ここは貴女のためだけの世界

雲ひとつなく晴れ渡った青い空に、突如として無数のヒビが走り抜け
悲鳴のような轟音を立てて割れ爆ぜた
灰とも錆とも分からぬ物を多量に含ませた風が吹き荒れる
昼時の賑やかな喧騒に包まれていた町並みが崩壊する
白と黒に塗り分けられたモノクロの異界へと変貌していく

その均衡のオセロボードにひとしずく、ぽたりと黒が垂らされる
紫紺のバトルドレスに艶やかな黒髪をなびかせる少女、
暁美ほむらがふわりと重力を無視したような軽やかさで降り立った

その彼女の周囲にいくつもの翡翠の光の槍が突き立ち、大地を割り砕いた
ほむらの視線の先、蝶と白鳥と木の葉のような翼ではばたく、
両足の無い人形の姿をした魔女、エゼルゼニスが宙空に浮遊していた

魔女の周囲から出現した無数の光の鞭がほむらの立つ場所に叩き付けられる
舞い上がる噴煙から遠く離れた場所に悠然と現れるほむら
彼女の専売特許である瞬間移動。数を増やして勢いよく振りかぶられた鞭が
突如、魔女の頭上に出現したほむらの剣によってまとめて斬り飛ばされる
とどめをさそうと剣を振り上げる彼女は、危険を察して瞬間移動で退避する
魔女の体からはオーロラのように光の帯を放射し始めていた
全方位に拡散する光は、触れたビルや地表をまるでバターのようにすんなりと切り裂いていく

周囲にあるビル群が次々に倒壊していき、町並みは吹き上がる粉塵に包まれる
そのとき、止め処なく景色を覆う粉塵が、無数の円形にくり抜かれていく
宙に浮かぶいくつもの不気味な黒い球体と、傷を負いながら中心に立つほむら
正体不明のそれを敵と認識した魔女の光の槍が、球体に向かって放たれ、衝突し、
跡形も無く消え失せた。忽然と、何の演出効果も無く、この空から消滅した

高速で飛来する鞭の群れも、球体に触れるたびに次々に消し飛ばされていく
ほむらがエゼルゼニスに歩み寄る。彼女を囲む黒球はあらゆるものを寄せ付けない
魔女は周囲に放散していたオーロラを収束させる。まるで卵を包む殻のように光が防壁となる
しかし魔女の白鳥の翼が無残に切り裂かれた。円形の暗黒はすべてを無慈悲に呑み込んで圧搾する

黒球の正体は時間の流れを停止させられた空間であった。
ほむらの能力は時間を操作する力である。それが第三者からは瞬間移動のように観測される
未来に進めず、過去にも戻れない空間は、あらゆる干渉を拒絶する殲滅時空となる
どのような物質もエネルギーも、「存在しない時間」の前では無に帰す以外に無いのだ。

ほむらがエゼルゼニスに向かって疾走する。迎撃の刃はひとつ残らず孤独な空間に圧搾される
突如として魔女が対抗策を変更する。胸からあらゆる生物の翼や羽や翅が乱造される
それは砲門となってオーロラを収束して共振し始め、ほむらに向かって解き放たれた
射線上にあるものを蒸発させながら直進する光の柱がほむらを飲み込む
周囲は殺人的な炎熱に包まれた地獄と化し、吹き上がる蒸気が歪んだ景色を映し出す

生きとし生けるもの全てを拒絶する焦熱地獄に、しかし少女の姿はあった
漆黒のヴェールで身を包んだ姿、魔法少女としての衣装も一変している
学生服を連想する通常の形態とは異なる、殲滅淑女としての戦闘麗装であった
魔法少女の独断で未来を殺された殲滅時空をドレスとして纏うほむらには誰も触れられない
騎士の口付けすら冷たい視線で射殺す、暴虐の姫君の姿がそこにあった。

再度放たれるエゼルゼニスの遠大な炎熱砲撃の射線を軽々と回避して、抹殺の闇が迫る
過去と未来を押し潰す時間操作による移動は、あらゆる距離をゼロにする
一瞬で魔女の眼前に迫ったほむらは漆黒のヴェールで魔女を包み込む
残った翼で緊急回避を試みる魔女だが、その場から全く移動する事ができなかった
逃げ延びようとする過去を殺し、生き延びようとする未来を殺したのだ
時を隷属させる女王の前では、あらゆる無垢な願いはその根源から抹殺される

全ての抵抗を奪われたエゼルゼニスに、ほむらは華奢で繊細な右腕を振り上げる
殲滅時空で織り上げられたガンドレッド。女王を飾るに相応しい華美で淑やかな装飾の抹殺麗装
軽やかに叩きつけたその右腕は、強大な魔女の胸をやすやすと貫き、背中から闇を爆発させる
絶叫を上げる魔女、とどめの追撃を振り上げるほむら、天から降り注ぐ7つの光

とっさに時空間移動で戦闘領域から転移したほむらが見上げる頭上で、7つの影がたたずんでいた
ほむらは眼差しを厳しくする。やつらが来るのは分かっていた。魔女の祝祭たるこの夜に
この魔女達、ワルプルギスの眷属が現れないはずが無いのだ。


