「…あ、お父さん。わたしだけど、ちょっと車回して欲しいんだ…うん、お花見のところに…えーっと三人酔いつぶれてるのがいて、家に連れて帰ったほうがいいかなって…ううん、もうめんどくさいからみんなウチでいいよ。一晩とまらせちゃお…うん、それじゃ」 泉こなたは携帯を切ると、ため息をついて先ほどまでの騒ぎの現場を見た。 満開の桜の木の根元にひかれたレジャーシート。その上には日本酒やらビールやらの大量の残骸。そして、その中で眠りこけている、柊かがみ、つかさ、それに高良みゆきの三人。 こなたはもう一度ため息をつくと、お酒を入れてきたらしいビニール袋に、とりあえず空き瓶を入れ始めた。 「…こんな飲み方しちゃ、そりゃこうなるよ」 ビンでいっぱいになった袋の口を縛り、適当な場所に置いて、新しい袋を用意する。そして、今度は空き缶をその中に入れ始めた。 「わたし…何しにきたんだろ」 そう呟きながら、こなたは何度目か分からないため息をついた。 ― 飲まれ酒 ― 満開の桜並木。無数に舞い落ちる桃色の花びら。あちこちから聞こえてくる酔客の笑い声や歌声。 その中をこなたは、みんなが待っているであろう場所へと走っていた。 「…かがみ、怒ってるだろうな」 携帯で時間を確認すると、約束の時間から一時間ほど遅れていた。角の生えたかがみの顔が脳裏に浮かび、こなたの走る速度が少し遅くなったが、すぐに思い直した。 『せっかく二十歳になったんだから、こういうところで飲んでみようよ』 そう言って、今回の花見を提案したのは自分だったんだ。言いだしっぺがこれじゃ流石にかっこつかないなと、こなたは走る速度を上げた。 この辺りでは一番綺麗な桜だとみゆきが主張し、場所取りをしておいてくれてるはずの場所。 「あーこなちゃんらー」 そこに着いたこなたが見たのは、顔を真っ赤にして完全にろれつの回っていないつかさだった。 「…始めちゃってたのか。まあ、しょうがないか。つかさ、他の二人は?」 こなたがそう聞くと、つかさはしゃがみ込んで足元から桜の花びらを一枚拾い上げた。 「いや、つかさ?他の二人は…」 「ひにぇいっ」 そして、重ねて聞こうとするこなたの鼻先に、謎の掛け声をあげながらその花びらを貼り付けた。 「ぷ…うふふ…あははははっ…にゃはははははははっ!」 さらに、そのこなたの顔を指差しながら大爆笑をするつかさ。 「え、えっと…これの何が面白いの…?」 こなたは鼻先から花びらを剥がしながら、腹を抱えて地面にうずくまっているつかさはとりあえず置いておいて、他の二人がどうなっているのか周りを見回した。 そして、桜の根元で木に向かって膝を抱えながら、缶ビールらしきものをチビチビと飲んでいるかがみと、レジャーシートの真ん中で一升瓶片手に胡坐をかいているみゆきを見つけた。 「…うわー近寄りたくないなー…」 こなたは回れ右をして、全力でその場を逃げ出したくなったが、なんとかこらえて怖そうなみゆきを避けてかがみの方に近寄った。 「かがみ、大丈夫?」 そう声をかけながら、こなたはかがみの顔を覗き込んだ。 「…うぅ…こなた…?」 こなたに気がつき、うつむかせた顔を上げるかがみ。 「う、うわ…」 その涙と鼻水でぐずぐずになった顔を見て、こなたは思わず後ろに引いてしまった。 「こなた…ぐす…こなたぁ…」 「は、はい、なんでしょう…」 そのこなたを追って四つんばいで迫ってくるかがみに、こなたは思わず敬語で返事をしてしまう。かがみはそのままこなたの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らし始めた。 「…来ないと…えぐっ…もう来ないって…わたし…うぅ…」 嗚咽の中に混じる言葉にこなたは罪悪感を覚え、謝ろうと口を開いた。 「かがみ、ごめにゃわっ!?」 そして、言葉を出そうとした瞬間に、後ろから襟首をつかまれ引き倒された。 