とある日の昼下がり。こなたとその従姉妹のゆたかは、喫茶店でお茶を飲みながら雑談していた。 ゆたかが売れっ子の絵本作家になってからは二人で会うことは少なくなり、こうした時間はお互いにとって大切なものになっている。 「それでね、著者近影の写真がいるって言われて、送ったんだけどね」 ゆたかの言葉に、こなたがアイスティーをすすりながらうなずく。 「…間違って娘さんの写真が入ってますよって言われて…」 「ぶっ!…あははははっ!」 こなたはアイスティーを吹き出し、ハンカチで口の周りを拭きながら盛大に笑った。 「もう、お姉ちゃん遠慮なしに笑いすぎ」 「いやいや、ここは笑うところでしょ」 笑いすぎて出てきた涙を拭うこなたに、ゆたかは少し頬を膨らませた。二十台後半の女性とは思えないそういった仕草も、彼女を幼く見せている要因なんだろうと、こなたは笑いを抑えながら思った。 「お姉ちゃんはそういうこと言われたこと無いの?」 「んー。わたしは本に写真載せないからねー」 「え、なんで?」 「わたしの写真載せたら特定層に人気でそうだけど、そういうのじゃなくて、売れるなら内容で売れたいからね」 なぜか得意げにそう言うこなたに、ゆたかは首をかしげた。 「でも…売れてないよね」 「…う」 「っていうか…自分の容姿に対するすごい自意識過剰だよね、それ」 「…うぐ…それはさっき笑った事への仕返しなのかね、ゆーちゃん?」 「さーねー」 ゆたかは悪戯っぽく舌を出して笑うと、ストローに口をつけた。 ― 命の輪の華 ― 「あ、そうそうお姉ちゃん。この前言ってたわたしの絵本がアニメ映画になるってのだけど…」 雑談が途切れたところで、ゆたかはそう切り出した。 「ん?あー、あれ…いいねー売れてて。絵本が映画になるなんてそうそうないよねー。どこまで売れる気なんかねー。ちょっと客分けて欲しいよねー」 「…さっきのことは謝るから、そんなにいじけないでよ」 不貞腐れたこなたの物言いに、ゆたかは呆れたように溜息をついた。 「でね、その映画の主役の声優さんが、小神あきらなんだって」 「へー」 こなたは感心したようにため息をついた。 「バラエティとかドラマとか、色々やってるから忙しいみたいなんだけど、よく引き受けてくれたねー」 「うーん、その辺のことはわたしは良くわからないな…お姉ちゃん、ファンなんだよね?」 「今はもう、熱心なってほどじゃないけどね」 「そっかー…今度製作発表会っていうのかな?なんかそういうのがあって、小神さんが来るらしいんだけど、わたしも原作者だから呼ばれてて、お姉ちゃんもどうかなって思ったんだけど」 ゆたかがそう言うと、こなたはなんとも難しい顔をした。 「気持ちだけもらっておくよ…わたしも歳なのかねー、なんか情熱が薄れてきた気がするよー」 「…お姉ちゃん、まだ嘆くような年齢じゃないと思うんだけど…」 気だるそうにテーブルに突っ伏すこなたを見ながら、ゆたかは困ったような顔をした。 「ま、わたしの事は気にしないでゆーちゃん楽しんでおいでよ」 「う、うん…えっと、楽しめはしないかな…たぶん…」 突っ伏した姿勢のままひらひらと手を振るこなたに、ゆたかはなんとなく不安な気持ちになっていた。 ゆたかは部屋の中を落ち着き無く見渡していた。あてがわれた控え室。入るときに見た表札には、確かに自分の名前と小神あきらの名前が書いてあった。 「…主演声優と同室かあ」 ゆたかがそう呟くと同時に部屋のドアが勢いよく開けられ、その音にゆたかはビクッと体を震わせた。 「はーい!おまたせー!…遅れてない?遅れてないよね?」 腕時計を見ながら部屋に入ってきた長髪の女性。綺麗な顔立ちに、ゆたかの友人のみなみよりも高い身長。スーツの上からでも分かる良いスタイル。 「…ってー…あれ?マネージャーじゃない…誰?もしかして小早川センセ?」 「…え…あ…はい…」 椅子に座って呆然としているゆたかの顔を覗き込んだ女性は、ゆたかの返事を聞いて大きな声で笑い出した。 「あーなんだ。間に合ってるじゃん。急いで損したー」 そして、ゆたかの隣に座り持っていた鞄を床に投げ出すと、体をゆたかの方に向けた。 「ども、小神あきらです…って知ってますよね?」 「え、あ…その…」 あきらの名乗りに、ゆたかは言葉を濁した。違う。自分がこなたの持っていた雑誌とかで見たことあるあきらと、目の前の女性は全然違う。確か小神あきらという人は、自分と同じ小さい体格の人のはずだ。