オルギュリス
灼熱と慈悲と懇願を司る魔女の騎士

ベルペリオス
鋼鉄と憐憫と比較を司る魔女の審判

レドリアス
大気と祝福と放逐を司る魔女の神官

アマガレウス
大海と教導と抱擁を司る魔女の拷問使

リービディリオス
森緑と扇動と諦観を司る魔女の語り部

レディウス
死滅と継続と希望を司る魔女の墓守

ヴェディペリウス
誕生と愛情と怨嗟を司る魔女の卵


7人の魔女達は全ての翼を失ったエゼルゼニスを囲み、両手で天に掲げる
まるで王の誕生に立ち会う眷属のように、汚辱に満ちた神聖さがそこにはあった
7人の魔女達が次々と姿形を失って黒い霧となり、彼女達の王の一部と化してゆく
長大な剣に、頑健な鎧に、優美な四肢に、絢爛な翼に、多彩な異能に、生命の鼓動に、魔女の意思に
ただ黒一色の姿態に塗り潰された女帝が顕現する

ほむらの目前にある「それ」は、すでに魔女ではなかった。それは世界の法則そのもの
ワルプルギスとは人の願いが結集した存在だった。それは魔女の種類の総称であり、全てが融合した個体名でもある
魔法少女は超常の力によって願いを叶える。その時に世界のバランスを保つために生まれるのが魔女であった
希望をかなえた魔法少女は魔女となって絶望をふりまく。そして世界は均衡をとるのだ
しかし全ての魔法少女が魔女になるわけではない。だからこそ、「それ」は生まれる
全ての魔法少女の願いと、それに対応する能力を有する最悪の魔女「ワルプルギス」が・・・・。

この魔女を倒した時に、世界に何が起きるのか、ほむらは理解している
正当な絶望を与える存在を打ち倒す事は、人に許されざる大罪である
もしこの事実を知れば世界中の人間は彼女を罵倒するだろう
それでもほむらは迷わない、意に介さない、一切合財を省みず、全人類の幸福を踏み潰す
すべてはまどかの為、まどかが幸せに生きられる世界のため、まどか以外はどうなろうと知った事ではない
まどかは優しいから世界を見捨てられない。でも私はまどかのためになら世界を滅ぼせる

ほむらの口元が緩み、今まで誰の前でも浮かべなかった笑顔をかたち作る
それはとても美しい笑顔で、それはとても優しい笑顔で、それはとても残酷な笑顔だった

ワルプルギスが紅く煌く眼光で魔法少女を見下ろす、ほむらが凛とした眼差しで魔女を射抜く
世界はここに至って、すべてが黒い色彩に染め上げられた。
しかし彼女の纏う暗黒よりも、彼女のなびかせる黒髪よりも、彼女が秘めるその願いこそが
この世界のあらゆる全てに勝るほどに、愛情と欲望をその胸に孕んで
優しく寂しい夜のような漆黒に輝いていた・・・・。




   |:::::::::ヽ:lヽ: : :|ヽ: | _|___\::{          |::::::::::::::::::::::レィ:::::::::::::: l:::::::|
   |::::::::::::ヽ:|:ヽ::| __V___,-r t, ヾ!          |::::i::::::::::::::::|:::::ト::::::::::::::::|:::::|
   |:::::::::::::::::::ヽヽ:| 弋ゝ_-り       ヽヽヽ |:::|::::::::::::::::|::::::ヒィ:::::::::::::::|::::|
   .|:::::::::::::::::::::ヽ !   ` ̄´            .|::::|::::::::::::::|,|::::::| |:::::::::::::::::Vl
   ヽ:::::::::::::::::::::ヽ  ヽヽヽ   '          |:::|:::::::::::::::| 入::V、:::::::::l:::::ヽ
    |:::::::::::::::::::::::::ヽ        --―    ノ::::|;::::::::::::::/ ヽ:::::::{ヽ::::::::|::::::ヽ
     |::::::::::::::::::::::::::,, `ヽ、__         ,イ |:::||:::::::::::::/  ,>:::::V::::r、:{::::::::ヽ
    |:::::::::::::::::::::::|ヾ、>::::::::ヽ二二 -, r- '´,>r=|:::||:::::::::::/,. //::,r-:ヽ ヽ:::::::::ヽ
    |:::::::::::::::::::::::| >:. \:::::::::::::::::イ:/ ヽ r '´  |::||:::::::::/  //,-  `ヽ::..`:::::ヽ
     .|:::::::::::::::::::::::| .| ヾ::、 ー―' /:/ \>ヽ__ l::l |::::::/  ./       ヾ:::::::::ヽ
    .l:::::|l::::::::::::::::V  ヾt-'´ /  >ヽ<二 |:| |:::::/ /           ヽ:::::
     |:::|ヽ:::::::::::::|     /   / {  /_ヽ /V::::://             |:::::
     |:::| .ヽ::::::::::|     ヽ     -}-{- ヽ,/ l:::::/                .|::::
     |:::|  ヽ ::::::|      }      /l |    /::/l      ,ノ         |:::
     |:::|  r,;::::::::|  ー ― |    / | i|   /:ノ   __,. - ゙´          |:::
     |:::| /ヽ::::::ヽ      ヽ ,イ ト|i|ヽ,.イ/― ' ´              / |:::

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年05月03日 00:33