「いてて…な、なにごと…」 仰向けに倒れたこなたが見上げると、完全に目の据わったみゆきの顔がそこにあった。 「泉さん。わたしには。挨拶は。無しですか」 一言一言はっきりと区切りながら話すみゆきに、こなたはなにか恐ろしいものを感じ取っていた。 「あ、こ、こんにちは…」 なんとも間抜けに感じる挨拶をするこなたの顔の横に、みゆきは持っていた一升瓶をドンッと音を立てて置いた。 「注ぎなさい」 そして紙コップをこなたの目の前に突き出す。逆らうとダメだ。そう感じたこなたは、起き上がって一升瓶を手に取った。 「だ、だいぶ飲んでるみたいだけど、大丈夫…?」 一升瓶の中身が思ったより減っていることに気がついたこなたは、心配そうにみゆきにそう聞いた。 「わたしに。お酒が。注げないというのですか?」 答える代わりに、半眼で睨みながらそう言ってくるみゆきの持つ紙コップに、こなたは首を振って酒を注いだ。みゆきは注がれた酒をじっと見つめると、紙コップの端に口をつけ、ちびちびと舐めるように飲み始めた。 「…変なところに、みゆきさんっぽさが残ってるなあ」 呆れたようにそう呟いて、こなたはため息をついた。その直後に、こなたの後ろ…かがみが居た辺りでパシャッと水っぽい音が聞こえた。 「え、なに?」 こなたが振り向くと、かがみの頭の上で、ビールの缶をひっくり返しているつかさが見えた。 「あははははっ!おねえひゃんびしょびしょー!」 「うえーん!なにするのよつかさー!やめてよー!」 けたたましく笑うつかさと、泣きじゃくるかがみ。 「つかさ、なにやって…あーもう…」 こなたは仲裁に入るために立ち上がろうとしたが、服の裾をみゆきに掴まれ、止められてしまった。 「泉さん。どこに。行くつもりですか?」 「え、いや、あれ止めないとさ…」 こなたがつかさ達のほうを指差すと、みゆきはこなたが持っている一升瓶を取り上げ、つかさ達のほうにふらふらと歩いていった。 「飲みなさい」 そして、そう言いながら中に入っている酒を、つかさとかがみにぶっ掛けた。 「つめたーい!にゃはははははっ!」 「みゆきまで…ぐすっ…うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!」 さらに大きな声で笑い出すつかさ。子供のように泣き喚くかがみ。 「わたしの。お酒が。飲めないのですか?」 その二人を半眼で睨みながら、ずれたことを口にするみゆき。 「…どーすりゃいいの、これ…」 こなたは頭を抱え、一刻も早くこの事態が収まることを願った。 翌日。 誰かが廊下を走るバタバタという音で、こなたは目を覚ました。 「ん…あー…こんな時間…」 枕元にある目覚まし時計で、もうお昼前だということを確認したこなたは、おおきく欠伸をしながら自室を出た。 部屋を出たこなたは、とりあえずリビングに向かおうと階段に足をかけたが、そこで足を止めた。ふと、トイレに方から誰かのうめくような声が聞こえた気がしたからだ。 こなたは少しその場で考え、そして昨日酔いつぶれた三人を家に連れてきて、そのまま居間で寝かせていたことを思い出した。 三人のうち誰かがトイレで吐いているのだろうと考え、こなたはドアの前でしばらく待ってみることにした。 「…あ…泉ひゃん…」 トイレから出てきたのは、ハンカチで口を押さえたみゆきだった。 「お、おはようございまふ…」 「おはよう、みゆきさん…大丈夫?」 こなたがそう聞くと、みゆきは引きつった笑顔で頷いた。 「はい…だいぶ良くなったと…」 真っ青な顔で弱々しくそう言うみゆきは、とても大丈夫そうには見えず、こなたはため息をついた。 「リビングに戻る?肩貸すよ」 「…すいません…」 こなたの提案にみゆきは素直に頷き、二人は寄り添うように階段に向かった。 二階に上がりリビングに入ると、ソファーに寝転び呻いているかがみの姿が見えた。 それを横目に身ながら、こなたはみゆきを別のソファーに寝かせた。 