も必要以上に服装に気を使わないほうだとは言え、無頓着なわけではない。どうしても体質的に実用重視になってしまって、華やかじゃない日もあるけれど、それなりのこだわりはあるのだ。いつまでも子供服を着ているというのもどうかと思う。

　みなみちゃんに話したらどんなリアクションをするだろう。あの人はフォローがうまいから……かわいいとか、言ってくれるかもしれない。
　でもフォローが思いつかなかったら……また赤面してあたふたするんだろうな。見てみたいとも思うけれど……やめておこう。無茶な話だ。いつも自分の体格と趣味に合った服を探すのに四苦八苦していることだって、みなみちゃんには言ってなかったのに。
　今年の夏頃にこなたお姉ちゃんの入れ知恵でいたずらを仕掛けた時は酷かった。ドッキリだと気づかなかったみなみちゃんは、昼ドラ顔負けのドロドロのシナリオを信じ込んでしまったのだ。あの時は申し訳ないことをした。
　料金所のお金を返すと言っておきながらまだ彼女は返さない。別にしつこく取り立てる必要もないけれど。

　田村さんなら？私が二十歳になった時に、こなたお姉ちゃんとグルになってサプライズパーティーをしてもらったことがある。雪の深い日だったことを覚えていた。パティちゃんは実家に帰っていたし、みなみちゃんは仕事で戻って来られなかった。だから２人は、いつの間に描いたのか、私をキャラクター化したイラストをプレゼントしてくれた。これが自分で見てもたいそうよくできたキャラクターで、自分はここまでかわいかっただろうかと疑いを持ってしまうほどだった。
　田村さんは大学に上がってから、お姉ちゃんの（というか、おじさんの）家に頻繁に出入りするようになっていた。楽しそうだから構わないけれど、一体何の仕事をしていたのか。今思うにたぶん、お姉ちゃんのライトノベルの挿し絵を書いていたのだと思う。出版社に持ち込んでいたかどうかは知らない。

　私の地元というのは、どうしてこう、何もないのだろう。大きな買い物をするのに電車が必須なくせに、その駅まで行くのにクルマが必須とは。
　私はフィアット・バルケッタに乗り込み、かじかむ手でセルを回した。最近は……いや、かなり前から、キーレスのエンジン始動もできるらしいけれど……私のクルマにはリモコンキーさえありはしない。日本車を買えば良かったかな。
　でもこのバルケッタはすごく気に入っているから、しばらくは手放したくないし、出来れば壊れるまで乗り続けたい。メンテナンスはゆいお姉ちゃんと同じ店に一任しているけれど、燃費が落ちすぎたら見切りを付けなければならない、かもしれない。エコ替え、っていうやつかな。昔は流行ったけれど、今はもはや流行を通り越して常識になってしまった。
　なんで買ったんだっけ……。そうだ、お姉ちゃんが勧めてくれたんだった。致命的に優柔不断というか、とにかく右も左も分からない私にクルマを選んでくれたのが、こなたお姉ちゃんと、そしてゆいお姉ちゃんだった。
　今思えば、こなたお姉ちゃんはクルマに詳しかっただろうか？かつてはそれほど興味がなかったような気もするけれど……誰でも一生に少なくとも一度、自分のクルマを買う時くらいは勉強するのかもしれない。ゆいお姉ちゃんもいたことだし、或いはあのおじさんに何か叩き込まれている可能性も大いに考えられる。いずれにせよ、きっと何かしらの知識は持っていたのだろう。

　今日は雪が降っていた。粉雪と言うには降りすぎているけれど、豪雪ではないからスタッドレスがあればバルケッタでも何とか走ることはできる。この山奥では雪が積もる日というのもさほど珍しくはないので、逆に雪が降らない日がラッキーだと思ってしまう。幸手なら雪が降ればみんな喜んでいたけれど、それはやっぱり育ったところが違うからなのだろう。
　いつもは雪が降ればお姉ちゃんのインプレッサを借りていた。正直言って、どう見ても私には車格が大きすぎるし、いろいろと凶暴すぎるように思うのだけれど、とにかく四輪駆動だから雪の日に限って言えば乗りやすかった。バルケッタでは心許なくても、インプレッサなら余裕を持って運転できた。
　なのに、この雪にもかかわらず、私はバルケッタに乗っていた。そして、今から私は、西武秩父駅に実姉を迎えに行こうとしているのだ。
　それは実に間抜けな理由による。

「ごめーん！わざわざかわいい妹に迎えなんか頼んじゃってさ！大丈夫？生きて駅まで来られたぁ？」
　姉はそう言いながら、助手席側のドアをバタンと閉めた。軽く酒に酔っているようにも見えるが、この顔はシラフだ。
「うん、何とかね……で、お姉ちゃん、インプレッサは結局どうなるの？」
「うーん、もうフレームまでイっちゃったから……普通に考えたら廃車だけど、とりあえず部品取りのために手元においとくよぉ」
「部品取りって……まだ使えるの？」
「部分的にはね。駆動系統はまだ多少使えるんじゃない？エンジンは結局変わってないんだし」
　そう、姉は、愛車のインプレッサを先日のラリーで全損させてしまったのだ。幸いにして姉には怪我ひとつなかったが（これはまさに奇跡的だった）、フレームが歪んだ状態で運ばれてきたインプレッサは、それはもう悲惨な状況であったらしい。
「ま、今度は中古で適当なインプ探すからさぁ、何とかなるよぉ」
「いや、インプレッサ云々じゃなくて、お姉ちゃん自身だよ、問題は」
「私自身？」
「こないだの事故に限らず、ラリー自体が命を危険にさらしてるってこと、分かってる？ゆみちゃんだってきよたかさんだって、私やこなたお姉ちゃんだって、お姉ちゃんにもしものことがあったら黙ってられないんだよ？」
「ゆたかぁ……」
「今回はたまたま怪我がなかったから良かったけど、いつなんどき何が起こるかも分からないんだから……ゆみちゃんを母親のいない子にしたくないでしょ？」
　私は卑怯なやり方を使った。本来、小早川家の中で人が死ぬ話をすることはタブーだからだ。それは若くして亡くなった私達の叔母のことがあるからであり、また私自身、幼い頃に死線を彷徨った過去があったからでもあった。
「そりゃもちろん、きよたかさんとゆみのことは大事だけどさぁ……」
「お姉ちゃんがクルマが好きなのは、私も素人なりに理解してるつもり。このバルケッタだってお姉ちゃんのつてで買ったんだから。でも、クルマの運転が好きだってことは、何もラリーやレースに限ったことじゃないと思うんだ」
「そんな……ゆたかが思うほど簡単には死なないよ」
「うん、昔に比べたらそうだと思う。私も気になってラリーについて色々調べたけど、最近は確かに安全にはなってるみたいだし。でも、そういう問題じゃないよ。お姉ちゃんにはもっと、自分を大事にして欲しいんだ」
「自分を大事に……する？」
　姉は私の意図を確かめるように聞き返す。私は運転に集中しているから余所見をすることはできないけれど、身内であるがゆえに、そういうリアクションをとっていることは手に取るように分かる。
「昔は、私と違ってアクティブでパワフルなお姉ちゃんがうらやましかった。憧れていたと言ってもいいかな。私にないものを、お姉ちゃんは全部持ってた。私なら手に入れる前に息が切れているだろう、と思っても、お姉ちゃんはしっかりとそれを掴んでた。それは今のお姉ちゃんが何よりも確かな証拠だよ。でもそれが、今のお姉ちゃんを少しずつ蝕んでる。」
「私を蝕むって、そんな大層なこと、」
「大げさかもしれないけれど、今のままのお姉ちゃんじゃ、きっと周りがいつか不幸になる。お姉ちゃんには守るべきものも、待ってくれる人もいるんだから。だから、そんなわざわざ命賭けるようなことしないでよ」
「うん……ごめん」
　私は何とか姉を説き伏せた。やり方が汚かったかもしれない。でも、もうこれ以上、姉が無茶をするのを見ていたくなかった。半分は私のためだと知っていても、こうやって私の分まで頑張る姉を見ているのがつらかった。