そう思って、どう返事をすればいいのか分からなくなっていた。 「…ホントに…小神さん?」 そして思わずそんなことを口走っていた。 「うおろ。なんか予想外の答え…」 「え、あ、その…すいません…」 「んー、なんかまったく知らないって感じじゃないような…あ、もしかして中学くらいのわたしを知ってるとか?」 あきらがそう言うと、ゆたかはうなずいて見せた。 「あー、なるほどねー。いやー、高校の時になんかグングン伸びちゃいましねてー…そりゃもう、新たなファン層が開拓できちゃったくらいに」 うらやましい。ゆたかは心の中でそう呟いた。自分は高校どころか大学通してもまったく伸びてないというのに。 「あら、あきらちゃんが私より早いなんて、珍しいわね」 控え室の扉が開き、今度はゆたか達よりもだいぶ年上っぽい女性が入ってきた。 「たまにはこういう事もありますよん…あ、こっちが小早川センセ」 その女性に、あきらがゆたかを紹介する。 「どうも、小神あきらのマネージャーです。今日はよろしくお願いしますね」 「あ、はい、こちらこそ…」 お互い頭を下げあった後、マネージャーは豊かの顔をじっと見つめてきた。 「あ、あの…なにか?」 ゆたかがそう聞くと、マネージャーはニッコリと微笑んだ。 「可愛らしいなあって…芸能界に興味ない?」 「へ?…え…そ、それは…」 「小早川センセ、マネジャーの冗談ですよ」 戸惑うゆたかに、あきらが冷静にそう言った。そしてマネージャーの方に顔を向ける。 「マネージャー、そう言う冗談は本番だけにしときましょうよー。小早川センセこういうの慣れてなさそうだし」 「うふふ、そうね」 「…え…本番だけって…」 あきらとマネジャーの会話に不穏なものを感じたゆたかは、不安そうな表情で二人の顔を交互に見た。 「まあまあ、任せてくださいって。センセの魅力をばっちり引き出してみせますから」 そのゆたかに、あきらがにこやかにそう言った。 「そうそう、小早川先生は大作家らしくどーんと構えておけばいいですから」 マネージャーも同じように、にこやかにゆたかに語りかける。 「お、お手柔らかにお願いします…」 ゆたかは冷や汗を垂らしながらそう答え、ふと思った疑問を口にした。 「あの…こういうのって台本とか無いんですか?…っていうか打ち合わせとか…」 「あー、無いです無いです。わたしは基本ぶっつけ本番のアドリブ重視ですから」 ひらひらと手を振りながら笑顔でそう言うあきらに、ゆたかはさらに冷や汗の量が増えていくのを感じた。 「え、えっと…小神さんはそれでいいかもですけど、わたしはこういうの初めてで…」 「初めて!慣れてないどころか初めて!…ふふふー…」 なにやら不穏気な笑みを浮かべるあきらに、ゆたかは逃げ出したい心境になってきた。 「まあ、あきらちゃんはプロなんだから、任せておけばいいですよ」 そのゆたかの肩に手を置きながら、マネージャーがにこやかにそう言った。 「では、ここで本日のゲストっつーか主役!原作者の小早川ゆたか先生の登場でーっす!」 高らかなあきらの宣言を受けて、ゆたかは恐る恐るステージの上に足を踏み出した。 「はい、拍手ー!」 あきらの声と同時に割れんばかりの歓声と拍手が開場に響き渡った。その音量に怖気づきながらもゆたかが観客の方を見ると、半分くらいは親子連れでもう半分はあきらのファンなのか、いわゆる『大きなお友達』で占められていた。 「おーい、おまえらー。あたしん時より盛り上がってんぞー」 あきらがやぶ睨みの表情をしながら抑揚のない声でそう言うと、歓声がピタリと止んで会場が静まり返った。 「…え…その…ご、ごめんなさい…」 ゆたかが思わず謝ると、あきらは満面の笑みを浮かべた。 「なんてうっそーっ!お前ら、存分に盛り上がれーっ!」 そして、あきらがそう言うと、会場はゆたかコールに包まれた。 「…あぅ…わたし、どうすれば…」 「大丈夫ですよ。小神のいつもの前振りですから、落ち着いてください」 混乱気味なゆたかの後ろから、共演者らしい男性がそう声をかけた。ゆたかは少し呼吸を整えて、改めて観客席の方を見た。 「える!おー!ぶい!いー!らぶりーゆーちゃん!」 「って、なんでいるのっ!?」 そして観客席の一番前でゆたかコールに参加しているこなたを見つけ、思わず声を上げてしまった。 「おや、お身内の方が来られてますかー?」 それを耳ざとくかぎ付けたあきらが、ゆたかに擦り寄りながらそう聞いた。 