俺の出した答え(ドラゴンクエスト4)



 勇者とその仲間達は、激しく辛い戦いの末、魔王デスピサロを改心させ、黒幕エビルプリーストを倒した。
 世界を覆っていた闇は解き放たれ、やがて世界も魔物たちの脅威から解放されるだろう。


「お別れね」
「ああ、皆も達者でな」
「うむ、拙者、この旅の事は決して忘れぬでござる」
 俺達の旅も終わり、皆がお別れを済ましていく。

 俺の名前はアーサー、世界を救った勇者だ。
 自分で自分を勇者と自己紹介すると、頭がちょっと電波だと思われるかもしれないが、正真正銘――選ばれた勇者しか扱えぬという天空の神器を装備できる勇者である。


「アーサーは、これからどうするの?」
 紫の髪を揺らしながら、マーニャが俺に言った。
 そうか、そうだよな。
 これで、皆ともお別れか……マーニャとも、これでお別れか。
 俺は一呼吸――覚悟を決めて口を開いた。

「そうさなァ……取り敢えず、父さん達の墓参りかな。
 それからの事は……なあ、マーニャ、良かったら、俺と一緒に来ないか?」
 言った……言っちまった。
 内心、俺の心の中はバクバクであった。

「んー……、妹のミネアを一人に出来ないし……ごめんね――」

「まあ、元気出せ」
 ピサロは俺の肩をぽんと叩いた。





「ただいま、父さん、母さん、シンシア……」
 俺が廃墟と化した故郷の村へと戻ってきた時は既に夕刻であった。
 冷たい風が突き抜けていく。

 誰もいない故郷に俺は独り立つ。

 世界に平和が戻ったというのに、俺だけが何でこんなに寂しい目に合わなければならぬのか。
 何という理不尽だろう。
 俺が願った平和は、こんなものではなかった筈だ。
 父さんの手伝いをし、母さんの暖かいご飯を食べ、シンシアと笑い合う。
 そんな当たり前の事だった――だからそんな大切な時間を奪った魔物たちが許せなかった。
 だからこそ、俺は魔物たちへの復讐を誓い、旅に出た筈だった。

 だが、そんな旅も終わってみれば、何と虚しいものだろうか……。
 帰る場所も待つ者もいない。
 別れた仲間たちは、家族や帰る場所があるというのに……。

 俺には何もない。

「ちっ、気分が暗くなってきたな……町に下りて酒でも飲みに行くかな……」

「いいですねぇ、お酒……」
 突然後ろから声が聞こえた。
 それは、間延びしたオヤジの声だった。

「――え?」
 俺は間抜けな声を上げながら、後ろを振り向く。
 気配すら感じなかった……だが、声の調子から敵意は感じない。
 そこに立っていたのは、蝶ネクタイに小奇麗な礼服に身を包んだ中年のおっさんだった。

「こんばんは。
 私もお酒好きですよ。
 ちょうど手元にいいワインがあるので、飲みません?」
 右手にワインの瓶、左手に二本のグラスを手に、おっさんは茶目っ気タップリといった風にウインクした。

「誰だアンタは……」

「ふむ……わたしは、プサンと申します。
 マスタードラゴン様の使いの者ですよ、アーサーさん」
 俺の問いにおっさんは、少し考える素振りをしてそう名乗った。

 ちなみにマスタードラゴンってのは、天空の神だ。
 空のてっぺんの天空城で、えらそうに地上を見下ろしてやがる、いけ好かないやつである。
 コイツも何となく食えない感じのするおっさんだ。

「それで……神の使いが俺に何の用だ?」

「まあまあ、折角ですし、酒で喉を潤しながら話しましょうよ。
 夜は長いのですしね!」
 プサンは、にっこりと笑うと半壊した家屋の軒下に腰を下ろした。
 食えないやつだとは思いつつ、俺はプサンの隣に座る。

 プサンは、俺に手渡したグラスに、とくとくと酒を注ぐ。
 何がおかしいんだが分からないが、どことなく楽しそうだ。

「楽しそうだな?」

「え? ええ、楽しいですよ。
 わたしはね、こうやって誰かと酒を酌み交わすのが夢だったので」
 夢か……。

「おかしなやつだな。
 天空人は、そんなにお堅いのかい?」
 俺はそう言うと、照れ笑いを浮かべるプサンからワインの瓶を受け取り、ヤツのグラスにワインを注いでやった。

