ID:qrnniBiz0氏:記念日カレンダー

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 インターネットで何気なくネットサーフィン。お気に入りのページを開いて、御用達の小説創作掲示板に移動する。こういうのを見ていると「かがみはやっぱりこっち側の人間じゃん~♪」とあいつにまた囃されそうだが、断じてそんなつもりはない。……と、自分に言い訳をしながら表示されたページを見ると、トップページに何やら見慣れない文章が記入されていた。 
「第20回短編小説コンクール開催!テーマは……『記念日』、か……」 
 なんとなしに声に出して読んだ後、意味もなく肺に溜まり込んでいた気分の悪い空気を吐き出す。モニターに映し出されている『記念日』という3文字をもう2、3回ほど反芻したあと、私はやっぱりモニターから顔を離した。 




 記念日は嫌いだ。 
 1年間は365日。そのうちの1日を記念日にしたとしたら、それを迎えることができるのは365回に1回だ。人間の寿命はおおよそ80年だから、だいたい30000回に80回しか迎えることができない。 


 365分の1。 
 約30000分の80。 
 百分率にしたら、1%なんて簡単に切ってしまう。 


 一生のうちで1%にも満たないその日を待ち続けるのはあまりに虚しい。たった1日を迎えるためだけに、長い長い日常を過ごしていくことになってしまう。持って生まれることが義務となる誕生日でさえそうなのに、そんな日をわざわざ自分達で作ろうだなんて、どうして思うのだろうか? 




 すっかり興ざめした私はモニターの電源を乱雑に落とし、ベッドに飛びこんで枕元の文庫本に手を伸ばす。2、3ページほどめくっていき、段々と物語に意識が入り込んで来た所に、 


「お姉ちゃん、ちょっといいかな」 


 図ったかのように、つかさが私の部屋のドアを開けてきた。 






【 記念日カレンダー 】 






「お姉ちゃん今日なんかいいことあったかな~って……」 
 気だるそうに私のところに来た目的を聞くと、つかさは対照的に機嫌良く答える。いいところに入ってきてそんなことかと一瞬考えたものの、何も知らないで入ってきたつかさを悪く言う筋合いもなかったので、すぐにそんな気の悪い感情は吹き飛んだ。吹き飛んだのだが、 
「そんなこと聞いてどうするのよ?」 
 つかさの質問の意図を私は全くといっていいほど読み取ることができていない。 
「えーと……えへへ、とにかく今日なんかいいことなかった?」 
 しかしつかさは意味ありげに笑顔になっただけで、私の質問には答えてくれなかった。確かに、質問の内容は理由に関係することではないのだけれど、やはり急にそんなことを聞かれるとどうしても意図が気になってしまう。なんとかして問いただしたかったのだが、1度質問をしてつかさが応えてくれなかったときは、どうしたって答えてくれないときである。その事を私は知っていたので、すんなり諦めることにした。 

「いいことって言ったって……」 
 だが"いいこと"なんて言うが、今日のように普段通りの生活をしている中でいきなり聞かれても、おいそれと答えられるものではない。朝起きて、普通に学校に行って、あいつなんかと話して、帰ってきて、適当に過ごして。確かに幸せなことではあるのだが、これが当たり前となってしまっている以上、"いいこと"とは言えないだろう。 
「残念だけど、これといってないわよ。特別どこに出かけたわけでもないし、特別誰と会ったわけでもないから、探そうったって無理ね」 
「そうなんだ、残念」 
 ありのままに質問に答えると、つかさは眉の端をほんの少し下げた。しかし数秒後には気にもしないように笑顔に戻り、前もって準備していたことがわかるくらい、手際良くあるものを私の前に差し出した。 
「実はね、この間こんなのを買ったの」 


『記念日カレンダー』 


 ポストカードが何枚か重なっているタイプの小さなカレンダー。その一番上のものには、控え目に洒落た字でそう書かれていた。  
 拝借して一枚めくってみると、カレンダーによくあるきれいな風景の写真などもなく、ただ簡単に1日から31日の欄がカレンダーの規則にそって並んでいるだけ。左上にこれまた洒落たフォントで何月かが記されており、それが1月から12月までの12枚分が重なって、このカレンダーはできているようだ。 
 しかし普通のカレンダーとは違い、それぞれの日にちに、曜日が一切振られていない。これではカレンダーとして機能を全く果たしていない気がするが、きちんとした意図があるようだ。なんでも、 
「曜日が振られていないから、このカレンダーに1度書きこんじゃえば何年経っても記念日を忘れなくなるんだよ~」 
 ……と、いうことらしい。2月の欄にも、今年はないはずの2月29日の欄がご丁寧に準備をされている。抜かりはないということか。 


