ID:+qNHdNKO氏:とりとめのない犯行記

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ここは我が家の台所だ。 
銀の流し台と、白いまな板と、褐色の食器棚がある。 
床にはフローリングの板の隙間の直線が平行に走っている。 
そのうちいくつかに、血が流れていて、その上に姉の死体がある。 
そして私はその血を刃先から静かにこぼす包丁の柄をまだ左手に握っているところだ。 

私は柊つかさ。姉は柊かがみ。 
今日は土曜日で時刻は昼の十二時。まだ布団を出て十分と経っていない。 
つまり私の一日はこの殺人に始まったわけだ。 
それを不幸なこととか、憂鬱なこととか、今そういうことは考えていない。 
そんなことは要らぬことであった。 
むしろこの後をどうすべきか考えていた。 
いや、考えると言うよりも、どうしようか、という言葉を頭に浮かべるだけで、実際は死体とその周りを茫然と見回しているだけだった。 

私はこれを隠す気など全然なかった。 
むしろ見せびらかしたい、この事実を誰かに視認してほしいという気すらあった。 
私を異常者と思うかもしれない。 
むろん私はそんなつもりはなく、自分はいたって正常な人間だと言い張る自信がある。 
その根拠を言うなら、例えば、これから私はこの現場を家族あるいは誰か他人に見つけられ、何かしらあって、結果的に法律によって裁かれることはわかっている。 
そして私はそれに対して特に抵抗する気もない。 

法律──そういえばこの姉は法律を学びに大学へ通っていたのだった。 
私には、いったい法律の何が面白いかはわからない──むしろ私は法律が嫌いだ。 
それはこの姉によって──私の心の「嫌いなもの」のゴミ箱へ、姉とともにまとめて捨て去られたものだ。 
姉への嫌悪感は大学の頃から積もり始めた。 
それまでは──良くも悪くも、私は姉を心底から頼っていたと思う。 
その頃はまだ、この姉は私にとっての「頼れるおねえちゃん」だった。 
例えば、中学や高校の頃は、寝坊しそうな私をいつも起こしに来ていた。 
起こされるのは決して愉快なことではなかったが……しかし起こされなければ結果的にもっと憂き目に遭うのだから、これは私にとって多分ありがたかったのだ。 

しかし大学に入ってからとなると違った。 
姉はいつも自分の通学前に私を起こしにきた。 
それまでと違うのは、私が授業のない日や、授業はあるが遅くから始まる日にも来ることだ。 
当然私は姉に文句を言った。 
「今日はないから起こしに来なくてもいいよ」 
姉ははじめこれへの返答を溜息だけで済ませていた。 
だが次第に要らぬことを付け加えるようになった。 
例えばはじめはこういうことを言った。 
「だってあんたこの前遅刻したんでしょ……私が起こさなかったらいつまでも寝てるじゃない」 
私は渋々起きた。 
確かに一度起こされたがまた眠り、始業時刻を過ぎてしまった日がこの少し前にあった。 
姉の言うことは少なくとも正しかったかもしれない……しかし私にはそれが姉が無用な世話を焼くことに対する言い訳にしか聞こえなかった。 
そして日が経つと姉はさらに癪にさわることを言い出した。 
「あんたはホントどうしてそんなにだらだらしてるの? 起きなさいよ今日も授業あるんだし」 
私にとってこれはただの挑発でしかなかった。 
私はかっとなり、嫌々起きる仕草を見せたが、姉が一息ついて部屋を出るとすぐさま布団を深く被り、終わらぬ愚痴を呟き続けた。 

その後間もなく、姉は他の姉(私にはこの「かがみ」以外に二人の姉がいる)や父・母に私の怠慢のことを愚痴り出した。 
愚痴は食卓で嘲笑を含んだ嫌味となって、その姉らから私に浴びせられた。 
私は心底腹を立てていた。 
そのとき「姉を殺したい」という願望が芽を吹いていたかどうかはよく覚えていない。 
ただこういった事柄が私にとって姉が「ムカつくやつ」だということを決定づけたことには間違いない。 

そして今日も姉は私に嫌味を言い放った。 
「ホントあんたの取り柄は料理だけね」 
私はかっとなり野菜を切っていた包丁を振り上げようとしたが、こらえた。 
代わりによくも包丁を持った私に向かってそんなことを言う勇気があるものだ、と心底侮蔑した。 
そんな所にさらに姉は言葉を加えてきた。 
「全くねえ、本当は授業のない日でも起きるべきよ、しっかりしないと。この先やっていけないわよ?」 
姉は流しで手を洗い始めた。 
私はこの二度目の挑発に心を制御できなかった。 
日頃のストレスもあったのかもしれないが──とにかく我を忘れていた。 
そして石鹸の泡を丹念に指になじませている姉の後頭部めがけて、包丁の刃先を振り落とした。 

