<p>みゆきの遺体は今、みゆきの部屋『だった』ところに『置いて』ある。<br /> あのまま気を失ったみなみは、自室で眠り続けている。<br /> いち早くショックから抜け出したあやのとパティは、みゆきが死にいたった原因を調べにゲレンデに出ていた。<br /> 他の人達は、みな大食堂に集まっている。</p> <p>「う……ひっぐ……みゆきさん……えぅ……みゆきさぁぁん……!!」</p> <p>その大食堂には、こなたの嗚咽のみが響いていた。<br /> ひよりもゆたかも未だショックから抜け出せず、椅子に腰掛けたまま惚けていた。<br /> 人ひとりが死んだ。それを簡単に理解できるほど、二人は大人ではない。<br /> と、その時。『ガチャリ』という音に振り返ると、あやのとパティがいた。ゲレンデから戻ってきたのだ。</p> <p>「みねぎじ……さん……」<br /> 「泉ちゃん……。はい、これ」</p> <p>涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたこなたに、あやのは真っ白なハンカチを渡した。<br /> それを手に取り、こなたは涙を拭く。しかし涙が止まる気配はない。このハンカチだけじゃ間に合わないかなと、あやのは苦笑した。</p> <p>「峰岸先輩、パトリシアさん、どうでした……?」</p> <p>ゆたかがおどおどした様子で問い掛けた。恐怖半分、興味半分といったところか。<br /> するとパティが頭を書きながら、</p> <p>「Hmm……何から言えばイイのでショウ……」<br /> 「結論から言うと……これは、事故なんかじゃないわ」<br /> 「え……?」</p> <p>未だ涙を流し続けているこなたが顔を上げた。</p> <p>「どういう……意味……?」<br /> 「ソレが……ピアノ線が、仕掛けらレていマシた……」<br /> 「ちょうど高良ちゃんの首もとにくるようにね……」</p> <p>ピアノ線の強度はかなり高い。<br /> スキーで、しかもスピードが出るシュテムターンでなら、人の首くらい簡単に切断できるだろう。</p> <p>「問題なのハ、木の方デス。scar(傷痕)がホトンドありませんデシタ」<br /> 「つまり、前から仕掛けられていたわけじゃないの」<br /> 「じゃ、じゃあ……」</p> <p>ひよりが、恐怖に怯えたように呟いた。</p> <p>「私達の誰かが昨日、そのピアノ線を仕掛けたってことっスか……!?」</p> <p>二人はその問に答えず、下を向いた。<br /> しかし、それが「肯定」を意味していることは明らかだった。</p> <p>「……うそ……でしょ……?」</p> <p>そう震えた声で呟いたのは、こなただった。止まりかけていた涙が再び溢れだす。</p> <p>「うそだ……うそだよ、そんなの……だって、私達……あんなに仲が良かったのに……。……う……うわあぁぁぁああ!!」<br /> 「……お姉ちゃん……」</p> <p>親友が死んだ。『誰かが殺した』のだ。<br /> 事故ならまだ救いようがあったかもしれない。しかし、これはれっきとした殺人事件なのである。<br /> 加えて、容疑者は自分たちに絞られた。信じられるはずがないだろう。</p> <p>「……あは……あははは……」</p> <p>ゆたかがそう思っていた時。こなたが渇いた笑い声をあげて立ち上がった。</p> <p>「わかった……私、わかっちゃったよ……」<br /> 「わかっちゃったって……」</p> <p>ひよりの問には答えず、こなたはフラフラになりながら台所に入っていった。</p> <p>「この中に……犯人がいるんだよね……? ……だったら……」<br /> 『!!!』</p> <p>台所から出てきたこなたに、みんなは驚愕、あるいは戦慄した。<br /> 彼女の左手にあったのは、銀色に輝く包丁だった。</p> <p>「いっ、泉ちゃん……!?」<br /> 「みんな殺しちゃえばいいんだ……。そうすれば……みゆきさんを殺した犯人も死ぬよね……?」</p> <p>――イカれてる。<br /> ゆたかが従姉に抱いた、率直な思いであった。<br /> 確かに、みゆきを殺した犯人はこの中にいるだろう。だが、関係のない人間まで巻き込むのは……<br /> ……いや、それ以前の問題か。復讐をするなんて、ダメに決まってる!</p> <p>「あっはは……まずは誰から殺してあげよっかなぁ……」<br /> 「ひぃっ!!」</p> <p>そうは思ったのだが……充血しきっているうえに焦点が定まっていないこなたの瞳を見てしまい、恐怖で身体が動かなくなってしまった。</p> <p>「そうだなぁ……まずはパティからかなぁ……」<br /> 「!!」</p> <p>パティの方を向いてニタリと笑う。その顔が、パティには悪魔に見えた。<br /> じわりじわりと歩み寄ってくるこなたに後退りをするが、すぐに壁に追い込まれてしまう。</p> <p>「コ……コナタ……冗談……デスよネ……?」<br /> 「あはは……あはははははははははははは……!!」</p> <p>ダメだ、まったく話を聞いていない。<br /> 他の人間に助けを呼ぼうにも、彼女達は完全に竦み上がっている。もう……終わりだ。<br /> 自分が刺される瞬間など見たいはずがない。パティは覚悟を決め、目を固く閉じた。