「え、えと…いや、その…」 「もしかして…これですか?」 あきらがニヤニヤしながら小指を立ててみせる。 「ち、違います!そんな人いませんっ!」 誤魔化そうとしながらも、ゆたかはこなたのほうに視線を向けていた。よく見るとこなたの隣には、帽子とサングラスで変装しているつもりらしい、友人の岩崎みなみの姿が見えた。 「…みなみちゃんまで…」 自分の事は気にしないでってこう言う事なの?どこか情熱が薄れているの?ってかなんでみなみちゃんまで引っ張ってきてるの? ステージの上にも関わらず、ゆたかはこなたに後で色々言いたいことを頭の中でまとめ始めていた。 「はーい、センセお疲れ様でーす」 楽屋に戻ってきたあきらは、同じく戻ってきたゆたかにそう声をかけたが、ゆたかは答えずに手近な椅子に座り込んだ。 「あや、ホントにお疲れさんですね」 「あ…ご、ごめんなさい。お疲れ様です」 話しかけられてることに気がついたゆたかが慌ててそう返すと、あきらは苦笑しながら頬をかいた。 「ちょっと弄り過ぎましたかねー…」 「あ、いえ、そんなことは…小神さんは大丈夫なんですか?」 ゆたかはそう聞きながら、先ほどのステージのあきらを思い出していた。 ほぼすべての出演者に絡んで喋りっぱなし。しかもステージの上を、端から端まで常に歩き回りながらだった。 「わたしはー…慣れてますから」 そう言いながら大きく伸びをし、あきらはゆたかの隣の椅子に腰掛けた。 「まあ、この後友人と飲み会ありますんで、八割くらいにセーブしてましたけどねー」 「…あれで八割…」 ゆたかは呆れると感心するともつかないため息をついた。そして、もう一度さっきのステージを思い出していた。 一番印象に残ったのは、あきらが何かアクションを起こす度に、観客の視線がそちらに集まると言うことだった。 生まれついての資質なのか、それとも長年のアイドル生活で身についたものなのか、とにかく人の視線を集めるのが上手なのだ。 「…こういうの、華があるっていうのかな」 「へ、わたしですか?」 ゆたかが思わず呟いてしまった言葉に反応し、あきらが自分を指差した。 「え、あ…はい…やっぱり芸能人って違うなって…」 「んー…まあ、わたしの持論なんですけどねー」 あきらはそう前置きしてから、左手の人差し指を立てて見せた。 「ずばり、華というのはあるなしじゃあないんですよ」 「そ、そうなんですか…?」 「そうなんです。女はみんな生まれついての華なんですよ…ようは、その咲かせ方ってわけです」 「…へー」 得意気に胸張ってそう言うあきらに、ゆたかは感心した声を上げた。 「やっぱり…違いますね。あきらさんは」 ゆたかがそう言うと、あきらは腕を組んで目をつぶった。 「誰と比べてって言うのはわかりませんが…まあ、誰とも違いますな。わたしは…っていうか同じ華なんてありませんよ」 「え、いや、そう言うことじゃ…」 「さっきも言ったとおり、咲かせ方咲き方一つってことで…みんなの前で大仰に咲くのも良いんですけど、どこかでひっそりと咲くのもまた良いんじゃないかと思っとりますよ」 「それは、ちょっと寂しいような…」 「誰も見てくれなかったらそうでしょうけど、一人でも見てくれて『綺麗だな』って気に入ってくれて、その人のためだけに咲き続けるってのも、なかなかロマンがあってアリなんじゃないかと」 ゆたかはなんとなくこなたの事を思い出していた。基本的に家から出ない生活をしている彼女もまた、あの人のためだけに咲くことを選んだという事なのだろうか。 「まあ、そういうことですから、詳しくは今夜一晩じっくりお話しましょう」 「…へ?一晩?」 何時の間に取り出したのか、携帯をいじりながらのあきらの声に、ゆたかは思わず間抜けな声を出してしまった。 「…あー、もしもしりんこ?今日さ、一人追加でよろしく…ふっふっふ、内緒。豪華ゲストよ…いやいや、今度はほんとだって…んじゃ、そういうことでー」 あきらは電話を切ると、いまいち事態を把握できていないゆたかの方を向いてニッコリと笑った。 「んじゃセンセ。行きましょうか?」 「え、え?ど、どこに?」 「飲み会。さっきははぐらかされましだけど、こっちの話も聞きたいですしねー」 「え、え、えぇーっ!?」 小指を立てながらニヤニヤするあきらに、ゆたかはただ混乱した表情を見せるだけだった。 ― おわり ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)