　私のクルマは相変わらず地方都市の市街地を走っている。交通量が多いおかげでほぼ完全に雪は溶けてしまい、雪の敷き詰められたアスファルト舗装は普通の濡れた路面と変わらないくらいに回復していた。
　小さな街はクリスマスに向けたイルミネーションで、やりすぎなくらいにピカピカと光っている。私が高校２年の時の世界恐慌から７年近く経って、何とか日本経済は再び軌道に乗り始めていた。もっとも、どんなに不景気だって、このイルミネーションだけはご丁寧に過剰点灯されるんだろうけれど。

「ねぇゆたか」
「……何？」
「ゆたかが４歳くらいの頃かな、家族で大宮のテーマパークに行ったのは覚えてる？」
「行ったのは知ってるけど、自分では覚えてないよ。小学校入るまでの記憶って、もうあんまりないし……」
「そっかぁ……」
　姉は窓の外に目線を投げ出して、小さく溜め息をついた。
「いや、ゆたかの話聞いてたらさ、何か、昔のことを思い出してねぇ……。閉園時間ギリギリに、ゆたかがメリーゴーランドに乗ってたんだよ。『もう帰るよ』って、お父さんもお母さんも呼んでるのにさ、ゆたかったら、どうしてもあのメリーゴーランドに乗るんだー！って、珍しく駄々こねちゃってさ」
「……それ、本当なの？」
「本当だって！お父さんもお母さんも、ゆたかは私と違って滅多にわがままなんて言わないの分かってたからさ。たまのことだからって、快く送り出してくれたんだよね」
「……なんで突然そんなことを？」
　今の私の話と過去のエピソード、いったい何の関係があるのか、私には分からなかった。
「だからだねー、私が思うに、今の私は昔のゆたかと一緒で、駄々こねてる子供だったのかな、って。だから、『もう帰ろう』って言ってくれる人がいる私は、きっと幸せもんなんだって思ったのさ！今になって思えば、きっと最初から呼んでくれてたんだろうけどさ、私は鈍感だから気づかなかったんだよね」
　私は姉の言葉に答えなかった。こんな時に答えるべき言葉なんてあるのだろうか？当然、そんなことは学校の授業では習わなかったし、大学のゼミでもそんな話は出なかった。
　でも今思うのは、こういうシチュエーションでいったい何を話せばいいのかを、誰かが教えてくれたらどんなに楽だろう、ということだった。
　そうだ。待ってくれる人がいるから頑張れるのだろう。と同時に、自分を大事にすることもまたできるのだ。無鉄砲で後先を考えない努力は、待ち人のいる人がやるべきことではないのだから。

「ねぇ、ゆたか」
「……何？」
「このクルマ、あとどれくらいガソリン残ってる？」
「ん……昨日入れたから、ほとんど満タンかな」
　助手席からではフューエルメーターは見えない。でも、満タンなのは本当だった。
「じゃあ、ちょっと運転変わってよ」
「なんで？」
「そこらの山にでもドライブ行こうよ。久々にお姉さんのドラテク見せてやる！」
「お姉ちゃん……私の話聞いてた？」
「大丈夫！飛ばさないしドリフトもしないって！本当に何もしないからさぁ……」
「分かったよ……」
　私はハザードを点灯させて、路肩にクルマを停めた。私が一度クルマを降りて右側から乗り込み直すや否や、私の赤いバルケッタは奥秩父のマウンテンロードへと突っ走り始めた。

----

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    <dc:date>2009-10-12T00:20:49+09:00</dc:date>
    <utime>1255274449</utime>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/45.html">
    <title>February Shower</title>
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    <description>
      執筆日　2009年3月15日
備考　忙しくてブランクが長かったので久々の小説、
　　　　途中で誤って消してしまったので文章の整合性がとれてないところがあるかもしれない。
　　　　内容的には『雨作家』の本領発揮と言った感じ。

----

　冬の雨は、どこまでも冷たい。わたしたちの冷え切った身体と心を、如月の通り雨はさらに冷やしてゆく。



　　　　　&amp;bold()&amp;b(){February Shower}



　総じて雪は冬に降るものであるが、冬は雪が降るものだというのは必ずしも正しいわけではない。そのことをわたしたちはつい忘れがちになってしまうのだが、それは今のわたしが受け入れなければならない、紛れもない現実でもあった。つまりは……



「なんで、こんな日に限って傘がないんだろ……」
　そう、傘がないのである。


　今日は週に２回の文芸部活動の日だった。朝倉さんは来たるべき三連休に合わせて久々に帰省している。“彼”は今日、ペットの猫を獣医に診せに行くからと言ってわたしに頭を下げて帰ってしまった。久しぶりの、以前と同じような孤独な文芸部活動だった。
　かつてはそれが普通だったというのに、実のところ今日は寂しくてたまらなかった。ずっと独りだったわたしが人恋しいだなんて可笑しな話だけれど、実際にそうだったのだ。
　どうしようか。誰かが迎えに来てくれるわけでもないけれど、わたしは学校を出ることも出来ずにじっと立ちすくんでいた。
　とりあえず、状況を整理しよう。

　問．わたしは誰だ？
　答．他でもない、長門有希である。１年６組、文芸部長の長門有希である。

　問．今はいつで、ここはどこだ？
　答．２月半ばの金曜日、兵庫県立西宮北高等学校の校門前だ。

　問．わたしは今どうしたい？
　答．自宅マンションの708号室に帰りたい。出来れば雨に濡れることなく。

　問．現状は今どうなっている？
　答．傘を自宅に忘れてきてしまって、家に帰ることができない状況。

　問．過去の経験から鑑みるに、わたしはこの問題をどうやって解決すべき？
　答．同様の問題に遭遇した経験がないわけではないので、恐らくその時は走って自宅まで帰ったものと思われる。

　問．ならば何故それを実行しない？
　答．当時は夏の夕立だったが、今は真冬の雨だから身体が冷えてしまう可能性がより高い。体調を崩すことが容易に予想されるから。

　問．通り雨が上がるのを待つという選択肢は？
　答．西の空一面に雲が広がっていたからありえない。

　問．ならばどうすべき？
　答．どうすべきだろう。誰か教えてください。

　禅問答のような堂々巡りが必須だと分かった時点で、わたしの思考回路は考えることを放棄した。特にやることも――否、できることもないわたしは、その場にじっと立ちすくんだままでいるほかなかった。

　そういえば、前に少しだけ見かけた、喜緑先輩とかいう２年生の生徒はどうしたんだろう？確か朝倉さんの親戚だとか言っていたけれど（実はわたしと朝倉さんも遠戚にあたるらしいのだが、当然ながら２人とも面識がない）、こんな時に来てくれやしないかな……？
　やめよう。来るかどうかどころか、わたしのことを覚えているかどうかすら甚だ疑わしいのだ。そんな人に助けてもらえることを前提条件にして物事を考えるなんて、我ながら最悪のパターンだ。文芸部室の備品といい勝負の、わたしのポンコツコンピュータはまた考えることを放棄した。

　　　　※　　　　※　　　　※

「……長門さん？」

　どれくらいの時間が経っただろう？誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした。或いは、それは物理的な声ではなかったのかもしれない。

　ああ、これは幻聴なんだ。誰かに助けてもらいたいと強く願いすぎたせいで、有りもしない聖母マリアの声が、ゴルゴタの丘まで歩くこともできない出来損ないのイエスに、実体のない空虚な慈悲の言葉を投げかけているのだろう。