 ポストカードをぱたんと閉じ、記念日カレンダーをつかさに返すと同時に納得する。なるほど。だったらつかさがここに来たのは、もし私に何かいいことがあればそれを記念日にしようと思ったから、ということだろう。自信ありげにそう言うと、 
「すご~い、どうしてわかったの!?」 
 果たしてそれは見事に正解だった。 



「でもだいたい、記念日なんて作ったってどうするのよ?」 


  
 だから。正解だったからこそ、私は問いかけた。 

「そんな風に記念日を作ったって、来年には虚しくなるだけよ?だいたいあんたは飽きっぽいんだから、待ってるうちにいつの間にか忘れちゃうんじゃないの?」 



 つかさが作ろうとしている記念日。 
 それは365分の1。 
 約30000分の80。 
 百分率で1%にも満たない1日。 



 作っている今は楽しいかもしれない。1年先が待ち遠しくなるかもしれない。でも残りの364日は、約29920日は、99%は、今思っているよりもずっとずっと長いものになるだろう。たった1日を待つために、そんなにも長い残りの日を過ごすのは、あまりにも虚しい。そんな空虚な日常を、つかさは今まさに作りだそうとしている。 

 だから私は問いかけた。私にはそれが、そんなものを自ら作ろうとすることが、理解できなかったから。 
 私は、記念日が嫌いだったから。 






「そんなことないよ、お姉ちゃん」 


 ところがつかさは、澄んだ声で、なおも笑顔で、私に言った。 

「私は確かに飽きっぽいから、1日の記念日を待っているのって無理だと思う。お姉ちゃんの言うとおり、きっと忘れちゃうよ」 
 自嘲気味に、また眉の端を下げるつかさ。しかしまた同じように、数秒後にはすぐに笑顔に戻った。そのまま、嬉しそうに手に持った記念日カレンダーに目をやる。 
「だから、このカレンダーを買ったの。これがあれば1日の記念日を忘れることがないから。それで、1日の記念日を待つのに飽きないように―――」 
  
 つかさの笑顔の、輝きが増していく。 




「1日じゃなくて、毎日を記念日にできるでしょ?」 




 カレンダーは3日前の欄から、すべて埋まっていた。『カレンダーを買った記念日』に『クッキーがいつもより美味しくできた記念日』、それから『朝ちゃんと早起きできた記念日』。これらはみんな"記念日"と呼ぶにはあまりに取るに足らないものだったが、つかさの書いたこれらのかわいらしい文字は、とっても生き生きとしていて。おかげで、こんなあまりに小さな1日を、立派な"記念日"に仕立てあげることができていた。 



 残りの日が長いのなら、それも"記念日"にしてしまえばいい。 
 365分の1が嫌なら、30000分の80が嫌なら、1%が嫌なら。 
 365分の365にすればいい。 
 30000分の30000にすればいい。 
 100パーセントにすればいい。 
 そうすれば、空虚な日常なんて、割って入ることもできなくなる。毎日が記念日なのだから、毎日が楽しくなる。 



 だから、お姉ちゃんのところに来たんだよ。つかさは、私にそう言ってくれた。 



 つかさの笑顔はあまりにまぶしくて、私にはもったいないくらいだった。自然に私も笑顔になると、つかさに一つだけお願いをした。 




そして―――― 










「おはよ~お姉ちゃ~ん」 
「おはよう、ってまだ寝ボケたまんまじゃない!さっさと顔を洗っておいで」 
「ふぁ~い……」 
 いつもと変わらない朝。いつも通り早めの朝食をとっていると、いつも通り半分とじた目をこすりながら、つかさが起きてきた。いつも通りつかさにそう言うと、つかさもいつも通りにふらふらと洗面台に向かっていく。 
「まったく……」 
 そして、いつも通りに確認する。テーブルの中心に置かれている、小さなカレンダー。空欄のまったくない日付の欄を一つ一つ確認し、今日の欄を探す。 





「お、なんだ……」 
 『朝ちゃんと早起き出来た記念日』の右隣。ほとんどの欄を埋めているかわいらしい文字ではなく、あまり好きにはなれないけれど、一番見慣れてる不格好な文字。 
  

『私が"記念日"を好きになった記念日』。その文字は、他のものに劣らずとっても生き生きとしていて、こんなあまりに小さな1日を、立派な"記念日"に仕立てあげることができていた。 




「もうあれから1年が経ったのか……」 
  



 こんなに早く来るんだから、やっぱり記念日は悪くない。 




FIN  

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