「おっとっと、これはかたじけない」
 酒を注ぎ終わると、グラスを合わせ乾杯した。
 月明かりの下、しばらく世間話をしながら、酒を飲む。

 やがて口数が減ってきたところで俺は切り出した。

「――で、プサン。
 マスタードラゴンの使いってのは?」

「おっと、そうでしたね。
 今日は吉報をお持ちしたのですよ」
 顔を赤らめながらプサンが言う。

「吉報だァ……?」
 俺は思わず顔をしかめた。
 正直胡散臭い……。
 確かにマスタードラゴンは神だ。ウソはつかない。
 吉報というのは、恐らく本当だろうが、何かしらの裏があるような気がした。

「そんな邪険にしないで下さいよ。
 マスタードラゴン様のお言葉は、こうです。
 世界の平和を取り戻したという功績により褒美を与える――と」

「褒美……?」
 俺がそう返すと、プサン不敵な笑みを浮かべる。
 それは初めに感じた――食えない感じのする笑いだった。

「そうです。
 マスタードラゴン様はこうも仰いました。
 あなたの故郷であるこの村を元に戻し、更に村人達を生き返らしてやると」

 生き返らす……だと?

「父さん、母さん……シンシア、それに皆が――それは本当なのかっ!?」
 俺は頭を金槌でぶん殴られたような衝撃を受けた。
 二度と返ってくる事のないと思ったあの日常が返ってくる!!
 俺は、思わず口元に笑みを浮かべていた。

「ええ、本当ですよ。
 まったく不幸な事件でしたねぇ……」
 食いついてきた俺の顔を見て、プサンは満足そうな顔をしながら捲くし立てる。

「ですがねぇ……アーサーさん。
 ひとつ問題があるのですよ」
 プサンは、心底残念そうな声を出し、肩を落とす。

「問題だと……何だそれは」
 俺の問いに答えるように、プサンは手の平だいの水晶玉を取り出した。
 俺は食い入るように水晶玉を見つめる。
 そこに映ったのは――。

「――ピサロ?」
 そこに居たのは、先日まで共に戦ったピサロという男だった。

「まったく、デスピサロという男は酷い男ですね。
 あなたの村を破壊し、あなたの大事な人達を殺し、自分はのうのうと幸せな生活を送ろうとしているのですよ?」
 確かにその通りだ。
 ピサロのやった事は許せないし、俺は絶対にこの事でヤツを許す事はないだろう。

「……だが、復讐と称し、ヤツを殺せば、悲しむ者がいる。
 そして、俺に対する憎しみが生まれ、俺の中では虚しさしか生まれないだろう」

 ヤツを殺す事は、正しい事ではない。
 俺はそう信じたからこそ、あいつの横で剣を振るったのだ。

「いや、御立派だと思います。
 ですがね、デスピサロは魔族です。
 魔族に殺された者は、魂を束縛され、魂の解放は許されない。
 つまり、今のままでは貴方の大切な人を蘇らせる事は不可能なのです。
 命を奪った魔族を殺さない限り――」

「俺に……ピサロを……殺せっていうのか……?」
 震える声で何とかそう搾り出した。
 プサンは、真面目な顔でこちらを見ていた。
 それは、酔いなど感じさせない真髄な表情。

「いえ、強制ではありません」
 背筋が凍りついた。
 プサンはぞっとするような笑顔で、にこりと笑う。

「あなたが選びなさい。
 あなたは今までに沢山のモノを失ってきた……」
 辺りに光が満ちる。

「だからこそ、お前には憎む権利があるのだ」
 プサンの声が低く、圧し掛かるように重く感じられた。



 気がつくと、俺は先程いた場所ととは全然違う場所にいた。
 プサンの姿はない。ここは――

「デスパレス……? ピサロが住む城か……」
 重圧な城壁に囲まれた城――というよりも要塞。
 だが、以前と違うのは、邪悪な淀んだ空気が感じられない。
 魔物らしき姿は見かけるが、どいつもこいつも邪悪な感じは見受けられない。