「……長門さん？」

　わたしは恐る恐る後ろを振り返る。妖怪口裂け女が「わたし、きれい？」なんて言ってわたしに問いかけて来るかもしれない。その時は思いっ切り叫んでやろう。


「ポマード！」
「ふぇえっ！！何ですかぁ！？」

　わたしが振り返った先にいたのは、マリアでも口裂け女でも、メデューサのような怪物でもない。


　どこかで会ったような、それでいてこれ以上ないくらい可愛らしい、栗色のロングヘアーを持つ女子生徒だった。

　誰だったっけ……思い出せない。気まずい空気だけがわたしたちを支配してゆく。
　喜緑先輩ではないことだけは確かだ。あの特徴的な容姿は忘れようもない。

「えっと……朝比奈、です……」
「朝比奈、先輩？」

　思い出した。去年の12月18日に“彼”が突然文芸部室に駆け込んできたその次の日に、少しだけ顔を合わせた人だ。
「ええ、覚えていて頂けましたか？」
「はい……」
「雨、降ってますね」
「はい……」
「傘、ないんですよね」
「はい……」
「じゃあ、一緒に帰りませんか？」
「わたしと、ですか？」
「そうです。今まで、あまり長門さんとお話したこともなかったですし……」
　そう言いながら、朝比奈先輩はパステルピンクの傘を広げた。意外と大きい。何故パステルカラーで大きなサイズの傘なんて持っているんだろう。
「ほら、入ってください」
「すみません……」

　私は、朝比奈先輩がただ可愛いだけの人ではないことを、初めて知った。彼女はきっと万人に対して優しいのだろう。人嫌いの激しいわたしには到底真似できない。
　ありがとうございます。わたしはか細い声で呟いた。朝比奈先輩には聞こえなかったかもしれない。優しい人だから、ひょっとしたらお礼なんて全然聞こえないのかもしれない。

「長門さんは期末テストに自信はありますか？」
「あんまり、自信がないんです……他のみんながどんな風に勉強してるのかも分からないし……」
「きっと長門さんなら大丈夫です。真面目にやっていけば、それに見合った点が取れると思いますし、こんなあたしだって真面目にやればそこそこの点が取れてるんですよ？」
「朝比奈先輩は、頑張ってるから……」
「でも、それは誰にだって平等にチャンスが与えられてるっていうことなんです。あたしだけが特別頭がいいわけじゃありません」
「そう、いうものなんでしょうか……」
「大丈夫。自分を信じていさえすれば、自ずと結果はついてきます」
「……分かりました。やれるだけやってみます」
「そう、その意気ですっ！」

　最近はいろんな人がわたしを元気付けてくれる。それは彼であったり朝倉さんであったり、或いは全然違う生徒であったりするのだが、いずれにせよ共通して言えるのは、皆一様に親切な人だということだ。そう、皆優しいのだ。
　ついつい、わたしはこれが当たり前だと錯覚してしまいそうになるが、実はこんなに人に恵まれているのはものすごく有り難いことなのである。ならばわたしには何ができるだろう？わたしの中でその答えは未だに明確な形として出ていない。

　朝比奈先輩の傘はとても大きかった。ひょっとしたら最初から誰かと一緒に入るのが前提なのかもしれない。例えば……彼氏とか。
　つまり、朝比奈先輩にはその人間的な大きさに見合うだけの、相応しい恋人が居て然るべきなのだ。
　これだけ可愛らしくて（上級生に可愛い可愛いと連呼するのも失礼極まりないのだが、如何せん事実なのだから仕方がない）しかも人当たりの良さも芯の強さも併せ持っているのだ。それはこの数分間だけですでに証明済みである。
　実際のところはどうなのか、つまり、朝比奈先輩に彼氏はいるのかいないのか。それを本人に直接聞けるだけの度胸なんて持ち合わせていなかったから、この疑問は当面は解決しないことに決めた。


　　　　※　　　　※　　　　※


「朝比奈先輩は、」
「はい？」
「なんで、今日は学校に残ってたんですか？」
「今日は書道部だったんです。活動が終わって後片付けして出て来たら、長門さんが１人で棒立ちになってるのが見えたから……」
「わたしのこと、覚えててくれたんですか？」
「もちろんですよ！実は、去年初めてお会いした時から、長門さん可愛いなーってずっと思ってたんですっ」
「そんな、わたしなんか……」
「最近はあのキョン君っていう男の子と一緒に文芸部室にいますよね？何度か見かけたことがあるんです」
「え？」
「あの男の子の顔を見てれば分かります。間違いなく長門さんに惚れ込んでいるんだって」
「そんな、自意識過剰な……」
「人ひとり惚れ込ませられる人って、滅多にいるものじゃないんですよ？だから長門さんは自分で気付いたことがないだけで、本当はすごく可愛くて優しいんです。あたしが保証します」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」　
朝比奈先輩はふわりと、柔らかい笑みをこぼしてくれた。その如才無き笑顔は、彼や朝倉さんのそれにどことなく似通っているように思われた。
　そうか。朝比奈先輩の傘が大きいのは、先輩自身が他人を包み込んであげられるような、大きくて優しい心を持っているからなのかもしれない。
　わたしが傘を持っていないのもきっと同じことなのだ。わたしには傘を差して他人を招き入れるどころか、自分自身を雨風から守るだけの心も持っていないのだから。本当はそんなわたしにはずぶ濡れがお似合いなのだ。
　そう、思った。もちろん口には出さなかったけれど。

　朝比奈先輩は意外と――と言っては失礼だからこれも言わなかった――話し上手だった。わたしが頷くか首を振るかの二択で答えられるように上手く質問してくれていることが明確に分かるくらい、わたしを気遣ってくれていた。
　しかし、四つ角まで来たところで、わたしと朝比奈先輩の行きたい道が違うことに気がついて、わたしは歩みを止めて言った。
「じゃあ、私はここで……」
「あ、お家の前まで送りますよ？せっかくここまで来たのに、ここから傘がなかったら意味ないじゃないですか」
「はい、すみません……」
「長門さん」
「……はい？」
「今日、お泊りしてもいいですか？」
「え？」
「長門さんのお家に、お泊りしてもいいですか？」
「わたしですか？」
「はい、明日は土曜日で学校ないですし。それに、長門さんのお家がどんなところなのかも知りたいんです。……本当はこっちの方が本音なんですよね」
「はぁ……。」
「実は、あたしも１人暮らししてるんですよ。だから長門さんはどんな生活をしてるのか、ちょっと興味あります」
「わかりました。部屋、片付けときます」
「ごめんなさいね、急にこんなこと言い出しちゃって……」
「いえ、なんにもない家ですし……あ、朝比奈先輩」
「はい？」
「わたしの部屋、708号室ですから……」
「あっ、……ありがとうございます。それじゃあ、また。独り身ふたりで、楽しい夜を過ごしましょうね」

　わたしのマンションの軒下まで来たところで、朝比奈先輩は小さく手を振って去っていった。わたしは、足を滑らせないように小走りで帰ってゆく彼女の後ろ姿を、直立不動のままでじっと見つめていた。ローファーだけれど、その駆け足はなかなかに速い。
ぴょこぴょこと弾む背中と栗色のロングヘアーが見えなくなったのを確認してから、わたしはオートロックのボタンを押して強化ガラスの張られた重たいドアを開けた。