私は再び腹を立てようとしていた。 
なぜなら最後に姉のこぼした一言があまりに癪にさわったからだ。 
最後の一言、というのは死に際のおぼろげな嘆息ではなく──「この先やっていけない」という言葉だ。 
おそらく姉は何か考えがあってこんなことを言ってのけたわけではなかろう。 
こんなものはただの虚構だ。 
むしろ全うに何かを考えていれば、こんな軽薄な言葉は出るはずもない。 

私はこういった正論が嫌いだ。 
現実の観察を伴わない理想や主義ありきの型にはまった戯言を聞く度に、私はいらいらしていた。 
よくよく思えば高校の頃の教師も、特に受験間際、やたらと中身の薄っぺらな正論を言い放っていたものだ。 
もっとも、それは今はどうでもよく、いちばん嫌悪を抱かせたのは姉のこぼす正論だったが。 
姉は勘違いをしていた。 
すなわち、「全ての人間は勤勉であるべきで、憲法の義務に従って労働し、社会に奉仕しなければならない」といった主義に洗脳されたような人間だった。 
姉は勤勉だったから、そういった自分の肌に合うイデオロギーを喜んで受容したに違いない。 

私は、こういう人間にはならないでいよう、と思った。 
つまり、理想や主義にとらわれてその言いなりになる自分を良しとし、そうでない他者を軽蔑し排斥するような人間には──。 
代わりに、人間の本質こそを受け入れようと思う。 
所詮この世の中は主義などでは動いていないのだ──誰もが自分の信条をもとに、また時として気まぐれで行動している。 
そういった全ての物を受け入れようではないか。 

少し可笑しくなった。 
犯罪者がこんな立派な物言いをするなど滑稽なことだ。 
もちろん、取り調べの警官の前でこんな詮無い主張を並べたてるつもりはない。 
むしろ最低限の返事だけして早く済ませてしまおう。 
警官は、私の主義など興味もないし、私もこんな主義は実のところどうでもいい。 

主義、という言葉を使った。そう、主義なのだ。 
私が「勤勉主義」を否定したことにしても、姉を反面教師にして自分はそうせぬようと考えたのも。 
主義を否定して生まれるものもまた主義なのだ。 

一体どうして、母の胎内を共有し、一つ屋根の下に育てられた姉と私が、こうも方向の異なる主義を手に入れたかはわからない。 
しかし主義に関して私達は敵対していたことは確かだ。 
大げさに言えば、これは主義と主義のぶつかり合いの戦争だ。 
……いや、そんなものでもないかもしれない。 
実際私の犯行の決め手となったのは、腹が立ったから、ただそれに過ぎない。 
それを主義とするなど滑稽この上ない。 
しかしあえて「主義」という語を使うなら、「もともと主義で敵対していた者を殺す機会が偶然にも生まれた」、ということにでもなるだろう…… 

そんなことを考えたあたりで、段々とどうでもよくなってきた。 
これ以上は考える意味もなさそうだし、興味も失せてきている。 
今考えたことは一切忘れてしまおう。 
それでまずいことなど何もない。 

それからしばらくして、私は留置所へ送られた。 
あまりに暇なので昼の続きでも考えようかと思ったが、どうにもやる気にならないのでやめた。 

これから私は裁判にかけられ、判決を言い渡され、おそらく刑務所暮らしになる。 
その裁判では皮肉にも、姉が目指そうとしていた、「弁護士」のお世話になることになる。 
しかし私は、別にそのことに嫌悪感はないし、素直に身の回りに起こることに従おうと思う。 

ところで、罪を後悔しているかと言うと、それは微妙だ。 
犯行動機が一時的なものであるとはいえ、結果的に私にとって煩わしいものは消えたのだ。 
その旨味を味わえるのは刑務所を出てからということになるだろうが、まあそれでも構わない。 
もし後悔するような気になったなら、その時は思い切り後悔すればいいのだ。 

どうせ人間なんてそんなものだ。 






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- う~~ん・・・つかさの言ってる事も確かに理解出来るが・・・ &br()だからと言って殺すのはちょっと・・・ &br()まあ俺が何を言った所で所詮は第3者の意見にしかならない訳で &br()俺が同じような状況に陥ったらどうなるのかなんて想像出来ないけどね・・・  -- 名無しさん  (2010-10-15 17:48:48)
- すばらしい!  -- 名無しさん  (2010-06-12 22:57:49)
- らきすたももう末期だなと痛感する素晴らしい作品だよ。 &br()  -- 平沢チキン  (2010-06-06 14:56:10)
- これは、かがみが悪い &br()つかさが殺した気持もよーくわかる。  -- 名無しさん  (2010-06-06 10:08:47)

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