 俺の腰には、良く馴染んだ重さがある――天空の剣だ。

「あっ、勇者さん?」
 小さなももんがの子供が俺を見つけ、話しかけてきた。

「ピサロさまに会いにきたんですかー?」
 無邪気に尋ねてくるその問いに俺は、頷く。

「ピサロさまならー、じぶんのおへやにいるとおもうよ。
 ぼくは、これからロザリーさまのために お花をさがしにいくんだ。
 えへへ、聞いてよ、このあたりにもね。お花がさくようになったんだ!
 パンジーの花ってね。とってもキレイなんだよ!」
 ももんがの子供は、一生懸命、身振り手振りで何とかパンジーの綺麗さを伝えようとしている。
 俺は、ぽんと頭の上に手を置く。

「そっか。そんなに綺麗なんだ。
 ロザリーさんも喜ぶだろうな?」

「うんっ、いっぱい飾って驚かせてやるんだ! それじゃばいばい!」
 ももんがの子供は、興奮した様子で走り去っていった。
 少しだけ心が穏やかな気持ちになった気がする。

――大切な者達を取り戻したければ、デスピサロを殺せ。

 プサンの言葉が圧し掛かる。
 殺せるのか? 俺に……。

 そんな事を考えながら、俺はデスパレスへと足を踏み入れる。

 俺は、広いパレスの中を通り過ぎる魔物たちに場所を尋ねながら、ピサロの部屋に向かった。
 どいつもこいつも気持ち悪いくらい穏やかな顔をしてやがる……。

 そう、ここに居る魔物は、まるで人と変わらない。
 そう考えると、何だか無性にむかっ腹が立ってきた。

「あら?」
 美しいエルフの女性に出会った。
 それは、この場で今一番出会いたくない女だった。

「ロザリーさん……こんにちは」
 ピサロの最愛の女性、エルフのロザリーさん。

「アーサーさん。
 来て下さったのですね」
 ロザリーは、嬉しそうににこりと微笑むと、ピサロの部屋へと案内してくれる。

「ピサロさまもお喜びになると思います」
 その言葉に胸が痛む。
 俺は動揺を悟られまいと、言葉を続ける。

「――ピサロが?
 信じられないなぁ……」
 俺が冗談めかしてそう言うと、ロザリーはくすくすと口元を押さえて笑った。

「突然笑ってごめんなさい。
 ちょっと無愛想なところがありますけど、あれで寂しがり屋なところがあるんですあの人も。
 毎日、貴方達と旅した事をとても楽しそうに話してくれているんですよ。絶対に喜びますよ」
 ピサロの事をとても楽しそうに語るロザリー。
 そんな姿が幼馴染の、ピサロに殺されたシンシアの顔とダブる。
 俺は必死にその錯覚を振り払う。
 俺がここに何をしに来たか知れば、アンタは俺を憎むだろうか。
 俺がピサロを殺せば、俺に復讐を誓うのだろうか。
 俺は、故郷を滅ぼした魔族への怒りで気が狂いそうになった事がある。
 大切な人を理不尽に奪われた悲しみに暮れ、無我夢中に辺りの魔物を殺して回った事もある。

 取り戻したい、あの平凡な日常を――。

「着きましたよ」

「……え?」

 目の前には特に何の変哲もない木の扉。
 ロザリーがノックをすると、数日ぶり程度であるのに随分と懐かしい声が聞こえてきた。

「開いている。入ってくれ」
 紛れもないピサロの声だった。
 心臓がビクついている。
 怖いからではない――何とも後ろめたい気持ちでいっぱいだったからだ。

「ピサロ様、お客様です」
「久しぶり……って程でもないか。
 元気そうだな、ピサロ」
 俺は平静を装って顔を出す。

「おお、アーサーか……。
 よく来てくれたな。まあ、入れ」
 と、口元に少しだけ嬉しそうな微笑みでもって俺を迎え入れてくれた。
 居心地の悪さが増した気がする。

「わたし、お茶を入れてきますね」
 ロザリーは、そう言って嬉しそうに部屋を出て行った。

「フッ、すまんな。
 ロザリーめ、年甲斐もなくはしゃぎおって。
 あいつ、最近お茶に凝っていてな……お前が来て喜んでいるのだ――」
 そう心底今を楽しんでいるようにピサロは笑う。

「変わったな、ピサロ……」
 まるで憑き物でも落ちたかのような変わりようだった。
 ロザリーを失った悲しみと怒りがピサロを人間を滅ぼすという凶行に陥らせ、ロザリーを取り戻したと同時に、これ程までの穏やかさを取り戻したっていうのか。