　　　　※　　　　※　　　　※


　エアコンのスイッチを入れてから、無駄に広い自室を見渡す。ゆうべ着ていた水色の寝間着がほったらかしになっていた（まだ１日目だから今夜も着よう）。しかも今朝ベランダから取り入れた洗濯物がカゴに入ったまま放置してあった。去年はベランダから直接部屋にぶちまけていたから、カゴがあるだけまだマシか。
　朝比奈先輩が来るまでの残り時間はどれくらいあるだろう。現在の最優先課題、もとい部屋の掃除と食器洗いが、どれくらいの時間で終わらせられるだろうか。
　しばらく食器洗いをサボっていたせいで、食器がシンクに小山を形成している。もちろん食器洗い機なんて文明の利器はうちにはない。携帯電話さえ持っていないのだから当然と言えば当然だ。わたしは機械の扱いが絶望的に下手なのだ。今の文芸部に入ってから一応タイピングはできるようになったけれど、やっぱりわたしに機械を扱うのは無理だ。
　いっそのこと携帯電話も買ってしまった方がいいのだろうか。幸いにして生活費に困ったことはないから、金銭的余裕はそれなりにある。本以外の何かに使いたいと思うほど欲があるわけでもないし、それなりにちゃんと生活していけてるからこれでいいや、と思ってきたのだ。

　わたしは素手で食器を洗うことにしていた。手袋越しだと上手く洗えないような気がするからだ。確かに冬場は冷たいし、手が荒れるなんてみんな口にするけれど、本来ならそれが当然ではないかと思う。
　手を滑らせないように、お皿を一枚一枚ていねいに掴む。右手より不器用な左手だから、常に細心の注意を払わなくてはいけない。そして全部洗い終わったら泡を落とす。経験的にはすすぎの方が手を滑らせる可能性は高かった。
　食器洗いが好きな人なんてこの世にそうそう転がってないだろう。だからこそ食器洗い機の開発が進むのだ。犬を散歩させる機械がいまだに実用化されていないのも、逆の意味で同じようなことなのかもしれない。世間に散歩が好きな人なんて山ほどいる。大半はお年寄りかもしれないが。

　洗濯物はとりあえず寝室にどかした。部屋に掃除機をかけて、適当に物をまとめだけで随時ときれいになったように思う。それを見ると、わたしは普段から全然生活感のない部屋に暮らしているのだと分かって少し虚しい気分になるから、わたしは掃除も今ひとつ好きになれない。もっとも、そんなことを言っている人間が将来的にゴミ屋敷を作っていることは紛れもない事実なので、たまには掃除することを忘れてはいけないとも思っている。

　呼び鈴が鳴る。
　部屋は完璧とは言えないまでも、そこそこきれいにはなっていた。わたしは急いで玄関まで飛んでいき、そっとドアを開けた。
「なーがとさん」
「……朝倉、さん？」
「おかずの配給にやって参りましたぁ！」
「え……？」
　大声に驚いて平常心を失うわたしの両手にひとつずつ、朝倉さんは強引にタッパーを握らせる。
「例のおかずはこのタッパーに入ってるからね。こっちは肉じゃがで、こっちはサバの味噌煮。２食分あるから、今夜と明日の朝にでも食べて。それじゃっ！」
「あ、ありがとう……」
　お礼を聞いたか聞いていないかの判断がつかないほど早く、朝倉さんはダッシュで帰っていった。曲がり角で内側の壁に手をかけて無理矢理に左に曲がった。何なんだあの人は。本当に一体何なんだ。


　　　　※　　　　※　　　　※


「長門さーん……」
　わたしはぼんやりと立ち尽くしていたので気付かなかったのだが、朝比奈先輩はわたしのすぐ目の前まで来てくれていた。さっきと違って髪はアップで結ってあった。
「もしもーし……」
　文字通りわたしの目と鼻の先で、右の手のひらをひらりひらりと振っている。雨は降り続いていたから、左手にはさっきと同じ傘。雨はまだ降り続いている。
「あ、朝比奈先輩……」
「大丈夫ですか？」
「はい、ちょっとボーっとしてたみたいです」
「お疲れ気味なんでしょうか？」
「大したことはない、と思います……たぶん」
「しんどかったりしたら、遠慮なく言って下さいね」
　本当に、ありがとうございます。わざわざ晩ご飯まで持ってきてもらったのに、あろうことか玄関先で惚けてるなんて末代までの恥だ。相手が“彼”でなくてまだ良かった。彼に醜態を晒すわけにはいかない。

「今日は天ぷらを揚げてみたんです」
　朝比奈先輩はそう言って、伊勢丹の大きな紙袋から濃い目のピンク色のタッパーを取り出して机に置いた。ピンク色と言えば、今は脱いでしまった白いコートの下に着ているのも薄桃色のワンピースだ（いささかピンク色が多すぎる気もするが、色が薄いのとモデルがいいので嫌味っぽくはない）。わたしはお皿と箸を取るために一旦キッチンへ引っ込んだ。
「あとは、ほうれん草のおひたしもどうでしょうか？」
「すごい……美味しそう」
「これくらいなら慣れればすぐに作れますよ？長門さんは料理されないんですか？」
「わたしは、全然ダメです」
　キッチンとリビングに少し距離はあるが、静かな室内ならたぶん、まだわたしの声は届くと思う。ほとんど店屋物と朝倉さんにすがっています、とまで言ってしまって良いものか。
「でも一応、ご飯だけは炊いてありますから」
　しかも無洗米です。朝倉さん経由で生協から買っている奴だ。あれは米を研ぐ手間が省けて助かる。水を吸わせて朝のうちに炊飯器のタイマーをかけておけば夜には美味しいご飯が出来上がり、それをその夜と次の朝、そして昼食で消化する。
　いつも弁当はご飯だけが自前で、おかずは前述したように店屋物か朝倉さん手製である。あるいは冷凍食品か。
　現に今日の晩ご飯だって、朝倉さんはわたしが独りで食べると見込んでおかずを持ってきた。今日に限ってはその予想も外れてしまったが、普段はどれだけ助かっていることか。朝倉さんがいなければ、そのうちにわたしも飢死確実である。
　こちらも美味しそうだったので、せっかくだから朝比奈先輩のと一緒に頂くことにしよう。
「お好きなのを取って下さいね」
　お皿や茶碗を揃え、ご飯をよそってキッチンから戻ってきたら、朝比奈先輩はそう言った。わたしは再びキッチンへ戻り、塩を取ってきた。
　タッパーの中身はエビとサツマイモを筆頭に、ササミやかき揚げ、シソ、といった具合だ。量も十二分といえる。これだけの天ぷらを揚げるのに、一体どれくらいの時間がかかったのだろう。
「昨日のうちに仕込みは全部やってありましたから、今日は揚げるだけです。さっき揚げたばっかりですから、早めに食べちゃいましょうか」
「あ、いただきます……」
　わたしはその場に正座して手を合わせた。
「どうぞ、召し上がってくださいね」
　朝比奈先輩は、さっきよりも数段、優しさに満ち溢れた笑顔を見せてくれた。

　わたしは手始めに、サツマイモとシソをもらった。
「天つゆもありますよ？ペットボトルで申し訳ないんですけど」
　用意周到な朝比奈先輩は、またしてもわたしより一枚上手だった。ひょっとしたら朝比奈先輩の紙袋の実態は某猫型ロボットの四次元ポケットかもしれない。出てきたのは、350mlの小ぶりなペットボトルだ。
「あ、一応、塩もあります……」
　不意打ちを喰らったわたしは、本当にささやかに対抗する。一方的に気を使ってもらってばかりだったことに何となく悔しさを感じたからだ。憎むべきは自分自身だというのに。
「ありがとうございます。じゃあ、あたしは……お塩、もらいますね」
　何だろう。朝比奈先輩が、わざわざわたしのくだらないレジスタンスに付き合ってくれたような気がした。唐突に、そんな考えが頭に浮かんだ。どうにも朝比奈先輩といるとペースが狂うらしい。優しい人だけに、いつもわたしの想定よりも高いところにいるような。
　天ぷらはまだ温かい。早めに食器洗いと片付けを済ませておいて本当に良かった。たまにはわたしもいいことをするものだ。
　ほうれん草もおいしい。味が濃すぎないのがいい。変な個性を主張しているわけじゃないけれど、副菜――引き立て役の役目を忠実に果たす名脇役だ。