<br /> <br /> <br /> <br /> 「……?」</p> <p>いつまで経っても何かが起こる気配がしない。気になって、目を開けてみると……</p> <p>「――!!」</p> <p>パティが見たものは、床に落ちていく包丁、倒れゆくこなた、その後ろに立つみなみの姿だった。<br /> その姿から見て、みなみがこなたに手刀を食らわせて気絶させたのであろう。<br /> どう、という音を立ててこなたが床に沈むと同時に、みなみがパティに手を差し伸べた。</p> <p>「ミ、ミナミ……」<br /> 「大丈夫? パトリシアさん」<br /> 「Yes……Thanksデース……」</p> <p>みなみの手を握り返し、パティは命の恩人にお礼の言葉を言った。</p> <p>「み、みなみちゃん、何時の間に……?」<br /> 「ちょっと前に気が付いて、食堂に出てきたら、泉先輩が……」</p> <p>それから、みなみにあやの達が見てきたこと、この中にみゆきを殺した犯人がいるだろうということを話した。<br /> 耳を塞ぎたくなる衝動に駆られながらも、みなみはその全てを聞いた。</p> <p>「……犯人を……見つけましょう……」</p> <p>唇を噛みしめながら、みなみは言った。<br /> 冷静を装ってはいるのだろうが、彼女の怒りを読み取ることは容易であった。</p> <p>「今、みんなと一緒に悲しんでいるけど、心の中ではニヤニヤ笑っているんでしょう……? そんなの……不公平です……!」</p> <p>いつものみなみからは考えられないほど感情的なセリフである。それほど、犯人が憎いのだろう。<br /> そんなみなみの言葉に、その場にいる全員が頷いた。異存はないということだろう。</p> <p>「……アレっスよね」</p> <p>そんなみんなを後方から見ていたひよりが、呟く。</p> <p>「その犯人、名乗り出るつもりないみたいっスね……」</p> <p>その通りだ。この中に犯人がいるということはほぼ確定している。<br /> ここで名乗り出ずに、みんなと同じように頷いているのだ。自分が犯人であることを隠そうとしているのだろう。</p> <p>「……コナタ、部屋に持って行きマス……」<br /> 「あ、私も……」</p> <p>この空気に耐えきれなくなったのだろう、パティが自分からそう言って、こなたの体をおぶる。<br /> そのまま食堂を出ていこうとするパティに、ゆたかが走ってついていった。</p> <p>そして東館廊下……</p> <p>「信じたくアリマセンね……murder(殺人)が起キてしまった、ナンテ……」<br /> 「……そう、だね……」</p> <p>友達を疑うなんて、本当はしたくない。けれども、友達を疑わなければ、みゆきの魂が報われないのだ。<br /> みゆきの、そしてみんなのためにも、犯人を見つけださなければ。</p> <p>「but……コナタとミナミで、response(反応)が違いマシタね……」</p> <p>そうだ。こなたは『犯人が友達の中にいる』と聞いた際に狂ってしまった。<br /> しかしみなみは、幾分か感情的になりながらも自我を保っていたのだ。この差はどこからきたのだろう。</p> <p>「……それは……」</p> <p>自分の胸に手を当て、軽く目を伏せてからゆたかは話し始めた。</p> <p>「こなたお姉ちゃん、いつもは気丈に振る舞っているけど……本当は、すっごく心が弱いんだ」<br /> 「that is(つまり)?」<br /> 「……お姉ちゃん、小中の頃にひどいいじめを受けてたんだって。友達もいなくって、人間不信に陥ったって、おじさんが……」<br /> 「……ひどい、過去だっタんデスネ……」</p> <p>それだけで、こなたがあそこまで狂ってしまった理由は簡単にわかった。<br /> 高校に入ってようやく友達と呼べる人達ができた。絶対の信頼を置いていたに違いない。<br /> それなのに、友達が友達を殺した……。その事実を受け入れたくなかったのだろう。<br /> そう話しているうちに、こなたの部屋に着いた。ドアを開けて中に入る。<br /> 今朝起きた状態のままだろう、ゲームや着替えがぶちまけられている。</p> <p>「……はい、パトリシアさん」<br /> 「thanks、ユタカ」</p> <p>ベッドにかかっていた布団をゆたかが開け、パティがこなたの身体をベッドの中に入れる。<br /> そこで二人は、担ぎ上げてから初めてこなたの顔を見た。</p> <p>「う……ううん……誰か……誰か、助けてよぉ……」</p> <p>苦しそうに、そればかり呟いている。昔の、辛かった過去の夢を見ているのだろう。</p> <p>「もう……やだぁ……! 人間なんか……人間、なんか……!!」<br /> 「お姉ちゃん」<br /> 「……あ……」</p> <p>ゆたかが、そっとこなたのおでこを撫でてやると、少しだけこなたの表情が和らいだ気がした。</p> <p>「大丈夫。お姉ちゃんは、私が絶対に守るから。私はいつまでも、お姉ちゃんの味方だから……」</p> <p>――こなたお姉ちゃんの本当の笑顔を取り戻すためにも、もうこれ以上、誰も殺させない。<br /> 今度は楽しかった頃の夢を見ているのだろうか、微笑んでいるこなたの顔を見て、ゆたかはそう決意した。</p> <p> </p> <p> </p>