「フン」
 と、何を勘違いしたのかピサロは照れたように笑う。

 俺もコイツのように笑いたい。
 そのためには――。

「ピサロ、お前は変わってしまった……。
 かつてのお前なら、俺は何の躊躇いも持たなかった。
 なァ? 不公平だと思わないか?」

 自分でも驚くほどの底冷えするような低い声だった。
 その異様な雰囲気を感じ取ったのか、ピサロの顔が強張る。

「アーサー……お前――」
 俺は音も無く、剣を抜く。
 心なしか、以前は羽根のように軽かった剣がとても重く感じられた。

「お前は俺の故郷を滅ぼし、俺の大切な人達を殺した。
 お前がどんなに変わろうと、俺はお前を許さない……。
 俺はお前を殺し、父さんや、母さん、シンシアを取り戻す」

 ピサロは、静かに俺を見ていたが、やがて口を開く。

「――いつか、こんな日が来るのではないかと怯えていたよ……」
 ピサロは、とても苦々しくそう語る。
 決意が揺らぎそうになる感情を捨て去るように俺は剣を構えた。

「だが、死んだ人間は戻ってはこない。
 目を覚ませ! 何があったのだ! アーサー!」

「黙れ! お前が言えた事か!!」
 俺は怒号する。
 ピサロも自分の剣の柄に手をかけたが、剣は抜かなかった。
 そんな行為さえ、無性に腹が立つ。

「舐めるな!」
 俺はお構いなしに剣を振るった。

「ぐあっ……!」
 剣の切っ先は、ピサロの肩口を切り裂いた。
 ピサロは血の滴る傷口を押さえ、苦悶の声を漏らす。

「ピサロ、腑抜けたな……」
 俺は剣を振るい、血糊を払う。
 そして、ピサロにトドメを刺すために、剣を構える。
 剣が今までにないほどに重く手にのしかかる――天空の剣、お前も俺を否定するのか?

「……ぬぅ……アーサー、止せ……。
 私は、お前とは戦いたくはない……それに、死んだ者は――」

「黙れ!!」
 それ以上言うな。
 その言葉に俺が頷けば、今俺がここに居る理由さえも失くしてしまう。

 ばたん、と次の瞬間激しくドアが開いた。
 そして、ロザリーが部屋に駆け入ってくる。

「やめて下さい!
 お願いしますアーサーさん……ピサロ様を傷付けないでください……」
 彼女は、ピサロにすがり付き、消え入るような声でそう言った。

 その姿に俺は絶句した。
 思わず、剣を取り落とす程に。

「アーサー……」
 ピサロが俺の名を呼ぶ。

「分かっていた……分かっていたさ!
 お前を殺し、皆が生き返ったとしても、俺は喜べない……。
 ……だって、俺はお前を仲間だと思っていた……お前がやった事は許せないけど、でも、お前は自分のやった事をずっと悔やんでいた……俺はそんなお前を仲間だと認めちまったんだ!
 ――お前を殺せるワケがねェだろうが……」
 思いのたけをぶちまけた。
 涙が止まらない……どの道、俺にはピサロは殺せない。
 父さん、母さん、シンシア、みんな、ごめん……。

「ピサロ……すまん……」
 自分が情けなくて、そう言った。

「アーサー……俺は俺のやった事を決して忘れない。
 この傷は、俺の罪を忘れんための痕だ。
 俺の方こそ、すまなかった……俺はお前が勇者だと思い、勝手に強い人間だと思っていた……。
 もっとお前に気を遣うべきだったかもしれん……」

 部屋の中で立ち尽くす男二人。
 俺は、気まずさもあってからか、何て言っていいか分からなかった。

「大丈夫ですよ。
 お互いに敬い合ってる二人なんですから、絶対にいい友達になれます」
 とロザリーが笑ってくれた。


 ピサロの手当てが終わり、俺は故郷に帰る事にした。
 ロザリーとピサロが俺を城門まで見送りに来てくれた。

「アーサー、今度は私がお前の故郷を訪れよう」
 俺とピサロは、硬い握手を交わした。
 もう二度と俺はコイツに剣を向ける事はないだろう。

「ロザリーさんもすみませんでした」

「いえ、男の子同士ですもんね。
 たまにはこういう事もありますよ」
 と再び笑ってくれた。
 ロザリーさん、幾ら長寿のエルフとはいえ、大の男に向かって、男の子はないんじゃないか。
 俺はロザリーさんの笑いに釣られて、乾いた笑いを浮かべた。
 この人には、頭が上がらない気がする。
 けど……何か心地よかった。