「あ、」
「どうかしましたか？」
「他にもおかずあるんですけど……食べますか？」
　さっき朝倉さんがくれた肉じゃがとサバ。後者は２切れしか無かったので明日の朝ご飯と弁当に回すとして（脂っこいということもあるが）、前者はさっき見たところ、２食どころか４～５食はくだらないぐらいの量がタッパーに詰まっていた。どれだけ食べると思っていたんだろう。
「いただきます」
朝比奈先輩がそう答えるや否や、わたしはまたキッチンに引っ込んだ。


　　　　※　　　　※　　　　※


「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
　朝比奈先輩との食事は思いのほか会話が弾んだ。もちろんアルコールなんてなかったけれど、わたしもいつもより少しだけ饒舌になれたかもしれない。
　それは多分、先輩が人から話を引き出すのが上手いからだと思う。何故だろう、この先輩に    </description>
    <dc:date>2009-10-12T00:14:31+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/52.html">
    <title>明けない夜が来ることはない</title>
    <link>https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/52.html</link>
    <description>
      執筆日　2009年9月18日
備考　[[らき☆すたＳＳ第16回コンクール(お題『夢』)&gt;http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1517.html]]大賞作品。
一応これで通算２勝目、と言うことになります。でも伝えたい真理だけをまっすぐに伝えるスタイルは変わらないしこれからも変えないから、票がついて来ようがこまいがあまり関係はないのかもしれません。でも何気にうれしいです(笑)。
出品した時から少し加筆と構成を加えてあります。

----

ゆめ[夢]
①睡眠中に,体験しているかのように感じる現象.
|はかないこと.→～のまた～
②将来の‐理想(希望)。とりとめのない空想。
（デイリーコンサイス国語辞典より）

　私の夢って何だろう。そんな漠然とした疑問を私が持ち始めたのは、私が彼女たちの夢を初めて聞いた時からだった。


&amp;bold(){明けない夜が来ることはない}

Ⅰ．

　あれは高校３年生の秋、確か木曜日だったと思う。担任の黒井先生は或るホームルームの時間に、私たち生徒に１枚の紙切れを配った。ツルツルした白いＢ５のコピー用紙の表題は“進路希望調査票”。その文字を目にした瞬間、私は軽い目眩を覚えた。提出期限は来週火曜日まで。行きたい大学と学部を５つまで書いて提出せよとのことだ。要するに自分の夢（さて、夢とは？）を考えてそれに合った大学を書けということである。
　ホームルームを終えて、私はかがみとつかさ、みゆきさんに尋ねた。
「みんな決まってんの？」
「当たり前だ、一応法学部で進学希望よ」
「私は医学部で進学希望を出しますよ」
「私はちゃんと料理の勉強をしようかなって思ってるんだ」
「はぁ……かがみは弁護士志望かぁ……みゆきさんは医師？つかさは調理師？」

「そうね……私は弁護士かどうかは分からないけど、法曹界に入りたいのは確かよ」
　法曹界か。私はダークグレーのレディースのスーツをビシッと着こなして堂々と法廷に立つキャリアウーマンのかがみを妄想して萌えた。特に意識していたわけでもなかったのに、何故か髪型はツインテールから長い１本のポニーテールに変わっていた。昔はともかく今のかがみは意外とポニーテールの方が似合うと思うのだが、ツインテールの由来を知っているが故にかがみには今まで言い出せずにいる。

「私は外科医になりたいと思っています。昔お世話になった先生がいて、ずっと憧れていましたから」
　なるほど、そういうきっかけがあってみゆきさんは医師を志したわけだ。ブラックジャックみたいな名外科医になるんだろうか、ああもちろん合法の、だが。
　今の世の中、ナース服コスプレなんてのは次元を問わず世間に溢れかえっていると言ってしまって差し支えないだろうが、考えてみたら白衣コスなんてあんまりお目にかかったことがないような気がする。
　確か昨年のことだったが、生物の実験の時間に、制服の上に染み一つない白衣をまとったみゆきさんは、無駄に色彩の強い陵桜学園のセーラー服だけを着ている時よりも博学さに磨きがかかっているように思われた。着る人の職業を記号として表すのが制服だと現代文の授業に出てきたが、むしろみゆきさんの白衣は彼女の魅力を引き出してくれるだろう。

「私は……自分の料理で人を笑顔に出来たらいいなって。美味しそうに料理を食べてくれてる顔を見るだけで、すごく頑張れるんだよ」
　確かに、ゆーちゃんがうちに来てからは一時期より頻度はやや減ったとはいえ、私も日常的に料理をする立場だからその気持ちはよくわかる。
　長いトックブランシェを目深に被り、先ほどのみゆきさん同様に真っ白いエプロンをかけて同じく真っ白い調理服を着こなして厨房に立てば、つかさはもうヨーロッパのどんなコンクールに出ても金賞を取れそうである。美人シェフとしてテレビで取り上げられたら、私たち３人が友人代表として絶対出演してやるんだ。かわいらしい実力派料理人と、やり手の弁護士と、評判のいい名医と、あと、何だろう。

　私は将来、一体何になっているのだろうか。考えたこともなかった。前に見たアニメに、文化祭の前日が繰り返されるとか、夏休みの２週間を延々とループし続けるといったシナリオがあったけれど、私もまた同じように高校生活が永遠に続いていくものだと、根拠もなく思い込んでいたのである。
　それではピーターパン・シンドロームそのものではないか。自分はいつまでも大人にならない少年のようにモラトリアムな時間を過ごし続けることで未来を回避したいという幼稚な考えに浸かって生きてきたのだと、みんなの夢を聞いた私は悟ったのであった。

