32話


いつものように、その日の最後の授業が進行し、滞りなく終わる。
数学教師は、教材を片付けると、ゆったりと教室の外へと出て行った。
途端に教室内がざわめきだし、放課後の活気に包まれだす。
「仁!今日帰りにうち寄ってく?」
颯爽と荷物をまとめた浩介がやって来た。
浩介って、こういう時は、早いんだよな。
僕は軽く笑い、頷いた。
「うん。でも、今日掃除当番僕だから。後で寄るよ」
そう言い、席を立つ。
ホウキと塵取りを持って、下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出て、掃除場所である体育館の裏に向かう。
すると、そこには予期せぬ人物が居た。
体育館の側に立つ木の下に、天道 衛が寝そべっていた。
そういえば、この人も同じ掃除当番だったような・・・。
それに、午後の授業には居なかったな。と思い近付いてもピクリともしない。
彼は、1週間前にうちのクラスに転入してきた。
無口で人を寄せ付けないオーラを放っている。
見た目も不良、だが、一匹狼――そんな感じだった。

そして、顔を覗き込んでみると、やっとそれに気付いた彼は、のそりと起き上がる。
彼はよく寝たと言った風に欠伸をすると、僕の方を見た。
僕の持っている掃除用具に目をやると、"あぁ"と納得したように立ち上がった。
「邪魔した」と言うと、立ち去ろうとすべく歩き出す。
「天道くん?」
僕がそう呼ぶと、彼は顔を半分こちらに向け、立ち止まる。
「天道くんも掃除当番なんだけど・・・」
言ってみて気付く。ああ、僕って怖いもの知らずだな、と。
しかし、天道は意に介した様子も無く、その場にしゃがみ込み、雑草を派手に抜き始める。
逆切れでもされるのかと思っていた僕は、唖然としていたようだ。
「何やってんだ?お前も働け」
そう言い、口の片端を"にやり"と吊り上げ、抜いた雑草を投げつけてきた。
僕はそれを左手に持っていたチリトリでキャッチすると「うん!」と頷き、仕事にとりかかる。

「掃除当番だって知らなかったの?」
「ああ」
「学校には慣れた?」
「あまり学校内を出歩かないからな、でも、学食と寝床は確保した」
「学食のパンは、たこ焼きパンがおすすめだよ。うちのはたこ焼きが2個入ってるから」
「ふうん」
手を動かしつつ、そんな会話をする。
彼の返事は、そっけない感じはしたものの、悪いヤツじゃないと思った。
みんなが知らぬだろう、そんな天道の一面を見た気がして、少し嬉しかった。
「って!うわあっ!」
僕は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
天道は、ウンコ座りをしたまま、「ん?」といった風に不思議な顔をして、こちらを見た。
あたり一面、まっさら。
そして、天道が抜いたであろう雑草が異様な大きさの山を築いていた。
「それ、校舎裏のゴミ焼き場まで運ばなきゃならないんだよ・・・」
「マジかよ・・・」
天道は、そう言いながら、一秒前に抜いた雑草を埋めなおしていた。



「ぶえっくしょい!!」
「天道くんったら、風邪でもひいたのかしら? 夜の潮風は冷えるもんね・・・」
浜辺を歩いていた二人組。それは、天道 衛(男子12番)と愛沢 由希(女子1番)だった。
「多分、誰か俺のこと話してるんだろう・・・くしゃみ3回は、噂話、いや、2回だったっけ・・・」
微妙に緊張感が抜けている2人だったが、歩いているとやがて探していたものが見える。
「あ!天道くん!あれ!」
「ああ、今晩の宿はあそこだな」
声を上げる二人の前にあるのは、浜辺にポツリと建つ『海の家』だった。


それから暫く経って、2人の立っていた場所に再び一つの影が立っていた。
返り血に染まった服を着て、右手に業物であろう真っ赤な刀、ずっしりと戦利品である大量の武器を担いだ姿。
螺川 旋(男子19番)は、ザックを物陰に隠し、身軽になると、明かりの漏れる『海の家』に静かに近付いていった。
最終更新:2012年01月04日 16:57