 こほん、とピサロが微妙な空気を読んだのか、咳払いをする。
「アーサー、また来い。歓迎してやろう」
「ああ、またなピサロ。それにロザリーさんも」
「ええ、お元気で」
 俺は二人に背を向ける。
 時折、後ろを振り向くと、二人は城門に立っていてくれた。
 俺が手を振ると、二人は振り返してくれた。

 やがて、二人の姿が見えなくなると、俺の意識は白い光の中へと消えた。





「――ん……」

「おや、目が覚めましたか?」

「お前は……プサン?」

「ええ、おはようございます」

 俺は身体を起こす。
 辺りは既に朝で、ここは廃墟と化した俺の故郷の村だった。
 さっきのは夢だったのか……。

「随分とうなされていたようですが……?
 だのに、今は実に清々しい顔をなさっていますねぇ」

 プサンは相変わらず食えない笑いを浮かべそう言う。

「ああ……、とても感慨深い夢を見たよ……」

 俺がそう返すと、プサンは押し殺したように笑い出した。

「何が可笑しいんだ?」

「いえいえ、申し訳ない。
 今のは冗談です。
 あなたがデスパレスで過ごした一日は、実際に起こった事ですよ」

 実際に起こった出来事だと……?
 ――そうか、つい頭から抜け落ちてたが、こいつはマスタードラゴンの使いだったな。
 やはり食えないやつだ。

「んで? 俺に何をさせたかったんだ?
 正直、かなり頭にきてるんだが……」
 俺は怒りを込めて、プサンをにらみつけた。

「まあまあ、そう怖い顔をしないで下さいよ……おっかないなぁもう」
 プサンは押さえて押さえてといった風に言う。

「実はですね……わたしはあなたを試していたのですよ」
 そう言うプサンには、見た目にそぐわぬ迫力があった。

「……試していた、だと?」
 俺は若干気圧されながら、聞き返す。

「ええ、わたしはこれでも、あなたを高く買っているのですよ……。
 あなたは、わたしの課した試練に合格しました。
 天空人の血を継ぎし天空の勇者アーサー、あなたを天空人として迎えたいと思います――」

 バキィッ!!

 気がつくと俺は、プサンの横っ面をブン殴っていた。

「な、なにをするっ――!?」
 痛そうに横っ面を押さえ、プサンが激昂する。

「これが答えだ。
 どうも俺は、天空人のやり方が気に入らない――こいつは返すぜ」
 そう言って俺は、腰にぶら下げていた天空の剣をプサンに向かって投げてよこした。
 手に取った剣は、以前と同じ――まるで羽根のように軽かった。

 今までありがとうな、天空の剣。


 気がつくと、プサンは居なくなっていた。
 まるで夢のような出来事だった。
 天空の奴等には嫌われちまっただろうな……。
 まあ、それでもいいか。
 取り敢えず、墓参りに行くとするか。
 腹もペコペコだし、それが終わったら、町に下りるか。

 などと、墓参りを終え、町に下りる準備に取り掛かっていたら、

「おーーーい!」
 と、聞き覚えのある声が聞こえたので、俺は声のした方に振り向いた。

「マ、マーニャ?」
 そこに居たのは、先日旅を終え別れたマーニャが居た。
 彼女は背中に大きめのリュックを背負っていた。

「おまえ、どうしたんだ……」

「えへへ、来ちゃった」
 とマーニャは舌を出して笑う。

「ミ、ミネアは……?」

「いやー、カジノで生活費使い込んじゃって、追い出されちゃってー」
 あははーと頭をなでながら、マーニャはあっけらかんと笑う。

「っってワケでしばらくお世話になるわね」
 気持ちいいくらいの彼女の図々しさも相変わらずで、俺は思わず笑ってしまった。

「ったく、しょうがねぇなぁ」
 そう言って、俺はマーニャと並び軽口を叩きながら歩き出す。
 旅は終わっちまったが、また騒がしくなりそうだな。




      おしまい



最終更新:2015年01月29日 22:19