私の夢って何だろう。そんな漠然とした疑問を私が持ち始めたのは、私が彼女たちの夢を初めて聞いた時からだった。


　返す言葉も立場もなかった私がそれから彼女たちと何を話して、何を思いながら家に帰ったのか、私はもう覚えていない。



Ⅱ．

　夢とは一体何で、一体どうやって決めるのか。そんなことを明確に知っている人はいるのだろうか。今思えば黒井先生に聞けば良かったのかもしれないが、でもやっぱり「適当に決めた」だの「気がついたら教師になってた」だの、いい加減なことを言われそうな気がする。そう考えれば私の判断――お父さんに進路についての相談を持ちかけるという選択は至極真っ当で、それは他の家の常識がまず通用しない泉家においても例外ではなかったらしい。少なくとも私はそう考えたいと思う。
　その日、晩ご飯を食べ終わった私は、さも何事もなく平然とした様子を装ってお父さんに話しかけた。
「お父さんってさ」
「ん？」
「進路どうやって決めたの？」
「進路なぁ……迷ってるのか？」
「うん、何やったらいいか分かんないんだよね……」
　せっかくお父さんにバレないように表情も声色も入念に取り繕って話しかけたつもりだったというのに、あっさり見抜かれてしまったらしい。このお父さんには何もかもお見通しなのだろうかと思うことがたまにある。
「ん、まあそんなこったろうと思ったよ。お父さんも別に大したことなかったしさ」
「そうなの？」
「ああ、一応志望校決めたのは今のこなたよりは早かったけど……まあ、でも大した差はないかな。ちょうど高３の夏休みだったと思うけど」
「お父さんも早く決めるように発破かけられたわけ？」
「いや、明確に決めるように促されたことはないけど……ちょっと進路決めるきっかけがあったんだよ」
「へぇ……きっかけ、ねぇ」
　私には未だにそのきっかけが訪れていないのだが。
「ああ、その時の担任の先生がな、平塚先生って国語の先生だったんだけど……ヨイショするつもりはないけど、素晴らしい先生だった。いい加減な性格の俺に、文学の何たるかを懇々と語り聞かせてくれたよ。普通の先生なら嫌になって俺のことなんか放っておくもんなんだけどさ。
　まだ大衆文学しか知らなかった俺に、本当の、本物の文学とは何なのかを教えてくれたんだ。何時間も、何日もかけてな。仕事だってあっただろうし、俺にだって本当は勉強しろって言わなきゃいけない立場だったのにさ。
　だからさ、夏休みが終わった時に自然に決心したよ。俺はこの平塚先生みたいに、本当の文学の面白さや素晴らしさをより多くの人に伝えたいってな。だから、絶対に国語教師になって、生徒たちにあの頃の自分と同じ素晴らしい体験をさせてやりたいと思った」
「それで小説書き始めたわけ？」
「まさか。そんなすぐに小説が書けたら、みんな小説家になってるよ。前にも言わなかったかな……お父さん、昔教師を志してたって。高校生になっても文学なんて全然分からない自分に後悔したりもしてさ、子供たちにはもっと幼いうちから質の高い文章に触れて欲しいと思ったから、小学校の国語の先生になろうって」
「中学校とかじゃなくて？」
「中学生は部活だ何だって、やっぱり忙しいだろ？高校生にもなったら、本をよく読む子は放っておいても読んでるし、読めるほど賢くない子は正直言って全然読まないし教えたってあんまり意味がない。もっと若いうちから、読書の習慣をつけて欲しいからね」
「でも結局教師にはならなかったじゃん。それはなんで？」
「そりゃあ、今の仕事やってるからだけども……大学入ってから、目の色が変わったように色々読んだよ。愛とは何なのか、人間は何のために生きるのか、その答えが知りたかったから教養過程で哲学も勉強したし。スタンダールの『赤と黒』で人間の欲望について考えたり、ドストエフスキーの『罪と罰』みたいな歪んだ思想も目にすることになった。後々にうっかり大賞取ってプロになってから原稿落としそうになった頃は、サン＝テグジュペリの『夜間飛行』でプロの厳しさを学んだ。日本の小説だったら……夏目漱石は入門者向けの『吾輩は猫である』は大爆笑したし『坊っちゃん』も楽しかったけど、『こころ』は高校の授業はもちろん大学生になっても何度読んだってわかったような気がしないし。『明暗』は未完だったのに、今の恋愛小説より遥かに味わい深くて素晴らしい小説だと思った。芥川龍之介には世の中の虚しさや人間の醜さを教わったし太宰治には……」
「お、お父さん？」
　正直、今の作家の半分以上は全然分からない人たちだった。アニメのキャラクターの方がたくさん覚えていそうな気もするが、お父さんはそっち方面だってちゃんと覚えているから恐れ入る。
「ああ、ごめん、久々につい熱くなったなぁ……要するに、文学と言えば純文学のことだった時代があったってことを知ったんだよ。今はもっとくだらないのも素晴らしいのも、いろんな本が出てるけどさ。
　でもそんな世の中だと、なかなか面白いと思う小説には出会えないから、ここらで一念発起して自分が素晴らしいと思える小説を書いてみよう！って思ったんだよな。それで、ついでに応募してみたらアッサリ大賞。もちろん運もあったんだろうけどさ。
　とにかく、プロにならないかって言われて、俺もけっこう迷ったよ。でも後先考えない身の振り方はできないから、教員免許取るまで待ってもらって、それからデビュー。
　だから、実はお父さんはに昔の目標通りの人生を生きてるわけじゃないさ。そんなのは何かの拍子に変わってしまうことだってあるからな。でも何も目標がなかったら、どっちに向いて歩けばいいかも分からんだろう？そうじゃなくて、途中で方向転換するにしても、やっぱり自分が今どこを向いて歩くかくらいは決めとかなきゃいけないってこと。別にきっかけは何だっていいんだよ。
　例えば、こなたはなんで今文系に進んだ？」
「うーん、かがみ達が文系行くって決めたから私も、って感じかな」
「まあ、そんなもんだよな。お父さんだって数学Ⅲ・Ｃと物理の授業が嫌で文系にしたんだぞ？あとかなたについて行ったっていうのもあるけど」
「ウソぉ？そんな適当に決めてたの？」
「ああ、本当だよ。文系って意外とそうやって理系から逃げてくる人は今でもいるだろ？」
　それはみさきちのことを言っているのだろうか。いや一般論だよね、と私は思い直した。
「ま、お父さんだってあんまり偉そうなこと言えるクチじゃないけど、とりあえず今現在どこに向いて進みたいかってことは決めとかなきゃならんしなあ。あ、そうだ」
「ん、なに？」
　お父さんは急に話を変えた。私もそれを追う。
「例えば今のアニメって、アニメの放送だけじゃなくてCDとかグッズとかフィギュアとかとんでもない数が出てるだろ？俺たちはそれに見境もなく投資してるわけだけど」
「うん、確かに色々とお金使ってはいるよね」
「そのお金、一体どこに行ってしまったか知りたいと思わないか？どうやって俺たちオタクから儲けを出してるのか、どんな商品がどれくらい売れたらどれくらいの利益が出るのか」
「おおっ！！それは投資家として是非とも知りたい！」
　言われてみれば何も知らないまま大金をつぎ込むのはあまりに惜しい！これは勉強すべきかもしれない。
「だろう？じゃあ、どんな商品を出してどんな風に宣伝すればファンの心を掴めるかも勉強してみたいか？」
「どうやったら大ヒット商品が企画できるかとか？」
「そうそう、近いな。俺たちオタクがどんな手段で騙されてるか、楽しませてもらってるか、全部分かるぞ」
　これは面白そうかもしれない。何も考えずに闇雲に投資するよりも遥かに。
「じゃあ経済学部か経営学部かな。そこら辺をお勧めしとくよ」
「そっか、ありがとね」
「いやいや、まあ、たまには親らしいところも見せとかなきゃな。いつまでもこなたに娘離れ出来てなーい！なんて言われちゃたまらないからさ」
　ニヤッと笑いながらそう言うお父さんの顔を、私は直視することが出来なかった。少しだけ、お父さんを見直したかもしれない。



Ⅲ．

　ほんの僅かな自分の未来像が見えてきた。普通に考えればお父さんの話は説得力に欠ける話だったのに、不思議と自分の中に一筋の光が差し込んだような気がした。

「ゆーちゃーん、今ちょっといいかな？」
「ん、いいよっ」
　私はもう１人の家族であるゆーちゃんに、恥を忍んで話を聞いてみることにした。自分より年下でまだ１年生のゆーちゃんが私より先に志望校を決めていたりしたらもっと落ち込むかもしれないけれど、ここはもう腹をくくることにしよう。
「ゆーちゃんはもう志望校とか決めた？」
「いやいや、実は全然考えてないんだ。まだ高校入って半年しか経ってないし、今から大学受験のことばっかり考えてるのも面白くないし……でも今のところ文学部に惹かれてるかなぁ。どうしたの？」
「いやあ、今すっごく進路に迷っててさ。自分が何やったらいいのか、まだ全然分かんないんだよね」
　言った自分が思うのも何だが、えらく大層な物言いである。
「ゆーちゃん確か絵本作家になりたいんだったっけ？」
「うん、そうだよー。こないだ田村さんに初めて絵本作ってもらったのもお姉ちゃん見てくれたよね」
「うん、氷姫の本だよね。ゆーちゃんとみなみちゃんがモデルになってるやつ」
「そ、そんなんじゃないってば！」
　ゆーちゃんが顔を真っ赤にして反論してきた。あんまりからかうと肝心なことが聞けなくなりそうな気がしたから、私は一言お詫びを入れてから、ゆーちゃんの夢についての話を聞くことにした。

