30話


「怖くない・・・怖くないから・・・・」
鬱葱と生い茂るススキの海の中、月の薄明かりに照らされながら、念仏のように同じことを呟いている人影。
それは、男子14番 野村 仁(のむら じん)だった。
仁は、最初途方に暮れていた。
仁の支給品、それは、今も右手に握られていた。
「拡声器・・・か」
無論、こんなもので勝ち残れることは、出来ないだろう。
昼間にも幾つもの銃声が響いていた。
定時放送で、死亡者の名前も流れた。

そんな中、仁は、自分に出来ることを考えた。

それは、この拡声器でみんなに殺し合いを止めるように訴えること。
だが、もしかしたら、見せしめに首輪を爆破されるかもしれない。
しかし、それで、心を動かす奴らもも居るかもしれない。
死の恐怖。スタート直後に見た高原の死体。
今まで、死に対し、深く考えていたことは、無かった。
幼稚園に入る前、自分を可愛がってくれてた爺ちゃんが死んだ。
自分の我侭も笑いながら聞いてくれる優しい爺ちゃんだった。
爺ちゃんの家は、全然知らない真っ黒な人たちで溢れていた。
それが異様に怖かったのを覚えている。
母ちゃんは、大人の癖にわんわん泣いていた。
親父は、押し殺すように泣いていた。
親父は、子供の頃、両親を亡くしたので、爺ちゃんには、とてもお世話になったと言っていた。
自分には、よくわからなかったが、真っ白な爺ちゃんを見ていると、何だか寂しかった。
葬儀も終わり、誰も居なくなった昔の爺ちゃんの家に両親と行った。
だが、爺ちゃんの家は以前とまったく違っていた。
酷く静かで、とても広く感じた。
何よりも爺ちゃんが居なかった。
「爺ちゃんは?」
と泣きそうな顔をすると、親父も母ちゃんも泣きそうな顔をした。
親父たちの顔を見ていると、俺は泣けなかった。
その時俺は、初めて我慢するということを覚えたんだと思う。


「この流れを変えられるかもしれない」
仁は、ギュッと拡声器を握り締める。
だが、仁は、後ろから迫る人影にまだ気づかない。
辺りのススキが風に揺られ、ざわついていた。
最終更新:2012年01月04日 16:57