「かがみ、大丈夫…じゃないよね」 こなたがそう聞くと、かがみは顔を上げようとし…途中で断念してもとの体勢に戻った。 「…死ぬ…」 そして、そうポツリと呟いた。 「…急性ではありませんから…死にはしないかと…」 律儀にそう言うみゆきは、頭痛が酷いのか目をつぶって頭を抱えていた。 「どうだい。気分は?」 そして、リビングの入口から聞こえてきた声にこなたが顔を向けると、そうじろうがつかさを負ぶって部屋に入ってきた。 「つかさ、どったの?」 かがみの隣につかさを寝かせるそうじろうにこなたがそう聞くと、そうじろうは困ったように頬をかいた。 「つかさちゃん、二階のトイレで吐いてたんだけどね、戻る最中に力尽きたみたいで、廊下で動けなくなってたんだ」 「あー、二階はつかさが使ってたのか。それでみゆきさん一階に…わたしらが通った後に出てきたのかな」 こなたはそう言いながら、かがみとその横のつかさを見た。 「やっぱ、わたしの服だと小さいね」 かがみとつかさは、昨日散々酒を頭からかぶったために服を洗濯していて、乾くまでの間にとこなたの服を借りているのだが、丈が足りずに無駄に露出が多くなってしまっていた。 「これはこれは眼福なんだけどな…」 そうじろうはそう言いながら懐か紙の箱を取り出して、テーブルの上にあるスポーツ飲料の横に置いた。 「朝からだいぶ吐いてるし、そろそろ吐き気も収まってきなんじゃないかな?飲める様なら薬を飲んでおくと良いよ」 そして、そうじろうは寝ている三人にそう声をかけたが、呻くばかりでまともな返事は返ってこなかった。 「まだ、無理かな…」 そうじろうは困った顔をして、空いているソファーに腰掛けた。その隣にこなたも腰掛ける。 「しっかし、酷い有様だねえ」 こなたはそう言いながらため息をついた。 「かがみやみゆきさんは、お酒の飲み方分かってるような気がするんだけど、どうしてこうなったのやら」 「花見だったんだろ?ああいう場は慣れてないとなあ」 「そういうもんなの?」 こなたがそう聞くと、そうじろうは深く頷いた。 「場の独特の雰囲気に飲まれちまってな、普段の自分のペースが守れなかったりするんだよ」 「ふーん…」 こなたは改めて三人を見て、昨日の有様を思い出して苦笑いを浮かべた。 「…まあ、こなたが一緒に飲まれなかったのは幸いだな」 「ん、なんで?」 そうじろうの呟きに、こなたは首を傾げた。 「なんでって、覚えてないのか?…お前、正体なくすほど飲むと脱ぎだすじゃないか」 「…え、マジで?」 「二十歳の誕生日のときに、折角だからって飲んですごいことになってたぞ」 「ぜ、全然覚えてない…」 こなたは頭を抱えてその時のことを考えたが、まったく思い出すことは出来なかった。 「脱ぐって…わたしどこまで脱いだの?」 「そりゃあ、全部。素っ裸になるまで」 「…うわあ」 もし時間に間に合って一緒に飲んでいたら、あの場でストリップを始めるところだった。そう思うと、こなたは遅れたことが良かったような気がしていた。 「…さて、そろそろかがみちゃん達の服が乾くかな。こなた、ここ見てあげておいてくれよ」 そうじろうがそう言いながら立ち上がり、大きく伸びをした。 「あ、うん…お父さん、ごめんね。なんかまかせっきりでさ」 昨日迎えに来てもらった上に、朝から三人の世話をさせていたため、そうじろうが少し疲れているんじゃないかと、こなたは感じていた。 「なんだ、らしくないな」 こなたの言葉にそうじろうは笑うと、軽く手を振ってリビングから出ていった。 こなたはそうじろうが出て行くのを見送った後、寝ている三人を見て、昨日からもう何度目かわからないため息をついた。 「…ほんと、大丈夫かな」 そしてそう呟いて、こなたはソファーの背もたれに身体を預けて大きく伸びをした。 ― おわり ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)