　絵本作家っていうか、今から考えれば童話作家っていった方が正しいかな、と前置きして、ゆーちゃんはゆっくりと話し始めた。
「私たちが小さい頃にさ、石川の実家の方に『しょうぼうじどうしゃじぷた』って絵本があったの覚えてる？」
「えーと、オンボロのジープが火事の時に活躍する話だっけ？」
「そうそう。普段は小さなじぷたよりも他の最新型の消防車や救急車ばっかり注目されてるのに、山火事になったら誰も火を消せなくって。でも狭い山道を駆け上がれるじぷたは大きな山火事を消して人々を救うことが出来た、っていうお話なんだけどね」
「あったねぇ。昔ゆーちゃんあの本大好きだったの覚えてるよ」
「うん、今でも好きだよ。もっと大きくなって分かったんだけど、私、小さくて非力なじぷたと自分を重ね合わせてたみたいで。誰にだって得意なことや人より優れてるところがあって、それを磨けばみんなの役に立てるんだって、ずっと信じてた。
　だからかな、じぷたのことを思い出すと、身体が弱くてみんなと同じことが出来ない自分のコンプレックスが少し和らぐような気がしたんだよね。絵本のおかげで励まされたっていうか、助けられたっていうのかな。自信がついたよ」
「そうなんだ……」
「だから私は、まあ、絵本で子供たちを救うなんて御大層なことは言わないけど、でも絵本を通じて少しでも子供たちの力になれたらいいな、って思ってる」
　そう答えるゆーちゃんの大きくてくりくりとした碧［みどり］色の瞳は、大きな自信に満ち溢れていて、私はそのまぶしさに目がくらんだ。思わず部屋の奥に視線を外すと、勉強机の片隅には、普通あまり女の子が好みそうにないジープのモデルカーが置かれていた。

　私が、これといって特別なことが出来るわけでもない私が、生まれて初めて守りたいと思った存在だったゆーちゃん。いつの間にか、彼女は自分だけの夢をしっかりと見据えることが出来るようになっていたらしい。まだ将来の夢さえも満足に決められないような私よりも遥かに先を行っているじゃないか。
　ゆーちゃんが大きく成長したことが私は嬉しかったけれど、ただ喜んでいるばかりではない愚かな自分に気付いて私はものすごく気分が悪くなった。こんなことを考えている場合ではないのに。

　私は、参考になったよ、とゆーちゃんにお礼を言って自室に戻った。案の定、というべきか、さっきよりも心なしか身体が重かった。



Ⅳ．

　自分の部屋のベッドに寝転がって、私は壁掛け時計を上下逆さまに見た。４時35分？いや、10時過ぎといったところか。木曜日の10時台なんて見る番組なかったよなあ、と私はつぶやいた。このままで居ると風呂にも入らずに寝てしまいそうだったので、私は勢い良くベッドから跳ね起きた。
　スクールバックの中のクリアファイルから件［くだん］の“進路希望調査票”を取り出して勉強机の真ん中に置き、私はこないだ買ったLAMYの黄色いシャーペンを片手に（アニメのキャラクターが使っていて人気が出た奴だ）、そいつとにらめっこしてみる。
　こいつはきっと、向き合う相手によって態度を豹変させるのだろう。かがみ達のような確固とした希望・願望のある人間に対してはまるでその意思表明をさせてくれるかのように振る舞うくせに、私みたいな曖昧な人間にの前は徹底して立ちはだかろうとする。
　一応ある程度の社会保障があるとはいえ、世の中というのは本当によく出来ている。時代が変わって新しい職種が登場しても所詮はノーミル・ノーミール、すなわち働かざる者食うべからず、なのである。そりゃあ株やら何やらで儲けている人もいるけれど、それにしたって元金つまり資本金が何百万もいるわけだし、株についての勉強もしなきゃいけない。しかもリスクの方が大きいうえに日常生活でも株価が気になって仕方がないというのなら、株で食べていくというのも実は精神的に大変なのかもしれないと思う。
　宝くじに当たりたい、と以前みさきちは言っていたが、３億円もの大金を手に入れてしまったらみさきちでなくとも正気を保てなくなる自信はある。以前そんなドラマもあったが……とにもかくにも、不健全な方法でお金を稼ごうという心構えそのものがいけない。真剣に考えねば、と私は再びこの厄介な対戦相手に向き直った。
　私のやりたいことは何なのかというよりも、私が自分自身をどうやって活かせるかを考えないといけない。自分のやりたいことが世の中に仕事として用意されていると思うな、とよく言われるように。
　だからこそ私は迷っているのだ。自分の長所というものが分かっていない。そういうところは自己ＰＲの苦手な古典的な日本人そのものだな、と思った。

　私は自分の部屋にある電話の子機を手にとって、使い慣れて覚えてしまった番号にダイヤルした。まだ夜も遅くないから、怒られはしないと思うけど。
『もしもし？』
「ああ、かがみ？遅くにごめん、今大丈夫？」
『大丈夫よ。どうしたの？珍しいじゃない、こなたからかけてくるなんて』
「いや、進路希望に迷っててさぁ、何書けばいいか分かんないんだよね」
『やっぱりか……アンタのことだから、何書くんだって思ってはいたけど』
「うん……みゆきさんは聖人君子すぎて逆に何か諭されそうだし、つかさはあんなんだし」
『アンタ、せめて建て前でもマシなこと言いなさいよね。まあいいわ、どうしたのよ。洗いざらい話してみなさい』
「いや、自分のやりたいことがまだ見つからない以上、自分の何を活かして職に出来るかなぁなんて考えてたんだけどさぁ、どうも見当たらなくて」
『なんだ、もっと酷いかと思ったらもうそこまで到達してたのね』
「え？」
『もっと根本的なところから説教しなきゃなんないかと思ってたけど、そこまで来たんならもうほとんどゴールよ』
「え？なんで？」
『じゃあ聞くけど、社会経験がロクにない私達が今すぐに何かの職に就けると思う？』
「いや、思わないけど……」
『でしょ？それでいいのよ、高校生なんて書籍そんなもんなんだから。何を伸ばせばいいか分かんないっていうんならね、逆に選択肢を広げるために大学を目指すっていうのはどう？』
「選択肢を広げる？」
『そうよ。“選ばれなかったなら選びに行け”なんて本末転倒な妄想を押し付ける気はないけどね、就職試験や面接で何度も合格すれば、それだけ未来だって選べるんだし。選ばれるに相応しい大学に入って、選ばれるに相応しい人間になるために自分を磨く。それがこなたが大学でやるべきことだと思うわ』
「自分を磨く、かぁ……」
『そう。難しく考えなくてもいいのよ。私も力になるから、まずは自分が一番見聞を広げられそうで、あと就職の行き先が一番バリエーション豊富な学校と学部、考えときなさい』
「うん、分かった。こないだもらってきたパンフレットいくつか見てみるよ」
『じゃあ、また明日ね。予習もちゃんとやっときなさいよ。じゃあお休みね』
「うん、わざわざありがとね。お休み」
　向こうが何も言い残していないことを確認して、私は電話を切った。そうか、選択肢か。ならば私の知っている限りでは……。

　私は進路希望調査票にシャーペンで薄く大学名と学部名を書いてみた。明確な志望校を決めかねているからこそたくさんもらってきた大学のパンフレットをもう一度読み直してみた。この学部なら私の選択肢がぐんと広がると思った学部をいくつも下書きして、私は進路希望調査票を再びクリアファイルに挟んで片付けた。

