第9話 死合


「ヤツの気配を感じる……。
 この島には、あの男――倉元がいるな……」

 上着を破り捨て、上半身半裸になった武骨な大男、杉村弘樹は精神統一をして、大木の前に立つ。
 腰を低く落として、必殺の正拳突きを放った。

 轟音と共に、折れた大木が地面へと叩きつけられる。

「……倉元、一度は油断したが、今度こそは殺す。
 俺は、お前を苦します事にこだわり過ぎた……だが、今度は発見次第全力でお前を殺してやる」

(……だが、本当に勝てるのか……倉元が俺を葬り去ったあの光……あれを喰らえば、また俺は……)

 杉村の中に生来の弱気さが生まれる。
 彼は子供の頃は、今と違い、弱気で苛められっ子だった。
 だが、そんな自分を変えたくて、拳法を習い始めたのであったのだ。

「どらどらぁ……」

 杉村の足元にまとわりつく小人。
 それは、醜銅羅(みにどら)である。
 杉村が難しそうな顔をしていたので、慰めようとしているのだ。

 グシャァ!!

 醜銅羅を何の感慨もなく踏み潰す杉村弘樹。
 そして、彼の瞳に映っていたのは、小高い崖の上に立つ巨大な人影だった。

「がはははは!!
 殺し合い!? 上等じゃあ!!
 これは、相撲が世界一強い格闘技という事を証明するチャンスでごわす!!」

 崖の上から、まわしをつけた巨漢の相撲取りが跳んだ。

「……早い!?」

 高速で落下してくる相撲取り。
 相撲取りの急降下を後ろへと跳び、回避する杉村。

 地面が砕け散る音。
 大地が激しく揺れる。
 相撲取りが着地した周囲の地面にクレーターができていた。

「我こそは安芸葉町立煌香高校が相撲部主将、E(エドモンド)・本田川!!!
 オヤジ殿、おぬしを腕の立つ拳法使いと見込んで決闘を申し込む!!
 わしと勝負じゃあ!!!」

 本田川が咆哮と共に振り上げた右足を大地に叩きつけ、四股踏みを行うと辺りが揺れる。


「……オ……ヤジ?
 待て、俺はまだ中学2年だぞ?」

 杉村は、本田川の誤解を解く為に弁解する。

「中2? そんな馬鹿な!!
 その老けたツラでわしよりも年下など有り得るものか!?」

 だが、本田川はその事を認めようとしない。
 杉村は、軽い精神的ショックを受けていた。

「ふん、俺の名は杉村弘樹。
 まあいい。俺達に年齢など関係ないからな……大事なのはどちらが強いか……その一点のみ。違うか?」

「……違いないでごわす」

 杉村は、支給品であるヌンチャクで軽い演舞を行い、闘いの構えを取る。
 本田川は、腰を落とし、両の拳を地面につけて闘志を高める。相撲の立ち合いの構えである。



「……ふんぬッッ!!!!」

 先に仕掛けたのは、本田川だった。
 高速の踏み込みから始まる、ぶちかまし。
 杉村は、力士との立ち合いは初めての事もあり、その余りもの速度に驚き、吹っ飛ばされる。

「がはっ!!」

 杉村は、岸壁に叩きつけられ、白目を剥いて血反吐を吐く。

「……接触の瞬間、後ろへと跳び直撃を避けおったか。
 とても中二の動きには見えぬが……だが、一気に決めるでごわすッッ!!!」

 本田川が摺り足による高速移動で、一瞬で杉村との距離を詰めて、張り手を打つ。

「あたぁ!!!!」

 本田川の張り手が杉村の頭を叩き潰す寸前に、杉村は目に光を取り戻してヌンチャクを一閃した。

 ヌンチャクは本田川の指を数本へし折る。
 だが、張り手の威力は消えず、岸壁へと直撃した。
 杉村の一撃が張り手の軌道を僅かながら反らしたのだ。

「ほわったぁぁ!!!!」

 更に杉村の蹴りが本田川の胴へとめり込む。
 その一撃で、わずかながら後退する本田川。

「効かぬわッッッ!!!」

 本田川の空手チョップが杉村の右肩を捉えた。

「ぐぅっ!?」

 みしゃあ、と杉村の肩口が悲鳴を上げる。
 本田川の鋼鉄の手刀が杉村の肩の肉を断裂してく。
 そのまま 本田川の剛力が力任せに右腕を叩き落とした。

「!!!!!」

 地面に転がる杉村の右腕。
 地面に杉村の肩から流れ落ちる血液で、水たまりが出来るほどだ。

(……こんな所で、訳の分からない相撲取りに殺されるのか……俺は。
 倉元に借りを返すこともなく、ただ無駄死にをしろというのか……断じて、有り得ん!!)

 痛みを堪え、本田川を睨みつづける杉村の中で何かが弾けた。

「ふうふう、やるでごわすな……杉村弘樹。
 だが、利き腕である右腕を失った貴様と、指を2本折った程度のわしとではもう勝負にはならんだろう」

 本田川が右の手のひらを後方へと引く。
 必殺の張り手で杉村を葬り去るつもりなのだ。

「死ねいッ!! 杉村ァァァッッ!!!!!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 次の瞬間、杉村の左拳が光に包まれた。
 漫画版バトルロワイアルの桐村戦で見せた謎の気功波だ。

 杉村の左拳から、光がほとばしり、本田川を吹き飛ばした。
 本田川は、身体中のあちこちを打ち付け、受け身さえ取る事もできずに丸太のようにゴロゴロと地面を転がる。

「……何だ、この力は!?」

(だが、この力ならば、倉元のあの力にも対抗できる……!!)

 自らの行った行為が今でも信じられず、杉村が左の手の平を見つめた。
 だが、目の前に転がるあの超重量級の力士の姿を見て、己の力の凄まじさを知る。

「お……おのれ、何だ今のは……げふっ!」

 よろよろと立ち上がる本田川。
 だが、彼のダメージは甚大なものである。
 盛大に口から血を吐き、せき込む。

「……ありがとう。本田川、いや、本田川さん。
 貴方には多くのものを学ばせて貰った。さあ、決着をつけよう」

 右肩の筋肉に力を入れて、一瞬で止血を行い、杉村が左手で気を練る。
 神々しく光を放つ彼の左手を憎々しそうに見つめながら、本田川は、再び四股を踏んだ。

 揺れる大地。

「相撲こそ至高!! 
 死ねや、このクサレ拳法がッッッッッッ!!!!!!!!」

 相撲の基本である”すり足”すら忘れて、どすどすと杉村に向かって駆けていく本田川。

 杉村は、目を閉じ、練った気を一気に放出した。
 濁流のように放たれる杉村の気に向かって、本田川は、必殺のぶちかましで突っ込んでいく。

 辺りは光に包まれた。

 光が消える。
 立っている影は二つ。

「押忍ッ!!」

 戦った相手に敬意を払い、最後の礼をする杉村。
 彼の中の迷いは既に無かった。

「…………」

 本田川は大地に根を生やすように、両の足で立っていた。
 まげが崩れ、彼の長い髪が風に吹かれて大きく揺れる。
 前に進みたい、手のひらを敵に叩きつけたい。
 そんな本田川の闘争本能は消えない。故に彼は倒れない。
 消えてしまったのは、彼の生命だけだった。



 醜銅羅 @安芸葉町立煌香高校プログラム
 E・本田川 @安芸葉町立煌香高校プログラム    死亡    残り40人
最終更新:2015年01月26日 23:02