深夜。 神社の奥の間。秘密の儀式を行なう際に用いる個室に、柊みきはいた。 巫女服ではなく、正式な神職の装束をまとっている。 これからお守りを作るための儀式を行なうのであった。 通常なら千個単位でまとめて作るのだが、今日はたった一人のためにたった一つのお守りを作る。 そのような特別なお守りは、普通には売られないものだった。その存在は公表もされてない。 ただ、その御利益の高さを噂で聞いた金持ちがときたまやってきて、金を積んで頼み込んでくる。 そういう相手に対しては、説明をした上でその説明内容を承諾した場合のみ、お守りを作ってあげていた。 その説明内容は、次のような感じだ。 お守りは、その人が本来持っているものを障害なく100%発揮させるものであって、100%を超える効果をもたらすものではない。 たとえば、余命1年の人の余命を2年にすることはできない。1年ある余命を大過なくまっとうさせるだけである。 たとえば、無謀な運転をする人に交通安全のお守りを持たせたところで効果はたかが知れている。充分に安全運転に心がけている人を、もらい事故から遠ざけてくれるのがお守りの効果である。 たとえば、学業成就のお守りは日頃からの勉強の成果を充分に発揮させるためのものであって、何の努力もしない人をいきなり天才にしたりはしない。 要は「天は自ら助くる者を助く」ということだ。 絶大な呪術の力を持っていたという開祖様であれば、100%を超える効果をもたらすことも可能であったかもしれないが、子孫であるみきにはそこまでの力はないのが現実だった。 今日作るのは、金持ちに頼まれたわけではない。 あえていえば、依頼者はみき自身である。 彼女は、司法試験を受ける娘かがみのために、お守りを作ろうとしていた。 儀式が始まった。 みきは、祈りと「力」を込めて、祝詞を朗々と読み上げる。 その様子を後ろから見物しているのは、娘いのりだった。 彼女は、無事に婿をとって、神社を継いでいくことが決まっている。 四姉妹のうちこの「力」を受け継いでいるのは、いのりだけだった。そして、この「力」に関わる儀式はすべて一子相伝。見て覚えるのが基本である。 祝詞とともに「力」がお守りに注ぎ込まれていくのが、いのりにも感じられた。 通常のお守りを作るときとは段違いの「力」だった。部屋全体の空気が圧縮され重くのしかかってくるかのように感じられた。ただ見ているだけなのに、息苦しい。 そして、その息苦しさが唐突に消え去ったとき、すべての儀式は終了していた。 「ふう……」 息をついたみきがふらりとよろける。 「お母さん、大丈夫!?」 いのりは、あわてて母を支えた。 「大丈夫よ。ちょっと気合入れすぎちゃったみたい」 翌日。 「かがみ。これ持っていきなさい」 みきは、朝食を終えて、司法試験会場に向かうかがみに、お守りを渡した。 「ありがとう。気休めだと思ってもってくわ」 かがみは、そういってお守りをポケットに入れると、家を出ていった。 気負いも緊張も何もなく、いつもどおりのかがみだった。お守りを気休めだと言い切る神社の娘らしからぬ発言も、全くもっていつもどおり。 「本当だったら大金積まないともらえないお守りなのに。気休めだってさ」 いのりが呆れたようにそういった。 「あれでいいのよ。かがみは今まで充分に努力してきたんですもの。いつもどおりにしてれば、お守りの効果は充分に発揮されるわ」 無病息災、交通安全、学業成就。 欲張りにも三つの効果をもったお守りはその効果を十全に発揮し、かがみは司法試験を100位以内の成績で突破した。 終わり