　人生の中でいつ変わるともしれない“未来”について決めるなんて、馬鹿馬鹿しいことだとは分かっている。でもこの世の道理に昏い人間は、一応にしても目の前を照らしてくれる物がないといけないのだと倫理の時間に言われた。仏教の考え方らしいが。
　今の私が何になりたいか、何をしたいかが分かっていない以上、いざ行動を起こしたくなった時に学歴も知識もないのではこの社会では使い物にならない。人から選ばれ期待されないようでは夢もへったくれもないし、夢で飯なんて食えやしない。かがみが言いたかった真意は正直分からないけれど、私は勝手にそう解釈してしまうことにした。

　そうだ。人生はいくらだって変えられるし、何かを始めるのに遅すぎるなんてことはあんまりない。でもあまりに回り道ばかりしているわけにもいかないのだ。やり直しの効く人生だからこそ、出来ればやり直さず後悔もせずに生きよう。そう思えば自然とラクな気持ちになってきた。少なくとも私に限って言えば、一直線に決められたレールを歩くだけが人生ではないのだ。
　うん、これでいい。私は浮気症で、一つの目標を目指してまっすぐ生きることはまだできないけれど、だからこそ私は誰かに選ばれ求められたらそれにいつだって応えられるような人間にならなきゃいけない。大学とは本来自分を磨き上げて有能な人物にしてやるべく通うところで、、就職で有利になるように高学歴を得るためだけに行く場所ではないのだ。
　自分を磨く。スポーツ漫画やバトル漫画に出てきそうなよくあるそのフレーズと未来の私自身に、私は何故か期待感を隠せないでいた。


　窓の外では、夏の終わりを告げる鈴虫が鳴いて、自分たちがその手で掴み取る未来に向けての、長い戦いの始まりを知らせている。

----

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    <item rdf:about="https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/51.html">
    <title>「今年のバースデー、最高だったんです！」</title>
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    <description>
      　私って、両親が居ないんです。捨てられてたみたいで。
　それで、この洋館の主が拾ってくれたんです。……お嬢様の事です。
　五歳のころから、この洋館で門番として働く為に、武術を学んでいます。
　……いえ、門番として働き出したのは十歳からです。学び始めた直後から、門番は務められませんから。
　そして、あの日は私が生まれてからちょうど、十五年。つまり、私の誕生日でした。
　その日私は、いつものように門番をしていました。誕生日だからって、いつもと何か変わるわけじゃありませんし。
　日が昇る前から、私は門番を務めています。毎日の事なので、苦ではありません。門の前で、いつ来るか分からない侵入者を待つだけでした。
　流石に、暇でしたね。物騒な世の中だからって、ここまでしなくても良いと思いません？　
　油断して余所者に侵入されて『ネコ度が足りないわ』ってお嬢様に怒られましたけど。要するに、侵入者という名のネズミを私という名のネコが捕まえられてない。そう、ネコ度が足りないんです。
　もうちょっと分かりやすい喩えは無かったんでしょうか。難しい事を言いたかったんでしょうかね……。
　あ、すいませんね。関係の無い話をしてしまいました。
　そうそう、バースデーの話。今年ほど嬉しいバースデーは、初めてなんです。まともに、祝ってくれた事なんて無かったから――
　その日は、どうしても祝って欲しくって。思いっきり、アピールしちゃおうかと思い立った訳です。
　私以外の人に門番を任せて、掃除している咲夜さん、あ、咲夜さんというのはお嬢様のメイドさんなんですよ。その咲夜さんにアタックしてみたわけです。

「あ、咲夜さーん」
「何かしら？」
「知ってます？　今日は私の――」
「咲夜ーーーーっ！」
「はっ、はいお嬢様！？　何でしょうか！？」

　忙しい咲夜さんは、お嬢様に呼ばれてパタパタと走っていっちゃうんです。当然ですよね……。私より、お嬢様が大事ですし。
　それで私、思いついたんです。『お嬢様ならどうかな？』って。お嬢様に祝ってもらおうなんて、図々しい話かもしれないです。でも、私はとにかく祝って欲しかったんです。恐れ多くも、お嬢様にアタックしました。

「お嬢様ー、今日は私の――」
「あんた誰？」

　玉砕。あれは誤算でした。お嬢様に顔すら覚えてもらってなかったんです、私。
　うーん、雇っている人の情報みたいなのは、咲夜さんが管理してるからでしょうかね。私たち下っ端の事なんて知る訳無かったんでしょう。
　……いえ、泣いてなんかないです。普段から喋ったりしてるのに、今更名前を聞かれたこと位じゃ泣いたりしないです。ほんとですってば。
　ええ？　他の人は、って？　……我侭ですけど、私は親しい人に祝って欲しかったんです。
　ちちちち、違いますよっ！　友達が少ない訳じゃないですっ！　ほんとですってばぁ！
　……コホン。取り乱しました。そ、それでそうこうしてるうちに、門番交代の時間が来てしまったんです。仕方なく戻る訳です。椅子に座って、本を開きました。そう、この本がきっかけだったんです。
『バースデーは、祝ってもらうと嬉しいのは世の真理』
　そんな偏見染みた事を書いてたんですよ。その本。そんなの読んでしまったからです。私が、祝われたいなんて思ったの。

「……寒いなぁ」
　追い討ちでしたよ。小雨ながら、雨が降り出したんです。まるで、私のその時の心のような……。
　え、いや。ナルシストとかじゃないですよ？
　結局、その日の仕事が終わっちゃいました。何も出来ないまま、ね。
　雨の中頑張った自分にご褒美でもあげちゃおうかな、って思いながら自分の部屋へと向かいました。ええ、私は住み込みの門番ですから。
　楽しみに取っておいた、グレープのアメでも舐めようなんて。えへへ。贅沢し過ぎですかね？　あれ、何ですか、もしかして……。笑ってます？
　もう、ここからが大事なんですよ？
　そこで私、部屋に入ったんです。そしたらそしたらっ！
　机の上に、手紙とケーキセット、それと包みが置いてあったんです。
　手紙にはですね、こう書いてたんです。

『ハッピーバースデー。アピールなんかしなくても分かるわよ。　咲夜より』

　読んだ瞬間、涙が止まらなくなっちゃって。咲夜さんの優しさが嬉しくて嬉しくて。グレープのアメも忘れて、ケーキを頬張りました。あの時のケーキの味が、忘れられないです。
　咲夜さんお手製の、特製ケーキ。滅多に食べられません。甘くて、とっても美味しかったです。あったかいココアもありました。
　私が仕事を終わる時間を見計らってくれたのでしょう。
　涙がココアに入っちゃわないように、飲みました。
　冷えてた私の体が一気に温まって。もう涙も止まらなくて。
　それでそれで、包みの中身ですよ。この冬ピッタリの、マフラーでした。
　綺麗な赤色をしてまして。ココアとあわせて、暖かさ二倍でしたよ。
　あ、分かりました？　そうです、私が今してるマフラー。これですよ。
　こんなプレゼントも貰った事なくって、とにかく私、嬉しかったんです。
　それで、もっと嬉しかった事はですね――

「こらそこ。近所の人と仲良くするのは良いけど、私語は慎みなさい。私は買出しに行って来るから。留守中、ちゃんと守りなさいよ？」
「あっ、咲夜さん。マフラー、お揃いですね！」
「だから何？　色が被ってるだけでしょ」
「えへへ……。気をつけて行って来て下さいね～！」

　咲夜さん、今日も同じ色のマフラーで出掛けていきましたよ。ね、ね。見てました？　
　ええ？　自慢話は聞き飽きたって？　そ、そんな～。


＝＝あとがき＝＝

まだ残暑が厳しいのに暖かいお話に挑戦。
と言うか書いたのは夏休み中なのでものすごく暑い中書いた記憶があります。
季節外れ？　上等。
あ、でもこれ読んだからって暖かくなるとは限らｎ(ｒｙ

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